何度も、自分に問い、自分に答える。
Who Am I?
I'm Jean Valjean!
これが、ミュージカル、レ・ミゼラブルだと思う、一幕。( 20131104 )
帝国劇場の階段が舞台、
森公美子も駒田一も吉原光夫もソロをとらない。
(加藤清史郎はある・笑)
失礼ながら、
勉強不足な私は多くの方について名前を存じ上げていないが、
私が何度も観て感動した舞台で
歌い演じていた方たち。
20110612記
ミュージカルのレ・ミゼラブル、
今の演出は、今年の帝劇の公演で最後だそうです。
帝国劇場で、梅田コマで、ブロードウェイで、
1987年の日本初演から、この作品を何度も観てきました。
ミュージカルやお芝居の面白さをこの作品で覚えました。
( 以下、この作品の感想は、
ミュージカルの感想であり、原作全体を読んだうえのものではありません。 )
最初に観たとき、
People's Song や One Day More に感激しました。
また、
STARSでの、ジャベールの煌めく信念や、
On My Ownの、エポニーヌのモノクロームな孤独、
などなど
曲と歌い手の素晴らしさに心惹かれました。
多くの登場人物たち、
運命は悲劇的だとしても、
哀れではなく、
皆、気高い。
( また、歌番組で個々の曲を聴くと雰囲気が違うと感じることがあるが、
舞台では、
One Day Moreのあとに、On My Own を観るから、
エポニーヌの孤独がより強く伝わるという、
ミュージカル演出の力 )
でも、
大長編のストーリーが、ほとんど歌だけで、
ジェットコースターのように流れていくところ、
いろんな疑問点も感じました。
登場人物の多くは、ひとりひとりが極端で、
司教の真意はよくわからず、
ファンテーヌは自業自得で、
コゼットはカマトトで、
エポニーヌは色惚けで、
マリウスはただの甘ちゃんで、
アンジョルラスは無謀すぎ、
ジャベールは単細胞すぎる。
かえって、
テナルディエが一番、普通の人に近いかも、なんて勘違いしそうになる。
一方、
主役のバルジャンの気持ちの振幅が激しすぎて、
ファンテーヌやコゼットへの突然の思い入れについていけない。
バルジャンは、前半は、圧倒的なパワーを外へ放出し、
後半は、強いパワーを内面に押し込めている。
演じるのがとても難しい役だと思います。
このミュージカルの楽曲の特徴のひとつに、
同じメロディを複数のシーンや登場人物に使っている点があります。
ジャンバルジャンの改心とジャベールの自殺が、
同じ曲であるなど。
もっとも興味深いのは、
司教がバルジャンを諭すシーンと、
マリウスが死んだ学友たちに思いを馳せるシーンが同じ曲であることです。
そのことに気づいたときに、
私のなかで、マリウスと司教が繋がり、
もっとも、興味深い登場人物となるとともに、
物語の大きな円環を意識し、
他の登場人物も、より思い入れを感じるようになりました。
アンジョルラスら学友と恩人のバルジャンの死を経て、
マリウスはどのような人生を送ったのでしょう。
彼はその後も甘ちゃん学生だったのでしょうか。
いや、
その経験を深く心に刻んだ毎日を送り、
たまたま通りすがった仮出獄の男の人生を見通し、
心から、
「さあ、我が兄弟」と声をかけることのできる人になったのではないでしょうか。
また、
司教は、以前に、バルジャンのような男と深く関わったことがあるのではないでしょうか。
だから、すぐに彼の心の荒れを見通すことができたのです。
まあ、曲が同じだ、というだけなんですけど・笑
私にとって、このドラマが、
バルジャンやテナルディエのような、
変わった人の人生を伝えるだけのものではない、
と気づいたところなのでした。
・岩谷時子の訳詞
岩谷時子の訳詞が素晴らしいということに、
今更ながら、気づかされた話。
ディズニーの映画の歌詞の日本語版は、
元歌詞に語順とあわせた訳になっているために、
日本語でも主語、動詞の順番になって、
本来の日本語の感覚とは異なるものになっているパターンがある。
本作の日本語歌詞は、そのような表面的な拘りはなく、
たとえば、
STARSの一番最後の歌詞はstarsで、
岩谷時子のつけた詞はそうはなっていないが、
日本語歌詞の語順の倒置、
こちらのほうが、ジャベールの精神が表現できていると感じる。
" This I swear by the stars."
「この星に誓う、俺は」
この語順、
日本語で歌を伝えるということの、
岩谷時子の技というものの評論が成立すると思うときがあります。
( ディズニー映画の訳詞だと「私は誓う、この星に」みたいな感じ
本作の例だと、
Bring him home. 彼を返して、家へ )
( うまく説明できてないけど、とりあえずの覚書 20250913)
(続く)
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トリビア・メモ
初演の少年1に藤田朋子、少年2に藤田久美子(クミコ)。
20230208追記
■日本初演
よく言われていることではありますが、
日本での初演では、
そのときだけの演出が多くあったように思います。
( 有名なものは囚人番号ですが
バルジャンの囚人番号24601を日本版で24653に変えたのは岩谷時子さんの功績の一つかと思ってましたが、なんと鹿賀丈史さん発のアイデアだったとは。鹿賀さんの貴重なお話もっともっと聞きたかったな。#帝劇コン
— さくさく (@uta_ka1) February 15, 2025
)
記憶があやふやになっていく前に覚書しておきたいと
長年思っているのですが。
どんどん忘れていってるなと思います。
( 確かなことか、自信がなくなっているものもあります )
・第一幕の最後は、One day more でなくPeople's Song だったように思う。
・滝田栄はCDに残っている音源とは異なり、最初はオリジナルと同じ高い音程の旋律で歌っていた。(苦しそうだったけど)
・斉藤由貴はちょっと浮いていたと思うけど、こちらの先入観もあったかもしれない。
( どうしても彼女だけ、オーディションで実力で役を勝ち取った感じがしない・謝 )
( 20250814・NHKのThe Covers で、
コゼット初演者の斉藤由貴が、夢やぶれてを歌った。
彼女らしさが出ている一曲になっていて好かった。
ただ、このミュージカルの楽曲は、
パワーを外に放つ力強さが合うと再確認もできて、
そもそも、コゼットにしろ、ファンテーヌにしろ、
斉藤由貴の個性とアンマッチなのだと感じた。 )
・鹿賀バルジャン・滝田ジャベールだと、ジャベールのほうが強く見える・笑
・今のようなエコー処理がなくても、島田歌穂の声が響き渡っていた記憶
・アンサンブルでも島田歌穂が目立つ(歌がうまい声の大きい娼婦がいる・笑)
・ソロよりもアンサンブルの歌の迫力が心に残った
( 今のような性能のよいマイクでなく、直接届く固まりの歌声 )
面白おかしいことを書きたいのではなくて、
そのとき日本のエンタメのいろんな分野からできる人を集めて作った、
( 実力本位で集めてこないと成立しない水準のものを作った、)
( また、懸命な姿勢が伝わってくる島田歌穂に象徴されるような熱、)
今の日本のミュージカルの源流のような舞台を直に観ることができた
かけがえのない思い出、
後にニューヨークで観たものよりも強く記憶に残っている観劇の思い出を
覚書しておきたいというものです。
( 帝国劇場の記憶
http://inatt.tokyo/article/488870515.html
)
・観劇の記録
20070630 アンジョルラス逆さ磔・日本初演20周年記念講演
http://inatt.tokyo/article/398822009.html
20070715 バルジャンがファンテーヌをお姫様抱っこ
http://inatt.tokyo/article/398822033.html
20091011 司教さんへの拍手
http://inatt.tokyo/article/398822344.html
20110517 スペシャルキャスト・テナルディエは悪人
http://inatt.tokyo/article/398822437.html
20130705 新演出
http://inatt.tokyo/article/398822476.html
レミゼラブルを人類に布教したい委員会🇫🇷🥖(1/3)
— saya (@sana5151_1) January 8, 2025
(⚠︎4年前くらいに描きました、色々間違いあるかもですがお手柔らかに) pic.twitter.com/xgXwaL99bG
ラベル:#レ・ミゼラブル

