2020年11月28日

【ドラマ】 エール 2020年



音が裕一のことを
コロンブスレコードのディレクター廿日市に売り込みに行ったのは、
吟と智彦のお見合いの席で、
智彦が
コロンブスレコードで働く叔父を紹介できると言ったから。(第28回)


■私が観たかったこと、知りたかったこと

・大衆歌が人々の生きてきた記憶と結びついて描かれること
 
 軍歌ならなんでも嫌悪感を抱く人もいるでしょう。
 しかし、
 「船頭可愛いや」「長崎の鐘」などだけでなく、
 「露営の歌」「暁に祈る」も、
 その人の大事な忘れられない思い出と結びついていることもあると思います。
 
 裕一が創った音楽を聴き、生きた人たちの豊かなエピソードを期待していました。

  歌は「朝も昼も夜もずっとそこにある」(星影のエール)

  「自分の思い出とともにあんのよ、音楽って」(宮本浩次)


・戦前に軍歌に関わったことを古関裕而や福島三羽烏(コロムビア三羽がらす)はどのように考えていたのか。

 これは特殊な論点ではなく、
 音楽であれ、映画・ドラマであれ、テレビ番組であれ、
 多くの人に広く伝えるものを創造する仕事の人たちに共通の問題だと思いますし、

 普通の職業人にとっても、
 仕事と法律や倫理や社会の雰囲気などとの関係において、
 いつでも自分の身に起こることだと考えています。

 SNSで発信が簡単な時代では、もはや個人ひとりひとりの問題なのかもしれません。
 (大袈裟にいえば、ひとつリツイートするのも個々人の責任があるというような) 

そのような論点において、
自分が勝手にあらかじめ期待していたものと合致しないところがあったドラマでした。

そして、

ある時期は、戦時歌謡を持てはやしていたのに、
ときが進めば、軍歌を「戦犯」呼ばわり

するようなことがある人たちを
他人事としてとらえているとの感想を持ちました。


■脚本家の交代

ドラマ「ハゲタカ」の脚本家(林宏司)、
「サラリーマンNEO」を企画したディレクター(吉田照幸)、
どちらも私の好きな番組を作った人たちです、
あとは、制作統括やプロデューサーの腕かもしれませんが。

ひとつ指摘できるのは、
朝ドラというものは、
ヒロインだけでなく、
脚本家と演出家も相当大変ということははっきりしているので、
脚本と演出に同じ名前がクレジットされるのは、
異常事態だということです。


■コロナの影響

制作の中断、
主要人物の演者の死去、
放送回数の短縮、
キャストのスケジュール調整困難、
等々、
制作現場は相当に大変だったに違いない、
と、心中お察しいたします。

橋本じゅんさんをスピンオフエピソードで閻魔様として出した以上、
それと何にも関係ない別の役で再登場させようとは、
普通なら絶対しない。


■感想を書くための覚書

・裕一の創った曲が街に流れているシーンがない。

・讃美歌、クラシック、流行り歌、軍歌、ジャズ、ロカビリー、どの音楽もそのときどきの物語展開の道具だてとしてのみ使われた感。

 ( 別の作品を引き合いに出して比較することはあまりしたくないのですが、
   ほんの数年間の物語である「ひよっこ」では、
   同時代に流れていた、歌われていた、
   流行り歌(坂本九、加山雄三etc)、合唱曲(ロシア民謡、唱歌)、映画音楽(バーンスタイン)、ビートルズ、などなど、
   様々な歌が、
   物語に寄り添って、時には登場人物が実際に唄い、豊かに使われていました。
   最終週の「家族みんなで歌自慢」なんて裕一が出ていてもいいんだけど・笑 )

・音や音の母は、裕一の曲に影響を受けていない。

・誰にも戦争責任がない描き方、レコード、映画、ドラマなど表現物を造る人の責任の描き方

・こんちくしょうという台詞に抵抗があった薬師丸ひろ子の気持ち。(第90回)

・大衆歌より讃美歌?同じ場面で露営の歌を歌ってもひとつのドラマになったと思う(第90回)

・戦争に加担した(と感じる)罪が懲役刑のように償われた感じ(第93回)

・音が感じていた戦中の違和感が戦後どうなったのか、吟の戦中と戦後の気持ちの変化など、私の知りたいことが全然描かれないもどかしさ (第94回)

・智彦の戦後の物語に、「暁に祈る」のことが一切出てこない。

・「バンブー」が戦後、脈絡なくJAZZ喫茶になるのも、そのときどきの時流に安易にのっているような感

・古関裕而と筒美京平
 ヒットチャートの1位となることを第一としていたという筒美京平が古関裕而と同時代にいたらどのような仕事をしていたのだろう。

・関内家がクリスチャンである設定の意味
 裕一と音が出会う場所のため?
 讃美歌に特別な意味をもたせている?

・恵さんの思い出話が妄想ほら吹きみたいで終わったのが残念。
 そこに(表に出なくとも)説明がついていたら、
 野間口さんの演技も変わるはずなのに。
 ( 古本屋のエピソードを入れたんだから、
   「それ、先週読んだ小説でしょ」とか )
 結婚して何十年も経ってなお、
 「そんなこと聞いてない」というリアクションは変・笑。




2020年上期の朝ドラ

この物語では、

「エール」とは、誰が誰に、何が何に「エール」を送るのか


主題歌「星影のエール」では、

夜の星の光をエールに例えていて、

星の見えない日々
互い照らす
夜明け前の空
暗闇にほら響け

などのフレーズのあと、

星は、
朝も昼も夜もずっとそこにある、

と歌っています。


主人公の周りの登場人物たちは、
主人公の音楽家としての成功を喜んでくれますが、

( レコード会社の人がxx万枚売れたねえ、と喜ぶように、
  テレビ局の人が視聴率xx%だったねえ、と喜ぶように )

裕一の作った曲を鼻歌で歌うようなこともなく、

主人公の作る音楽について、
主人公の周りの登場人物や
世の中の人たちが
何を感じたかの描写が
少ないと感じています。

大衆歌を描くということは、
大衆の暮らしや気持ちを描くことなのでは?

阿久悠が、
「誰かが喜んでくれるといいな、
誰かが興奮してくれるといいな、
誰かが美しくなってくれるといいな、
というような願いを込めながらひとつの世界を創る、
というのが歌謡曲」
とテレビで語るのを見たことがあります。(*)

また、以前、
「「サラリーマンNEO」の作り手は、
サラリーマンに興味がないのではないか」
と思ったことがあります。

このドラマの作り手の皆さんが、
音楽の力や
音楽を人に届けようとする人や
音楽を受け止める人々や世の中
について、
興味がないということが
なければよいが、
と思います。




■第3回
 1919年(大正8年)
 小学4年生の裕一





■第4回

音が歌っていたのは、讃美歌312番「いつくしみ深き」

聞き取った歌詞は、

いつくしみ深き ともなるイエスは
われらの弱気を 知りて憐れむ
悩みかなしみに 沈めるときも
祈りにこたえて 労りたまわん


■第14回


■第16回

「サラリーマンNEO」のコントを観るように気楽に楽しめばよいと
観る側のスタンスが定まりました・笑

■第20回



■ 第33回

昭和6年(1931年)、
満州事変(1931年9月18日)も起こっているはず。
#おしん では、
加賀屋はとうになくなっている。

「影を慕いて」があまり響いてこなかったので、
気づきましたが、
流行歌を描くお話だけれど、
それを聴く人たちの視点が
今までなかったなあと思いました。
今までのコンサートのお客と
「影を慕いて」を買うお客は
層が違うかも。

木枯氏が何を歌うかも重要。
「影を慕いて」か
「酒は涙か溜息か」か
はたまた
「丘を越えて」か。

大衆歌を描くということは、
大衆の暮らしや気持ちを描くことなのでは?

■第40回

朝ドラでよくあるパターンは、
最後のひとつ手前で、
ヒロインの変な叔父さん・笑が
突拍子もないことを言い出し、
最後のカットが
ヒロインがとまどった顔であるやつ・笑
「ボケ」と「ツッコミ」の組み合わせなんですけど、
「ボケ」たまま終わるのは珍しいと感じました。

■第50回


■第53回

恵さんが呟いた名前「伝吉」を一応、覚書・笑

■第55回




演出・松園武大氏
「最愛の父・三郎との別れ、そして三郎が命をかけて繋いだ家族の絆を描いたこの回は、『エール』の特別大きな節目だと思っていました。そのスペシャル感を前面に押し出したいということで、チーフプロデューサーと話し合って決めました。」
(朝ドラ『エール』三郎(唐沢寿明)最期のシーンの裏側 演出・松園武大が語る
  https://news.yahoo.co.jp/articles/a796348ef68293c2a9539173e81a12a1d228965b )

主題歌が流れないことが、スペシャル感ならば、ドラマにとって主題歌とは何だろう、と考えてしまう。

次は、スピンオフでもないのに、ヒロインをまるまる1回分登場させないとか・笑


■第57回



■第58回「古本屋の恋」

題名がこの時代らしく感じられて好いです。

梶取(かとり)保と二宮恵が出会ったのは、
日めくりからすると、
1926年(大正15年)4月15日木曜日。

(ご両親が七回忌とのことで、
ひとりきりで関東大震災を経た神田の古書店主は、
これまでも波乱万丈な人生であったように思いますが)

再放送の副音声で、恵さんは、
「食いついたわ
「乗ってきた、乗ってきた
などと語っていて、
その目で見ると確かにそういう演技をされていたように思います・笑。


■第59回




■第60回

#あさイチ で近江アナが
「どなる人好きじゃない」と
眉をひそめていたのが印象的でした。


■第61回

昭和11年(1936年)から物語が再開しました。
大阪タイガースの歌(六甲おろし)は
昭和11年3月25日に初披露されたそうなので(Wikipediaより)、
すでに二・二六事件も起こっていると思われます。
三羽烏が軍歌に関わることをどのように描くのか興味があるのですが、
この物語の世界ではそういう世の中の気配は全然描かれません。

また久志が最後のオチでした・笑。


■第62回



■第81回

第17週「歌の力」第81回のオープニングでは、作 吉田照幸でした。



■第84回

奥さんの実家が、
軍との商売を主としていて、
かつ
キリスト教徒で特高に目を付けられていて、
元弟子の入り婿が入信し、
聖書を持ってきて、
反戦を説くというのは、
お話の作り方が相当ごつごつしている印象です。



制作側のみならず、観る方にも確立している、徳永えりへの信頼感・笑
この回が最後の登場であるわけもなく。

( 短い出番で呼ばれるけど、
  結構難しいことをやらされる感。
  −夏ばっぱの若い頃、とか
  でも、観る側として不満を感じたことはない、凄い実績・笑 )


■第85回



裕一の台詞で「慰問に『行けと命令がくだった』」とありました。
現実でも徴兵や行政命令以外でも
こういう言い方が当時よくあったのだとすれば、
そういう体制づくりを含め、
やはり嫌な時代だなあと思います。

(最近、廿日市さん出てこないな、
 制作の事情もあるかもしれないけど、
 戦後に「あ軽く」再登場してほしいな)


■第86回



■第88回

裕一が思い知ったことは、
この回で描かれた、
恩師の身の上に起こることを目の当たりにする、
非常に特殊なシチュエーションを体験させないと、
理解できないことでしょうか。

過剰な表現は、視聴者へのインパクトのため、と感じました。

( 一方で、東京大空襲など、一切触れられない。
  弘哉の他にも、音の音楽教室の生徒さんたちは皆無事だったろうか。 )

■第90回 「戦場の歌」

この回を観たあと、とても腹立たしい気持ちになっていくつかの呟きをしました。

このドラマの作り手は、
古関裕而の曲も、自分たちが用意した主題歌も、蔑ろにしているように感じて。

感情的になってしまったと後で思ったので、呟きは消しましたが、
自分への戒めとして、その内容は残るようにしました。







このドラマで私が知りたいのは、

光子さんであのようなシーンを用意するのであれば、

東京大空襲で、焼け野原となった東京で、
裕一のなかに湧く音楽はどのようなものか、
ということ

そうしてみると、
光子さんに「こんちくしょう」と言わせるのは、
このドラマでは意味がなく、
薬師丸さんは、裕一に代わって、歌うことを考えたのだと思いました。

■第100回



■第114回



ドリフのコントでは、ヅラをかぶったりはしても、
演じる人の年齢とは明らかに離れている役をやったりしますが、
この回と次の回の裕一には、
回も重ねたのに、
ドリフのコント内の人のような、
人として一向に円熟してない感がありました。

一方、となりのシムラの
志村のお父さんには
表向き単なるコントでありながら、
年輪を重ねた陰翳がありました。


■第120回(最終回)

物語の最後に、棒を振ることしかすることがなかったドラマの主人公。

曲の素晴らしさも、それを歌った歌い手の素晴らしさも、
もとからドラマを観ずとも知っている。

このドラマが主張していることはなんだろうか、
音楽とは歌とは、それを創る人とは、
いろんなもやもやを感じさせてもらったドラマでした。






【一時休止と再放送】

20200630記


20200516記

6/27(土)の放送で、一時休止になるとのこと。

機会がある度、何度でも言おうと思っているのですが、

「朝ドラと朝ドラ受けは、平和の証」

早く、放送再開されるようになればいいですね。




【みんなで星影のエール】

私は、
髪をセットしてもらいながら、
ゆっくり音程を確認しながら、
歌を練習する堀内さんの歌声に、
「歌の力(エール)」を感じた。



第120回(最終回)でイヨマンテの夜を歌われましたが、

吉原さんが本編で歌うシーンを観てみたかった。



■「栄冠は君に輝く」



観客のいない球場で、
選手に向かい、お辞儀をし、歌った。

( 東京オリンピックの開会式、閉会式の出し物が思い出されました。 )

歌い手のためのモニタースピーカーがセッティングされていて、
名演の裏には丁寧なスタッフの準備があると思った。





■参考になった情報




https://news.yahoo.co.jp/byline/tsujitamasanori/20201127-00204465/

「戦争に協力した。大量の軍歌を作った。しかし、戦後は大きな挫折もなく、すぐ平和の曲を作り、成功していった。古関に限らず、多くの文化人が当時このような人生をたどった〜」
「戦時下の文化人の生態を知り、それを今後どのように教訓として生かしていくのか。問われているのは、われわれのほうなのです。」
「われわれが日々消費しているエンタメが、ある日を境に、プロパガンダになってしまうかもしれない。そういう厄介な問題を心のどこかで意識しておくこと。これが大切です。」

●根拠がないので、言いがかりになってしまうのですが、
本ドラマの作り手の方々は、
上記のような論点にあまりに無頓着ではないかと
勝手乍ら感じてしまうことがしばしばあり、
私個人は、
放送中、何度もいらいらしてしまったのでした。

もし、裕一が軍歌の覇王だった時代に、
朝ドラがあったとしたら、
あなたはどんな朝ドラを作りますか?
まさか、
朝ドラは軍需品だ」と
唱えるようなことはしないですか?
と問うてみたくなる気持ちになってしまったのです。




https://note.com/jishizuka/n/n8684bd56dd93

「「船頭可愛や」は売れなかったのではなく、売れたから、三浦環によるいわゆるカヴァー盤も出たのです。しかも古関は、1936年には「大阪タイガースの歌(六甲おろし)」、37年には古関の戦前最大のヒット作「露営の歌」を発表。それを受けての三浦版のリリースだったわけです。加えて、山田耕筰は、1941年の三浦環の音楽会のために、「船頭可愛や」の管弦楽伴奏編曲もしています。」
「全てを事実通りに放送しろ、とは言いません。現在再放送中の「はね駒」で沢田研二が演じる松浪毅のモデルは、明治期のキリスト教伝道者で教育者の押川方義で、松浪は作中で主人公(斉藤由貴)と同い年くらいの子供を喪ったと言ってます。だが、史実では子供はちゃんと育っていて、それが後に天狗倶楽部メンバーとなる押川春浪。ここで、「押川春浪を殺してしまいケシカラン」とは私は言いません。」


■「私たちは「善良」だったか? 『エール』の終戦が“被害者意識”の日本人に突きつけるもの」

 https://bunshun.jp/articles/-/40962

 この記事に示されている論点が、このドラマではうまく描かれていないと私は感じています。





posted by inatt at 09:25| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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