2020年11月29日

20201108 【TV】 映画で未来を変えようよ〜大林宣彦から4人の監督へのメッセージ〜



心に残った発言

犬童一心
原発事故というものが人災だとすると
戦争も人が起こしているので、
ものすごくとんでもないことが
人のせいで起きたのに、
でも、そのことに対して
人が、何もこう、責任を持たないみたいな。

塚本晋也
お客さんが喜ぶためとか
お客さんの涙を誘うためとか
お客さんの、なんかこう、ヒロイズムなどその他、
ヒロイズムはもってのほかですけど、
たとえそれが涙であっても
そういう何かカタルシスを喚起するためぐらいのある目的で
戦争映画作っちゃいかんと。

大林宣彦
カタルシスだけは絶対に描かないと、
これが実はね、戦争映画を作ることの、
一番大事な点なんです。
どんな反戦映画、
戦争は嫌だということを描いてもね、
カタルシスというのはそのことを体験することで
どっか気持ちよくなるという、
映画というものの怖いところであって。

ーー

これらの発言に当てはまるものとして、
思い浮かぶのは、
朝ドラ「エール」です。




目を引いたのは、

撮影時の映像で、

大林監督がオッケーを出したあと
大林恭子氏があとからダメを指摘し、
監督がそれを受け入れた場面。
そのようなところが映像になっているのは、
初めて観ました。


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2020年11月28日

【ドラマ】 エール 2020年



音が裕一のことを
コロンブスレコードのディレクター廿日市に売り込みに行ったのは、
吟と智彦のお見合いの席で、
智彦が
コロンブスレコードで働く叔父を紹介できると言ったから。(第28回)


■私が観たかったこと、知りたかったこと

・大衆歌が人々の生きてきた記憶と結びついて描かれること
 
 軍歌ならなんでも嫌悪感を抱く人もいるでしょう。
 しかし、
 「船頭可愛いや」「長崎の鐘」などだけでなく、
 「露営の歌」「暁に祈る」も、
 その人の大事な忘れられない思い出と結びついていることもあると思います。
 
 裕一が創った音楽を聴き、生きた人たちの豊かなエピソードを期待していました。

  歌は「朝も昼も夜もずっとそこにある」(星影のエール)

  「自分の思い出とともにあんのよ、音楽って」(宮本浩次)


・戦前に軍歌に関わったことを古関裕而や福島三羽烏(コロムビア三羽がらす)はどのように考えていたのか。

 これは特殊な論点ではなく、
 音楽であれ、映画・ドラマであれ、テレビ番組であれ、
 多くの人に広く伝えるものを創造する仕事の人たちに共通の問題だと思いますし、

 普通の職業人にとっても、
 仕事と法律や倫理や社会の雰囲気などとの関係において、
 いつでも自分の身に起こることだと考えています。

 SNSで発信が簡単な時代では、もはや個人ひとりひとりの問題なのかもしれません。
 (大袈裟にいえば、ひとつリツイートするのも個々人の責任があるというような) 

そのような論点において、
自分が勝手にあらかじめ期待していたものと合致しないところがあったドラマでした。

そして、

ある時期は、戦時歌謡を持てはやしていたのに、
ときが進めば、軍歌を「戦犯」呼ばわり

するようなことがある人たちを
他人事としてとらえているとの感想を持ちました。


■脚本家の交代

ドラマ「ハゲタカ」の脚本家(林宏司)、
「サラリーマンNEO」を企画したディレクター(吉田照幸)、
どちらも私の好きな番組を作った人たちです、
あとは、制作統括やプロデューサーの腕かもしれませんが。

ひとつ指摘できるのは、
朝ドラというものは、
ヒロインだけでなく、
脚本家と演出家も相当大変ということははっきりしているので、
脚本と演出に同じ名前がクレジットされるのは、
異常事態だということです。


■コロナの影響

制作の中断、
主要人物の演者の死去、
放送回数の短縮、
キャストのスケジュール調整困難、
等々、
制作現場は相当に大変だったに違いない、
と、心中お察しいたします。

橋本じゅんさんをスピンオフエピソードで閻魔様として出した以上、
それと何にも関係ない別の役で再登場させようとは、
普通なら絶対しない。


■感想を書くための覚書

・讃美歌、クラシック、流行り歌、軍歌、ジャズ、ロカビリー、どの音楽もそのときどきの物語展開の道具だてとしてのみ使われた感。

・音や音の母は、裕一の曲に影響を受けていない。

・誰にも戦争責任がない描き方、レコード、映画、ドラマなど表現物を造る人の責任の描き方

・こんちくしょうという台詞に抵抗があった薬師丸ひろ子の気持ち。(第90回)

・大衆歌より讃美歌?同じ場面で露営の歌を歌ってもひとつのドラマになったと思う(第90回)

・戦争に加担した(と感じる)罪が懲役刑のように償われた感じ(第93回)

・音が感じていた戦中の違和感が戦後どうなったのか、吟の戦中と戦後の気持ちの変化など、私の知りたいことが全然描かれないもどかしさ (第94回)

・智彦の戦後の物語に、「暁に祈る」のことが一切出てこない。

・「バンブー」が戦後、脈絡なくJAZZ喫茶になるのも、そのときどきの時流に安易にのっているような感

・古関裕而と筒美京平
 ヒットチャートの1位となることを第一としていたという筒美京平が古関裕而と同時代にいたらどのような仕事をしていたのだろう。

・関内家がクリスチャンである設定の意味
 裕一と音が出会う場所のため?
 讃美歌に特別な意味をもたせている?

・恵さんの思い出話が妄想ほら吹きみたいで終わったのが残念。
 そこに(表に出なくとも)説明がついていたら、
 野間口さんの演技も変わるはずなのに。
 ( 古本屋のエピソードを入れたんだから、
   「それ、先週読んだ小説でしょ」とか )
 結婚して何十年も経ってなお、
 「そんなこと聞いてない」というリアクションは変・笑。




2020年上期の朝ドラ

この物語では、

「エール」とは、誰が誰に、何が何に「エール」を送るのか


主題歌「星影のエール」では、

夜の星の光をエールに例えていて、

星の見えない日々
互い照らす
夜明け前の空
暗闇にほら響け

などのフレーズのあと、

星は、
朝も昼も夜もずっとそこにある、

と歌っています。


主人公の周りの登場人物たちは、
主人公の音楽家としての成功を喜んでくれますが、

( レコード会社の人がxx万枚売れたねえ、と喜ぶように、
  テレビ局の人が視聴率xx%だったねえ、と喜ぶように )

裕一の作った曲を鼻歌で歌うようなこともなく、

主人公の作る音楽について、
主人公の周りの登場人物や
世の中の人たちが
何を感じたかの描写が
少ないと感じています。

大衆歌を描くということは、
大衆の暮らしや気持ちを描くことなのでは?

阿久悠が、
「誰かが喜んでくれるといいな、
誰かが興奮してくれるといいな、
誰かが美しくなってくれるといいな、
というような願いを込めながらひとつの世界を創る、
というのが歌謡曲」
とテレビで語るのを見たことがあります。(*)

また、以前、
「「サラリーマンNEO」の作り手は、
サラリーマンに興味がないのではないか」
と思ったことがあります。

このドラマの作り手の皆さんが、
音楽の力や
音楽を人に届けようとする人や
音楽を受け止める人々や世の中
について、
興味がないということが
なければよいが、
と思います。




■第3回
 1919年(大正8年)
 小学4年生の裕一





■第4回

音が歌っていたのは、讃美歌312番「いつくしみ深き」

聞き取った歌詞は、

いつくしみ深き ともなるイエスは
われらの弱気を 知りて憐れむ
悩みかなしみに 沈めるときも
祈りにこたえて 労りたまわん


■第14回


■第16回

「サラリーマンNEO」のコントを観るように気楽に楽しめばよいと
観る側のスタンスが定まりました・笑

■第20回



■ 第33回

昭和6年(1931年)、
満州事変(1931年9月18日)も起こっているはず。
#おしん では、
加賀屋はとうになくなっている。

「影を慕いて」があまり響いてこなかったので、
気づきましたが、
流行歌を描くお話だけれど、
それを聴く人たちの視点が
今までなかったなあと思いました。
今までのコンサートのお客と
「影を慕いて」を買うお客は
層が違うかも。

木枯氏が何を歌うかも重要。
「影を慕いて」か
「酒は涙か溜息か」か
はたまた
「丘を越えて」か。

大衆歌を描くということは、
大衆の暮らしや気持ちを描くことなのでは?

■第40回

朝ドラでよくあるパターンは、
最後のひとつ手前で、
ヒロインの変な叔父さん・笑が
突拍子もないことを言い出し、
最後のカットが
ヒロインがとまどった顔であるやつ・笑
「ボケ」と「ツッコミ」の組み合わせなんですけど、
「ボケ」たまま終わるのは珍しいと感じました。

■第50回


■第53回

恵さんが呟いた名前「伝吉」を一応、覚書・笑

■第55回




演出・松園武大氏
「最愛の父・三郎との別れ、そして三郎が命をかけて繋いだ家族の絆を描いたこの回は、『エール』の特別大きな節目だと思っていました。そのスペシャル感を前面に押し出したいということで、チーフプロデューサーと話し合って決めました。」
(朝ドラ『エール』三郎(唐沢寿明)最期のシーンの裏側 演出・松園武大が語る
  https://news.yahoo.co.jp/articles/a796348ef68293c2a9539173e81a12a1d228965b )

主題歌が流れないことが、スペシャル感ならば、ドラマにとって主題歌とは何だろう、と考えてしまう。

次は、スピンオフでもないのに、ヒロインをまるまる1回分登場させないとか・笑


■第57回



■第58回「古本屋の恋」

題名がこの時代らしく感じられて好いです。

梶取(かとり)保と二宮恵が出会ったのは、
日めくりからすると、
1926年(大正15年)4月15日木曜日。

(ご両親が七回忌とのことで、
ひとりきりで関東大震災を経た神田の古書店主は、
これまでも波乱万丈な人生であったように思いますが)

再放送の副音声で、恵さんは、
「食いついたわ
「乗ってきた、乗ってきた
などと語っていて、
その目で見ると確かにそういう演技をされていたように思います・笑。


■第59回




■第60回

#あさイチ で近江アナが
「どなる人好きじゃない」と
眉をひそめていたのが印象的でした。


■第61回

昭和11年(1936年)から物語が再開しました。
大阪タイガースの歌(六甲おろし)は
昭和11年3月25日に初披露されたそうなので(Wikipediaより)、
すでに二・二六事件も起こっていると思われます。
三羽烏が軍歌に関わることをどのように描くのか興味があるのですが、
この物語の世界ではそういう世の中の気配は全然描かれません。

また久志が最後のオチでした・笑。


■第62回



■第81回

第17週「歌の力」第81回のオープニングでは、作 吉田照幸でした。



■第84回

奥さんの実家が、
軍との商売を主としていて、
かつ
キリスト教徒で特高に目を付けられていて、
元弟子の入り婿が入信し、
聖書を持ってきて、
反戦を説くというのは、
お話の作り方が相当ごつごつしている印象です。



制作側のみならず、観る方にも確立している、徳永えりへの信頼感・笑
この回が最後の登場であるわけもなく。

( 短い出番で呼ばれるけど、
  結構難しいことをやらされる感。
  −夏ばっぱの若い頃、とか
  でも、観る側として不満を感じたことはない、凄い実績・笑 )


■第85回



裕一の台詞で「慰問に『行けと命令がくだった』」とありました。
現実でも徴兵や行政命令以外でも
こういう言い方が当時よくあったのだとすれば、
そういう体制づくりを含め、
やはり嫌な時代だなあと思います。

(最近、廿日市さん出てこないな、
 制作の事情もあるかもしれないけど、
 戦後に「あ軽く」再登場してほしいな)


■第86回



■第88回

裕一が思い知ったことは、
この回で描かれた、
恩師の身の上に起こることを目の当たりにする、
非常に特殊なシチュエーションを体験させないと、
理解できないことでしょうか。

過剰な表現は、視聴者へのインパクトのため、と感じました。

( 一方で、東京大空襲など、一切触れられない。
  弘哉の他にも、音の音楽教室の生徒さんたちは皆無事だったろうか。 )

■第90回 「戦場の歌」

この回を観たあと、とても腹立たしい気持ちになっていくつかの呟きをしました。

このドラマの作り手は、
古関裕而の曲も、自分たちが用意した主題歌も、蔑ろにしているように感じて。

感情的になってしまったと後で思ったので、呟きは消しましたが、
自分への戒めとして、その内容は残るようにしました。







このドラマで私が知りたいのは、

光子さんであのようなシーンを用意するのであれば、

東京大空襲で、焼け野原となった東京で、
裕一のなかに湧く音楽はどのようなものか、
ということ

そうしてみると、
光子さんに「こんちくしょう」と言わせるのは、
このドラマでは意味がなく、
薬師丸さんは、裕一に代わって、歌うことを考えたのだと思いました。

■第100回



■第114回



ドリフのコントでは、ヅラをかぶったりはしても、
演じる人の年齢とは明らかに離れている役をやったりしますが、
この回と次の回の裕一には、
回も重ねたのに、
ドリフのコント内の人のような、
人として一向に円熟してない感がありました。

一方、となりのシムラの
志村のお父さんには
表向き単なるコントでありながら、
年輪を重ねた陰翳がありました。


■第120回(最終回)

物語の最後に、棒を振ることしかすることがなかったドラマの主人公。

曲の素晴らしさも、それを歌った歌い手の素晴らしさも、
もとからドラマを観ずとも知っている。

このドラマが主張していることはなんだろうか、
音楽とは歌とは、それを創る人とは、
いろんなもやもやを感じさせてもらったドラマでした。






【一時休止と再放送】

20200630記


20200516記

6/27(土)の放送で、一時休止になるとのこと。

機会がある度、何度でも言おうと思っているのですが、

「朝ドラと朝ドラ受けは、平和の証」

早く、放送再開されるようになればいいですね。




【みんなで星影のエール】

私は、
髪をセットしてもらいながら、
ゆっくり音程を確認しながら、
歌を練習する堀内さんの歌声に、
「歌の力(エール)」を感じた。



第120回(最終回)でイヨマンテの夜を歌われましたが、

吉原さんが本編で歌うシーンを観てみたかった。




■参考になった情報




https://news.yahoo.co.jp/byline/tsujitamasanori/20201127-00204465/

「戦争に協力した。大量の軍歌を作った。しかし、戦後は大きな挫折もなく、すぐ平和の曲を作り、成功していった。古関に限らず、多くの文化人が当時このような人生をたどった〜」
「戦時下の文化人の生態を知り、それを今後どのように教訓として生かしていくのか。問われているのは、われわれのほうなのです。」
「われわれが日々消費しているエンタメが、ある日を境に、プロパガンダになってしまうかもしれない。そういう厄介な問題を心のどこかで意識しておくこと。これが大切です。」




https://note.com/jishizuka/n/n8684bd56dd93

「「船頭可愛や」は売れなかったのではなく、売れたから、三浦環によるいわゆるカヴァー盤も出たのです。しかも古関は、1936年には「大阪タイガースの歌(六甲おろし)」、37年には古関の戦前最大のヒット作「露営の歌」を発表。それを受けての三浦版のリリースだったわけです。加えて、山田耕筰は、1941年の三浦環の音楽会のために、「船頭可愛や」の管弦楽伴奏編曲もしています。」
「全てを事実通りに放送しろ、とは言いません。現在再放送中の「はね駒」で沢田研二が演じる松浪毅のモデルは、明治期のキリスト教伝道者で教育者の押川方義で、松浪は作中で主人公(斉藤由貴)と同い年くらいの子供を喪ったと言ってます。だが、史実では子供はちゃんと育っていて、それが後に天狗倶楽部メンバーとなる押川春浪。ここで、「押川春浪を殺してしまいケシカラン」とは私は言いません。」


■「私たちは「善良」だったか? 『エール』の終戦が“被害者意識”の日本人に突きつけるもの」
 https://bunshun.jp/articles/-/40962

 この記事に示されている論点が、このドラマではうまく描かれていないと私は感じています。



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20201127 【TV】 あさイチ プレミアムトーク 宮本浩次 「生きてるとね、上り下りのEveryday」



「自分の思い出とともにあんのよ、音楽って。
メロディが流れるとさ、その歌の素晴らしさだけじゃなくて、自分の思い出とともにあって」




このところ、
宮本浩次(ひろじ)のカバーアルバム「ROMANCE」を繰り返し聴いている。

あなた - 宮本浩次
[iTunes]あなた - 宮本浩次






ぶっちゃけ、
この方は、テレビの生番組には向いてないと思うのですが、
バラエティ番組的なイジリ方をほとんどしなかった、
博多華丸大吉、近江アナの対応が好かった。

正直、もやもやしながら観た「エール」の最終回に続いて観たこの番組、
音楽に対する好いお話がありました。
歌はそれを聴く人に届いてそれぞれの想いとともに記憶されている。

(「ロマンス」を歌った後、)
大吉「宮本さんの声って、気抜くと泣きそうになる」
近江アナも目をぬぐっていました。
生で直接聴くと、また迫力があるのでしょうね。



(「今宵の月のように」を歌った後、)
大吉「福岡の頃ね、仕事があんまうまくいかなかった頃にね、
この歌がでてきて、(華丸がカラオケで)よう歌ったなあ」
華丸「上京する時、「四月の風」を歌って...ちょっと宮本さん聞いてます?」
(お母さんの写真を紹介したくて、話を聞かずフレームアウトする宮本さん・笑)

(30周年ライブの「四月の風」の映像の後、)
宮本「自分の思い出とともにあんのよ、音楽って。メロディが流れるとさ、その歌の素晴らしさだけじゃなくて、自分の思い出とともにあって」
「音楽って常に自分の思い出とともにあってさ、そういうことなんだよね」

大吉「「四月の風」はね、うちの相方がよく歌ってまして、僕らが35歳で上京してくるときに、最後の、カラオケ、なんか送別会みたいなんで、(華丸が)最後、歌ったのすごい覚えてる」

華丸大吉さんたちは、自分たちの想いが宮本さんに伝わった感じがしなくて、
もどかしかったと思いますが・笑、
両者とも同じことを言ってたと思います。







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2020年11月27日

【ドラマ】 麒麟がくる ( 途中の感想 )


 
第1回から、
オープニングタイトルのキャスト等を表示する字体が
なんだかのっぺりしているなと気になっているのです・笑


誰かが、麒麟であり、
その人が世を平らかにするのか、

誰かが世を平らかにすると、
そこに麒麟が来るのか。





第十八回


このあと、
どんな風に描かれるのか楽しみな出来事が山盛りで、
この調子で、
本能寺までたどりつけるのかしらんと気をもんでいます・笑。

・今までに見たことのない信長になるのではないか。

・濃姫は本能寺にいるのかどうか。

・駒の活躍がポイントだと思う。


(20200710追記)

第二十一回で桶狭間、1560年まで話が進みました。
全44話と発表されていますので、あと23回。
その後の歴史を予習しました。
濃いなあ・笑。

戦に明け暮れる10年20年30年って、
戦国時代に生きるっていうのは
大変なことだ。

織田軍団に所属するってのは、
同時代世界一ハードな職場かも。

日本を平らかにするのに邁進した、
信長と秀吉のモチベーションはなんだったのか、
素朴に知りたくなりました。

1560
桶狭間の戦い
1565
足利義輝死去
1567
稲葉山落城
1568
信長上洛開始
1570
姉川の戦い
1571
比叡山焼き討ち
1572
三方ヶ原の戦い
1573
義昭京都追放
1575
長篠の戦
1576
明智軍・黒井城敗北
石山本願寺との戦いで明智光秀倒れる
明智煕子死去
1577
松永久秀死去
1578
荒木村重討伐
1579
丹波平定
1581
京都御馬揃え
御ツマキ死去
1582
武田氏滅亡
家康饗応
本能寺の変


第三十三回

正親町天皇(坂東玉三郎)や摂津晴門(片岡鶴太郎)など、
今までの戦国大河ではあまり登場しなかった人物により、
物語の展開を新鮮に感じています。

ひとつ疑問があるのは、
家臣になることを断ったのに、
ずっと信長軍に帯同しているような
今の光秀の立ち位置。

歴史事実では、翌年には坂本城を築城していて、
5年やそこらで、
強烈な出世をしているわけで、
猛烈なハードワークと文句のない業績あってこそですから、
中途半端な立ち位置では
難しかろうと思います。

光秀というのは歴史的事実からみても、
やはり不思議な人物ですね。

( 藤吉郎は、
  中小企業に中途入社した社員が
  15〜20年かけて、
  企業が大成長するのにあわせ、
  役員までのしあがったと考えれば、
  そこまでは、ままあることのように感じる。
  社長が急逝した混乱のなかで、
  会社を乗っ取ったというのも
  ない話ではないか・笑 )





20200621記

「麒麟が来るまでお待ちください 戦国大河ドラマ名場面スペシャル 国盗物語」
を観ました。

私にとって、「国盗り物語」は、
初めての司馬遼太郎で、
初めての大河ドラマです。

だから、特に、
私の元々思う明智光秀の性格・特性はこの作品で作られたものです。
「麒麟が来る」で
それとは異なるどのような物語を観ることができるのか、
楽しみです。



20200726 「謀反に関する大切なお知らせ」






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2020年11月26日

【ドラマ】 ルパンの娘 第1シリーズ 2019年・第2シリーズ 2020年 (書きかけ)



子どもの頃からずっと、こういうノリのお話が好きです。

連続ドラマとしてのお話の盛り上げ方も上手だなあと思います。



すいません、落ち着いて考えると買いはしないかもしれません(謝)。


【第1シリーズ】

■第1話



■第5話

レーザー光?を潜り抜けるシーン大好きです。
水鉄砲は伏線だったんか!と大喜びしました。

最後のシーンで、
コメディ、パロディはともかく、
シリアスに転換したところで、
画が成立する深田恭子はさすがだなあ、と思いました。





【第2シリーズ】

■#5



■#7



やっぱり、円城寺登場シーンばかり続けて観ることのできるコンテンツ、需要があると思う。
うっかり円城寺も含めて・笑












(10年以上ぶりにフジテレビの連続ドラマの感想を書きました)



2020年11月18日

20201112 【TV】 アナザーストーリーズ 「名人がAIに負けた日」



2001年宇宙の旅」などの昔から、
人間が人口知能に(AI)に得体のしれない不安を感じることが示されてきましたが、
棋士と将棋ソフトとの関係は、それを実地に経験する出来事として、
かねてから強い興味を持って見てきました。


当番組中、

AIと棋士との対戦について、

「それは図らずも人間のあせりや恐怖、一時の感情に左右され、失敗を犯す弱さを浮き彫りにしました。」

という発言がありましたが、


それは対局そのものだけではなく、

将棋ソフト不正使用疑惑騒動
こそ、
得体の知れない不安に人間が右往左往した実例として、
無かったことのように風化されるべきでない出来事と
私は考えています。

2017年5月20日 第2期電王戦第2局
2017年5月24日 三浦弘行九段と日本将棋連盟の間で和解成立のご報告
2017年6月26日 藤井聡太29連勝(AI評価と比較できる指し手の登場)


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食の記憶



食文化というものも時によって変わっていくものだと思います。

■マクドナルドのハンバーガー

たとえば、マクドナルドのハンバーガーというものは、
いまどきの人には、生まれたときから当たり前に存在するものでしょうが、
私にとっては、70年代前半に小学2年生くらいに出会うまでは、
マクドナルドも、ハンバーガーも、自分の生活には、ないものでした。

ピクルスというものをこれで知りました。

(この出会いについては、もっと詳しくいつか書いてみたい)

2020年11月に
トリチ(トリプルチーズバーガー)を初めて食べたときに、
小学2年生くらいのときに、
生まれてはじめてマクドナルドのチーズバーガーを食べたときのことを思い出しました。
つまり、
今の私は、舌が奢っていて、
3枚重ねないと昔と同じおいしさを楽しめることができなくなっているようだ、
と気づいたのでした。


■たこ焼きにマヨネーズ

さて、焼きそばやたこ焼きやお好み焼きに、
ソースに加えて、マヨネーズをかけるやりかたは、
ものごごろついたときには、存在していなかったと思います。

70年代半ば以降に急に生まれたような気がするのです。
私の記憶では、小学生のとき、たこ焼きやさんに、
ある日、突然、
「マヨネーズかけてみる?おいしいよ?」
と、言われたのです。
それは思いがけずおいしくて、何かの発明に出会ったような気がしたものです。

70年代は、粉ものにマヨネーズをかけることは当たり前のことではなかったように思います。


■寿がきやのラーメンととんこつ味

小学生高学年のとき、
お小遣いを握りしめ、
ダイエーの片隅の寿がきやのコーナーで食べるラーメンが好きでした。
そのラーメンは今まで食べていたのと違って、
スープが白いのです。

そういうのをとんこつ味というのだと
もう少し大きくなってから
知識を得ました。


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2020年11月13日

【テレビ】 タモリ倶楽部 FOR THE SOPHISTICATED PEOPLE

 
タモリ倶楽部って、毎週毎週、題材が面白くって、
よくもみつけてくるなあ、と感心しています。

一番好きなバラエティ番組はタモリクラブ、って
口にしちゃうと、
この番組は下ネタも多いし、
人によっては、
問題発言ということか、
ちょっと引かれることがある。
でも、本気でそう言ってます・笑。

ゲストが告知とか一切しないのも、
今となっては少数派。


20160603放送 メンマの由来

メンマ(麺麻・麺碼)とは、麺にのせる麻竹(まちくという竹の種類)を
乳酸発酵させたものだから、
日本の輸入元だった丸松物産社長松村秋水氏が名付けた、

という説が紹介されてました。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%9E
  
 
  
 
20170915放送 地下鉄路線図(都営版)

2000年に都営大江戸線開業の際に大幅にリニューアルされた路線図
これはフリーデザイナー大西幹治さんがてがけた。
・大江戸線を楕円に
・駅名を白枠に入れる
・枠で乗換可能を表現
・丸の内線の赤色は、イギリスの煙草ベンソンアンドヘッジスの缶の色
・東西線の水色は、たばこのハイライトのブルー
・新宿駅の真ん中に点線が入っているのは、
 大江戸線と丸ノ内線が乗換できないことを示している
地下鉄路線図都営201704.JPG




20170929放送 船底塗料

船の底が赤いのは、
塗られている船底塗料の色。

船底塗料の目的は、
フジツボなどの付着防止。

赤いのは、
生き物を寄せ付けないよう、
主成分に亜酸化銅が含まれているから。


20180921放送

クリーニング屋さんに〇〇舎という名前が多いのは、
明治40年に日本で初めてドライクリーニングを導入、
全国に展開した最大手の白洋舎に倣っているから。
白洋舎は、創業者五十嵐健治が、
明治39年操業時に会社組織でなかったので、
社でなく、小屋の意味の舎をつけた。

ところが、白洋舎の「しゃ」は、
正式には、
白洋で旧字体を用いている。
ドライクリーニングとは、石油などが原料の有機溶剤を使用した洗濯方法

20181116放送

空耳アワー

在庫8万枚 を誇る、
1981年創業、神保町のCDレンタルショップ「ジャニス本店」が2018年11月に閉店とのこと。
音源確認のために、25年以上毎回80枚~100枚を借り続けていた。


20200515放送

中学入試に出る、鉄道問題に挑戦。

開成中学校、2005年の入試問題。

上野御徒町駅で大江戸線に乗るときに、
都庁前駅に行くためには、1番線、2番線どちらに乗るか。(三択)

答え どちらに乗ってもよい。

このような首都圏に住んでいない小学生には無理筋と思われる出題は、
腕試しで受け、合格しても入学手続きをしない、
例えば関西の子供を落とすためのご当地問題であると、
森上教育研究所の早川明夫先生が解説していました。

なるほど。


20200710放送 みうらじゅんの絶対くるブーム

法枠工(のりわくこう)をワッフルと言い張るみうら。
( 法面・のりめん=斜面 )

「あおのりのせたりするからワッフルというんですか?」
というみうらのボケに、
「そういうことですね」
とのっかる堀本興行(和歌山県)の社長・笑
「社長はやっぱりワッフルとか好きですね」に、
「ワッフル好きが嵩じてのりわくですね」
あくまでものっかっていく社長・笑。

https://www.google.com/search?q=%E6%B3%95%E6%9E%A0%E5%B7%A5&sxsrf=ALeKk00i4eIiWUmorN-fGKIqhjZvlqg9Dw:1594419368211&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=2ahUKEwimq8KA28PqAhUjw4sBHVHmCV0Q_AUoAXoECAwQAw&biw=960&bih=936

20201009放送 異業種テイクアウトカレー相談室




■コロナのせいで、冒頭の挨拶が変わってしまいました。

「毎度おなじみ、最近流浪していない、タモリ俱楽部でございます」(20201023)

「毎度おなじみ、普通の番組、タモリ俱楽部でございます」(20201113)

「毎度おなじみテレ朝ばっかりでやってる普通の番組です」(20201120)




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2020年11月11日

【小説】 恋するラジオ スージー鈴木 2020年




ラジカセエアチェックの時代から始まって、
訃報を親戚LINEグループで知らせる時代まで。

そして、
2039年にも
千駄ヶ谷のナガオカのオーディオルームは存在しているのだろうか。


■電子化

 同じような物語は過去にもあると思うが、
 以前と異なるのは、
 出てくる曲名をすぐさま検索して実際に耳にできるので、
 今は、同時代を知らない人でも物語を楽しめる。


■自分の記憶とクロスしたことの覚書

・ラジカセ
 1980を型番に名乗ったラジカセが未来的なかっこいい響きをもっていたこと。

ヤンタン

・ザベストテンに初登場したサザンオールスターズ

レンタルレコード

・大学祭のライブ

 レベッカの早稲田ライブ
 
 一瞬映る、
 最前列の客が飛び出さないよう、
 柵を一所懸命に押さえている、
 伝説のライブのその場にいるも、
 それを背にして音だけ聴いていたスタッフの人。

 ライブが終わると皆あっさり背を向けて
 その場から去っていくのも
 大学祭ライブっぽい。
 これが「伝説」なるとも思わずに。


・休日出勤








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2020年11月10日

2020年10月からの呟きの記録(途中)




「やられても、やり返さない、仏教だ」















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