2022年12月31日

2022年10月から12月までの呟きの記録










大袈裟でなく、
朝ドラの感想だって人を殺すことができるし、
冗談でなく、
朝ドラの感想からホロコーストまで、
地続きなところがあると思うことがある。



10/11 8:57の呟きに対し、
ひとつの例として、2000件以上のいいね1000件近くのリツイートがついた批判の呟きがなされた
(と私が個人的に10/12の6時過ぎに確認した)
のが、同日の22時。
翌日の11:56に謝罪ツイート

( Twitterが情報提供している、
 今日は何の日?がわかるカレンダーのことを思い出した
 数日おきにツイートしていた中の人は、
 そういうものを見て呟いたのでは。 )











クルクル回る台の上にカメラといっしょに乗って撮影している。
演説も撮影もどう見えるかということを考えている。
どちらの側でも一方的に賛美するような立場をいったん疑えという気持ちもある。

( ウクライナ政府は広告代理店のサポートを受けている 20230114NHK7時のニュース )




・根拠はないが、高度経済成長期やバブル期に
 同じようなものの言い方があったような
 気がした。(同じことではないかもしれないが)



・突然思ったことだが、
 殺伐としたTwitterでも、
 レシピとストレッチは、
 果てしない議論が発生しにくい平和なトピックかも。
 そんな分野が確かにあるなら、
 そっちにフォーカスしていきたい・笑











・電動キックボードよりこちらのほうが安全そう。







・SNSのアカウントを運用するってやっぱ大変やな。



・これから不況になる、という話と、今、(アメリカ)株投資のタイミングだ、という話の両方がある。



逆さまの画像の投稿。
わざとやっているのではないなら、
私が感じるのは、
(たとえドバイマネーがあったとしても)
孤独な独居老人のように、
Twitter投稿に関連する(ただの)操作を
サポートする人が周囲に誰もいない状況を
思わせるという点である。

( 一方、10月以降休養している中居正広氏には、
  彼が直接行動しなくても、
  彼の意思を代行して実行してくれるスタッフの存在を感じる )




なんでも突っ込む風潮に関する無駄書き。
広辞苑のアカウントの中の人に余裕とユーモアがあって好かった。

( 私もノートパソコンの台に使ったことがあります、第5版です、ごめんなさい )












うまく説明できないが、ちょっとひっかかるもの言いだと感じたので記録。
植木等にも桑田佳祐にも失礼。

時代の旬というものがあるにしても、
ひとりひとりが心にもつ、その人にとってのヒーローは永遠だと思う。

また、それら、他人の心に持つものへのシンパシーの気持ちも大事









・「なんにだってなれるよ、あなたなら」と言われた人の話と
 歌手になるって言ったら同級生にも先生にも笑われた人の話を
 同じ日に見た。



・具体的に確認したわけではないが、最近、タイムラインが、フォロワーの呟きよりも、フォロワーのいいねなどからのレコメンドのほうが多くを占めているようになっているような気がする。また、検索も検索ワード以外の呟きを(レコメンドとして)結果に出しているような気がする。20221202


・ChatGPT・OpenAI





 その後、間違ったいい加減な回答を
 さも本当ぽく語る例も見ました。
 人間っぽい・笑。







この20年間でどれだけ日本の食料品が「小さく・少なく」なっていったか、
定量的にまとめたものがみてみたい。
立派な「歴史学」「経済学」だと思う。

個人的には、
コロナ後、コンビニにあまり行っていなかったので、
最近思ったのだが、
この3年間で、
おにぎりもサンドイッチも小さくなったと感じている。

または、
大きさや質量でなんとかしようとしているうちは、
まだましで、
平気で質を落とすようなことが
あからさまに起こるようになり、
昔はよかったと言うようになるのか。

20230106・企業もいろいろ考えているようだと勉強した

20230105 19時のLINE NEWSから引用
「実際のところ、重さは変わっていないのか。山崎製パンの広報IRの担当者に聞いてみました。
「個数は5個から4個に数は減りましたが、1個あたりの満足感をアップするため、生地と中の具材(あんこなど)のボリュームを1割程度増やしました」(担当者)
 1個あたりのボリュームが増えていたのは間違いないようです。それでは、パッケージ全体の重量も変わっていないのでしょうか。
 「確かに1個あたりの重さは増えましたが、数字で言えば1割ほど。パッケージ全体でみれば、5個から4個に減らしたことで、総重量は1割減となっています」(同)
 やはりコスト削減のため、全体の重量は減らさざるを得なかったというのが実情でした。」

ーーー

「コスト削減のために重量を減らしました」という単純な結論ではなく、高い材料の使用量を減らす?(小麦粉を減らす?)、1個あたりの満足感を落とさない、制作工程や梱包コストや、多方面から検討しているようだと承知しました。




 年明け、「戦場のメリークリスマス」を映画館に観にいきたいと考えている。



20221208・シスコーン.jpg




・「#高市早苗さんを総理大臣に」というハッシュタグがトレンドに出ていました。
 このようなものに、是でも非でも反射的に反応する必要はない、
 というのがここ数年で学んだこと。









・金融リテラシー、金融教育の重要性に注目している
 終身雇用でなくなった社会で長期資産形成はとても重要
 貯蓄率の高さから積みあがった資産が
 なし崩し的になくなる前に、
 それを上手に活用する国、国民になるには。



・税金のかからない資産を一気に貯める
・その資産が非課税の配当を出し続ける
・成長銘柄・グロース銘柄でなく「習慣性の高い米国株」ペプシコやフィリップ・モリス
( 無税のところにお金を集めて、
  それから資産課税される悪夢もありえるけど、
  無税のときにそれを活用し尽くすことはとても重要 )



















・番組の中では、いっさい深掘りしていませんが、
 冒頭で、タモリが終戦の日の1週間後生まれであることを紹介し、
 その人が番組の最後に当該発言をしたのは、
 1ミリ、意図的なものかもとも思いましたが、
 それはさておき、

 この何十年か、あまり経験してこなかった、
 疫病、
 戦争、
 軍備の増強
 増税、
 など、
 時代の空気が変わってきていることを
 感じている人が多いのだと思いました。




・教育の在り方に、もっと「多様性」が必要なのかもしれないと、
 気づかせてもらえたドキュメンタリーでした。
 最後、ディレクターが
 子供たちと同じ泥水に飛び込むのも印象的。

・よく、ドキュメンタリーの不思議を思うのですが、
 当作品では3日間、ずっと雨天・曇天なのです。
 同じ場所、同じ出来事、同じ発言でも、
 快晴が続く3日間だと、
 受け取るものが変わってくるように思うのです。





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2022年12月30日

【TV】 100分de名著 ル・ボン 群集心理 2022年



ギュスターヴ・ル・ボン ( wiki )


「群衆」という無名性のある言葉でなく、

結局、人間の話として考えることだと思いました。

ここで語られていることの一部は

ヒトラーだけでなく、

シーザーだって、卑弥呼だって、心得ていたのではないか・笑


一方、

市民革命以降は、

群衆がリーダー(為政者)を意図せず操るという視点は

勉強になりました。


ロベスピエールもナポレオンも伊集院光も

群衆に操られる群衆の中のひとり



第1回

「今われわれが歩み入ろうとしている時代は、群衆の時代である」

群衆とは、
人間の集団は、それを構成する各個人の性質とは非常に異なる新たな性質を具える。
すなわち、意識的な個性が消えうせて、あらゆる個人の感情や観念が、同一の方向に向けられるのである。


最初からなるほどと思い出すものがいくつもある。

フランス革命の民衆、革命家

関東大震災のデマへの対応

「デビルマン」で牧村家を襲う集団


第2回

「群衆」は分かりやすいほうにいく、
というのは違和感を覚えました。
理由は「分かりやすさ」なのか?

「100分」を謳う当番組で、
書籍要約サービスを批判したので、
ヒヤリとした気分になりましたが、
伊集院氏もやばいと思ったのか
フォローみたいなものを入れたが、
少々的外れになりかけていた・笑


第3回

「断言」「反復」「感染」

この3つこそ指導者が群衆を操る手口

Twitterの文字数制限は、結果的に、
簡潔に断言する言い回しなどを多用させる。

「定期刊行物というものは、読者たちに意見をつくってやり、」
「自ら熟慮反省する労をはぶいてしまう」
いっぽう、
「民衆の意見と意見の不断の変化とをもっぱら反映している」
「ただ世論のあらゆる変化に追随する」






大変勉強になりました。


群衆心理とは、

人間(社会)がもともと持っている特徴、

という感想を持ちました。


非常に根本的な論点だと思いましたので、

もっとこのことについて論じたものが

他にもあるのだろうかと興味をもちました。










2022年12月26日

【ドラマ】 鎌倉殿の13人 2022年 ( 書きかけ )



大きすぎる望みは命取りになりますよ、この鎌倉では





坂東武者たちの、素朴で長閑、無邪気に残酷。


( が、そんなひとときは

  とうに通り過ぎてしまった・笑(20220502記) )






2022年の大河ドラマ

三谷幸喜がフィルム・ノワールに挑戦。

または、任侠大河ドラマ・笑





・週刊実話の記事をイメージしていただきたい・笑

・大江広元のモデルはゴッドファーザーのロバート・デュバル(「三谷幸喜の言葉 〜『鎌倉殿の13人』の作り方〜」)
 
 ( ロバート・デュヴァル





「鎌倉殿の13人」って、ドラマを思いついても、

「題名につながる登場人物が13人!」って、

並みの脚本家なら、尻込みしそうな案件だけど、

(ネットニュースで、
 「稀代の喜劇作家にして群像劇の名手」
 なんて形容が当たり前のように冠されるようになった、)

三谷幸喜なら、

昔書いた戯曲より一人多いだけ」ということか・笑





【女性の描き方】

今までの三谷作品と異なるところとして感じているのは、

女性が女性に影響を与える、関係性や対話の多さ。

北条政子の描き方から、そういうシーンが増えているように思います。


・亀と政子

・静御前と里

・巴と大姫

・丹後局と政子
 第24回で政子は手ひどくやられたが、
 それも後にこのことの雪辱が描かれるのだろう。

・はつ
 義村の娘であることが、物語上触れられないが、
 意図して、
 小さい頃から北条で育てられたことにしているなら、
 周到な脚本だなあと思う。


また、
女性の情念や恨みが物語を回していく。

りく

実衣
比企尼


一方そのようなところから離れている、

こちらこそ、普通の人生かもしれない。
それを作っているのが、義仲と義盛。


■バトルロワイアル

りくと時政が全成を唆す
比企能員が全成をはめる
北条が比企を滅ぼす
北条が実朝をたて頼家を修善寺へ
京都と連携しようとした頼家を義時が暗殺
時政が畠山を滅ぼす
義時が時政を追放
義時が和田を滅ぼす
実朝が上皇を頼ろうとする






■各回の感想

・第1回 「大いなる小競り合い」

「しかし、佐殿は行方しれずと聞いています」
「今、この館にいる」
「ここにですか?!」

三谷喜劇の神髄・笑



・第2回 「佐殿の腹」



・第8回 「いざ、鎌倉」

庚寅(かのえとら)に家移し(やうつし)した家には
不幸が訪れると言われております
親子の縁が薄く、主(あるじ)は不慮の死を遂げる



藤原秀衡は、意図して、
自分が使う駒としてのパーフェクト戦(いくさ)マシーンとして
義経を育てたという妄想。
坂東武者は実戦で鍛えた強さだが、
九郎は武芸訓練だけでなく、歴史書からなどの教育を受けているとか。


・第9回 「決戦前夜」


政子の瞬きしない丸い目が怖いと思う時が来るんだろうなあと思った。



・第11回 「許されざる嘘」



宗時の巾着が畠山重忠のもとに残ったことが後に災いとなるのか。
これを知っているのは景時だけ。


・第15回 「足固めの儀式」


上総広常も
「老けたな」と言われただけで、
佐竹義政を切り捨てた人だから。(第10回)


( 刀について、広常が気がつかないというのが、腑に落ちない )


( ドラマ的な因果では、頼朝は最後に善児と関わるのだろうなと思い始めた )



・第19回 「果たせぬ凱旋」


義経の場合は、「全部大泉のせい」ってわけでもない(哀)

「策にたけたものはかえって騙されやすいものだ」


また、
人の手紙を破り捨てた(義円)
自分で手紙を書かなかった(宗盛)
ことが祟っている。


ーーー

土佐坊昌俊(とさのぼうしょうしゅん)の堀川夜討は、
郷御前(さとごぜん)の後妻打ち(うわなりうち)?

義経からみると、
(誰それの讒言、とかでなく)
全部、自分の行動が原因、という描写が
恐ろしい。

ひとつひとつのエピソードをきめ細かく積み上げた、
凄い脚本だと思う。

ーー

名ナレーション

「まねをしてはいけない」

他の誰にできるか想像し、

有働由美子さん(真田丸ナレーター)が思い浮かんだのは面白い。


−−

「九郎義経は、九州に逃げ落ちたと聞いておる。かような所にいるはずはない。偽物であろう。」


 フィクションの作り方として素晴らしいと感じ入りました。

  フィクションだから、時政が義経に話しかけることができる
  フィクションだから、義経が北条親子のところにあらわれても捕まらず、その結果、地頭が設置される





『自信』をつける『経験』とは『戦に負けた痛い思い』で、

九郎がこれまで避けてきたものなのかもしれませんね。

「まだまだ、これからじゃ」とはどこまで本心か。

また、

「まっすぐすぎたのです、羨ましいほどに」

とはこれまでの義時の苦い経験をふまえたもの。

これらは、
滅びが固いと見極めた人にかける、
北条の一族の、優しいが突き放してもいる言葉と受け取れた。

ーーー





・第21回 「仏の眼差し」

北条時政が建てた願成就院(がんじょうじゅいん)の
運慶作阿弥陀如来坐像
その表情は、私は慈愛よりも一種の威厳を感じるが、

ドラマにおいて、
北条義時が、
史実では詳細が分からぬ北条泰時の母を引き合いに出し、

「ふと、妻の顔を思い出してしまいました。
息子の寝顔を見ているときの」

というのも、
物語の中の八重の人生に思いを馳せ、
実在の阿弥陀如来坐像とも結びつき、
いつまでも心に残るかもしれないシーンでした。


・第24回 「変わらぬ人」


「変わらぬ人」とは?

頼朝のこと?


貞観政要
 豊かな家になったから、書籍も読む
 金剛は新たな世代の坂東武士

 ( 大姫も源氏物語など教養を持つように育てられている )

陳和卿

・第25回 「天が望んだ男」

天が望んだとは、死んだほうか、生き残ったほうのことか。

建久9年12月27日の1日のお話

( 稲毛重成 )

全成のフラグ



頼朝の最期の言葉
「九郎」と言ったようにも思えたが、字幕はなかった。
字幕にない場合、「シナリオ」にない、ということが考えられる。
( 義経の亡霊を見て落馬したという説 )
大泉洋の提案で、「藤九郎」だったそうです。

鈴の音を聴かなかった人

 時政と義時

 ( 鈴の音は「野心のスイッチ」という意見も目にしました )



( すべて大泉のせい、嫌われている、とか言いながら、
  いざ物語から退場となると、
  視聴者から惜しまれるなど、
  脚本も、俳優も、どんなマジックかなと思う・笑 )


・第26回 「悲しむ前に」



歴史資料に残る、11日出家、13日死去を元に、
出家の描写に意味がある、
小さな観音様のエピソードを積み上げた脚本は凄いと思った。

医師の口封じのときの義時、梶原、畠山の会話で、
宗時の巾着のことをふと思い出した。


・第27回 「鎌倉殿「と」十三人」

タイトルを回収するとみせかけて、してない・笑。


意図せず人数が増えていくところは、「三谷節」だけど、

今までで一番笑えなかった・笑。

景時は、実際、頼朝から頼家を頼むと言われていたのに。



頼家と13人たちとの年齢差を身の回りの実例で想像しても、
うまくいく気がしないし、

平治の乱や、石橋の戦いの経験者、
はるばる九州や奥州へ戦いに赴いた者や、
あえて京都から鎌倉へ落ちて文官となった者たちと
生まれてきたときから御曹司として育ち
苦労しなかった者とでは、
見てきたものが違いすぎる。


・第27回 「ままならぬ玉」



・第30回 「全成の確率」



・第31回 「諦めの悪い男」

比企能員と北条一族が対峙する深刻なシーンにはおらず、
頼家を前に北条一族が茫然とするシーンにいるトキューサ。

(香盤表をみて、「あれ、俺なんでいないの」と思う瀬戸康史)

佐々木善住・ささきよしずみ)


・第35回 「苦い盃」

( 歩き巫女 )


・第36回 「武士の鑑」





・第36回 「オンベレブンビンバ」



語り継がれる名シーンだと思いました。

時政は誰のために呪文を唱えているか、

家族の絆は確かにある、
しかし、
早世した一族の女が唱えた真言を誰も覚えてはいない。

( 一文字違いまで近づいたのに、
  正解には辿りつくことができない )

かつて、
三谷幸喜の作品に対し「笑えるがただそれだけ」という批評があり、
本人が「それの何が悪い、それでいいのだ」と主張していたような気がしますが、

本作では、
ひとつのシーンに、
「笑い」「哀しさ」「せつなさ」「むなしさ」「温かさ」など、
観る人にいくつもの感情を同時に感じさせる描写が
数多く表れていると思います。

( 「オン バザラ アラタンノウ オンタラク ソワカ」虚空蔵菩薩 この真言を唱えることで安楽と福徳の御利益がもたらされる大宇宙の智慧にあやかれる )



「子どものための影」という主張は、義時の泰時への言葉、態度からも表されていると思う。


( 畠山重忠の妻ちえは時政の娘であり、
  再婚したのは、足利義兼(足利尊氏の先祖)の子、足利義純だが、1210年に病没している )


・第40回 「罠と罠」

「あのお方を嫌いな人なんて、いませんよ」

この台詞を視聴者が納得するよう成立させるお話の積み重ね、

黒い権力者の傍に仕えながらも、
そのことを素直に口にできる登場人物も育ててある。

大河ドラマの醍醐味でした。

( このところ、のえが毎回登場するけど、

  単なるコメディリリーフではなく、

  キャラクターを育てているのでは? )




主役もいろんなことを考えながら演じているだろう。


・第45回 「八幡宮の階段」

最初から33分間、ずっと夜のシーン、建保七年一月二十七日(1219年2月13日)の夜の話だった。


「自ら死んではならない」とは、後のフリのような気がします。


・第46回 「将軍になった女」

正しい呪文をナレーターが語るのは、

北条家の人々が最後まで正しく唱えることができないことを示すため。

・「耳たぶ」

手抜きの表現ですが、
トキューサも一種の「サイコパス」だと思います。







■呟きの記録

・義朝と坂東武者

 義朝と坂東武者との関係は、
 頼朝の場合と違っていたのか、同じようなものだったのか、
 興味を持ちました。

 または、
 大庭景親、千葉常胤佐々木秀義から見た、保元の乱や
 三浦義澄上総広常から見た、平治の乱、
 そして
 その経験を通した頼朝の挙兵についての
 それぞれの感慨に興味が湧きました。

( 足立遠元だって、義平十七騎なんだから!・笑 )
 



この時期にNHKオンデマンドで平清盛を観ることができるようになったのは素晴らしい対応だと思う。











・時政お父さんの誕生(5/10)祝い(20220511)



温かいエピソードなのに、
色紙を書いた「北条の一族」の顔ぶれに、
なんか胸をつかれる・笑

 孫(頼家・泰時)はいるが、娘婿(頼朝、全成)はいない。
 八重がおらず、比奈がいる。
 一方、畠山重忠がいる。

「大好きです!!」頼家
「生きたいです!」重忠

(20220509に佐藤二朗さんは比企能員の変を撮影しているらしい呟き)

















・鎌倉殿とクリスティ

「オリエント急行」か「カーテン」か「アクロイド」か。

長澤まさみ出演説を目にしたことがあるので、
長澤まさみを上手に使う筋を三谷氏が思いついた、とか。

「私が〇〇に毒を盛ったのです」とか

(三谷幸喜のありふれた生活:1101)「鎌倉」へ、長い旅でした

   https://digital.asahi.com/articles/DA3S15410716.html

 クリスティ作品のネタバレに繋がるような発言や 
 まだ、撮影に入っていない回のことを記すのは、
 よくないこともあるような気がするが、
 「牽制」しているのかも、とか思ったり。

(20220909記)









それはそれでひとつのドラマ鑑賞体験。
私個人の似た例は「いだてん」でのラザロさん。

・鶴岡八幡宮と大河ドラマ館に行ってきた(20221219)

鎌倉殿の13人・おんたらくそわか・20221220.jpg

鎌倉殿の13人・和田義盛・手紙.jpg

















■引用・因縁・伏線

歴史書からの引用や出来事の因縁の糸が相当きめ細かく張り巡らされていると感じてきたので、
その覚書(情報源はTwitterのいろんな方の呟きから)

(おそらく全編観てから、もう一度頭から観ないとわからないものも多い。
 SNS時代、配信時代の視聴について、研究したうえで、
 このような作りにしているような気がする。)

番組HPの略年譜は時系列の理解にとても役立ちました。

 https://www.nhk.or.jp/kamakura13/special/history/nenpyo.html#year1200

・ただの初期ボスキャラではない伊東祐親。善児はもともと伊東の雑色(0101)
・義時は川で善児が千鶴丸と居たところを見ている(0102)
・「これは何ですか」(0103)
・「善児が川で魚をとってさしあげます」(0104)
・「俺はこの坂東を俺たちだけのものにしたいんだ。〜坂東武者の世をつくる。そして、そのてっぺんに北条がたつ」(0501)
・義村は頼朝挙兵により祖父が討たれたことに遺恨を抱いている可能性(0601)
・千葉常胤「よわい60を越え、お迎えの支度でも始めようと思っていたやさきに(0701)
・「我らは坂東武者のために立ち上がったのです。〜我らのための坂東を作る」(0702)
・「刀は斬り手によって名刀にもなればなまくらにもなる」(0703)
・「よわい60を越え、お迎えの支度でも始めようと思っていたやさきに」(0704)
・伊豆山権現の政子に頼朝の無事を伝えたのは仁田忠常(0705)
・「私が風を起こす。その隙に逃げられよ」(0706)
・「権三が?」「だったら、ついでにうちの人も討ち取って」(0707)
・文を焼き「九郎ほどの才があれば己一人で大願を成し遂げよう」(1001)
・義村は伊東祐親を殺した梶原殿に遺恨を抱いている可能性(1101)
・第11回は鳥の鳴き声で始まる(1102)
・畠山重忠は館に盗みに入った善児を捕え、三郎宗時の巾着を持っていたことを梶原景時に話した(1103)
・「胎内のお子は生まれても定命が短いとでておる。千鶴丸はいまだ成仏できておらぬ。千鶴丸を殺めたものが生きている限りは。」(1104)
・鳥の鳴き声で終わる(1105)
・義村「頼朝を超える」(1201)
・「伊豆の小さな豪族の家で育った行き遅れがさ」(1301)
・「あなた御台所と呼ばれて恥ずかしくない女になんなさい」(1302)
・「承服できませぬ!」(1501)
・義経は「鎌倉攻略法」を義時に教え、義時は梶原殿にそれを伝えた。(1901)
・「オンタラクソワカ」(2101)
・(砂金の友)三浦義村と結城朝光は断金の朋友(吾妻鏡)(2801)
・義時は義経の「鎌倉攻略法」を知っている梶原を京都には行かせない(2802←1901)
・梶原が一幡を京都に連れていこうとするのは人質であるとともに「源氏は飾り」として必要と承知しているから。(一幡はそのような駒になりうる存在と義時も認識)(2803)
・千葉常胤「危うくお迎えの支度を始めるところであったわ」(2804←0701)
・「おなごというものはな、だいたい、きのこが大好きなんだ(2901)
・「改めて見ると叔父上はやはり父上に似ておられますな(2902)
・建仁二年(1202)十二月大十九日己未。知康〜忽ち以て舊井(ふるいど)に落入る。(吾妻鏡・2903)
・「試されたのですよ、わしの天運を」(2904)
・(誰も恨んではいけない)(3001)
・(大きい順に首を並べて)(3101)
・「私は承服できません!」(3301←1501)
・(双六は気持ちが悪くなる)(3501)
・「雪の日は出歩くな」(3502)
・畠山重忠の拳は床板を破壊するほどの威力(3503)
・「そうだそうだ、みんな武衛だ」(3601)
・鼻を触っている小四郎(4001)
・頼朝の義弟というだけで傍にいたと言われてしまう(4201)
・「父上が目指してなれなかったものとは何ですか」(4301)
・「従三位」(三位以上の貴族になると政所を開けるようになる?)(4302)
・「いずれまた、勝負しようぞ、トキューサ」(4303)
・「お前だけには」頼朝みたいな(4401)
・「伊豆の小さな豪族の行き遅れがこんなに立派になられて」(4601)
・「憧れなんです。私の友達もみんな言ってます」(4602)

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「鎌倉中の女性が憧れる御台所になれ」という亀の前

八重さんが亡くなったときの平六の仕草

重忠
・壇之浦
・壇之浦での梶原の態度の避難
義村「必要なら立場を変える覚悟」(坂東武者として褒め言葉)

源仲章がのえさんに近づくシーンで鶯がホーホケキョと鳴きまくってたわけですが、まさかここに来て時政パパが義時との別れのシーンで語ったエピソード(鶯がホーホケキョと鳴くのはオスがメスを口説く時だけ)というのが活かされる
政子「13人目はあなたです」 
頼家殿の宿老、13人目「北条義時」。
実朝殿の宿老、13人目「公暁」。

イエス・キリストの13番目の弟子「イスカリオテのユダ」。

そして来週のタイトルは「審判の日」

そういう仕掛けかよ、三谷幸喜!


和田殿の「近頃は死ぬしか言わない」辺りから巫女のおばばは呆け?
死を予感していた実朝くんは「天命に逆らうな」に

45回
「お前は俗物だ。だから、お前の作るモノは人の心を打つ」
ある段階に上っているから、言える台詞

ーーーーーーーーーーー
義経の首桶を抱え泣いた頼朝と重忠の首桶を見なかった時政

このドラマを観てきた人は、
三浦義村が起請文を書こうが信用できないと
100人が100人とも思うところだが、
物語のなかで
それでも義村を疑わない人として
描かれ続けた登場人物がいる。





老けていると悪口を言われただけで人を切った人が
泰時に転生して、
悪口を禁止する法律を作る
( 悪口だけで人を斬ってしまう側ではない )





坂東武者の成り上がり

・天皇や公家の争いに京都へ呼び出され、代理で命を賭けた戦いをさせられ、負ければ一族もろとも大変な目にあう。

・遠く九州や奥州へ長期遠征を行い、一族がまるごと滅ぼされる無常を目の当たりにする。

・運よく勝ち組になり、多くの所領を得て、当代一の仏師に仏像制作を依頼できるような、地位と富を得た。

・京都から見ればよほど血生臭いが、野蛮一辺倒というわけでもない。



・地域の有力者同士、姻戚関係を結ぶ

・公家と姻戚関係を作っていく(足立遠元








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2022年12月23日

【TV】 プロフェッショナル 仕事の流儀



2006年から続く、NHKの看板ドキュメンタリー番組。( wiki


番組題名に当初からずっと違和感を持ち続けている。


・「プロフェッショナル」とは

15年以上番組が続いているにも関わらず、
この問いについて、
拡がりも深まりもいっこうに起こっておらず、
番組の作り手自身にこの問いを突き詰めるつもりがない、
形式的な問いになっていると思う。

2021年3月の庵野秀明SPにおいて庵野氏は、

「あんまり考えたことがない。
 あんまり関係ないんじゃないですか、
 「プロフェッショナル」って言葉は。
 そもそも、この番組、
 その言葉がついているのが僕嫌いなんですよ。
 他のタイトルにしてほしかったです。
 ありがとうございました。」

と答えていて、

意見そのものは、
前々から自分が思っていたことを言葉にしてくれたように感じました。

私自身は、玉三郎丈の回答、

どんな状態でも
これだけのものをお客様に提供できるということの
ある種の線をきちっと保てること


で、既に腹落ちしています。

庵野氏の発言については、
嫌いなら放送させなければよいだけのことで、
映画の宣伝に利用するだけしておいて、
その言いぐさはないだろうと思いましたが、
この取材は、当番組としてではなく、
「さようなら全てのエヴァンゲリオン」として、
独立したドキュメンタリーとして編集しなおされ、
上記の発言がなくなっているのも、
庵野氏が当番組としては映像を残すつもりがなかった、
と邪推しています。
さらなる邪推としては、
宮崎駿も長期取材は受けても、
この番組としてまとめられることは拒否しているのでは?


・「流儀」とは

流儀という言葉にも最初から違和感があって、
言語化するまで考えを突き詰めてはいないのですが、

優れた仕事人を
ノウハウのようなもので捉えようとするような言葉の選択が
とてもよろしくないとずっと感じていて、

庵野氏と同じく、
誰かがいつか明瞭に口にしてくれるかもしれない・笑


・ナレーション

番組題名のなかのふたつの単語に違和感を感じながらも・笑

この番組の他にない無二ともいえる特徴は、
ナレーションが2人というところです。

( NHKのドキュメンタリーで興味深いのは、
  取材対象、テーマの掘り下げ方は、
  ディレクターごとにの個性があらわれても、

  ナレーションの文体は、番組ごとに統一されていることです。

  あれは誰によって整えられているのでしょう。

  プロジェクトX、プロフェッショナル、ドキュメント72時間

  それぞれの個性的な特徴がある。

  ドキュメント72時間だったら、
  「〜なんだって。」とか。 )


主に、
主役の現在の動きを橋本さとし、
過去の振り返りを貫地谷しほり、
というような役割分担のように思われます。

この部分については、
この番組は、ドキュメンタリーを制作する人にとって、
最上等のフォーマットになっているのだと思います。

( Progressも重要な要素ですね )







( 長年不満に思っていることを文章にできたので、
  今後は、
  じゃあ、
  どんな題名の2人ナレーションのドキュメンタリー番組なら観たいか、
  ときどきつらつら考えてみたいと思います・笑 )


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2022年12月21日

【ドラマ】 刑事コロンボ Columbo 奇妙な助っ人 Strange Bedfellows



( https://www.imdb.com/title/tt0112705/ )

新シリーズ作品は、
旧シリーズと比べて人気・評価ともに劣っている傾向がありますが、

私は、この回が結構好きなんです。

フォテーリがお気に入りになったのだと思います。


( 世間の評価が高くないのは、

  シリアスとユーモアの加減と切り替えが

  それほどうまくはできていないからでしょう。

  フォテーリ役は清濁まるごとたくさん飲みこめる(ことがわかる)

  懐の深い人物を演じなければならないし、

  マクベイ役は

  肉親と他人と計画的に躊躇せず二人も射殺することと、

  マフィアの親分に狙われて気圧されること、

  両方を演じなければならない難しさがある。

  普段は落ち着いていて傲慢な態度だけど、

  最後は小心な根を見せるところを、

  パトリック・マクグーハンジャック・キャシディのような

  柄の役者さんが演じると意外と面白いような気がしています。 )



本作を私は以下のように解釈しています。


コロンボは、マフィアとして有名な人を前にして、
意図して、イタリア語がわからないふりをした。

決め手となる証拠、銃を見つけるために、
コロンボからフォテーリに協力を依頼して、
ひと芝居売った。

( つまり、
  警官がマフィアにもちかけ、
  容疑者を脅迫し、
  凶器の場所を自白させた、
  というとんでもない捜査手法なんですが、
  ドラマとして、
  視聴者がネガティブな感想を持たないように
  作り手が気を付けているところを感じます。 )

コロンボは、
フォテーリがいつ自分で手を下すかわからないと懸念し、
それではコロンボ自身の職責を果たせないので、
手を組むかたちで
フォテーリの動きに釘をさした。

フォテーリは、
イタリア系としての親しみもあり、
コロンボに協力してやったが、
( 最初から、逮捕できるならそれでよいと言っている )
見返りを期待していたわけではないにせよ、
マクベイを逮捕できたとたんのコロンボの冷たい態度に、
憤懣やる方ない。

( コロンボって、
  自分が犯人を捕まえる、
  そのために、手段を選ばない、情で動かない、
  そういう人だと私は思っています。

  今回もフォテーリの望みに
  シンパシー、エンパシーをもっているわけではなくて、
  マフィアのメンツや利益のための仕返しなど
  とんでもなく、
  その前に殺人者を逮捕することに手管をかける

  視聴者の私は、
  マフィアの凄みや
  マクベイへのお芝居や
  コロンボへの親しみが拒否されるむかつきなど、
  ドラマ・コロンボの登場人物として、フォテーリに好感を持ち、
  この回が好き・笑 )

そのようにみると、
フォテーリの芝居がかったマフィアボスぶりが面白い。

( フォテーリは、最初に登場したときと、
  そのあとでは、雰囲気が変わっていると思う。
  最初の彼の自宅での紳士然とした態度が彼の素だと思う。

  よくある、ヤクザやギャングの描写にあるような、
  表が紳士で、裏がこわもて、ではなく、
  フォテーリは
  素は紳士的で、演技で荒ぶってみせた、
  と私は解釈して、
  それを楽しんでいます。 )

また、
どこからが、お芝居なのか、と考えながら観る楽しみがありますが、

フォテーリの手下は実は警官であった、という仮説にたつと、

( コロンボを拉致して
  フォテーリのもとへ連れていった二人は、
  後半、フォテーリが従えている部下二人とは別人。
  最後のレストランのシーンで
  フォテーリに抗議するコロンボを押さえた男は、
  いかにもイタリアイケメン風で、
  フォテーリからアンジェロ( Angelo Friselli ?)と呼ばれており、
  フォテーリに指示され部屋から退出した。
  もうひとりの男は、
  ラストシーンで
  バーンスティーン(ユダヤ系?バーンスタイン Bernstein)と名乗った男で、
  フォテーリの指示では部屋から出ず、
  フォテーリがマクベイを殴ったとき、
  マクベイのかたわらに立っていたが、
  最終的にマクベイをとりおさえる役割をこころえ、
  彼が行き過ぎた暴力を受けないよう傍にいたように思える。
  自白したマクベイを外に連行したのは彼。
  「コロンボが彼に
   "Nice work, Officer..."
   と話しかけたので、
   バーンスティーンは警官だ」という説を見た。
  ふたりの男とコロンボのこの部分の会話は、
  Nice work,Friselli.
  Thank you,Lieutenant.
  Nice work,Officer...
  です。
  私は、
  アンジェロはフォテーリの手下で、
  一方、バーンスティーンは警官で、
  手を組んだフォテーリとコロンボが
  双方から人を出して、
  牽制体制をとっているのではないかと
  根拠なく妄想している・笑 )

フォテーリが
マクベイの家を訪れたところから、

アンジェロとバーンスティーンが登場するので、

ここからお芝居ということになり、

自宅のときよりカジュアルな服装のフォテーリは
十分に役を楽しんでいるようにもみえる・笑


ただ、ストーリーの細かなツッコミどころはいくつもあって、

・「訴訟手続き上の問題で釈放なんかになったりしたら」
とは
原語では、
I think what he's saying, Mr. McVeigh,
is if you get some fancy lawyer...
to save you on a technicality,
he won't be saving you.
で、
弁護士使ってうまいことやったりしたら、
わかってるよな、

フォテーリ、コロンボふたりで
フォテーリの農場?のっとりの脅迫や
コロンボの捜査手法などの口封じも含め、
マクベイをしっかり脅してます・笑

とか、

・ボンゴレと名のついた料理にクラムが使われていると、
 いつもはメキシコ料理(チリコンカーン)ばっかり食べてるとしたって、
 イタリア系であるコロンボが察することができないとは思えない
 ( 70年代の子供の私にはわからないが、
   ファミレスなどで
   イタリア料理が日本中に広まったあとの、
   90年代の私には判る・笑 )
・マフィアと連携しなければ逮捕できないほど捜査が手づまりとも思えない
・手下に扮した警官に車を接触させるほどのあおり運転をさせたり、
 マクベイを殴ったりコロンボに乱暴を働いたりさせた。
・バーンスティーン警官説にたつと、
 マフィアと連係した活動は、
 コロンボ以外のロス警察管理職が了解していることになるし、
 ブリンドル刑事ほか、多くの警察職員を、
 マフィアもからめて容疑者を不当に圧迫することに加担させている

などの問題点があらわれます。


なので、
以上の解釈は私個人の好みによるものです。


( コロンボがイタリア語を話したのは、
  「仮面の男」、「美食の報酬」、「大当たりの死」だそうです。
  Wikipediaより )


最後の場面、
マクベイはレストランの入り口の電話から
コロンボに連絡しようとするが、
out of order」のメモが貼り付けられていて、
使うことができない。
だが、
コロンボは急に呼び出されたはずなのに、
迷うことなくメモをはずして、
その電話を使った。
つまり、
綿密に準備した、しめしあわせての行動ということになる。

フォテーリのほうから、
そんな面倒をやる趣味も動機もないので、
すべてはコロンボから持ち掛けたシナリオと考えられる。

そうしないと、
フォテーリがマクベイを消してしまうかもしれないと
コロンボは懸念したと考えています。

警察官がマフィアと連係したと知られないように
細心の注意が必要だ。
イタリア系だからこそ、
マフィアがらみはもとから気をつけているのだろう。
イタリア語が話せない、
「まるっきり駄目なんです」とは
そういうコロンボの意思表明だ。

それでも、
フォテーリはマクベイが名前を聞いただけでビビるほどの
有名人のようだし、
フォテーリもコロンボのことは
イタリア系世間の噂か、警察内部情報か、もとから知っているのだろう。


フォテーリ「あんたの偉大な知性と忍耐力はつとに聞き及んどる」

 ( とぼけても、あんたのことは知ってるよ )

コロンボ「そちらのも聞き及んでます」

 ( こっちだって、あなたの組織の行状はよく把握しています )


最後のやりとり、

うまくいかなかったら手を下しましたかの質問を
( Would you have killed McVeigh? )
フォテーリは、はぐらかし、

コロンボは、
芝居が上手くいったから少し機嫌のよさげなフォテーリから
一杯やろうと誘われても、
きっぱり断り、

It's just that
I'm a cream soda type guy.
And you're not.

コロンボは
私はあなたとは違う、とはっきり伝えます。

Okey
とフォテーリはちょっと暗い顔で残念そう。

最後の、

「チャオ」
「イタリア語でさよならですね?」( That's Italian for goodbye? )
「そうだよ、元気でな」
「チャオ」

のやりとり、

「そうだよ、元気でな」は、

Get out of here. Take care.

で、いつまでとぼけてんだと、
フォテーリはむかっ腹なのだと思います・笑
そして、コロンボは苦笑。
( 本気でチャオがさよならだと知らないわけではないということ )


つまり、このやりとりは、

「じゃあな」
「それってもうこれきりってことでしょ」
「うるせえな、もう、お前とは関わりたくない。だが達者でな」
「そちらも」

というやりとりで、

今回の協力体制はふたりとも忘れて、

このあとは、お互い知らない同士だということ。


そんな風に、
ドラマとして、
私はこの作品を楽しめています。





■諸々


・「バースタ、バースタ(basta,basta)」(やめた、やめた)?

・ペリグリーノ(サンペレグリノ・イタリアの発砲水)

・ズッペ・ド・ボンゴレ(clamのスープ)

・パスタ・ポモドーロ(トマトソーススパゲッティ)









They don't pay me enough for this kind of stuff.
をDeepLが、
こんなことでは給料が上がらないよ
と訳した。



ディアゴスティーニのDVDコレクションについていた冊子、
薄い冊子でも、
良心的な記事ばっかりでとても好かった。





刑事コロンボ 各話の感想

 http://inatt.tokyo/article/475671325.html



posted by inatt at 21:31| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月15日

【ドラマ】 作りたい女と食べたい女 2022年



NHKのドラマ ( 原作は見ていません )


なんでもないようなシーンで、結構涙ぐみながら、観た・笑


第1回で、食べっぷりを見て恋に落ちた、
を表す比嘉愛未の演技が好いなと思いました。




主人公の家が1Kであるなら、
相対的にキッチンが大きい、
普通じゃない間取り。

椅子は部屋にひとつ

テレビも鏡もない。


( 春日さんの部屋は同じ間取りで、
  テレビがある )


第2回


ふたりでいっしょに食べる料理が春日さんの作ったものであるところが好かった。


第3回

前回、野本さんが作る人、春日さんが食べる人、みたいな構図に、
違和感を覚えていたのですが、

今回、春日さんが、
( 自分が口にした食べ物のことでなく、 )
野本さんの食べているところを見て、
「美味しいですね」
と言ったところが好かった。




第9回

登場人物が温かい気持ちになっているのを観るのが好い。


アップで映るローストビーフが好かった。

でも、冷蔵庫で1時間とか冷してから食べたのかな。

おうちで作ると待ってられなくて、

湯気がたっているのを食べたことを思い出した・笑。


第10回

「楽しいですね(月が綺麗ですね)」


何かしらの「生きにくさ」をそれぞれが抱えているとしても、

それらが、
だんだんと、少しずつ
減っていくように社会が変わっていくのなら、
いいことだなあと思わせられました。


( 野本さんは、国民皆が観る年末の番組に興味がない、
  春日さんは、男女が分かれて競う番組の結果に興味がない。
  何に興味を持つかはは人それぞれ。

  でも、クリスマス、大晦日、初日の出、
  そういう区切りで大事な思い出が作られる。

  また、
  野本さんも春日さんも
  ひとりきりで生活していると、
  手巻き寿司パーティを楽しむ場面が生まれない。 )






・PR番組で、サラダでQRコードを作るのを観ました。(20221211)

 興味深いのは、2色ではなく、3色以上使っていること。





 



posted by inatt at 02:37| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月04日

【マンガ】 サイボーグ009 (第6巻) (書きかけ)



秋田書店のSUNDAY COMICS

昭和42年初版のマンガコミックスだが、今でも新刊で買える。(20220904)

平成24年1月の68版でした。(筆者は「石ノ森」となっています。)






「ジョウ! きみはどこにおちたい?」

「カズちゃん なにをいのったの?」

「おもちゃのライフル銃がほしいってさ」

「世界に戦争がなくなりますように……」

「世界中の人がなかよく平和にくらせますようにって……いのったわ」





この物語の示すことは、この巻で語り終えており、

兵器で、兵器を失くすことはできない、ということかなと思います。

だから、

この回以降は、

主人公たちは、

別の、超常的なものとの終わらない対峙を繰り返していくことになりました。


(大気圏突入時の刹那にジョーが見た夢なのでは?)






posted by inatt at 06:18| Comment(0) | 感想など・マンガ・漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする