2022年07月31日

【ドラマ】 空白を満たしなさい 2022年




空白が生まれても、空白を埋めることはできる






NHKのドラマ(wiki)。

何をみせられるのか、わからないまま、話が進んでいって、怖い。

佐伯が増幅してみせているが、
そうでなくても、
人が生きていること、
人が死ぬこと、
周りの人や自分!が死ぬことを受け止めることの重さを
こんな形で見せるやり方があるのだなと。


第1話

「家族のために働くのは幸せだよ」と思う男が
「好き嫌いに正直になればいいんです」と
会社も上司も親も家族も自分も嫌えばいいと囁く男の首を絞めた。


第2話

佐伯や姑からかなり酷い目にあったとしても、
死んだ人を延々と恨み続けることは難しいかもしれないが、
原因を作った当人が目の前に現れれば、
眠っていた恨みが目覚め立ち昇ってくるようなところを表現する
鈴木杏がすごかった。


第3話



「ある人」の死は「別の」人の人生を染める

死の一点と因果応報を結びつける考えの問題点?


「あの人危ない、止めて」

「追い詰められているから、そう思うだけなんだよ、自分の意志じゃない」



第4話


幸せになりたい男が殺そうと思うもの。


( 死んだ人の死んだ理由は、今を生きる人には本当は意味がない。(あるべきではない)

  この物語で、私たちと同じく生きているのは、

  千佳と璃久。このふたりの話になっていくのか、どうか。 )


第5話


「それは、ビル火災の一室で、熱さから逃れようとして、窓から飛び降りてしまうのに、似ていますよ。他に熱さから逃れるすべがあるなら、本当は生きたかったんです。

「人は死んでも何かがこの世界に残るんだと思ったんですよ」


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2022年07月30日

【TV】 TAROMAN 岡本太郎式特撮活劇 2022年



NHKの番組

この番組を観ながら、思ったことは、

作品についた「名前」こみで、

「画+文字」で、

作品を「理解」しようとしているところがあると。


鐘をみて、そうか「歓喜」なのか、

と思うこともあるけど、

この鐘からは、「歓喜」の要素を感じないな、

これは私が思うに「〇〇」だな、とか。

そもそも、作品の題名を一切見ずに、

土に埋めて、300年経って、題名が失われた状態で作品を観て、どうかと

鑑賞する必要も感じました。


最後のラスボスとして登場した「太陽の塔」に対する「解釈」が
もっとも薄かったのも印象的でした。


( そんな簡単に「解釈」できないものこそ、「名作の名作」なのかもしれない )





展覧会岡本太郎の宣伝になっているのはNHKとしていかがなものか。
( 結局、この番組は手間暇をかけた「宣伝」と見るのが適切なのかもしれない )






タローマンの元ネタ






20221203記

「タローマンヒストリア」を観ました。

この番組自体に、いろんなこととの「ズレ」を感じました。

でたらめのふりをする番組。

岡本太郎と大雑把な70年代テイストをいっしょにしては、
岡本太郎を侮辱しているような気もする。

70年代を生きてその時代のものと触れてきた人の思い出も
馬鹿にしているようにも感じた。


( TAROMANで動画検索 )



posted by inatt at 18:14| Comment(0) | ・感想など・TV・NHK総合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月22日

【ドラマ】 朝ドラについて(書きかけ)








NHKの朝の連続テレビ小説、朝ドラについてのいろいろな無駄書


朝ドラから私が学んだことはふたつ。


・朝ドラと朝ドラ受けは平和の証

・朝ドラから学べば好い生活を送ることができる





朝ドラという形式、形態そのものが、
「毎日、こつこつやってると好い事あるよ」
ということを体験させてくれる。





( 朝ドラで描かれる大事なこと、
  朝ドラでは今は描かれないけど大事なこと )


いつか、大坂なおみをモデルにした朝ドラが作られるだろうか

  日本の小学校での経験
  駆け出しのときサポートしてくれた日本のテニス界への恩義
  グランドスラム制覇後の日本の取り扱いに感じた違和感
  社会問題への積極的な発言
  聖火ランナーになって感じた失望
  などなど

  ( 内容は私の頭の中で勝手に浮かんだフィクションです )


・既存のヒロインとは父親の国籍が違うだけ

・聖火最終ランナーを務めたがそれは彼女に幸せをもたらすのか

・望まず背負わされたもの、自らすすんで行動していったもの






■朝ドラの制作目的

視聴者が、毎日、毎朝、観て、楽しい、ということが真ん中だと思います。

「ああ、おもろかった、さあ、今日も働こか」みたいな。

観た後、なぜ主人公はあんなことしたんだろうと1日頭に残るようなことがあってはイカン。

語弊がありますが、
そんなに難しいお話でなくてもいいのだと思っています。

しかし、名作と言われるものでは、

明日どうなるか気になってしまって、
とか、
重要登場人物がいなくなってしまって、

今日の仕事が手につかない、

ということも。

私の経験では、

ちりとてちん 第115回
あまちゃん 第132回
ひよっこ 第105回
など
15年間で3つ挙げられれば、

それはとても幸せな思い出ですが、
いつもいつもそういうことでは疲れてしまう・笑。


毎回、レベルの高いドラマを観たいのだという人もいるでしょう。
望むなら、私もそうです。でも、

おしん
カーネーション
スカーレット
(と、「純と愛」)

ローテーションで延々続くとしたら、

個々の作品は繰り返して観る価値のある名作ですが、

私は、喜ぶのは最初だけで、全部観終わらないうちに、

ごめんなさい、もうお腹いっぱいです、私が間違えていました、
ここらで、もう少し、気楽に楽しめるやつをお願いします、

って言うと思います・笑。


■永遠ローテーション

一方、

自分の好きな朝ドラを10本あげて、
それを5年間かけてローテーションすると、
永遠に毎朝愉しむことができるのではないかという
10本の選択。

(再放送したら絶対観る10本
 つまりは、
 私のベストテン・笑)

おしん (1983年)
ちりとてちん (2007年下期)
カムカムエヴリバディ (2021年下期)
カーネーション (2011年下期)
おかえりモネ (2021年上期)
芋たこなんきん (2006年下期)
ひよっこ (2017年上期)
スカーレット (2019年下期)
おちょやん (2020年下期)
あまちゃん (2013年上期)

あさが来た (2015年下期)

(順不動 20220711)


再放送したら絶対観るという作品が、
こんなにあるなんてとても幸せなことで、
作り手の皆さんに感謝です。



■朝ドラは大変特殊なドラマ

仮に大駄作だったとしても、視聴を止めずに、物語が終わるまで文句を言い続ける・笑
民放の連続ドラマなら、観なくなって、誰も話題にしなくなるだけなのに。
観なきゃいいじゃんと言われたら、ムキになって言い返す・笑

( 大河ドラマでも、
  放映が終わったら、ほとんど話題にのぼらなくなるのに、
  朝ドラだけは、
  過去作品について、いつまでも文句を言っている方がいらっしゃる・笑 )

ドラマに対してでなく、その人の生活に文句をつけているみたいになるのかな、
人によっては、嫌でもなんでも毎日同じ時間に観ることになっている特殊なドラマ。

ただ、
個人的には「エール」で実経験し、
ちむどんどん」では他人事のように眺めるように心がけようとしたのですが、

自分の意にそぐわないドラマを毎日観て、
何が気に入らないのか、
その原因は誰なのか何なのか、
どういうものなら納得できるのか、
考え続け、
掘り下げ続けるのは、
心の健康にはあまりよろしくなく、

辛気臭くなって寿命を縮める」ことになるので、

他人のためでなく自分のために、やらないほうがよいということです。


また、ひとつ指摘しておきたいのは、
私も含めて、いわゆる、Twitterの朝ドラクラスターは、
朝ドラの作り手からみて、視聴者層の真ん中ではない。


■AK、BKという分類や系統は存在しない。


長年、朝ドラ作品およびその制作にまつわる情報に親しんでいますが、

東京制作、大阪制作、それぞれが独立していて、
まるで、各々が映画における松竹や日活であるがごとく、
各々の定めた方針あるいは特定の決定権者によって、
コントロールされているというようなことを示す事実に
触れたことがありません。

私が持っているイメージは、

サラリーマンが、ときに東京営業部、ときに大阪営業部へ
異動してお仕事するように、

サラリーマンのドラマ部長、プロデューサー、ディレクターが、
東京へ異動したり、大阪へ異動したりして、
そのときそのときのお仕事をしている、

というものです。

「今は、誰それさんが、ドラマ部長だから、」という
論評は成立するのかもしれませんが、
そのときそのときの首相を題材に毎日記事を書く、
夕刊〇〇みたいだ・笑。

TBSのドラマとフジテレビのドラマを
放送局単位でひとまとめにして比較するように、

TBSのドラマってこうだけど、
フジテレビのドラマってこうだし、とか、

月9と日曜劇場を比較して、
月9ドラマはこうだけど、日曜劇場ってこうだから、みたいに、

まあ、そんな乱暴な論も寡聞にして見たことがありませんが、

AK朝ドラってこうだから、BK朝ドラってこうだからって、

AK・BKという独立した制作主体があるかのように論じるのは、

前提から的を外しているように私には思えます。


(参考)

朝ドラの制作統括とドラマ部部長両方を経験している方の発言

  https://otocoto.jp/interview/hiyokko01/

  http://blog.livedoor.jp/p_s_y/archives/51770206.html


「ドラマ部長がプロデューサーを指名して企画がはじまるので、その作品に入ったスタッフがそこで全力投球して、終わったらチームは解散します。それに僕らはしょっちゅう転勤していて、例えば、BKの『べっぴんさん』チームとは同じ部で働いたことがある仲間です。そんなふうに半年後には東京と大阪とスタッフが入れ替わっているかもしれないので、大阪と東京を分け隔てて考えることはないんですね。」


「ちりとてちん」のプロデューサーが後にドラマ部長になり「半分、青い」の脚本家決定に関わり、「半分、青い」のプロデューサーは「ちりとてちん」で演出を担当したことがある。


https://otocoto.jp/column/asadolife-11-1/


「北川さんがドラマ番組部に何年も前から企画を売り込まれていて。その企画が採択されたときに、私にやらないかと話が下りてきました。」(勝田夏子プロデューサー)


( 勝田夏子氏は、「今ここにある危機とぼくの好感度について」「空白を満たしなさい」などの作品の制作統括 )



■BK制作朝ドラに共通するもの


強いてNHK大阪放送局制作の特徴をあげると、

「ごちそうさん」以降?のBK制作朝ドラは、
広里貴子さんの消え物が欠かせぬものになっています。


「ごちそうさん(2013年)」のとき使われたぬか床で作られた漬物が

「スカーレット(2019年)」
「おちょやん(2020年)」
「カムカムエヴリバディ(2021年)」

などで物語のなかの食卓に登場しているようです。

「このひとくちで、もう、十分、役になれる」(村田雄浩・20220122・土曜スタジオパーク)

消え物に対するものすごい褒め言葉。



宮田圭子さん「(広里さんが用意したものを口にしたときに)あっ、私の役はこういう物を食べてるんだという、そのときの発見がありますよね、すると、自然と作ってた役がちょっと、こう膨らむんですよね。」


■朝ドラには2種類ある。(ナレーション)

ナレーションが、

〇〇(ヒロイン)は〜と思ったのです。

と説明する朝ドラとしない朝ドラ。

朝支度しながら観るドラマとして、
わかりやすく説明する朝ドラも決して悪くない

・説明する

例 わろてんか

例 エール
  「音楽が奏でる人生の物語「エール」始まり始まり」
    「音楽が奏でる人生の物語」って意味がよくわからないとも思うが・笑
  「その音色は裕一の心に深く響き渡ったのです」


・お話の方向性や登場人物の言動の意味(解釈)をきちんと提示する

例 おしん

「突然の圭の申し出に希望(のぞみ)は息子の真意をはかりかねていた。

圭がわけもなくそんなことを言い出すはずのないことも、父親は知っていた。」
(第1回の最後)

好いナレーションです。(奈良岡朋子)


・主人公が語る

例 ちりとてちん

主人公が、若い頃を振り返り、その時の主人公の心持ちを解説し、ときにツッコむ、
とてもよくできた、計算された設定。
だが、実は、上沼恵美子以外に誰がこの役回りを全うできるのか、という難しいポジション。


( いつか、友近さんの朝ドラナレーション、聴いてみたいですよね )


例 カーネーション

 「ちりとてちん」とは異なり、主人公自身が「今」の気持ちを現在進行形で語る。
 余りにも強い主人公をつっこむことができるのはその人自身だけ・笑
 最初から、最終回の語りを考えていたのか、どうか。


・説明だけでなく、演出の一部となっている

例 スカーレット

「大事なものを失ったのだと、思いました」(第108回)

大事な何を失ったのか、台詞でもナレーションでも説明していないが、
このナレーションは素晴らしい演出効果を出している。 


■自分の嗜好がわかる

自分はこういうのが苦手なんだなと気づくことがあります。

苦手とは、

明日が楽しみだな、という気持ちにならない展開。

私の場合、

気が病んでしまいそうなお姑の圧力(おしん)
気の荒らそうな岸和田の皆さん(スカーレット)
営業妨害しにくる反社の皆さん(おちょやん)
闇落ちした登場人物が投げる「悪意」(おかえりモネ・第76回)
徹夜の原稿がいたずらでちり紙交換へ(芋たこなんきん・第32回)
主人公の偽物(芋たこなんきん・第100回)
など


また、
私はそうでもないのですが、
いわゆる毒親表現を大変つらく感じる方がいらっしゃると思います。

しかしながら、
ひとりひとりにそういう好き嫌いがあり、
作品の良し悪しとは別と考えます。

万人にうけることが求められている、朝ドラや大河は、
大変だなと思います。

朝ドラ鑑賞法は、

自分の苦手なところは、軽く流しておいて、

私はAという登場人物が好き、
私はBとCの関係の進展が楽しみ、
とか、

それぞれの好きなところを
それぞれに十二分に楽しめばいいのでは。



■朝ドラとして選択されるテーマ、内容


主人公や内容の選択も時代の流れ、視聴者の変化などとのタイミングがあるはず。

いつか、大坂なおみをモデルにした朝ドラが作られるかもしれない、

私は、
大坂なおみの小学生時代を子役が演じる朝ドラを観ることを夢想する。

でも、今(2020年)企画しても、皆が楽しめるドラマとしては、時期尚早的な意味で成立しないと思うが、


いつか、実現するのではないか。


( ハリーベイリー リトルマーメイド )





■戦争・敗戦・国防婦人会

・戦争を描くなかでヒロインの不幸が極まっていき、
 敗戦によって底打ちする展開がよくあります。

 しかし、戦争と敗戦を
 物語展開の転換器やカタルシスの道具として使い、
 「お国に騙された」と登場人物の免罪符になったりするのも、
 危うい思いがするところではあります。

 この部分についても、
 「おしん」はよくできていると思います。

・ヒールとしての「国防婦人会」
 「婦人」であることが朝ドラ要素なのでしょう。
 女の敵は女みたいな。

 でも、夫や息子を軍にとられて、
 盲目的に戦争に協力することが生きがいになってしまった、
 とか、
 戦後、どのように変わったのか、とか、

 もう一段、深い描きかたもみてみたい。


■朝ドラ主題歌

朝ドラにおいて、主題歌、オープニング曲は、大変重要な要素です。

「おしん」は、全297回で4455分・74時間15分の大作です。

毎回、冒頭がオープニングタイトルで、テーマ曲が流れます。
約65秒間あります。月曜日は約80秒です。
毎週、405秒で6分45秒。

全体では、74時間のうち、5時間半余りはテーマ曲が占めています。

( 月曜日放送は49回(297÷6=49.5)と仮定して、
80*49+65*(297-49)=20040秒 )

( 1年間、おしんを観た人は、
  300回以上、5時間以上、ひとつの曲を聴いている、
  どんな流行歌よりも
  心に浸透したことだろう。 )

毎日、毎回聴くことに意味がある。

人生は確かに泣き笑いやなあ、と思ったり、
 (おちょやん・泣き笑いのエピソード)

「やじろべえみたいな正しさ」って何だろうと考え、
 (おかえりモネ・なないろ)

「君と私は仲良くなれるかな」と毎日問いかけられる。
 (カムカムエヴリバディ・アルデバラン)

などど、1日1回思いをはせる

・いつの間にか口ずさんでいる。

 最初に耳にしたときに「ひっかかるところのない曲だなあ」と思ったのに、
 2、3週間のちには、知らず、口ずさんでいた経験・笑

 ( 「ひとりよりふたり」Fayray (芋たこなんきん) )

  
・基本的にアバンタイトルはなく、必ず主題歌から始まるオールドスタイル

 朝の仕事をしているお母さんが、手を止めて、テレビの前に移動する時間のために、
 冒頭はオープニングタイトルから始まると、チコちゃんが言ってました・笑


・どちらかといえば例外的だが、始めて聴いたときから心に残った

 あまちゃん
 ( その冒頭のメロディは、「ドレミファソラシド」・笑 )



■ヒロインオーディション

かつては、演技経験のほとんどない人をオーディションで選ぶことがあったようですが、

おちょやん」で杉咲花が、
2種類の関西弁を自然に話すこと、
(関西喜劇人の関西弁が不自然では話にならない)
劇中劇を演じ、しかも、最初は素人からだんだん熟練していく、
などを要求されているのを見て、
要求レベルがとんでもなく高いことを感じます。

経験の浅い俳優を抜擢する場合は、
そのこと自体を活かすような設定など
必然性のある工夫がないと成立しないのでしょうね。


芳根京子が語っていました。
「『7月に体調を壊して、8月にマネージャーさんとケンカして、9月に精神が崩壊する』というジンクスがある」
 (20170721 ダウンタウンなう)


放送が始まる前に、既に精神崩壊しているという、大変さ・笑

・笠木シヅ子を演じること



・俳優として、朝ドラヒロインを演じることの素晴らしさと恐ろしさ

(イッセー尾形さんの発言)



・ヒロイン以外のキャスティングに纏わるエピソード

「あさが来た」で、ヒロインオーディション最終審査での吉岡里帆が
大森美香の印象に残り、
田村宜に配役されたとき、彼女にあてがきするために脚本を変更した。
メガネキャラも脚本家の提案。

「ひよっこ」で時子役のオーディションで伊藤沙莉を見て、
岡田惠和がその場で登場人物の追加を決めた。


■長い物語、長い撮影期間

そんなに重要なシーン、台詞がなくとも、長く画面に登場していた人物がここぞというところでいいシーン好い台詞を。
観るほうも長く観てきたからこそ深く感じ取れる。

 おちょやん 第98回の石田香里(松本妃代)


また、いい演技、いいやりとりが、

長くいっしょに撮影してきた演者同士の関係性から醸し出されているのではと思うことがあります。

長い物語のなかで、脇役も成長する。

例としては、「芋たこなんきん」の晴子



■ごほうび回

神回」という言い方よりも、

Twitterで時折見かける、「ご褒美回」という言い方が好い。

1回15分の朝ドラならではで、

1クールのドラマや1回45分の大河では馴染まない言葉遣い。


長い物語の蓄積から感じ取れた感動を

長い期間、毎日、物語を観届けてきた自分に

作品がごほうびをくれたと表現すること。


( 裏返すと、
  作り手が自ら「神回」と口にしたり、
  視聴者が「神回」と崇めることに
  違和感を覚えることがあります )



■朝ドラから学べば好い生活を送ることができる


道徳臭いことを言ってしまいますが、大真面目。

長い長い物語の蓄積が台詞の持つ意味をさらに光らせる。


( 字にするとありきたりなもの言いだとしても、
  2時間の映画やドラマでは出ない説得力が
  朝ドラでは生まれることがあるように思うのです )


・決して人を恨んだり憎んだり傷つけたりしてはいけないぞ (おしん)

・砥いで出てくるのは塗り重ねたもんだけや (ちりとてちん)

・辛気臭いのは寿命を縮める (カーネーション)

・開発やら技術なんちゅうもんの裏には良心が貼りついてて欲しいと思うんや(ごちそうさん)

・誰かに助けてもらったら、
 誰かを助ければいい。
 それでいいんだよ。
 人を救うのは人だよ。
 みんながそうすりゃ、
 世界はきれいに回ってくよ。(ひよっこ)

・先生に礼、お互いに礼、ありがとうございました (スカーレット)

・いつもと変わらない1日は特別な1日(スカーレット)

・明日も、きっと、晴やなあ (おちょやん)

・生きてきて、何もなかった人なんて、いないでしょ。何かしらの痛みはあるでしょ(おかえりモネ)

・ひなたの道を歩けば、きっと人生は輝くよ (カムカムエヴリバディ)


確かに、スカーレットの主人公は草間流の教えから外れることがなかった。


小さいことの揚げ足をとることに拘ったり、

自分と違う考えの人と言い争ったりしてる場合ではない・笑

朝ドラを題材に、

批判や論争に夢中になるなど、

朝ドラ鑑賞に膨大な時間を費やして、いったい何を学んだんや、という話・笑


(草間流柔道の教え)

人の心を動かすのは作品じゃない、人の心だよ
作った人の心が作品を通してこちらの心を動かす
ひどかったのは君だ
ああいう態度はいけないよ
一生懸命作った人に失礼だ
(スカーレット第4回)

僕が君たちに教えたいのは勝った負けたではありません
本当のたくましさとは何か
本当の優しさとは何か
本当に強い人間とはどういう人間か
そして、
人を敬うことの大切さを学んでほしい
(スカーレット第8回)

先生に礼、お互いに礼、ありがとうございました。
(スカーレット第30回)




■皆で観る朝ドラ



■朝ドラうけ「朝ドラと朝ドラ受けは平和の証」

「受け」とは、皆が同時に観ていて、放送直後にリアルタイムで反応する、
という大前提があります。







2022年4月頃から、NHKニュースの冒頭はいきなりアナウンサーを映さず、
短いカットが最初に入るようになりました。
直前の番組からのつながりを絶ち、
独立性・客観性を保つ効果を求めているのかもしれません。


・いろんな受け

一番凄いのは、カムカムエヴリバディ・第19回(20211125木)

 視聴者と同じく、番組冒頭から、本気に涙して立ち往生する鈴木奈穂子アナウンサー、
 (「だめだ、もう」とNHKアナウンサーが職務放棄状態・笑
   だけど、このときの視聴者の気持ちを奇しくも代弁しているともいえる。)
 その放送事故寸前状態をそらすために、
 アドリブのボケをいれ、鈴木アナを泣き笑いさせ、状況を緩和させる大吉師匠、
(それでも「どうしよう、これ...」と鈴木アナお手上げ状態、
 泣きべそ顔で華丸師匠を見る)
 華丸師匠は、当日ゲストのIKKOさんにつなげるフリをなんとか入れる。
 状況を理解しているのかどうか不明だが、持ちネタで明るく締めるIKKOさん。
 (IKKOさんは(いきなり何言うのよ)という感じで直前「はっ」と笑っている)
 文字通り胸をなでおろす大吉師匠「マボロシの方がいてくれてよかったー」・笑

朝ドラの物語展開の衝撃が強すぎたところ、
視聴者が、
「朝ドラの受けがあってよかったー(涙笑)」となった。

放送する側が視聴する側の気持ちを「受けとめて」同じ気持ちになって、

ドラマを前向きに味わい、消化することを手伝ってくれている。



実は、同じようなことを、ひとりで、つけまつげを使ってやってみせた、
ミラクル有働由美子アナ最強説・笑。(20151027火、あさが来た・第26回)









「今日のあさイチは収録でお送りします(朝ドラの"受け"はありません)」のテロップ






・坂下千里子氏泣いてしまいメイク直しが発生、番組冒頭に朝ドラ受けできず。

 華丸師匠「(ドラマではなく)坂下さんにもらい泣きしましたよ」
                 (20210303・水曜日、おちょやん 第63回)





一方、思い入れの低さも極まった例
「まっ、我々が口だすことじゃないですもんね」(20220714華丸師匠 ちむどんどん第69回)




ーーーーーーーーーーーー


しかし、どんなに凄くても、逆に、つまらなくても、興味が湧いてなくても、

愛あるコメントをしてみせるのが、究極の朝ドラ受け道で、

それは滅茶苦茶難易度が高いものなのかもしれない・笑

華丸師匠「これ受けれたら、もうホント「受ける力」っていう本だせる」
              (20210420・火曜・「おちょやん」第97回)



■朝ドラ受けの起源


2008年3月28日「ちりとてちん」第150回放送直後のニュース冒頭の
森本健成アナの一言が始まりと言われているが、

週刊文春2008年5月22日号の「ホリイのずんずん調査」では、
「ちりとてちん」の話が進むにつれて
ニュースの第一声までの間が長くなっていった森本アナ、
間は常に一定だが、
ドラマの内容に寄り添った表情をしている(ように思われる)登坂アナ、
という考察がなされている。

「ちりとてちん」放送時に、
放送直後のアナウンサーの様子が一部に話題になっていたことは確か。

堀井憲一郎氏は、昭和の終わりから「NHK連ドラ直後のアナウンサーをずっと観察している。」と述べており、もっと前の作品のネタもお持ちかもしれない。

( 屈指の名作となった朝ドラ『おちょやん』の山場を13時ニュース三條アナ視線で振り返る
   https://news.yahoo.co.jp/byline/horiikenichiro/20210514-00237910 )



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2022年07月18日

#わたしを作ったとり・みきマンガ5冊






しれっと6作品にしてあるが・笑、

( 作者は多くの人がこういう反応をするとあまり予測していなかったのかもしれないが、)

作者に自分の発言を見てもらえるなんて、めったにない機会。有難い。


作者に「いいね」をつけていただきました。素直に嬉しい(20220722)


・クルクルくりん

 絵柄が大好きだった。

 こういうことは理屈でなく、確かに自分自身の真実の感想。


・吉田さん危機一発

 本屋さんの立ち読みとか、電車の中とか、
 周りの目があるのに、
 声を出して笑うことを止めることができない。

 そんな経験をした一冊。(もうひとつは、「マカロニほうれん荘」)

 それがギャグマンガの威力。素晴らしい読書体験。

 10年たって、再読したとき、その体験は再現されなかった。

 それがギャグマンガの恐ろしさ。

・カットバック

 作品の感想からははずれるが、

 自分の好きな漫画家が自分が好きな映画監督の作品に夢中になり、

 その影響を受けている作品を読むことができたことが、

 とても貴重な好い経験。


・てりぶる少年団

 メジャー少年誌の連載開始に喜び、

 期待したとおりの内容だった。

 なぜ打ち切り?になる・笑

( ↓作者の評価 )










めんどくさくてごめんなさい・笑









・作者にリツイートしていただいた。素直に嬉しい。(20221028 今期2回目・笑)

その時の「世情の影」を描いて、怪談になっていると、感じました。

(たとえば、
 明かりの足りないコインランドリーの洗濯機のふたを開けるときに、
 ぞわっと感じるもの)

時を経ても、時代を映して伝え続ける作品になっていると。

今、コロナという歴史に残る時期でありながら、
同じような「ホラー」を個人的にはあまり目にしていないな、と思いました。

進行中の出来事だからなのか、あの頃とは、何かが違うのか。

( あるいは、
  Twitterなどで「リアル」なこととして、今、語られていることが、
  後の世では「ホラー」なこととして捉えられるのかも。
  今、明治時代の本当の新聞記事を「ホラー」な文脈で読むことがあるように )

作家か、読み手か、どちらかの問題なのか。











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2022年07月15日

【マンガ】 ベルサイユのばら 1973年



「基本的人権の尊重」を最初に学んだのは、

小学生のとき読んだ「ベルサイユのばら」の、

オスカルが語る言葉から。


という、個人的な精神史でとても重要なことの覚書。





( オスカルになりたい、と
  サファイア(リボンの騎士)になりたい、
  は同じなのか違うのか )



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【ドラマ】 星新一の不思議な不思議な短編ドラマ 2022年



星新一作品を原作としたNHKのドラマ

ホームページでは、

「あの時の”未来”を生きる私たちへ」
という副題がついている。

確かに、
60年も前に執筆された近未来表現を
今どのように映像化するのかという論点。

ただ、表現の仕方が変わっても、
作品の主張したい趣旨自体はほぼそのままに通用しているところが
大変に興味深い

いくつかの原作は15分のドラマにするには少し短く、
作り手がどんな要素を加えるかがポイントになっている場合もあるようだ。

いくつかの作品では、
原作を超えた素晴らしさや
映像ならではの説得力を感じました。

また、原作との比較により、
原作が、表立って何かをことさらに主張するようにみえないように
意識して作られていると感じさせられました。


■生活維持省

このシチュエーションの何をブラックととるかの解釈が重要だと思う。
・この世界のルール?、人々の態度?、主人公の真意?

本作とマンガ「イキガミ」では主張したいところは必ずしも同じではないと思う。


■見失った表情

顔の造形と表情は別という
着眼点が原作の凄さだと思う。

( 美容整形への皮肉が根本なのか、どうか)


綺麗なだけじゃだめなの、
誰かに肯定されたい、
と思い詰めている主人公

コンタクトレンズによる機械操作、
( 登場人物の意思の視覚化 )
ワイヤレスイヤホンによる音楽、
( 当事者同士だけが共有している音楽 )
自分の顔を確認するとき鏡ではなくスマホのカメラ、
原作(初出1961年)にない機械を上手に小道具にして、

原作では「泣き方」なんだけど、
本作では「笑い方」が
生身の俳優さんの演技でとても魅力的だった。

(小説では「泣き方」で、映像では「笑い方」になるところが興味ぶかい。
 物語が動く因果もあちこち異なっている。)

石橋静河さんの最後の方のお芝居は個人的には初めて観た思いで、
相当に惹きつけられました。

・顔の造形や表情だけでなく、
 身体の動作・踊り、好きなもの(音楽)とか、
 その人らしいもので分かり合える。


脚本・演出 菅井祐介


■白い服の男

「戦争」とは、行動や主義ではなく、一種の「心持ち」なのかも、
とは、原作を読んで思ったことですが、
本作でも同じことを感じました。

「〇〇こそ唯一絶対の道なのだ」

原作(初出1968年)では、
「私」が署長で「白い服の男」で、
文字により、白、青、ハトなどで伝えようとしていることがあり、
「私」のモノローグで話が進むことに対し、

本作が映像・音楽・音でどのように観せようとしているかの相違が興味深い。


( 「最後の銃弾は誰が誰を撃ったのか」
  「星新一はベトナム戦争中に平和主義をあてこすっている」
   などの呟きを目にしました。 )


本作では、
2022年に創る意味、
現在、2022年に我々の周りで起こっていることに繋がる描写が
何か含まれていればよいのかもしれません。


■ものぐさ太郎


初出1970年で、星新一はオレオレ詐欺を予言している?

もしくは、電話(やメールなど)の利器をものぐさと皮肉っている?



■夜と酒と

彼は「好ましくない循環に巻き込まれた」のか、
自分からその流れに進んでいるのか。


( きつねどん兵衛を部屋で食べてると可愛いどんぎつねさんが相手してくれるのも
  ホントはヤバイ話なのか?・笑 )



■ずれ

原作(初出1960年)とは語る順番が違うというか、
本作では映像作品におけるカットバックの面白さになっていて、
映像化するともっと面白くできる可能性がある原作なのだなと承知しました。

原作をもとに、絵コンテを切ってみなさい、みたいな課題制作ができるのかも。

もしかしたら、若い人は、何故、シューター・サービスという名前なのか、

ぴんとこないのではないか。

今なら、何と名付けるべきなのか、ええと、ええと、

まずは君が落ちつけ

( 国会議事堂では、現在でも現役のメールシューターがある )



■もてなし

わざわざ、中村優子さんが出張ってきてるから、
残念ながら、マジもん・笑

( 浅野和之さんの独特な悪魔感・笑、
  いや、お話次第で、
  ちんぴらにも俗物にも何にでも見える、
  格別な演技 )

宗教とは何か、

見返りを期待する「徳」に隠れる醜怪。


( 宗教について、考えさせられているときでした。
  20220708 安倍晋三銃撃事件  
  20220719 放送 )

( 個人的には、
  文章である原作よりも、
  映像・演技により、いろいろなことを受取れるものになっていると
  感じました。
  宗教やカルトを論じるときに、
  このドラマを観てから話し合うといい。 )


■鍵


この寓話が示すものは何だろう。

映像のほうが、情緒に訴えてくる力が強いことが印象的。


ーーー


おそらく、原作のとおり映像化すると、

その状況は変だと観る人は思うだろう。

本作の示しているものが、
(「夢のない男」のお話」)

原作と意図と同じであるなら、

とても上手に修正して映像化している。


原作は、

もっと複合的にいろんな寓意を含ませているようにも思う。

1967年初出の短編が、何十年も嚙み締め続けることのできる内容を含んでいることに驚嘆する。

(子供の頃、読んでも、そこまでくみ取れなかったけれど)




ーーー

夢、目的、探してもみつからない

目的と手段

道端で拾うもの
人生に携えるもの

答えを探す行為

答えを作ってしまう行為。

その鍵を用いる方法。


■買収に応じます

数年前にLIFE!で観た。(嘘)

毎年お金を払い続けると、
永遠に生きていくことができるのだろうか・笑

原作は、小噺に近いような短編なので、
そこに何を加えるかで、
受け取るものは変わってくると思う。

本作では、「つもり預金」を持ってきているので、
やりたいことをやらないことでお金に換え、
それを寿命に代えることの意味を描いているのかとも思いきや、
それで地球温暖化防止に役立っているのなら、
それでいいようにも思う・笑。





・ホシヅル図書館
 https://www.hoshishinichi.com/list/


posted by inatt at 13:50| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする