2021年06月20日

【ドラマ】 おちょやん 2020年



2020年下期の朝ドラ

千代が、ふたつのことを交互に語る

「ほんま生きるてしんどいな」

「今まで辛いことばっかりやったかもわからへんけど
 大丈夫、だんない
 きっとこれからはええことも仰山ある

 明日もきっと晴やな」


しんどい人生のお話を1週間単位で前向きに決着させていく、
わざありのドラマ作り。


多くの苦難を強い気持ちで乗り越えてきたが、

女優への復帰、
道頓堀への帰還、
その決断は、
ひとりで下したのではなく、
春子の言動が背景にある。

春子の存在が、
千代を「お母さん」にする。

その運命は
自分の人生に勝手に湧いて降ってくるものではなく、

今までの自分の人生の道程、
自分がしてきた行いと繋がっている。 


■「おしん」を思い出すところ

「うちがあんたらを捨てたんや」という台詞、
千代とテルヲとの関係、
千代と栗子との関係、
などに
おしん」での
俊作がおしんに説いた台詞を思い出しました。


■少年ジャンプの胸熱展開



第28回は、
本番前日に主役に抜擢、
師匠の手遊びと思っていた薙刀を活用した突飛な発声練習、
徹夜の稽古、
本番でのアクシデントをアドリブで大逆転。

同じような展開の少年漫画をたくさん読んだことがあります・笑。

そんな胸熱展開を15分のなかに盛り込んで楽しませてくれます。


1週間単位で、課題に前向きに区切りがつくので、
金曜日のお話がたいてい楽しいです。

また、
朝ドラは毎回の最後はヒロインのアップが多いものですが、
本作では、
次回、次週の敵役のショット(最初は顔を映さず背後のカットから・笑)で終わることがありました。

そういうところも、少年マンガっぽいなと思うことがあります。



第84回で、
家庭劇の面々がそれぞれの事情を述べて去っていきながら、
第85回で、
自分から戻ってくるところなども、
既視感のある展開です。
でも、
それが好いのです・笑。



「お腹の音が鳴ったら、大丈夫のサインだ」(泣き笑いのエピソード)


よくある少年マンガとは違うなと思えるところは、
一平、千代は、周りの大人たちと比べて、
未だ何も成し遂げていない人間として描かれていて、
脈絡なく特別な才能を発揮して課題を乗り越えたりするようなことは
ない点です。


■子・弟子から、父・師匠への愛憎のお話

相互の愛憎ではなく、子どもからの一方的な愛憎のお話(千代・一平・千之助・寛治)

そういえば、
百久利さんの千之助さんへの尊敬もそういうところありましたね。(第68回・69回)


一方、
子の心、親知らずというところが、
テルヲ、初代天海にはありますね。

そこから、どのように「大阪のお母さん」にたどり着くのか、
大変に興味深いところでした。


■千代の特性

子役期の千代には、

お父ちゃんを蹴って鶏を売りに行かせる勝気。
「うちはかわいそやない」と反発するプライド。
「明日もきっと晴れやな」と思う前向きな性格。
「おはぎをくれない」ではなく「おはぎ、おおけに」とウソ泣きする才気。

などが、見えました。

口が達者なのは、
お父ちゃんから受け継いでいるもののように思います・笑


■河内弁

よくある大阪弁だと、
「なんで、あれへんねん。」
みたいなところ、
「なんで、あれぃんね。(字幕表記)」

となっています。

今まで、ドラマではあまり見たことがありません。


( 私は河内弁ネイティブなのですが、
  この年まで、
  自分もそう喋っていることを
  自覚していなかったかも
  しれません・笑 )


主役の方言が大変上手であるとの評価は同意しますが、
第1回冒頭の語りだけは違和感を感じました。

それよりも、

ヒロインが、
2種類の関西弁、
河内弁と道頓堀(どとんぼり)の大阪弁(船場言葉、島之内言葉)を
両方ともに、
場面に応じ使い分けているところが、

過去作品でもあまりないと思われる
特筆すべき素晴らしさです。


■アバンタイトルと主題歌

本作では、前回までの振り返りの短いアバンタイトルが入って、
主題歌が始まるパターンを主に使っているようです。

イントロなしで歌が始まる主題歌が、
振り返りの内容が、
面白くても、
せつなくても、
ともにはまるのが素晴らしいなあと思います。

また、朝ドラは月曜日だけ主題歌が少し長いのが通例ですが、
始めのAメロが繰り返されることにより、
長くするパターンは珍しいなと思います。


■オープニングタイトル

にわとりが運んでいた卵を
竹林で落としてしまい、
その卵が孵化したら、子猫で、
ビー玉のようなお月さんに向かって、
一人きりで笹船を漕ぎ、街にたどり着く。

お話のまんまでした。

そのあと、
綱を渡り、空を泳いでいたのに、
いったん落ちるところがあるのが気になります。

そのあと、ラジオに乗って浮かび上がる。
割烹着の猫の垂れ幕。




■サントラ



カチューシャの唄 ~チンドン ver.~ - 青木美香子
[iTunes]カチューシャの唄 ~チンドン ver.~ - 青木美香子




■「岡安」と「福富」

つまり、

ダウンタウン(篠原涼子)対 志村けん(いしのようこ)


■忘れんように書いとこ

・戦争も終わり、亡くなった方もいるなかで、
 千代の紫のバラの人が全然読めない件・笑
 最初、ヨシヲだと思っていましたが、
 一周回って、一平なのかな。
 山村千鳥かな、
 栗子かな・笑。
  Twitter情報で、
 栗子&栗子の子供に賭けたくなりました。
 栗子の子供(または孫)は千代のこの世でただ一人の血縁者。
 しかも、
 その登場は千代がまた独りきりになったときではないでしょうか。

 ここまで引っ張るからにはと期待も高まる・笑
 ( 第95回時点 20210416記 )




・大山社長の米粒

・高峰ルリ子のカメラ目線

・福富の椿と学生さん

・脈絡なくメタな対応
 (ルリ子だけでなく千代もカメラに向かってうなづいたことが複数回ある)


( コロナの影響で放送回数が減って、いろいろ影響を受けているのかもしれない )





■第1回「うちは、かわいそやない」

物語は、大正5年から。

■第5回

脚本も演出も演技もよかった。

子供が奉公に出るということの理解が、
大人と子供で差があることを表現していた。

最後のシーンも毎田暖乃の演技が素晴らしいものだった。

作 八津弘幸 演出 梛川善郎(なぎかわよしろう)



「うちがあんたらを捨てたんや」

後の展開を見て、
言わずに済むなら言わないほうが、
人にぶつけないほうがよい言葉というものがある、
( また、人に言わせるようなことをしてはいけない )
と思うところがありました。


( 
  梛川ディレクターについて私が聞いたことのある話
  芳根京子「梛川さんにぶわーって泣いちゃって」
  夏菜  「私もなぎさんに泣いた」「いつもなぎさんだった、頼るの」
  (20170721 ダウンタウンなう)
 )



■第15回



ちゃんと判って言っているわけではありませんが、
涙ではなく、顔の表情で魅せる。
歌舞伎の見得のような。


■第35回



■第45回

一平の包帯の下がポイントと、
予想できていたので、

顔が腫れてるくらいでは、
千之助は心が動かんから、
顔に落書きがしてあることを予測したのですが、

あとから考えると、
そのくらいで笑ってしまっては面白ないし。

天海との思い出との関連があるとよかった。


高峰ルリ子(明日海りお)のカメラ目線にオチはあるのか?

この週、ずっとカメラ目線のところで笑ってきたので、

「新しい喜劇を一緒に作っていきましょ」
のところで、
思いっきりカメラ目線で同意してくれると、
視聴者の側としても、
「うん、うん」と頷く準備をしていたんですが、

ここだけ、
カメラ目線じゃなかったですね。

ルリ子さんは、喜劇がやりたくないのかな?


■第50回

「彦一郎さん!」と言うてしもて、ウケをとったルリ子さんが、
落ち着きをとり戻し、
客席にしきりに視線を送っているのが、
カメラ目線のオチだったのかな。

( こちらが勝手にメタなくすぐりと思っていたけど、
  違う狙いのフリで、
  狙いが完遂できなかったのか、
  まだ、先に決着があるのか。 )

■第57回

千代の部屋で、母と幼い自分の写真を見るヨシヲ。
もしかして、
自分が映っているとわかっていないとか。

■第58回

冷え冷えとしたお話の展開。

思えば、千代が大事にしている母とヨシヲの写真も
ずっと千代が持っていたのだから、
ヨシヲには思入れなど感じることはできず、
そもそも、
実の母の顔も覚えていないのではと思うと、

そんなふうに竹井の家を破壊した
テルヲはとんでもないことをしたんだなと思いました。

■第61回



■第65回



■第69回

千之助は、人に頭を下げるときに、
「あれ何や」と、
外連を使ってしまう人。

万太郎と好対照だと思いました。


( 万太郎はおそらく、
  そういう手管はださいと思っているはず )


■第70回

高峰ルリ子のカメラ目線。

大山社長の伝言が、
書き物を読み上げるのではなく、
そのまんまを口移しするのでなく、
熊田さん(西川忠志さん熱演)自身の熱い想いが乗っかって、
劇団員みんなの気持ちが盛り上がる、
活きた気持ちのやりとりになっているところが好かった。

その時、
盛り上がる劇団員のなか、
千代は一番端っこにいます。
このようなヒロインの立ち位置は、
歴代の朝ドラのなかでもとても珍しい。

万太郎と千之助については、
少し気味の悪い、卵の悪戯から、
関係修復のいたずらの応酬に発展し、
最後に両名とも、
「食べるもん、粗末にしたら、罰あたるんや」とお仕置きを受ける、
この落とし前が好かった。
食べ物を粗末にするからとドリフのコントが嫌いなお母さんも納得・笑。




70回で、予定の半分は過ぎているようなのですが、
まだ、「大阪のお母さん」とか片鱗も見せてない、
これからも、
いろいろ大変な予感。

■第72回



■第74回

こないちっちゃいちっちゃい石やったんやわ
それでも激痛やで
人間なんて弱いもんやな

肉親のことについて心に刺さった棘ならなおのこと。



娘から、お前を捨てたと言われたからこそ、
(ヨシヲとは異なり)
娘への罪悪感と結びついた執着が消えることがなく、
借金のような間違ったやり方でも
関係をもとうとする。


■第75回

どんなに憎んでいる相手でも、
内なる黒い気持ちを押さえつけ、
相手を奮い立たせ励ます、

それは自分自身をも救うことになる。

「許す」「許さない」の二者択一、
または、
憎まれた方から贖罪、

などとは異なる決着が好かった。


同じ長屋に、夫婦と子ども(姉弟)2人の家族がいることを
1週間かけてみせている。

みつえの
「ああ、この人も親なんやなと思てしもてな」という台詞に、
第3週、第11週のシズ・みつえの物語を思い出し、
さらなる趣を感じる。
朝ドラを毎日毎日観る楽しみのひとつです。





ええお弔いのシーンでした。



こういうことがあったという覚書





(更に参考)


「クライマックスのプロポーズのシーンでは、川村元気さんから成田凌さんだけに、本番では台本にない「結婚しよう」という台詞を言う提案をしました。杉咲さんは、びっくりしてどう反応していいか本気でわからなかったそうです。」


■第81回

一平「今から俺が何きいても、ええで言うてくれな
一平「こないな時やのに、芝居やっててええねやろか
千代「何でそないなこと
寛治「ええで。ええんですて。
一平「(千代に向かい)せやな、ええねやんな、うん

一平の胸中、
現状にあまり疑問を感じていない千代の態度、
寛治の感受性、

台詞はシンプル、
演者が深く演じる、

好いシーンでした。


■第89回

「私はただ、しようと思うことは是非しなくちゃならないと思っているばかりです」

美しい台詞は千代の内に染みて蓄えられ、
一時的に見失っても無くなることはなく、
ここぞというときにその身のうちから溢れ出て、
自らを奮い立たせる。


■第90回

福富の椿さんの消息も明らかになるとよいのですけれど。
福富がみつえによって料理店として続いていくなら、
またそこで働くとか。


■第95回

一平が老け演技をしているのに対して、
千代が口調の若い未成熟な演技なのは、
それも計算された俳優の演技なのかも。

「お家はんと直どん」の台詞

「親として、この結婚は反対です」
「あんたさんは生娘の初恋を踏みにじるおつもりですか」
「そういうあなたこそ生娘の初恋を踏みにじったドタヌキのくせに」
「あんた、おてるさんかいな、ああ、えらい年季が入ったなあ」
「私は今日まであんたにだまされた、傷物にされたと恨んでました」
「わしはあの時からずっと、あんさんのことを思ってましたんやで」
「ほかの奥さん貰て娘さんまでいてるくせに」
「それとこれとは話が別やがな」
「もう取り返しのつかへんことですけど、あんたの気持ち分かって、うれしいわあ、直どん」 


■第97回





「そういうあなたこそ生娘の初恋を踏みにじったドタヌキのくせに」

( 第95回の千代と千之助のドタヌキの台詞のやりとりをふまえ用意されたものかも)

岡福の調理場には、二代目天海襲名時の集合写真が掛けられている。
( 第113回で千代が見上げることになるもの )
( その下には、福助みつえ一福3人で撮った写真もあるようです )


■第99回

ルリ子さん、千之助、大山社長が物語から既に退場済みであることに、
展開上の必要性があるんだなあと思うことなど

寛治の料理が満州で覚えた(ヨシヲから教わったかもしれない)ものであること



■第100回

朝ドラらしからぬエグイ展開なのですが、

・テルヲの件すら中間イベントだった

・親も弟もこの世を去り、
 同じような境遇の片割れ、長年の同士は
 別の家族を作り、
 ひとりぼっちに戻される

・きっぱりと自ら離縁を決断し相手の幸せを願うことを口にしながら、
 「ほんまにそない思てんのか」と自分を疑った。
 現実世界で自分を偽り演じているのではと。

・そのような気持ちでは、今までと異なり、
 舞台のうえで、演じることにより状況を昇華することもできなかった

( 台詞通りもアドリブによる変化もできなくなった千之助は自ら舞台を降りた )


奉公に出されたときは「うちがあんたらを捨てたんや」と言い放った。
テルヲに対しては恨みを飲み込み励ました。
今度はどうやって乗り越えるのか。

( 第95回と第100回のふたつの劇中劇を続けて撮影しているのなら、
  座席に座っている岡福一家含め、
  俳優のみなさんってすごいですね
  杉咲花と成田凌は、
  初演と再演初日と再演千秋楽と
  3回とおりの演じわけを準備しなければならない。 )

( クランクアップの写真での千代の姿が、
 「お家はんと直どん」の衣装のようでしたが。
  最終的に4通り演じたということですね。 )

( 相手にも自分と同じような人生の道程があり、
  尊重し、慈しむということなのか、どうか。20210428記 )


・あさイチの受け

華丸「どうしよう、土日手分けして探そう」
 本編でのみつえや香里の態度とも響きあう、素敵な受けでした。

(火曜日に、「これ受けれたら、もうホント「受ける力」っていう本だせる」
 と言った博多華丸師匠。)


■第21週「竹井千代と申します」(第101回〜第105回)

 神回ならぬ「神週」だと思いました。


■第101回

桜庭君、頑張れ、芸能史に貢献してるぞ。
(桜庭三郎:野村尚平)



■第102回

「箕輪悦子」という言葉が出るたびに、
挿まれる天海祐希さんが写る村川茂監督作品映画のポスター、
さて、何カットあったのか・笑

千代と栗子が再会したとき、雷雨なのは、
「明日もきっと晴やな」と言うこともできない状況だから・泣

第101回最後の急ぎでかける人、
今回冒頭の千代の家を覗き伺う酒井・桜庭に吃驚する子ども、
本作は、後景の役者さんに小芝居させる演出が多いと思います。



■第103回

温かく笑えて何回も見たくなる回でした。




千代は四つ葉のクローバーも持っていた。

栗子は、
三味線ひとつ、と春子。

ひとつのおはぎを奪い合うのでなく、

相手の大事なものも
自分のものと同じく慈しむこと。


また、
深刻な心の痛みの問題を
「ま、そんなこともあるわな」と柔らこうに受けて、
阿呆な話でほぐすやりかたもあるのだなあ。


■第104回

後悔しないため、足を運び直に「力を貸してください」と頭を下げるが、
無理強いはしない。

本当に「あないな思いは二度としたない」のは
(舞台での腹下しでなく)
戦中の慰問団のこと。

長澤誠と花車当郎、大人な二人ですね。


■第105回

(第100回の「お家はんと直どん」の舞台の最後のカット
 ー遠方の座席から舞台を映した
 は、栗子の視点でしたね。)



■第109回

今までも何度か経験したことのある、

朝ドラヒロインが、
半年を経て、
最初とはまるでちがった顔つき、表情に見える、
ということをこの回の最後のシーンで
感じました。


■第110回

栗子さんの戒名は、「寂念捧花信女」

・「寂念」とは、「雑念を取り去った静かな心」だそうです。
・「捧花・Pěng huā」をGoogle先生は、「花束」と訳してきます。

副音声「窓明かりの部屋に、そっと立てかけられた栗子の三味線」


(Instagram @jyoukokuji から引用)
・「寂念捧花信女(じゃくねんほうげしんにょ)」
(思い静かに花を捧げると言う意味です。寂念は雑念を取り去った心、捧花とは中国語で花束のことでもあります。)
・テルヲの戒名「渓嵐月晃信士(けいらんがっこうしんじ)」母サエの戒名(第1話に登場)「渓月明英信女(けいげつみょうえいしんにょ)」
・千代にとっての栗子さんのような、自分が知らないだけで、皆それぞれに陰ながら応援してくれている人がいる事を、私達は気づかないままに過ごしているかもしれません。
・栗子さんは「私達は生きているのではなく、毎日たくさんの思いにつつまれて生かされている存在である」ことを伝えるための配役だったのではないでしょうか。



■第111回 最終週「今日もええ天気や」

最終週は、温かい泣き笑いで十二分に楽しませてもらえるはず。

たくさんの朝ドラを観てきましたが、
そんなふうに週初めから確信できるのは初めてのことです。


■第112回

ラジオドラマ出演も
道頓堀への帰還も
どんな気持ちで決断したのか、
千代は一言も口にしていない。
ただ、
その背景には春子の言動による後押しがあったことが描かれている。

千代がシズから叱られている背景で、
一福はうどんを2玉、
千代と春子のために茹でようとしている。



【一平の喜劇観】

お前の苦しみはお前にしか分からへん
俺の苦しみはお前なんかには絶対にわからへん
そやから俺は芝居すんねん
芝居してたら、そういうもんがちょっとは分かる気がする
分かってもらえる気がする(第39回)

(「桂春団治」で描こうとしたものは、)
ありのままの私自身です。愚かで哀れな人間です。
けど、そういう目ぇ覆いたなるようなことの先にこそ
本当の喜劇がある。(第111回)

「もし、そないなことになったら、

 ( 千代の苦しみ、
   一平の苦しみ、
   哀れな人間同士が芝居をぶつけあったら、
   相手の苦しみがちょっとは分かるのかもしれない、
   それはほんまもんの、)

 喜劇やな」


■第113回



このシーンで重要なのは一平、灯子の謝罪ではなく、
春子のためという思いが後押しをした千代の気持ち。
若い頃のように体をぶつけていったり、
相手に荒い言葉を投げたりするのではなく、
自分の気持ちを確かめているような仕草や
自分から襖を開けて灯子・新平に近づいていく動きに表れている。

( だから、一平の方は胡坐座り・笑 )



「テルヲの血をひいた姪」というもの言いは「私にも家族ができた」ということ。



■第114回

シズさんがかめさんたちを呼んだのだから、
みつえさんは椿さんを呼んでほしかったな。

( 舞台に向かって右後方から、
  客席と舞台を俯瞰するカットがありました。
  あれは栗子の視点では? )



熊田さんは「裏方」
を体現している役だと思いました。

■最終回

幕が閉じたとき、一緒に拍手したくなる、終わり方でした。

(サエさんとヨシヲは
 顔が似てるなあと思いました)

(栗子も登場するかと思いましたが。
 シズさんが春子に花籠を持たせるとか。)



朝ドラヒロインの職業上の仕事について、
その仕事に就くことに重点がいき、
ヒロインがその仕事により、
他の人に影響を与える描写は意外と少ないと思うのですけど、
本作では、
千代の演じる映画・舞台が、
栗子を励まし、
その栗子が千代を救い上げるという
めぐり合わせが、とても好かったです。


( 「わろてんか」にも出演していた成田凌さん、
  「ヒロインの相手役?
   松坂桃李さんは、
   幽霊出演で楽しそうやったなあ、
   まあ、なんとかなるやろ」   )  







■#熊田さん下のお名前教えて



桂吉弥さんのインスタライブ(20210515)
熊田さんの下の名前、
二世役者の下の名前、
松竹座の「田中のおばちゃん」、
のお話

私は脚本の八津弘幸さんと吉弥さんのお話から
こんなことを思いました。

「鶴亀の熊田さん」と呼ばれることが、
忠志さんにとっては勲章であると。

役の上ではありますが、
「吉本の西川さん」と同列になったのだと。

(1:23:50〜)






■背中合わせのけんか音頭



■総集編

「人生は泣き笑い」「今日もええ天気」





アクセントの正しい表記を知りませんが、
自分の覚書のためのメモとして。

本編  おおきに ( 京都? )
総集編 おおきに ( 大阪? )

ヤフー知恵袋から引用
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1446057669
京都…→→↑↓
大阪…↑↓↑↓


■黒柳徹子と浪花千栄子

20210705の徹子の部屋(西川忠志 西川きよし)
黒柳徹子が寛美と夫婦役で芝居をしたときがあり、
そのときに、浪花千栄子とも共演した。
「もう、浪花千栄子さんというかたほど、上手な方はいらっしゃいませんでしたね。
もう、驚きました、私。」 


posted by inatt at 18:16| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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