2020年05月13日

【ドラマ】 おしん 1983年


 
・たとえ日本が戦争するようなことがあっても、おしんだけは反対するんだ。

・決して人を恨んだり憎んだり傷つけたりしてはいけないぞ。
 人を恨んだり憎んだりすれば、
 結局、自分もつらい思いをするだけなんだ。
 人を傷つければそれは必ず自分も傷ついて苦しむことになる。
 みんな自分に返ってくるんだ。

・ひとを許せる人間になってほしいんだ。
 ひとを愛することが出来たら、
 きっとひとにも愛される人間になれる、
 そうすれば、心豊かに生きていけるはずなんだ。




誰かにとっての、たか、健、ひさ、でありたい。

効率や実利だけを考えていればよいなら、

彼らは、おしんを援けなかったはずだ。





2019年4月、朝ドラが100作目を迎えたからか、
BSで再放送が始まりました。

私は今まで観たことがなかったこのドラマを
毎日楽しみに観ました。

毎日1年間観続けなければならない大長編で、
正直、
毎日観るにはしんどい展開(佐賀編)、
ちょっとつまらない展開(スーパー設立のあたり)もありましたが、
大変満足しました。

長い長い物語を経て、
第1回の時点に戻ったとき(第288回)、
1年間毎日観てきたことからこその、
深い感慨を得て、
理屈抜きの説得力を感じる、
など、
得難い経験をしました。

それにつけても、
#おしんチャレンジ って
絶巧な名づけだと思います。
(作った方に感謝)



【朝ドラオブ朝ドラ】

文句なく、本作が朝ドラのなかの朝ドラ。

どんな朝ドラにも、
「こんな凄い、素晴らしい××があったよ」と
言えるところがあると思いますが、
そういう要素を有り余るほどに備えている作品。

Twitterの #心に残るおしん名場面 タグをみて、
さらに意を強くしました。


また、
大正から高度経済成長期までの日本のことを知る、
素晴らしいテキストとなっており、

知名度ほどには、
ドラマを実際に観た人は、
今となっては、
それほど多くないと思われ、
もっと頻繁に再放送されてもいいと思います。


昭和という時代の振り返り、
太平洋戦争の評価、
戦争反対の是非、
など、
今後も、いつまでも、
調査、振り返り、議論をし、
様々な研究、ドキュメンタリー、フィクションが
作られるべきだと思いますが、

雄の最後の手記を見れば、

それは脚本家が戦後に造ったフィクションなんだけど、

もう、結論は出ているような想いを持ちます。



【大正・昭和の女性のなりわい】

大正・昭和の女性の様々な生業が登場します。

年季奉公、
製紙工場の工女、
温泉場の酌婦、
女丁持(ちょうもち)、
髪結、
カフェの女給
住込女中、
露店屋台
魚行商
売春宿
パンパン
etc

おしんだけでなく、
ふじ、加代、佐和、初子などの人生を通じて、
当時の女性の大変な生きざまを描いています。


「売春宿」「赤子」「骨壺」とか、朝ドラと思えないもの凄い筋立て。


【男性の登場人物】

朝ドラなので、女性が主人公ですが、

主な男性登場人物の描き方も興味深いものがあります。

・日露戦争に従軍し、戦争の悲惨さから軍を脱走した男
・戦前に農民運動に携わるも転向、運動に虚しさを覚え戦後は食料品店経営に専心する男
・軍に積極的に協力し、終戦とともに自らを清算した男
・学徒出陣し、南方で餓死した男
・特攻隊で死にぞこない、経済的成功に邁進する男

そして、

・自分の先祖の物語を知り、志を持つに至った男


【方言】

現代の伊勢では、皆、標準語を喋っている。

おしんが上京したとき、
東京では、江戸弁、山形弁、佐賀弁が飛び交い、
日本の各地方の人たちが集う状況を示すとともに、
最初山形弁を話していたおしんは、
しだいに標準語になっていく。

佐賀ではおしんはひとり標準語を喋っており、
佐賀になじむつもりがなく、孤立していることを表している。

伊勢では、おしんとおしんの子供たちは、
(山形生まれである初子も、あるいは浩太も江戸弁でなく、)
標準語しか話さない。
(おひさが標準語でないのは、
 おしんの家族たちとは異なる位置づけだからだと思います)

標準語を話すことで、
特定の場所の人でなく、
日本のどこにでもいる人たちの物語であることを
示しているのだと思う。


【庶民の戦争責任を問う】

本作では、軍服がほとんど登場しない太平洋戦争を描いており、

軍人が加害者で庶民は犠牲者、のような話は出てこない。

庶民の戦争との関わりについては、竜三のビジネスの変遷が大変興味深い。

・佐賀から東京に出て羅紗問屋を開業し、大戦景気のもと、派手にカフェ遊ぶするほどに繁盛する。
・第一次世界大戦後の1920年(大正9年)の戦後不況(綿糸や生糸の相場暴落)の影響で危機に陥る。
・大衆向け子供服の製造・販売で盛り返すが、関東大震災(1923年・大正12年)で多額の借金で投資した工場を失い、東京を引き払う。
・伊勢で魚屋を始める。(1927年・昭和2年?)
・世界恐慌から波及した昭和恐慌(1930年・昭和5年〜)の影響で加賀屋も潰れ、不景気は続き、景気をよくするには小さな戦争も必要と考える。
・満州事変勃発(1931年・昭和6年)、これからは軍人の世の中だと考える。
・1938年(昭和13年)軍の納入業者になる。鮮魚から食料加工品や衣料品へ事業を拡大していく。事業以外にも軍に対して様々な協力を行う。
・敗戦により、事業を終了。

竜三の最後の身の処し方は、庶民にも戦争責任があることを表現していると思う。


同じく、
戦後の高度成長の負の面についても
庶民にも責任があると主張しているのではないか。


【戦後のおしん】

戦後のおしんには、
家族以外の、
おひささんやたかや健のような助けてくれる人が
いなくなっている。
(浩太とも、専らお金の話しかしていない)

頻繁に
(主に初子が、おしんに対して言う、)
世の中が変わった、
人の考えが変わった、
という話がでてくるが、
何が何故どのように変わったのかは
はっきりとは示されない。


ひとつは、
プラグマティックに実利選好を第一に考える、
ということかもしれない。

( 2020年8月9日 NHKスペシャル 「渡辺恒雄 戦争と政治〜戦後日本の自画像〜」
http://inatt.tokyo/article/476954142.html


【大団円感のない結末】

私にとっては、
ずっと浩太に感情移入できなかったので、
このドラマの終わり方に、
大団円を感じないのですが、

初放映時は浩太は人気があったと聞いたことがあるので、
それぞれがどう感じるのかはわかりません。

作り手は、
おしんの人生を
すべて肯定的にとらえているわけではないと
感じているので、
大団円にまとまっても
私自身は違和感を感じたと思うので、
結末に不満はありません。

バブルや平成不況を経て、
スーパーたのくらがどうなっていったか、
やや悲観的な思いを持ちますが、

ひとつ言えることは、

おしんとの旅により、
圭が抱えることとなった夢が
叶うことを願っています。


【忘れられない登場人物】

少ししか登場していない人物でも、
その後、どんな人生を歩んだのだろうと
思いをはせる人たちがたくさんいました。

材木問屋女中のつね
 彼女も立派なプロフェッショナルだと思う

松田先生
 教育がとても大事なことであり、それを担う人の素晴らしさ

恒子
 恒子の場合は、
 その後どんな人生を送ったんだろう、と思うよりは、
 見ていないのに、
 どんな人生だったか、
 もう、知っているような気持ちになっている・笑

 ( それとも、自分自身も怖いお姑になったのか・笑 )


アテネの女給たち
 彼女たちも「おしん」であり「加代」でもある。
 震災や恐慌や空襲を潜り抜けたのか、どうか。

おしんの弟、妹たち(正助・こう・すみ)はどうなったのか・笑
 惣領の庄治は農地改革があったからよかったけど。
 仮に不幸なことになってなくとも、庄治ととらに嫌な目にあわされてそう・笑。

川村清一
 戦後のおしんの成功のもととなる重要人物。
 天国で、土地は初子に譲るべきだったと悔いてはいないか・笑
 雄の代わりにおしんに親孝行したと考えた場合、
 そのお金は、
 終戦直後、
 ヤミペニシリン、メチルアルコール、高利貸などで、
 遮二無二に荒稼ぎしたもの。


【主要登場人物】

竜三
 クズなところもありながら・笑、
 嫁の母に会うなり、爽やかに
 「お母さんよく来てくださいました、私が田倉竜三です」
 と言える人。

お清
 高森和子さんの名演。
 おしんをはじめ、台詞を噛んでもそのまま放送しているところが、
 まま見受けられるところ、
 お清にはない、
 あってはならない、
 怖いお姑でなくなる、
 観る人が醒めてしまう。

 台詞回しだけでなく、
 第219回、
 おしんの言葉を聞いているときの表情も凄かった。


【おしんのテーマ】

この物語のテーマは何か、脚本家が明確に記しています。

「ひろく明治、大正、昭和と激動の時代を生き抜いてこられたかたたちの人生史を知り、そのかたたちの生きざまを通じて、私たちが見失ったものをみつめ直したかったからである。それはまた、日本が明治から昭和へと近代国家に急成長する過程で、そぎおとしてきたものでもある。」

「“おしん”という名もない女性の一生を描くことで、今、私たちが生きるための指標を探れたらと願っている」

(橋田壽賀子が『母たちへの鎮魂歌』と題して「ドラマ・ガイド」の巻頭に載せた文として、
 おしん・シナリオ(一)奉公篇の序にあるものを引用)


また、第16回、第17回の俊作の台詞や
第219回のおしんの台詞もテーマのひとつでしょう。


戦争が終わったら、
戦争中は自分も黙っていたくせに、
自分ひとりは戦争に反対してきたみたいに、
馬鹿な戦争だったとか、
間違った戦争だったとか、
偉そうなことを言って。
私もそうでした。
暮らしが豊かになるためだったらって、
竜三の仕事に目をつぶってきました。
戦争のおかげで自分だってぬくぬく暮してきたくせに、
今になって戦争を憎んでいるんです。
雄や仁を奪った戦争を恨んでるんです。
そんな人間に比べたら、
竜三はどんなに立派か。
自分の信念を通して生きて、
それが崩れたときに
節を曲げないで自分の生き方にけじめをつけました。


また、
おしんの次世代の女性を描かなかったところも、
この脚本家の他の作品の特徴も含めて興味ぶかい。


【田中裕子】

田中裕子の演技を抜きにして、このドラマは成立していないこと、
誰の目にも明らかですが、

20190524の日経私の履歴書で
橋田壽賀子は、
「これまで秘密にしていたのだが、大人になってのおしん役、田中裕子さんは、私とは言葉を交わさなかった。目も合わさなかった。多分、脚本ができる前に仕事を受け、いざ始まってみると役柄が気に入らなかったのだろう。なのに田中さんは見事にというか、スタッフの期待以上のおしんを演じてくれた。それでこそ本当の名優だ。」
と言っている。
田中裕子は、おしんのどんなところが嫌いだったのだろう。

自身はおしんの世代の生き方に興味がなかったのかもしれない。


【誰かにとっての、たか、健、ひさ、でありたい】

このドラマを観て、感じたことのうち、
とても大事なことと思ったひとつは、

ビジネスや身の回りの賄いなどに関してはとても有能であるが、
家族の気持ちを慮る点には少し欠陥があるような・笑、

( おしんの師である、くには、
  まさしくそういうふうにおしんを仕込んだと思う。 )

そんな、おしんではなく、

見返りを求めず、おしんを折々で援けた、
たか、健、ひさのような人を見習わなければならない、

ということです。


【「おしん」を知らず、平成を通り過ぎた。そして、】

おしんが放送されたとき、
私は大学生でした。

世の中では大変な話題でしたが、
私自身は、
朝ドラ、しかも、一見古臭くみえる筋立てのドラマには、
まったく興味がありませんでした。

そして、平成の間も
おしんというドラマの内容を知ることなく通り過ぎました。

世の中は、作者の思い
(「私たちが見失ったもの」
 「今、私たちが生きるための指標」)
に関わらず、
バブルを経て、
失われたxx年を経由し、
今に至っています。

私自身は、
令和になって、はじめてこのドラマを観て、
いろんな感想を持ちました。

もし、
1983年に私がおしんを観て、
今と同じような感想を持ったら、

私自身の人生は何か変わっただろうか、

そして、おしんを観終わったこれからの私の人生は何か変わるのか、

そんな大袈裟な感慨を持ちました。



【各回覚書】(作成途中)


おしんは、昭和天皇と同じ明治34年(1901年)生まれ。

物語は、明治40年春から。(おしん数え7歳)。
なか60歳。作造37歳。ふじ32歳。
谷村家は、五反の小作と二反の畑(シナリオより)

第3週

16回

「たとえ日本が戦争するようなことがあっても、おしんだけは反対するんだ」

17回

「決して人を恨んだり憎んだり傷つけたりしてはいけないぞ。
 人を恨んだり憎んだりすれば、
 結局、自分もつらい思いをするだけなんだ。
 人を傷つければそれは必ず自分も傷ついて苦しむことになる。
 みんな自分に返ってくるんだ。」

「ひとを許せる人間になってほしいんだ。
 ひとを愛することが出来たら、
 きっとひとにも愛される人間になれる、
 そうすれば、心豊かに生きていけるはずなんだ。」

223回

母さん、人間、水さえあったら生きられるって本当ですね。
ここのところ、谷川に沿って歩いているので、ありがたい事に水には不自由しません。
雑草と水だけで、もう何日が過ぎたか。
これ以上、もう痩せる肉も無くなりました。
母さんのライスカレーが食べたい。
子どもの頃、今夜はカレーだって時は、ズボンのベルトを緩めて食卓に座りました。
あれが本当の幸せってものだったんだと、今になって気が付きました。
もうあんな時は、二度と帰ってはこないのだろうか。
その時は何とも思わなかった事がどんなに幸せだったか。
それが分かった時には、もう手の届かない世界になってしまいました。
今なら、あの1杯のライスカレーのありがたさを心から味わう事ができるのに。
何もかも遅すぎました。

母さん。
母さんがお釜のご飯のおこげにしょうゆをまぶして握ってくれたおむすびは、本当においしかった。
お魚やレンコンやゴボウのササガキや、枝豆やニンジンや、いろんな色どりが楽しかった母さんの五目ずし。
あずきをつぶすのを手伝いながら、生つばを飲み込み、母さんの手から魔法のように現れるのを待っていたおはぎ。
母さんが作ってくれたものはどれもおいしかった。

僕はとても女々しい男です。
でも、時々どうして僕がこんな異国で灼熱に焼かれ飢えに苦しみながら、当てもなくさまよい歩かなければならないのか分からなくなります。
誰のために、何のために。
母さん、教えて下さい。
僕はお国のためよりも、天皇陛下のためよりも、母さんのために生きなければならなかったのに。
母さん、ごめんなさい。

290回

父さん、僕ね、
いつか加賀屋ののれんを再興してみせる、
そう決めたんだ。
僕は、加賀屋の大奥様やそれにお加代様のことが
大好きになっちまった。
僕のこの体の中には、その人たちの血が流れてんだ、
すごいじゃないか、父さん。
父さんのやれなかったことを、俺やってみるよ、
やってみせる、できるさ。







posted by inatt at 14:27| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。