2011年06月19日

20110612 【マンガ】星守る犬 村上たかし

 
人は皆
生きてゆくかぎり
「星守る犬」だ

 
コンビニのマンガコーナーで、聞いたことのない題名の本が目に入る。
映画かなんかの宣伝の一環なんだなと思って手にとらないことも多い。
寝入る前の読み物になるかもと、何の気なしにコンビニのカゴに放り込み、
数日後にふと読んでみて、
こんな好い作品を今まで知らなかったんだ、と驚くこともある。

「星守る犬」と「続・星守る犬」の2冊に収められている、
「星守る犬」「日輪草(ひまわりそう)」「双子星」「一等星」
「星守る犬/エピローグ」
の連作ひとかたまりで、素晴らしい作品だと思いました。

最初の「星守る犬」エピソードを読み終わったとき、
この救いようのない終わり方をする物語に意味があるのか、と思い、
次に、
こういう物語が生まれるのは、
ハッピーなんてそばにいないまま、
おとうさんと同じような終わり方をする人たちが、
今の世の中にはたくさんいるんだ、
だから、作者は、
(実際には在りえないかもしれない)ハッピーのような存在とともにいる
おとうさんの物語を
作り出したのだ、と思いました。

あえて、大袈裟に言うと、世の中が、世の中のたくさんの無意識が、
作者にこの作品を書かせた、というような感覚を持ちました。

そして、「日輪草(ひまわりそう)」以下の後日談で、
作者は、
おとうさんの旅はなんだったのか、
おとうさんの人生に意味があったのか、(*)
というような、読み手の疑問に、
作者もきちんと向き合っていることがわかるようなエピソードを
示してくれました。

(*)それらの問いの隣には、
 自分の人生に意味はあるのか、
 というような恐ろしい問いもあるかもしれない。


作者は、最初から、この連作の全体像を頭に描いていたのでしょうか。
そうかもしれません。
でも、個々の作品の発表ペースや、
作者あとがきから、
私は、上記のようなかたちでいったん世に出した最初のエピソードの、
大きな反響を受け止めて、
あらためて、残りのエピソードを生み出していったのでは、
という感想を持ちました。

勝手な想像ですが、
その経緯そのものが、
この物語の存在意義や、
作品の語りたいことの内容と、
重なり合っているようだと感じました。

ーーーー

このエントリーを書くために、wikipediaを見たら

「奥津が図書館に行った日7月29日が土曜日の年が2006年。
逆算すると、おとうさんがハッピーと旅に出たのが2004年の夏頃、
亡くなったのが2005年の初め頃、
哲男が祖父とお詫びとお礼の旅で長野さんに出会ったのが2005年春頃、
ハッピーが死んだのが2006年の春から初夏頃と推定される。」

という指摘がありました。そうならば、


物語のエピローグのとき、
ハッピーはまだ生きていて、
ひとり、
おとうさんを見守っている。


世の中や自分の人生は、
マンガひとつで、
容易く変わるわけではないけれど、
ときに、
ハッピーやおとうさんに思いを馳せる、
そんな想像力が私たちには必要だと思う。


  
  
星守る犬
村上 たかし

4575301434

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続・星守る犬
ダメ犬グー―11年+108日の物語 (幻冬舎文庫)
星守る犬 映画ノベライズ (双葉文庫)
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夕凪の街桜の国
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posted by inatt at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 感想など・マンガ・漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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