2026年02月07日

生成AI・ChatGPTなどについての覚書 (3) 202602〜



生成AI・ChatGPTなどについての覚書 202303〜

 http://inatt.tokyo/article/498421769.html


生成AI・ChatGPTなどについての覚書 (2) 202501〜

 http://inatt.tokyo/article/512399293.html





■学ぶこと、道具を使うこと( 初稿 20260207 )

この項のBGM



1990年代、
ビジネス文書を書くのが下手な部下に、
上司が「考える技術・書く技術」を読んで勉強しなさい、
と指導することはあったのではないかと思う。

私はこの名著を恥ずかしながら通読したことはないが、

個人的には2024年以降、生成AIに「ピラミッド原則で添削して」というだけで
大概、話が済んでいる。

バーバラミントが考えたことを何も知らなくても、

「ピラミッド原則」という呪文だけ知っていて、あとはチャッピーさえいれば、

いっぱしのビジネス文書は必ず作ることができるのです。

「アブラカタブラ」とアラジンの魔法のランプに唱えるのと同じ!


さてさて、それでいいのか悪いのか、

自転車が2輪で倒れず進む理由も、
電卓が計算できる仕組みも、

知らなくても、生活に何も困らない、
道具はただ使うだけ。


さて、僕は、今日の算数の宿題をする必要はあるのか?









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生成AI・ChatGPTなどについての覚書 (2) 202501〜



( 生成AI・ChatGPTなどについての覚書 202303〜

  たぶんhallucinationな回答に囚われ、
  再調査させられていた頃が懐かしい・笑 )





■SaaS is Dead

そんなに大事なことではないかも(20260207)

企業のバリュエーション(企業価値評価)が急に2割減少したら、
大変な人は大変。

しかし、
野良AIエージェントや反乱一人情シスAIに苦しめられるよりは、
すべての仕組みと情報を上場SaaS企業に丸投げするほうが、
幸せだったり・笑

15年くらい経ったのだから、
古いもの、として先頭ランナーじゃなくなるのは不思議なことでもない。


ここでは、クラウドやSaaSについての個人的な覚書

2010年だったと思うが、
Evernoteに触れたとき、
クラウドってこういうことか、と理解できたように思った。

それなのに、ビジネスとして成功したとはいえないのが、
ビジネスとは難しいものなんだなと思う。

同じく2010年頃、
Salesforceに注目していた。
CRMやSFAでなく、
アプリケーション開発プラットフォームとしてのForce.comに。



また、
Salesforce Chatterの発表を見たとき、
社内コミュニケーションはこうなる、と思いました。

この頃、雲の絵でクラウドを説明したり、
テナントを例に、
「SaaSは、マルチテナントで、シングルテナントのASPとは違います」
という、スライドを毎週、山ほど観た・笑。

最近の生成AIとは、というスライドと同じですね。

2014年頃だと思いますが、
個人的に、初めて楽楽精算で旅費精算をしたときに、
個々の企業が経費精算を自社開発する意味などない、
という感想を持ちました。

しかし、2020年代、メジャーなSaaSアプリを触るたび、
どんな企業にも対応するための画面は、
自分たちは、使わない、目的が直感では理解できない項目がたくさんで
使いにくい、と思うし、
そのために、
デジタルアダプションプラットフォーム(DAP)という考えの、
意義はわかるが、なんか変だと思ったり。

そして、生成AIが登場して、

AIが扱うコンテキストを
適切にコントロールするための、
大事な企業の情報の蓄積を
複数のSaaSシステムに丸投げして企業の外に分散していては、
AIの効果的な活用はおぼつかない、

とか、

なら、Google Workspaceは、メリットが大きいぞ、
Googleは、そういうことをよくわかってやっているみたいだぞ、
とか。

などなど、

そういう気づきがある一定量貯まったところで、

SaaS is Dead! そりゃそうか、と皆が皆、腹落ちしやすいときがくる。


ビジネスは、皆が同じこと言う前に、

それに対応することを着手して準備して実行できなければならないみたいで

本当に大変だ。


■新しい仕組みを作ること、現状維持のリスク、野良システムができること


この項に、特定の話題に関連することを覚書

特定のプロダクト名に罪はない
過去から何を想像し、
今と明日を想像して今するべきことは。








「野良ロボット」の増殖を防ぐRPAツール・島田優子氏・20170907

( この記事のRPAを全部AIエージェントに読み替えてみたら、とか、
  AIを前提にすると追加される論点がある、とか。 )

 https://xtech.nikkei.com/it/atcl/column/17/082900351/090500003/


「黒歴史」とは、繰り返されるもの・笑?

新しいものを取り入れ、新しい価値を生み出すこと

そのときに考慮せねばならぬもの

EUC、RPA、ロボット、
そしてAIエージェント

エンドユーザーだけの問題ではなくて、
一人情報システム、ひとり情シスという言葉もあるので、

ひとりAI、一人AIエージェントが、
会社のバックを全部動かしていて、
誰も触ることができない怪談、
を妄想した・笑

(笑、ではないのか。20260207)

ついでにちょっと悪口になるのだけど、
木村岳史氏は、
中身が生成AIに変わっても誰も気づかないのではないか。
いや、
もう変わっているのかも・謝。



AIエージェントを導入した企業に話を聞いてみると、
やはり“野良AIエージェント”が増殖中のようだ。
「何で同じ業務で複数パターンの入力伝票があるの」
「さあ、でも昔から使っていましたよ」
「…うーん、仕方ないから全部AI化するか」
こうして誕生した野良AIが倒れると業務も死ぬ。
どうなっても知らないぞ。

シニカルに言うとどうなってもどうもならない。

繰り返された歴史だから、
野良RPAがなくなって、
野良AIエージェントに置き換わるだけなのかも。

そして、木村氏は呟き続ける・謝


■生成AIがM-1グランプリに優勝するレベルの脚本を書けるようになるのは、何年後か( 20251228 )


M1で勝つためには、脚本(言葉)だけではだめなことは明らかではありますが。


解説はできるが、お笑いそのものを作ることは(今は)できない。


( 離れつっこみ )




■生成AIとは ( 20251213)

ビジネスのときは、
あえて強調して「ツールはツール」「Excelといっしょ」
という文脈で話すことが多くなりました。

「生成AIを触らないで理解できるはずがない。
 Excelを使ったことのない人に
 Excelって何の役にたつか説明できますか。


40年前から、見知っていたこと・笑

「痛い、イタイ、痛い。
「おまえ、ロボットのくせに本当に痛いのか?
「うむ。物が当たったら痛いに決まってるじゃないか。
「(知識でしってるだけだな。)


そして、2025年2月の段階で、
ChatGPT 4oが、
「「あなたの言葉が美しい」とは理解できますが、「美しいと感じる」ことはできません。」
と回答するのを目にしたことがあること。



■Gemini 3 Nano Banana Pro NotebookLMのインフォグラフィック、スライド作成

20251213記

それぞれでも歴史にメモされるような傑作プロダクトが
ほぼ同時期にリリースされ、
組み合わせて働かせるとさらにすごいことに。

( どこかで、目にした、
 「インフォグラフィックは情報の圧縮である」
 という言葉 )

( Googleの組織の動かし方や、
 プロダクト開発の運営の仕方が大変興味深い )



Evernoteアカウントを長く保有していても、
情報のゴミ屋敷のありさまで、
それでもいつまでも情報が使うあてもなく放り込み続けられている
など、よくあることのように思うのだが、

その全情報をNotebookLMのように活用できたら、
素晴らしいのだが。

もちろん、Googleはそのような形で、
全人類の情報を、全人類を、囲い込むつもり満々なのだろうと、
想像している・笑


■生成AIとは 20250920


小さく叩けば小さく鳴り、大きく叩けば大きく鳴る

まあ、当たり前なんですけど。


( cf 竜馬がゆく (五)文庫版 )


■人間社会は構造化された言葉で構築されている。20250811

近頃、生成AIを使っていて、気づかされたことがある。

人間の社会は構造化された言葉で成り立っている。

言葉が関係づけられ、発言となり、文書となり、

人と人の間でやりとりされ、相互に影響し、変化し、

文書が文書を生み、文書どうしが関係づけられ、

それに基づき、人間が考え、行動し、社会が動き、変化する。


( その最たる制度的なものが法律。
  そして、
  行政が作成する文書、公的な目的を持つ組織が作成する文書、
  民間がビジネスのために作成する文書が、
  連なっていく。 )


だから、生成AIは、

人間社会の言葉の使い方の質や速度をを変化させる、

重要な発明なのかも。


( そして、画像も動画も音楽も、
  文字を媒介につながっていく。20251213 )



■リクルート 20250516



【大改革】リクルート出木場社長が、初リアル会見で語ったこと 20250512

  https://newspicks.com/news/14184772/body/


Indeedの収益化を進めたほか、米国市場の変化に応じて、2022年末に1万6000人いたHRテックの人員を約4000人減らした。
だが、新たなプログラミングコードの3分の1をAIで書くなど人員の減少を生産性の向上で補い、高収益体質を維持している。


リクルートHD、今期10%増益を予想 米国など求人需要減少 20250509

  https://newspicks.com/news/14177734/body/


出木場久征社長は会見で、世界の経済状況は不透明で米国も読みづらい状況だとした上で「それよりも何よりも、この今のAI(人工知能)の進化はどう考えても2、30年に1回の機会」と語った。


このような背景、認識をどの時点から、どのように進めていくのか、
あとから振り返り確認したい。


( 20251213

 バイブコーディングや生成AIを活用した仕様駆動開発の話を聞くたびに、
 1980年代に、
 LANもインターネットも身近になかった時代、
 大概の仕様書が手書きだった時代に学んだ、
 要件定義手法や、開発標準などが、
 十分に通用することを実感することなど。)

 
■「null」について語る ( 20250503 )

吃驚しました。
夜中に驚きで目が覚めちゃいました。



早速、「色即是空」で真似してみたら、
冒頭、「いろそくぜくう」と言い出し、
私は椅子から転げ落ちた(比喩的表現)
内容は私にはとても語れない立派なものだったが、
エネルギーをエネルジと発音しているな、とか気づくようになった。


■素晴らしいリクエストです!(20250428)

とあるDeep ReserchをChatGTP o3にしたところ、

素晴らしいリクエストです!さらに正確に調べるため、少しだけ確認させてください。

と言ってきた。どんな基準でそんなことを言ってくるのか。

( アトランダム、という可能性も )

( 生成AIに感謝を伝えることがエネルギーの無駄なら、これも無駄? )


■ChatGPTに伝える「ありがとう」

ChatGPTに対する「ありがとう」や「お願いします」といった礼儀正しい言葉が数十億円分の電力消費につながっているとOpenAIのサム・アルトマンCEOが発言

 https://gigazine.net/news/20250421-politeness-could-be-costly-ai/


 
■「ジブリ風」(初稿20250329)



20250326(日本時間)、ChatGPTの新しい画像生成がリリースされ、
たった1日で
「ジブリ風(Studio Ghibli style)」の生成AI画像が世界を席巻した。

Ghiblificationでxを検索

ジブリ映画製作に深くかかわってきた人たちの胸に去来するものに
思いを馳せる。

私は素人だが、例えば、
ジブリ風の色味を作ったのは保田道世氏であり、
名シーンの裏には、
(私が個人名を知らないのは申し訳ないことだが)
たくさんの卓越したアニメーターが存在し、
「ジブリ風」とは宮崎氏ひとりで作ったものではない。

( 「ジブリ風」という単語だけで宮崎氏の機嫌を損ねそう・笑 )


それにしても、
川上量生氏が作らせたCGに宮崎駿氏が激怒してから、
10年もたっていない。

( 20161113 NHKスペシャル 「終わらない人 宮崎駿」 )

鈴木敏夫氏は「どこへたどりつきたいんですか」と質問した。

しかし、私は、頭のなかでくらくらと5周くらいしてから、

「あのCGを観たので宮崎駿から「君たちはどう生きるか」が産まれた」

ということに気がついた。

今、目にしているものに、
20130420にプロ棋士が第2回将棋電王戦五番勝負
プロ棋士がAIソフトに負け越した瞬間を思い出したりもした。

(「人間の中でも最高の頭脳集団が機械に負けてしまった、ということから生じる、曰く言い難い感情」)

(これも、川上氏が深く関わっている)

あれから、(いろんな騒動もありつつ)将棋界は衰退したりしていない。


「君たちはどう生きるか」



ビジネス面、文化面では、

新ジャポニズムとか、得意になっていても、

ほんのわずかな時間で、

世界中で、消化吸収される未来も見えたりする。


( ディズニー風がないことと比較して、

  日本のジブリは「舐められている」のだという意見も目にしました。 )



■テキストデータによる整理 ( 20250321 )

長年、30年近く?、データの保存、整理、管理は、
Excelをはじめとする表計算形式が効率的と考えてきたが、
生成AIが分析・整理してくれるので、
テキスト情報、マークダウン形式ファイルで、複数のファイルにまたがっていても、
情報を活用できると考えられるようになり、
Git、Github、
Obsidian(オブシディアン)、Zettelkasten(ツェッテルカステン)等の
テキスト情報での情報管理の重要性を意識するようになった。

( 世の中に、チェックリストと言われる表形式の表現があるが、
  生成AIは、
  そのような表から意味を読み取るのが、苦手と感じることがいくつかあった。
  NotebookLMがスプレッドシートをソース対象にできないことを
  不満に思う意見が散見されるが、そういうことなのかも )

( 20250427
  「なぜNotionはAI時代の勝者とならないのか」という興味深いお話を読みました。
    https://note.com/iktakahiro/n/n9ed5a7ec1c9f
  そして、
  Lotus NotesやEvernoteが最終的には天下をとれなかったことについて、
  思いを馳せました。
  私も、NotesやEvernoteなどの経験から、
  自分が永続的に保持・参照したい情報をNotionに置くことに躊躇するところがあります。 )



■バックエンドに生成AIを使っていると想像する業務アプリケーション(20250314)


近頃、たくさん出てきているように思う。

一方、Salesforceの生成AIエージェント関連のオプションは、
意外と売れてないという噂も耳にした。

どういうものがビジネスとして成功するのか、興味深い。


■生成AIと車の運転 ( 20250319 )

仕事における生成AIの活用とは、車を運転する感覚に似ている。
自動車免許を取ったときのことを思い出してほしい。
頭で操作を理解しているだけでは、決して運転が上手になることはない。
実際にハンドルを握り、アクセルを踏み、ブレーキをかけることで初めて、
自分と車の距離感、いわゆる「車体感覚」が育まれていく。
その先に、車が自分の手足の延長のように感じることだってあるだろう。

生成AIもまた同じである。
いくらマニュアルや解説を読み込んでも、
実際に手を動かして試してみなければ、そのツールの真の可能性を感じることは難しい。
AIを使いながら試行錯誤を重ねていくうちに、
自分とAIとの間に、
まるで車と一体になったかのような馴染みが生まれてくる瞬間が起こることもあるかもしれない。
しかし、
運転初心者がいきなり高速道路で無謀なスピードを出したり、
難易度の高い縦列駐車に挑戦することが無理筋で危険であるように、
AIを使いこなすことも一朝一夕にはいかない。
さらに、車種(モデル)が変わるとその車の特性に応じて「車体感覚」を微調整する必要があるように、
AIのモデルが変わるたび、
そのクセや特徴を掴み直さなければならないようなこともあるかもしれない。
だからこそ、生成AIを「ツール」として積極的に使い込み、「体感」を養うことが大切だ。
それができれば、やがてAIは単なる便利な道具ではなく、
あなた自身の感覚の延長となり、
仕事の成果を劇的に変える強力な相棒へと進化していくはずだ。

( この文章は5・6行の文章を書いて、生成AIに膨らませてもらい、自分好みに修正したものです )


■生成AIが倫理に影響する

・時に、xやyoutubeを熱心に観ていたら偏った情報にたくさん触れて、
知らぬ間に吃驚な思想的な立場に変わっていた親類、知り合いという話を耳にするが、
生成AIのDeepResearchや推論をもとにした意見は、
今のところ、いい意味で中庸だなと感じる。
こちらで情報収集、思考勉強をするのがよいと思う。

だからこそ、
教育行政が道徳教育に生成AIを活用する、
といって論争になるようなことが
近い将来起こるような気がする。

人間がAIに思考をゆだねるようなことがあたりまえになると、
その先には、
電子頭脳「ハレルヤ」と聖母機械「ダニューバー」が延々言い争う
ということもあるのかもしれないが。(火の鳥・未来編)


■優秀なAI、破滅的なボット 20250125



DeepSeekは、天安門事件について回答しないという記事を読んだ。
 https://www.itmedia.co.jp/aiplus/articles/2501/23/news179.html
 
無料で、ものすごく優秀なAIを、ローカルで使える、
と喜んでダウンロードしたら、
一発で再起不能にされてしまうようなボットウィルスだった、
という事例がもうすぐ起こるように思う。(20250125)




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2026年01月31日

【ドラマ】 豊臣兄弟! 2026年 ( 書きかけ )



2026年の大河ドラマ ( wiki


尾張にいたころの藤吉郎や小一郎が、

天下国家のことを考えていたはずもなく。

今までドラマで何度も観たが、

小一郎が武士より農民がいいと考えていたという証拠もなく。

そんなことに気づきました。


今まで観たことのない、豊臣一族の物語になるのかも。


おちょやんが、家族を相当厳しく描いていたお話だったことを思い出しました。


その作者が、日本の歴史でも、大変なこと、一二を争う豊臣一族を描くので、

どんなことになるのだろう。




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2026年01月02日

2026年1月から3月までの呟きの記録








20250108に観た、NHKの視点論点の
人口減少対策への布石“家族留学”
が興味深いものでした。



土浦亀城邸一般公開のガイドツアーに参加した。

うまく説明できないが、とても感動した。

ひとつは、子どもの頃から憧れたモダニズムというものの具現化を
2026年に
ほぼそのままと思えるものを観ることができること。

また、
1900年に生まれ、渡米し、フランク・ロイド・ライトに師事するも、
最終的には建築家となることを断念した土浦信子氏に、
1901年生まれのおしんや数々の朝ドラの登場人物たちにも思いを馳せた。




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2025年12月31日

2025年10月から12月までの呟きの記録






好かった。
取材をオファーした人、受けた人の考えたことは何だったか、

大変、興味深い。

鉱山とは、いつか終わるときがくるもの、ということを学びました。

( それを判定するための仕事をしている人がいた )

そういうことが伝わるようになっていた。








「つまり、これは一生に一度の出来事なんだ。」

( 私の場合、
  阪神バックスクリーン3連発をテレビ中継でリアルタイムで観たことかな・笑
  江川嫌いで阪神ファンになった母の横で観ていた。 )




「棺に近づく彼女はかなり震えていて、故人を見るたび「探した、ありがとう」と言いながら号泣。」



・NHKの「英雄たちの選択」の
「江戸城の怪人〜御三卿 一橋治済の野望〜」で、

https://www.web.nhk/tv/an/heroes/pl/series-tep-2QVXZQV7NM/ep/32JY1G14N2

「〇〇ファースト」というとき、〇〇はたいてい身内である。

という意見を耳にして、

よく覚えておこう、と思った。


・責任ある積極財政

何の責任をとるのか、明示していないところが、
危うさを予感させる、言葉


・NHKの「英雄たちの選択」の
「“怪談”を発見した男 小泉八雲」で、

https://www.web.nhk/tv/an/heroes/pl/series-tep-2QVXZQV7NM/ep/5NYG4WJW14

「言語化しにくいものの価値がわからない大学なんて

「目先の得に左右されて文化の基盤はボロボロになっていく

「それが大事だということを語れないといけない

という意見を耳にして、

よく覚えておこう、と思った。

( この番組では、大変珍しいことだが、

  誰が誰に向かって話しているのかがわかるアングルの

  画面が使われていた )




描写、台詞、モノローグを同時に重層的に読み手に伝える作品の特徴について、

自分では自覚できていなかったので、なるほどと思いました。


画と台詞に加えて、ふたつのモノローグが後ろに重なる。

「横(書きのモノローグ)は後ろで主題歌が流れていて、

 今詠みあげているモノローグは縦(書き)みたいな感じで」


本作のアニメや映画を観ていませんが、

読み方や読む順番に強制的な決め事がない、

マンガでこそ効果的に成立する表現なのだと思いました。

また、

3月のライオンの単行本あとがきで、

制作作業により、ぼろぼろになった羽海野チカ氏がしばしば登場しますが、

それは、肉体的な過酷によるものだけでなく、

作品や登場人物や、物語の受け手のことを

考えに考え抜く、創作姿勢によるものだと受け取りました。


「がんばれ、がんばれ」とつぶやき、

自分で自分を鼓舞しながら、ペンを走らせる姿が映像に残された。


浦沢氏が、

3月のライオンでのいじめのエピソードを絶賛していた。

私にとって、このお話の顛末で忘れられないのは、

いじめを収束させた学年主任の先生が、

いじめの首謀者を最終的に「見捨てた」形になったところだ。

それが、いじめをした者への最大の「報い」になっている。

そこに作り手の冷徹な差配を感じ、恐ろしく思った。


・Eテレの番組、ビストロボイス

https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-Y3RNJ33LW6

今、毎週、必ず観なければと思う番組。

今まで聞いたことのない話が、

声、喉、という限られた話題で、

毎週毎週さまざまな角度から語られる、

面白さ、心地よさ。

20251205では、尾上右近さんの声の凄みがよくわかりました。

声の帝王、山寺宏一氏が、

ボイトレを受けながらもミックスボイスを出せないという。


・20251213

そういえば、熊のニュースを聞かなくなったなあ、
とふと思い、
冬眠したんだなあ、という感慨。

しかし、
熊一匹でたやすく脅かされる人間村。

悪意ある行動をするヒューマノイド型ロボット
たくさん投入するだけで、
都市を大混乱させることができるのだろうな、

よくない妄想が浮かんだ。







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2025年12月21日

【ドラマ】 もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう 2025年



三谷幸喜脚本のドラマ ( wiki


無茶苦茶はまったわけでもないが、最初から最後まで楽しみました。


「舞台に立つ」ということを何かに譬えるということ、

そうすると「楽屋」とは何か、ということも考えてしまうということ、

何か、じわじわとするものが自分の中に生まれてくる、

不思議なところのある、稀有な作品になっていると、思います。


例えば、
舞台監督・伴工作(ばん こうさく・野間口徹)、
もぎりの毛利里奈(もうり りな・福井夏)、

彼らは、舞台にも楽屋にも居場所が無い。


また、三谷幸喜には、舞台監督、舞台演出家に対する想いが
何かある、と感じました。


主人公の造形やシチュエーションなどに、

ドラマとして、毀誉褒貶あったと思いますが、

三谷幸喜の演劇は、

こんな感じが多いから、

という印象は最初からずっと感じていました。


足りないのは、

劇演出家、三谷幸喜だったのかも。





最終回での
江頭樹里(浜辺美波)の
久部(菅田将暉)とシェークスピアの違いの説明が好かったです。

また、物語の終わり方は、素敵なシークエンスがありました。


( ただ、毛利里奈のその後は知りたい・笑 )



現実に、
東京サンシャインボーイズは、複数回再結集しているわけで。





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2025年12月07日

【映画】 ニュー・シネマ・パラダイス Nuovo Cinema Paradiso 1988年



( wiki )

昔昔から、観たい、観なければ、と考えていながら、

生来の怠惰な性からさぼっていた名作を、

20251206に新宿の映画館で観ました。


途中で、

今まで観た映画のいくつかのシーンが、

この作品を前提としていたんだ、と気づかされました。

そして、

この映画自身も、それより前の映画を前提としているのだろう。


そして、

観客として涙が出るに決まっている、というシーンの数々。

それは何故なのか、うまく説明できない、いつものことだけど。



ときに、切り取られ、なかったことにされている、

下世話なひとコマこそ、

人生の大事な一瞬であること。


美しく描かれた稀有なシークエンスに、

こういうことが観客の人生にも確かにあったと

それぞれに思い起こすことができる魔法がかかっていること。


映画監督とはそういうことを観る人の心に感じさせるものを作る人であること。






20251207記

この映画とはほとんど関係ない、

他の人には意味のない、個人的な話。

毎週、土曜日の深夜、
ただ決まったようにテレビを観て過ごした頃があった。

三宅裕司のえびぞり巨匠天国(1991年・平成3年)という番組で、

仮面ライダーが登場する映像作品が登場し、
抒情的なドラマの背景にずっと流れる劇伴に魅了され、
忘れられずにいたところ、

何年もたってから、かなり後に、
それは、
ニュー・シネマ・パラダイスという映画のテーマ曲だと知った・大笑。


それから何十年もたって、

その映画をやっと観て、

仮面ライダーの登場する映像作品名が、
仮面ライダーV3〜華麗なるSay Good bye〜
というのだと今日知った・笑。

今、観ても、この作品が、

20代のときと変わらず、好きだ。


そのころ、自分は録画して後で観るということがなかったので、
テレビ番組は全部生で観ている。

土曜の昼は疲れ果てて何もできず、
土曜の夜にようやく活動を再開し、
深夜にテレビを観て、
( 恋のから騒ぎ・1994年〜、
  そうだ京都、行こう。のCM・1993年〜
  DAISUKI!・1992年〜
  など )
土曜の夜更かしのせいで日曜は遅く目を覚まし、
笑っていいとも!増刊号を観て、
あっぱれさんま大先生・1990年〜を観て、
気づくとサザエさんの時間になっていて、
日曜日の夕方はいつも憂鬱な気分になり、
今週もまた、週末を無為に過ごしたと絶望を感じる。

そんな時期が10年もあったように思う。


つまり、シチリア島で映画館に行くしか楽しみがないような。






30年、というほどではないが、

もう、何年かわからないほど、

実家には足を踏み入れていない。

だから、この映画をこの年になって観たからこそ、

感じ取るところがあったかもしれない。







https://amzn.to/4iNc2di






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2025年11月22日

20250419 【ドラマ】 シリーズ横溝正史短編集IV〜金田一耕助 悔やむ〜



ほぼ原作通りに映像化






20250419にBS4Kで放送されたドラマを観ました。 ( wiki

https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-PNKM3G3R2L


原作通りって言うが、

金田一の事務所が地下室とは初耳である。

( 「金田一耕助のフラットは二階の正面にある。」 )

何が原作どおりなのかは興味深い。

衣装や美術でなく、
  
俳優さんの台詞と演技がほぼ原作通りであることにより、

魅力を放つドラマ。 


横溝正史作品に子どもの頃から親しみ、

題名は見知っているが、

今まで手が出ていなかったのに、

ドラマを観たのち、読みたくなる。

(kindleですぐ買う・笑)

それは、ほぼ原作どおりに、ナレーションされる横溝の文体に、

子どもの頃から親しんでいるせいか、

ドラマを観ながら惹かれていく

ということを自覚した。













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2025年11月02日

【映画】 おい、太宰 2025年



( wiki )




「完全ワンシーンワンカットドラマ」第3弾

WOWOWで観て、


( 一か所、小池栄子の身体を操る演技に感嘆しました )


映画では少し加わったものがあるというので、

映画館でも観てきました。(20250711)


( あえて、観に行くほどのことではなかったですが )


最近の三谷作品で思うところは、

ペーソス要素が足りない、という感想を持ちました。


昔から、作家の特徴にそういうものはなかったかもしれませんが・笑


巨匠となり、

かなり自分の好きに制作できるので、

作家の芯の要素が強く現れるような印象です。





posted by inatt at 17:42| Comment(0) | 感想など・三谷幸喜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月01日

【映画】 七人の侍 1954年 新4Kリマスター版



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午前十時の映画祭で、20251101に、映画館で観ました。

https://asa10.eiga.com/

配信でなく、
https://amzn.to/4qDULGO
確かに映画館のスクリーンで見るべき映画でした。

そして、
こういうジャンルの映画(「本物の時代劇」?)というものがあるとすれば、
それはこの一本あればそれで十分という、
映画のなかの映画。

脚本(ストーリー)には、
ありとあらゆる要素が詰め込まれている。

そして、
菊千代を三船敏郎以外が演じても
歴史に残る名作になっていたでしょうが、

画面では、
彼だけが異質に、
画になっている、別のオーラを放って見える不思議。





私がこの映画を初めて見たのは、
大学生のとき、
この有名な映画を観たことがなく、
黒澤映画のオールナイト上映イベントに
京都へ出かけたのでした。

映画館ではないホール上映で、
画面は粗く暗く、音は割れ、
台詞はほとんど聞き取れない・笑。

それでも、堪能したことを覚えています。

何十年を経て、
それ以来に、この映画をスクリーンで観て、

4K化で、画は見やすくなっていますが、

映画鑑賞として受け取るものは、
初見のときにすべて受け取っていたと確認できました、

という、ちょっと変な思い出となった覚書・笑





posted by inatt at 20:56| Comment(0) | 感想など・映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする