2022年08月06日

私のタイムライン/( または「半分、青い」途中の感想 )(「言葉をあやつるひとは、よほど慎重に言葉というものを取り扱わねばならぬ責任を負っていると考えたからです」)



「朝ドラ×Twitter」には人を闇落ちさせる力がある、のかもしれない・笑













"Words kill as bullets."

朝ドラの感想からホロコーストまでが、
地続きにつながっているように呟きを並べること、

大変に大仰なものいいですが、

経験的直観的に肯定する自分もいます。(20221027追記)




 
20180519記

2009年から、twitterでテレビドラマの感想を呟いていますが、
今放送されている朝ドラ「半分、青い」で、
初めて経験することがありました。

私は、タイムラインを育てる、と言っているのですが、

ドラマなどの感想で、

「自分と同じ感想だなあ
「この人は自分と好みが同じだなあ
「そうか、そういう見方があるのか、なるほどなあ

と思う呟きをする方々をフォローし、

作品への悪口とか揶揄、人への攻撃が多くて、
「読んでて、少し、気持ちよくないな」
と思うことが多い人をミュートしたり、ブロックしたりを繰り返していると、

知らず知らず、自分の趣味嗜好でTLを育てることになり、

テレビドラマが好き、

ちりとてちん、カーネーション、あまちゃん、ひよっこ
が好きで、

新選組!、平清盛、真田丸、おんな城主直虎
が好きな人たちがつぶやいているタイムラインになりました。

そのタイムラインで、
自分が観ていないドラマを褒めているツイートが多く目について、
自分もその作品を視聴してみると、
間違いなく、自分も楽しめる作品なのでした。
( 例えば、「カルテット」 )




その長年かけて育ったタイムラインが、
「半分、青い」の感想で意見が二分されているのです・笑

私自身は毎日結構楽しんでいたので、
ちょっと、吃驚しました。

物語はおそらくいきあたりばったりでなく、
人物造形も演出も、
それぞれ意図を持ちながら制作されていると感じるので、

たとえば、
ゾートロープ、拷問器具の絵(笑)、犬のパネル、
主人公は、
絵で他人に想いを伝えようとする人であることが、
重ねて語られていて、
( そして、ゾートロープ以外は相手に想いが届いてない・笑 )
これからどのようにこの主人公が育つのか、
楽しみにしています。

物語が更に進み、
自分と自分が育てたタイムラインが
この朝ドラに対して
どんな感想を持つのか、
とても興味深いです。



半分、青い 全体の感想
 http://inatt.tokyo/article/461932922.html



20180930追記

テレビドラマが好きな人たちが、
ひとつのドラマを挟んで
ドラマそのものでなく、
発言者へ向け、なんだかんだと言い合う必要はないです。

そういうことを起こさせたという点で、
脚本家のツイートも含めて、
このドラマは非常に特異だと思います。

私は今まで、
大河ドラマの平清盛や真田丸などで、
twitterとともにするドラマ鑑賞が、
自分の生活を豊かにしてくれることを経験しました。


今回、それとは異なるドラマ鑑賞体験も
twitterで起こりうるのだということを知りました。






20200327記

最近、「半分、青い」(というか、その脚本家)や、
「なつぞら」(というか、その主役)に対して、

「~という批判のツイートを目にしたが、」という
ツイートをときどき見るのですが、
私自身は、
「そういう主旨のツイート見てないけどなあ」
と思うことがあります。

あれから、少し、タイムラインが育ったのかも、
と思います・笑





20200626記

朝ドラの感想ツイートのなかに、
前作と今作を比べ、引き合いにして、
今作を批判したり、
前作を讃えたりするパターンがあると思います。

私も、#おしんチャレンジ のあと、
おしんとエールを比較したツイートをしました。


しかし、
例えば、
スカーレットとエールを比較するとしても、
エールが、
「いつもと変わらない1日は特別な1日」みたいなことを
表現しようと考えているかというとそんなことは全然ない
と思うので・笑、
両作品を並べての、
こっちが上だの下だのと主張することには意味がないとの
考えに至りました。






20210304追記

話が逸れるのですが、

Twitterのタイムラインも、
YouTubeのお勧めも、
変なものばかり、観たりレスポンスしたりしていると、

タイムラインやお勧めが、
変なものばかりになっていく・笑

よくできたツールは、
自然と世の中の仕組み動きと同じようになっていて、

現実の世界でも、
変なことばかりしていると、
変なものを引き寄せてくるということか、
と思っています。

だから、
よくできたソフト・ツールが
そのままに、
世の中や人を良くしていくということはなくて、

ソフト・ツールを使う人の
善性や倫理とまではいいませんが、
あなたはあえて何をしますか、
という、
毎日の
ひとつひとつの
選択が重要と

大袈裟な感想を持っています。


■おかえりモネ

20210816追記

「おかえりモネ」についての批判ツイートが多くなっていることに驚いています。

「半分、青い」や「なつぞら」では、
批判は、脚本家や主役など、特定の対象に偏っていたように思いましたが、

今回、作品の全般的な要素に向かっているようで、
今までにないことだと思いました。

「アンチ」はどの朝ドラにもありますが、
今回は、
「ヘイト」的な匂いを感じます。気のせいかもしれませんけど。

( ここでの「アンチ」「ヘイト」の使い分け。
  「アンチ」の批判はその対象が存在していることが大前提の批判で、
  その対象が存在しなければアンチそのものも存在意義を失うから、
  そこまでの結果を(内心は)望んでいない場合がある。
  ヘイトは、その対象が滅ぶことを望んでおり、
  本当に滅ぶまで手を緩めないことが本質的な行動原理 )

今のTwitterは、タイムラインを育てるなど悠長な話で、意味がなくなってきているかもしれません。

私は、毎日の生活に元気を貰うため朝ドラを観ています。
こんなご時世、少しでも多く心の栄養を「接種」するよう心がけています。
出来る限り、心の栄養となるものに多く目を向けるようにするべきだし、
後ろ向きな感情を「伝染」させるような他人から元気を奪う発言は慎むべきだと自分を戒めています。


20210917追記

今、私のタイムラインは、
「おかえりモネ」について、
菅モネファンの明るいツイートだけでなく、
作品のあらゆるところにつっこみを入れているツイートが
がんがん流れています。
それは、
気持ちのよい状態とは思いませんが、


( ネガティブな意見の攻撃性に心がゆさぶられ、
 静かな気持ちでドラマを鑑賞することの邪魔になっていると感じています )


ほとんどブロックやミュートをせず、

そのままのタイムラインを眺めていて、

呟く方同士が罵りあったり、揶揄しあったりすることさえなければ、

世の中そういうものだ、という気持ちになってきています。


少し時間をかけて、その先にも、考えを巡らせたいと思っています。





「我がTL」という言い方を目にして、

すこし、心にひっかかりを感じたことがあり、

「タイムラインを育てる」という言い方も、

使うのを止めようと思いました。

(20220211追記)





20211106

「カムカムエヴリバディ」の第1週が終わりました。

タイムラインはしばらく忘れていた温かさです・笑

これは束の間の小春日和なのか・笑





(ツッコミどころ探しの世の中)

世の中には、

あれには、あの人には、

いくらでも遠慮なく、突っ込んで、

心の憂さを晴らすことに使っていいんだとされている対象があるようだと

感じるようになりました。

いわゆる、週刊誌などがネタにするものです。

朝ドラ、大河、紅白歌合戦は、

民放のテレビ番組とは異なり、

そういう扱いになっているように思います。

それはメディアの取扱いの問題ではなく、

世の中の人が憂さを晴らす存在を心の中で常に望み、

朝ドラヒロインなどをそういう扱いをするものと認定しているのだと感じています。


朝ドラでは、

何か、観る人が物足りなさを感じたときに、

その原因のスケープゴートを求めるということを感じるときがあります。


その対象は、何を言っても、反論してこないだろうと思えるものが選ばれがち

とも感じる


・おかえりモネでの演出担当

・カムカムエヴリバディでの演出担当

・カムカムエヴリバディでの子役


本稿ではいじめの構造の考察をしているつもりはないのですが、


・複数の同じ立場の人たち(歴代ヒロイン)を比較して、ひとりを非難する

・複数で分担している人たち(演出担当)の、そのうちのひとりを攻撃する

・特別な出自の子役を嫌う(父が監督で母が女優、姫川亜弓さんのことではないです・笑)

・悪口は別場所(別のタグ)で言う。でも、他の人にも聴こえるように。

 ( 本タグにしろ、別に作るタグにしろ、
   そこに集う人たちには、
   自分が見たいものだけを見たいという願望がある。
   また
   自分の意見を否定されたくない。
   そして、
   このブログだって、まさしくそうなのですが、
   誰からも見えないならば語ろうという気にはなれない。
   大変面倒なことだ。 )

・いじめは、いじめることが動機になっているとは限らない。
 だから、当事者は自分のしていることはいじめではないと本気で思っているし、
 それを口にできる。

・人にレッテルを貼る人は、実は自分にレッテルを貼られることをとても嫌悪している。自分がやられて嫌なことを他人にする。






「カムカムエヴリバディ」での演出担当批判

我々は朝ドラで演出とクレジットされた人が何をしているのか、
何も知らずにいろいろ好き勝手言っているところがある。







視聴者が制作統括に「あの演出担当をしっかり指導しろ」みたいな依頼をする展開に驚き、

拍手(同意)が発生したということにさらに驚いた。

( 20211205 愛宕山での講演会 )





「カムカムエヴリバディ」を観終わって感じたことは、

( 批評や粗さがしでなく、 )

物語そのものを愉しめ」ということを思い出させてもらったということだった。







・誹謗中傷 ( 20220806追記 )

とうとう、朝ドラに関する呟きが、いじめ、誹謗中傷なのか、という議論が出るところまでいきつきました。

沸騰する「#ちむどんどん反省会」批判かイジメか
真っ当な声もあるが誹謗中傷のような酷い言葉も
木村 隆志
https://toyokeizai.net/articles/-/609588

( 一石を投じるという意味で立派な記事だと思いました )

このことについては、自分事として、
この先もよく考えるべきことと感じています。


東洋経済オンラインアカウントがわざわざ#ちむどんどん反省会タグをつけて、
記事をツイートしたのには、ちょっと驚いた。
当タグを使っている人たちへの挑戦的態度なのか、どうか。
ツイート自身は、
#ちむどんどん反省会タグには批判と酷い言葉と両方ある、
と言っているだけ。と
いうことは逆に挑戦的ということか。

しかし、ネガティブな意味合いのドラマに関するTwitterのタグが記事になる
というのは異例な出来事なのかもしれない。





当記事についての反応のなかには、
いじめを題材にしたドラマで見たような、

「あれはアイツが悪いからしょうがない」
 または
「私はいじめていない」

を思いおこすようなものもあり、

自らを戒め、注視したいと思います。



「私が〇〇人のことを■■野郎呼びしているのは理由があって、〇〇国が〜の歴史的事実を改竄しているからです。〇〇国が過ちを認め謝罪しない限り、私は〇〇人のことを■■野郎呼びします」



「私達はやむを得ずやっているのだ」










政治が世の意見を拾い上げ使おうとすること。
人が政治家に働きかけようとすること。


( そして、この延長線上にあるかもしれない、
  嫌な想像は、
  NHKは受信料を強制的に徴収しているのだから、
  朝ドラは国民のもので、
  〜のような内容はけしからんと、
  政党や政治家が口をはさんでくるような世界線 )





・ちむどんどん放映時に気づいたこと

朝ドラ×Twitterには、構造的に人を闇落ちさせる力がある。
自分の責任で気をつけていかねば・笑


( 20221027追記

  話はまだ続いている...
  朝ドラヒロイン役の次の作品まで追いかけて批判する?
  そのことを批判する?
  所属女優に対する誹謗中傷に対策を講じてと事務所にお願いする投書を呼びかける?
  反省会タグをとりあげたメディアや記事を批判する? )






・全部大泉のせい(20221009)



「でも僕は大丈夫、倒れないから」って笑いにしてるけど、
因果が逆で、
倒れなかったという結果があるから笑いにもできる。
小栗旬が大泉洋に対した今回は偶々倒れなかっただけで、
ドラマを観て発生した憂さを「〇〇のせい」って、
寄ってたかって不満をおっ被せて、
人を潰すこともできるということ。

「全部大泉のせい」、ひやりとする怖い出来事としても覚えておきたい。

( 誰か、ドラマの後半展開から、
  「みんな、義時のせい」
  「みんな、小栗のせい」って
  言い出せるか、を想像してみると、
  言う人、言われる人が無意識の恣意というか、
  任意に選ばれているわけではないという、
  ひとつの証拠だと思う )

( 「おしん」のときにTwitterがあって、
  田中裕子が
  #全部高森和子のせい
  と呟いて、いいねがたくさんつくみたいな・笑 )



・お清役、高森和子さんの述懐(おしんDVD付録)

 お清への批判的投書が多く寄せられ、気がつくと、道の端を伏せ目がちに歩いていた
 プロデューサーから一緒に佐賀へ行きませんかと言われ、しぶしぶでかけた
 満員の会場の壇上で、思わず「佐賀の皆さま、この度は申し訳ございません!」と言った
 会場は大きな拍手と笑いが湧き、一人の御婦人が立ち上がり、
 「お清さんは少しもきつくないですよ。昔はもっともっときつく苦しいものでしたよ」
 と言い、又も拍手が起った
 緊張から一転、佐賀の皆さまの暖かい温もりに包まれた、うれしいひとときだった
 

・言葉をあやつるひとは、よほど慎重に言葉というものを取り扱わねばならぬ責任を負っていると考えたからです(平川唯一

平川唯一がインタビューで語った内容の引用(別冊人生読本・戦後体験p54)
「テキストのどのページ、どのレッスンからも暗い言葉は全部抜くように気を使いました。というのは、当時のような暗い社会状況のなかでも、もし私が不用意に暗い言葉をテキストのなかに使って、それが聴取者に反復練習されている間に、そのような暗い言葉の内容が現実となってあらわれるのを恐れたからです。つまり、言葉をあやつるひとは、よほど慎重に言葉というものを取り扱わねばならぬ責任を負っていると考えたからです。(〜)このような言葉と事象との間の密接な関係は、歴史的経験によって示されています。」

SNSがある時代にはすべての人の発言や行動にあてはまることかもしれない。





・リテラシーの高い事例 20221026



本文は画像、#や×も絵文字に。

「一応、共有しておかなきゃ。
全ては守るために。
#が付いたものをRTも×だ」

「「#●●●●反省会」なる、
ドラマの悪評をツイするユーザーが存在
するみたいです。
ドラマや推しのドラマを守るために
注意@ 開かない、読まない、反応しない
注意A サジェストにあがっても
   開かない、読まない、反応しない
これ、鉄則★反応したら思うツボ★」


( 朝ドラヒロインの次回作の主演の推しの方、
  ところが、
  そのすぐあとに、
  連続ドラマ主演中とは思えない発表があって... )

・リテラシーの高い事例 20230111



・大河主演俳優の推しの方
 関わりのない通りすがりの当方だが、
 ちょっと感動した。

 自分の興味の方向(推し)だけでなく、
 周りにも目配りするって大事なのかも。





20221104

自分の使う言葉が、
流行語大賞にノミネートされたと想像してみる、
というのが、
普遍化可能性テストみたいなことになる、
というのはひとつの発見に思えた。

〇〇反省会
全部〇〇のせい

俺たちの〇〇

の違いが分かるテスト


( 「現代用語の基礎知識選 ユーキャン新語・流行語大賞」事務局が「#ちむどんどん反省会」を「NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』の視聴者の間で、放送後に内容を話題にするツイートが大流行。『ちむ』は『肝』のことで、『わくわくする』を意味するが、毎朝ドラマの展開に『ワクワクよりも、ドキドキして心配になる』という声が多かった」と説明している、というのも選考基準はなんなのか、大変興味深いことだった。 )








posted by inatt at 17:35| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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