2022年07月31日

【ドラマ】 空白を満たしなさい 2022年




空白が生まれても、空白を埋めることはできる






NHKのドラマ(wiki)。

何をみせられるのか、わからないまま、話が進んでいって、怖い。

佐伯が増幅してみせているが、
そうでなくても、
人が生きていること、
人が死ぬこと、
周りの人や自分!が死ぬことを受け止めることの重さを
こんな形で見せるやり方があるのだなと。


第1話

「家族のために働くのは幸せだよ」と思う男が
「好き嫌いに正直になればいいんです」と
会社も上司も親も家族も自分も嫌えばいいと囁く男の首を絞めた。


第2話

佐伯や姑からかなり酷い目にあったとしても、
死んだ人を延々と恨み続けることは難しいかもしれないが、
原因を作った当人が目の前に現れれば、
眠っていた恨みが目覚め立ち昇ってくるようなところを表現する
鈴木杏がすごかった。


第3話



「ある人」の死は「別の」人の人生を染める

死の一点と因果応報を結びつける考えの問題点?


「あの人危ない、止めて」

「追い詰められているから、そう思うだけなんだよ、自分の意志じゃない」



第4話


幸せになりたい男が殺そうと思うもの。


( 死んだ人の死んだ理由は、今を生きる人には本当は意味がない。(あるべきではない)

  この物語で、私たちと同じく生きているのは、

  千佳と璃久。このふたりの話になっていくのか、どうか。 )


第5話


「それは、ビル火災の一室で、熱さから逃れようとして、窓から飛び降りてしまうのに、似ていますよ。他に熱さから逃れるすべがあるなら、本当は生きたかったんです。

「人は死んでも何かがこの世界に残るんだと思ったんですよ」


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2022年07月30日

【TV】 TAROMAN 岡本太郎式特撮活劇 2022年



NHKの番組

この番組を観ながら、思ったことは、

作品についた「名前」こみで、

「画+文字」で、

作品を「理解」しようとしているところがあると。


鐘をみて、そうか「歓喜」なのか、

と思うこともあるけど、

この鐘からは、「歓喜」の要素を感じないな、

これは私が思うに「〇〇」だな、とか。

そもそも、作品の題名を一切見ずに、

土に埋めて、300年経って、題名が失われた状態で作品を観て、どうかと

鑑賞する必要も感じました。


最後のラスボスとして登場した「太陽の塔」に対する「解釈」が
もっとも薄かったのも印象的でした。


( そんな簡単に「解釈」できないものこそ、「本物」かもしれない )





展覧会岡本太郎の宣伝になっているのはNHKとしていかがなものか。






タローマンの元ネタ





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2022年07月25日

【ドラマ】 鎌倉殿の13人 2022年 ( 書きかけ )



坂東武者たちの、素朴で長閑、無邪気に残酷。


( が、そんなひとときは

  とうに通り過ぎてしまった・笑(20220502記) )






2022年の大河ドラマ

三谷幸喜がフィルム・ノワールに挑戦。

または、任侠大河ドラマ・笑





・週刊実話の記事をイメージしていただきたい・笑





「鎌倉殿の13人」って、ドラマを思いついても、

「題名につながる登場人物が13人!」って、

並みの脚本家なら、尻込みしそうな案件だけど、

三谷幸喜なら、

昔書いた戯曲より一人多いだけ」ということか・笑





【女性の描き方】

今までの三谷作品と異なるところとして感じているのは、

女性が女性に影響を与える、関係性や対話の多さ。

北条政子の描き方から、そういうシーンが増えているように思います。


・亀と政子

・静御前と里

・巴と大姫

・丹後局と政子
 第24回で政子は手ひどくやられたが、
 それも後にこのことの雪辱が描かれるのだろう。


また、
女性の情念や恨みが物語を回していく。

りく

実衣
比企尼

■バトルロワイアル

りくと時政が全成を唆す
比企能員が全成をはめる
北条が比企を滅ぼす
北条が実朝をたて、頼家を修善寺へ
京都と連携しようとした頼家を義時が暗殺
時政が畠山を滅ぼす






■各回の感想

・第1回 「大いなる小競り合い」

「しかし、佐殿は行方しれずと聞いています」
「今、この館にいる」
「ここにですか?!」

三谷喜劇の神髄・笑



・第2回 「佐殿の腹」



・第8回 「いざ、鎌倉」

庚寅(かのえとら)に家移し(やうつし)した家には
不幸が訪れると言われております
親子の縁が薄く、主(あるじ)は不慮の死を遂げる



藤原秀衡は、意図して、
自分が使う駒としてのパーフェクト戦(いくさ)マシーンとして
義経を育てたという妄想。
坂東武者は実戦で鍛えた強さだが、
九郎は武芸訓練だけでなく、歴史書からなどの教育を受けているとか。


・第9回 「決戦前夜」


政子の瞬きしない丸い目が怖いと思う時が来るんだろうなあと思った。



・第11回 「許されざる嘘」



宗時の巾着が畠山重忠のもとに残ったことが後に災いとなるのか。
これを知っているのは景時だけ。


・第15回 「足固めの儀式」


上総広常も
「老けたな」と言われただけで、
佐竹義政を切り捨てた人だから。(第10回)


( 刀について、広常が気がつかないというのが、腑に落ちない )


( ドラマ的な因果では、頼朝は最後に善児と関わるのだろうなと思い始めた )



・第19回 「果たせぬ凱旋」


義経の場合は、「全部大泉のせい」ってわけでもない(哀)

「策にたけたものはかえって騙されやすいものだ」


また、
人の手紙を破り捨てた(義円)
自分で手紙を書かなかった(宗盛)
ことが祟っている。


ーーー

土佐坊昌俊(とさのぼうしょうしゅん)の堀川夜討は、
郷御前(さとごぜん)の後妻打ち(うわなりうち)?

義経からみると、
(誰それの讒言、とかでなく)
全部、自分の行動が原因、という描写が
恐ろしい。

ひとつひとつのエピソードをきめ細かく積み上げた、
凄い脚本だと思う。

ーー

名ナレーション

「まねをしてはいけない」

他の誰にできるか想像し、

有働由美子さん(真田丸ナレーター)が思い浮かんだのは面白い。


−−

「九郎義経は、九州に逃げ落ちたと聞いておる。かような所にいるはずはない。偽物であろう。」


 フィクションの作り方として素晴らしいと感じ入りました。

  フィクションだから、時政が義経に話しかけることができる
  フィクションだから、義経が北条親子のところにあらわれても捕まらず、その結果、地頭が設置される





『自信』をつける『経験』とは『戦に負けた痛い思い』で、

九郎がこれまで避けてきたものなのかもしれませんね。

「まだまだ、これからじゃ」とはどこまで本心か。

また、

「まっすぐすぎたのです、羨ましいほどに」

とはこれまでの義時の苦い経験をふまえたもの。

これらは、
滅びが固いと見極めた人にかける、
北条の一族の、優しいが突き放してもいる言葉と受け取れた。

ーーー





・第21回 「仏の眼差し」

北条時政が建てた願成就院(がんじょうじゅいん)の
運慶作阿弥陀如来坐像
その表情は、私は慈愛よりも一種の威厳を感じるが、

ドラマにおいて、
北条義時が、
史実では詳細が分からぬ北条泰時の母を引き合いに出し、

「ふと、妻の顔を思い出してしまいました。
息子の寝顔を見ているときの」

というのも、
物語の中の八重の人生に思いを馳せ、
実在の阿弥陀如来坐像とも結びつき、
いつまでも心に残るかもしれないシーンでした。


・第24回 「変わらぬ人」


「変わらぬ人」とは?

頼朝のこと?


貞観政要
 豊かな家になったから、書籍も読む
 金剛は新たな世代の坂東武士

 ( 大姫も源氏物語など教養を持つように育てられている )

陳和卿

・第25回 「天が望んだ男」

天が望んだとは、死んだほうか、生き残ったほうのことか。

建久9年12月27日の1日のお話

( 稲毛重成 )

全成のフラグ



頼朝の最期の言葉
「九郎」と言ったようにも思えたが、字幕はなかった。
字幕にない場合、「シナリオ」にない、ということが考えられる。
( 義経の亡霊を見て落馬したという説 )
大泉洋の提案で、「藤九郎」だったそうです。

鈴の音を聴かなかった人

 時政と義時

 ( 鈴の音は「野心のスイッチ」という意見も目にしました )



( すべて大泉のせい、嫌われている、とか言いながら、
  いざ物語から退場となると、
  視聴者から惜しまれるなど、
  脚本も、俳優も、どんなマジックかなと思う・笑 )


・第26回 「悲しむ前に」



歴史資料に残る、11日出家、13日死去を元に、
出家の描写に意味がある、
小さな観音様のエピソードを積み上げた脚本は凄いと思った。

医師の口封じのときの義時、梶原、畠山の会話で、
宗時の巾着のことをふと思い出した。


・第27回 「鎌倉殿「と」十三人」

タイトルを回収するとみせかけて、してない・笑。


意図せず人数が増えていくところは、「三谷節」だけど、

今までで一番笑えなかった・笑。

景時は、実際、頼朝から頼家を頼むと言われていたのに。



頼家と13人たちとの年齢差を身の回りの実例で想像しても、
うまくいく気がしないし、

平治の乱や、石橋の戦いの経験者、
はるばる九州や奥州へ戦いに赴いた者や、
あえて京都から鎌倉へ落ちて文官となった者たちと
生まれてきたときから御曹司として育ち
苦労しなかった者とでは、
見てきたものが違いすぎる。


・第27回 「ままならぬ玉」



・第30回 「全成の確率」



・第31回 「諦めの悪い男」

比企能員と北条一族が対峙する深刻なシーンにはおらず、
頼家を前に北条一族が茫然とするシーンにいるトキューサ。

(香盤表をみて、「あれ、俺なんでいないの」と思う瀬戸康史)

佐々木善住・ささきよしずみ)


・第35回 「苦い盃」

( 歩き巫女 )


・第36回 「武士の鑑」





・第36回 「オンベレブンビンバ」



語り継がれる名シーンだと思いました。

時政は誰のために呪文を唱えているか、

家族の絆は確かにある、
しかし、
早世した一族の女が唱えた真言を誰も覚えてはいない。

( 一文字違いまで近づいたのに、
  正解には辿りつくことができない )

かつて、
三谷幸喜の作品に対し「笑えるがただそれだけ」という批評があり、
本人が「それの何が悪い、それでいいのだ」と主張していたような気がしますが、

本作では、
ひとつのシーンに、
「笑い」「哀しさ」「せつなさ」「むなしさ」など、
観る人にいくつもの感情を同時に感じさせる描写が
数多く表れていると思います。

( 「オン バザラ アラタンノウ オンタラク ソワカ」虚空蔵菩薩 この真言を唱えることで安楽と福徳の御利益がもたらされる大宇宙の智慧にあやかれる )



「子どものための影」という主張は、義時の泰時への言葉、態度からも表されていると思う。


( 畠山重忠の妻ちえは時政の娘であり、
  再婚したのは、足利義兼(足利尊氏の先祖)の子、足利義純だが、1210年に病没している )







■呟きの記録

・義朝と坂東武者

 義朝と坂東武者との関係は、
 頼朝の場合と違っていたのか、同じようなものだったのか、
 興味を持ちました。

 または、
 大庭景親、千葉常胤佐々木秀義から見た、保元の乱や
 三浦義澄上総広常から見た、平治の乱、
 そして
 その経験を通した頼朝の挙兵についての
 それぞれの感慨に興味が湧きました。

( 足立遠元だって、義平十七騎なんだから!・笑 )
 



この時期にNHKオンデマンドで平清盛を観ることができるようになったのは素晴らしい対応だと思う。











・時政お父さんの誕生(5/10)祝い(20220511)



温かいエピソードなのに、
色紙を書いた「北条の一族」の顔ぶれに、
なんか胸をつかれる・笑

 孫(頼家・泰時)はいるが、娘婿(頼朝、全成)はいない。
 八重がおらず、比奈がいる。
 一方、畠山重忠がいる。

「大好きです!!」頼家
「生きたいです!」重忠

(20220509に佐藤二朗さんは比企能員の変を撮影しているらしい呟き)

















・鎌倉殿とクリスティ

「オリエント急行」か「カーテン」か「アクロイド」か。

長澤まさみ出演説を目にしたことがあるので、
長澤まさみを上手に使う筋を三谷氏が思いついた、とか。

「私が〇〇に毒を盛ったのです」とか

(三谷幸喜のありふれた生活:1101)「鎌倉」へ、長い旅でした

   https://digital.asahi.com/articles/DA3S15410716.html

 クリスティ作品のネタバレに繋がるような発言や 
 まだ、撮影に入っていない回のことを記すのは、
 よくないこともあるような気がするが、
 「牽制」しているのかも、とか思ったり。

(20220909記)









それはそれでひとつのドラマ鑑賞体験。
私個人の似た例は「いだてん」でのラザロさん。

■引用・因縁・伏線

歴史書からの引用や出来事の因縁の糸が相当きめ細かく張り巡らされていると感じてきたので、
その覚書(情報源はTwitterのいろんな方の呟きから)

(おそらく全編観てから、もう一度頭から観る必要がありそう)

番組HPの略年譜は時系列の理解にとても役立ちました。

 https://www.nhk.or.jp/kamakura13/special/history/nenpyo.html#year1200

・ただの初期ボスキャラではない伊東祐親。善児はもともと伊東の雑色(0101)
・義時は川で善児が千鶴丸と居たところを見ている(0102)
・「これは何ですか」(0103)
・「善児が川で魚をとってさしあげます」(0104)
・「俺はこの坂東を俺たちだけのものにしたいんだ。〜坂東武者の世をつくる。そして、そのてっぺんに北条がたつ」(0501)
・義村は頼朝挙兵により祖父が討たれたことに遺恨を抱いている可能性(0601)
・千葉常胤「よわい60を越え、お迎えの支度でも始めようと思っていたやさきに(0701)
・「我らは坂東武者のために立ち上がったのです。〜我らのための坂東を作る」(0702)
・「刀は斬り手によって名刀にもなればなまくらにもなる」(0703)
・「よわい60を越え、お迎えの支度でも始めようと思っていたやさきに」(0704)
・伊豆山権現の政子に頼朝の無事を伝えたのは仁田忠常(0705)
・「私が風を起こす。その隙に逃げられよ」(0706)
・「権三が?」「だったら、ついでにうちの人も討ち取って」(0707)
・文を焼き「九郎ほどの才があれば己一人で大願を成し遂げよう」(1001)
・義村は伊東祐親を殺した梶原殿に遺恨を抱いている可能性(1101)
・第11回は鳥の鳴き声で始まる(1102)
・畠山重忠は館に盗みに入った善児を捕え、三郎宗時の巾着を持っていたことを梶原景時に話した(1103)
・「胎内のお子は生まれても定命が短いとでておる。千鶴丸はいまだ成仏できておらぬ。千鶴丸を殺めたものが生きている限りは。」(1104)
・鳥の鳴き声で終わる(1105)
・義村「頼朝を超える」(1201)
・「承服できませぬ!」(1501)
・義経は「鎌倉攻略法」を義時に教え、義時は梶原殿にそれを伝えた。(1901)
・「オンタラクソワカ」(2101)
・(砂金の友)三浦義村と結城朝光は断金の朋友(吾妻鏡)(2801)
・義時は義経の「鎌倉攻略法」を知っている梶原を京都には行かせない(2802←1901)
・梶原が一幡を京都に連れていこうとするのは人質であるとともに「源氏は飾り」として必要と承知しているから。(一幡はそのような駒になりうる存在と義時も認識)(2803)
・千葉常胤「危うくお迎えの支度を始めるところであったわ」(2804←0701)
・「おなごというものはな、だいたい、きのこが大好きなんだ(2901)
・「改めて見ると叔父上はやはり父上に似ておられますな(2902)
・建仁二年(1202)十二月大十九日己未。知康〜忽ち以て舊井(ふるいど)に落入る。(吾妻鏡・2903)
・「試されたのですよ、わしの天運を」(2904)
・(誰も恨んではいけない)(3001)
・(大きい順に首を並べて)(3101)
・「私は承服できません!」(3301←1501)
・(双六は気持ちが悪くなる)(3501)
・「雪の日は出歩くな」(3502)
・畠山重忠の拳は床板を破壊するほどの威力(3503)
・「そうだそうだ、みんな武衛だ」(3601)

ーーーーーーーーーーーー
重忠
・壇之浦
・壇之浦での梶原の態度の避難
義村「必要なら立場を変える覚悟」(坂東武者として褒め言葉)
ーーーーーーーーーーー
義経の首桶を抱え泣いた頼朝と重忠の首桶を見なかった時政






坂東武者の成り上がり

・天皇や公家の争いに京都へ呼び出され、代理で命を賭けた戦いをさせられ、負ければ一族もろとも大変な目にあう。

・遠く九州や奥州へ長期遠征を行い、一族がまるごと滅ぼされる無常を目の当たりにする。

・運よく勝ち組になり、多くの所領を得て、当代一の仏師に仏像制作を依頼できるような、地位と富を得た。

・京都から見ればよほど血生臭いが、野蛮一辺倒というわけでもない。



・公家と姻戚関係を作っていく(足立遠元


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2022年07月22日

【ドラマ】 朝ドラについて(書きかけ)








NHKの朝の連続テレビ小説、朝ドラについてのいろいろな無駄書


朝ドラから私が学んだことはふたつ。


・朝ドラと朝ドラ受けは平和の証

・朝ドラから学べば好い生活を送ることができる





朝ドラという形式、形態そのものが、
「毎日、こつこつやってると好い事あるよ」
ということを体験させてくれる。





( 朝ドラで描かれる大事なこと、
  朝ドラでは今は描かれないけど大事なこと )


いつか、大坂なおみをモデルにした朝ドラが作られるだろうか

  日本の小学校での経験
  駆け出しのときサポートしてくれた日本のテニス界への恩義
  グランドスラム制覇後の日本の取り扱いに感じた違和感
  社会問題への積極的な発言
  聖火ランナーになって感じた失望
  などなど

  ( 内容は私の頭の中で勝手に浮かんだフィクションです )


・既存のヒロインとは父親の国籍が違うだけ

・聖火最終ランナーを務めたがそれは彼女に幸せをもたらすのか

・望まず背負わされたもの、自らすすんで行動していったもの






■朝ドラの制作目的

視聴者が、毎日、毎朝、観て、楽しい、ということが真ん中だと思います。

「ああ、おもろかった、さあ、今日も働こか」みたいな。

観た後、なぜ主人公はあんなことしたんだろうと1日頭に残るようなことがあってはイカン。

語弊がありますが、
そんなに難しいお話でなくてもいいのだと思っています。

しかし、名作と言われるものでは、

明日どうなるか気になってしまって、
とか、
重要登場人物がいなくなってしまって、

今日の仕事が手につかない、

ということも。

私の経験では、

ちりとてちん 第115回
あまちゃん 第132回
ひよっこ 第105回
など
15年間で3つ挙げられれば、

それはとても幸せな思い出ですが、
いつもいつもそういうことでは疲れてしまう・笑。


毎回、レベルの高いドラマを観たいのだという人もいるでしょう。
望むなら、私もそうです。でも、

おしん
カーネーション
スカーレット
(と、「純と愛」)

ローテーションで延々続くとしたら、

個々の作品は繰り返して観る価値のある名作ですが、

私は、喜ぶのは最初だけで、全部観終わらないうちに、

ごめんなさい、もうお腹いっぱいです、私が間違えていました、
ここらで、もう少し、気楽に楽しめるやつをお願いします、

って言うと思います・笑。


■永遠ローテーション

一方、

自分の好きな朝ドラを10本あげて、
それを5年間かけてローテーションすると、
永遠に毎朝愉しむことができるのではないかという
10本の選択。

(再放送したら絶対観る10本
 つまりは、
 私のベストテン・笑)

おしん (1983年)
ちりとてちん (2007年下期)
カムカムエヴリバディ (2021年下期)
カーネーション (2011年下期)
おかえりモネ (2021年上期)
芋たこなんきん (2006年下期)
ひよっこ (2017年上期)
スカーレット (2019年下期)
おちょやん (2020年下期)
あまちゃん (2013年上期)

あさが来た (2015年下期)

(順不動 20220711)


再放送したら絶対観るという作品が、
こんなにあるなんてとても幸せなことで、
作り手の皆さんに感謝です。



■朝ドラは大変特殊なドラマ

仮に大駄作だったとしても、視聴を止めずに、物語が終わるまで文句を言い続ける・笑
民放の連続ドラマなら、観なくなって、誰も話題にしなくなるだけなのに。
観なきゃいいじゃんと言われたら、ムキになって言い返す・笑

( 大河ドラマでも、
  放映が終わったら、ほとんど話題にのぼらなくなるのに、
  朝ドラだけは、
  過去作品について、いつまでも文句を言っている方がいらっしゃる・笑 )

ドラマに対してでなく、その人の生活に文句をつけているみたいになるのかな、
人によっては、嫌でもなんでも毎日同じ時間に観ることになっている特殊なドラマ。

ただ、
個人的には「エール」で実経験し、
ちむどんどん」では他人事のように眺めるように心がけようとしたのですが、

自分の意にそぐわないドラマを毎日観て、
何が気に入らないのか、
その原因は誰なのか何なのか、
どういうものなら納得できるのか、
考え続け、
掘り下げ続けるのは、
心の健康にはあまりよろしくなく、

辛気臭くなって寿命を縮める」ことになるので、

他人のためでなく自分のために、やらないほうがよいということです。


また、ひとつ指摘しておきたいのは、
私も含めて、いわゆる、Twitterの朝ドラクラスターは、
朝ドラの作り手からみて、視聴者層の真ん中ではない。


■AK、BKという分類や系統は存在しない。


長年、朝ドラ作品およびその制作にまつわる情報に親しんでいますが、

東京制作、大阪制作、それぞれが独立していて、
まるで、各々が映画における松竹や日活であるがごとく、
各々の定めた方針あるいは特定の決定権者によって、
コントロールされているというようなことを示す事実に
触れたことがありません。

私が持っているイメージは、

サラリーマンが、ときに東京営業部、ときに大阪営業部へ
異動してお仕事するように、

サラリーマンのドラマ部長、プロデューサー、ディレクターが、
東京へ異動したり、大阪へ異動したりして、
そのときそのときのお仕事をしている、

というものです。

「今は、誰それさんが、ドラマ部長だから、」という
論評は成立するのかもしれませんが、
そのときそのときの首相を題材に毎日記事を書く、
夕刊〇〇みたいだ・笑。

TBSのドラマとフジテレビのドラマを
放送局単位でひとまとめにして比較するように、

TBSのドラマってこうだけど、
フジテレビのドラマってこうだし、とか、

月9と日曜劇場を比較して、
月9ドラマはこうだけど、日曜劇場ってこうだから、みたいに、

まあ、そんな乱暴な論も寡聞にして見たことがありませんが、

AK朝ドラってこうだから、BK朝ドラってこうだからって、

AK・BKという独立した制作主体があるかのように論じるのは、

前提から的を外しているように私には思えます。


(参考)

朝ドラの制作統括とドラマ部部長両方を経験している方の発言

  https://otocoto.jp/interview/hiyokko01/

  http://blog.livedoor.jp/p_s_y/archives/51770206.html


「ドラマ部長がプロデューサーを指名して企画がはじまるので、その作品に入ったスタッフがそこで全力投球して、終わったらチームは解散します。それに僕らはしょっちゅう転勤していて、例えば、BKの『べっぴんさん』チームとは同じ部で働いたことがある仲間です。そんなふうに半年後には東京と大阪とスタッフが入れ替わっているかもしれないので、大阪と東京を分け隔てて考えることはないんですね。」


「ちりとてちん」のプロデューサーが後にドラマ部長になり「半分、青い」の脚本家決定に関わり、「半分、青い」のプロデューサーは「ちりとてちん」で演出を担当している。


https://otocoto.jp/column/asadolife-11-1/


「北川さんがドラマ番組部に何年も前から企画を売り込まれていて。その企画が採択されたときに、私にやらないかと話が下りてきました。」(勝田夏子プロデューサー)


( 勝田夏子氏は、「今ここにある危機とぼくの好感度について」「空白を満たしなさい」などの作品の制作統括 )



■BK制作朝ドラに共通するもの


強いてNHK大阪放送局制作の特徴をあげると、

「ごちそうさん」以降?のBK制作朝ドラは、
広里貴子さんの消え物が欠かせぬものになっています。


「ごちそうさん(2013年)」のとき使われたぬか床で作られた漬物が

「スカーレット(2019年)」
「おちょやん(2020年)」
「カムカムエヴリバディ(2021年)」

などで物語のなかの食卓に登場しているようです。

「このひとくちで、もう、十分、役になれる」(村田雄浩・20220122・土曜スタジオパーク)

消え物に対するものすごい褒め言葉。



宮田圭子さん「(広里さんが用意したものを口にしたときに)あっ、私の役はこういう物を食べてるんだという、そのときの発見がありますよね、すると、自然と作ってた役がちょっと、こう膨らむんですよね。」


■朝ドラには2種類ある。(ナレーション)

ナレーションが、

〇〇(ヒロイン)は〜と思ったのです。

と説明する朝ドラとしない朝ドラ。

朝支度しながら観るドラマとして、
わかりやすく説明する朝ドラも決して悪くない

・説明する

例 わろてんか

例 エール
  「音楽が奏でる人生の物語「エール」始まり始まり」
    「音楽が奏でる人生の物語」って意味がよくわからないとも思うが・笑
  「その音色は裕一の心に深く響き渡ったのです」


・お話の方向性や登場人物の言動の意味(解釈)をきちんと提示する

例 おしん

「突然の圭の申し出に希望(のぞみ)は息子の真意をはかりかねていた。

圭がわけもなくそんなことを言い出すはずのないことも父親は知っていた。」
(第1回の最後)

好いナレーションです。(奈良岡朋子)


・主人公が語る

例 ちりとてちん

主人公が、若い頃を振り返り、その時の主人公の心持ちを解説し、ときにツッコむ、
とてもよくできた、計算された設定。
だが、実は、上沼恵美子以外に誰がこの役回りを全うできるのか、という難しいポジション。


( いつか、友近さんの朝ドラナレーション、聴いてみたいですよね )


例 カーネーション

 「ちりとてちん」とは異なり、主人公自身が「今」の気持ちを現在進行形で語る。
 余りにも強い主人公をつっこむことができるのはその人自身だけ・笑
 最初から、最終回の語りを考えていたのか、どうか。


・説明だけでなく、演出の一部となっている

例 スカーレット

「大事なものを失ったのだと、思いました」(第108回)

大事な何を失ったのか、台詞でもナレーションでも説明していないが、
このナレーションは素晴らしい演出効果を出している。 


■自分の嗜好がわかる

自分はこういうのが苦手なんだなと気づくことがあります。

苦手とは、

明日が楽しみだな、という気持ちにならない展開。

私の場合、

気が病んでしまいそうなお姑の圧力(おしん)
気の荒らそうな岸和田の皆さん(スカーレット)
営業妨害しにくる反社の皆さん(おちょやん)
闇落ちした登場人物が投げる「悪意」(おかえりモネ・第76回)
徹夜の原稿がいたずらでちり紙交換へ(芋たこなんきん・第32回)
主人公の偽物(芋たこなんきん・第100回)
など


また、
私はそうでもないのですが、
いわゆる毒親表現を大変つらく感じる方がいらっしゃると思います。

しかしながら、
ひとりひとりにそういう好き嫌いがあり、
作品の良し悪しとは別と考えます。

万人にうけることが求められている、朝ドラや大河は、
大変だなと思います。

朝ドラ鑑賞法は、

自分の苦手なところは、軽く流しておいて、

私はAという登場人物が好き、
私はBとCの関係の進展が楽しみ、
とか、

それぞれの好きなところを
それぞれに十二分に楽しめばいいのでは。



■朝ドラとして選択されるテーマ、内容


主人公や内容の選択も時代の流れ、視聴者の変化などとのタイミングがあるはず。

いつか、大坂なおみをモデルにした朝ドラが作られるかもしれない、

私は、
大坂なおみの小学生時代を子役が演じる朝ドラを観ることを夢想する。

でも、今(2020年)企画しても、皆が楽しめるドラマとしては、時期尚早的な意味で成立しないと思うが、


いつか、実現するのではないか。


( ハリーベイリー リトルマーメイド )



■戦争・敗戦・国防婦人会

・戦争を描くなかでヒロインの不幸が極まっていき、
 敗戦によって底打ちする展開がよくあります。

 しかし、戦争と敗戦を
 物語展開の転換器やカタルシスの道具として使い、
 「お国に騙された」と登場人物の免罪符になったりするのも、
 危うい思いがするところではあります。

 この部分についても、
 「おしん」はよくできていると思います。

・ヒールとしての「国防婦人会」
 「婦人」であることが朝ドラ要素なのでしょう。
 女の敵は女みたいな。

 でも、夫や息子を軍にとられて、
 盲目的に戦争に協力することが生きがいになってしまった、
 とか、
 戦後、どのように変わったのか、とか、

 もう一段、深い描きかたもみてみたい。


■朝ドラ主題歌

朝ドラにおいて、主題歌、オープニング曲は、大変重要な要素です。

「おしん」は、全297回で4455分・74時間15分の大作です。

毎回、冒頭がオープニングタイトルで、テーマ曲が流れます。
約65秒間あります。月曜日は約80秒です。
毎週、405秒で6分45秒。

全体では、74時間のうち、5時間半余りはテーマ曲が占めています。

( 月曜日放送は49回(297÷6=49.5)と仮定して、
80*49+65*(297-49)=20040秒 )

( 1年間、おしんを観た人は、
  300回以上、5時間以上、ひとつの曲を聴いている、
  どんな流行歌よりも
  心に浸透したことだろう。 )

毎日、毎回聴くことに意味がある。

人生は確かに泣き笑いやなあ、と思ったり、
 (おちょやん・泣き笑いのエピソード)

「やじろべえみたいな正しさ」って何だろうと考え、
 (おかえりモネ・なないろ)

「君と私は仲良くなれるかな」と毎日問いかけられる。
 (カムカムエヴリバディ・アルデバラン)

などど、1日1回思いをはせる

・いつの間にか口ずさんでいる。

 最初に耳にしたときに「ひっかかるところのない曲だなあ」と思ったのに、
 2、3週間のちには、知らず、口ずさんでいた経験・笑

 ( 「ひとりよりふたり」Fayray (芋たこなんきん) )

  
・基本的にアバンタイトルはなく、必ず主題歌から始まるオールドスタイル

 朝の仕事をしているお母さんが、手を止めて、テレビの前に移動する時間のために、
 冒頭はオープニングタイトルから始まると、チコちゃんが言ってました・笑


■ヒロインオーディション

かつては、演技経験のほとんどない人をオーディションで選ぶことがあったようですが、

おちょやん」で杉咲花が、
2種類の関西弁を自然に話すこと、
(関西喜劇人の関西弁が不自然では話にならない)
劇中劇を演じ、しかも、最初は素人からだんだん熟練していく、
などを要求されているのを見て、
要求レベルがとんでもなく高いことを感じます。

経験の浅い俳優を抜擢する場合は、
そのこと自体を活かすような設定など
必然性のある工夫がないと成立しないのでしょうね。


芳根京子が語っていました。
「『7月に体調を壊して、8月にマネージャーさんとケンカして、9月に精神が崩壊する』というジンクスがある」
 (20170721 ダウンタウンなう)


放送が始まる前に、既に精神崩壊しているという、大変さ・笑

・笠木シヅ子を演じること



・俳優として、朝ドラヒロインを演じることの素晴らしさと恐ろしさ

(イッセー尾形さんの発言)



■長い物語、長い撮影期間

そんなに重要なシーン、台詞がなくとも、長く画面に登場していた人物がここぞというところでいいシーン好い台詞を。
観るほうも長く観てきたからこそ深く感じ取れる。

 おちょやん 第98回の石田香里(松本妃代)


また、いい演技、いいやりとりが、

長くいっしょに撮影してきた演者同士の関係性から醸し出されているのではと思うことがあります。

長い物語のなかで、脇役も成長する。

例としては、「芋たこなんきん」の晴子



■ごほうび回

神回」という言い方よりも、

Twitterで時折見かける、「ご褒美回」という言い方が好い。

1回15分の朝ドラならではで、

1クールのドラマや1回45分の大河では馴染まない言葉遣い。


長い物語の蓄積から感じ取れた感動を

長い期間、毎日、物語を観届けてきた自分に

作品がごほうびをくれたと表現すること。


( 裏返すと、
  作り手が自ら「神回」と口にしたり、
  視聴者が「神回」と崇めることに
  違和感を覚えることがあります )



■朝ドラから学べば好い生活を送ることができる


道徳臭いことを言ってしまいますが、大真面目。

長い長い物語の蓄積が台詞の持つ意味をさらに光らせる。


( 字にするとありきたりなもの言いだとしても、
  2時間の映画やドラマでは出ない説得力が
  朝ドラでは生まれることがあるように思うのです )


・決して人を恨んだり憎んだり傷つけたりしてはいけないぞ (おしん)

・砥いで出てくるのは塗り重ねたもんだけや (ちりとてちん)

・辛気臭いのは寿命を縮める (カーネーション)

・開発やら技術なんちゅうもんの裏には良心が貼りついてて欲しいと思うんや(ごちそうさん)

・誰かに助けてもらったら、
 誰かを助ければいい。
 それでいいんだよ。
 人を救うのは人だよ。
 みんながそうすりゃ、
 世界はきれいに回ってくよ。(ひよっこ)

・先生に礼、お互いに礼、ありがとうございました (スカーレット)

( 確かに、主人公は草間流の教えから外れることがなかった。 )

・いつもと変わらない1日は特別な1日(スカーレット)

・明日も、きっと、晴やなあ (おちょやん)

・生きてきて、何もなかった人なんて、いないでしょ。何かしらの痛みはあるでしょ(おかえりモネ)

・ひなたの道を歩けば、きっと人生は輝くよ (カムカムエヴリバディ)



小さいことの揚げ足をとることに拘ったり、

自分と違う考えの人と言い争ったりしてる場合ではない・笑

朝ドラを題材に、

批判や論争に夢中になるなど、

朝ドラ鑑賞に膨大な時間を費やして、いったい何を学んだんや、という話・笑


(草間流柔道の教え)

人の心を動かすのは作品じゃない、人の心だよ
作った人の心が作品を通してこちらの心を動かす
ひどかったのは君だ
ああいう態度はいけないよ
一生懸命作った人に失礼だ
(スカーレット第4回)

僕が君たちに教えたいのは勝った負けたではありません
本当のたくましさとは何か
本当の優しさとは何か
本当に強い人間とはどういう人間か
そして、
人を敬うことの大切さを学んでほしい
(スカーレット第8回)

先生に礼、お互いに礼、ありがとうございました。
(スカーレット第30回)




■皆で観る朝ドラ



■朝ドラうけ

「受け」とは、皆が同時に観ていて、放送直後にリアルタイムで反応する、
という大前提があります。







2022年4月頃から、NHKニュースの冒頭はいきなりアナウンサーを映さず、
短いカットが最初に入るようになりました。
直前の番組からのつながりを絶ち、
独立性・客観性を保つ効果を求めているのかもしれません。


・いろんな受け

一番凄いのは、カムカムエヴリバディ・第19回(20211125木)

 視聴者と同じく、番組冒頭から、本気に涙して立ち往生する鈴木奈穂子アナウンサー、
 (「だめだ、もう」とNHKアナウンサーが職務放棄状態・笑
   だけど、このときの視聴者の気持ちを奇しくも代弁しているともいえる。)
 その放送事故寸前状態をそらすために、
 アドリブのボケをいれ、鈴木アナを泣き笑いさせ、状況を緩和させる大吉師匠、
(それでも「どうしよう、これ...」と鈴木アナお手上げ状態、
 泣きべそ顔で華丸師匠を見る)
 華丸師匠は、当日ゲストのIKKOさんにつなげるフリをなんとか入れる。
 状況を理解しているのかどうか不明だが、持ちネタで明るく締めるIKKOさん。
 (IKKOさんは(いきなり何言うのよ)という感じで直前「ふっ」と笑っている)
 文字通り胸をなでおろす大吉師匠「マボロシの方がいてくれてよかったー」・笑

朝ドラの物語展開の衝撃が強すぎたところ、
視聴者が、
「朝ドラの受けがあってよかったー(涙笑)」となった。

放送する側が視聴する側の気持ちを「受けとめて」同じ気持ちになって、

ドラマを前向きに味わい、消化することを手伝ってくれている。



実は、同じようなことを、ひとりで、つけまつげを使ってやってみせた、
ミラクル有働由美子アナ最強説・笑。(20151027火、あさが来た・第26回)



「まっ、我々が口だすことじゃないですもんね」(20220714華丸師匠 ちむどんどん第69回)
思い入れの低さも極まった例







「今日のあさイチは収録でお送りします(朝ドラの"受け"はありません)」のテロップ




・坂下千里子氏泣いてしまいメイク直しが発生、番組冒頭に朝ドラ受けできず。

 華丸師匠「(ドラマではなく)坂下さんにもらい泣きしましたよ」
                 (20210303・水曜日、おちょやん 第63回)







ーーー

しかし、どんなに凄くても、逆に、つまらなくても、興味が湧いてなくても、

愛あるコメントをしてみせるのが、究極の朝ドラ受け道で、

それは滅茶苦茶難易度が高いものなのかもしれない・笑

華丸師匠「これ受けれたら、もうホント「受ける力」っていう本だせる」
              (20210420・火曜・「おちょやん」第97回)



■朝ドラ受けの起源


2008年3月28日「ちりとてちん」第150回放送直後のニュース冒頭の
森本健成アナの一言が始まりと言われているが、

週刊文春2008年5月22日号の「ホリイのずんずん調査」では、
「ちりとてちん」の話が進むにつれて
ニュースの第一声までの間が長くなっていった森本アナ、
間は常に一定だが、
ドラマの内容に寄り添った表情をしている(ように思われる)登坂アナ、
という考察がなされている。

「ちりとてちん」放送時に、
放送直後のアナウンサーの様子が一部に話題になっていたことは確か。

堀井憲一郎氏は、昭和の終わりから「NHK連ドラ直後のアナウンサーをずっと観察している。」と述べており、もっと前の作品のネタもお持ちかもしれない。

( 屈指の名作となった朝ドラ『おちょやん』の山場を13時ニュース三條アナ視線で振り返る
   https://news.yahoo.co.jp/byline/horiikenichiro/20210514-00237910 )



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2022年07月18日

#わたしを作ったとり・みきマンガ5冊






しれっと6作品にしてあるが・笑、

( 作者は多くの人がこういう反応をするとあまり予測していなかったのかもしれないが、)

作者に自分の発言を見てもらえるなんて、めったにない機会。有難い。


作者に「いいね」をつけていただきました。素直に嬉しい(20220722)


・クルクルくりん

 絵柄が大好きだった。

 こういうことは理屈でなく、確かに自分自身の真実の感想。


・吉田さん危機一発

 本屋さんの立ち読みとか、電車の中とか、
 周りの目があるのに、
 声を出して笑うことを止めることができない。

 そんな経験をした一冊。(もうひとつは、「マカロニほうれん荘」)

 それがギャグマンガの威力。素晴らしい読書体験。

 10年たって、再読したとき、その体験は再現されなかった。

 それがギャグマンガの恐ろしさ。


・てりぶる少年団

 メジャー少年誌の連載開始に喜び、

 期待したとおりの内容だった。

 なぜ打ち切り?になる・笑

( ↓作者の評価 )










めんどくさくてごめんなさい・笑







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2022年07月15日

【マンガ】 ベルサイユのばら 1973年



「基本的人権の尊重」を最初に学んだのは、

小学生のとき読んだ「ベルサイユのばら」の、

オスカルが語る言葉から。


という、個人的な精神史でとても重要なことの覚書。





( オスカルになりたい、と
  サファイア(リボンの騎士)になりたい、
  は同じなのか違うのか )



posted by inatt at 22:59| Comment(0) | 感想など・マンガ・漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【ドラマ】 星新一の不思議な不思議な短編ドラマ 2022年



星新一作品を原作としたNHKのドラマ

ホームページでは、

「あの時の”未来”を生きる私たちへ」
という副題がついている。

確かに、
60年も前に執筆された近未来表現を
今どのように映像化するのかという論点。

ただ、表現の仕方が変わっても、
作品の主張したい趣旨自体はほぼそのままに通用しているところが
大変に興味深い

いくつかの原作は15分のドラマにするには少し短く、
作り手がどんな要素を加えるかがポイントになっている場合もあるようだ。

いくつかの作品では、
原作を超えた素晴らしさや
映像ならではの説得力を感じました。

また、原作との比較により、
原作が、表立って何かをことさらに主張するようにみえないように
意識して作られていると感じさせられました。


■生活維持省

このシチュエーションの何をブラックととるかの解釈が重要だと思う。
・この世界のルール?、人々の態度?、主人公の真意?

本作とマンガ「イキガミ」では主張したいところは必ずしも同じではないと思う。


■見失った表情

顔の造形と表情は別という
着眼点が原作の凄さだと思う。

( 美容整形への皮肉が根本なのか、どうか)


綺麗なだけじゃだめなの、
誰かに肯定されたい、
と思い詰めている主人公

コンタクトレンズによる機械操作、
ワイヤレスイヤホンによる音楽の共有、
自分の顔を確認するとき鏡ではなくスマホのカメラ、
原作(初出1961年)にない機械を上手に小道具にして、

原作では「泣き方」なんだけど、
本作では「笑い方」が
生身の俳優さんの演技でとても魅力的だった。

(小説では「泣き方」で、映像では「笑い方」になるところが興味ぶかい。
 物語が動く因果もあちこち異なっている。)

石橋静河さんの最後の方のお芝居は個人的には初めて観た思いで、
相当に惹きつけられました。

・顔の造形や表情だけでなく、
 身体の動作・踊り、好きなもの(音楽)とか、
 その人らしいもので分かり合える。


脚本・演出 菅井祐介


■白い服の男

「戦争」とは、行動や主義ではなく、一種の「心持ち」なのかも、
とは、原作を読んで思ったことですが、
本作でも同じことを感じました。

「〇〇こそ唯一絶対の道なのだ」

原作(初出1968年)では、
「私」が署長で「白い服の男」で、
文字により、白、青、ハトなどで伝えようとしていることがあり、
「私」のモノローグで話が進むことに対し、

本作が映像・音楽・音でどのように観せようとしているかの相違が興味深い。


( 「最後の銃弾は誰が誰を撃ったのか」
  「星新一はベトナム戦争中に平和主義をあてこすっている」
   などの呟きを目にしました。 )


本作では、
2022年に創る意味、
現在、2022年に我々の周りで起こっていることに繋がる描写が
何か含まれていればよいのかもしれません。


■ものぐさ太郎


初出1970年で、星新一はオレオレ詐欺を予言している?

もしくは、電話(やメールなど)の利器をものぐさと皮肉っている?



■夜と酒と

彼は「好ましくない循環に巻き込まれた」のか、
自分からその流れに進んでいるのか。


■ずれ

原作(初出1960年)とは語る順番が違うというか、
本作では映像作品におけるカットバックの面白さになっていて、
映像化するともっと面白くできる可能性がある原作なのだなと承知しました。

原作をもとに、絵コンテを切ってみなさい、みたいな課題制作ができるのかも。

もしかしたら、若い人は、何故、シューター・サービスという名前なのか、

ぴんとこないのではないか。

今なら、何と名付けるべきなのか、ええと、ええと、

まずは君が落ちつけ

( 国会議事堂では、現在でも現役のメールシューターがある )


■もてなし

わざわざ、中村優子さんが出張ってきてるから、
残念ながら、マジもん・笑

( 浅野和之さんの独特な悪魔感・笑、
  いや、お話次第で、
  ちんぴらにも俗物にも何にでも見える、
  格別な演技 )

宗教とは何か、

見返りを期待する「徳」に隠れる醜怪。


( 宗教について、考えさせられているときでした。
  20220708 安倍晋三銃撃事件  
  20220719 放送 )

( 個人的には、
  文章である原作よりも、
  映像・演技により、いろいろなことを受取れるものになっていると
  感じました。 )


■鍵


この寓話が示すものは何だろう。

映像のほうが、情緒に訴えてくる力が強いことが印象的。


ーーー


おそらく、原作のとおり映像化すると、

その状況は変だと観る人は思うだろう。

本作の示しているものが、
(「夢のない男」のお話」)

原作と意図と同じであるなら、

とても上手に修正して映像化している。


原作は、

もっと複合的にいろんな寓意を含ませているようにも思う。

1967年初出の短編が、何十年も嚙み締め続けることのできる内容を含んでいることに驚嘆する。

(子供の頃、読んでも、そこまでくみ取れなかったけれど)




ーーー

夢、目的、探してもみつからない

目的と手段

道端で拾うもの
人生に携えるもの

答えを探す行為

答えを作ってしまう行為。

その鍵を用いる方法。


■買収に応じます

数年前にLIFE!で観た。(嘘)

毎年お金を払い続けると、
永遠に生きていくことができるのだろうか・笑

原作は、小噺に近いような短編なので、
そこに何を加えるかで、
受け取るものは変わってくると思う。

本作では、「つもり預金」を持ってきているので、
やりたいことをやらないことでお金に換え、
それを寿命に代えることの意味を描いているのかとも思いきや、
それで地球温暖化防止に役立っているのなら、
それでいいようにも思う・笑。





・ホシヅル図書館
 https://www.hoshishinichi.com/list/


posted by inatt at 13:50| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月02日

2022年7月から9月までの呟きの記録 (書きかけ)






・チコちゃんに叱られる!批判





・防災無線のチャイム(「街頭時報」)は何のため?NHK番組『チコちゃんに叱られる』の誤謬を指摘する。
  https://aqbar.hatenablog.com/entry/2022/07/17/135338
 冒頭の、「チコちゃん」番組を筆者が嫌う理由がわかりやすかったです。

 バラエティ番組に対し、そこまで堅苦しく言うなという再反論もありうるでしょう。

 しかし、指摘されていることは、

 マスメディアコンテンツを作成する人たちが気を付けること

 マスメディアコンテンツを受け止めるリテラシーとして、
 バラエティ番組に限らず、どんな番組においても、
 視聴者が意識して気を付けておくべきこととして、
 参考になる文章だと思いました。 

















権力者だからこそそうなのだ、という、
歴史の経緯や学びからきているものについて、あらためて気づかさせた。

論点は、偉大な首相だから当然なのだ、ということや
賛成している人の人数・割合ではないのだ。



歴史とは常に両面があるものだと思う。


・京王百貨店新宿の北海道展

定番の海鮮弁当のウニはチリ産でカニ肉も輸入品とのことで驚いた。(20220906WBS)
インフレや円安の影響を受けているという。
物流、素材の高騰(特に海産物)酪農家が使う飼料
飼料に頼らず、牧草地だけで1頭の牛を育てるのには1ヘクタール必要







She's like me.



子供の描いたイメージを整えるとこんな感じ?
プロのデザイナーの仕事はその先にあると思うが、
現在のAIのレベルとはそういうことか、
または、
時が経てば、人間の技術を超えてくるのか。



(オリバーな犬、ドラマそのものの感想としては、
 あまり自分は好きになれなかった。
 昨今のドラマ作りがいろいろ窮屈なところがあることについての、
 反発が主になっているような気がしたところ。)


















プーチン大統領が予備役を部分的動員を表明と報道された後、
ロシアのGoogle検索で「腕の骨の折り方」が急上昇中らしい
という呟きを目にして、
「なるほど、さもありなん」

「いやいや、これは本当なのか?」

両方の考えが浮かび、
とりあえず、「いいね」などはせず、
信頼できるメディア情報を待とう、と思う。

( たとえば、そういうことがあるらしい、
  という噂が流れるだけで、
  検索数は増えると思う )

それが、この2年間くらいの学びであり、
リテラシーの変化である・笑

結局、情報収集力・検証力のある、中立・健全な報道機関と
それを担保・牽制するものの存在は、
とても重要であると、
一周回ったような結論になっている。













posted by inatt at 06:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする