2022年06月21日

【ドラマ】 鎌倉殿の13人 2022年 ( 書きかけ )



坂東武者たちの、素朴で長閑、無邪気に残酷。


( が、そんなひとときは

  とうに通り過ぎてしまったような気がする・笑(20220502記) )






2022年の大河ドラマ

三谷幸喜がフィルム・ノワールに挑戦。

または、任侠大河ドラマ・笑






「鎌倉殿の13人」って、ドラマを思いついても、

「題名につながる登場人物が13人!」って、

並みの脚本家なら、尻込みしそうな案件だけど、

三谷幸喜なら、

「昔書いた戯曲より一人多いだけ」ということか・笑





【女性の描き方】

今までの三谷作品と異なるところとして感じているのは、

女性が女性に影響を与える、関係性や対話の多さ。

北条政子の描き方から、そういうシーンが増えているように思います。


・亀と政子

・静御前と里

・巴と大姫

・丹後局と政子
 第24回で政子は手ひどくやられたが、
 それも後にこのことの雪辱が描かれるのだろう。






■各回の感想

・第1回 「大いなる小競り合い」

「あいつ逃げ隠れているらしい、どこにいるんだろうな」
「今、この館にいる」
「!」

三谷喜劇の神髄・笑



・第2回 「佐殿の腹」



・第8回 「いざ、鎌倉」

庚寅(かのえとら)に家移し(やうつし)した家には
不幸が訪れると言われております
親子の縁が薄く、主(あるじ)は不慮の死を遂げる



藤原秀衡は、意図して、
自分が使う駒としてのパーフェクト戦(いくさ)マシーンとして
義経を育てたという妄想。
坂東武者は実戦で鍛えた強さだが、
九郎は武芸訓練だけでなく、歴史書からなどの教育を受けているとか。


・第9回 「決戦前夜」


政子の瞬きしない丸い目が怖いと思う時が来るんだろうなあと思った。



・第11回 「許されざる嘘」



宗時の巾着が畠山重忠のもとに残ったことが後に災いとなるのか。
これを知っているのは景時だけ。


・第15回 「足固めの儀式」


上総広常も
「老けたな」と言われただけで、
佐竹義政を切り捨てた人だから。(第10回)


( 刀について、広常が気がつかないというのが、腑に落ちない )


( ドラマ的な因果では、頼朝は最後に善児と関わるのだろうなと思い始めた )



・第19回 「果たせぬ凱旋」


義経の場合は、「全部大泉のせい」ってわけでもない(哀)

「策にたけたものはかえって騙されやすいものだ」


また、
人の手紙を破り捨てた(義円)
自分で手紙を書かなかった(宗盛)
ことが祟っている。


ーーー

土佐坊昌俊(とさのぼうしょうしゅん)の堀川夜討は、
郷御前(さとごぜん)の後妻打ち(うわなりうち)?

義経からみると、
(誰それの讒言、とかでなく)
全部、自分の行動が原因、という描写が
恐ろしい。

ひとつひとつのエピソードをきめ細かく積み上げた、
凄い脚本だと思う。

ーー

名ナレーション

「まねをしてはいけない」

他の誰にできるか想像し、

有働由美子さん(真田丸ナレーター)が思い浮かんだのは面白い。


−−

「九郎義経は、九州に逃げ落ちたと聞いておる。かような所にいるはずはない。偽物であろう。」


 フィクションの作り方として素晴らしいと感じ入りました。

  フィクションだから、時政が義経に話しかけることができる
  フィクションだから、義経が北条親子のところにあらわれても捕まらず、その結果、地頭が設置される





『自信』をつける『経験』とは『戦に負けた痛い思い』で、

九郎がこれまで避けてきたものなのかもしれませんね。

「まだまだ、これからじゃ」とはどこまで本心か。

また、

「まっすぐすぎたのです、羨ましいほどに」

とはこれまでの義時の苦い経験をふまえたもの。

これらは、
滅びが固いと見極めた人にかける、
北条の一族の、優しいが突き放してもいる言葉と受け取れた。

ーーー





・第21回 「仏の眼差し」

北条時政が建てた願成就院(がんじょうじゅいん)の
運慶作阿弥陀如来坐像
その表情は、私は慈愛よりも一種の威厳を感じるが、

ドラマにおいて、
北条義時が、
史実では詳細が分からぬ北条泰時の母を引き合いに出し、

「ふと、妻の顔を思い出してしまいました。
息子の寝顔を見ているときの」

というのも、
物語の中の八重の人生に思いを馳せ、
実在の阿弥陀如来坐像とも結びつき、
いつまでも心に残るかもしれないシーンでした。


・第24回 「変わらぬ人」


「変わらぬ人」とは?

頼朝のこと?


貞観政要
 豊かな家になったから、書籍も読む
 金剛は新たな世代の坂東武士

 ( 大姫も源氏物語など教養を持つように育てられている )

陳和卿




■呟きの記録

・義朝と坂東武者

 義朝と坂東武者との関係は、
 頼朝の場合と違っていたのか、同じようなものだったのか、
 興味を持ちました。

 または、
 大庭景親、千葉常胤佐々木秀義から見た、保元の乱や
 三浦義澄上総広常から見た、平治の乱、
 そして
 その経験を通した頼朝の挙兵についての
 それぞれの感慨に興味が湧きました。

 



この時期にNHKオンデマンドで平清盛を観ることができるようになったのは素晴らしい対応だと思う。











・時政お父さんの誕生(5/10)祝い(20220511)



温かいエピソードなのに、
色紙を書いた「北条の一族」の顔ぶれに、
なんか胸をつかれる・笑

 孫(頼家・泰時)はいるが、娘婿(頼朝、全成)はいない。
 一方、畠山重忠がいる。
  (「父上おめでとうございます!生きたいです!中川大志」)
 八重がおらず、比奈がいる。

(20220509に佐藤二朗さんは比企能員の変を撮影しているらしい呟き)











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2022年06月20日

【ドラマ】 今度生まれたら 2022年



NHKのプレミアムドラマ。

20220606

地味なお話だが、

同じときに放送されている、ドラマ作りとして新奇な「17才の帝国」より、

見入っている自分がいる。

5年先くらいに、高齢者をヒロインにした、

こんな朝ドラが始まったりするのだろうか。

( 一方、
  本作に比べると、
  朝ドラがいかに視聴者の気持ちを惹き続けることを意識しているか、
  感じさせられた。 )





(1)

夫婦はそれぞれの趣味で飾られたそれぞれの個室で寝ているようである。

近所の人には、料理教室と偽り、お金には困っていないがパートへ出かける。

70歳とはいえ、とても健康で元気だ、という前提があるように思う。







(5)

日常と変わらない、会話/行動が延々と続くのが、

本作の特徴かと思っていたら、

ついに、ドラマ的なふるまいが現れた(ミキ・須藤理彩)。

お話はこれからが本番なのかもしれない。


(6)

えぐいお話だと顕わになってきました・笑。

昔の歌謡曲の劇伴、
笑わせようとしてるのかと思ったけど、
70男が家出(もどき)するときに、
頭の中で鳴っているのなら、
怖い怖い。

( 「涙のかわくまで」西田佐知子 1967年の藤圭子カバー(1973年)? )

本回は、
この曲の歌詞含め、
よく耳にするのに印象に残る台詞が沢山。

父母が醸すプレッシャーがストレスでえずく長男。

団塊世代が、孫世代に責められてたけど、
彼らもきっと50年後に、
また責められている予感・笑

やはりこれを朝ドラにして、
阿鼻叫喚なTLを見たい・笑
次男のロッジでの対話を延々1週間とか・笑


(7)

次男は背が伸びて台所で頭を打つようになってから、
家を出ることを考え始めた。

誰もいない一軒家、
らっきょを漬けた瓶が残った。

長期間のローンで手に入れた家なんて、
大事なことではないということか、どうか。

また、
社会的なつながりはほぼ描写されず、

( 住民運動への関わりはそういうことか? )

姉妹の二家族が
ばらばらであるようで、
繋がりをお互い絶たない関係も印象的でした。



次男はそういうところから、
距離を置いているともいえる


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2022年06月18日

【ドラマ】 芋たこなんきん 2006年



ひとりやったら、笑われへん。そやろ?






朝ドラ史上、最も早口なヒロイン・笑





2006年度下半期の朝ドラ

2022年の再放送を観ています。





◇第6週 「思いやる心」

この週にいくつの「思いやる心」が描かれたか。

常に多層的に出来事が走っていくのが好いです。

本作の週の題名は、脚本(長川千佳子)検討から決められているのか、

大変興味深いです。



■第35回



ヌイさん(西岡慶子)のところに2度訪問する。

1度目のとき、徳永の目線で、ふたつの位牌、ひとつの遺影、「サクラ式ドロップス」が写る

2度目は、町子の視線で、小さいほうの位牌の全体が写る。

「ちいちゃい時な、空襲で、家も写真も全部灰になってしまいましてん」


( 言わずもがなですが、家・写真以外に灰になったちいちゃいもの )


( 「おちょやん」以来、位牌の戒名をしっかり観るようになった。 )



◇第7週 「おくりもの!?」

■第38回


「大阪は よいところなり 橋の雨」

「法善寺 芝居のような 雪が降り」

( 岸本水府 )


■第42回

石のおくりもの、
「ふふふ、あの子らしいわ」

「午後になったら空港取りにきはんねんけどあと2割なんとか頑張らなあかんねんけどねえ、わたしいまできるかどうか心配で胸どきどきどきどきしてんねんどないしよ健次郎さん」


矢木沢さんは、
分かってて、日曜日に顔を出したのか、どうか。


■第47回



■第48回

予想もしなかった人からの「おおきに」やった。


( 治療費の前に時計を。

  隆とのやりとりを他の家族は見ていないし、

  時計のことを知った母の様子などは

  視聴者が頭の中で想像するのも良きこと。)



( 「ニコニコ日記」第27回(2003年放送)を思い出しました。 

    http://inatt.tokyo/article/398821536.html )


■第57回

束脩(そくしゅう)とは、入学・入門の際に弟子・生徒が師匠に対して納めた金銭や飲食物のこと


■第59回

いつ死ぬかわからない、
象、ライオンの写真を撮った、
ほんまのとこ、小説家になりたかった少年。


◇第11週 「おとうちゃん」

■第61回

町子は戦争中の少女時代の体験を昭和42年12月に執筆している。



■第65回

登場人物の著作物の内容を、
視聴者が2週間かけてまるまる体験済みという仕掛けが素晴らしいと
思いました。


■第69回

きずつない【気術無】  気苦労だ。 気づまりだ。 また、心苦しい。 恐縮だ。


■第72回

いくつかの朝ドラから、
ぬか床の重要性を学ぶ私・笑

アムールのママ(三島ゆり子)も、
しっかり物語に交わってくるところが好い。

一方、
家族の外から来て語る人の必要性(ツネさん・石井トミコ

最後まで、自分のことを、なんていうかな、
うん、せんば。
しなければいけないことは、せんば、うん、
まあ、終わるんなら終わるで、ちゃんと整理ばして、
で、伝えることはちゃんと伝えて、
そうせんば、
この歳まで生きてきた値打ちがないもんね
うん、こん人に教えてもらったわけよ

利子はちゃんと置いていけるんやね、こっちの世界に

( なんばさつま、薩摩芋の難波煮、葱と一緒に煮るのが難波煮?、難波葱 )


■第77回

昭和43年の正月
(楽天乙女の執筆、出版を考慮すると矛盾も感じますが)


■第78回

素晴らしいお正月エピソード。


「猥褻」「痴呆」をもってきたので、

一休宗純の「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」
が頭をよぎりもしましたが、


本回は、そういうことでなく、
大阪の
人の距離が近い、
生命力の強い生活が描かれたのかなと思いました。


■第79回

やむを得ず、残念なことですが、ヌエさんなし。

( でも、ヌエさんのお正月に思いを馳せました )


    





■アイビーお洒落なカモカのおっちゃん

・裏地がチェックの紺のジャンパー(スウィングトップジャケット)(第35回)



■呟きの覚書







『田辺聖子 十八歳の日の記録』より#1
https://bunshun.jp/articles/-/50158









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2022年06月05日

【ドラマ】 17才の帝国 2022年



NHKのドラマ



・スノウは新たな情報が追加されない偏ったデータで構成されたAI(人格)

・ソロンは、住民の中にある、地域の伝統ある祭りへの想いを拾いあげた。
 それはおそらく、高齢者の意見が主であっただろう。

・真木が持っていた、スノウを作りだす動機の情念により、
 ソロンは、真木を選び、
 市民は、スノウを作った真木を信用できず罷免した。

・善意ポイントシステムが実際に使われることがなかったのは残念・笑。

・心のなかの「17才」





・「17才の帝国」マージナルマンが見た夢【演出ブログ】

  https://www.nhk.jp/p/ts/VNXRGXV8Q3/blog/bl/pJePOEwvmB/bp/p7KkqDMKx7/

・犠牲者を救いたい気持ち

・犠牲者自身が持つ情念

・「青い夢」


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2022年05月04日

【ドラマ】 カムカムエヴリバディ 2021年 ( 全体の感想 )



物語をずっと見守ってきた私たちは知っている





2021年度下期の朝ドラ、

カムカムエヴリバディ ( A family story that spans 100 years Come Come Everybody - Since 1925- )

の全体の感想


( 各EPISODEの感想

   http://inatt.tokyo/article/487291647.html )






■朝ドラ版「愛と哀しみのボレロ


親子を同じ俳優が演じるところとかの共通点。

https://www.imdb.com/title/tt0083260/

本作はこの名画とならべても遜色ない朝ドラ「傑作」だと思います。



■長編ドラマ「改訂・善女のパン」・笑 (20220313記)


・オー・ヘンリー短編の原題は「Witches' Loaves(魔女のパン)」  
 
  魔女もパンも両方が複数形
  
  岩波文庫で8ページのお話では虚しく終わるミス・マーサの想いも、
  この朝ドラでは報われる?  

・繰り返し描かれる「伝わらないままの思い」


・「ひなたの道」「暗闇でしか聞こえぬ歌」「木漏れ日」

  ひとつだけ肯定し他を否定するのでなく、どれも認めている


・「暗闇でしか見えぬもの」に個人的にはピンときてないところもある。

  暗闇にいると、光が分かるということかしらん。







過去の朝ドラへのリスペクトがある本作だが、

( 「好きなんじゃ、1日15分だけのこの時間が。
   たった15分、
   半年であれだけ喜びも悲しみもあるんじゃから、
   何十年も生きとりゃあ、
   いろいろあって当たりめえじゃが」(第98回))

実は、るいやひなたは、それほど朝ドラに夢中というわけではない。

朝の15分を、

朝ドラよりも英語講座に力を向けたのが、

本作の主人公である・笑





■自分に繋がる父母・祖父母の物語


わたしはひなたと同じ世代だが、
父母・祖父母が通り抜けてきたことを感じ取らぬまま
過ごしてきたことを知らされた。



あんなに激しい出来事を経験した、
るいとジョーが静かに平凡に暮らしており、
娘のひなたは、
父母の過去も祖母の家族のことも何も知らず、
無邪気に育っているが、
やりたいことがないことに不安を感じている。


ひとつの物語の下には、
たくさんの過ぎた物語が静かに眠っている。


今この瞬間、今中にも、
過去の物語が隠れている。


例えば、第97回に描かれた、とある8月15日の出来事。


今までの朝ドラにはなかった描き方に、
いろいろ気づかされることがあります。


( EPISODE097は、毎年8月15日に観るべき一篇だと思いました。 )







■描かれていない物語に思いを馳せる

安子の後半生や

ひなたの、
2022年から2024年にかけて、
自分の祖母や母のことを調べまとめていたと思われる時期のこと、

( それが最終回放送日20220408よりも後の時系列であることから、
  ひなたは、コロナやウクライナの出来事も見ながら、
  作業をしたという妄想 )

描かれていないところにも、

豊かな物語があるのだろうと思いを馳せることがあります。





【歴代朝ドラの最小放送回数?】

100年間の歴史を描いた物語が最小回数とは不思議なものです。

( 働き方改革?で週6回が5回になり、

  コロナのせいで、

  いくつかの作品が放送回数変更を強いられましたが、

  その経験により、

  個人的には、150回は少し長すぎて、

  120回から150回の間にちょうどよいところが

  あるのかもしれないと感じました。)






■語り(は誰なのか、推測の履歴・笑)





語りで、かつ、登場人物と関わりがあることを予想。

三代目ヒロインの息子とか。

あるいは、安子が語る過ぎ越してきた昔話を聞いた人。(20211205追記)

ロバートの息子か孫だな(20211218追記)

ビリーか、君はビリーなんか?・笑(20220208追記)

ジミー、ではない・笑



■「語られたお話」という二重構造


ちりとてちん」も「平清盛」も本作も、

語りの内容を映像化しているという二重構造があって、

客観的視点映像だけでない、

語られたお話の映像という虚実皮膜の層が生まれる。

本作では、さらに、

語る人と語る内容を書いた人が別人というさらに複雑なことになっており、

この語りを書いた人は主観的な想いをほとんど綴らず、


( だから、主観的な言及があるわずかな部分が大変興味深い )


加えて、

描かれたことは

(物語世界の)事実なのか、
(物語上の登場人物が創作した)作られた虚構なのか、

も曖昧であり、

私たちは、それらのことを想像し、

永遠に愉しむことができる。



なるほどと思い、
平清盛における、清盛の夢うつつの出来事である、
第三十四回 白河院の伝言を思い出した。

2周目以降の視聴で、

「物語内の登場人物が、事実に基づきながらも創作した物語」という

新たな視点が提供されるということに気づきました。


第19回のラストの情景を、
語りの作り手はどんな気持ちで描いたのか。

また、

語りの書き手からみると、
平川先生の登場は、
渾身の力を込めて書かれたものと思えます。


さて、るいが視た稔は、

夢か、

現(うつつ)か。


また、カムカムの世界では、2021年度下期の朝ドラは、何だったんでしょう。




トミーのおじさんは、
危うく竹村のおばさんをデートに連れていくはめになりそうだったと
語った・笑


( ナレーションのない回には、意味があるかどうか・20220504記 )



■作り手の皆さんのきめ細やかなお仕事

超ロングパスがよくでてくる藤本有紀脚本では、
制作に関連する方たちは、
どの担当の方も
先を見て準備することが大変だろうなと思いながら、
プロフェッショナルなお仕事ぶりに
感嘆することも多いと思うなど。

・公式Twitterの慧眼



・小道具担当?の方のお仕事ぶり



(ハリー杉山氏の父、ヘンリー・スコット・ストークス(Henry Scott Stokes)氏は2022年4月19日に亡くなられました)


■朝ドラヒロインの味方、濱田マリ




■おはぎゅう200個



https://note.com/nhk_professional/n/n2a37ea9ad266


「母がこう言いました。
 一生懸命やることによって
 仕事が仕事を教えてくれるって言ったんです」

「分からないっていうことは幸せなことよ
 そういう気持ちで人生を送っていれば
 きっといいことがあるわよ」

毎日200個、手間をかけて笹餅を作ることの大変さ。
それでも、年40万円ほどの利益だという。

それでは、
幼児を育てながら毎日200個のおはぎを卸売すること、
1個100円の回転焼きを焼きながら子ども二人を育てあげること
を描くフィクションは、
荒唐無稽な意味のない作り事なのか、どうか。

私個人は、
このノンフィクションとフィクション、
時をほぼ同じくして観たがゆえに
それぞれから感じとれたことがあったような気がした。





■ウクライナの話 Україна Ukraine

映画「ひまわり」の有名なシーンはウクライナで撮影されたものとのこと

  https://www.ua.emb-japan.go.jp/jpn/info_ua/episode/2movie.html


カムカムエヴリバディのタイトルロゴはひまわりの花のようにもみえる

アルデバランのMV には、
歌詞英訳(英語字幕)がついていることを教わりました。

"Aldebaran"

Could we really get along?
Before this world comes to an end

Knowing this blooming will soon die in fade
Yet, giving all I can to devote

Smile, smile my love
Clap your hands to march through the uncertain future

For you and your precious ones can live in happiness
Singing this song of prayer










■終盤の展開を密かに想像して楽しむ覚書 ( 20220320時点 )


・ひなたは英語が上手になる(中の人が凄く練習している情報)

  →1週間もたたないうちに滅茶苦茶上達・笑(20220325記)

・勇、雪衣再登場のあとの、残るキーマンは、きぬちゃん。

 ( 最終回を観てから、
   きぬちゃんは安子と会わせることに意味がある人物なんだなと納得・笑 )


・岡山の「たちばな」

 金太がおはぎを売らせた少年がキーマンだが... 


・健一の「Dippermouth Blues」にはアップライトピアノがある(20220321)

・アニー・ヒラカワ

 私はやはり安子だと思った(20220325)

 上白石萌音さんの再登板を望む人も多いなか、
 最終回直前にいきなり再登場しては、誰が演っても難しい。
 観る人が馴染んでから、謎解きがなされるのでは。



『カムカムエヴリバディ』チーフ演出が最後に語るとっておきのカムカム制作秘話

 https://note.com/nhk_pr/n/n3a700be0147f

 「実は、我々としては、登場して割と早い段階で、アニー=安子である、ということをはっきり分かるように組み立てて作ったつもりだったのです。
小出しに「匂わせ演出」をやっていた気はまったくなかったのです……。」


・最終回予想・笑





最終回予想、勇「『るい』って、そういう意味やったんか!!?」

実際は、勇さんは生涯それを知ることはなかったのではないか、

それも、よき事。



■ひなたのせいで筆者が思い出してしまい懺悔するコーナー


・夏休み最終日の夜の地獄

・ラジオの英語講座を聞いていたことがある。

・大金使ってベル〇〇ツ行ったことがある。

・スピ〇〇ラー〇〇グ買ったことがある


・「るいやひなたを見て、私もラジオ講座で英語の勉強を始めました」
 という人をまだ見ない・笑(あくまで私のタイムライン調べ) (20220407)





■総集編



・非常に工夫した編集が行われており、本編を観ていても楽しめるものになっていると思いました。

 あえて、時系列を変えているところがありました。

・るい編のナレーターが浜村淳になっているのが好かった。

・一方、初見の人が物語を把握できるのかどうか、とも思いました。

 最後に出てきた男の人は誰?とか・笑

・そうしてみると、(大河もそうですが)総集編制作の意味は何だろう?とか、
 根源的な感想を持ちました・笑
 
 ( Twitterで考えると、感想を述べあう、最後のイベント・笑 )

 ( そうか、昔は、お茶の間で家族みんなで観て、そうしていたのか? ) 


■諸々


・名探偵 赤富士鷹

本ドラマと同じく、
ラジオ放送開始から始まる、
藤本有紀脚本のドラマ
「名探偵 赤富士鷹」 第一夜「ABC殺人事件」
  http://inatt.tokyo/article/398821379.html?1637683953


・トンボ学生服の歴史

  https://www.tombow.gr.jp/corporate/enkaku/


・「おサーカス」

 「少年ギャグサーカス」(朝ドラの小道具)

  https://www.kuroji-kanban.com/gagcircus/

 GAG CIRCUSさんのブログ
 
  https://ameblo.jp/gagcircus/


ーーーー





・安子の岡山マラソン



岡山局の結論は、4.4キロ。ドラマ制作者の設定は、1キロとのこと。

https://www3.nhk.or.jp/lnews/okayama/20220512/4020012622.html


・安子は毒親だという意見

https://togetter.com/li/1870088




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2022年04月28日

【ドラマ】 ちむどんどん 2022年



2022年度上期の朝ドラ


■沖縄についての描写がたくさんあるといいなあ。

・本土復帰



・ブラジル移民、ハワイ移民



・地域医療





・「慰霊の日」

6月23日が「慰霊の日」であり、沖縄県および沖縄県内市町村の機関の休日となっているなど、この歳になるまで知りませんでした(謝)。






■料理、レストランについて

第26回

雑誌の「アッラ・フォンターナ」(alla Fontana at the fountain)の紹介文では、
オーナーは、日本のイタリア大使館、ローマの日本大使館で給仕をして、北イタリアで3年修行したと書かれている。

雑誌で銀座の名店・絶品ランチと紹介されるイタリアレストランが存在していたのかどうか。
少しもやっとして、いろいろ検索してみた。

日本のイタリアンレストランにも、
日本で生まれたナポリタンスパゲッティにも、
それぞれ歴史があると思うので、
そういうことに敬意・尊重がある取り扱いになっていくといいなと思いました。

(1972年のイタリア料理店 『ちむどんどん』1972年にペペロンチーノ対決は「まさかやー!?」時代考証から考察

  https://news.yahoo.co.jp/byline/hatanakamioko/20220527-00297867 )








そうしてみると、大城オーナーは、
海外修行するよりも、
カリテアの乗員で日本に残りレストランを開いた人物のもとで
イタリア料理を勉強した、の方が、
大城オーナーとタルデッリとの繋がりのお話が豊かになるような気がする。



第46回の料理関係のクレジットは、
フードコーディネート 吉岡秀治
料理監修 吉岡知子
イタリア料理考証 室井克義
イタリア料理指導 松本晋亮
 







・その他感想・呟き

 本作のHPは、スマホで観ることに寄せたレイアウトになっていると感じる。

 ( PC、スマホ両方に対応することを止めた可能性も )









・ドラマの材料として取り上げた料理名を連呼するだけで、
 それを物語のうえでどのように調理したのかを示していない。

・たとえば、大河ドラマ「平清盛」では、
 毎回のラストカットにその回の題名も表示されます。
 この週の最後に、週の題名が表示されることを想像してみたら...





思ったことを淡々ととりあえず覚書しておくコーナー

・今を描くにしても、10年前、40年前を描くにしても、
 今の認識や昔の認識の違いや
 同時代を生きていても同じ記憶とは限らないなど、
 言いたいことを丁寧に描く必要性を感じる。

・貧困とそれを家族が各々どう思っているのかの描写が不明瞭。

 借金してなんとかしようとする

 しかも一発逆転で返済する体験(第24回)

・暢子は話を最後まで聞かない方の朝ドラヒロイン(第14回)

・悪役(賢吉、島袋、眞境名商事の社長の息子)を次々と繰り出す(第14回)

 「島袋枠」みたいな用語ができそう。

 我那覇さんは来週も登場できるか、どうか(第17回)
  東京で再登場するとは・笑(第41回)

 南山原校料理部部長(暢子のスカートの継ぎ接ぎを侮蔑するために登場・第18回)

 悪役を演じた人たちが報われないなと思ってしまった(第24回)

・脇役が主登場人物の反応のために動く

 早苗の大学合格があって、暢子が反応する(第23回)

 役割が終わるとすぐ退場?(下地先生・片桐はいり・第24回)

・「沖縄」「借金」「貧乏」「女のくせに」 → 庭で踊って終わる(第15回)

・お話の都合として便利な組織体としての会社

 眞境名商事、屋良物産、内間(うちま)食品

・合格を知らせるために、息せき切って、やってくる先生の演技の意味がよくわからない(第23回)

・華丸大吉師匠の指摘どおり、劇伴が浮いているところが問題なのかも(第25回 20220513)
  劇伴を発注して、OKを出し、どこで使うか決める人の問題。

・村上信夫が昭和37年3月に「きょうの料理」で紹介した、
 「ナポリ風のスパゲッティ」は、
 トマトピューレソースのパスタ。
  http://inatt.tokyo/article/398822132.html

・比嘉家は山原村(やんばるそん)で恐れの目で見られているのでは・笑(第34回)

  長男は詐欺にあい、サンセットバーガーで暴れて警察のお世話になったあと行方不明
  次女が眞境名商事と内間食品、2社の就職内定を蹴って東京へ
  長女は喜納製糖の御曹司との婚約を破棄
  残った母親と三女は世間の目がつらくなるのでは。

  第35回、
  比嘉家は2人家族になるようですが、
  年長者から順に外で働いて、
  少しでも仕送りすれば、
  徐々に酷い貧乏からは
  脱却できたように思いました。

・俳優さんたちの熱演が凄いが、できあがったものをみて俳優さんこそ吃驚啞然としてたりして。(第34回)







20220504記

第18回は、

・変な音楽の先生
・分かりやすすぎる怪しい儲け話
・わざわざやってくる南山原高校のみなさん
・結婚式に出席してよというマウント

たった15分間に、気になるシークエンスがこんなにつもると、
「デージ、ワジワジー」しました・笑

分かりやすい悪役(というか、嫌みを言いに来る人)と
衣服の継ぎ接ぎ話の連続が、
比嘉家の人々の描き方が「空虚」であることを
示しているように思います。

例えば、
民放でドラマを作る人たちが、
「視聴率15%以上のドラマが、こんなんでいいわけ?」
と思ったりするレベルの出来なのではないでしょうか。


ーー

第22回も同じことを思いましたが、

追加事項として、視聴者の気持ちとマッチしない劇伴をあげるにとどめます。





・賢吉叔父さんに一番感情移入している

 弟に貸したお金を自分の畑を増やすことに使っていたら、とか、
 すごく頭のなかがぐるぐるしたりすると思う。





・まもるちゃん

 どのようなオチになるのか、よく覚えておかないと。




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【ドラマ】 カムカムエヴリバディ 2021年 ( 各EPISODEの感想 )



2021年の朝ドラ、
カムカムエヴリバディ ( A family story that spans 100 years Come Come Everybody - Since 1925- )

の各回の感想


( 全体の感想

   http://inatt.tokyo/article/484027652.html )






■EPISODE001 第1週「1925-1939」


冒頭のピアノソロの劇伴は、冒頭に必ず必要だと追加で発注されたものとのこと

そのときに、誰が作曲、演奏したもの、というアイデアがあったのか、どうか。


「あかにし」の店に「損得にこだわる餘り儲け減る」の張り紙

たわしを買いにくる「転ばんように気をつけられえよ」

 ( 赤螺屋 )

「安子へ
 ちょっと早ええけど
 クリスマスとやらの
 おくり物じゃあ。

 おぢいちゃんより」

 最初から、京都らしい話しぶりの清子さん


■EPISODE002

小豆の声を聴けえ。
時計に頼るな。目を離すな。
何ゅうしてほしいか小豆が教えてくれる。
食べる人の幸せそうな顔を思い浮かべえ。
おいしゅうなれ。おいしゅうなれ。おいしゅうなれ。
その気持ちが小豆に乗り移る。
うんとおいしゅうなってくれる。
甘えあんこが出来上がる。
ほっ。

人間だって、ちょっとはみ出すぐれえが、味があろうが。


算太が安子に踊ってみせるところ、

撮影時は、EPISODE094と同じ曲、
メインテーマ 、外山喜雄Vocalバージョン「Keep Smiling」

にあわせて踊ったそうです。


■EPISODE003


うちのあんこは絶品なんです


■EPISODE004


あさりのお味噌汁は稔の好物


顔上げて、漕ぎ続けとったら、前、進むから


DiPPERMOUTH BLUESでかかっているのは、「Tea for two」


May I put sugar in your coffee?


■EPISODE005


きぬちゃんの「へえ〜」二連発・笑

「お菓子ゅう食びょうる人の顔を見るんはもっと好きです
 甘うておいしいお菓子を怖え顔して食べる人はおらんでしょ
 怒りょっても、くたびれとっても、悩みよっても
 自然と明るい顔になる、それが嬉しいんです


祭りでの吉右衛門の写真を撮る吉兵衛


May I write a letter to you?

Of cource, I will write to you in return.



■EPISODE006


「稔さん、小豆の収穫の季節です。
 毎年、取れたての小豆でおばあちゃんがお汁粉を作ってくれます

「お店のお菓子に負けない美味しさです


■EPISODE007


「何かご迷惑をおかけしたんじゃ」
「いや、直接ってわけじゃ...」
「すんません」




稔が軍人に宴席で挨拶するなども含めて安子の運命の方向性が切り替わったことが描かれていたのですね。


■EPISODE008


「ちなみに、おじいちゃんとおばあちゃんは、恋愛結婚じゃ」

( 杵太郎さんのどや顔・笑 )


「棗黍之丞 仁義剣」(第2作)



■EPISODE010

橘家の庭に咲く紫陽花の花


■EPISODE011 第3週「1942-1943」

週の始めの回のアバンタイトル、

・「わしゃあ吉右衛門にひもじい思いさせとうねえんじゃ」
という父の思い。
・足袋はともかく、学生服の布地の支給は承認してもらえないので軍服を作るしかない
・学生なら軍服を着せられんで済むもんね
・杵太郎のご愛用の足袋
・母が作る赤いチョッキ

あとから観返すと、
ひとつひとつの台詞・シーンに詰め込まれた意味の濃密なこと。


■EPISODE013

冒頭、庭の紫陽花を切り花にする小しず母さん。

ラジオが伝える偽の戦果。


■EPISODE015


・美都里が贈った簪?

・出歯口の憂鬱


「どこの国とも自由に行き来できる。

 どこの国の音楽でも自由に聴ける

 自由に演奏できる

 僕らの子供にゃあ、そんな世界を生きてほしい

 ひなたの道を歩いてほしい」


「稔さん、意地悪せんでください」



■EPISODE017


影が滲むように色が変わっていく紫陽花、黒く光る旭川


岡山大空襲は、1945年6月29日だそうです。


■EPISODE019


復興し始める商店街の遠くに焼けたあかにしの看板が見えるけど、
赤螺家がどうなったのか何も触れられない。

「菓子は苦しいときほど必要なもんじゃとわしゃ思う
 たちばなの菓子で救われる人がきっとおるはずじゃ

お芋をつこうたおはぎみてえなもんです

男の子(山之内亮)

あのガキが帰ってきたら、算太も帰ってくる



算太の言い様はなんか変だなと感じていて、
あっと気づいたのです。
そしたら、
身体の中から強い衝撃が膨れ上がってきて、
耐えられず、
机をばんばん叩いて、
物理的に外に出すことしかできなかったのです。

恐ろしいドラマ鑑賞体験でした。

最後に流れる劇伴の題名は「家族の絆」

家族の絆 - 金子隆博
[iTunes]家族の絆 - 金子隆博






■EPISODE020


「おはぎゅう、2つほど食べたら、なんか、元気になって


「どねえなことでもええ、
 ちょっとずつ商いを始めて、 
 しっかりと生きていかれえよ


「稔さん...意地悪せんで...帰ってきて、稔さん」



■EPISODE021



■EPISODE022



・「少し冗長」「この人なら世話焼きしてくれるかも」

・・・余分に、面白シーンを増やしていると感じたのだが、
   これがあるので、
   後に、いきなり訪れても部屋を貸してくれる人だと感じさせる一助になっている。


■EPISODE024

パーマネント
ラジオ受信機
甲子園
自転車
「たちばな」の幟


■EPISODE028


「安子さんは、諦めたんじゃ思います。
 女手一つで、るいちゃんを育てることを諦めて、
 雉真の家にお返ししようと決めたんじゃ思います。


■EPISODE029


Traditional Japanese sweets.

A sweet paste made from red beans.


■EPISODE032



■EPISODE037


「いってらっしゃい、算太おじさん」


「るいはこのままこの家に住むんじゃ」


「雉真繊維の力がなかったら、治してやれん」


「算太叔父さんが先に行っとるから、お母さんもいかんと」



■EPISODE038


「私はただ、当たり前の暮らしがしてえだけじゃのに。

お父さんやお母さんが私にそげんしてくれたように、

るいを温かこう見守って育ててやりてえ、それだけじゃのに」



安子は、

稔に、「意地悪せんで」
ロバートに、「アメリカに連れていって」

と頼む人でした。

娘と孫はどのような人物として描かれるのか。



ーー



脚本に「安子の中で何かが壊れた」という記述があったと聞きました。
どうすればよかったか、正解を述べているツイート・笑。

ーーー

地獄のピタゴラスイッチ



■EPISODE039


「るいは、二度と戻らないと心に決めて、
 岡山を、そして、雉真の家を去りました」



巧みな第2部第1回でした。

安子の物語を土台に、
描かなかった10年分の時間を
なにげない描写で観る人に豊かに想像させる。

英語の代わりにキャッチボールを教え、
るいの相手をしてきた勇。

( おそらく自転車もあの河原で教えた )

かつて安子とるいを逃がした彼は
るいが出ていくといっても引き止めない

おせんべいを手で割ってから口に運ぶ、
るいの育ちのよさ。


連続テレビ小説第1作「娘と私」最終回放送は1962年3月30日だそうです。

ミュージカルシーンは
るいのわくわくした気持ちの表現だけでなく、
鬱展開に終わった前回の雰囲気を変える意味、
観ている私たちの気持ちを切り替えさせる
意味があったと思います。


名前が重要な 藤本有紀脚本で、
(タミさんだって苗字があるのに−村野タミ)
苗字が示されない雪衣には、
隠された物語があるのかも思っていたのですが。

「雪衣」という名づけには、
この物語の他の登場人物たちとは、
少し違った雰囲気を感じます。

( 「私ゃあ肉親が縁が薄かったから嬉しかった」EPISODE107 )

雪衣は、
安子も知らない算太の失踪の原因を察している
唯一の人間ではあります。(EPISODE037)





朝ドラ好きに悪い人はいない・笑

誰もが、過去や現在の日々についての何らかの憂さを抱えていて、

毎朝、物語を摂取することで、日々を暮らす力を得ていることがある。


■EPISODE041

あわれの・こわもての田中さんは、
主人公の進路に
ちょっとした分岐点を造りに現れる。
さて今回は。


■EPISODE042

第9週の次週予告は、
シーンや台詞をばらばらに並べ直して、
全然別のお話のように見せていましたね。

伴虚無蔵初登場(斬られる侍)
( 一度切られたあと、もう一度立ち向かいがち・笑)
(その他に、おしゃれな女やらすかした男やら宇宙人やら・笑)

総天然色人気シリーズ第20弾
棗黍之丞 女狐乱れ桜
女には裏がある。悪党には欲がある。今宵も黍之丞見参!


「やっと出番がきたなあ」

アイロンをかけた白いハンカチ



風が吹き、劇伴が止まり、無音になり、
街の雑踏の音だけが戻ってくる。


(スローモーションでも、表情や感情の変化の動きがわかる演技)


年末最後の回(2021年12月28日(火)放送)なので、最後は次週予告。
(それにしても「ゆでだこ」で終わる)


■EPISODE045


第5回サマーフェスティバル 1962年8月11日(土)



■EPISODE047

地蔵盆のお知らせの横には、

朝のラジオ体操に関するお知らせも貼ってありました。


■EPISODE048


「会いたいんやなあ、お母さんに」


お祭りの屋台で買うてきたもんで、晩御飯って、ええなあ。


「失礼やなあ、もう、ごめんなあ、大塚君」(おばちゃん得意の必殺技らしい・笑)



■EPISODE050


関西ジャズトランぺッターニューセッション
1963年8月10日(土)チケット200円


■EPISODE051



■EPISODE052



■EPISODE054



素晴らしい「シーン」という感想と同時に、

素晴らしい「ドラマ作り」という想いが湧きました。

4つの視点( 舞台、舞台を見るるいやベリーたち、映画の殺陣、映画を見る竹村夫妻 )

次々に重なって、ひとつになって観る人に向かってくる。

朝ドラ史上に残る名シーン。( 演出 松岡一史 )



「これは朝ドラ史上、類を見ない圧巻のシークエンスです」



(  EPISODE110の演奏と岡山マラソン・笑などを併行させるシーンと比べると
  このシーンの編集などがいかに素晴らしいか改めて感嘆しました。)



■EPISODE055



■EPISODE058

「貴重品は各自の責任で保持する事」


■EPISODE061



■EPISODE062


「顔あげて、漕ぎ続けとったら、前へ進むから」





(おとうちゃんが「あきお〜」と呼びにきた)

・るいは錠一郎の治療のために貯金をしている−「錠一郎積立」という封筒

・初美「こんにちは、たわし一つください」
 ( 吉右衛門はふたつ渡している(中の人のアドリブ) )

・センバツで岡山東商が優勝した1965年4月4日がひなたの誕生日


■EPISODE066


「志を失わなければ、きっとなれますよ」



■EPISODE069


ドリフ、サザエさん、マルコ、百恵キャンディーズ、ノストラダムス、ガラスの仮面...



そんなひなたの存在が、
るいやジョーの救いや安らぎになっている描写を新鮮に感じました。

・「マヤと亜弓『さん』、どうなった?」

マヤは呼び捨てで、亜弓には「さん」をつけているのは、とてもリアル・笑。

母をたずねて三千里 

第1話の題名は、「いかないでおかあさん」
遠い異国へ船で出稼ぎにいく母を見送るマルコ、

るいはどんな気持ちで観ていたのか。

( 「なつぞら」 の世界ではマコプロが制作してるはず・笑)



・ひなたとるいが口ずさんでいたのはエンディングの曲です。

 海の向こうにいるお母さん
 「とびこみたいんだ かあさんのむねに」


■EPISODE070

「るいは、追いかける人」という呟きを見ました。

るいは、ジョーもひなたも追いかけて、抱きしめた。

それが母にして欲しかったこと。


■EPISODE071

おしん第1回の放送は、1983年4月4日(4月4日はひなたの誕生日)

第7回(筏のシーン)は1983年4月11日

おしんが人生を振り返る旅に出たのが1983年の春
同じ頃、ひなたはやりたいことがないことに悩んでいる。


「人気シリーズ第二十一弾
棗黍之丞
妖術七変化 隠れ里の決闘」
のポスターの右上に
桃山剣之介のサイン色紙があり、
日付が1976年8月21日だったので、
これを桃太郎の誕生日とすると、
甲子園で桜美林高校が初優勝した日だそうです。
(大月家にはモモケンの色紙が2枚あることになる・笑)


■EPISODE073

この、ちょっとはみ出す感じ、
これが、ひなたなんやろね。


(茶杓を軽う打って、お茶を払て、)
そない大きい音立てたらあかん。


■第17週予告

「おえん」と岡山弁を話す白髪頭の老人がでてきましたが、

安子編の終わりごろの番宣で、
濱田岳さんが、
算太が失踪したときとは異なる、
茶髪っぽい髪、
昭和30年代風の衣装で、
インタビューに答えていたのをみたので、
るい編で登場するのかと思っていたのですが、
実は、
先の物語で回想として出てくるシーンを
いくつか撮っているのではないか、
という妄想を抱きました。(20220219追記)

(84回の映画館のシーンの衣装だったかどうか
 よくわかりませんでした。20220301)

あと、ひなた役の人が、
今のところ、かけらも見せていない、
英語の勉強をたくさんやっていると、
記事で紹介されており、

これからの展開が全然読めない・笑。


■EPISODE079



映画村の休憩所は、天井が高くて、高いところに映画ポスターが貼ってあり、
休憩所を見下ろせる中二階のような物置きになっている場所がある。
撮影のセッティングの手間が増える、
わざわざそういう間取りにしているところ、気になります。

( ナイト・アンド・デイにも中二階の客席がありました。
  作り手のどなたかのこだわりですね。    )

大月家の食卓にケチャップがない!

謎の振付師が指揮したCMは、
浮かれふざけていて、80年代を感じた・笑


■EPISODE082

「もうええわ、あほう」が好かった。

( 神奈川県出身の中の人のことを、
  松重豊さんが、「耳と感覚の良さには驚きました」と言ったとのこと。
  https://news.mynavi.jp/article/20220225-2279694/ )



人間、少し前のことを綺麗さっぱり忘れていたりするし、
ふいに思い出したりする。
ひなたの右手の傷が話題になったので、
中の人の右手の親指の傷の事件のことを突然に思い出したりした。


( 後の「義経のスマホ」で、
 スマホを操作する手は、中の人本人のものだそうです )


■EPISODE083


「私はスターですよ。大部屋なんぞに、軽々しく声はかけません」

いろんな意味が幾重にも重なっているのかも。

(初代はあなたがただの大部屋と思っていないから声をかけたのです)
(私はスターとして自分に自信がもてるまであなたに声をかけることができなかった)
(スターが自分より上と言われた役者のことなど口が裂けても言うはずがありません)

「(二代目、あなたこそ、スターです)恐れ入りました」

けれど、

「暗闇でしか見えぬもの」に
お互いに、20年も、思い詰めて、

スター俳優は真の主役の色気を、
伝説の大部屋役者は深みのある苦みを、
身につけたのかもしれない。

( 〈カムカムエヴリバディ〉算太、モモケン、虚無蔵 おじさまたちが大活躍で、ヒロインひなたはどうなる?
    
    https://news.yahoo.co.jp/byline/kimatafuyu/20220301-00284406
   
   石川「台本のト書きには『偽悪的に』と書いてありました。そのバランスがすごく難しいと思いましたが、尾上菊之助さんが、大部屋とおれは違うと言いながらも優しさがあふれているような表情を一発で表現してくださってすばらしいと思いながら撮影しました」





■EPISODE084


「志を失わなければ、きっとなれる。侍にだって、なんだって」


「うちのあんこは、絶品ですよ」


ひなたは、母からでなく、モモケンからあんこのおまじないを知った。
それを五十嵐に使ったり、母に伝えたり!するのかもしれない。
「過去の出来事の答え合わせ」に留まらない「伏線回収」「ロングパス」が
これから描かれる(「バトンを渡す」)のか。
算太も「ひなたの前に姿を現しませんでした」としても、
ひなたに見えないところで、
別の形で彼の決着がこれから描かれるのかもしれない。


■EPISODE085


「相手のこと、思う気持ちや。それだけのもんや」


ひなたと文四郎は、
仕事と私生活がごっちゃになっているような、
まだ、未熟な、幼い若者なんですね。
それでも、
映画に初起用された文四郎の今が
「正念場」であることをふたりともに感じており、
だからこそ、
感情も激しく揺れる。


茶室の掛け軸は日ごとに変わっていました。

喫茶去(きっさこ まあ、お茶でもお飲みなさい)」

和敬静寂(わけいせいじゃく・茶道で、主人と客が互いの心を和らげてつつしみ敬い、茶室の品々や雰囲気を清浄な状態に保つこと)」


■EPISODE087


安子やるいにはなかった、ひなたのぼんやりとした不安、

それがノストラダムスなんかなと思います。


■EPISODE089


「だいたい、大月さんが、CDみたいなもん、買うて聴くわけあらへんやろ」



■EPISODE090


大人からの餞(はなむけ)の言葉


「どこで何をして生きようと、
 おまえが鍛錬し、培い、身につけたものは、おまえのもの。
 決して奪われることのないもの。
 一生の宝とせよ」


「これから、いろんなことがあると思うけど、
 それが 五十嵐君の選んだ道やったら、
 きっとそれが、
 それは、五十嵐君のひなたの道になるから。


Life can be so sweet
On the sunny side of the street 


ひなたの道を歩けば、
きっと人生は輝くよ


斬り捨てて始まった恋が、斬り捨てて終わる


■EPISODE091

It’s kaiten-yaki.
Traditional Japanese sweets filled with anko.
It’s a sweet paste made from red beans.

I am writing a letter.


■EPISODE093


「それでも人生は続いていく」


ーーー

ジョーのボケは、おいでやす小田さんのつっこみがあって成立している。

( 計算尽くのキャスティング・驚 )



■EPISODE094


逃げて逃げて迷子になった算太にも、

確かにon the sunny sideはあった。

ーー



ひなたが「大阪の竹村のおじちゃん、おばちゃん」と
慕っている世界線も期待していたけれど。



■EPISODE096


「おばあちゃんの写真は?あらへんの」
「確かアルバムと一緒にしてえたはずじゃ」
 の間、雪衣の表情は映らない。


ひなたの服装がポスターの服装と同じになった


定一の写真に供えられたたちばなのおはぎ


ディッパーマウスプルースにはアップライトピアノがある



■EPISODE097


「どこの国とも自由に行き来できる」
「どこの国の音楽でも自由に聴ける」
「自由に演奏できる」

「るい、お前はそんな世界を生きとるよ」


急がず
無理せず
自然に
覚えられるだけ
1日1日
新しいこと


1994年8月15日、平川唯一さんの初盆なんですね。


( 平川先生が見ている原稿は、
  読んでいる部分は、
  四角に囲って斜線が入っていて、
  原稿として削除した部分であるようにも見えます。

  また、2度目に映る原稿は、
  講座の最終回の結語の部分のようです。

  作り手の意図や経緯があるのかもしれません。 )  


物語の構造が特異なこの朝ドラで、
戦後の歩みと同じ生まれに設定された
主人公の一人が
30年間、
毎朝、あずきを炊き、
ラジオの英語講座を聴き、
回転焼きを焼き、
暮らしていたが、
50歳を迎えて、
アメリカに渡り、母を探そうとする。
私は、自分の「ひなたの道」は何だろうと
少し怖いことが頭をよぎるが
3人目の主人公がこれから何をしようとするのか、
見守りたいと考えた。


■EPISODE098





トミー北沢の中の人(早乙女太一)がまだ30そこそこながら、
「女ははべらすもんや」と言い続けながらも、
実は女房の尻に敷かれている、
自由人のジョーよりも
おっさんくさくなっていることを演じていて感心した。

( 「いつか、また、
   お前と、トランペットでセッションするのが、俺の夢やった」 )


健一さんが、
画面には映らないけど、
コーヒーカップを温めるとか、
コーヒーを出す手順を丁寧にやっているようだった。


( 細かい揚げ足とりですが、
  トミーの携帯は、
  1994年にはなかった形のように思う。
  王様のレストラン(1995年放送)で、
  国会議員の携帯はトランシーバーみたいな形状だった。
  折りたたみは、
  どんなに早くても1997年の室井さんあたり・笑。
  ドラマに、
  1年単位でその年の携帯を提供する
  専門の小道具屋さんはないのかしらん。
  気になるところは人それぞれという話・笑 )



■EPISODE102


ひなた、「毎朝」ラジオ講座を聴いていると言ってから、
ラジオ体操カードの話をするのは、
歴史の改竄だと思う・笑。


I’m sure it will take you somewhere you never imagined.


オードリー」は、2000年下期の朝ドラ

■EPISODE106


ハンパな夢のひとカケラが 不意に誰かを傷つけていく
臆病なボクたちは 目を閉じて離れた
キミに言いそびれたことが ポケットの中にまだ残ってる
指先にふれては感じる懐かしい痛みが


いつだって僕らは誰にも邪魔されず
本当のあなたを本当の言葉を
知りたいんです 迷ってるふりして


■EPISODE107


「みんな、間違うんです、みんな」


ミュージカル調のドラマが『見上げてごらん 夜の星を』と歌ったのは、
てるてる家族」第67話の放送、2003年12月15日だそうです。


■EPISODE108


ジョーがカムカムエヴリバディのテーマを弾きながら譜面に書き込みをしていた。
(作曲していた?)

普通に、会話しているが、
コロナにより、ひなたは、まる2年、日本に戻ることができなかったのでは、と思った。

トーストにあんこが添えられている、ディッパーマウスプルース

テーブルにアクリル板...( だが、支払いは現金のみ )


ーーー

「昼前から開演して、終演までの間、お客さんが自由に出入りできるようにしたんです
あとでそういう動きをする登場人物がでてくるから、
朝ドラクラスタが文句を言わないための説明台詞

「スポンサーもついたんです
ポスターには、協賛・(株)たちばな

「ジャズは野球じゃ」


■EPISODE110



( 撮影の都合かもしれませんけど、)
 お城や神社のシーンはアニーひとりしか映らず、
 ひなたは商店街にいるところしか映らない。
 だから、実際には、
 アニーも商店街から出てはいないとも考えられる。


■EPISODE111


Choose the path with least regrets.
Choose the sunny side of the street.


朗報、勇氏、ついに、名前の由来を当てる・笑


■EPISODE112


・稔さんの辞書を見て、安子はひなたに留学を提案した。


・「僕と付き合ってください」「それでええ」


・「桃太郎のオチ」



ラジオから「桃太郎」のお話が流れるなか、
桃に届いた日本語で書いたジョージからの手紙。
(店には踊るサンタの人形も)
穿ち過ぎなんだけど、
ジョージの名字やローズウッド家での位置が明確でないので、
Curious George(おさるのジョージ)と言われると、
どこかから急に連れてこられた、
もとはひとりきりの境遇なのかと
ちょっと怖い妄想をしてしまった。

・語り

「ウィリアム・ローレンス」とクレジットされており、
ナレーションはすべて、英語講座のテキストだったことを明示。


・英語講座は続く、だから、この物語も続いていく


Why don't you come over to my place?
Let's enjoy kaiten-yaki together.


・最終盤に登場しなかったこと・もの

片桐さん(名前は春彦さんです)
雉真昇
算太の通帳(手をつけずに大事にとってあるんだろうか)
西山太(誰?笑瓶さんです・笑)



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2022年03月27日

【ドラマ】 黄金の日日 1978年



「自由」を

  享受すること
  追い求めること
  生み出すこと
  守ること


南蛮酒は「自由」の味、

「自由」「自治」を追い求め、守ろうとする。

そこにも地獄や修羅道がある。






1978年の大河ドラマ。 ( Wikipedia )

2021年4月より再放送されています。

以前から、NHKオンデマンドでいつでも観ることができるのですが、
 https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2012036283SA000/

再放送は、
毎週、毎日、定期的に観るという、
大河ドラマや朝ドラの正しい鑑賞方法を提供してくれる、
貴重な機会と考えています。





■美しい物語

このドラマのいくつかの
私が好きなシーン(対話)を表現しようと思うとき、
「美しい」という言葉が浮かぶのです。

それは子供の頃、
観たときに感じたことと
根っこは変わらず同じなのです。

画面や見た目のことでなく、
人間の何かが
美しく描かれているように思うのです。

いつか、
もう少し、
人に分かるように言葉にできたらいいのに思います。


何がその人の「黄金の日日」なのか。



■青い空に溶けこむ海、白い砂浜


子供の頃、この物語の終わり方を

哀しく、虚しく、せつなく、感じて、

南の島の青空、海、白い砂浜を背景とした、

エンドクレジットに納得いかなかった記憶があります。

40年以上を経て、再びこのドラマを観て、

町の終わり方でなく、

人の生き方こそが重要であり、

助左衛門が最後に思いを馳せていたのは、

人々の死に様ではなく、

それぞれの生き様であったのだ思いました。

そして、助左という名は受け継がれ、

後の世を生きていく。


白い砂浜の海辺は、

この物語の人々がそれぞれの胸のうちにあった、

それぞれが思い、希うものの風景だと思うようになりました。



■助左と戦後のビジネスマン


生真面目で実直で勤勉な助左に、

プロジェクトXの登場人物たちを思い出します。

作り手は、
安土桃山時代に実現しそうでしなかった何かを夢見ている?
「日本の歴史はまさにルネッサンスへの途上にあった」(第二十話冒頭)


助左と高度成長期を支えたビジネスマンは、何を生きがいに頑張ったのか。


・船を持つこと、まだ人が手をつけてない場所との交易

・「近世の落とし子」(第十六話)

・「ぬしには、ものを値切ったりふっかけたりして儲けていく才覚はない」(第十八話・羽柴秀吉)

・恋愛関係よりも堺・今井家の防衛、存続を優先させ、美緒を帰国させる(第二十九話)

・「欲のない男だ」(第三十話・小西行長)



助左の倫理観

・「盗みはいかん」(第四話)

・美緒に逐電を乞われても、今井を見捨てない忠義

・忠義に殉じる浅井の兵に共感(第十六話)
 それは城でなく、船となら死ねるという自分の気持ちの確認になった

・今井への忠義がありながらも、自分の運命は自分で切り開くべく独立(第十六話)

・「長浜で焼きました、あの青瓦、一枚残らず今井様へお譲りするつもりでございました。」(第二十話)

・善住坊に代わり、鉄砲などを(織田方の敵である)加賀一向宗へ運ぶ助左(第二十一話)
 ( その時に桔梗を連れて帰らねば・笑 )

・「商いの掟を曲げてまで、ものを売ることはできません」(第二十四話)

・「手前の商いには、戦(いくさ)も主君もございません」(第三十二話)

・「上下こもごも利をとれば国危うし」
 「全く」
 「その父、羊を盗みて、子、これを証せり」
 「私なら訴えでません」               (第三十三話)

・堤の決壊を防ぐために、米俵を土嚢に。(第三十四話)

・「それは卑怯だ。己の生き方に信念をお持ちなら、なぜその生き方を貫き通そうとはなされぬ。」(第三十六話)

・「秀吉様に対して、ただの一度も恐れなど抱いたことはございませぬ。(第三十六話)

・「今井には恩義がある。争いはできん」(第四十話)

・助左衛門の船が大筒を保有し、自発的に武力を行使することには違和感を感じる(第四十三話)

・「変わらぬものは、数少ない。変わらぬものこそ、大事にしてゆかねばならん」(第四十五話)

・我らは海賊だ、戦わなければ(第四十六話)

・恩讐を超えて、伏見城へ(第四十七話)

・自ら、喜衛門の部下に刀を突きさす(第四十八話)


戦国時代の倫理

・宣教師や堺の豪商たちは、人身売買をしていたのかどうか。



■フィレンツェもヴェネツィアも堺も戦後の高度成長期もその繁栄は永続するものではなかった。

 そこに住む人々はみんな誇り高く、若い人たちは戦乱も知らず飢えも知らず
 自由にやりたいことをやって生きることができた

 それらの町々は今も栄えてありますか(第四話)


■宗教

キリシタンも一向宗も、

厳しい現実から、抜け出せる憧れの地を求めるところは同じなのかも。


ただ、宗教は、人々を救ってはいない感じ。


この物語では、呂宋が、ハライソであり、極楽浄土となっており、


美緒様も呂宋では、とても幸せそうだった。



■親・親族でなく、町に育てられた登場人物たち


助左、美緒、五右衛門、善住坊、お仙、etc


あえて決めつけた言い方になってしまうが、

中世的、封建的というよりも、

生まれた場所は異なっても、

みなしごの多い町、堺に育てられた、現代的な個性の登場人物たち


美緒とお仙は売られたことがあり、

五右衛門は戦火で孤児になったのかもしれない。


最終回で、助左衛門の船は孤児がたくさん。



( 私は、この歳になるまで、愚かにも気づくことがなかったのですが、

  1970年代ぐらいまでは、

  戦災孤児のいる風景が世の中には深く根付いていたのだろうと思うようになりました。

  タイガーマスク、伊達直人の幼少期の描写を

  子供の頃、作り事のお話としてとらえていました。 )  



■若者の友情のお話


助左は、
善住坊、五右衛門と、
佐吉と、
もともとは友達でもなんでもなく、
ふと出会って、

信長陣への密行とか、
南方の島への漂流とか、
明智光秀の姫君を送り届けるとか、

印象的な出来事を共有することにより、
友誼を結んでいく。

その心の結びつきを美しく描いているところが
この物語の魅力。


■美緒様


子供の頃、美緒様より、三蔵法師(夏目雅子)に魅力を感じていた・笑

今は、美緒様に人間味を感じる・笑







■第一話 信長軍包囲

 冒頭、

 「堺は未だ破壊せらるることなく、黄金のうちに日日を過ごせり」
 と言いながら、背景は炎に包まれた町。 
 安土桃山時代を描く、黄金と名乗る歴史ドラマのオープニング、
 朝日かと思えば、盛り上がる曲の進行につれて、沈む夕日。
 
 炎、黄金、夕陽が示すもの。


ーーー


・最初のシーンの善住坊の真っ直ぐでない目つき、令和の世には見ないものかも。
・「南へ行って生きる場所を探そうと思っている」
・銭二万貫は、4〜5万石、現在の価値で、18億〜20億円のイメージでとらえています。

・宗久(彦八郎)の短銃
・永禄2年正月、藤吉郎が握らせた永楽銭。
「この堀がある限り、敵がどのように攻めてきても堺は決して落ちまい」

( CGのない時代の燃える町の映像、海外で撮影した夕陽、
  力のはいった制作だと思います。 )


ガスパル・ヴィレラ


■第二話 岐路



・いきなりおとりにされ、捨て駒扱いでも、再会した際は人懐っこく駆け寄る善住坊
・枝を咥えて、かっこつけているようにも見える五右衛門
 ( 自分の歳さえ確かには分からない。
   利に敏いだけでなく、もう少し虚無なところがあるとより雰囲気が増すのだが )
・信長の取り立てより自分の夢を優先する助左。

・美緒と兼久との会話、しまと宗久の間柄、連れ去られる五右衛門の母親など、重要かつやや生臭い描写がありますが、子どもでも二万貫相撲の爽快な描写で十分に楽しめるし、茶の間が気まずくなることはない日曜夜8時の番組。(この回はね・笑)
千駄櫃(せんだびつ)、字幕がないと私には聞き取れない


■第三話 羅針盤

「幾らで売られて、幾らで買われたんだろう」

・助左19歳、1569年に数え19歳で1550年生まれだとすると、
  歴史的事件の西暦から年齢を計算しやすい。


■第四話 北征前夜

そこに住む人々はみんな誇り高く
若い人たちは戦乱も知らず飢えも知らず
自由にやりたいことをやって生きることができた
フィレンツェの若きロレンツォは詩(うた)った
今を楽しめよ
明日の日の定かならねば

それらの町々は今も栄えてありますか


大河内城の戦い) 


■第五話 総退却

いたいけに、目を潤ませて、必死に訴えかける、二代目松本白鸚

商いの信用を守ることだけがとりえの若者。

実行力は、傭兵の斎藤十郎(坂部丈昭)や五右衛門が担っている。


■第六話 信長狙撃

「追い討てい」

斎藤十郎、
「可哀想な女をみると、ついつい女房にしてやると言ってしまう」傭兵。
いつも自分が死ぬ場面を想像している男、
自分が死んだら誰も自分を思う人がいないことを知っている男。

討たれた兵は、身ぐるみはぎ取られて裸。


「人の一生というもの、狂言のようなものではないのかのお」

  天下人の仮面をかぶれば、天下人に。

「幸運であれば幸運を生かし、不運であれば不運を生かして、いかに達者にふるまうか」

  彼にとって主君の突然の死は、幸運だったのか、不運だったのか

 
藤吉郎と助左の美しいシークエンス、歴史を知らない子どもだったとしても、深く感じるところがある。
・純粋に夢を語り、好きな人に、一緒にやろうと無邪気に誘う助左
・生きる手管に長け、商人をやっても成功しただろうと思わせる藤吉郎、
 しかし、自分が崇拝する主君のもとに戻る

マイニラの都。

兵糧をすぐに食べたり、
埋葬はしてあげるが形見は持たなかったり、
海外へ売られた女に無邪気な質問をしたり、
見た目でなく、
助左がまだ子どもであることを描写している。


■第七話 琉球丸難破

「のこぎりびきに遭ってる夢をみとった

無邪気に無謀で楽天的な若者ふたり

「商人を目指す割合には勘定に合わぬことをする

ここで美緒を手伝っていたら

「船の中で一番(いちば〜ん)暇なのは船長(ふなおさ)


■第八話 呂宋島漂着

子供心にも、
何日で漂着したんだろうと思ったものだが、
大人になってから観ると、
無精髭も生えてないしな、と思う・笑

ルソン島の北にあるバタン島
ルソン島アゴウ

尾張者異國漂流物語
 http://lib.s.kaiyodai.ac.jp/library/bunkan/tb-gaku/hyoryu/OWARI/owari-index.html
バタン島漂流記
 http://www.tokoname.or.jp/batan/batanono.htm


■第九話 交易事始


「ハリーナカヨ( いらっしゃいませ)」


美しく格調の高い結びのナレーション

「既に死んだと思われている時間の中で
 彼らの生は最も輝き、
 生涯忘れることのない
 若き神話の日日を過ごしている」


「若き神話の日々」という言葉だけでご飯三杯いける・笑


興醒めなことを言うと
小説なら処理可能でも、
大河ドラマとして、
海外ロケを行うことの困難や追加となる様々な作業やコストについて、
制作者の準備不足や見込み違いが
あったのではないかと想像します。

(第8話や第10話は撮高が足りなくなっているのでは?)

ただ、助左や善住坊にあたる陽射しや彼らの肌の汗は、
海外ロケが必要であったことを示しています。

( 2021年の再放送時、
  「青天を衝け」において、
  19世紀のパリの景色をCGで再現し
  コロナ禍においてフランスと日本で別々に撮影したものを
  不自然なく合成して見せていることに、
  大河ドラマの海外ロケの進歩に感嘆しているツイートを
  複数目にしました。 )


古木江城(こきえじょう)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E6%9C%A8%E6%B1%9F%E5%9F%8E


■第十話 南海の館

サンパギータ


■第十一話 珊瑚珠無情

助左が前髪をあげ、少し大人になっている。



( グネッキ・ソルディ・オルガンティノ )


■第十二話 叡山焼討


罪を犯す主人公、綺麗ごとだけでは生き抜けない時代。


「言うには及ばぬ、根切りにしてしまえ」

叡山焼き討ちのときの
ねねの行動の史実より、
物語としての因果の説得力が、
ドラマでは何より重要だ。
この物語の藤吉郎ひとりだと、
「ああ、そらもういかん」で終わるし、
逃げ道も作らん・笑
女房と会ったことが、
他の武将と異なる指示に表れた。

藤吉郎の良心、ねね・笑。


■第十三話 戦国哀史

「女の手で、息の根を止められると出ている。それも天文19年戌年生まれの女に。」

( 天文19年は1550年、助左とお仙は同い年? )


■第十四話 信玄上洛

「珍札披見(ちんさつひけん)、快善に候」
「この町を離れて、暮らすことはできません」
「若者はまだ自分の船を見失っていない」

「銀二駄といえば72貫」

( 岡 国高(おか くにたか)松永久秀の家臣。周防守。 
   夏目次郎左衛門(夏目吉信))


■第十五話 九死一生

「商人(あきんど)と侍が組んで同じ夢を見てはいけないのかもしれない」


■第十六話 将軍追放

気性が一本気で商人に不向きと言われても、自分の道を進む。

(己の分に合った方法を探せという助言は聞いていたのか否か)





斎藤十郎(坂部丈昭)が好かった。


■第十七話 乱世独歩


「ご心底を伺いとう存じます」


美しい物語。
それを具現化させているのは鶴田浩二。

私は鶴田浩二を
吉岡司令補と千利休としてしか知らない・笑。


■第十八話 新天地


秀吉こそ人を丸め込んで事を売り込むのがうまい。

宗久も秀吉も、助左の人柄が商人に向いていないと考えており、
若い助左自身はそれを自覚していないところが興味ぶかい。

助左が秀吉、佐吉、右近たちと対等に近い形で話すようになってきたので、
対話劇がますます面白くなってきている。


■第十九話 安土築城


毎回、数々のシーンで、

なんて美しい話だ、

なんて痛ましい話だ、

と感じ入っています。


「少々、ばさらが過ぎやしないかい」


「この夜、堺の町の片隅で、助左衛門は幸運を拾った」


商いの神髄は、利休から教わり、

小器用な戦術は、佐吉から・笑。


( 中井孫太夫一観、武士や商人より、後に残る物を作る人の仕事こそ、立派なのかも )

( 妙国寺 )

( 端平瓦(はなひらかわら)、軒平瓦(のきひらかわら) )


■第二十話 聖母昇天

天正四年(1576年)春 安土城の築城開始

助左の名を聞くだけで、頬がゆるみ、有能ビジネスマンの仮面が外れる美緒様

高貴で、知的で、残忍な信長様は、ねねには優しい


( ガスパル・クエリヨ ガスパール・コエリョ )

( 屯食(とんじき)? 煤飯(すすめし)? )

( 「信長 ねね 手紙」で検索 )

( 「モニカ 宗札」で検索 )


■第二十一話 善住坊処刑



宗久にとっては、最初(第二話)から善住坊は捨て駒扱いだったと思う。


■第二十二話 摂津動乱



彦助(岸部一徳)のwikiの記述が「その後堺で、助左の船とは知らずに船の修理工として働いている所を」となっていたが「堺」でなく「尼崎」でしたね。(20210829)



本作の安土城は、
本編での信長の描写、安土城の説明にぴったり合ったものになっていると思う。


■第二十三話 西国進撃


冒頭、天正六年(1578年)11月7日
本願寺炎上、天正八年(1580年)8月2日



瓦の代金銀二十貫

「今、助左衛門三十歳(さんじっさい)にして、五百石船の船長(ふなおさ)となる」


■第二十四話 鳥取兵糧戦


善意悪意に関わらず、渡る世間に落とし穴。

助左は「逃げ足が遅い」うえに「融通が利かん」・笑。

何故、買い付けた米を手放すだけでなく、城への輸送についていくのか・笑

FOBじゃないのか・笑。無駄に誠実・笑。


米一石、千五百文、堺や姫路では五百文。

鞘が一石五百文出るのなら、

「十石運べば五千文、百石なら五十貫、五百石船を一往復させれば二百五十貫の儲けだ」

(二千万円くらい儲かる感じ?)


助左たちは、一升十文、一石は十斗で、十斗は百升。一石千文で買い付ける。

足軽新助は、台所方の権六から兵糧米を銭十文で二升分手に入れ、二十文を受け取り、「倍になった」。

二里の柵

天正九年(1581年)三月十八日、吉川式部少輔(しきぶのしょう)経家が鳥取城へ。
「己の首桶をかざして乗り込んできた若き武将」

同六月二十五日、羽柴秀吉姫路を出馬。

城中には三千石の米しかない。城中には七千人、一日四十石、四か月で四千八百石。


山名豊国
中村 春続(なかむら はるつぐ)
森下 道誉(もりした どうよ)
吉川経家、35歳)
福光小三郎(ふくみつこさぶろう)
坂田孫次郎


■第二十五話 飢餓地獄


天正九年七月 秀吉鳥取城攻め

経済(商い)を戦に使う、秀吉・行長。

敗れる側を経験させられる助左。


山名衆は、雑兵人夫を加えて三千、女子供が三千。
吉川経家様が石見から率いてこられた手勢が八百余騎。
締めて七千人の有象無象が三千石の米に群がってんだ
せいぜいもったところでふた月、
こんな勝手放題やってたら、ひと月もつかどうかだ

あと千石の米さえあれば。

敵の鉄砲を受け、片息したるもの...

10月24日落城
久松山・真教寺(きゅうしょうざん・しんきょうじ)

金の入った袋を投げて、
「それは、お前にあげよう。私の頼みを聞いてくれるなら」
賢くて魅惑的な美緒様・笑。


( 美緒様が最も南蛮貿易商に適性があるように思います・笑 )


権六(冷泉公裕
新助(高山彰)
按針(伊藤弘一)

だんだん、助左の仲間が増えていっている。

番頭(本田博多郎・本田博太郎)声が私の知ってるそれじゃない・笑



■第二十六話 プエルト・デル・ハポン


助左衛門「戦に加勢をする」
(今度の船長は比叡山焼き討ちと鳥取の渇え殺しの生き残り、)
按針「私、運の悪い船に乗ってしまったね」
(でも、雷には弱いね)


しの(増子志津江)の話、
今井や南蛮貿易の船乗りには奴隷売買に携わるものがいる。
美緒もその中で仕事をしてきた。


「帰る者の数は、船出した時の数よりも、いつも少ない」


カガヤンの戦い



■第二十七話 信長死す



個々人の運命や大袈裟に言えば歴史は、
そういうことの積み重ねで変わっていくと思う。

助左と武将たちとの間には埋めがたい距離があることが描かれたと思う。


誠懼誠恐 台詞は「せいこうせいちょう」。字幕のルビは「せいこうせいきょう」でした )

誓願寺


■第二十八話 安土炎上

本能寺、溝の深さは幾尺なるぞ
吾が大事を就すは今夕に在り
茭粽手に在り、
茭を併せて食らう四簷の梅雨、天、墨の如し
老の坂、西に去れば備中の道
鞭を揚げて東を指させば、天なお早し
吾が敵はまさに本能寺に在り

( 本能寺 ョ山陽 )

土俵一俵を銭百文、米一升つけて。
堤防づくりの総額、銭63万5千40貫文、米6万3500石
米はほとんど帳付け

姫路には、銀子で750貫、金子800枚、米は8万5千石

安土のセミナリオの鐘


■第二十九話 起死回生


「因果でございました」


(大島 雲八(おおしま うんぱち)大島光義


■第三十話 大坂築城


「何かが始まろうとしていた。この安土から、信長公のもとから」

石垣の1個、
運賃を含めて銀20匁としましても
40万個なら、銀で8000貫、
米に直せば、1石の米の値を20匁として、40万石。
石垣だけでこの費用にございます。

「堺がなくなったら、ぬしはどうするつもりだ」

子供の頃、美緒は面白みがなく思い、
魅力を感じなかった記憶があるのですが、
それは表面的な部分だけしかわからなかったからなのかも。


■第三十一話 竜虎相撃つ


「加賀の国では、鉄砲は誰に習うた」

堺にはみなしごが多い。

やんぬるかな(已んぬる哉)」
三英傑のうち、このような感慨を持つのは家康。
秀吉は現実(今)を、信長は将来(先)を見ている。







不破万作(ふわばんさく))


■第三十二話 納屋襲名


堺を捨てるときは、商人(あきんど)の道も捨てる時だと心に決めていたのでな。


鶴田浩二、その人だけにしかできない演技。

二代目松本白鸚の走り姿がきれいだなと思いました。



■第三十三話 海賊船

いえ、他人様と承知の上でございます。

( ばはんせん(八幡船) )


上下こもごも利をとれば国危うし
「全く」
その父、羊を盗みて、子、これを証せり
「私なら訴えでません」


船も財も部下も失ったが、バージョンアップの学びはあったのか、どうか。


■第三十四話 大洪水


ポルトガルの宣教師 ベルシオール・デ・フィゲレイド (ベルシオール・デ・フィゲイレド


「形見で、父親の」孟子を五百文で。


大村 由己(おおむら ゆうこ)
関白任官記


五十貫文あれば船が買える

米俵 土嚢 石田三成


■第三十五話 陰謀



■第三十六話 伴天連追放


同じ堺の男の行長に向けてだから、特に強い気持ちを表明したことになったと思いました。


(胴ノ間(胴の間))

(ガスパル・コエリユ(ガスパール・コエリョ))

(弥次郎・舵取り・二見忠男

(吾助・水夫・うえだ峻

(プエルト デル ハポン Puerto de Japón デル(del=of the)
 リンガエン湾
 アゴー
   https://proto.harisen.jp/minato-ex/ago.html )

(長崎屋原田喜右衛門・唐十郎)

(孫七・常田富士男原田孫七郎

(フスタ船 https://kotobank.jp/word/%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%BF-618474



■第三十七話 反逆

世を治めるものに認められていない海賊に身を落としても
五右衛門と合流、
彼らは明るく輝いている

天正十五年六月十九日(1587年7月24日)キリシタン禁令

銀二千貫目、ポルトガルの金貨20万クルザード
九万斤の生糸(1匁3.75g、1斤160匁、600g)は54t?

地子銀5530両 地子米八百石

イエズス会の伴天連どもが生糸交易に投資をしている

曲尺6尺3寸(1.9089メートル)の竿、6尺3寸四方を1坪、300坪で1反

松島、三日月の葉茶壷、紹鷗茄子(じょうおうのなすび) 四十石

鍋島加賀守信生(のぶお・のぶなり)・鍋島直茂


■第三十八話 大勝負

助左衛門が持ち帰った壺は、
美緒から秀吉まで価値が認められないものだった。
大名たちは、
秀吉の所有物についた値から、
秀吉の権力に靡いたのだと思った。
秀吉は、
自分の権勢に他人から値段をつけられたような思いがしたのかもしれない。


鶴田利休に以前の迫力や重みを感じないのはそのように演じているということか。


この回は恵瓊が凄い。

「一万貫はな、壺にではのうて、おぬしに投じたのだ」

今までで最もまっとうなお金の使い方・笑。



目明き(めあき)をお願いいたしとうございます。

曲事(くせごと)

武野紹鴎

逆賊の壺

大徳人

50万貫は、450億円くらいでしょうか。

聚楽第金賦り(かねくばり・金配り) 黄金六千枚、銀二万五千枚(天正17年5月20日) 
鶴松誕生は5月27日


■第三十九話 偽国使


栗原小巻(美緒)と近藤正臣(石田三成)の見応えのあるシーンが印象的な回でした。

侍医の全宋

宗義智 

朝鮮国書状官・許筬・きょせい・ホソン・佐々木孝丸

黄允吉(こういんきつ) 

金誠一(きんせいいち)

大波戸(おおはと) 

(第39回は、1978年10月1日放送。
 同日は、「西遊記」の放送開始日です。
 当時の私はこちらを観るようになっていきました・笑)


■第四十話 利休切腹


「皆それぞれに、譲れないものを持って、生きているという事だ」

「要するに、利休には死んでもらわねばならんのじゃ」

「百姓の子せがれがたちまち関白にまでのし上がった時代、
 かくのごとき時代は終わりだ。終わりにせねばならん」


利休に鶴田浩二という素晴らしいキャスティング。


物語の妙だと思うのは、
五右衛門の不在はこの回に必要なことなのですね。


ヴァリニヤーノ(アレッサンドロ・ヴァリニャーノ

原マルティノ

与一郎(細川忠興)


■第四十三話 朱印船襲撃


( 多久島・たくしま・度島

( ファン・コーボ  (フォン・コボ) )

( 木下半介・木下吉隆

( ノビスパニア )

( 毛利 秀元 )は、

( ちんいけい・沈惟敬・しんいけい )


■第四十四話 呂宋遠征計画


・文禄二年(1593年)

ペドロ・バプチスタ

・ペドロ・ゴンザーレス (ペドロ・ゴンサレス・ロペス

バシー海峡

スペイン領フィリピンの総督(wiki)

・ゴメス・マリーニヤス(ゴメス ペレス ダスマリニャス

ルイス・ペレス・ダス・マリーニャス

・1番目の船は39日で平戸についた

日本とフィリピンの関係(Wiki)

青巌寺

宣教師ジェロニモ 


■第四十五話 天変地異


第一話からしばしば登場している、短い筒の銃。

いったい何に役立ったのか。

銃の扱いを知らず、銃を持っていなかったならば、どうなったのか。


( 助左衛門はかつてあのような意味も含めて単筒を美緒に渡したことがある )


( サン・フェリーペ号・サン=フェリペ号事件 )


( 京都醍醐寺の座主、三宝院義演 )

( 義演准后日記 )

( 慶長伏見地震 )

( 日本二十六聖人 )

( オルガンチノ グネッキ・ソルディ・オルガンティノ )

( マニラ ディラオ )


■第四十六話 五右衛門刑死


( 赤間関 )
https://www.google.com/search?q=%E8%B5%A4%E9%96%93%E9%96%A2&oq=%E8%B5%A4%E9%96%93%E9%96%A2&aqs=chrome..69i57j0i512l9.10087j0j7&sourceid=chrome&ie=UTF-8

・我らは海賊だ、戦わなければ

・慶長二年七月二十七日


■第四十七話 助左衛門追放


「天が殿下を裁く、余人の手出しは無用だ」

「一夏で現世(うつせみ)より消え去っていく」

「恩讐を超えて、いとま乞いをする気持ちにはなれぬものか」


五右衛門が捕まった部屋の助左衛門


( 自分の意のままにならぬものを、
  三成を上手に操り、
  自分が世を去る前に片を付けておく、
  稀代の英雄 )


銀五貫の懸賞首


日本人か、タガログ人か
わしはフィリピン人だ

( 自分たちで自分の名を付ける )

ーー

( 嘉祥の日 )

( パシグ川・パシッグ川 )

( ディラオ )

( 遥明台 )




■第四十八話 暗黒航路


( イルマン )


( あかいとすがけおどしのはらあて・赤糸素懸威腹当 )


■第四十九話 激流


宗薫の後ろからの立ち姿が宗久と似ていました。


水と掛けた題名に趣を感じます。


堺の鉄砲を徳川にも渡さぬことで三成は納得したのか、

危うい均衡のうえに成立した「堀(自治)」


武家であることの虚しさを表現する、近藤三成。


( 初見のとき、まさか弥次郎が襲われるのでは?と身構えていたので、

  そのあとの、あの人の現れかたに、大河視聴で一番、ビビった・笑 )



( 石田正澄 )


( 納屋衆 )


■最終回 堺炎上


十念


堺とは何か
我らが死んでも守ろうとしている堺とは何か
それは、単なる土地ではありません
堺とは、
我ら堺衆と、
どこへでも行ける船と、
誰の指図も受けず、自由な商いのできる場所、
その3つがそろえば、そこが堺だ

橋を渡っていくか
呂宋への船へ乗り込むか
これは、各人の生き方次第だ。





・爆発コントは大切な思い出・笑
 



【呟きの記録】

■オープニング・テーマ音楽









黄金の日日 - 尾高忠明
[iTunes]黄金の日日 - 尾高忠明

(豊臣秀吉の晩年を描いていない)大河ドラマ「秀吉」のオープニングは、
トランペットの主旋律が、
金色の広間や実る稲穂とむすびつき、
あぜ道の泥水でさえ輝き、
煌びやかに奏でられる。

秀吉 - 大友直人
[iTunes]秀吉 - 大友直人


黄金の日日は、黄金、炎、夕陽
秀吉は、黄金の広間、稲穂、流れ星

( 黄金の日日 オープニング で動画検索 )

( 大河ドラマ 秀吉 オープニング で動画検索 )


■フロイス





麒麟がくる との比較



「麒麟がくる」で松永久秀は古天明平蜘蛛の茶釜について
「それを持つ者は誇りを失わぬ者、志高き者、心美しき者」と
光秀に言い残した。
信長は一万貫で売ると言った。

利休と助左はそれをなんと見る?


「手前は、
このただ同然の代物を大名たちに高値で売り付け、
その金でおのれの商い船を手に入れました。
これが手前のいくさでございます。
この呂宋助左衛門、
あらゆる弱き者たちの守り神でござる」
(「真田丸」第28回)

善住坊の死を経た助左衛門が
処刑されるかもしれない人の逃亡を援けるのは
必然だと三谷幸喜は考えている。

















(飯島商店)



・四天王







秀吉も大坂城も。(堺も呂宋も)











40年以上ぶりに、画面も綺麗になって。





初見のとき、文字通り固唾を飲んで観たこのシーンですが、
2回目以降、このエピソードを知るまで、
根津さんの後頭部が大丈夫か気になって、
物語に集中できない期間が何十年か・笑・ありました。









原嶋邦明












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2022年03月06日

私の、朝ドラ「ちりとてちん」の嫌いなところ ( 書きかけ )



朝ドラ「ちりとてちん」の感想

 http://inatt.tokyo/article/398822366.html





2021年頃からでしょうか。

朝ドラ「ちりとてちん」が再放送されること

それを恐れる気持ちが

私のなかで生まれていることに気づきました。


放送中の朝ドラ作品、脚本、演出担当、ヒロインや子役等などに、

容赦なく投げかけられる批判。ときには中傷。


Twitterのタイムラインの呟きに、

「その批判が成立するなら、

「ちりとてちん」のあの部分も同じ批判があてはまるな」

としばしば思うようになりました。


本放送ではなく、再放送であれば、

そのようなことを温度高く続ける人も多くはないのですけれども、

放送がなければ、目にすることもないものを、

再放送がなされると必ず目にするのだろうと、

憂鬱な気持ちになってしまうのです・笑。


それでも、NHKの人、(またはBS12の人・笑)が、
私のところにやってきて、

「あなたが決めることができます。
 ちりとてちんを再放送しますか?どうしますか?」

と聞かれることが、もし、あるとすれば・笑

「是非、お願いします。
 加えて、「平清盛」もお願いします」・笑

と言うでしょう。


その時に備えて・笑、

私は、

人が言いそうな、
または、かつて私自身が感じたことのある、

「ちりとてちん」の「悪口」を

あらかじめ自分で表明して、

人が同じようなことを言っても、

( そうだよ、知っているよ、もう自分でも書いてるもんね )

と思えるようにしておこうと、

大変、

ひねくれたような、

どこか薄暗いようなところがあるような、

まるでちりとてちんの登場人物たちのような・笑

行動をとることにしたのです。


ここまで書いたら、

目的の半ば以上は達成できているような、

心持ちになりました・笑。


(書きかけ)





■ヘタレな主人公

朝ドラファンの私ですが、
男なので、
ヒロインに感情移入することはもともと少ないのですが、

本作ヒロインのヘタレぶりには、
その後ろ向きは、
物語の都合上、極端に走っているとしか思えない、
と感じるところがしばしばある。

貫地谷しほりの演技も、
本作でしか見せないものがあり、
それはつまり、
他の作品では見ることのない性格ともいえる。

しかし、
誰しも、表に出さないにしても、
ときには、
そういう黒い気持ちを持つことがある、
と自分事に捉えると、
本当に痛く感じるところのある人物造形ではある。

それでも、
「家の手伝いもしないで母が作る弁当を批判するな」
と言い出す人のことを想像するだけで、
暗い気持ちになる・笑。

それは大月ひなたという人物もそうなのだが、
子供の頃、
一向に母の手伝いをしなかった
わが身を思い出させるからでもあろう。


■草若は名人か

子供の頃から今まで、
一番好きな上方落語家は桂枝雀です。
東京の落語家で特に好きな人はいません。
あえて言えば、林屋亭小猫あたりですか。

さて、
徒然亭草若が、
上方の四天王と呼ばれていたと言われると、
あんな、カッコつけて色気に乏しい落語が、
人気だったり、名人扱いされていたとはとても思えません。

( 古今亭志ん朝のような落語と脳内変換 )

残りの3人は、
いかにもそれっぽい逸話を持ってそうな上方落語家感がありますが・笑

それでも、
5人もの弟子がそれぞれに惹かれる魅力を持つ男、
という説得力を持つ人物は
誰にでも演じられるものではありません。



■都合よすぎる物語展開


主人公が草若邸にたどりつくところなど、

そんなわけない、と思う。

しかし、

これは「リアル」ではなく「物語」なのだから、


「こうでなければならない」ことが起きるのだ。


( あくまでも、喜代美の語る、お噺 )



■話の決着に納得がいかない


(都合よすぎる物語展開の果ての、話の決着に納得がいかないとはどういうことか・笑)


最終盤の展開をNHKのお偉いさんやヒロイン役の俳優に
いつどのように説明したのか、
( 「〇〇〇になる話ちゃうんかい!」 )
大変に興味深いのはいったん横に置いて、

お話の着地が見えるのが、最終回の1回前。

このときにTwitterがあったら、
朝ドラクラスタのタイムラインは大荒れになったのではないか・笑


私自身は、自分なりに腹落ちするのに、何年もかかったように思います・笑


■伏線回収


朝ドラのいろんなことの起源とも言われることの多い本作。

( 朝ドラ受け、スピンオフ、ファンブック、など )

「伏線回収」という言葉がよく使われるようになったのも、

本作からなのかもしれません。

( 「おしん」などでもそういう仕掛けはいくつかありますが、
  そのこと自体が話題になることはあまりない )


カムカムエヴリバディ」で、

因果が様々に繋がっていくところで、

ときに「伏線回収」という言葉で感想を述べると、

「そういうことは「伏線回収」とは言わない」と
つっこみがはいることを度々目にしました。

今、「ちりとてちん」が再放送されたら、
やはり同じようなやりとりが起こりそうな気がします。


しかし、
物語の展開の妙や
時を経て登場人物たちの行動・発言が響きあうことに感動して、

その気持ちを伝えたくて、共有したくて、

いったん「伏線」「回収」という言葉を選択したことを

非難しなくてもいいのではないかと思うのです。


大事なところは、

感動の共有や共感・共振なのではないかと思っています。


( 作り手の皆さんが打ち合わせのなかで、
  どんな言葉を使って、
  コミュニケーションしているのかは、
  大変に興味があります )


( 書きかけ )


posted by inatt at 17:56| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月08日

【ドラマ】今ここにある危機とぼくの好感度について 2021年



2021年の春に放送されたドラマ。

勝手に想像していたよりは、ドラマの反響があまり聞こえず、そのことが今ここにある危機





「『半径5メートル』『ここぼく』勝田夏子CPに聞く “いま”を切り取る2作が生まれた背景」
 https://realsound.jp/movie/2021/05/post-764490_2.html

・(2020年)10月期の放送予定で、(2020年)4月頃に撮影する予定だったんですが、コロナ禍の関係で撮れなくなり、リスケジュールした

・渡辺あやさんと前々から「最近、言葉が破壊されているよね」「日本語が壊れていっているよね」という話をしていたんです。つまり、何か言っているようで何も言っていないような言葉や、はぐらかして何も答えないみたいなことが世の中で罷り通っていると。20年くらい前だったら許されない振る舞いだったことが、今は政治や行政の世界でも企業社会でもたくさんあって、それで逃げ切ったもん勝ちみたいな世の中になってしまっている現状に、私も渡辺あやさんも非常に強い危機感を持っていたんです。そういった状況をテーマにドラマを作れないかというところから始まりました。

・当初、大学の施設からウイルスが漏れるという展開を予定していたんですが、こういう事態になってしまったので、アレンジした



















・「問題には正しい名を付けなければ、それを克服することはできない」
・物語で起こっていることは現実でも起こっていること
・主人公の成長物語ではない
・勧善懲悪ものではない
・現実にあるやばいことに気づくためのお話


posted by inatt at 08:55| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする