2022年10月03日

【ドラマ】 アストリッドとラファエル 文書係の事件録 Astrid et Raphaëlle



「ふん」「あっ」「ふふん」「うん」「なるほど」「ありがとう」





アストリッドに限らず、誰しもそれぞれの「生きにくさ」を抱えている。

犯罪や捜査やトリックでなく、

主人公以外も含む登場人物たちの成長、好ましい変化が趣深い物語。



「「当たり」のドラマに出会った」というわくわくする感覚を覚えました。

NHKで2022年に放送された吹替版を観ました。
第6回あたりから、
Twitterの感想の増加が加速していると感じ、
自分と同じ気持ちの人がたくさんいるのだと思いました。





フランスで制作されたドラマ ( imdb )


原語でも少し観たのですが、
フランス語だと、
登場人物すべて、
自分のもともと知っているフランス語の雰囲気しか
感じ取ることができないことから、
登場人物の個性の違いを判別できず、

一方、
貫地谷しほりのアストリッドの吹替は、
場面による口調の相違も分かることから、
心情を感じ取りやすいと思えることが、
大変興味深いことでした。

NHKがこの作品を選択した理由は、
ストーリーの面白さだけではない部分があると感じますし、
だからこそ、
アストリッドの吹替に俳優を起用しようと考えるわけです。


( ERザ・ホワイトハウスの吹替版をNHKで観ていたころ、
  オリジナルの放送よりどうしても1年以上遅れることに
  もどかしさを感じていましたが、
  字幕で配信すればもっと短期間で観ることのできる現在とくらべ、
  NHKが従来も今も
  コストや時間をかけて
  放送していることにいまさらに気づきました。

  韓流ドラマブームの端緒も、
  冬のソナタの吹き替えに、
  萩原聖人、田中美里を起用した功績は確かにあるのです。

  しかし、
  専門チャンネルや配信メディアに
  それぞれの強みがあり、

  クリフハンガーを作りながら、
  シーズンをまたいでいくアメリカドラマは、
  本来、NHKと相性が悪く、

  NHKは、Eテレなどで
  描写や台詞、社会背景などについての解説を加えながら、
  放送するとか、
  NHK独自の価値を出すやりかたがあるのではないかと
  考えています。 )


ストーリーについては、
ラファエル・コスト氏の捜査姿勢は、
正直、疑問も感じますが・笑、
物語の先の展開を見守ります。


スコポラミン
・GHB(γ-ヒドロキシ酪酸
統合失調症
・自閉スペクトラム症(自閉症スペクトラム障害
・アスペルガー(アスペルガー症候群
パシフィック231Gパシフィック231

(3)「呪われた家 前編」

夜中、ふたりきりで屋敷に入るのは変、とすぐ思いましたが、
朝ドラタイムラインに染まっているなあ、と「反省会・笑」しました。
そこは素直にどきどき楽しめばよいのだと思います。



(4)「呪われた家 後編」



( 麦角菌 ) 
( リゼルギン酸ジエチルアミド ) 

(5)「ミッシング・リンク」


「警察関係者以外立ち入り禁止ただし適格者を除く
「予定なら準備ができます

遅発性溺水
獣脚類
竜盤類
鳥盤類
(ルイ・グロ 九連環 ( M Louis Gros ))
グレイコード
フォルスラコス


(6)「閉ざされた部屋」

フランスの警官は、
外から見えるところに拳銃を提げておくものなのかしらん

機械式のタイプライターで打たれた文書から、そのタイプライターをどれくらい特定できるものか、興味がわきました。
打たれる文字の特徴から割り出す程度のことでしたら、推理小説家なら承知しているのでは。


( Twitterの感想が徐々に盛り上がってきているのを感じます )











(7)「フルカネリの指輪」


「自分にとって、その人は何か」


お洒落なものやかっこいいものでなく、
指ぬきという飾り立てようのない日用品が出てくるところが印象的だった。
( 根拠のない勝手な個人的な感想だが、
  アメリカや日本のドラマにはない感覚のような )


( フルカネリ Fulcanelli )



(8)「存在しない男」



ルールから外れたのなら、こちらもルール違反する話

( ソーマキューブ )

( カッサンドラ )



なるほど、偽名であることを示唆しているのですね。
日本なら横溝推理小説の登場人物名を持ってくるようなものか。

( 細心の注意を払って、身を隠して生きている人は、バスのなかでたばこを吸ったりするような目立つふるまいはしないと思う )

( ベレジンアンダーバー28 bxxxxxxxx_28なんだと思うけど、正確な綴りが知りたい、絶対伏線・笑 )

( 警視、アポがないどころか、停職中だ。いくらなんでも組織人としてのルールを完全に逸脱していて、それが警察組織ならなおのこと、異常手段すぎるような。)

( プレノン prénom )

( 唾液のph値はいつどのように調べる? どのように変化するとどのような判定に? )


(9)「消えた遺体」

( タングラム・パラドックス )


(10)「五線譜の暗号」

ときどきあることですが、
日本語題名は、原題から離れていますし、ちょっといただけません。

原題の"Invisible"は大変趣のある題名だと思いました。
( ので、そこを日本語で頑張って欲しいと思う )

「見えないけど、居る」ということを感じた。


「人と違う私を皆笑うが、私は人と同じ彼らを笑う」

13件もの冤罪がその手口とともに明らかになったら大問題だ。

 ( だから、「現実には難しい、でも小説や映画ならありうる」という台詞を入れたのか。 

   日本のドラマなら警視庁は、絶対に隠蔽する・笑 ) 


( 無汗性外胚葉形成不全 遺伝子変異により発症する? )

( イコル イーコール )

( アセギャ・Acega氏が第8回9回にも登場しているという情報を目にしましたが確認していません )







ソーマキューブを注文したが、パズルは苦手なので、やらないと思う・笑





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2022年10月02日

【ドラマ】 ちむどんどん 2022年



比嘉の一家には関わるな
彼らはこちらが引き下がるまで絶対に折れない

「うちは何か間違ったことしてる?」(第83回)


( 朝ドラ×Twitterには、人を闇落ちさせる力がある。
  人の所為にせず、自分で気をつけていきたい・笑 )





2022年度上期の朝ドラ

番組ホームページの番組紹介より引用

大好きな人と、おいしいものを食べると、誰でも笑顔になる―――

ふるさと沖縄の料理に夢をかけたヒロインと、支えあう兄妹きょうだいたち。
"朝ドラ"第106作は個性豊かな沖縄四兄妹の、本土復帰からの歩みを描く
笑って泣ける朗らかな、50年の物語。
2022年は、沖縄本土復帰50年。
復帰以来、多くの沖縄の若者たちが、本土へと仕事や夢を追いかけて渡っていった。
家族と別れ、食べ慣れた郷土の料理を思い――。
コロナ禍に見舞われ、かつてなく“孤独・孤立”が問われる今の時代にこそ遠く離れ、会えなくても、心はつながって支えあう美しい家族と、ふるさとの物語を全国にお届けします。

復帰前の沖縄「やんばる地域」で生まれ育ち、復帰とともに東京で働き始めるヒロイン。
遠く離れても家族の絆に励まされながら、ふるさとの「食」に自分らしい生き方を見いだし、やがて沖縄料理の店を開くことに。ヒロインは、四人兄妹の次女で、兄、姉、妹がいる。四人はそれぞれに異なる道を歩み、気持ちが離れるときも訪れます。
それでもふるさと・沖縄の味が、思い出が、四人の心をつなぐ。困難や挫折に見舞われ、誰かが心折れそうなときには、互いに身を削り、支え合っていきます。
時代を超えどんな逆境の中でも、世界でいちばん美しいもの――それは家族です。
傷つきながら、励まし合いながら大人への階段をのぼっていく四兄妹のドラマはきっと、今を生きるすべての家族の物語です。


( ドラマ企画を通すときの冒頭文章をそのまま置いたような説明だ。

  コロナ後放送した他の朝ドラと同様、

  制作初期構想では150回分の物語があったが、それを125回に短縮したのかもしれない。

  私が「カムカムエヴリバディ」に引っ張られているのだろうが、

  房子・優子・暢子・暢子の子供を描く沖縄に纏わる大河ドラマを夢想する。

  特に房子の人生こそ、朝ドラ主人公っぽいところがある。

  それにしても、「すべての家族の物語」と言われると、

  賢吉おじさん一家はどうなった?(やんばるに住み、共同売店利用者のはず)という思いや、

  房子や善一さんや智や重子やまもるちゃんにとっての「家族」とは?という想いも。

  比嘉家の人たちは、賢吉おじさんや房子や善一さんに

  何かしてあげたことがあるのだろうか。
 
  暢子は、重子さんに、何かしてあげたことがあるのだろうか。 )





( 沖縄に関すること )



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【ドラマ】 ちむどんどん 2022年 (沖縄に関すること)



朝ドラ「ちむどんどん」を観ることで、
自分が沖縄について、
不勉強であることを自覚しました。
ドラマに関連して、
目にした沖縄に関する情報の覚書


・本土復帰



・ブラジル移民、ハワイ移民





・地域医療





・「慰霊の日」

6月23日が「慰霊の日」であり、沖縄県および沖縄県内市町村の機関の休日となっているなど、この歳になるまで知りませんでした(恥)。













・沖縄の芋



・共同売店



このドキュメンタリーの内容はドラマ本編にはあまり反映されてないように感じた。

・本土へ移り住んだ沖縄の人々



・沖縄の料理















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2022年10月01日

【ドラマ】 ちむどんどん 2022年 (残骸)



ときに、朝ドラの1話1話に、悪い意味で、
一喜一憂、右往左往するときもあり、

そのときそのときの呟きや覚書を
整理することもなく

放置することにした残骸・笑





■暢子の成長


「人の成長を描くのが朝ドラ」という意見を目にしたことがあります。


・暢子の料理は、「承認欲求」からくるものか?



■サーターアンダギー

何度も登場してくるが、どういう意味があるのか、ないのか。


(最中も2回)


■人の大事なものを無くす、壊す

房子のワイン

重子のオルゴール






■料理、レストランについて

第26回

雑誌の「アッラ・フォンターナ」(alla Fontana at the fountain)の紹介文では、
オーナーは、日本のイタリア大使館、ローマの日本大使館で給仕をして、北イタリアで3年修行したと書かれている。

雑誌で銀座の名店・絶品ランチと紹介されるイタリアレストランが
1972年に存在していたのかどうか。
少しもやっとして、いろいろ検索してみた。

日本のイタリアンレストランにも、
日本で生まれたナポリタンスパゲッティにも、
それぞれ歴史があると思うので、
そういうことに敬意・尊重がある取り扱いになっていくといいなと思いました。

(1972年のイタリア料理店 『ちむどんどん』1972年にペペロンチーノ対決は「まさかやー!?」時代考証から考察

  https://news.yahoo.co.jp/byline/hatanakamioko/20220527-00297867 )








そうしてみると、大城オーナーは、
海外修行するよりも、
カリテアの乗員で日本に残りレストランを開いた人物のもとで
イタリア料理を勉強した、の方が、
大城オーナーとタルデッリとの繋がりのお話が豊かになるような気がする。



第46回の料理関係のクレジットは、
フードコーディネート 吉岡秀治
料理監修 吉岡知子
イタリア料理考証 室井克義
イタリア料理指導 松本晋亮 







・第88回

ソップレッサータ

コトレッタ・アッラ・ミラネーゼ

・第108回

インサラータルッサ ( インサラータ・ルッサ Insalata russa

ポルケッタ








・その他感想・呟き

 本作のHPは、スマホで観ることに寄せたレイアウトになっていると感じる。

 ( PC、スマホ両方に対応することを止めた可能性も )









・ドラマの材料として取り上げた料理名を連呼するだけで、
 それを物語のうえでどのように調理したのかを示していない。

・たとえば、大河ドラマ「平清盛」では、
 毎回のラストカットにその回の題名も表示されます。
 この週の最後に、週の題名が表示されることを想像してみたら...





思ったことを淡々ととりあえず覚書しておくコーナー

・今を描くにしても、10年前、40年前を描くにしても、
 今の認識や昔の認識の違いや
 同時代を生きていても同じ記憶とは限らないなど、
 言いたいことを丁寧に描く必要性を感じる。

・貧困とそれを家族が各々どう思っているのかの描写が不明瞭。

 借金してなんとかしようとする

 しかも一発逆転で返済する体験(第24回)

・暢子は話を最後まで聞かない方の朝ドラヒロイン(第14回)

・悪役(賢吉、島袋、眞境名商事の社長の息子)を次々と繰り出す(第14回)

 「島袋枠」みたいな用語ができそう。

 我那覇さんは来週も登場できるか、どうか(第17回)
  東京で再登場するとは・笑(第41回)

 南山原校料理部部長(暢子のスカートの継ぎ接ぎを侮蔑するために登場・第18回)

 悪役を演じた人たちが報われないなと思ってしまった(第24回)

・脇役が主登場人物の反応のために動く

 早苗の大学合格があって、暢子が反応する(第23回)

 役割が終わるとすぐ退場?(下地先生・片桐はいり・第24回)

・「沖縄」「借金」「貧乏」「女のくせに」 → 庭で踊って終わる(第15回)

・お話の都合として便利な組織体としての会社

 眞境名商事、屋良物産、内間(うちま)食品

・合格を知らせるために、息せき切って、やってくる先生の演技の意味がよくわからない(第23回)

・華丸大吉師匠の指摘どおり、劇伴が浮いているところが問題なのかも(第25回 20220513)
  劇伴を発注して、OKを出し、どこで使うか決める人の問題。

・村上信夫が昭和37年3月に「きょうの料理」で紹介した、
 「ナポリ風のスパゲッティ」は、
 トマトピューレソースのパスタ。
  http://inatt.tokyo/article/398822132.html

・比嘉家は山原村(やんばるそん)で恐れの目で見られているのでは・笑(第34回)

  長男は詐欺にあい、サンセットバーガーで暴れて警察のお世話になったあと行方不明
  次女が眞境名商事と内間食品、2社の就職内定を蹴って東京へ
  長女は喜納製糖の御曹司との婚約を破棄
  残った母親と三女は世間の目がつらくなるのでは。

  第35回、
  比嘉家は2人家族になるようですが、
  年長者から順に外で働いて、
  少しでも仕送りすれば、
  徐々に酷い貧乏からは
  脱却できたように思いました。

・俳優さんたちの熱演が凄いが、できあがったものをみて俳優さんこそ吃驚啞然としてたりして。(第34回)

・朝ドラで「女性とズボン」というのは、
 とても興味深い論点だと感じたが、
 それなら、もっと丁寧なきめ細かなエピソードを見てみたい。(第65回)
 朝ドラでズボンといえば、モンペだし、
 優子さんは、工事現場や畑ではズボンだった。
 暢子が大人になってからズボンに拘っている理由は描かれなかったし、
 愛の記事も恵まれて育った人のまだまだ地に足のついてないもの、
 ということなのかもしれない。
 パンツルックで和彦から去って行った愛(第70回)

・個々に自己中心的に我を主張し、相手を思いやることがない比嘉家の人たち

 ニーニーが生きていけてるのは、
 視聴者には名前もわからない、
 養豚場経営者(中原丈雄)のおかげなんだけど。

 ( 一方、喜納金吾(渡辺大知)や大野愛(飯豊まりえ)が
   相手を思いやる行動をとって報われないこと甚だしい )

・ヒロインの母親役が土スタに出演して、ヒロインのコメント出演はおろか、話題も出なかった。(2022016)
 
 ( ヒロインが〜なふうに頑張っている、というような番宣情報も極端に少なく感じる )

・1978年(昭和53年)8月18日ウークイの日

・俳優さん(仲間由紀恵)の演技というものは、凄いものだと思った。(第74回)

・第74回を見て、物語の進捗速度を調整したい状況があったが、あまりうまくいってないんだなと思った。(20220721)

 ( 朝ドラでは俳優さんの出演回数をあらかじめ決めてある場合があるという話を聞きました。 )

・「嘉手刈(かでかる)さんのお話が新聞に載る前に恋愛のステップに使われた」という呟きをみました。(第75回)
 同じ順番でも、そう思われないドラマ・脚本もあると思います。
 このような感想になってしまうことが大変興味深いことです。


( 直接、関係ないことですが、
  この物語を観ていて、
  戦争中の大陸での経験をあえて語らず、
  永遠に失われた事実や人の思いが
  たくさんあるのだろうなということに思いをはせました。 )

( 沖縄の「ガマ」、
  この地には何故、洞窟が多いのか、
  いつかブラタモリで見てみたい。 )

・第76回に気持ち悪い発言がたくさんあったとの指摘。
 昭和52年頃は、現実も小説・ドラマでも、そういう発言は普通にあったのだと思うものの。

・暢子を紹介しようとするまでの和彦と重子はどんな会話をしていたのか一切伺えない。
 何年も話したことがないなかでいきなり対話を始めた感
 今鶴見に住んでいるという説明から初めて、今度結婚する、認めてくれ、と言っている。
 重子がどんなふうに息子に愛情を注いでいたのか描写されず、中也に丸投げ・笑。

・同じ場所に住んでいるのに、昼間、新聞社とあまゆで電話で話し合う暢子と和彦

・いろいろあっても矢作は、暢子がフォンターナを辞めたあと主力調理人として残るのではないか。
 そのために、空き巣をしても警察沙汰にしていないと思った。(第81回 20220801)

・第82回の重子のフォンターナ来訪、
 Twitterでは、
 暢子が今日だけ髪をくくっていると言われていたが、
 前日もくくっていたし、
 「1日も欠かさず料理だけはしてきました」とは
 あまゆも含めれば、事実だと思う。
 ( 職場であんな修羅場があったあと、
   鶴見に戻って、和彦が食べるものを作っているみたいだし )

 今までの物語の蓄積からくる信頼度みたいなものを思って、
 ちょっと暗い気持ちになった。

・「うちは何か間違ったことしてる?」(第83回)

・賢秀の中の人はあえて極端に大袈裟に、
 房子の中の人はあえて淡々と棒のように、
 演技しているように思えてきた。

・暢子と和彦が房子と三郎のいきさつを聞きたがるのは、
 結局のところ、三郎をフォンターナの危機にかけつけさせる、
 物語の都合に動かされているだけのこと

・第84回の段階では、和彦は何を三郎に頼んだのかわからない。

 ( 何か依頼済みだと思うのだけれど、
   それを暢子と共有していないように見えるし、
   翌朝すぐに三郎が動いたのなら、
   のんびりあまゆに顔を出す多江の動きも変、
   権田がフォンターナに現れないのは
   三郎の動きの故と思われるのだが。
    和彦はどうしてる?
   それにつけても
   二ツ橋さんが不憫だ。 )

・沖縄の文化から遠ざけられて育った三郎は、
 賢三から三線を習った。(第73回)
 三郎がつま弾く三線の音に導かれて、
 暢子は三郎と出会い、
 三郎は暢子が房子の甥の賢三の娘と認識し、紹介状を書き、
 暢子はフォンターナに就職できた、って
 若き日の三郎役の田中偉登さんのコメントで理解した。

 そこで第27回を再確認してみたら、
 三郎からの紹介状を見た房子はあわてて2階の窓から三郎を探す。
 (三郎も房子の部屋を知っているかのように2階を見上げていた)
 しかし、何故、房子は三郎がフォンターナまで足を運んできていると思った?
 さらに、このときの房子の心情にはあわない、元気な劇伴。

 いろんなことを考えて創られているようなのに、
 脚本・演出・俳優、どれか一方のせいでもないように思うけど、
 何が積み重なってこんなふうになってしまうのか、
 わからない。 

 さらに第73回を観て、経緯を把握。

 戦前から賢三が使っていた三線が比嘉家に残っているらしい。
 (賢三が出征中はどこにあった?)
 (戦前・終戦直後の賢三と賢吉叔父さんの関係が不明だが、
  賢三の三線は賢吉叔父さんが保管していたのかもしれない)
 (とすると、賢三優子夫婦が山原に落ち着くまでには、
  賢吉叔父さんの支援が多くあったのではないか)

 房子の両親は長女?(賢三の母)を山原の親戚に預けて鶴見へ。
 戦前に賢三は鶴見へ、県人会にもすぐ馴染み、三郎に三線を教える。
 賢三は民謡歌手になりたいと沖縄に戻る
 ( 房子が県人会から離れたのはこの後?)
 賢三は中国へ出征。
 1944年10月10日の大空襲

 賢三は本土へ復員。房子と再会。沖縄に戻ったのは1946年。


( 二ツ橋は、かつてから、三郎と房子の因縁を承知していて、
  鶴見に現れたような気がするけど、
  どうだったか。 )

・良子が東京に登場するのは、今週の解決に関係してないので、
 金曜日の最後か翌週の冒頭でよかったのでは(第84回)

・「あのとき食べたラフテーの」という題名だし、
 ラフテーを見て思いを馳せる三郎と房子のカットとかあってもいいのでけど、
 暢子と重子が食べるとこだけ(第85回)

・矢作「俺の借金は解決しない...」
   「しかも、暢子はオーナーの親類で、
    権田の恩人の娘?」

・大吉師匠「氷魚は別ものだから」(20220805あさイチ)

・第86回、中也を朗読する重子の場面の大仰なチェロの劇伴
 ( 同じ週の鎌倉殿の13人の比企能員の変が同じチェロ無伴奏の劇伴で、大変印象的・笑 )

・二ツ橋さんの包丁の研ぎ方が不自然との意見を目にしました。(第91回)

・第92回、ドタキャンした結婚式のご祝儀に紙一枚引換券を入れて現れ、
 ねずみ講ビジネスをとうとうと語るニーニー、
 ( 要は何しに現れたのか・笑
   演じている人こそ疑問に思うはず )
 物語の駒でしかないなら、それはそれでいいのだが、
 リアルな人間だというなら、これはどんな人なのか、
 令和ではただの危ない人。
 作り手がどう考えているか知りたいと思った。

・(第94回)ニーニーはまだあと1周か2周するよ。70年代以降の詐欺とかお騒がせをなぞっているので、次は、豊田商事かカルト教団か。

 




20220504記

第18回は、

・変な音楽の先生
・分かりやすすぎる怪しい儲け話
・わざわざやってくる南山原高校のみなさん
・結婚式に出席してよというマウント

たった15分間に、気になるシークエンスがこんなにつもると、
「デージ、ワジワジー」しました・笑

分かりやすい悪役(というか、嫌みを言いに来る人)と
衣服の継ぎ接ぎ話の連続が、
比嘉家の人々の描き方が「空虚」であることを
示しているように思います。

例えば、
民放でドラマを作る人たちが、
「視聴率15%以上のドラマが、こんなんでいいわけ?」
と思ったりするレベルの出来なのではないでしょうか。


ーー

第22回も同じことを思いましたが、

追加事項として、視聴者の気持ちとマッチしない劇伴をあげます。





・賢吉叔父さんに一番感情移入している

 弟に貸したお金を自分の畑を増やすことに使っていたら、とか、
 すごく頭のなかがぐるぐるしたりすると思う。





・一人の人間を演じるというよりは、暢子の物語のひとつの駒に撤するというか。
・普通じゃない演技じゃないと成立しない。























・第90回を観たあとの記録
 通常、ヒロインの結婚披露宴は物語のひとつのピークだと思う。






































・まもるちゃん

 役を作ったときに想定したアイデア・物語がまるごとカットされたのではと妄想した。
 第73回で、賢三が戦後、優子と再会した場に、チューリップハットのような帽子を被り本を読むまもるちゃんが居たようです。






( 最後が「ん」の題名の朝ドラは名作ぞろい )




あなブツ

ふたつの作品を比較して、片方を上げたり、下げたりするようなことを
しないように心がけているつもりなのですが、

あなブツで、

主人公は借金しない、
自分が間違ったことをしたことがあると自覚している、

( ちょっと間違ったことをして、
  自分のせいだと、
  借金を苦に自殺する人物が登場する )

描写をみて、本作との違いから、

本作に感じる違和感のうちの一部を掴めたような気がしたのでした。







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2022年09月30日

【ドラマ】 あなたのブツが、ここに 2022年



一個一個が切実なんや





NHKの夜ドラ枠で放送されたドラマ

朝ドラとフォーマットが似ているようでいて、
作り手は朝ドラではできないものを
意識しているように思いました。


自分はこのドラマのエンディングのようなのが好きなんだな、
と思いました。

( 過去の事例は、女王の教室逃げ恥 )
  



制作統括・プロデューサー・演出(盆子原誠、梛川善郎、佐原裕貴)が
おちょやんを担当した方たちのようです。

本作の主人公は、

むせび泣く姿を他人には見せない。

収入が激減したときに、
すぐに家賃の安いところへの転居を考え、
( 口座の暗証番号を他人に教えたのは馬鹿だったが)
手元の金を失ったとき、
借金は考えず、
子供の定期預金には手を付けず、
いさぎよく、親元に戻ることを選択する。

また、部活のソフトボールのキャッチャーで、
ぼろ負け試合でも懸命に声を出し続ける短いシーンが、
「負け犬」人生を表現してました。

「バレただけちゃう、うちらがもともと何様でもないということが」


・苗字がヤマサキなら、娘にサキという名はつけない


・人の事情に頭をつっこむ主人公属性の他に自省する特徴がある
 また、
 誰もが心の中で何かつぶやいている

 配達先の出来事、主人公のモノローグ、娘のモノローグと移り変わっていく(第10回)

 過去の男の回想、主人公のモノローグ、母のモノローグと移り変わっていく(第15回)






■バカサバイバーのエンドクレジット

月曜日に入れるやり方のようです。



・女王の教室では、陰鬱な展開による気分をいったん晴らす目的か、天海祐希たちが踊る明るいエンディングになっていたことや、かつての「よるドラ」枠のニコニコ日記などで、エンディングの島谷ひとみ版の「元気を出して」に助けられていたことを思い出した。

( 朝ドラはオープニングに曲が入り、
  かつての「よるドラ」はエンディングに曲が入る )

ただ、本作では、毎回の終わりが、せつないような余韻が残るものが多く、
朝ドラではやらないような締めくくり方を選択しているように思われる。


■マスクから鼻が出る登場人物たち

撮影上の技術的なことなのかもしれませんが、
そのときの台詞や心情をどのように伝えるか、
どんなマスクをして、どこまで顔を見せるか、
細かく演出しているようにも思えます。

ただ、2年前くらいと違って、マスクから鼻を出している人の意味あいが
変わってきているような気がします。

それは無神経を示しているのか、
( cf. 「俺の家の話」一部の例外を除き、みんなちゃんとマスクしてる )

そんなこと構ってられへんことを指すのか

( 主役に関しては、
  鼻が見える表情で撮りたいという演出意図のように思います )



・いろんなマスクが登場する(四角い布のマスク)

普段はウレタンマスクでも、
お葬式のときは、白の不織布マスク。

ウレタンマスクの色にも個性が反映している。

東京オリンピックの頃は、亜子も不織布マスクに。



マスクにまつわることで人を非難する行為、いじめる行為、

悪人だからそんなことをしたんだというわけでもないふるまいが、

現実でも見た、他人事でない怖い描写だと思う。


( おじいさんの心のうちや
  男の子が頭の中で起こしたロジックと
  その材料となっている彼らが自らの周辺で見聞きしたこと )


そして、突然に他人を非難する恐ろしくもどこにでもいる人が

しているマスクの特徴が大変に印象的でした。

私は、何年も、四角い布のマスクをした人を街で見たことはない。
しかし、ドラマのとある場面で、
誰もが知っているそのマスクをした人が登場したとき、
それが特別な「雰囲気・意味」を纏っていると感じた。


( このエピソードに通じる、
  コロナの時代に、経験したこと、感じたことは、
  コロナが過去のものになったら、
  知らない人はもはや正確には理解できないものなのかもしれない。
  当事者だって、1、2年前のことすら、
  ドラマが掘り起こしてこなかったら、
  忘れていってしまうものなのだ。
  この嫌な想いや経験を
  いつかあからさまに詳らかに言葉にしておく必要があるのだろうか。
  それは自分の中の嫌なものも見つめることであって、
  今の私にとって、まだ、やりたくないことだ。
  だからこそ、このドラマを観ているのかもしれない。 )






・「xxさんのマスクしてない顔、初めて見たわ」って言われたことある。

・街で知らない人から、すれ違いざまに、吃驚するようなこと言われたことは、コロナになってから、いくつかあった。





■さりげなくもしみじみと感じ取ることができる

第13回、電話の声だけで伝わるところ、

閉まったままの店の前に佇む3人の男の俯瞰のごく短いカットが挟まる

俯瞰だから厳密にはそれが誰かも確かではないが、

その画から伝わり感じるもの。


第14回、間違いの「数」ではないと思うが、

その運命を分けているものは何なのか。



毎田暖乃


全然違う演技を作品ごとに見せる小学生・驚

・物語として作られたキャラクターを二役(おちょやん)

・誰もやったことのない設定の小学生(妻、小学生になる。)

・普通の平凡な小学生(あなたのブツが、ここに)


本作の特徴の少ない平凡が特徴の役柄こそ、非常に難しいのでないかと思うが、
そういうことを感じ取らせない演技。


■毎日やんねん

コロナを生きていく人たちが描かれたドラマでした。

( 菅原榊原(平埜生成)もサバイブしていくだろうし、
  きっと、キャバクラの男衆もなんとかできているのだろう。
  ひとり、そうでない運命をたどった登場人物がいたのは残念でした。 )





ASHITA - 森優太, Katie Dwyer, 榎木にれ & Sarah Yamada
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■諸々



・マルカ運輸

最終回で、お好み焼いてた休憩場所、あそこ、ええなあ。

( クリエイティブセンター大阪 )












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2022年09月27日

「私の中の二十五年」 三島由紀夫



初出は昭和45年7月7日産経新聞夕刊に掲載されたという随想を「終わり方の美学」(徳間文庫カレッジ)で読んだ。

小文は、以下のように締めくくられている。

「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。」

私がものごころが付いたのは、三島由紀夫がこのようなことを考え、同じ年の11月に世を去ったあとであり、そういうことを知らぬまま、50年以上を生きてから、2020年の秋にこの文章を初めて目にした。

私には、この文章が令和の今の日本を予言したもののように思えた。

三島は1945年から25年を経て、ひとつの感慨をもった。
昭和は戦後だけで40年余り、平成は30年余り、
それらの年月があれば、三島でなくても、
ひとつの感慨を持つには十分な時間かもしれない。

三島は、1945年時点で「戦後民主主義とそこから生ずる偽善というおそるべきバチルス」を憎んだと言っている。(ここでいう「バチルス」の表すものを私は正確に捉えることができない)
そして、戦後12年間はそれに抵抗するのに冷笑でしかできず、そののちに、「自分の冷笑・自分のシニシズムに対してこそ戦わなければならない、と感じるようになった。」と記している。

25年間に三島が行動したことについて、自らが記していることは、何やら言い訳めいて聞こえるところもあるが、それはそのまま私自身の50年間に討ち返してくるものでもある。

これからの「時代」「社会」でどのように暮らしていくか、この文章を心に置いておきたく、このエントリーを覚書することにした。





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2022年09月17日

【ドラマ】 芋たこなんきん 2006年



ひとりやったら、笑われへん。そやろ?


「チ〜!」






朝ドラ史上、最も早口なヒロイン・笑


( 歳をとってから、速度が落ちる演技にも感嘆 )





2006年度下半期の朝ドラ

2022年の再放送を観ました。


長編ドラマである朝ドラでは
途中中だるみを感じることもままあるのですが、

ヒロインの撮影期間に制約がありながら、
全151回、
毎週毎週楽しめた傑作でした。





◇第6週 「思いやる心」

この週にいくつの「思いやる心」が描かれたか。
常に多層的に出来事が走っていくのが好いです。

本作の週の題名は、脚本(長川千佳子)検討から決められているのか、
大変興味深いです。


■第35回



ヌイさん(西岡慶子)のところに2度訪問する。

1度目のとき、徳永の目線で、ふたつの位牌、ひとつの遺影、「サクラ式ドロップス」が写る
2度目は、町子の視線で、小さいほうの位牌の全体が写る。

「ちいちゃい時な、空襲で、家も写真も全部灰になってしまいましてん」

( 言わずもがなですが、家・写真以外に灰になったちいちゃいもの )

( 「おちょやん」以来、位牌の戒名をしっかり観るようになった。 )



◇第7週 「おくりもの!?」

■第38回

「大阪は よいところなり 橋の雨」
「法善寺 芝居のような 雪が降り」

( 岸本水府 )


■第42回

石のおくりもの、
「ふふふ、あの子らしいわ」

「午後になったら空港取りにきはんねんけどあと2割なんとか頑張らなあかんねんけどねえ、わたしいまできるかどうか心配で胸どきどきどきどきしてんねんどないしよ健次郎さん」


矢木沢さんは、
分かってて、日曜日に顔を出したのか、どうか。


■第47回



■第48回

予想もしなかった人からの「おおきに」やった。


( 治療費の前に時計を。
  隆とのやりとりを他の家族は見ていないし、
  時計のことを知った母の様子などは
  視聴者が頭の中で想像するのも良きこと。)


( 「ニコニコ日記」第27回(2003年放送)を思い出しました。 
    http://inatt.tokyo/article/398821536.html )


■第57回

束脩(そくしゅう)とは、入学・入門の際に弟子・生徒が師匠に対して納めた金銭や飲食物のこと


■第59回

いつ死ぬかわからない、
象、ライオンの写真を撮った、
ほんまのとこ、小説家になりたかった少年。


◇第11週 「おとうちゃん」

■第61回

町子は戦争中の少女時代の体験を昭和42年12月に執筆している。



■第65回

登場人物の著作物の内容を、
視聴者が2週間かけてまるまる体験済みという仕掛けが素晴らしいと
思いました。


■第69回

きずつない【気術無】  気苦労だ。 気づまりだ。 また、心苦しい。 恐縮だ。


■第72回

いくつかの朝ドラから、
ぬか床の重要性を学ぶ私・笑

アムールのママ(三島ゆり子)も、
しっかり物語に交わってくるところが好い。

一方、
家族の外から来て語る人の必要性(ツネさん・石井トミコ

最後まで、自分のことを、なんていうかな、
うん、せんば。
しなければいけないことは、せんば、うん、
まあ、終わるんなら終わるで、ちゃんと整理ばして、
で、伝えることはちゃんと伝えて、
そうせんば、
この歳まで生きてきた値打ちがないもんね
うん、こん人に教えてもらったわけよ

利子はちゃんと置いていけるんやね、こっちの世界に

( なんばさつま、薩摩芋の難波煮、葱と一緒に煮るのが難波煮?、難波葱 )


■第77回

昭和43年の正月
(楽天乙女の執筆、出版を考慮すると矛盾も感じますが)


■第78回

素晴らしいお正月エピソード。

「猥褻」「痴呆」をもってきたので、

一休宗純の「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」
が頭をよぎりもしましたが、

本回は、そういうことでなく、
大阪の
人の距離が近い、
生命力の強い生活が描かれたのかなと思いました。


■第79回

やむを得ず、残念なことですが、ヌイさんなし。

( でも、ヌイさんのお正月に思いを馳せました )


■第81回

めちゃめちゃワロタ。

「〇〇のチャンピオン」って大阪らしい言い方?

アオフ ヴィーザーゼーエン、ウィーンの言葉でねえ、どういう意味だろうねえ」


■第84回

法名 釋浄喜

私があなたに惚れたのは
ちょうど十九の春でした
今さら離縁と言うならば
もとの十九にしておくれ

もとの十九にするならば
庭の枯木を見てごらん
枯木に花が咲いたなら
十九にするのもやすけれど

十九の春


喜八郎じいちゃんの長男の昭一への想いが明らかになると、
今までのふたりの描写、
喜八郎の病院の金を勝手に使うところ、
昭一の金にだらしなくカッコつけなところなどが、
ふたりが確かに親子であると思われて、
(「面倒見がようて、おおらかで、気前がようて、面白うて」)
そんなことも含めて、何か、温かい感情が込み上げた。


■第85回

「奄美想いて」という週の題名が、

月曜日は月曜日のお話なりに、
土曜日は週のお話のすべてをふまえて、

物語の趣を語っていることに感嘆します。


このような題名をつけることは意外に難しく、

物語の導入、または、物語の決着、
どちらかに偏った表現にならざるをえないことが多く、

この朝ドラの週題名のつけかたはとても秀逸です。


■第86回

1970年の春

同じドラマのなかで描かれたので、
軍国少女になることと、
反戦運動や反戦フォークに夢中になることは、
違うことか同じことか、どうか、などと思った。

ふたつのテーブルを並べていた茶の間がテーブルひとつになっている。


■第88回

万博に何度も出掛けている感じ、
相応に豊かな家庭だと思う。

    

■第91回

「千春ちゃんはきっと、他の子よりちょっと、はよう大人にならなあかんかったんやろね」
「誰にでもね、そんな時期は必ずくるの。そやから、焦らんでええのんよ」

町子にとって「そんな時期」はいつだったのかに思いをはせる。


今週の健次郎、
「あかん」とはっきり言う。相手の意見は聞いていない。
学校から呼び出されても、本人の責任といい、出かけない。
由利子が広島へ行くか否か、本人に任せ、自らはたこ芳へ。


■第99回

純子さん「うお〜っ」


■第101回



◇第19週 「カーテンコール」

水曜日くらいから、「カーテンコール」とはどういうことやろ、と心配になってきた・笑。


■第108回

弱っていることを決して見せない畑山さん(平泉成)かっこいいですね。


◇第20週 「ここに花咲く」

先週と同じく、水曜日にどうやら今週の材料が出揃って、「ここに花咲く」とはどういうことやろと思いを馳せる。


■第113回

3号輸液とは


■第115回
 
 観る人を幸せな気持ちにさせる土曜日。

 おばちゃん、私、才能あるやろか。

 ごはん食べんのも忘れるぐらい、
 由利子ちゃん、夢中になってたんやね。
 よかったね。あんた、ええもん見つけたんやね。


( Twitterで、
  前週、笑楽亭米春の病状を町子と共有しない筋書きを評価し、
  前回、健次郎が飲酒状態で治療しない描写を褒めても、
  今回、患者の個人情報を町子に漏らしたことについては
  誰も非難しないのが印象的だった。
  再放送時、同時期に放送されていたちむどんどんは、
  大小さまざまなことについて指摘を受けていたので、
  対照的なことだった。 )


■第116回

こんなん野暮ったい
でも、世の中こんなに進んでもマスクだけは相変わらず野暮ったいですね
医療器具におしゃれはいりません
(亜紀ちゃんの自意識表出の描写ですけど)

石橋蓮司が醸し出すうさん臭さ・笑


■第119回

うさん臭さは私の先入観でした・反省・笑


■第120回

「あっちもこっちも、私の人生です」


■第129回


町子と健次郎の会話のスピードが変わっているところ、
俳優さんの演技に感心しました。


■第132回

「ねばならぬ」は、ヤボやで。

藤山直美さんの表情の演技が好かった。
アップで映る映像作品ならではの希少価値があったと思いますが。

由利子役の邑野みあさんの演技も放送時二十歳そこそこで、高校生から既婚のキャリアウーマンまで自然に演じていて素晴らしいと思いました。


■第136回


( カメラ Rolleicord ローライコード )


■第137回

( ごえんさん 戒名・法名から徳永家は浄土真宗のようだと思いました )


■第143回

アムールのママ(三島ゆり子)、久しぶりの登場、かっこいい・笑



■第150回

いささかは、苦労したとは言いたいが、
苦労が聞いたら、怒りよるやろ

かわいそに
僕はあんたの味方やで


( 75調の台詞、後者(事実)を描写するにあたり、
  あらかじめ前者の75調の台詞を置いておくのが、
  脚本の妙だと思います。 )





■アイビーお洒落なカモカのおっちゃん

・裏地がチェックの紺のジャンパー(スウィングトップジャケット)(第35回)



・膝立て



・仏像破損の真実を知ったとき、両膝を抱える(第95回)



■呟きの覚書







『田辺聖子 十八歳の日の記録』より#1
https://bunshun.jp/articles/-/50158

















・再放送されてこそ、2022年の視聴者の感覚で再評価される。幸せな巡り合わせ。

「1~2週間でプロットが3〜4個同時に走る構成については、実は海外ドラマからも多くを学んだという。
「『ER 緊急救命室』や『ザ・ホワイトハウス』などのドラマが好きで、当時、注目しながら観ていました。アメリカのドラマは、すでに20年以上前から主人公ひとりだけを追いかけていくのではなく、群像劇のスタイルが確立していて、尾中さんと『アーロン-ソーキンのドラマ、面白くて刺激になる』『ヒロインだけ追いかけるのはもう古くなってきている……』という話をしていて。それもあって『芋たこなんきん』では、今週のメインのプロットはこれ、サブはこれとこれ、4つ目は軽くサラッと笑いもとって、解決させて、という構成を意識的にやっていました。」

・作り手が、朝ドラの伝統的な作り方でなく、
 当時のアメリカ三大ネットワーク制作の主力ドラマに影響を受けているというのは
 興味深いことで、
 それが、2022年の朝ドラ視聴者層にも評価されるようになったということか。

 2006年当時、私個人は確かに、
 朝ドラよりもERザ・ホワイトハウス(脚本はアーロンソーキン)を
 熱心に観ていたことを思い出しました。

 ( 複数の話が並行して走るといえば、
   私の一番古い記憶は、
   「ありがとう(1970年)・石井ふく子・平岩弓枝」・笑
   なので、ホームドラマのひとつのパターンだと思っていたので、
   大好きなザ・ホワイトハウスが繋がっているとは思いませんでした。 )

( 尾中美紀子 )

















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2022年09月15日

【マンガ】 美味しんぼ 雁屋哲/花咲アキラ (書きかけ)



wiki

登場人物wiki

いろんな方面から毀誉褒貶のある本作ですが、

若い頃、いろんな「食の知識」を教えてもらいましたし、

「世の中の食の常識」のうち、本作が伝播元になっていると考えられるものも多い。

また、
超長期連載であるがゆえに、
「世の中の食の常識」が時を経て変化することの証拠となっていることがある。
お話のネタが発表当時はともかく今では多くの人が知ることになっているなど。

本作がいつごろ、どのような主張をしたか、整理しておくことは、
とても意味があると思います。

本稿は、
本作で「何年頃発表されたエピソードに、このようなことが述べられている」
ということをそのまま無駄書きするものです。

「個人的な食の知識の思い出の備忘録の参考資料」のようなもので、
本作の主張の、根拠、出典、是非、正誤については、言及しません。

( マンガ史の面においては、ネットまとめ記事すらいっさいない作者(作画)にも、下世話な面も含まれてしまって申し訳ありませんが、興味があります。原作が全てで誰が描いてもヒットした、とは思えないので、客観的な評価がいつか行われればよいと思います。たとえば栗田ゆうこの外見の変化とか。)

(作品が電子化されていることにより、このような記事を作りやすくなっていることも覚書)





【第2巻(1985年5月1日初版)】

■手間の価値

「この豚バラ煮込みは出来そこないだ、食べられないよ」
「この東坡肉っていうの、これはすばらしい料理だわ。「究極のメニュー」に加えたら?」

■そばツユの深味

「この野郎、窃盗犯だッ!! 雷門の「藪」の味を盗みやがったな!!」

■日本の素材

「牛肉に一番良く合うソースは醤油だと忠告してくれる人がいましてね」

■包丁の基本

東京の路上で包丁を掲げる
鯛ふじ ( 食べログ )

■幻の魚

葉山の根つきの鯖
松輪サバ





【第4巻(1985年12月1日初版)】

■直火の威力

中華料理の基本は炒め物

■女の華

サメ皮の下ろしでわさびを下ろす

■旅先の知恵

社員旅行
筍の刺身

■酒の効用

三倍増醸 ( 三倍増醸清酒 )

「たいていの酒屋は温度管理も出来ていない所に出しっぱなしにしてある」
「海の幸に合うのは日本酒が第一です」

■食卓の広がり

「江戸前の天プラは本来ゴマ油で揚げるものなんだ」

■うどんの腰

「足で踏んだ方が、うどんに腰が出るからね」

■板前の条件

「煙草を吸うなら料理人になるのはあきらめた方がいい」

■縁日のにぎわい

「女の予想なんか信じた、自分の馬鹿さかげんが許せない!!」




【第8巻(1987年2月1日初版)】

■飲茶

「山岡くん、これは業務命令だ」
この台詞が終身雇用社会のほのぼのとしたノスタルジックを感じるものになるとは・笑

「美味しい物を食べながら政治の話をするなんて、いちばん不純でしょう。」

中国でも日本でも、
今は偉い政治家だが
実は若い頃は苦労人で意外な特技があり、
という話がとんとなくなったような気がする・笑


■SALT PEANUTS

ストレイト・ノー・チェイサー - セロニアス・モンク
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Salt Peanuts - チャーリー・パーカー, ディジー・ガレスピー, バド・パウエル, マックス・ローチ & チャールズ・ミンガス
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■スープと麺

「材料(料理の要素)が中国のものである以上、中国の調味料を使う」というのは、
連載時には「理屈で作ったお話」という感想を持ちました。
今は、
日本の調味料を使うか中国のそれを使うかでは、
まったく別の皿になる、というのは理解できます。
しかし、
冷やし中華が日本発祥の料理とするなら、
日本で作る材料、調味料でこそ、
本領を発揮するのではないかと思っています。

( 調味料のひとつ、ふたつを中国由来にすることが、
  味付けの肝になるということはありうると思います。 )
  




【第17巻(1988年12月1日初版)】

■餃子の春

「化学調味料もかなり使っていますね」「最近のお客さまは、化学調味料の味にならされてしまっているようだから、〜」「その風潮を変えていかないと、日本の食文化も先がないな。」
アニメの当該エピソード回(初回放送1991年?)の再放送時に「化学調味料」の台詞をカットしているというブログを読みました。(2008年4月の記事
ABEMAで当該回(第76話)を観ましたら、台詞はカットされていませんでした。(20220915)
替わって、「うま味調味料」という言葉が何時頃どのように浸透していったのかも興味深い話題。

 



第30巻(1991年7月1日初版)

■鮭勝負!!

「平安時代の昔から、鮭は生食するものではないと言い伝えられてきている」

( ビョーン・エイリク・オルセン BjörnEirikOlsen
「1995 年にはじめてプラスチック容器に入ったノルウェーサーモンのにぎりを東京で
見たときに私たちはやっとマーケットの変化を感じました。」(サーモン寿司30周年に際してのご挨拶






【その他】

・東西新聞が築地に「東西新聞築地寮」という施設を持っていること。大企業が接待または身内の宴席のための和風のそのような施設を持っていることがよくあるという覚書。



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2022年08月31日

私の履歴書 山崎努



僕はちょっと書き過ぎたようだ。





日経の2022年8月の「私の履歴書」は、山崎努氏。



独特な文章、人生を振り返る鮮やかな描写。
全31回の連続ドラマのように語られる人生を
毎日、息を詰めるような思いで噛み締めるように読んでいる。

(1)
憧れている役はあるが、役は自分では選ばない。
人生と俳優業は似ているという。

(2)
子供の頃の記憶、
匂いと色。

(3)
「記憶とはやっかいなもので、思い出すたびに新しいものがつけ加わる。変質もする。美化されるものもあれば、汚されるものもある。」

(4)
母があえて語らなかったことをあえて調べず、
時の流れに埋もれさせる。

( しかし、NHKのファミリーヒストリーのスタッフが駆けつけるのでは・笑
  ウネモト先生の件も含めて )

(5)
実人生の中にも「演技」がある。
名優の演技の原体験。
その行動が「演技」だったとしても、その刹那の背景に前提や蓄積はあると思った。

(14)
「だが、あの若造の憎悪、混乱、恐怖、つまり青臭さはもう今はない。」

(16)
芥川比呂志が昂奮の表情でステージに上がってきたのは、
2手続けて打ったことを素晴らしい芝居だと感じてのことだったのか、どうか。

( テレンス・ナップ )

(24)
(山田太一氏の出演依頼を)「次の役は?と待っている。」


(30)
そうか、そういうことか。受け入れるしかない。



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2022年08月30日

【ドラマ】 アイドル 2022年



NHKのドラマ ( 20220829・89分特別版 )

・空気、めし、ムーラン
・純烈の出オチ
・「志望は、ダンサーですか、シンガーですか」「スターです」
・うちの劇場の売りは、「エロ」だ
・テンツルテンツルテンツル...(チリンチリン)不合格!
・徹夜明けの牛乳
・でっかい戦争にでもなって、景気よくなってもらわねえとな
・これからのムーランの売りは「エロ」じゃなくて「可愛い」だ
・こんな子どもだましを本当に続けていくつもり?
・鋭いね、あの人も
・恋愛禁止だけど結婚禁止じゃないでしょ
・あなたはみんなのものですから
・ショウも劇場も不要不急である
・劇場を開け続けることに意味があるんですよ
・元演劇青年で作家志望の検閲官殿、台本を自ら書く
・あんなのは売れないね、うますぎて退屈だ


(50年後にAKBもドラマになるのだろう。アイドルを欲する世相とはどんなものか)


(「ひよっこ」で料理人でアコーディオンを弾いていた和夫さん(陰山泰)が、ムーランルージュにいて、トランペットを持ち指揮をしたり、戦後はオルガンを弾いていました。そういうひとりの男がいるような気がしてきました・笑)


(朝ドラ「なつぞら」の岸川亜矢美(山口智子)のことを思い出した。
 ムーランルージュ新宿座の人気ダンサーで、
 戦後、新宿でおでん屋「風車」を開店し、戦災孤児の咲太郎を育てた。)





こいつらはまだ何も完璧にはこなせていない
だがな、できるようになろうと頑張ってる
客はそれを一緒になって応援する
そうしたくて金を払うんだ





( [アイドル]『ようこそ新宿』フルバージョン ステージショー 古川琴音×山崎育三郎×愛希れいか×田村芽実 ほかメインキャスト総出演 | 特集ドラマ | NHK
  https://youtu.be/CqBNwDk7WY4

  このシーン、外では、焼夷弾がしだれ花火のように降っている。 )


( 佐々木千里 )

( 明日待子 結婚後の名字は須貝 )

( 美空ひばりとムーラン )




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