2021年02月07日

【ドラマ】 麒麟がくる 2020年



「麒麟がくる」と信じたい人々が一所懸命生きていく話をもっとたくさん観たかった。




本能寺の変の原因の諸説を全部集めたが、
落としどころや焦点を定めないまま、
始まり終わった大河ドラマ。

結果、
光秀・信長以外の人物皆に、
「私のせいじゃないですもん」みたいな、
無関係、無責任感が醸されてしまってた。
それはドラマとしては、大問題。

麒麟が来る気配は全くなく、
光秀、義昭を見てきた駒にとっては、
絶望的な無常を感じるべき顛末だったと思う。

駒は、大大名と大商人の茶会のついでに、
丸薬を売るただの商人になった。

当初、東庵と駒は、
戦乱に傷ついた庶民を
無償で治療する人であったのだが。

そして、
将軍は瀬戸内で鯛を釣り、
天皇は博打好きの医者と
以前は碁であったが、賽に行方を任せる双六に興じている。

これらが意図した皮肉でないのなら、
このドラマは何が言いたかったのか。

まさしく、
「麒麟がこない」お話だった。

あるいは、
作者は、天海明智光秀説に希望を描きたかったが、
時代考証の先生の賛同を得られなかったのかもしれない。

(天海を演じる気満々な長谷川博己さん、
 ドラマのラストより、
 こちらのコメントのほうが胸にきた)


「僕は、
最後は明智光秀は生き延びたんだと信じたいです。
こんな今の世の中ですけれども、
本当に、現実の世界でも麒麟がくるように願って、
念を入れるつもりで、
ずっと演じていました。
その願いがきっと届いたと思います。
もしも、この先が気になるようでしたら、
ぜひ、皆さまからのコメントをいただきまして、
なにか番外編で、またお会いできれたらうれしいなと思います。
このあと、どうやって光秀は江戸幕府を作ったのか、
それができたら、僕も幸せです。
どうもありがとうございました。」






信長の描き方はとても興味深いものでした。

前半の物語だと、
信長を育てたのは、帰蝶だと思いますけど。

( だから、帰蝶は途中で亡くなるのではないか、と予想していました。 )

さすがに天下統一直前まで成し遂げた歴史上の人物にしては、
子供っぽすぎる感じがしていました。

信長と光秀の関係だけみるとドラマとして見応えがあったとしても、

本能寺や山崎で負けて、巻き込まれる人たちや、
武士の争いに右往左往させられる庶民からみると、
たまったものではないのでは・笑。

せめて、信長および光秀が、
領民から喜ばれる治世を実現させている描写があればよかったと思います。



このような人が麒麟をつれてくるかというと、ちょっと違うような・笑



 
第1回から、
オープニングタイトルのキャスト等を表示する字体が
なんだかのっぺりしているなと気になっているのです・笑


誰かが、麒麟であり、
その人が世を平らかにするのか、

誰かが世を平らかにすると、
そこに麒麟が来るのか。





あとで書き足すためのメモ

・道三、光秀、信長の大きな国の意味

・信長が光秀を信頼する根拠(帰蝶の話だけ?)

・親に認めてもらえなかった子ども(信長)

・光秀が義昭を討つことは拒否し、主君は討つ、考え方の背景

・光秀と信長の関係性はドラマのなかでは、命のやりとりをするほどのものに見えなかった




■第十八回


このあと、
どんな風に描かれるのか楽しみな出来事が山盛りで、
この調子で、
本能寺までたどりつけるのかしらんと気をもんでいます・笑。

・今までに見たことのない信長になるのではないか。

・濃姫は本能寺にいるのかどうか。

・駒の活躍がポイントだと思う。


■第二十一回

第二十一回で桶狭間、1560年まで話が進みました。
全44話と発表されていますので、あと23回。
その後の歴史を予習しました。
濃いなあ・笑。

義昭が信長を頼った頃から、
本能寺まで約14年ほどでしかない。

サラリーマンなら、
課長から部長を経て役員になるくらいの年月。

戦に明け暮れる10年20年30年って、
戦国時代に生きるっていうのは
大変なことだ。

織田軍団に所属するってのは、
同時代世界一ハードな職場かも。

日本を平らかにするのに邁進した、
信長と秀吉のモチベーションはなんだったのか、
素朴に知りたくなりました。

1560
桶狭間の戦い
1565
足利義輝死去
1567
稲葉山落城
1568
信長上洛開始
1570
姉川の戦い
1571
比叡山焼き討ち
1572
三方ヶ原の戦い
1573
義昭京都追放
1575
長篠の戦
1576
明智軍・黒井城敗北
石山本願寺との戦いで明智光秀倒れる
明智煕子死去
1577
松永久秀死去
1578
荒木村重討伐
1579
丹波平定
1581
京都御馬揃え
御ツマキ死去
1582
武田氏滅亡
家康饗応
本能寺の変


■第三十三回

正親町天皇(坂東玉三郎)や摂津晴門(片岡鶴太郎)など、
今までの戦国大河ではあまり登場しなかった人物により、
物語の展開を新鮮に感じています。

ひとつ疑問があるのは、
家臣になることを断ったのに、
ずっと信長軍に帯同しているような
今の光秀の立ち位置。

歴史事実では、翌年には坂本城を築城していて、
5年やそこらで、
強烈な出世をしているわけで、
猛烈なハードワークと
生え抜きからみても文句のない実績あってこそですから、
中途半端な立ち位置では
難しかろうと思います。

光秀というのは歴史的事実からみても、
やはり不思議な人物ですね。

( 藤吉郎は、
  中小企業に中途入社した社員が
  15〜20年かけて、
  企業が大成長するのにあわせ、
  役員までのしあがったと考えれば、
  そこまでは、ままあることのように感じる。
  社長が急逝した混乱のなかで、
  会社を乗っ取ったというのも
  ない話ではないか・笑 )



■第三十五回「義昭、まよいの中で」

この物語で、個人的に腹に落ちたのは、
戦国期の茶の湯の位置づけ。
交流の場、外交の場、
そして、謀略、謀殺の場ともなる。

子分や武器を傍らに置かず、
一対一で対峙する。
それで物事が決着できるなら、
非常にコストが小さく、
( 高価な茶器も大量の鉄砲よりは )
双方に効率的だから、
活用されたのだなと思いました。


■第三十六回「訣別」

足利将軍も運命に翻弄されるひとりの人間、
と感じさせる、
いつも目が赤く潤んでる、
滝藤賢一さんの
今まで観たことない、足利義昭が好かった。


■第四十回



番組ホームページに掲載された脚本家池端俊策氏のインタビューでは、

・「平蜘蛛」の意味は「それを持つ者は誇りを失わぬ者、志高き者、心美しき者」で
 松永がそれを光秀に渡すことにこめた2つのメッセージは、
 「光秀、お前が麒麟を呼ぶんだよ」
 「信長とは縁を切りなさい」
・光秀が心理的に変わっていく、信長や義昭を支える2番手の立場から自身が自立する転換点を、平蜘蛛を使って松永が仕掛けた
・比叡山の焼き討ちでは女、子どもまでも殺し、三淵も腹を斬らされて、身内さえも殺していく。それを目の当たりにした光秀
・松永も自身の死をもって光秀を試している。「信長にウソをつけよ、ここで平蜘蛛を渡したら、お前は一生2番手のままで終わるぞ」と。光秀はその意をくんでいるから、ウソをつく。きっと光秀と松永は気持ちが通じ合っていたのだと思います

とありました。

私自身は、

この時代の茶器の名器は、
(現代の外車とかタワーマンションのような、)
権力や金を持っている者が執着しているもので、
麒麟を呼ぶ人にふさわしいものという感じがあまりせず、

一方、(帝を診ている東庵でなく、)
薬を民に配る、
(直接でなく、寺社経由なのも興味深いですが、)
駒の位置づけが気になります。

池端氏は、

・もし自分(光秀)が政権を取ることになれば、帝がそれを許されるかどうかの心証を得たかったのではないか

とも言っていましたが、

これまでの光秀からは、
自分が世を治めるような考えをあまり感じていません。

この物語のゴールが本能寺と思っているからでもありますが、

信長も光秀も、
上っていく一方で、帰蝶や熙子を失い、
孤独感が増していっています。




20200621記

「麒麟が来るまでお待ちください 戦国大河ドラマ名場面スペシャル 国盗物語」
を観ました。

私にとって、「国盗り物語」は、
初めての司馬遼太郎で、
初めての大河ドラマです。

だから、特に、
私の元々思う明智光秀の性格・特性はこの作品で作られたものです。
「麒麟が来る」で
それとは異なるどのような物語を観ることができるのか、
楽しみです。



20200726 「謀反に関する大切なお知らせ」






posted by inatt at 21:30| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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