2011年03月20日

震災に立ち向かうプロフェッショナルたち

 
日経ビジネスの、
原子力保安院密着ルポ 「伝言ゲームの参加者が多すぎる」
の記事を読んでいて、

「3月13日午前5時。保安院にあって、唯一の技官出身の審議官、根井寿規審議官が会見に登場
根井氏は、JCO臨界事故や中越大地震での柏崎刈羽の原発事故など原発危機の陣頭指揮を取った。
「状況説明に加えて、あくまでも専門家としての自分の見解とした上で、
想定シナリオや可能性について言及。その内容には危機時の見解としての説得力があり、
記者の間にも納得感が広がった。

というところから、

根井氏が、経済産業省東北経済産業局長ほか、
様々な、仕事に取り組んできた方だと分かりました。

http://shinbun.fan-miyagi.jp/article/article_20090402.php

その経歴から、今、いろんな思いが根井氏のなかに去来しつつ、
困難に立ち向かっているのだろうと、
テレビの記者会見の映像には映らないものに、思いを馳せました。

この記事は、特定の個人名を指摘する目的でなく、

根井氏だけでなく、
官、民にかかわらず、
世間の人は名前も知らないが、
確かに国を支えている、
代え難い見識や専門性を持った、
沢山のプロフェッショナルが、
いろいろな思いを胸に持ちながらも、
それをいったん抱え込んで、
日夜不眠不休で、
国難に立ち向かっていることを感じたということを
記しておきたかったということです。

ーーーー

2016006追記

こののち、いろんなことがあり、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%B1%B1%E8%8B%B1%E5%BD%A6
より
事故直後3月12日午後には、担当者の原子力安全・保安院の中村幸一郎審議官(原子力安全基盤担当)[3]が記者会見を行っていたが、「(1号機の)炉心の中の燃料が溶けているとみてよい」との発言内容を官邸側が問題視した[4]こともあり、翌13日午前5時の会見では、根井寿規審議官(原子力安全担当、核燃料サイクル担当)[5][6]が担当したが、震災発生から一睡もしないまま臨んだ最初の会見で「(会見を)やりたかないんですけれども、(中略)幹部からの指示で私が会見させていただきます」などと発言したことが問題視され即座に交代させられた[7][8]。

こういう記事などもあることを追記しておきます。
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65696148.html
http://www.tokyo-np.co.jp/feature/tohokujisin/archive/oneyear/120311-1-4.html


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