2022年09月30日

2022年7月から9月までの呟きの記録






・チコちゃんに叱られる!批判





・防災無線のチャイム(「街頭時報」)は何のため?NHK番組『チコちゃんに叱られる』の誤謬を指摘する。
  https://aqbar.hatenablog.com/entry/2022/07/17/135338
 冒頭の、「チコちゃん」番組を筆者が嫌う理由がわかりやすかったです。

( 乱暴に一言で言うと、
  「ぼーっと生きてんじゃねーよ」はパワハラだ、という意見だと思います)

 バラエティ番組に対し、そこまで堅苦しく言うなという再反論もありうるでしょう。

 しかし、指摘されていることは、

 マスメディアコンテンツを作成する人たちが気を付けること

 マスメディアコンテンツを受け止めるリテラシーとして、
 バラエティ番組に限らず、どんな番組においても、
 視聴者が意識して気を付けておくべきこととして、
 参考になる文章だと思いました。 















このアナウンスの是非はいったんおいて、
このようなアナウンスをわざわざするほど、
実例が起こっているだなと思った。

( 駅員の仕事を余計に増やすほどには
  発生していることが
  このアナウンスの背景にあるのだと思う )



権力者だからこそそうなのだ、という、
歴史の経緯や学びからきているものについて、あらためて気づかさせた。

論点は、偉大な首相だから当然なのだ、ということや
賛成している人の人数・割合ではないのだ。



歴史とは常に両面があるものだと思う。


・京王百貨店新宿の北海道展

定番の海鮮弁当のウニはチリ産でカニ肉も輸入品とのことで驚いた。(20220906WBS)
インフレや円安の影響を受けているという。
物流、素材の高騰(特に海産物)酪農家が使う飼料
飼料に頼らず、牧草地だけで1頭の牛を育てるのには1ヘクタール必要







She's like me.



子供の描いたイメージを整えるとこんな感じ?
プロのデザイナーの仕事はその先にあると思うが、
現在のAIのレベルとはそういうことか、
または、
時が経てば、人間の技術を超えてくるのか。

( 20240330追記
  DALLEに「1974年に日本で日本語の書籍として出版された「特撮ヒーロー大全集」の表紙」
  と投げたら、こんな感じ。中国っぽいのが気になる感じ
  
1974年に日本で日本語の書籍として出版された「特撮ヒーロー大全集」の表紙
  




(オリバーな犬、ドラマそのものの感想としては、
 あまり自分は好きになれなかった。
 昨今のドラマ作りがいろいろ窮屈なところがあることについての、
 反発が主になっているような気がしたところ。)





「悦子おばあちゃんへ
 おばあちゃんありがとう
 また生まれ変わっても
 お会いしたい
 氷川きよし」
















プーチン大統領が予備役を部分的動員を表明と報道された後、
ロシアのGoogle検索で「腕の骨の折り方」が急上昇中らしい
という呟きを目にして、
「なるほど、さもありなん」

「いやいや、これは本当なのか?」

両方の考えが浮かび、
とりあえず、「いいね」などはせず、
信頼できるメディア情報を待とう、と思う。

( たとえば、そういうことがあるらしい、
  という噂が流れるだけで、
  検索数は増えると思う )

それが、この2年間くらいの学びであり、
リテラシーの変化である・笑

結局、情報収集力・検証力のある、中立・健全な報道機関と
それを担保・牽制するものの存在は、
とても重要であると、
一周回ったような結論になっている。















posted by inatt at 23:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【ドラマ】 あなたのブツが、ここに 2022年



一個一個が切実なんや





NHKの夜ドラ枠で放送されたドラマ


■毎日やんねん


コロナ禍を生きていく人たちが描かれたドラマでした。

主人公だけでなく、
遠景に2度だけ映る女性落語家のお母さんまで、
コロナ禍のもと日々を生きていく人たちを
平等に描いているドラマだった。


( 菅原榊原(平埜生成)もサバイブしていくだろうし、
  きっと、キャバクラの男衆もなんとかできているのだろう。

  ひとり、そうでない運命をたどった登場人物がいたのは残念でした。 )



■夜ドラ


朝ドラとフォーマットが似ているようでいて、
作り手は朝ドラではできないものを
意識しているように思いました。


制作統括・プロデューサー・演出(盆子原誠、梛川善郎、佐原裕貴)が
おちょやんを担当した方たちのようです。

本作の主人公は、

むせび泣く姿を他人には見せない。

収入が激減したときに、
すぐに家賃の安いところへの転居を考え、
( 口座の暗証番号を他人に教えたのは馬鹿だったが)
手元の金を失ったとき、
借金は考えず、
子供の定期預金には手を付けず、
いさぎよく、親元に戻ることを選択する。

また、部活のソフトボールのキャッチャーで、
ぼろ負け試合でも懸命に声を出し続ける短いシーンが、
「負け犬」人生を表現してました。

「バレただけちゃう、うちらがもともと何様でもないということが」


・苗字がヤマサキなら、娘にサキという名はつけない


・人の事情に頭をつっこむ主人公属性の他に自省する特徴がある
 また、
 誰もが心の中で何かつぶやいている

 配達先の出来事、主人公のモノローグ、娘のモノローグと移り変わっていく(第10回)

 過去の男の回想、主人公のモノローグ、母のモノローグと移り変わっていく(第15回)






■バカサバイバーのエンドクレジット


自分はこのドラマのエンディングのようなのが好きなんだな、
と思いました。

( 過去の似た事例は、女王の教室逃げ恥 )
  




月曜日に入れるやり方のようです。



・女王の教室では、陰鬱な展開による気分をいったん晴らす目的か、天海祐希たちが踊る明るいエンディングになっていたことや、かつての「よるドラ」枠のニコニコ日記などで、エンディングの島谷ひとみ版の「元気を出して」に助けられていたことを思い出した。

( 朝ドラはオープニングに曲が入り、
  かつての「よるドラ」はエンディングに曲が入る )

ただ、本作では、毎回の終わりが、せつないような余韻が残るものが多く、
朝ドラではやらないような締めくくり方を選択しているように思われる。


■マスクから鼻が出る登場人物たち

撮影上の技術的なことなのかもしれませんが、
そのときの台詞や心情をどのように伝えるか、
どんなマスクをして、どこまで顔を見せるか、
細かく演出しているようにも思えます。

ただ、2年前くらいと違って、マスクから鼻を出している人の意味あいが
変わってきているような気がします。

それは無神経を示しているのか、
( cf. 「俺の家の話」一部の例外を除き、みんなちゃんとマスクしてる )

そんなこと構ってられへんことを指すのか

( 主役に関しては、
  鼻が見える表情で撮りたいという演出意図のように思います )



・いろんなマスクが登場する(四角い布のマスク)

普段はウレタンマスクでも、
お葬式のときは、白の不織布マスク。

ウレタンマスクの色にも個性が反映している。

東京オリンピックの頃は、亜子も不織布マスクに。



マスクにまつわることで人を非難する行為、いじめる行為、

悪人だからそんなことをしたんだというわけでもないふるまいが、

現実でも見た、他人事でない怖い描写だと思う。


( おじいさんの心のうちや
  男の子が頭の中で起こしたロジックと
  その材料となっている彼らが自らの周辺で見聞きしたこと )


そして、突然に他人を非難する恐ろしくもどこにでもいる人が

しているマスクの特徴が大変に印象的でした。

私は、何年も、四角い布のマスクをした人を街で見たことはない。
しかし、ドラマのとある場面で、
誰もが知っているそのマスクをした人が登場したとき、
それが特別な「雰囲気・意味」を纏っていると感じた。


( このエピソードに通じる、
  コロナの時代に、経験したこと、感じたことは、
  コロナが過去のものになったら、
  知らない人はもはや正確には理解できないものなのかもしれない。
  当事者だって、1、2年前のことすら、
  ドラマが掘り起こしてこなかったら、
  忘れていってしまうものなのだ。
  この嫌な想いや経験を
  いつかあからさまに詳らかに言葉にしておく必要があるのだろうか。
  それは自分の中の嫌なものも見つめることであって、
  今の私にとって、まだ、やりたくないことだ。
  だからこそ、このドラマを観ているのかもしれない。 )






・「xxさんのマスクしてない顔、初めて見たわ」って言われたことある。

・街で知らない人から、すれ違いざまに、吃驚するようなこと言われたことは、コロナになってから、いくつかあった。





■さりげなくもしみじみと感じ取ることができる

第13回、電話の声だけで伝わるところ、

閉まったままの店の前に佇む3人の男の俯瞰のごく短いカットが挟まる

俯瞰だから厳密にはそれが誰かも確かではないが、

その画から伝わり感じるもの。


第14回、間違いの「数」ではないと思うが、

その運命を分けているものは何なのか。



毎田暖乃


全然違う演技を作品ごとに見せる小学生・驚

・過去の時代の物語として作られたキャラクターを二役(おちょやん)

・誰もやったことのない設定の小学生(妻、小学生になる。)

・現代の普通の平凡な小学生(あなたのブツが、ここに)


現代を描いた本作の特徴の少ない平凡が特徴の役柄こそ、非常に難しいのでないかと思うが、
そういうことを感じ取らせない演技。







ASHITA - 森優太, Katie Dwyer, 榎木にれ & Sarah Yamada
[iTunes]ASHITA - 森優太, Katie Dwyer, 榎木にれ & Sarah Yamada








■諸々



・マルカ運輸

最終回で、お好み焼いてた休憩場所、あそこ、ええなあ。

( クリエイティブセンター大阪 )











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2022年09月27日

「私の中の二十五年」 三島由紀夫 「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。」



初出は昭和45年7月7日産経新聞夕刊に掲載されたという随想を「終わり方の美学」(徳間文庫カレッジ)で読んだ。

小文は、以下のように締めくくられている。

「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。」

私がものごころが付いたのは、三島由紀夫がこのようなことを考え、同じ年の11月に世を去ったあとであり、そういうことを知らぬまま、50年以上を生きてから、2020年の秋にこの文章を初めて目にした。

私には、この文章が令和の今の日本を予言したもののように思えた。

三島は1945年から25年を経て、ひとつの感慨をもった。
昭和は戦後だけで40年余り、平成は30年余り、
それらの年月があれば、三島でなくても、
ひとつの感慨を持つには十分な時間かもしれない。

三島は、1945年時点で「戦後民主主義とそこから生ずる偽善というおそるべきバチルス」を憎んだと言っている。(ここでいう「バチルス」の表すものを私は正確に捉えることができない)
そして、戦後12年間はそれに抵抗するのに冷笑でしかできず、そののちに、「自分の冷笑・自分のシニシズムに対してこそ戦わなければならない、と感じるようになった。」と記している。

25年間に三島が行動したことについて、自らが記していることは、何やら言い訳めいて聞こえるところもあるが、それはそのまま私自身の50年間に討ち返してくるものでもある。

これからの「時代」「社会」でどのように暮らしていくか、この文章を心に置いておきたく、このエントリーを覚書することにした。





posted by inatt at 03:40| Comment(0) | 感想など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月17日

【ドラマ】 芋たこなんきん 2006年



ひとりやったら、笑われへん。そやろ?


「チ〜!」






朝ドラ史上、最も早口なヒロイン・笑


( 歳をとってから、速度が落ちる演技にも感嘆 )





2006年度下半期の朝ドラ

2022年の再放送を観ました。


長編ドラマである朝ドラでは
途中中だるみを感じることもままあるのですが、

ヒロインの撮影期間に制約がありながら、
全151回、
毎週毎週楽しめた傑作でした。





◇第6週 「思いやる心」

この週にいくつの「思いやる心」が描かれたか。
常に多層的に出来事が走っていくのが好いです。

本作の週の題名は、脚本(長川千佳子)検討から決められているのか、
大変興味深いです。


■第35回

https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2022125350SA000/




ヌイさん(西岡慶子)のところに2度訪問する。

1度目のとき、徳永の目線で、ふたつの位牌、ひとつの遺影、「サクラ式ドロップス」が写る
2度目は、町子の視線で、小さいほうの位牌の全体が写る。

「ちいちゃい時な、空襲で、家も写真も全部灰になってしまいましてん」

( 言わずもがなですが、家・写真以外に灰になったちいちゃいもの )

( 「おちょやん」以来、位牌の戒名をしっかり観るようになった。 )



◇第7週 「おくりもの!?」

■第38回

「大阪は よいところなり 橋の雨」
「法善寺 芝居のような 雪が降り」

( 岸本水府 )


■第42回

石のおくりもの、
「ふふふ、あの子らしいわ」

「午後になったら空港取りにきはんねんけどあと2割なんとか頑張らなあかんねんけどねえ、わたしいまできるかどうか心配で胸どきどきどきどきしてんねんどないしよ健次郎さん」(80文字)


矢木沢さんは、
分かってて、日曜日に顔を出したのか、どうか。


■第47回



■第48回

予想もしなかった人からの「おおきに」やった。


( 治療費の前に時計を。
  隆とのやりとりを他の家族は見ていないし、
  時計のことを知った母の様子などは
  視聴者が頭の中で想像するのも良きこと。)


( 「ニコニコ日記」第27回(2003年放送)を思い出しました。 
    http://inatt.tokyo/article/398821536.html )


■第57回

束脩(そくしゅう)とは、入学・入門の際に弟子・生徒が師匠に対して納めた金銭や飲食物のこと


■第59回

いつ死ぬかわからない、
象、ライオンの写真を撮った、
ほんまのとこ、小説家になりたかった少年。


◇第11週 「おとうちゃん」

■第61回

町子は戦争中の少女時代の体験を昭和42年12月に執筆している。



■第65回

登場人物の著作物の内容を、
視聴者が2週間かけてまるまる体験済みという仕掛けが素晴らしいと
思いました。


■第69回

きずつない【気術無】  気苦労だ。 気づまりだ。 また、心苦しい。 恐縮だ。


■第72回

いくつかの朝ドラから、
ぬか床の重要性を学ぶ私・笑

アムールのママ(三島ゆり子)も、
しっかり物語に交わってくるところが好い。

一方、
家族の外から来て語る人の必要性(ツネさん・石井トミコ

最後まで、自分のことを、なんていうかな、
うん、せんば。
しなければいけないことは、せんば、うん、
まあ、終わるんなら終わるで、ちゃんと整理ばして、
で、伝えることはちゃんと伝えて、
そうせんば、
この歳まで生きてきた値打ちがないもんね
うん、こん人に教えてもらったわけよ

利子はちゃんと置いていけるんやね、こっちの世界に

( なんばさつま、薩摩芋の難波煮、葱と一緒に煮るのが難波煮?、難波葱 )


■第77回

昭和43年の正月
(楽天乙女の執筆、出版を考慮すると矛盾も感じますが)


■第78回

素晴らしいお正月エピソード。

「猥褻」「痴呆」をもってきたので、

一休宗純の「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」
が頭をよぎりもしましたが、

本回は、そういうことでなく、
大阪の
人の距離が近い、
生命力の強い生活が描かれたのかなと思いました。


■第79回

やむを得ず、残念なことですが、ヌイさんなし。

( でも、ヌイさんのお正月に思いを馳せました )


■第81回

めちゃめちゃワロタ。

「〇〇のチャンピオン」って大阪らしい言い方?

アオフ ヴィーザーゼーエン、ウィーンの言葉でねえ、どういう意味だろうねえ」


■第84回

法名 釋浄喜

私があなたに惚れたのは
ちょうど十九の春でした
今さら離縁と言うならば
もとの十九にしておくれ

もとの十九にするならば
庭の枯木を見てごらん
枯木に花が咲いたなら
十九にするのもやすけれど

十九の春


喜八郎じいちゃんの長男の昭一への想いが明らかになると、
今までのふたりの描写、
喜八郎の、病院の金を勝手に使うところ、
昭一の、金にだらしなくカッコつけなところなどが、
ふたりが確かに親子であると思われて、
(「面倒見がようて、おおらかで、気前がようて、面白うて」)
そんなことも含めて、何か、温かい感情が込み上げた。


■第85回

「奄美想いて」という週の題名が、

月曜日は月曜日のお話なりに、
土曜日は週のお話のすべてをふまえて、

物語の趣を語っていることに感嘆します。


このような題名をつけることは意外に難しく、

物語の導入、または、物語の決着、
どちらかに偏った表現にならざるをえないことが多く、

この朝ドラの週題名のつけかたはとても秀逸です。


■第86回

1970年の春

同じドラマのなかで描かれたので、
軍国少女になることと、
反戦運動や反戦フォークに夢中になることは、
違うことか同じことか、どうか、などと思った。

ふたつのテーブルを並べていた茶の間がテーブルひとつになっている。


■第88回

万博に何度も出掛けている感じ、
相応に豊かな家庭だと思う。

( 今なら、
  間を空けず、ディズニーランドに頻繫に出かける感じ? )


    

■第91回

「千春ちゃんはきっと、他の子よりちょっと、はよう大人にならなあかんかったんやろね」
「誰にでもね、そんな時期は必ずくるの。そやから、焦らんでええのんよ」

町子にとって「そんな時期」はいつだったのかに思いをはせる。


今週の健次郎、
「あかん」とはっきり言う。相手の意見は聞いていない。
学校から呼び出されても、本人の責任といい、出かけない。
由利子が広島へ行くか否か、本人に任せ、自らはたこ芳へ。


■第99回

純子さん「うお〜っ」


■第101回



◇第19週 「カーテンコール」

水曜日くらいから、「カーテンコール」とはどういうことやろ、と心配になってきた・笑。


■第108回

弱っていることを決して見せない畑山さん(平泉成)かっこいいですね。


◇第20週 「ここに花咲く」

先週と同じく、水曜日にどうやら今週の材料が出揃って、「ここに花咲く」とはどういうことやろと思いを馳せる。


■第113回

3号輸液とは


■第115回
 
 観る人を幸せな気持ちにさせる土曜日。

 おばちゃん、私、才能あるやろか。

 ごはん食べんのも忘れるぐらい、
 由利子ちゃん、夢中になってたんやね。
 よかったね。あんた、ええもん見つけたんやね。


( Twitterで、
  前週、笑楽亭米春の病状を町子と共有しない筋書きを評価し、
  前回、健次郎が飲酒状態で治療しない描写を褒めても、
  今回、患者の個人情報を町子に漏らしたことについては
  誰も非難しないのが印象的だった。
  再放送時、同時期に放送されていたちむどんどんは、
  大小さまざまなことについて指摘を受けていたので、
  対照的なことだった。 )


■第116回

こんなん野暮ったい
でも、世の中こんなに進んでもマスクだけは相変わらず野暮ったいですね
医療器具におしゃれはいりません
(亜紀ちゃんの自意識表出の描写ですけど)

石橋蓮司が醸し出すうさん臭さ・笑


■第119回

うさん臭さは私の先入観でした・反省・笑


■第120回

「あっちもこっちも、私の人生です」


■第129回


町子と健次郎の会話のスピードが変わっているところ、
俳優さんの演技に感心しました。


■第132回

「ねばならぬ」は、ヤボやで。

藤山直美さんの表情の演技が好かった。
アップで映る映像作品ならではの希少価値があったと思いますが。

由利子役の邑野みあさんの演技も放送時二十歳そこそこで、高校生から既婚のキャリアウーマンまで自然に演じていて素晴らしいと思いました。


■第136回


( カメラ Rolleicord ローライコード )


■第137回

( ごえんさん 戒名・法名から徳永家は浄土真宗のようだと思いました )


■第143回

アムールのママ(三島ゆり子)、久しぶりの登場、かっこいい・笑



■第150回

いささかは、苦労したとは言いたいが、
苦労が聞いたら、怒りよるやろ

かわいそに
僕はあんたの味方やで


( 75調の台詞、後者(事実)を描写するにあたり、
  あらかじめ前者の75調の台詞を置いておくのが、
  脚本の妙だと思います。 )





■アイビーお洒落なカモカのおっちゃん

・裏地がチェックの紺のジャンパー(スウィングトップジャケット)(第35回)



・膝立て



・仏像破損の真実を知ったとき、両膝を抱える(第95回)



■呟きの覚書







『田辺聖子 十八歳の日の記録』より#1
https://bunshun.jp/articles/-/50158

















・再放送されてこそ、2022年の視聴者の感覚で再評価される。幸せな巡り合わせ。

 ( 再放送が始まった頃、
   Wikipediaには、最後の3・4週分のあらすじの記載がなかった )

「1~2週間でプロットが3〜4個同時に走る構成については、実は海外ドラマからも多くを学んだという。
「『ER 緊急救命室』や『ザ・ホワイトハウス』などのドラマが好きで、当時、注目しながら観ていました。アメリカのドラマは、すでに20年以上前から主人公ひとりだけを追いかけていくのではなく、群像劇のスタイルが確立していて、尾中さんと『アーロン-ソーキンのドラマ、面白くて刺激になる』『ヒロインだけ追いかけるのはもう古くなってきている……』という話をしていて。それもあって『芋たこなんきん』では、今週のメインのプロットはこれ、サブはこれとこれ、4つ目は軽くサラッと笑いもとって、解決させて、という構成を意識的にやっていました。」

・作り手が、朝ドラの伝統的な作り方でなく、
 当時のアメリカ三大ネットワーク制作の主力ドラマに影響を受けているというのは
 興味深いことで、
 それが、2022年の朝ドラ視聴者層にも評価されるようになったということか。

 2006年当時、私個人は確かに、
 朝ドラよりもERザ・ホワイトハウス(脚本はアーロンソーキン)を
 熱心に観ていたことを思い出しました。

 ( 複数の話が並行して走るといえば、
   私の一番古い記憶は、
   「ありがとう(1970年)・石井ふく子・平岩弓枝」・笑
   なので、ホームドラマのひとつのパターンだと思っていたので、
   大好きなザ・ホワイトハウスが繋がっているとは思いませんでした。 )

( 尾中美紀子 )































・写真技師浦田役、にわつとむさんのブログ
 「今になってわかること」
   https://clue-tegakari.com/archives/20526






posted by inatt at 08:16| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月15日

【マンガ】 美味しんぼ 雁屋哲/花咲アキラ (書きかけ)



wiki

登場人物wiki

いろんな方面から毀誉褒貶のある本作ですが、

若い頃、いろんな「食の知識」を教えてもらいましたし、

「世の中の食の常識」のうち、本作が伝播元になっていると考えられるものも多い。

また、
超長期連載であるがゆえに、
「世の中の食の常識」が時を経て変化することの証拠となっていることがある。
お話のネタが発表当時はともかく今では多くの人が知ることになっているなど。

本作がいつごろ、どのような主張をしたか、整理しておくことは、
とても意味があると思います。

本稿は、
本作で「何年頃発表されたエピソードに、このようなことが述べられている」
ということをそのまま無駄書きするものです。

「個人的な食の知識の思い出の備忘録の参考資料」のようなもので、
本作の主張の、根拠、出典、是非、正誤については、言及しません。

( マンガ史の面においては、ネットまとめ記事すらいっさいない作者(作画)にも、下世話な面も含まれてしまって申し訳ありませんが、興味があります。原作が全てで誰が描いてもヒットした、とは思えないので、客観的な批評/評価がいつか行われればよいと思います。たとえば栗田ゆうこの外見の変化とか。)

(作品が電子化されていることにより、このような記事を作りやすくなっていることも覚書)





【第2巻(1985年5月1日初版)】

■手間の価値

「この豚バラ煮込みは出来そこないだ、食べられないよ」
「この東坡肉っていうの、これはすばらしい料理だわ。「究極のメニュー」に加えたら?」



■そばツユの深味

「この野郎、窃盗犯だッ!! 雷門の「藪」の味を盗みやがったな!!」

■日本の素材

「牛肉に一番良く合うソースは醤油だと忠告してくれる人がいましてね」

■包丁の基本

東京の路上で包丁を掲げる
鯛ふじ ( 食べログ )

■幻の魚

葉山の根つきの鯖
松輪サバ





【第4巻(1985年12月1日初版)】

■直火の威力

中華料理の基本は炒め物

( 実際、炒飯が美味しい料理人のお店は、
  ぱらりもふわりもしゃきしゃきも自在で、
  その店の炒めものはどれも好いというのは
  経験的に思うこと )

■女の華

サメ皮の下ろしでわさびを下ろす

■旅先の知恵

社員旅行
筍の刺身

■酒の効用

三倍増醸 ( 三倍増醸清酒 )

「たいていの酒屋は温度管理も出来ていない所に出しっぱなしにしてある」
「海の幸に合うのは日本酒が第一です」

■食卓の広がり

「江戸前の天プラは本来ゴマ油で揚げるものなんだ」

■うどんの腰

「足で踏んだ方が、うどんに腰が出るからね」

■板前の条件

「煙草を吸うなら料理人になるのはあきらめた方がいい」

■縁日のにぎわい

「女の予想なんか信じた、自分の馬鹿さかげんが許せない!!」




【第8巻(1987年2月1日初版)】

■飲茶

「山岡くん、これは業務命令だ」
この台詞が終身雇用社会のほのぼのとしたノスタルジックを感じるものになるとは・笑

「美味しい物を食べながら政治の話をするなんて、いちばん不純でしょう。」

中国でも日本でも、
今は偉い政治家だが
実は若い頃は苦労人で意外な特技があり、
という物語がとんと作られなくなったような気がする・笑


( 今は、有能でも無能でも、

  2世で、ぼんぼん育ちというステレオタイプ・笑 )



■SALT PEANUTS



ストレイト・ノー・チェイサー - セロニアス・モンク
[iTunes]ストレイト・ノー・チェイサー - セロニアス・モンク


Salt Peanuts - チャーリー・パーカー, ディジー・ガレスピー, バド・パウエル, マックス・ローチ & チャールズ・ミンガス
[iTunes]Salt Peanuts - チャーリー・パーカー, ディジー・ガレスピー, バド・パウエル, マックス・ローチ & チャールズ・ミンガス


■スープと麺

「材料(料理の要素)が中国のものである以上、中国の調味料を使う」というのは、
連載時には「理屈で作ったお話」という感想を持ちました。
今は、
日本の調味料を使うか中国のそれを使うかでは、
まったく別の皿になる、というのは理解できます。
しかし、
冷やし中華が日本発祥の料理とするなら、
日本で作る材料、調味料でこそ、
本領を発揮するのではないかと思っています。

( 調味料のひとつ、ふたつを中国由来にすることが、
  味付けの肝になるということはありうると思います。 )

  



【第11巻(1987年9月1日初版)】

■お菓子と夢


「一番高いケーキは、一個千五百円します。」


■トンカツ慕情


「いいかい学生さん、
 トンカツをな、トンカツをいつでも食えるくらいになりなよ。
 それが、人間えら過ぎもしない貧乏過ぎもしない、
 ちょうどいいくらいってとこなんだ。」






【第17巻(1988年12月1日初版)】

■餃子の春

「化学調味料もかなり使っていますね」
「最近のお客さまは、化学調味料の味にならされてしまっているようだから、〜」
「その風潮を変えていかないと、日本の食文化も先がないな。」

アニメの当該エピソード回(初回放送1991年?)の再放送時に
「化学調味料」の台詞をカットしているというブログを読みました。
2008年4月の記事

ABEMAで当該回(第76話)を観ましたら、台詞はカットされていませんでした。(20220915)

うま味調味料」という言葉が何時頃どのように浸透していったのかも興味深い話題。

 



第30巻(1991年7月1日初版)

■鮭勝負!!

「平安時代の昔から、鮭は生食するものではないと言い伝えられてきている」

( ビョーン・エイリク・オルセン BjörnEirikOlsen
「1995 年にはじめてプラスチック容器に入ったノルウェーサーモンのにぎりを東京で
見たときに私たちはやっとマーケットの変化を感じました。」
サーモン寿司30周年に際してのご挨拶






【その他】

・東西新聞が築地に「東西新聞築地寮」という施設を持っていること。大企業が接待または身内の宴席のための和風のそのような施設を持っていることがよくあるという覚書。


(その他 本作で取り扱われたもの)

・いちご大福





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