2022年03月06日

私の、朝ドラ「ちりとてちん」の嫌いなところ ( 書きかけ )



朝ドラ「ちりとてちん」の感想

 http://inatt.tokyo/article/398822366.html





2021年頃からでしょうか。

朝ドラ「ちりとてちん」が再放送されること

それを恐れる気持ちが

私のなかで生まれていることに気づきました。


放送中の朝ドラ作品、脚本、演出担当、ヒロインや子役等などに、

容赦なく投げかけられる批判。ときには中傷。


Twitterのタイムラインの呟きに、

「その批判が成立するなら、

「ちりとてちん」のあの部分も同じ批判があてはまるな」

としばしば思うようになりました。


本放送ではなく、再放送であれば、

そのようなことを温度高く続ける人も多くはないのですけれども、

放送がなければ、目にすることもないものを、

再放送がなされると必ず目にするのだろうと、

憂鬱な気持ちになってしまうのです・笑。


それでも、NHKの人、(またはBS12の人・笑)が、
私のところにやってきて、

「あなたが決めることができます。
 ちりとてちんを再放送しますか?どうしますか?」

と聞かれることが、もし、あるとすれば・笑

「是非、お願いします。
 加えて、「平清盛」もお願いします」・笑

と言うでしょう。


その時に備えて・笑、

私は、

人が言いそうな、
または、かつて私自身が感じたことのある、

「ちりとてちん」の「悪口」を

あらかじめ自分で表明して、

人が同じようなことを言っても、

( そうだよ、知っているよ、もう自分でも書いてるもんね )

と思えるようにしておこうと、

大変、

ひねくれたような、

どこか薄暗いようなところがあるような、

まるでちりとてちんの登場人物たちのような・笑

行動をとることにしたのです。


ここまで書いたら、

目的の半ば以上は達成できているような、

心持ちになりました・笑。


(書きかけ)





■ヘタレな主人公

朝ドラファンの私ですが、
男なので、
ヒロインに感情移入することはもともと少ないのですが、

本作ヒロインのヘタレぶりには、
その後ろ向きは、
物語の都合上、極端に走っているとしか思えない、
と感じるところがしばしばある。

貫地谷しほりの演技も、
本作でしか見せないものがあり、
それはつまり、
他の作品では見ることのない性格ともいえる。

しかし、
誰しも、表に出さないにしても、
ときには、
そういう黒い気持ちを持つことがある、
と自分事に捉えると、
本当に痛く感じるところのある人物造形ではある。

それでも、
「家の手伝いもしないで母が作る弁当を批判するな」
と言い出す人のことを想像するだけで、
暗い気持ちになる・笑。

それは大月ひなたという人物もそうなのだが、
子供の頃、
一向に母の手伝いをしなかった
わが身を思い出させるからでもあろう。


■草若は名人か

子供の頃から今まで、
一番好きな上方落語家は桂枝雀です。
東京の落語家で特に好きな人はいません。
あえて言えば、林屋亭小猫あたりですか。

さて、
徒然亭草若が、
上方の四天王と呼ばれていたと言われると、
あんな、カッコつけて色気に乏しい落語が、
人気だったり、名人扱いされていたとはとても思えません。

( 古今亭志ん朝のような落語と脳内変換 )

残りの3人は、
いかにもそれっぽい逸話を持ってそうな上方落語家感がありますが・笑

それでも、
5人もの弟子がそれぞれに惹かれる魅力を持つ男、
という説得力を持つ人物は
誰にでも演じられるものではありません。



■都合よすぎる物語展開


主人公が草若邸にたどりつくところなど、

そんなわけない、と思う。

しかし、

これは「リアル」ではなく「物語」なのだから、


「こうでなければならない」ことが起きるのだ。


( あくまでも、喜代美の語る、お噺 )



■話の決着に納得がいかない


(都合よすぎる物語展開の果ての、話の決着に納得がいかないとはどういうことか・笑)


最終盤の展開をNHKのお偉いさんやヒロイン役の俳優に
いつどのように説明したのか、
( 「〇〇〇になる話ちゃうんかい!」 )
大変に興味深いのはいったん横に置いて、

お話の着地が見えるのが、最終回の1回前。

このときにTwitterがあったら、
朝ドラクラスタのタイムラインは大荒れになったのではないか・笑


私自身は、自分なりに腹落ちするのに、何年もかかったように思います・笑


■伏線回収


朝ドラのいろんなことの起源とも言われることの多い本作。

( 朝ドラ受け、スピンオフ、ファンブック、など )

「伏線回収」という言葉がよく使われるようになったのも、

本作からなのかもしれません。

( 「おしん」などでもそういう仕掛けはいくつかありますが、
  そのこと自体が話題になることはあまりない )


カムカムエヴリバディ」で、

因果が様々に繋がっていくところで、

ときに「伏線回収」という言葉で感想を述べると、

「そういうことは「伏線回収」とは言わない」と
つっこみがはいることを度々目にしました。

今、「ちりとてちん」が再放送されたら、
やはり同じようなやりとりが起こりそうな気がします。


しかし、
物語の展開の妙や
時を経て登場人物たちの行動・発言が響きあうことに感動して、

その気持ちを伝えたくて、共有したくて、

いったん「伏線」「回収」という言葉を選択したことを

非難しなくてもいいのではないかと思うのです。


大事なところは、

感動の共有や共感・共振なのではないかと思っています。


( 作り手の皆さんが打ち合わせのなかで、
  どんな言葉を使って、
  コミュニケーションしているのかは、
  大変に興味があります )


( 書きかけ )


posted by inatt at 17:56| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。