2024年03月30日

【ドラマ】 不適切にもほどがある! 2024年



TBSのクドカン脚本のドラマ ( wiki

正直、最初の2回くらいは、

今まで観たクドカンのドラマのなかで一番わくわくしないと感じていました。

ミュージカルシーンになると、早送りしたくなる・笑


( 何か、真正面から主張するのを

  ミュージカルシーンへの切り替えで、

  逃げているように感じて、

  ミュージカルというものを冒涜しているように

  感じてしまうからかもしれない )



ジゴクのオガワが令和を体験すると、

昭和のおじさんもアップデートされる。



青島幸男は、1962年に、植木等に、

とかくこの世は無責任、
こつこつやるやつぁご苦労さん

と歌わせ、

宮藤官九郎は、2024年に、阿部サダヲに、

寛容になりましょう
大目にみましょう

と歌わせた。


消化し切れていないけど、

2024年の私は、何か、どこか、ダメージを受けた気がしている。(苦笑)


2054年には、自分たちも、不適切になってるかも、ごめんね、

というのは、どこか、弱弱しい精神を受け取ってしまう。


青島幸男も植木等も、(手塚治虫も、xxも、etc)

2024年を見たとしても、考えを変えたり、反省したり、しないような

気がするからかな。


この物語の作り手は、

ミュージカル仕立てに紛れ込ませないと、

寛容であれ、

を主張することができなかった。


また、

もし、オガワ氏がその死まで、

いろんな時代を行き来する続編物語が作られたら、

それはそれで、「地獄」なのではないか。

だって、

本来オガワ氏が生きるべき時代を離れ、

別の時代で人生の残り時間を消費するようなお話になるかもしれないから。




( 池袋や木更津の頃、
  視聴率がとれないことに悩んでいた?
  宮藤官九郎・磯山晶プロデューサーコンビが、
  コンプライアンスを逆手にとり、
  話題作りをうまくやっているようにみえるのが、
  大変に印象深い。 )







第5話

二重に謎を置くところが、クドカンっぽいと感嘆しました。

ひとりの運命を匂わしておいて、

もうひとりの運命を隠しておく。


第7話



( ほんのひととき、
  すれ違って忘れられない思い出となる、
  岡田将生とかグレゴリーペック・笑

  ローマの休日は、
  アン王女やジョー・ブラッドレーの人生の途中、
  第7話のお話。 )


( 連続ドラマの最終回が、
  忘れらないだけでなく、
  途中の忘れられない神回(ご褒美回)が
  確かにあるというのは本当だけど )


第8話



商売だから、落ち目だとそうなる、

売らなきゃならないから買わない人が気になる。

反対語は「分かる奴だけ分かればいい」だから、

どちらもよくある話。


栗田さんの話は「いじめ」と地続きだと思った。


第9話


( 結婚してないけど妊活っていうのは、
 
  この分野がまだおちゃらけて扱える話題じゃないので、

  現実にはありそうもないかたちにアレンジしているとみた )


父親がいなくなると仮定すると、
ワンオペワーママの絶望的な孤独。

ナポリタンは、昭和と令和どちらが旨いのか・笑

令和は静か。


( あれ、仲里依紗ってこんな顔だっけ、

  と思うほどの表情の演技 )


( 2024年3月、中国スポンサー撤退、

  って一応メモ書き・笑 )








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