2023年の大河ドラマ ( Wiki )
■家康への興味
子供の頃から、秀吉・信長に比べて、
家康にはずっと興味をもてていませんでしたが、
本作は、ドラマとして、いろいろな意見があるかもしれませんが、
私は、本ドラマを通じて、
徳川家康という人にとても興味を持つに至りました。
■残った歴史の面白さ
もともと徳川家康に纏わる歴史にそんなに親しんでいないのですが、
ドラマを通じて、
勝手に心情的に腹に落ちることもあります。
とは判明していません。著名なのは、山家三方衆(田峯菅沼・長篠菅沼・作手奥平氏)と、野田菅沼氏の人質です。現在、処刑された人々の供養塔が、豊橋市富本町に「十三本塚」として伝承されています。この「じゅうさんぼんづか」が所在することから、地域の地名が「とみもと」と呼ばれるようになり、
— K・HIRAYAMA (@HIRAYAMAYUUKAIN) January 23, 2023
第2回で描かれた三河国衆の人質処刑は、
何人だったか誰の人質だったかはっきりしないほどに
記録に残っていないのは、
徳川家、徳川譜代各家にとって、
苦い(覚えておきたくない)出来事だったから、
と想像させるものがあるし、
処刑された人質には、
後に亀姫が嫁ぐ奥平信昌の一族がいたかもと教わると、
のちに、また人質の処刑が描かれるのかもと想像したりする。
人質はすぐに殺されてしまいます。しかしながら人質を捨てる判断を下したことで、結果的に奥平氏は戦国の世を生き延び、譜代大名にまで上り詰めたのです。江戸時代、奥平家は殺害された人質の供養を続けていたと伝えられます。 #時代考証の呟き
— K・HIRAYAMA (@HIRAYAMAYUUKAIN) January 23, 2023
そして、第1回から登場する徳川十六神将たちも、
最初から、一団として存在したのではなく、
後の人たちが
生き残った人たちをあとからグルーピングしているところが
あるのだろうな思わせられるところがある。
■呟きの覚書
そういえば、鎌倉殿最終回アバンで殿潤が吾妻鏡を読んでいたシーン、「1564年 三河」とテロップ入ったのが今も気になっている。セミが鳴いてる=夏なので、一向一揆も一応決着ついてた頃と思われますが、なぜあの時期と指定されたのか、今後のどう家本編でアンサーがあるのかなとちょっと楽しみ。
— 二塁 (@atohz_chiri) February 11, 2023
お顔がすごく素晴らしくて。もう一人の兵の役の方も殿に扮した夏目様にびたっとついていて殉じる決意をすごく感じた。そしてきっと夏目様が伴ってきたということは夏目家の家臣なんだろうし、その家臣を守る為に夏目様は一揆では寺側についたんだよね。
— momo-wind 松(歯痛で沈没中) (@momohasoufuuchu) May 14, 2023
大河ドラマ「どうする家康」は、総集編が放送され、ここに完結しました。「どうする家康」は、2021年1月、NHKより制作発表があり、それをテレビで観た私は「松本潤さんで徳川家康をやるんだ」と驚いた憶えがあります。そして7月下旬、NHKから連絡があり、時代考証の依頼を頂きました。
— K・HIRAYAMA (@HIRAYAMAYUUKAIN) December 31, 2023
さすがに、この暴言は許せない。「脚本家や演出の暴走止められないなら仕事してないのと同じ」とはよくぞ言ってくれましたね。私は仕事をしていないと指弾された、侮辱されたと受け止めます。 https://t.co/BvHwc8yQ9N
— K・HIRAYAMA (@HIRAYAMAYUUKAIN) January 31, 2023
(4)服部党、伊賀者ら戦国の忍びについて
— K・HIRAYAMA (@HIRAYAMAYUUKAIN) February 11, 2023
戦国の忍びの実態については、拙著『戦国の忍び』角川新書で、東北から九州までの事例を活動の内容に分類して詳しく紹介してあります。そもそも「忍者」と書いて「忍びのもの」と読みます。「にんじゃ」というのは、昭和40年代から言われ始めた造語です。
忍びの衣装については、かつての忍者物のような真っ黒な装束はできるだけ避け、暗い衣装ながら、通常の村人ら市井の人々と変わらぬものにしてあるのは、その成果を取り入れたものです。#どうする家康 #時代考証の呟き
— K・HIRAYAMA (@HIRAYAMAYUUKAIN) February 11, 2023
(3)服部半蔵の登場
— K・HIRAYAMA (@HIRAYAMAYUUKAIN) February 11, 2023
いわずとしれた伊賀出身の服部半蔵正成が登場しました。山田孝之さんが演じる姿は、格好よかったですね。小説、テレビ、映画、漫画の影響もあり、服部半蔵は忍者だと世間では思われがちですが、彼は足軽大将で歴とした武士です。彼の生涯も、良質な史料がほとんどなく、謎に包ま
「夫妻」は、夫と妻、つまり現在と同じ意味の言語として、『日葡辞書』に「Fusai (フサイ)。ヲット、ツマ」と登場する。それどころか、9世紀の『霊異記』、12世紀の『康頼宝物集』にも「夫妻」は登場しますよ。 https://t.co/SfTY8jOMOg
— K・HIRAYAMA (@HIRAYAMAYUUKAIN) February 12, 2023
演出には、私たちは関与できません。脚本への意見もまた然りです。出来る限りのことはしています。要望も出来るだけのことはしています。皆さんも、会社で自分の案が採用される難しさを知っておられるでしょ。いかなる組織につきものです。それでも努力をすら。それがプロです。 https://t.co/l7GQTm7E0P
— K・HIRAYAMA (@HIRAYAMAYUUKAIN) June 11, 2023
どうか心を寄せ手頂ければ幸いです。今回、瀬名が自刃する撮影には、私も見守らせて頂きました。俳優陣の鬼気迫る演技と迫力、撮影や演出陣の苦闘を、じっと拝見させていただいておりました。私は映像からそれがしっかりとあふれ出て、伝わり、胸に迫ってきたと感じます。彼らへのエールをお願いします
— K・HIRAYAMA (@HIRAYAMAYUUKAIN) July 3, 2023
数正のあほたわけ😭「徳川の家に伝わる古箒、今は都の木の下を掃く」「徳川の掃き捨てられし古箒、今は塵程もなし」。真相は不明ながら、私は「英雄たちの選択」で主張したように、徳川家中の結束を崩さぬまま、振り上げた拳を下ろさせるための出奔だと思います。 #どうする家康 #時代考証の呟き
— K・HIRAYAMA (@HIRAYAMAYUUKAIN) September 3, 2023
もう一度、押さえておくと、家康は秀頼を支える天下殿(天下人)であり、それは豊臣体制の大老、そして「秀頼名代」としての資格のもと、衆目の一致するものでした。ところが三成、大谷吉継らの挙兵と三奉行の同調により、「内府違いの条々」で家康は、ここでいったん「天下殿」(天下人)の地位から放…
— K・HIRAYAMA (@HIRAYAMAYUUKAIN) November 13, 2023
エンタメの要求と学者としての主張を折り合わせる、ためにする
主張のように思いました。
エンタメだから、そういう発言をした、
史実は私はこう思う、でいいのではないでしょうか。
Twitterで突撃してくる人のせいでやむをえずこうしているということかもしれません。
ありがとうございます。現地を踏査し、航空レーザ測量図を慎重に分析して得た結論です。遺構の読み解きとして適切な評価と考えています。
— 千田嘉博_城郭考古学 (@yoshi_nara) November 16, 2023
・第21回
慮外者(りょがいもの)
秀吉の下に居た竹中半兵衛が秘かに彼を匿っておいたお陰で、官兵衛は有岡城から救出された後、(半兵衛は既に病没していたが)松寿丸と再会する事が出来た。瀬名と信康を救う為に必要とされていたのは、正にこの半兵衛の様な人であったのだ。もう一度、この芝居の手違いを整理しておくと、家康、
— Oko (@Oko12690948) July 9, 2023
第34回「豊臣の花嫁」
バズったので解説しますと、台本上は彦の「えらいの押し付けられて〜」という台詞までなのを、音量的にスルーできなかった南朋さんが「おい」とツッコんだのがアドリブのスタート。それを僕が中継して音尾さんが裕貴くん巻き込んで…といった具合に「#おいリレー」は生成されました(笑) #どうする家康 https://t.co/ofJ6Fkqa7x
— 小手伸也 (@KOTEshinya) September 4, 2023