2020年09月09日

【ドラマ】 エール  ( 途中の感想 )



感想を書くための覚書

・音や音の母は、裕一の曲に影響を受けていない。

・それぞれの行為に各人が感じる責任や贖罪の気持ち、誰にも戦争責任がない描き方、ドラマなど表現物を造る人の責任の描き方

・こんちくしょうという台詞に抵抗があった薬師丸ひろ子の気持ち。(第90回)

・大衆歌より讃美歌?同じ場面で露営の歌を歌ってもひとつのドラマになったと思う(第90回)

・戦争に加担した(と感じる)罪が懲役刑のように済まされた感じ(第93回)

・音が感じていた戦中の違和感が戦後どうなったのか、、吟の戦中と戦後の気持ちの変化など、私の知りたいことが全然描かれないもどかしさ (第94回)

・古関裕而と筒美京平




2020年上期の朝ドラ

この物語では、

「エール」とは、誰が誰に、何が何に「エール」を送るのか


主題歌「星影のエール」では、

夜の星の光をエールに例えていて、

星の見えない日々
互い照らす
夜明け前の空
暗闇にほら響け

などのフレーズのあと、

星は、
朝も昼も夜もずっとそこにある、

と歌っています。


主人公の周りの登場人物たちは、
主人公の音楽家としての成功を喜んでくれますが、

主人公の作る音楽について、
何を感じたかの描写が
少ないと感じています。

また、世の中の描写もあまり多くないように思います。

大衆歌を描くということは、
大衆の暮らしや気持ちを描くことなのでは?


阿久悠が、
「誰かが喜んでくれるといいな、
誰かが興奮してくれるといいな、
誰かが美しくなってくれるといいな、
というような願いを込めながらひとつの世界を創る、
というのが歌謡曲」
とテレビで語るのを見たことがあります。(*)

また、以前、
「「サラリーマンNEO」の作り手は、
サラリーマンに興味がないのではないか」
と思ったことがあります。

このドラマの作り手の皆さんが、
音楽の力や
音楽を人に届けようとする人や
音楽を受け止める人々や世の中
について、
興味がないということが
なければよいが、
と思います。

たとえば、
鉄男のおでん屋に、
久志や藤丸だけでなく、
歌を聴く立場の一般人のお客の登場人物がいてもいいのに
とか思います。

( 作家の交代、
  制作の中断、
  主要人物の演者の死去、
  放送回数の短縮、
  キャストのスケジュール調整困難、
  等々、
  制作現場は相当に大変だったに違いない、
  と、心中お察しいたします。)



■第3回
 1919年(大正8年)
 小学4年生の裕一





■第4回

音が歌っていたのは、讃美歌312番「いつくしみ深き」

聞き取った歌詞は、

いつくしみ深き ともなるイエスは
われらの弱気を 知りて憐れむ
悩みかなしみに 沈めるときも
祈りにこたえて 労りたまわん


■第14回


■第16回

「サラリーマンNEO」のコントを観るように気楽に楽しめばよいと
観る側のスタンスが定まりました・笑

■第20回



■ 第33回

昭和6年(1931年)、
満州事変(1931年9月18日)も起こっているはず。
#おしん では、
加賀屋はとうになくなっている。

「影を慕いて」があまり響いてこなかったので、
気づきましたが、
流行歌を描くお話だけれど、
それを聴く人たちの視点が
今までなかったなあと思いました。
今までのコンサートのお客と
「影を慕いて」を買うお客は
層が違うかも。

木枯氏が何を歌うかも重要。
「影を慕いて」か
「酒は涙か溜息か」か
はたまた
「丘を越えて」か。

大衆歌を描くということは、
大衆の暮らしや気持ちを描くことなのでは?

■第40回

朝ドラでよくあるパターンは、
最後のひとつ手前で、
ヒロインの変な叔父さん・笑が
突拍子もないことを言い出し、
最後のカットが
ヒロインがとまどった顔であるやつ・笑
「ボケ」と「ツッコミ」の組み合わせなんですけど、
「ボケ」たまま終わるのは珍しいと感じました。

■第50回


■第53回

恵さんが呟いた名前「伝吉」を一応、覚書・笑

■第55回




演出・松園武大氏
「最愛の父・三郎との別れ、そして三郎が命をかけて繋いだ家族の絆を描いたこの回は、『エール』の特別大きな節目だと思っていました。そのスペシャル感を前面に押し出したいということで、チーフプロデューサーと話し合って決めました。」
(朝ドラ『エール』三郎(唐沢寿明)最期のシーンの裏側 演出・松園武大が語る
  https://news.yahoo.co.jp/articles/a796348ef68293c2a9539173e81a12a1d228965b )


次は、スピンオフでもないのに、ヒロインをまるまる1回分登場させないとか・笑

■第57回



■第58回「古本屋の恋」

題名がこの時代らしく感じられて好いです。

梶取(かとり)保と二宮恵が出会ったのは、
日めくりからすると、
1926年(大正15年)4月15日木曜日。

(ご両親が七回忌とのことで、
ひとりきりで関東大震災を経た神田の古書店主は、
これまでも波乱万丈な人生であったように思いますが)

再放送の副音声で、恵さんは、
「食いついたわ
「乗ってきた、乗ってきた
などと語っていて、
その目で見ると確かにそういう演技をされていたように思います・笑。


■第59回




■第60回

#あさイチ で近江アナが
「どなる人好きじゃない」と
眉をひそめていたのが印象的でした。


■第61回

昭和11年(1936年)から物語が再開しました。
大阪タイガースの歌(六甲おろし)は
昭和11年3月25日に初披露されたそうなので(Wikipediaより)、
すでに二・二六事件も起こっていると思われます。
三羽烏が軍歌に関わることをどのように描くのか興味があるのですが、
この物語の世界ではそういう世の中の気配は全然描かれません。

また久志が最後のオチでした・笑。


■第62回



■第81回

第17週「歌の力」第81回のオープニングでは、作 吉田照幸でした。



■第84回

奥さんの実家が、
軍との商売を主としていて、
かつ
キリスト教徒で特高に目を付けられていて、
元弟子の入り婿が入信し、
聖書を持ってきて、
反戦を説くというのは、
お話の作り方が相当ごつごつしている印象です。



制作側のみならず、観る方にも確立している、徳永えりへの信頼感・笑
この回が最後の登場であるわけもなく。

( 短い出番で呼ばれるけど、
  結構難しいことをやらされる感。
  −夏ばっぱの若い頃、とか
  でも、観る側として不満を感じたことはない、凄い実績・笑 )


■第85回



裕一の台詞で「慰問に『行けと命令がくだった』」とありました。
現実でも徴兵や行政命令以外でも
こういう言い方が当時よくあったのだとすれば、
そういう体制づくりを含め、
やはり嫌な時代だなあと思います。

(最近、廿日市さん出てこないな、
 制作の事情もあるかもしれないけど、
 戦後に「あ軽く」再登場してほしいな)

■第86回







【脚本の交代】

ドラマ「ハゲタカ」の脚本家(林宏司)、
「サラリーマンNEO」を企画したディレクター(吉田照幸)、
どちらも私の好きな番組を作った人たちです、
あとは、制作統括やプロデューサーの腕かもしれませんが。

ひとつ指摘できるのは、
朝ドラというものは、
ヒロインだけでなく、
脚本家と演出家も相当大変ということははっきりしているので、
脚本と演出に同じ名前がクレジットされているのは、
異常事態だということです。





【一時休止と再放送】

20200630記


20200516記

6/27(土)の放送で、一時休止になるとのこと。

機会がある度、何度でも言おうと思っているのですが、

「朝ドラと朝ドラ受けは、平和の証」

早く、放送再開されるようになればいいですね。




【みんなで星影のエール】

私は、
髪をセットしてもらいながら、
ゆっくり音程を確認しながら、
歌を練習する堀内さんの歌声に、
「歌の力(エール)」を感じた。



吉原さんが本編で歌うシーンを観てみたかった。


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2020年07月27日

【ドラマ】 麒麟がくる ( 途中の感想 )


 
第1回から、
オープニングタイトルのキャスト等を表示する字体が
なんだかのっぺりしているなと気になっているのです・笑


誰かが、麒麟であり、
その人が世を平らかにするのか、

誰かが世を平らかにすると、
そこに麒麟が来るのか。





第十八回


このあと、
どんな風に描かれるのか楽しみな出来事が山盛りで、
この調子で、
本能寺までたどりつけるのかしらんと気をもんでいます・笑。

・今までに見たことのない信長になるのではないか。

・濃姫は本能寺にいるのかどうか。

・駒の活躍がポイントだと思う。


(20200710追記)

第二十一回で桶狭間、1560年まで話が進みました。
全44話と発表されていますので、あと23回。
その後の歴史を予習しました。
濃いなあ・笑。

1560
桶狭間の戦い
1565
足利義輝死去
1567
稲葉山落城
1568
信長上洛開始
1570
姉川の戦い
1571
比叡山焼き討ち
1572
三方ヶ原の戦い
1573
義昭京都追放
1575
長篠の戦
1576
明智軍・黒井城敗北
石山本願寺との戦いで明智光秀倒れる
明智煕子死去
1577
松永久秀死去
1578
荒木村重討伐
1579
丹波平定
1581
京都御馬揃え
御ツマキ死去
1582
武田氏滅亡
家康饗応
本能寺の変





20200621記

「麒麟が来るまでお待ちください 戦国大河ドラマ名場面スペシャル 国盗物語」
を観ました。

私にとって、「国盗り物語」は、
初めての司馬遼太郎で、
初めての大河ドラマです。

だから、特に、
私の元々思う明智光秀の性格・特性はこの作品で作られたものです。
「麒麟が来る」で
それとは異なるどのような物語を観ることができるのか、
楽しみです。



20200726 「謀反に関する大切なお知らせ」






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2020年07月17日

【ドラマ】 いだてん〜東京オリムピック噺 2019年



20200719記






20200717記

 



20200325記

放送が終わって3か月余りしか、
経っていないのに、
世の中は、なんて有様なんでしょう。

今こそ、もう一度、このドラマを観返さなければならないのかも。







2019年のNHK大河ドラマ。
毎週毎週、日曜の夜を楽しみに待ち、
毎週毎週、楽しみました。
1年間濃密なドラマを観ることができた満足感があります。

視聴率なんて、
自分の気持ちや考えとは別のもの。


でも、私にとって、この大河ドラマは、
いつも、何か、苦い、煮え切らない思いが
微かに残るお話でした。

単純に、
オリンピック万歳、
東京オリンピック万歳、
とは言えない部分を
どこか含んでいたとおもいます。



物語を通じて、
選手個人の思いが
ナショナリズムと
時に混じりあい、
時に対立し、無残に蹂躙されたり、
その相克が綺麗に解決することはなく、
それを生み出すオリンピックって何なのか、
腹に落ちることはついになかったと思います。

たくさんのアスリートが登場しましたが、
選手を引退した後は、
体協やオリンピックと関わりを持たなかった、
三島天狗こと三島弥彦こそ、
理想のアスリートの生き方のように思えました。

このドラマを観終わったこれからの私は、
オリンピックを無邪気に楽しむことは
もう無いように思います。
いや、それでも、やはり、
感動したりするのかな、
それがオリンピックなのかな。

このドラマで最も印象に残ったカットは、
オープニングの競技場で笑う女の子でした。




実際に、
東京オリンピックの開会式を観て、
2020年の聖火ランナーに選ばれた人がいる、

そして、
私は、ドラマを観て、
東京オリンピック開会式の日に生まれた、
五りんの娘はどんな人生を送っただろうと、
想いを馳せる。

近現代の歴史的事実を題材としたドラマの、
ドキュメンタリーとの虚実皮膜的なことにも
思いを致すことのあるドラマでもありました。





【シマにはまりました】

私は、この物語の主人公たち、
金栗、田畑、志ん生(孝蔵)、五りんに
あまり感情移入できなかったんですね。

( 五りんは、その後、
  どんな人生を歩んだのか?
  なんだか想像できない、
  それはために創られた登場人物みたいに
  なってしまったからでは? )

一方、
シマにはとても心を持っていかれました。




だから、
増野氏(ついに名前なし・笑)とりくの
戦中・戦後が一切描かれなかったのが、
物語にぽっかり穴が空いているようで、
不満があります。





【女性アスリート】

女性アスリートの発言の変遷が大変興味深いものでした。

・自らの欲するままに走り始めたシマ

・同性に「あなた、ご幸福ですか」と問う、二階堂トクヨ

・日本中の「頑張れ」を背負って泳いだ前畑秀子

・東洋の魔女谷田さん
「勝ってよかったね」ってみんな喜んでくれたけど、自分には「あんたたちのためやない、自分のためや」って、そう言い聞かせていました。人のために、できますか?(第45回いだてん紀行)




【まーちゃんが夢見た選手村】


■東京オリンピック選手村の「インターナショナルクラブ」という名の小さなコーナーで、
50日ほどのアルバイトをした女子大生の記憶

・「村の中には無料の循環バスが双方向にゆっくりと走っていて、どこでも乗り降りができます。自転車や傘も十分にここかしこに用意されていて、どこから使ってどこに置いてもいいのです。」

・コンゴから、たった二人で参加した、ヨンベとウランダ。
 英語もフランス語も話すエリート。
 「僕たち二人、パリに留学中で、語学や社交など心配ないものが派遣されたんだ。
 僕たちの使命は、競技に勝つことではなく、僕たちの国を世界中に紹介することなんだ」

・冷たい態度のチャスラフスカ
 「(周りにいる女性たちは)ヴェラのお世話についているのではなく、ヴェラが亡命しないように、よその国の人と危険な会話をしないように見張っているのよ。政治的にはチャスラフスカは危険分子なの。民主化運動に加わっているから。チェコとしては、オリンピックに出したくないけど、世界がそれでは許さないから、厳重に警備をつけて出しているのだから、話しかけたりしたらヴェラが困るのよ」

映画東京オリンピックを観ると、
傘も和傘で、外国選手が差していると、とても趣がありました。

ヨンベ、ウランダについては、
ドラマの中の描写とは印象が異なり、
アスリートというよりは、
国を代表する外交官という感じで、
現実のお二人は、
ドラマの中の四三・弥彦に重ねるには立場が異なるようにも感じました。

ヨンベさん、ウランダさん、その後どんな人生を歩まれたのか。
おふたりともIOCのデータでは没年が記載されていない。
ご存命なのか、どうか、気になります。

https://en.wikipedia.org/wiki/Republic_of_the_Congo_at_the_1964_Summer_Olympics
https://www.backstage.com/casting/japanese-tv-series-307527/

LEON YOMBE
https://www.olympic.org/leon-yombe
https://en.wikipedia.org/wiki/L%C3%A9on_Yombe
https://www.olympedia.org/athletes/66318

HENRI ELENDE
https://www.olympic.org/henri-elende
https://en.wikipedia.org/wiki/Henri_Elend%C3%A9
https://www.olympedia.org/athletes/66303







【各回の感想】

第1回「夜明け前」





第8回「敵は幾万」

四三が、
日の丸のついた運動着を渡されるシーン。

ここは撮り直しになっていると思われますが、

運動着を渡す小僧さん(*)の笑顔が
とても素晴らしかったので、
あれが無くなってしまうのなら、
とても残念です。

( 撮り直したものを観ました。
  小僧さんの笑顔はそのままでしたが、
  カット割りを変えているせいか、
  シーンの雰囲気が少し変わった気がしました。 )

(*)字幕から推測すると、
黒坂辛作の息子、勝蔵らしい。
(演者 阿久津慶人)


第11回「百年の孤独」

マラソンしてみたら、世界記録が出てしまった、
日本で一番足が速いから、世界でどんなものか試してやる、
そんな無邪気な気持ちで出かけていった、オリンピック。

痛快男子三島弥彦が
ストックホルムで感じた百年の孤独、
これは、
近代オリンピックを最初に経験した彼だけが実感できた、
孤独な感慨であることがよく分かりました。

第14回「新世界」


第19回「箱根駅伝」



第26回「明日なき暴走」
日本女性初のオリンピアンを美しく描いた素晴らしいラストシーン。


でも、
「あなた、ご幸福ですか」という質問には、
なんだか恐ろしさも感じています。
四三はオリンピックでメダルがとれなくても
不幸せではなかったことは既に描かれている。
男性と女性は違うのだろうか、
前畑秀子はどうだったんだろう。

二階堂トクヨは、シマにも同じ質問をしたことがあり、
(第20回「恋の片道切符」)
彼女が自分自身に問い続けているフシがある。

「明日なき暴走」という題名には、「Born to Run」という意味も隠されているのですね。
 https://www.oricon.co.jp/news/2151061/full/
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E6%97%A5%E3%81%AA%E3%81%8D%E6%9A%B4%E8%B5%B0_(%E6%9B%B2)

放送の翌日にシベリアを買いに行ったのも良き思い出。


第31回「トップ・オブ・ザ・ワールド」

「オリンピックとは」が、
最後の永田市長の発言も含めて、
45分に詰め込まれている。

俺は、日本人だ!
I am Japanese-American !
I’m Irish-American !
I’m Afro-American!
と、口々に叫ぶシーンには感動しますが、

( みんな違ってみんないい、って言ってるのに、)

「同胞のみなさん」とか言い出す人が現れるところまであるのがこのドラマ・笑。

オリンピックとは、

・浮かれてしまって、似合わないミュージカルシーンをやってみたりする・笑
・ちょっとした体調の狂いで、一生後悔するようなことになることもある。
・田畑と黒人の守衛さんは別に心が通いあったわけではない。でも何週間か同じところで過ごすことで生まれるものはある。
・四三が水浴びを始めたように、オリンピアンの活躍に刺激を受け、走り出す人がいる。




第32回「独裁者」


第36回「前畑がんばれ」


第37回「最後の晩餐」


第39回「懐かしの満州」

つまんないこと言いますと、
再放送時は、
1961年病床の志ん生を演じるたけしの金髪が気になった。
今の視聴者は忖度しても、
10年後のお客は騙せないのでは。

第41回「おれについてこい!」

2020年7月の再放送では、大松監督部分のカットを戻したようです。


第44回「ぼくたちの失敗」


第46回「炎のランナー」

「世界平和に背を向ける卑怯者だ!」

(この発言は実際に田畑が執筆したものからの引用かもしれませんが、)

ドラマを観てきた感想として、
彼はどこまで本気でそれを言っているのかと思ってしまう自分もいます。


最終回「時間よ止まれ」


ふたたびストックホルムを訪れた、
本物の金栗四三の映像が流れました。

一度は観てみたいと思ったものを目にすることができましたが、

いだてん紀行でなく、
ドラマの中でそのまま使われたのは、
観る側として、
瞬間、ドラマの世界から抜け出てしまうような、
少し醒めてしまったところもありました。

インタビューのところからは、
ドラマに戻ってもらったほうがよかったような。

たぶん、
中村勘九郎が演じてきた金栗四三は、
その映像とはちょっと違う雰囲気な気がするのです。
1年間ドラマを観てきた私は、
史実とずれていても
それが観られれば満足すると思うのです。

そして、
本物の金栗四三が語った言葉を、
ドラマの中の志ん生が引き取って、
大長編ドラマのサゲにして、
幕が下り、
その裏で、
志ん生を演じたビートたけしが
おどけたポーズで締める。

史実とドラマと現実が、
ないまぜになった終わり。

作りての意図だったかもしれませんが、
私は少し混乱したまま、
観終わることとなりました・笑





#いだてんの良いところを語ろう タグに
はまっていたこともありました・笑。

このようなこともあったと記録に残しておきたい。





2020年5月に、
NHK国際放送「NHKワールド JAPAN」で放送されたワールド版 【IDATEN】
再編集されており、
日本とオリンピックと描いたドラマとして
とても好かったです。













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2020年05月13日

【ドラマ】 おしん 1983年


 
・たとえ日本が戦争するようなことがあっても、おしんだけは反対するんだ。

・決して人を恨んだり憎んだり傷つけたりしてはいけないぞ。
 人を恨んだり憎んだりすれば、
 結局、自分もつらい思いをするだけなんだ。
 人を傷つければそれは必ず自分も傷ついて苦しむことになる。
 みんな自分に返ってくるんだ。

・ひとを許せる人間になってほしいんだ。
 ひとを愛することが出来たら、
 きっとひとにも愛される人間になれる、
 そうすれば、心豊かに生きていけるはずなんだ。




誰かにとっての、たか、健、ひさ、でありたい。

効率や実利だけを考えていればよいなら、

彼らは、おしんを援けなかったはずだ。





2019年4月、朝ドラが100作目を迎えたからか、
BSで再放送が始まりました。

私は今まで観たことがなかったこのドラマを
毎日楽しみに観ました。

毎日1年間観続けなければならない大長編で、
正直、
毎日観るにはしんどい展開(佐賀編)、
ちょっとつまらない展開(スーパー設立のあたり)もありましたが、
大変満足しました。

長い長い物語を経て、
第1回の時点に戻ったとき(第288回)、
1年間毎日観てきたことからこその、
深い感慨を得て、
理屈抜きの説得力を感じる、
など、
得難い経験をしました。

それにつけても、
#おしんチャレンジ って
絶巧な名づけだと思います。
(作った方に感謝)



【朝ドラオブ朝ドラ】

文句なく、本作が朝ドラのなかの朝ドラ。

どんな朝ドラにも、
「こんな凄い、素晴らしい××があったよ」と
言えるところがあると思いますが、
そういう要素を有り余るほどに備えている作品。

Twitterの #心に残るおしん名場面 タグをみて、
さらに意を強くしました。


また、
大正から高度経済成長期までの日本のことを知る、
素晴らしいテキストとなっており、

知名度ほどには、
ドラマを実際に観た人は、
今となっては、
それほど多くないと思われ、
もっと頻繁に再放送されてもいいと思います。


昭和という時代の振り返り、
太平洋戦争の評価、
戦争反対の是非、
など、
今後も、いつまでも、
調査、振り返り、議論をし、
様々な研究、ドキュメンタリー、フィクションが
作られるべきだと思いますが、

雄の最後の手記を見れば、

それは脚本家が戦後に造ったフィクションなんだけど、

もう、結論は出ているような想いを持ちます。



【大正・昭和の女性のなりわい】

大正・昭和の女性の様々な生業が登場します。

年季奉公、
製紙工場の工女、
温泉場の酌婦、
女丁持(ちょうもち)、
髪結、
カフェの女給
住込女中、
露店屋台
魚行商
売春宿
パンパン
etc

おしんだけでなく、
ふじ、加代、佐和、初子などの人生を通じて、
当時の女性の大変な生きざまを描いています。


「売春宿」「赤子」「骨壺」とか、朝ドラと思えないもの凄い筋立て。


【男性の登場人物】

朝ドラなので、女性が主人公ですが、

主な男性登場人物の描き方も興味深いものがあります。

・日露戦争に従軍し、戦争の悲惨さから軍を脱走した男
・戦前に農民運動に携わるも転向、運動に虚しさを覚え戦後は食料品店経営に専心する男
・軍に積極的に協力し、終戦とともに自らを清算した男
・学徒出陣し、南方で餓死した男
・特攻隊で死にぞこない、経済的成功に邁進する男

そして、

・自分の先祖の物語を知り、志を持つに至った男


【方言】

現代の伊勢では、皆、標準語を喋っている。

おしんが上京したとき、
東京では、江戸弁、山形弁、佐賀弁が飛び交い、
日本の各地方の人たちが集う状況を示すとともに、
最初山形弁を話していたおしんは、
しだいに標準語になっていく。

佐賀ではおしんはひとり標準語を喋っており、
佐賀になじむつもりがなく、孤立していることを表している。

伊勢では、おしんとおしんの子供たちは、
(山形生まれである初子も、あるいは浩太も江戸弁でなく、)
標準語しか話さない。
(おひさが標準語でないのは、
 おしんの家族たちとは異なる位置づけだからだと思います)

標準語を話すことで、
特定の場所の人でなく、
日本のどこにでもいる人たちの物語であることを
示しているのだと思う。


【庶民の戦争責任を問う】

本作では、軍服がほとんど登場しない太平洋戦争を描いており、

軍人が加害者で庶民は犠牲者、のような話は出てこない。

庶民の戦争との関わりについては、竜三のビジネスの変遷が大変興味深い。

・佐賀から東京に出て羅紗問屋を開業し、大戦景気のもと、派手にカフェ遊ぶするほどに繁盛する。
・第一次世界大戦後の1920年(大正9年)の戦後不況(綿糸や生糸の相場暴落)の影響で危機に陥る。
・大衆向け子供服の製造・販売で盛り返すが、関東大震災(1923年・大正12年)で多額の借金で投資した工場を失い、東京を引き払う。
・伊勢で魚屋を始める。(1927年・昭和2年?)
・世界恐慌から波及した昭和恐慌(1930年・昭和5年〜)の影響で加賀屋も潰れ、不景気は続き、景気をよくするには小さな戦争も必要と考える。
・満州事変勃発(1931年・昭和6年)、これからは軍人の世の中だと考える。
・1938年(昭和13年)軍の納入業者になる。鮮魚から食料加工品や衣料品へ事業を拡大していく。事業以外にも軍に対して様々な協力を行う。
・敗戦により、事業を終了。

竜三の最後の身の処し方は、庶民にも戦争責任があることを表現していると思う。


同じく、
戦後の高度成長の負の面についても
庶民にも責任があると主張しているのではないか。


【戦後のおしん】

戦後のおしんには、
家族以外の、
おひささんやたかや健のような助けてくれる人が
いなくなっている。
(浩太とも、専らお金の話しかしていない)

頻繁に
(主に初子が、おしんに対して言う、)
世の中が変わった、
人の考えが変わった、
という話がでてくるが、
何が何故どのように変わったのかは
はっきりとは示されない。


ひとつは、
プラグマティックに実利選好を第一に考える、
ということかもしれない。

( 2020年8月9日 NHKスペシャル 「渡辺恒雄 戦争と政治〜戦後日本の自画像〜」
http://inatt.tokyo/article/476954142.html


【大団円感のない結末】

私にとっては、
ずっと浩太に感情移入できなかったので、
このドラマの終わり方に、
大団円を感じないのですが、

初放映時は浩太は人気があったと聞いたことがあるので、
それぞれがどう感じるのかはわかりません。

作り手は、
おしんの人生を
すべて肯定的にとらえているわけではないと
感じているので、
大団円にまとまっても
私自身は違和感を感じたと思うので、
結末に不満はありません。

バブルや平成不況を経て、
スーパーたのくらがどうなっていったか、
やや悲観的な思いを持ちますが、

ひとつ言えることは、

おしんとの旅により、
圭が抱えることとなった夢が
叶うことを願っています。


【忘れられない登場人物】

少ししか登場していない人物でも、
その後、どんな人生を歩んだのだろうと
思いをはせる人たちがたくさんいました。

材木問屋女中のつね
 彼女も立派なプロフェッショナルだと思う

松田先生
 教育がとても大事なことであり、それを担う人の素晴らしさ

恒子
 恒子の場合は、
 その後どんな人生を送ったんだろう、と思うよりは、
 見ていないのに、
 どんな人生だったか、
 もう、知っているような気持ちになっている・笑

 ( それとも、自分自身も怖いお姑になったのか・笑 )


アテネの女給たち
 彼女たちも「おしん」であり「加代」でもある。
 震災や恐慌や空襲を潜り抜けたのか、どうか。

おしんの弟、妹たち(正助・こう・すみ)はどうなったのか・笑
 惣領の庄治は農地改革があったからよかったけど。
 仮に不幸なことになってなくとも、庄治ととらに嫌な目にあわされてそう・笑。

川村清一
 戦後のおしんの成功のもととなる重要人物。
 天国で、土地は初子に譲るべきだったと悔いてはいないか・笑
 雄の代わりにおしんに親孝行したと考えた場合、
 そのお金は、
 終戦直後、
 ヤミペニシリン、メチルアルコール、高利貸などで、
 遮二無二に荒稼ぎしたもの。


【主要登場人物】

竜三
 クズなところもありながら・笑、
 嫁の母に会うなり、爽やかに
 「お母さんよく来てくださいました、私が田倉竜三です」
 と言える人。

お清
 高森和子さんの名演。
 おしんをはじめ、台詞を噛んでもそのまま放送しているところが、
 まま見受けられるところ、
 お清にはない、
 あってはならない、
 怖いお姑でなくなる、
 観る人が醒めてしまう。

 台詞回しだけでなく、
 第219回、
 おしんの言葉を聞いているときの表情も凄かった。


【おしんのテーマ】

この物語のテーマは何か、脚本家が明確に記しています。

「ひろく明治、大正、昭和と激動の時代を生き抜いてこられたかたたちの人生史を知り、そのかたたちの生きざまを通じて、私たちが見失ったものをみつめ直したかったからである。それはまた、日本が明治から昭和へと近代国家に急成長する過程で、そぎおとしてきたものでもある。」

「“おしん”という名もない女性の一生を描くことで、今、私たちが生きるための指標を探れたらと願っている」

(橋田壽賀子が『母たちへの鎮魂歌』と題して「ドラマ・ガイド」の巻頭に載せた文として、
 おしん・シナリオ(一)奉公篇の序にあるものを引用)


また、第16回、第17回の俊作の台詞や
第219回のおしんの台詞もテーマのひとつでしょう。


戦争が終わったら、
戦争中は自分も黙っていたくせに、
自分ひとりは戦争に反対してきたみたいに、
馬鹿な戦争だったとか、
間違った戦争だったとか、
偉そうなことを言って。
私もそうでした。
暮らしが豊かになるためだったらって、
竜三の仕事に目をつぶってきました。
戦争のおかげで自分だってぬくぬく暮してきたくせに、
今になって戦争を憎んでいるんです。
雄や仁を奪った戦争を恨んでるんです。
そんな人間に比べたら、
竜三はどんなに立派か。
自分の信念を通して生きて、
それが崩れたときに
節を曲げないで自分の生き方にけじめをつけました。


また、
おしんの次世代の女性を描かなかったところも、
この脚本家の他の作品の特徴も含めて興味ぶかい。


【田中裕子】

田中裕子の演技を抜きにして、このドラマは成立していないこと、
誰の目にも明らかですが、

20190524の日経私の履歴書で
橋田壽賀子は、
「これまで秘密にしていたのだが、大人になってのおしん役、田中裕子さんは、私とは言葉を交わさなかった。目も合わさなかった。多分、脚本ができる前に仕事を受け、いざ始まってみると役柄が気に入らなかったのだろう。なのに田中さんは見事にというか、スタッフの期待以上のおしんを演じてくれた。それでこそ本当の名優だ。」
と言っている。
田中裕子は、おしんのどんなところが嫌いだったのだろう。

自身はおしんの世代の生き方に興味がなかったのかもしれない。


【誰かにとっての、たか、健、ひさ、でありたい】

このドラマを観て、感じたことのうち、
とても大事なことと思ったひとつは、

ビジネスや身の回りの賄いなどに関してはとても有能であるが、
家族の気持ちを慮る点には少し欠陥があるような・笑、

( おしんの師である、くには、
  まさしくそういうふうにおしんを仕込んだと思う。 )

そんな、おしんではなく、

見返りを求めず、おしんを折々で援けた、
たか、健、ひさのような人を見習わなければならない、

ということです。


【「おしん」を知らず、平成を通り過ぎた。そして、】

おしんが放送されたとき、
私は大学生でした。

世の中では大変な話題でしたが、
私自身は、
朝ドラ、しかも、一見古臭くみえる筋立てのドラマには、
まったく興味がありませんでした。

そして、平成の間も
おしんというドラマの内容を知ることなく通り過ぎました。

世の中は、作者の思い
(「私たちが見失ったもの」
 「今、私たちが生きるための指標」)
に関わらず、
バブルを経て、
失われたxx年を経由し、
今に至っています。

私自身は、
令和になって、はじめてこのドラマを観て、
いろんな感想を持ちました。

もし、
1983年に私がおしんを観て、
今と同じような感想を持ったら、

私自身の人生は何か変わっただろうか、

そして、おしんを観終わったこれからの私の人生は何か変わるのか、

そんな大袈裟な感慨を持ちました。



【各回覚書】(作成途中)


おしんは、昭和天皇と同じ明治34年(1901年)生まれ。

物語は、明治40年春から。(おしん数え7歳)。
なか60歳。作造37歳。ふじ32歳。
谷村家は、五反の小作と二反の畑(シナリオより)

第3週

16回

「たとえ日本が戦争するようなことがあっても、おしんだけは反対するんだ」

17回

「決して人を恨んだり憎んだり傷つけたりしてはいけないぞ。
 人を恨んだり憎んだりすれば、
 結局、自分もつらい思いをするだけなんだ。
 人を傷つければそれは必ず自分も傷ついて苦しむことになる。
 みんな自分に返ってくるんだ。」

「ひとを許せる人間になってほしいんだ。
 ひとを愛することが出来たら、
 きっとひとにも愛される人間になれる、
 そうすれば、心豊かに生きていけるはずなんだ。」

223回

母さん、人間、水さえあったら生きられるって本当ですね。
ここのところ、谷川に沿って歩いているので、ありがたい事に水には不自由しません。
雑草と水だけで、もう何日が過ぎたか。
これ以上、もう痩せる肉も無くなりました。
母さんのライスカレーが食べたい。
子どもの頃、今夜はカレーだって時は、ズボンのベルトを緩めて食卓に座りました。
あれが本当の幸せってものだったんだと、今になって気が付きました。
もうあんな時は、二度と帰ってはこないのだろうか。
その時は何とも思わなかった事がどんなに幸せだったか。
それが分かった時には、もう手の届かない世界になってしまいました。
今なら、あの1杯のライスカレーのありがたさを心から味わう事ができるのに。
何もかも遅すぎました。

母さん。
母さんがお釜のご飯のおこげにしょうゆをまぶして握ってくれたおむすびは、本当においしかった。
お魚やレンコンやゴボウのササガキや、枝豆やニンジンや、いろんな色どりが楽しかった母さんの五目ずし。
あずきをつぶすのを手伝いながら、生つばを飲み込み、母さんの手から魔法のように現れるのを待っていたおはぎ。
母さんが作ってくれたものはどれもおいしかった。

僕はとても女々しい男です。
でも、時々どうして僕がこんな異国で灼熱に焼かれ飢えに苦しみながら、当てもなくさまよい歩かなければならないのか分からなくなります。
誰のために、何のために。
母さん、教えて下さい。
僕はお国のためよりも、天皇陛下のためよりも、母さんのために生きなければならなかったのに。
母さん、ごめんなさい。

290回

父さん、僕ね、
いつか加賀屋ののれんを再興してみせる、
そう決めたんだ。
僕は、加賀屋の大奥様やそれにお加代様のことが
大好きになっちまった。
僕のこの体の中には、その人たちの血が流れてんだ、
すごいじゃないか、父さん。
父さんのやれなかったことを、俺やってみるよ、
やってみせる、できるさ。







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2020年03月29日

【ドラマ】 スカーレット

 
「大事なものを失ったのだと、思いました」


【「不穏」な朝ドラ】

2019年下期の朝ドラ

今まで、いくつもの朝ドラを観てきましたが、
それまでのどれとも違う味わいを感じました。

台詞、演技、演出、劇伴(特にチェロ?ヴィオラ?の音色)が、
それぞれ過剰でなく、余白がありながらも、心が揺さぶられ、

観ていると、知らずにじんわりと涙ぐんでいるような。

話の展開にドキドキ・ワクワクするというよりは、
ちょっとした会話や仕草に
よくわからない不穏を感じることがありました。

土の響き - 冬野ユミ
[iTunes]土の響き - 冬野ユミ



主人公が陶芸家になることは、
この物語のゴールではありませんでした。


このドラマの作り手たちが、
一番示したかったことは何か、
最終回を観終わってなお、
つらつら考え続けています。

女性を表現する言葉で「男勝り」という言い方がありますが、
そういうことじゃなく、
強く生きていく「人間」を描きたかったのかな、
と思っています。


喜美子は、長女として家のことをやってきたし、
加えて、大久保さんに仕込まれて、
賄いや暮らしのやりくりも完璧で、

よくあるような、
仕事はできるけど、家事はダメとか、
仕事に夢中で、子育ては放任主義だったとか、

そんなことはなく、
物語の登場人物として、
生きていくための手わざと
芸術を作り出す技術やひらめきを併せ持つ
弱点のない人なのです。

( あえて言うと、
  息子の彼女に気が利かないとか、
  それくらい・笑 )

そんな人がたどりついた、
自らの選択により、
また、
抗えない運命により、
大事なものを失いながらも
ひとりきりで窯に向かう暮らし。


【最終回を観て】

喜美子が、ひとり、穴窯に向かい続けることを示し、
物語が終わりました。

そこから何を感じるかが、この物語の核なのかなと思いましたが、

ふと、生まれた感慨は、
「そう、私たちは、そうやって生きていくのかも」

でも、「そうやって」が何を指すのか、
自分でもよくわからない・笑

独りきりで炎と向き合うということ?


また、
八郎の描きかたにひっかかりがありました。

八郎は琵琶湖にいっしょに行っていない。
彼は喜美子の家族ではない?

脚本の水橋文美江さんは、
「八郎は喜美子の才能に嫉妬している」と断言しています。

「ヒロインが戸田恵梨香さんに正式決定する前から、プロデューサーの内田ゆきさんと話していたのは、同業者の夫婦がうまくいかなくなる様を描くのは面白いのでは? ということです。結婚して夫婦揃って陶芸家になるけど、妻の才能が秀でていることで夫とのすれ違いが生まれる……。もともと、そういったところを描きましょう、描きたいねと言ってたんです。」(*)

この物語は、
「誰かの心を癒したり励ましたりする作品を作る」陶芸家にはなれなかった、
八郎のお話でもある、と思いました。

・ジョージ富士川のワークショップを外から眺めている
・「ハチさんに足りへんのは信じる力や」(第99回)
・「僕にとっては喜美子は女や、陶芸家やない」(第104回)
・息子に5年間「会いたい、いつか会いたい」と記した手紙を書き続けた(第108回)

(*)
「スカーレット」脚本家・水橋文美江が明かす、八郎「僕にとって喜美子は女や」発言の“本当の意味”



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【呟きの記録】


























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2020年01月18日

【ドラマ】 カーネーション 全体の感想

  
2011年度下期の朝ドラ。

数ある朝ドラのなかで、

一番大好きなのは、「ちりとてちん」で、
ひとつ代表を選べば「おしん」ですが、

一番の傑作は、「カーネーション」ではないかと思っています。

濃厚な泣き笑いの物語(そのうち結構な部分が実話・笑)、
人生はしんどくて素晴らしい。
それを教えてくれる癖の豊かな・笑、登場人物たち、

その代表は、
朝ドラ主人公なのに、「あんたの図太さは毒や」と
言われてしまう人・笑。

演技、演出、音楽、
「泣き」のシーンでも、「笑い」のシーンでも、
極上のお仕事。


( 不満はひとつだけ、
  最終回に、吉沢加奈子(中村優子)が登場すること。
 「奇跡」はそこじゃないのに、と思いました。)


素晴らしいシーンはたくさんありますが、

ひとつは、ラストシーン。

長い長いひとつの物語が、
完結したことを示すだけでなく、
虚構として閉じてしまわず、
物語を観てきた現実の私たちに繋がってくる。

誰もが生きて、去っていく、

でも、糸子は居る、

(奈津も目の前にそこに居るかもしれない)


それを表現するために、

主人公の俳優を変えたり、
ほとんどの登場人物を入れ替えたりするようなことが、
(画質すら変えた?)
必要なことだったのだと思い知りました。

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#カーネーション 脚本家 渡辺あやさんのTwitter降臨とその反響
https://togetter.com/li/727839

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(自分のツイートの覚書)


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(印象的なツイートの覚書)











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2019年09月28日

【ドラマ】 なつぞら 2019年

 
「優しいあの子」とは誰のこと?




2019年上期、100作目の朝ドラ。
半年間楽しめました。

最終回を観てから、
第1回を観なおして、

火垂るの墓の
戦争孤児になった清太と節子が
幸せになったお話だったんだな、
と納得しました。

信の手首には、
やけどの跡のような痣のようなものがありましたが、
後に触れられることがなかったように思います。

物語の構想は、いろいろ変化していったのだろうと思いました。


登場人物とその描き方については、
朝ドラ100作目ということで、
過去のヒロインを演じた女優が多く登場するうえに、
朝ドラにつきものの、
イケメン枠をいつも以上に奢った結果、
登場人物が多すぎて、
それぞれのエピソードが、
少しずつ物足りないように感じるうらみがあると思いました。

咲太郎、千遥、信の
人物背景は、
それぞれ豊かな物語性を持っていて、
こちらのエピソードを
もっと見てみたいと思いました。



また、
歴代朝ドラヒロインを演じた俳優がたくさん登場しましたが、
主人公をサポートしたり持ち上げたりするのではなく、
入れ代わり立ち代わり成長に繋がる試練を与えていくのも、
面白かったのでは、と思ったり。

主人公の描き方については、
何か、
今までの典型的な朝ドラヒロインとは異なる、
人物像を描きたいのかなと
感じていましたが、
どういうものを狙っていたのかは
よくわかりませんでした。

「朝ドラ主人公とは」みたいな、
少し重めの考察が出ていたのも、
本作の特徴でした。







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2019年06月10日

【ドラマ】 腐女子うっかりゲイに告る 2019年









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2019年04月29日

【ドラマ】 まんぷく

 
2018年度下期の朝ドラ。
毎日楽しんで観ていました。


少し残念だったのは、

萬平と福子の物語の周辺に、
鈴や香田家でコメディリリーフを置く構造でしたけど、
出演者のなかで、
コメディタッチが最も得意そうに思えた、
安藤サクラの活躍場所がとても少なかったこと・笑。


息子・娘と月光仮面ごっこ?をするシーンがありましたが、
ああいうのがたくさんあると、
共演者含めてもっともっと輝けたような気がしています。

↑別論点になりますが、
台詞の切れ端部分だけなのに、
主人公が年齢を重ねていることを確認できるところも凄い。
(老けメイクするか否かは大事ではない・笑)




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ツイートの記録






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2018年11月18日

【ドラマ】 昭和元禄落語心中 2018年



NHKで放送されたドラマの覚書。










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