2023年01月24日

【ドラマ】 探偵ロマンス 2023年( 書きかけ )



NHKのドラマ

子どもの頃、
少し物思うようになった頃、
大人になってから、
それぞれに江戸川乱歩の作品に親しんできました。

また、
新しい角度からの愉しみかたを見せてもらえるのか楽しみにしています。


( 逆に、
  この作品から江戸川乱歩作品に入って
  ハマることがあるなら、
  素晴らしいドラマ体験かも



まだまだあるはず、
お勢、etc

 )


( 私個人は、
  疑似・大正の雰囲気は、まだ馴染めていないけど、
  衣装が、
  今、浅草を歩く観光客が着ているものと
  通じるところを感じて、
  海外の人にも伝わるものになっているかも
  と思いました。 )





・戦前は「探偵小説」だと思っていたが。題名も「「探偵」ロマンス」なのに
 
 ( 推理小説と言っておいて、探偵小説に戻るのかも )

・強盗殺人、ピス健、怪人二十面相

・高等遊民、明智小五郎、ニート、引きこもり

ピス健

 大正末期にそう呼ばれたピストル強盗がいたそうだ。

 「警察への挑戦状」「変装」「女装」もしたという。

 2023年1月下旬、
 関東で相次いでいる連続強盗事件が報道されている。
 ( 指示役は、フィリピンにいて、
   SNS「闇バイト」を通じて、
   一定時間で消えるメッセンジャーで連携し実行させるとか )


岩井三郎

 日本最古の探偵事務所の創業者。スパイの摘発やシーメンス事件に関わったという。

イルベガン

高等遊民

 江戸川乱歩の小説などに出てくる、高等遊民とはどういう人たちなのか、
 いまだに自分なりの理解ができない。
 なので、
 郷田三郎をはじめとする登場人物の幾人かについては
 どういう人物か、昔も今もよくわからない。

・子供の頃、「怪盗二十面相」などを楽しみながら、
 お金持ちの屋敷や宝物、
 ブルジョアな少年たちの描写に
 戦前に、
 豊かでどこかスタイリッシュな世間があったのだろうと
 勝手に考えながら、
 お話を愉しんでいた。

 昭和の後半に、
 現実とは別の、過去と未来の絵空事の世界として、
 「怪盗二十面相」と「ウルトラマン」を
 同時に楽しんでいた。

 焼けたビルの街をさまよい、ガード下で靴磨きをする、
 孤児伊達直人は作られたお話だと思っていた。










「ええ、夢のようなひとときでした」





 


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【ドラマ】 どうする家康 2023年 (書きかけ)



2023年の大河ドラマ ( Wiki

■残った歴史の面白さ

もともと徳川家康に纏わる歴史にそんなに親しんでいないのですが、

ドラマを通じて、

勝手に心情的に腹に落ちることもあります。



第2回で描かれた三河国衆の人質処刑は、
何人だったか誰の人質だったかはっきりしないほどに
記録に残っていないのは、
徳川家、徳川譜代各家にとって、
苦い(覚えておきたくない)出来事だったから、
と想像させるものがあるし、

処刑された人質には、
後に亀姫が嫁ぐ奥平信昌の一族がいたかもと教わると、
のちに、また人質の処刑が描かれるのかもと想像したりする。



そして、第1回から登場する徳川十六神将たちも、
最初から、一団として存在したのではなく、
後の人たちが
生き残った人たちをあとからグルーピングしているところが
あるのだろうな思わせられるところがある。





■呟きの覚書














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2022年12月26日

【ドラマ】 鎌倉殿の13人 2022年 ( 書きかけ )



大きすぎる望みは命取りになりますよ、この鎌倉では





坂東武者たちの、素朴で長閑、無邪気に残酷。


( が、そんなひとときは

  とうに通り過ぎてしまった・笑(20220502記) )






2022年の大河ドラマ

三谷幸喜がフィルム・ノワールに挑戦。

または、任侠大河ドラマ・笑





・週刊実話の記事をイメージしていただきたい・笑

・大江広元のモデルはゴッドファーザーのロバート・デュバル(「三谷幸喜の言葉 〜『鎌倉殿の13人』の作り方〜」)
 
 ( ロバート・デュヴァル





「鎌倉殿の13人」って、ドラマを思いついても、

「題名につながる登場人物が13人!」って、

並みの脚本家なら、尻込みしそうな案件だけど、

(ネットニュースで、
 「稀代の喜劇作家にして群像劇の名手」
 なんて形容が当たり前のように冠されるようになった、)

三谷幸喜なら、

昔書いた戯曲より一人多いだけ」ということか・笑





【女性の描き方】

今までの三谷作品と異なるところとして感じているのは、

女性が女性に影響を与える、関係性や対話の多さ。

北条政子の描き方から、そういうシーンが増えているように思います。


・亀と政子

・静御前と里

・巴と大姫

・丹後局と政子
 第24回で政子は手ひどくやられたが、
 それも後にこのことの雪辱が描かれるのだろう。

・はつ
 義村の娘であることが、物語上触れられないが、
 意図して、
 小さい頃から北条で育てられたことにしているなら、
 周到な脚本だなあと思う。


また、
女性の情念や恨みが物語を回していく。

りく

実衣
比企尼


一方そのようなところから離れている、

こちらこそ、普通の人生かもしれない。
それを作っているのが、義仲と義盛。


■バトルロワイアル

りくと時政が全成を唆す
比企能員が全成をはめる
北条が比企を滅ぼす
北条が実朝をたて頼家を修善寺へ
京都と連携しようとした頼家を義時が暗殺
時政が畠山を滅ぼす
義時が時政を追放
義時が和田を滅ぼす
実朝が上皇を頼ろうとする






■各回の感想

・第1回 「大いなる小競り合い」

「しかし、佐殿は行方しれずと聞いています」
「今、この館にいる」
「ここにですか?!」

三谷喜劇の神髄・笑



・第2回 「佐殿の腹」



・第8回 「いざ、鎌倉」

庚寅(かのえとら)に家移し(やうつし)した家には
不幸が訪れると言われております
親子の縁が薄く、主(あるじ)は不慮の死を遂げる



藤原秀衡は、意図して、
自分が使う駒としてのパーフェクト戦(いくさ)マシーンとして
義経を育てたという妄想。
坂東武者は実戦で鍛えた強さだが、
九郎は武芸訓練だけでなく、歴史書からなどの教育を受けているとか。


・第9回 「決戦前夜」


政子の瞬きしない丸い目が怖いと思う時が来るんだろうなあと思った。



・第11回 「許されざる嘘」



宗時の巾着が畠山重忠のもとに残ったことが後に災いとなるのか。
これを知っているのは景時だけ。


・第15回 「足固めの儀式」


上総広常も
「老けたな」と言われただけで、
佐竹義政を切り捨てた人だから。(第10回)


( 刀について、広常が気がつかないというのが、腑に落ちない )


( ドラマ的な因果では、頼朝は最後に善児と関わるのだろうなと思い始めた )



・第19回 「果たせぬ凱旋」


義経の場合は、「全部大泉のせい」ってわけでもない(哀)

「策にたけたものはかえって騙されやすいものだ」


また、
人の手紙を破り捨てた(義円)
自分で手紙を書かなかった(宗盛)
ことが祟っている。


ーーー

土佐坊昌俊(とさのぼうしょうしゅん)の堀川夜討は、
郷御前(さとごぜん)の後妻打ち(うわなりうち)?

義経からみると、
(誰それの讒言、とかでなく)
全部、自分の行動が原因、という描写が
恐ろしい。

ひとつひとつのエピソードをきめ細かく積み上げた、
凄い脚本だと思う。

ーー

名ナレーション

「まねをしてはいけない」

他の誰にできるか想像し、

有働由美子さん(真田丸ナレーター)が思い浮かんだのは面白い。


−−

「九郎義経は、九州に逃げ落ちたと聞いておる。かような所にいるはずはない。偽物であろう。」


 フィクションの作り方として素晴らしいと感じ入りました。

  フィクションだから、時政が義経に話しかけることができる
  フィクションだから、義経が北条親子のところにあらわれても捕まらず、その結果、地頭が設置される





『自信』をつける『経験』とは『戦に負けた痛い思い』で、

九郎がこれまで避けてきたものなのかもしれませんね。

「まだまだ、これからじゃ」とはどこまで本心か。

また、

「まっすぐすぎたのです、羨ましいほどに」

とはこれまでの義時の苦い経験をふまえたもの。

これらは、
滅びが固いと見極めた人にかける、
北条の一族の、優しいが突き放してもいる言葉と受け取れた。

ーーー





・第21回 「仏の眼差し」

北条時政が建てた願成就院(がんじょうじゅいん)の
運慶作阿弥陀如来坐像
その表情は、私は慈愛よりも一種の威厳を感じるが、

ドラマにおいて、
北条義時が、
史実では詳細が分からぬ北条泰時の母を引き合いに出し、

「ふと、妻の顔を思い出してしまいました。
息子の寝顔を見ているときの」

というのも、
物語の中の八重の人生に思いを馳せ、
実在の阿弥陀如来坐像とも結びつき、
いつまでも心に残るかもしれないシーンでした。


・第24回 「変わらぬ人」


「変わらぬ人」とは?

頼朝のこと?


貞観政要
 豊かな家になったから、書籍も読む
 金剛は新たな世代の坂東武士

 ( 大姫も源氏物語など教養を持つように育てられている )

陳和卿

・第25回 「天が望んだ男」

天が望んだとは、死んだほうか、生き残ったほうのことか。

建久9年12月27日の1日のお話

( 稲毛重成 )

全成のフラグ



頼朝の最期の言葉
「九郎」と言ったようにも思えたが、字幕はなかった。
字幕にない場合、「シナリオ」にない、ということが考えられる。
( 義経の亡霊を見て落馬したという説 )
大泉洋の提案で、「藤九郎」だったそうです。

鈴の音を聴かなかった人

 時政と義時

 ( 鈴の音は「野心のスイッチ」という意見も目にしました )



( すべて大泉のせい、嫌われている、とか言いながら、
  いざ物語から退場となると、
  視聴者から惜しまれるなど、
  脚本も、俳優も、どんなマジックかなと思う・笑 )


・第26回 「悲しむ前に」



歴史資料に残る、11日出家、13日死去を元に、
出家の描写に意味がある、
小さな観音様のエピソードを積み上げた脚本は凄いと思った。

医師の口封じのときの義時、梶原、畠山の会話で、
宗時の巾着のことをふと思い出した。


・第27回 「鎌倉殿「と」十三人」

タイトルを回収するとみせかけて、してない・笑。


意図せず人数が増えていくところは、「三谷節」だけど、

今までで一番笑えなかった・笑。

景時は、実際、頼朝から頼家を頼むと言われていたのに。



頼家と13人たちとの年齢差を身の回りの実例で想像しても、
うまくいく気がしないし、

平治の乱や、石橋の戦いの経験者、
はるばる九州や奥州へ戦いに赴いた者や、
あえて京都から鎌倉へ落ちて文官となった者たちと
生まれてきたときから御曹司として育ち
苦労しなかった者とでは、
見てきたものが違いすぎる。


・第27回 「ままならぬ玉」



・第30回 「全成の確率」



・第31回 「諦めの悪い男」

比企能員と北条一族が対峙する深刻なシーンにはおらず、
頼家を前に北条一族が茫然とするシーンにいるトキューサ。

(香盤表をみて、「あれ、俺なんでいないの」と思う瀬戸康史)

佐々木善住・ささきよしずみ)


・第35回 「苦い盃」

( 歩き巫女 )


・第36回 「武士の鑑」





・第36回 「オンベレブンビンバ」



語り継がれる名シーンだと思いました。

時政は誰のために呪文を唱えているか、

家族の絆は確かにある、
しかし、
早世した一族の女が唱えた真言を誰も覚えてはいない。

( 一文字違いまで近づいたのに、
  正解には辿りつくことができない )

かつて、
三谷幸喜の作品に対し「笑えるがただそれだけ」という批評があり、
本人が「それの何が悪い、それでいいのだ」と主張していたような気がしますが、

本作では、
ひとつのシーンに、
「笑い」「哀しさ」「せつなさ」「むなしさ」「温かさ」など、
観る人にいくつもの感情を同時に感じさせる描写が
数多く表れていると思います。

( 「オン バザラ アラタンノウ オンタラク ソワカ」虚空蔵菩薩 この真言を唱えることで安楽と福徳の御利益がもたらされる大宇宙の智慧にあやかれる )



「子どものための影」という主張は、義時の泰時への言葉、態度からも表されていると思う。


( 畠山重忠の妻ちえは時政の娘であり、
  再婚したのは、足利義兼(足利尊氏の先祖)の子、足利義純だが、1210年に病没している )


・第40回 「罠と罠」

「あのお方を嫌いな人なんて、いませんよ」

この台詞を視聴者が納得するよう成立させるお話の積み重ね、

黒い権力者の傍に仕えながらも、
そのことを素直に口にできる登場人物も育ててある。

大河ドラマの醍醐味でした。

( このところ、のえが毎回登場するけど、

  単なるコメディリリーフではなく、

  キャラクターを育てているのでは? )




主役もいろんなことを考えながら演じているだろう。


・第45回 「八幡宮の階段」

最初から33分間、ずっと夜のシーン、建保七年一月二十七日(1219年2月13日)の夜の話だった。


「自ら死んではならない」とは、後のフリのような気がします。


・第46回 「将軍になった女」

正しい呪文をナレーターが語るのは、

北条家の人々が最後まで正しく唱えることができないことを示すため。

・「耳たぶ」

手抜きの表現ですが、
トキューサも一種の「サイコパス」だと思います。







■呟きの記録

・義朝と坂東武者

 義朝と坂東武者との関係は、
 頼朝の場合と違っていたのか、同じようなものだったのか、
 興味を持ちました。

 または、
 大庭景親、千葉常胤佐々木秀義から見た、保元の乱や
 三浦義澄上総広常から見た、平治の乱、
 そして
 その経験を通した頼朝の挙兵についての
 それぞれの感慨に興味が湧きました。

( 足立遠元だって、義平十七騎なんだから!・笑 )
 



この時期にNHKオンデマンドで平清盛を観ることができるようになったのは素晴らしい対応だと思う。











・時政お父さんの誕生(5/10)祝い(20220511)



温かいエピソードなのに、
色紙を書いた「北条の一族」の顔ぶれに、
なんか胸をつかれる・笑

 孫(頼家・泰時)はいるが、娘婿(頼朝、全成)はいない。
 八重がおらず、比奈がいる。
 一方、畠山重忠がいる。

「大好きです!!」頼家
「生きたいです!」重忠

(20220509に佐藤二朗さんは比企能員の変を撮影しているらしい呟き)

















・鎌倉殿とクリスティ

「オリエント急行」か「カーテン」か「アクロイド」か。

長澤まさみ出演説を目にしたことがあるので、
長澤まさみを上手に使う筋を三谷氏が思いついた、とか。

「私が〇〇に毒を盛ったのです」とか

(三谷幸喜のありふれた生活:1101)「鎌倉」へ、長い旅でした

   https://digital.asahi.com/articles/DA3S15410716.html

 クリスティ作品のネタバレに繋がるような発言や 
 まだ、撮影に入っていない回のことを記すのは、
 よくないこともあるような気がするが、
 「牽制」しているのかも、とか思ったり。

(20220909記)









それはそれでひとつのドラマ鑑賞体験。
私個人の似た例は「いだてん」でのラザロさん。

・鶴岡八幡宮と大河ドラマ館に行ってきた(20221219)

鎌倉殿の13人・おんたらくそわか・20221220.jpg

鎌倉殿の13人・和田義盛・手紙.jpg

















■引用・因縁・伏線

歴史書からの引用や出来事の因縁の糸が相当きめ細かく張り巡らされていると感じてきたので、
その覚書(情報源はTwitterのいろんな方の呟きから)

(おそらく全編観てから、もう一度頭から観ないとわからないものも多い。
 SNS時代、配信時代の視聴について、研究したうえで、
 このような作りにしているような気がする。)

番組HPの略年譜は時系列の理解にとても役立ちました。

 https://www.nhk.or.jp/kamakura13/special/history/nenpyo.html#year1200

・ただの初期ボスキャラではない伊東祐親。善児はもともと伊東の雑色(0101)
・義時は川で善児が千鶴丸と居たところを見ている(0102)
・「これは何ですか」(0103)
・「善児が川で魚をとってさしあげます」(0104)
・「俺はこの坂東を俺たちだけのものにしたいんだ。〜坂東武者の世をつくる。そして、そのてっぺんに北条がたつ」(0501)
・義村は頼朝挙兵により祖父が討たれたことに遺恨を抱いている可能性(0601)
・千葉常胤「よわい60を越え、お迎えの支度でも始めようと思っていたやさきに(0701)
・「我らは坂東武者のために立ち上がったのです。〜我らのための坂東を作る」(0702)
・「刀は斬り手によって名刀にもなればなまくらにもなる」(0703)
・「よわい60を越え、お迎えの支度でも始めようと思っていたやさきに」(0704)
・伊豆山権現の政子に頼朝の無事を伝えたのは仁田忠常(0705)
・「私が風を起こす。その隙に逃げられよ」(0706)
・「権三が?」「だったら、ついでにうちの人も討ち取って」(0707)
・文を焼き「九郎ほどの才があれば己一人で大願を成し遂げよう」(1001)
・義村は伊東祐親を殺した梶原殿に遺恨を抱いている可能性(1101)
・第11回は鳥の鳴き声で始まる(1102)
・畠山重忠は館に盗みに入った善児を捕え、三郎宗時の巾着を持っていたことを梶原景時に話した(1103)
・「胎内のお子は生まれても定命が短いとでておる。千鶴丸はいまだ成仏できておらぬ。千鶴丸を殺めたものが生きている限りは。」(1104)
・鳥の鳴き声で終わる(1105)
・義村「頼朝を超える」(1201)
・「伊豆の小さな豪族の家で育った行き遅れがさ」(1301)
・「あなた御台所と呼ばれて恥ずかしくない女になんなさい」(1302)
・「承服できませぬ!」(1501)
・義経は「鎌倉攻略法」を義時に教え、義時は梶原殿にそれを伝えた。(1901)
・「オンタラクソワカ」(2101)
・(砂金の友)三浦義村と結城朝光は断金の朋友(吾妻鏡)(2801)
・義時は義経の「鎌倉攻略法」を知っている梶原を京都には行かせない(2802←1901)
・梶原が一幡を京都に連れていこうとするのは人質であるとともに「源氏は飾り」として必要と承知しているから。(一幡はそのような駒になりうる存在と義時も認識)(2803)
・千葉常胤「危うくお迎えの支度を始めるところであったわ」(2804←0701)
・「おなごというものはな、だいたい、きのこが大好きなんだ(2901)
・「改めて見ると叔父上はやはり父上に似ておられますな(2902)
・建仁二年(1202)十二月大十九日己未。知康〜忽ち以て舊井(ふるいど)に落入る。(吾妻鏡・2903)
・「試されたのですよ、わしの天運を」(2904)
・(誰も恨んではいけない)(3001)
・(大きい順に首を並べて)(3101)
・「私は承服できません!」(3301←1501)
・(双六は気持ちが悪くなる)(3501)
・「雪の日は出歩くな」(3502)
・畠山重忠の拳は床板を破壊するほどの威力(3503)
・「そうだそうだ、みんな武衛だ」(3601)
・鼻を触っている小四郎(4001)
・頼朝の義弟というだけで傍にいたと言われてしまう(4201)
・「父上が目指してなれなかったものとは何ですか」(4301)
・「従三位」(三位以上の貴族になると政所を開けるようになる?)(4302)
・「いずれまた、勝負しようぞ、トキューサ」(4303)
・「お前だけには」頼朝みたいな(4401)
・「伊豆の小さな豪族の行き遅れがこんなに立派になられて」(4601)
・「憧れなんです。私の友達もみんな言ってます」(4602)

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「鎌倉中の女性が憧れる御台所になれ」という亀の前

八重さんが亡くなったときの平六の仕草

重忠
・壇之浦
・壇之浦での梶原の態度の避難
義村「必要なら立場を変える覚悟」(坂東武者として褒め言葉)

源仲章がのえさんに近づくシーンで鶯がホーホケキョと鳴きまくってたわけですが、まさかここに来て時政パパが義時との別れのシーンで語ったエピソード(鶯がホーホケキョと鳴くのはオスがメスを口説く時だけ)というのが活かされる
政子「13人目はあなたです」 
頼家殿の宿老、13人目「北条義時」。
実朝殿の宿老、13人目「公暁」。

イエス・キリストの13番目の弟子「イスカリオテのユダ」。

そして来週のタイトルは「審判の日」

そういう仕掛けかよ、三谷幸喜!


和田殿の「近頃は死ぬしか言わない」辺りから巫女のおばばは呆け?
死を予感していた実朝くんは「天命に逆らうな」に

45回
「お前は俗物だ。だから、お前の作るモノは人の心を打つ」
ある段階に上っているから、言える台詞

ーーーーーーーーーーー
義経の首桶を抱え泣いた頼朝と重忠の首桶を見なかった時政

このドラマを観てきた人は、
三浦義村が起請文を書こうが信用できないと
100人が100人とも思うところだが、
物語のなかで
それでも義村を疑わない人として
描かれ続けた登場人物がいる。





老けていると悪口を言われただけで人を切った人が
泰時に転生して、
悪口を禁止する法律を作る
( 悪口だけで人を斬ってしまう側ではない )





坂東武者の成り上がり

・天皇や公家の争いに京都へ呼び出され、代理で命を賭けた戦いをさせられ、負ければ一族もろとも大変な目にあう。

・遠く九州や奥州へ長期遠征を行い、一族がまるごと滅ぼされる無常を目の当たりにする。

・運よく勝ち組になり、多くの所領を得て、当代一の仏師に仏像制作を依頼できるような、地位と富を得た。

・京都から見ればよほど血生臭いが、野蛮一辺倒というわけでもない。



・地域の有力者同士、姻戚関係を結ぶ

・公家と姻戚関係を作っていく(足立遠元








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2022年12月15日

【ドラマ】 作りたい女と食べたい女 2022年



NHKのドラマ ( 原作は見ていません )


なんでもないようなシーンで、結構涙ぐみながら、観た・笑


第1回で、食べっぷりを見て恋に落ちた、
を表す比嘉愛未の演技が好いなと思いました。




主人公の家が1Kであるなら、
相対的にキッチンが大きい、
普通じゃない間取り。

椅子は部屋にひとつ

テレビも鏡もない。


( 春日さんの部屋は同じ間取りで、
  テレビがある )


第2回


ふたりでいっしょに食べる料理が春日さんの作ったものであるところが好かった。


第3回

前回、野本さんが作る人、春日さんが食べる人、みたいな構図に、
違和感を覚えていたのですが、

今回、春日さんが、
( 自分が口にした食べ物のことでなく、 )
野本さんの食べているところを見て、
「美味しいですね」
と言ったところが好かった。




第9回

登場人物が温かい気持ちになっているのを観るのが好い。


アップで映るローストビーフが好かった。

でも、冷蔵庫で1時間とか冷してから食べたのかな。

おうちで作ると待ってられなくて、

湯気がたっているのを食べたことを思い出した・笑。


第10回

「楽しいですね(月が綺麗ですね)」


何かしらの「生きにくさ」をそれぞれが抱えているとしても、

それらが、
だんだんと、少しずつ
減っていくように社会が変わっていくのなら、
いいことだなあと思わせられました。


( 野本さんは、国民皆が観る年末の番組に興味がない、
  春日さんは、男女が分かれて競う番組の結果に興味がない。
  何に興味を持つかはは人それぞれ。

  でも、クリスマス、大晦日、初日の出、
  そういう区切りで大事な思い出が作られる。

  また、
  野本さんも春日さんも
  ひとりきりで生活していると、
  手巻き寿司パーティを楽しむ場面が生まれない。 )






・PR番組で、サラダでQRコードを作るのを観ました。(20221211)

 興味深いのは、2色ではなく、3色以上使っていること。





 



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2022年10月13日

【ドラマ】 舞いあがれ! 2022年 (書きかけ)



「おばあちゃん、失敗は悪いことやないんやろ」

「翼(よく)が折れても、心は折れへん」

「飛行機は、向かい風を受けて、たかーあく飛ぶんや」

「小さなねじの、大きな夢」



主人公側がリストラするとか、
作り手側はものすごく挑戦的なんだけど、

リストラ話、新しいねじへの挑戦などについて、
視聴者の意見がどちらかというとカラいこと、

挑戦的な物語展開に対して
どちらかというとサゲようとする人が多いことが印象的。


( 他人事のように言うことになるが
  世の中は相当に委縮しているような )


少数派の意見になるだろうが、
今のところ、
お兄ちゃんなしで物語を構築したほうがよかったように
感じている。
ちょっと僻目なんですが、
ジャニーズ系俳優の評価が甘い層が
一定数いらっしゃるような気がする・笑
( 20230126 )


理系女子とか女性企業経営者の成長を描く、とか、
朝ドラヒロインにも、
まだまだこれから描くことのできるフロンティアが
たくさんあるのだろうと感じさせられた。
・なぜ、ものを作りたいのか、企業を経営したいのか
・リストラする側、される側の痛み
・企業経営者同士の連帯

( ここまで書いて、
  「カーネーション」の
  というか、そのモデルの人の凄さに思い至る・笑 )






2022年下期の朝ドラ(Wikipedia

第8回

アイドル時代でも見たことない永作博美の聖子ちゃんカット

第7回で船の名前(めぐみ丸)を見せておいたり、
凧の作業中、14時までにはまだ間があることを示す11時5分の時計のカットをいれたり、
走っておばあちゃんを追い越したり(第9回)、
18回で居酒屋の空さんを映し、種明かしは19回にするなど、
脚本・演出の特徴を感じました。( 脚本 桑原亮子 演出 野田雄介


第11回



( 国友一貫斎飛行機 オープニングの飛行機に形が似ている? )


第12回



なるほど、と思いました。


第14回



子どもたちにの飛行機づくり
大人たちの螺子づくり、
秋のあじさいにかたつむり・笑
短い15分に
多くの登場人物ひとりひとりをきちんと描きながら物語が進む。
町工場の社長さんたち(曽根さん、古田のおっちゃん)も魅力的に描かれて。
(曽根さんが大声出したときに、
「ええ声出たなあ」ととりなした人は長井清二(や乃えいじ)さんいうらしい。
第2回で「犬の鼻の穴、ホールインワン」と言うた人・笑
ゴルフスイングした人は根矢さん)

( 「明日から、普通の女の子に戻ります」(第81回) )

(久留美ちゃんのお父さんも登場したけど顔は映らんかった・笑)

そのなかで、
悠人が一切登場しなかったのも意図的なことだろう。

(私自身は、小学生の頃、自分のお小遣いでは、
 飛行機の材料にちょっと手がでなかったという、
 せつないことまで思い出してしまった・笑
 バルサ材やゴムが結構高価だった記憶。)


第17回

(本気の飛行機設計やトレーニングなど)
1年間分の時間もお金もかけて、
書類審査で出場できないこともあるとは、
個人的には想像していなかった
( ドラマで、主人公が3回生のときに
 予選敗退とかでなく
 理由が示されない書類落選でそうなったら、
「お話にならない」)
当事者にとって恐ろしい事態であり、
本物のイベント・番組では表にでない、
「ぶっこまれた」シチュエーションだと感じた。




スローガンを考える浩太。
このときは
ちょっとしたなんでもない話だと思ったのですが。
(意図的に丁寧に入れ込んだエピソードのようです)


第19回

( バートルータン飛行機 ルータン バリ・イージー Rutan VariEze )

( アメリア・イヤハート アメリア・イアハート )


第27回



第29回

(放送前にツイートされたもの)



第33回

美しい灯台のシーン

灯台を照らす夕焼け、
灯台に傍らに佇む人影、灯台に向かって階段を上る人影。

( ドローンのシーン、
  3人の会話、
  1日で撮影できたのだろうか )

( あの五島・大瀬崎灯台に行き、
  一晩過ごして自分を見つめ直そうとする人がたくさんあらわれることを
  危惧します・笑 )

( 福原遥と山下美月が幼馴染で、
  失踪したら、探しにきてくれて、
  慰めてくれて、
  自作の短歌を披露したら、褒めてくれる・笑
  −僻みですけど・笑 )

星たちの 光あつめて
見えてきたこの道をいく
明日の僕は


  
第45回

この週は、4K・8Kの放送時代に珍しい、
岩倉学生の化粧の薄さが印象に残りました。


第48回

バードマン時代は、
大学のサークル活動だけを描写して、
その純粋さが感動を生む要素でもありましたが、

航空学校では、
既婚者も社会人経験者もいるのに、
全員高校卒業後すぐの19歳みたいな
行動、発言なのが
物足りないところです。


第51回

( 吉川晃司がかっこよく、シンバルキックをする回・嘘
  「岩倉、右のシンバルをよく見ろ」 )

Twitterでの感想のなかで共感したのは、

ドラマ展開に魅了されれば、

「タンゴチャーリー(01TC)」という言葉すら愛おしくなるという話・笑。


( 2022年12月14日(水)第53回のあとの、
  朝ドラ受けはなかったが、
  テロップで
  「飛べ!タンゴ チャーリー」と出て、
  まあまあ感動した・笑 )


第65回

「おにいちゃんの言うとおり、機械売ろ」

「会社が潰れないように、リストラしよ」

「パイロットになったほうが実家にお金を入れられるのに」

が大多数のタイムライン・笑。

ドラマ内容よりも、

そういう世間の世知辛い感じが

書き残しておきたい印象深いことでした。

( 73回までのところ、
  舞を世間知らずの無謀な娘ととらえ、
  大学サークルのパイロットならともかく、
  会社の経営という場では彼女の選択を支持せず、
  悠人を現実的かつ確りした大人とする、
  解釈が多いことを
  そういう御時世なんだなと記録しておきたい
  そういう感想を持つ人たちが
  今、東京物語を観て、
  どんな感想を持つのか大変興味深い。
  東京物語の長男・長女の態度はしょうがないよね、
  と感じる方が多数派なのだろうか。
  一方、
  生活がかかってるから不安で不安定な気持ちの
  社員たちが経営者側の人にとる冷たい態度などは、
  演技演出にもう少し
  深味を望む気持ちもある。 )


第67回

私は、主役の運命の急転のために脇役を急死させるという物語展開に
抵抗を感じることをおもいだした・笑

例えば、
舞の物語とは関係ないかもしれないが、
章さんが生涯負うことになるかもしれない心の傷など、
現実なら大変なトラウマになりうる出来事が気になる。




・私はまず、台所でパソコンでメールチェックしながら、
 父親の会社をたたむ話をしてるわ、と感じ、
 次に、
 当時は、ネットにつなぐには電話回線経由(ADSLとか)がほとんどで、
 岩倉家ではリビングじゃないとできないのだろうと考えた。
 だから、彼はたんたんと昼間できなかったメールチェックを
 しているだけのように思える。
 今と違って、長らく使っていない自室でできる仕事はない。
 ( おそらく、めぐみは会社の負債の連帯保証人ではないか、
   今は、子どもふたりが、
   理屈抜きで母親を援けることに全力な表現でもおかしくないと
   私は思う。 )
 私は、悠人の描写がなかなか腹に落ちない。


第68回

章さんは、同僚の目などのことを想像し、
(用事などの都合ではなく)
葬儀に行くことができなかったのかもしれない。

経営危機にある中小企業の柱の社長が急死することは、
その妻、子息だけの問題でなく、
とてつもなく、
えぐい出来事だと思う。


第72回

朝ドラの物語内容から、

現実の企業評価のようにIWAKURAの経営内容を語ったり、

新人営業の活動とか
新入社員の教育とか、

現実の企業運営を語っても意味がないと

Twitterの呟きをみていて考えた。


第73回



第75回

お話が感動を呼ぶ内容だったら、
「設計することを何も考えずに飛び込み営業しとったんかい」
というような声が出ないのが印象的。

( 何年間も母の電話に出なかった息子が
  なぜ今回電話をとるのか、
  と思ったが、
  自分が会社売却を提案して、
  回答を待っているからだった・笑 )

( IWAKURAは、
  東大に入って、ファンドマネージャー?になり、
  まだ20代?ながら給料とりならとても無理な数千万?の資金を投入できる、
  ドラマの登場人物としてはちょっと都合のよすぎる、
  長男の支援でなんとかなった。
  つまり、IWAKURAの負債を返済できるだけの資産を
  岩倉家全体ではもともと保有していたということ。
  日本の中小企業は、300万社以上、東大阪には5千くらい?
  そんなことがおこりうる
  中小企業はどれくらいあるか。
  逆に言えば、
  普通ならなんともならなかったというお話に
  私には思えた。
  東大阪の中小企業オーナー同士の
  助け合いも見てみたいところ、
  まだ物語は途中なので、今後はわからないが、
  日本の中小企業を描くドラマとしては
  物足りなさを覚えた。 )


第80回

舞と山田が同じテーブルでお昼ご飯!・笑

まもなく再び失職することを口に出さない小森さん。

 

・「自分が小森さんならリストラでプライドを傷つけれられたのだから、IWAKURAには戻らない」という意見を多く見たのが印象的。

・最後のシーン、なぜわざわざロケでやるのか不思議に思いましたが、
 この最後のカットは
 飛行機の離陸シーンに対応させているという意見になるほどと思いました。

冒頭の小森さん視点のカメラワークも含めて、
それほど効果的とは感じませんでしたが、
それでも、
そういう前向きチャレンジをどんどんやっていただければと思います。

( この週の演出クレジットは 野田雄介 )




タイムズ大阪城京橋口
タイムズ片町1丁目第4
リバーカントリーガーデン京橋
土佐堀通を京橋へ


第83回



なるほどと思うと同時に、
だからこそ、
哀しみを感じる場面になっているのだなと思いました。
だから、本回は、
よく見る状況でありながら、
うまく作られたエピソードだと思いました。












・諸々の呟き







・子供の頃、かんころもちは好きなおやつだった。
 最近は、みかけても手が出ないでいた。







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2022年10月06日

【ドラマ】 オリバーな犬、 (Gosh!!) このヤロウ 2021年・2022年



NHKのドラマ ( wiki )

私は、
NHKのドラマの制作・演出を担当する人たちに尊敬の念を抱くことがあり、
それは、
ほとんどの方が、Wikipediaにページがなく、

いつのまにか、NHK内異動でドラマ制作の現場から離れたり、

定年退職しているような、無名性があり、

自分の嗜好や好きな表現に流れることや溺れることがなく、

( NHK外の才能ある作り手は、スポンサーさえ了承すれば、
  自分のやりたいことを優先して物語を創るのが普通 )

あくまでも「NHK制作のドラマ」を作ることに、

ほとんどの場合、撤しているところです。


( 一方、昨今の反省会で、
  朝ドラなどの演出担当が批判を受けがちで、
  ディレクターが冒険しなくなる、
  自由さ気楽さを求めてNHKから去る、
  ということもあるのでは思うこともあります。)


そして、本作は、

昨今の「コンプライアンス」重視で「ポリティカルコレクトネス」な、

いろいろな制約ばかりに囲まれた、
昨今のドラマ制作現場に閉塞感を感じている、
名優たちの息抜きの場として、
作られているドラマであるとの感想を持っています。

( マシュマロわざと投げ捨ててるから )

NHK所属の作り手ならば作らない、
NHKらしくないドラマ

かつ
(20年前の今より余裕のある頃ならともかく)
民放では作られるはずもない、
オダギリジョーが脚本・演出と言う前提で、
実験やお遊びが許されている、
NHKだから制作できるドラマ


( 食べ物を粗末にする描写が無条件にできないことに
  問題があるとしても、
  意味なく食べ物を粗末に扱うことで笑いを誘う描写にも
  問題があると思う。

  卵を他人の頭の上で割る悪戯をする、
  常人の枠外にいる芸人描写と、
  その、世に知られた一流芸人を
  食べ物を粗末にするなと
  子供を叱るように罰を与えようとする
  市井のおばちゃんを
  ともに描いた「おちょやん」を思い出した。)

( ああいう舞台を自分の資金で作るなら、いくら必要? )

( 最後のシーンは、どちらかいえば、

  やっつけの締めくくり方だと思う・笑

  それにしても、あれだけの俳優陣を一堂に集めての撮影など、

  日本アカデミー賞授賞式でも無理なのではないか

  と、思ったけど、いろいろ工夫しているようにも思える。

  オダギリジョーは自分がここぞというときに使えるかっこいいものだと

  よく自覚・把握しているんだな・笑

  あれは、怪盗二十面相的なパロディでたくさん観ているので、

  普通にやると平凡なギャグにしかならないはず )





いったんキャスティングした麻生久美子さんを
時効警察とのキャラ被りを理由に、
オダギリさんはおろそうとしたという話が土曜スタジオパークでありましたが、
麻生さんは、もう警視庁機動捜査隊隊長ができる(MIU404)くらいなので、役を鑑識課長にスライドして、
國村さんにもっとくせものな役をしていただければ好かった・笑。














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2022年10月02日

【ドラマ】 ちむどんどん 2022年



比嘉の一家には関わるな
彼らはこちらが引き下がるまで絶対に折れない

「うちは何か間違ったことしてる?」(第83回)


( 朝ドラ×Twitterには、人を闇落ちさせる力がある。
  人の所為にせず、自分で気をつけていきたい・笑 )





2022年度上期の朝ドラ

番組ホームページの番組紹介より引用

大好きな人と、おいしいものを食べると、誰でも笑顔になる―――

ふるさと沖縄の料理に夢をかけたヒロインと、支えあう兄妹きょうだいたち。
"朝ドラ"第106作は個性豊かな沖縄四兄妹の、本土復帰からの歩みを描く
笑って泣ける朗らかな、50年の物語。
2022年は、沖縄本土復帰50年。
復帰以来、多くの沖縄の若者たちが、本土へと仕事や夢を追いかけて渡っていった。
家族と別れ、食べ慣れた郷土の料理を思い――。
コロナ禍に見舞われ、かつてなく“孤独・孤立”が問われる今の時代にこそ遠く離れ、会えなくても、心はつながって支えあう美しい家族と、ふるさとの物語を全国にお届けします。

復帰前の沖縄「やんばる地域」で生まれ育ち、復帰とともに東京で働き始めるヒロイン。
遠く離れても家族の絆に励まされながら、ふるさとの「食」に自分らしい生き方を見いだし、やがて沖縄料理の店を開くことに。ヒロインは、四人兄妹の次女で、兄、姉、妹がいる。四人はそれぞれに異なる道を歩み、気持ちが離れるときも訪れます。
それでもふるさと・沖縄の味が、思い出が、四人の心をつなぐ。困難や挫折に見舞われ、誰かが心折れそうなときには、互いに身を削り、支え合っていきます。
時代を超えどんな逆境の中でも、世界でいちばん美しいもの――それは家族です。
傷つきながら、励まし合いながら大人への階段をのぼっていく四兄妹のドラマはきっと、今を生きるすべての家族の物語です。


ーーー


ドラマ企画を通すときの冒頭文章をそのまま置いたような説明だ。

私が「カムカムエヴリバディ」などに引っ張られているのだろうが、

房子・優子・暢子・暢子の子供を描く沖縄に纏わる長編ドラマを夢想する。

ずっと沖縄で生きた優子、
沖縄を出て戻らなかった房子、
(父のように)沖縄を出て戻った暢子、
本土で生まれ、沖縄で育った暢子の息子

特に房子の人生こそ、朝ドラ主人公っぽいところがある。
  
また、
本土で生まれ育ち、沖縄の言葉を喋ることができない、
シベリア抑留の経験があり、
反社?の権田と対等以上に対峙できる経験を積んできたらしい、
平良三郎にも豊かな物語性があるように思う。

それにしても、「すべての家族の物語」と言われると、

賢吉おじさん一家はどうなった?
(やんばるに住み、共同売店利用者のはず)という思いや、

房子や善一さんや智や重子やまもるちゃんにとっての「家族」とは?という想いも。


比嘉家の人たちは、賢吉おじさんや房子や善一さんに

何かしてあげたことがあるのだろうか。
 
暢子は、重子さんに、何かしてあげたことがあるのだろうか。





( 沖縄に関すること )







特定の病気を設定していたが、現実にその病気の方がおられるので、そうした患者さんを傷つけないよう、できたら病気の名前を表に出さないよう要望したとのこと。




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【ドラマ】 ちむどんどん 2022年 (沖縄に関すること)



朝ドラ「ちむどんどん」を観ることで、
自分が沖縄について、
不勉強であることを自覚しました。
ドラマに関連して、
目にした沖縄に関する情報の覚書


・本土復帰



・ブラジル移民、ハワイ移民



( 上のツイートは削除されているので、その情報に問題があったのかもしれない )




・地域医療





・「慰霊の日」

6月23日が「慰霊の日」であり、沖縄県および沖縄県内市町村の機関の休日となっているなど、この歳になるまで知りませんでした(恥)。















・沖縄の芋



・共同売店



このドキュメンタリーの内容はドラマ本編にはあまり反映されてないように感じた。

・本土へ移り住んだ沖縄の人々



・沖縄の料理

















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2022年10月01日

【ドラマ】 ちむどんどん 2022年 (残骸)



ときに、朝ドラの1話1話に、悪い意味で、
一喜一憂、右往左往するときもあり、

そのときそのときの呟きや覚書を
整理することもなく

放置することにした残骸・笑





■暢子の成長


「人の成長を描くのが朝ドラ」という意見を目にしたことがあります。


・暢子の料理は、「承認欲求」からくるものか?



■サーターアンダギー

何度も登場してくるが、どういう意味があるのか、ないのか。


(最中も2回)


■人の大事なものを無くす、壊す

房子のワイン

重子のオルゴール






■料理、レストランについて

第26回

雑誌の「アッラ・フォンターナ」(alla Fontana at the fountain)の紹介文では、
オーナーは、日本のイタリア大使館、ローマの日本大使館で給仕をして、北イタリアで3年修行したと書かれている。

雑誌で銀座の名店・絶品ランチと紹介されるイタリアレストランが
1972年に存在していたのかどうか。
少しもやっとして、いろいろ検索してみた。

日本のイタリアンレストランにも、
日本で生まれたナポリタンスパゲッティにも、
それぞれ歴史があると思うので、
そういうことに敬意・尊重がある取り扱いになっていくといいなと思いました。

(1972年のイタリア料理店 『ちむどんどん』1972年にペペロンチーノ対決は「まさかやー!?」時代考証から考察

  https://news.yahoo.co.jp/byline/hatanakamioko/20220527-00297867 )








そうしてみると、大城オーナーは、
海外修行するよりも、
カリテアの乗員で日本に残りレストランを開いた人物のもとで
イタリア料理を勉強した、の方が、
大城オーナーとタルデッリとの繋がりのお話が豊かになるような気がする。



第46回の料理関係のクレジットは、
フードコーディネート 吉岡秀治
料理監修 吉岡知子
イタリア料理考証 室井克義
イタリア料理指導 松本晋亮 







・第88回

ソップレッサータ

コトレッタ・アッラ・ミラネーゼ

・第108回

インサラータルッサ ( インサラータ・ルッサ Insalata russa

ポルケッタ








・その他感想・呟き

 本作のHPは、スマホで観ることに寄せたレイアウトになっていると感じる。

 ( PC、スマホ両方に対応することを止めた可能性も )









・ドラマの材料として取り上げた料理名を連呼するだけで、
 それを物語のうえでどのように調理したのかを示していない。

・たとえば、大河ドラマ「平清盛」では、
 毎回のラストカットにその回の題名も表示されます。
 この週の最後に、週の題名が表示されることを想像してみたら...





思ったことを淡々ととりあえず覚書しておくコーナー

・今を描くにしても、10年前、40年前を描くにしても、
 今の認識や昔の認識の違いや
 同時代を生きていても同じ記憶とは限らないなど、
 言いたいことを丁寧に描く必要性を感じる。

・貧困とそれを家族が各々どう思っているのかの描写が不明瞭。

 借金してなんとかしようとする

 しかも一発逆転で返済する体験(第24回)

・暢子は話を最後まで聞かない方の朝ドラヒロイン(第14回)

・悪役(賢吉、島袋、眞境名商事の社長の息子)を次々と繰り出す(第14回)

 「島袋枠」みたいな用語ができそう。

 我那覇さんは来週も登場できるか、どうか(第17回)
  東京で再登場するとは・笑(第41回)

 南山原校料理部部長(暢子のスカートの継ぎ接ぎを侮蔑するために登場・第18回)

 悪役を演じた人たちが報われないなと思ってしまった(第24回)

・脇役が主登場人物の反応のために動く

 早苗の大学合格があって、暢子が反応する(第23回)

 役割が終わるとすぐ退場?(下地先生・片桐はいり・第24回)

・「沖縄」「借金」「貧乏」「女のくせに」 → 庭で踊って終わる(第15回)

・お話の都合として便利な組織体としての会社

 眞境名商事、屋良物産、内間(うちま)食品

・合格を知らせるために、息せき切って、やってくる先生の演技の意味がよくわからない(第23回)

・華丸大吉師匠の指摘どおり、劇伴が浮いているところが問題なのかも(第25回 20220513)
  劇伴を発注して、OKを出し、どこで使うか決める人の問題。

・村上信夫が昭和37年3月に「きょうの料理」で紹介した、
 「ナポリ風のスパゲッティ」は、
 トマトピューレソースのパスタ。
  http://inatt.tokyo/article/398822132.html

・比嘉家は山原村(やんばるそん)で恐れの目で見られているのでは・笑(第34回)

  長男は詐欺にあい、サンセットバーガーで暴れて警察のお世話になったあと行方不明
  次女が眞境名商事と内間食品、2社の就職内定を蹴って東京へ
  長女は喜納製糖の御曹司との婚約を破棄
  残った母親と三女は世間の目がつらくなるのでは。

  第35回、
  比嘉家は2人家族になるようですが、
  年長者から順に外で働いて、
  少しでも仕送りすれば、
  徐々に酷い貧乏からは
  脱却できたように思いました。

・俳優さんたちの熱演が凄いが、できあがったものをみて俳優さんこそ吃驚啞然としてたりして。(第34回)

・朝ドラで「女性とズボン」というのは、
 とても興味深い論点だと感じたが、
 それなら、もっと丁寧なきめ細かなエピソードを見てみたい。(第65回)
 朝ドラでズボンといえば、モンペだし、
 優子さんは、工事現場や畑ではズボンだった。
 暢子が大人になってからズボンに拘っている理由は描かれなかったし、
 愛の記事も恵まれて育った人のまだまだ地に足のついてないもの、
 ということなのかもしれない。
 パンツルックで和彦から去って行った愛(第70回)

・個々に自己中心的に我を主張し、相手を思いやることがない比嘉家の人たち

 ニーニーが生きていけてるのは、
 視聴者には名前もわからない、
 養豚場経営者(中原丈雄)のおかげなんだけど。

 ( 一方、喜納金吾(渡辺大知)や大野愛(飯豊まりえ)が
   相手を思いやる行動をとって報われないこと甚だしい )

・ヒロインの母親役が土スタに出演して、ヒロインのコメント出演はおろか、話題も出なかった。(2022016)
 
 ( ヒロインが〜なふうに頑張っている、というような番宣情報も極端に少なく感じる )

・1978年(昭和53年)8月18日ウークイの日

・俳優さん(仲間由紀恵)の演技というものは、凄いものだと思った。(第74回)

・第74回を見て、物語の進捗速度を調整したい状況があったが、あまりうまくいってないんだなと思った。(20220721)

 ( 朝ドラでは俳優さんの出演回数をあらかじめ決めてある場合があるという話を聞きました。 )

・「嘉手刈(かでかる)さんのお話が新聞に載る前に恋愛のステップに使われた」という呟きをみました。(第75回)
 同じ順番でも、そう思われないドラマ・脚本もあると思います。
 このような感想になってしまうことが大変興味深いことです。


( 直接、関係ないことですが、
  この物語を観ていて、
  戦争中の大陸での経験をあえて語らず、
  永遠に失われた事実や人の思いが
  たくさんあるのだろうなということに思いをはせました。 )

( 沖縄の「ガマ」、
  この地には何故、洞窟が多いのか、
  いつかブラタモリで見てみたい。 )

・第76回に気持ち悪い発言がたくさんあったとの指摘。
 昭和52年頃は、現実も小説・ドラマでも、そういう発言は普通にあったのだと思うものの。

・暢子を紹介しようとするまでの和彦と重子はどんな会話をしていたのか一切伺えない。
 何年も話したことがないなかでいきなり対話を始めた感
 今鶴見に住んでいるという説明から初めて、今度結婚する、認めてくれ、と言っている。
 重子がどんなふうに息子に愛情を注いでいたのか描写されず、中也に丸投げ・笑。

・同じ場所に住んでいるのに、昼間、新聞社とあまゆで電話で話し合う暢子と和彦

・いろいろあっても矢作は、暢子がフォンターナを辞めたあと主力調理人として残るのではないか。
 そのために、空き巣をしても警察沙汰にしていないと思った。(第81回 20220801)

・第82回の重子のフォンターナ来訪、
 Twitterでは、
 暢子が今日だけ髪をくくっていると言われていたが、
 前日もくくっていたし、
 「1日も欠かさず料理だけはしてきました」とは
 あまゆも含めれば、事実だと思う。
 ( 職場であんな修羅場があったあと、
   鶴見に戻って、和彦が食べるものを作っているみたいだし )

 今までの物語の蓄積からくる信頼度みたいなものを思って、
 ちょっと暗い気持ちになった。

・「うちは何か間違ったことしてる?」(第83回)

・賢秀の中の人はあえて極端に大袈裟に、
 房子の中の人はあえて淡々と棒のように、
 演技しているように思えてきた。

・暢子と和彦が房子と三郎のいきさつを聞きたがるのは、
 結局のところ、三郎をフォンターナの危機にかけつけさせる、
 物語の都合に動かされているだけのこと

・第84回の段階では、和彦は何を三郎に頼んだのかわからない。

 ( 何か依頼済みだと思うのだけれど、
   それを暢子と共有していないように見えるし、
   翌朝すぐに三郎が動いたのなら、
   のんびりあまゆに顔を出す多江の動きも変、
   権田がフォンターナに現れないのは
   三郎の動きの故と思われるのだが。
    和彦はどうしてる?
   それにつけても
   二ツ橋さんが不憫だ。 )

・沖縄の文化から遠ざけられて育った三郎は、
 賢三から三線を習った。(第73回)
 三郎がつま弾く三線の音に導かれて、
 暢子は三郎と出会い、
 三郎は暢子が房子の甥の賢三の娘と認識し、紹介状を書き、
 暢子はフォンターナに就職できた、って
 若き日の三郎役の田中偉登さんのコメントで理解した。

 そこで第27回を再確認してみたら、
 三郎からの紹介状を見た房子はあわてて2階の窓から三郎を探す。
 (三郎も房子の部屋を知っているかのように2階を見上げていた)
 しかし、何故、房子は三郎がフォンターナまで足を運んできていると思った?
 さらに、このときの房子の心情にはあわない、元気な劇伴。

 いろんなことを考えて創られているようなのに、
 脚本・演出・俳優、どれか一方のせいでもないように思うけど、
 何が積み重なってこんなふうになってしまうのか、
 わからない。 

 さらに第73回を観て、経緯を把握。

 戦前から賢三が使っていた三線が比嘉家に残っているらしい。
 (賢三が出征中はどこにあった?)
 (戦前・終戦直後の賢三と賢吉叔父さんの関係が不明だが、
  賢三の三線は賢吉叔父さんが保管していたのかもしれない)
 (とすると、賢三優子夫婦が山原に落ち着くまでには、
  賢吉叔父さんの支援が多くあったのではないか)

 房子の両親は長女?(賢三の母)を山原の親戚に預けて鶴見へ。
 戦前に賢三は鶴見へ、県人会にもすぐ馴染み、三郎に三線を教える。
 賢三は民謡歌手になりたいと沖縄に戻る
 ( 房子が県人会から離れたのはこの後?)
 賢三は中国へ出征。
 1944年10月10日の大空襲

 賢三は本土へ復員。房子と再会。沖縄に戻ったのは1946年。


( 二ツ橋は、かつてから、三郎と房子の因縁を承知していて、
  鶴見に現れたような気がするけど、
  どうだったか。 )

・良子が東京に登場するのは、今週の解決に関係してないので、
 金曜日の最後か翌週の冒頭でよかったのでは(第84回)

・「あのとき食べたラフテーの」という題名だし、
 ラフテーを見て思いを馳せる三郎と房子のカットとかあってもいいのでけど、
 暢子と重子が食べるとこだけ(第85回)

・矢作「俺の借金は解決しない...」
   「しかも、暢子はオーナーの親類で、
    権田の恩人の娘?」

・大吉師匠「氷魚は別ものだから」(20220805あさイチ)

・第86回、中也を朗読する重子の場面の大仰なチェロの劇伴
 ( 同じ週の鎌倉殿の13人の比企能員の変が同じチェロ無伴奏の劇伴で、大変印象的・笑 )

・二ツ橋さんの包丁の研ぎ方が不自然との意見を目にしました。(第91回)

・第92回、ドタキャンした結婚式のご祝儀に紙一枚引換券を入れて現れ、
 ねずみ講ビジネスをとうとうと語るニーニー、
 ( 要は何しに現れたのか・笑
   演じている人こそ疑問に思うはず )
 物語の駒でしかないなら、それはそれでいいのだが、
 リアルな人間だというなら、これはどんな人なのか、
 令和ではただの危ない人。
 作り手がどう考えているか知りたいと思った。

・(第94回)ニーニーはまだあと1周か2周するよ。70年代以降の詐欺とかお騒がせをなぞっているので、次は、豊田商事かカルト教団か。

 




20220504記

第18回は、

・変な音楽の先生
・分かりやすすぎる怪しい儲け話
・わざわざやってくる南山原高校のみなさん
・結婚式に出席してよというマウント

たった15分間に、気になるシークエンスがこんなにつもると、
「デージ、ワジワジー」しました・笑

分かりやすい悪役(というか、嫌みを言いに来る人)と
衣服の継ぎ接ぎ話の連続が、
比嘉家の人々の描き方が「空虚」であることを
示しているように思います。

例えば、
民放でドラマを作る人たちが、
「視聴率15%以上のドラマが、こんなんでいいわけ?」
と思ったりするレベルの出来なのではないでしょうか。


ーー

第22回も同じことを思いましたが、

追加事項として、視聴者の気持ちとマッチしない劇伴をあげます。





・賢吉叔父さんに一番感情移入している

 弟に貸したお金を自分の畑を増やすことに使っていたら、とか、
 すごく頭のなかがぐるぐるしたりすると思う。





・一人の人間を演じるというよりは、暢子の物語のひとつの駒に撤するというか。
・普通じゃない演技じゃないと成立しない。























・第90回を観たあとの記録
 通常、ヒロインの結婚披露宴は物語のひとつのピークだと思う。






































・まもるちゃん

 役を作ったときに想定したアイデア・物語がまるごとカットされたのではと妄想した。
 第73回で、賢三が戦後、優子と再会した場に、チューリップハットのような帽子を被り本を読むまもるちゃんが居たようです。






( 最後が「ん」の題名の朝ドラは名作ぞろい )




あなブツ

ふたつの作品を比較して、片方を上げたり、下げたりするようなことを
しないように心がけているつもりなのですが、

あなブツで、

主人公は借金しない、
自分が間違ったことをしたことがあると自覚している、

( ちょっと間違ったことをして、
  自分のせいだと、
  借金を苦に自殺する人物が登場する )

描写をみて、本作との違いから、

本作に感じる違和感のうちの一部を掴めたような気がしたのでした。














フォンターナの江川氏は、Wikipediaによると「「アッラ・フォンターナ」の料理人。矢作が盗難騒ぎを起こした後、客として来訪した時には嫌悪感を隠さず、ポルケッタの切り落としの部分をわざと焦がした状態で矢作に出す。(20221010)



このような意見がでて2000を越えるいいねがついている。

賢吉おじさんや愛や矢口を主人公にしたスピンオフを観てみたい・笑


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作品の制作や演出や脚本や主役の俳優について、

視聴者やメディアが好き勝手なことを言う。

NHKの番組に出演して、

当作に関してコメントする、

仲間由紀恵や原田美枝子や片桐はいりを見ていると、

「こういうことって、あるのよ」

と心のうちで考えているような気がしてきた。



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2022年09月30日

【ドラマ】 あなたのブツが、ここに 2022年



一個一個が切実なんや





NHKの夜ドラ枠で放送されたドラマ

朝ドラとフォーマットが似ているようでいて、
作り手は朝ドラではできないものを
意識しているように思いました。


自分はこのドラマのエンディングのようなのが好きなんだな、
と思いました。

( 過去の事例は、女王の教室逃げ恥 )
  



制作統括・プロデューサー・演出(盆子原誠、梛川善郎、佐原裕貴)が
おちょやんを担当した方たちのようです。

本作の主人公は、

むせび泣く姿を他人には見せない。

収入が激減したときに、
すぐに家賃の安いところへの転居を考え、
( 口座の暗証番号を他人に教えたのは馬鹿だったが)
手元の金を失ったとき、
借金は考えず、
子供の定期預金には手を付けず、
いさぎよく、親元に戻ることを選択する。

また、部活のソフトボールのキャッチャーで、
ぼろ負け試合でも懸命に声を出し続ける短いシーンが、
「負け犬」人生を表現してました。

「バレただけちゃう、うちらがもともと何様でもないということが」


・苗字がヤマサキなら、娘にサキという名はつけない


・人の事情に頭をつっこむ主人公属性の他に自省する特徴がある
 また、
 誰もが心の中で何かつぶやいている

 配達先の出来事、主人公のモノローグ、娘のモノローグと移り変わっていく(第10回)

 過去の男の回想、主人公のモノローグ、母のモノローグと移り変わっていく(第15回)






■バカサバイバーのエンドクレジット

月曜日に入れるやり方のようです。



・女王の教室では、陰鬱な展開による気分をいったん晴らす目的か、天海祐希たちが踊る明るいエンディングになっていたことや、かつての「よるドラ」枠のニコニコ日記などで、エンディングの島谷ひとみ版の「元気を出して」に助けられていたことを思い出した。

( 朝ドラはオープニングに曲が入り、
  かつての「よるドラ」はエンディングに曲が入る )

ただ、本作では、毎回の終わりが、せつないような余韻が残るものが多く、
朝ドラではやらないような締めくくり方を選択しているように思われる。


■マスクから鼻が出る登場人物たち

撮影上の技術的なことなのかもしれませんが、
そのときの台詞や心情をどのように伝えるか、
どんなマスクをして、どこまで顔を見せるか、
細かく演出しているようにも思えます。

ただ、2年前くらいと違って、マスクから鼻を出している人の意味あいが
変わってきているような気がします。

それは無神経を示しているのか、
( cf. 「俺の家の話」一部の例外を除き、みんなちゃんとマスクしてる )

そんなこと構ってられへんことを指すのか

( 主役に関しては、
  鼻が見える表情で撮りたいという演出意図のように思います )



・いろんなマスクが登場する(四角い布のマスク)

普段はウレタンマスクでも、
お葬式のときは、白の不織布マスク。

ウレタンマスクの色にも個性が反映している。

東京オリンピックの頃は、亜子も不織布マスクに。



マスクにまつわることで人を非難する行為、いじめる行為、

悪人だからそんなことをしたんだというわけでもないふるまいが、

現実でも見た、他人事でない怖い描写だと思う。


( おじいさんの心のうちや
  男の子が頭の中で起こしたロジックと
  その材料となっている彼らが自らの周辺で見聞きしたこと )


そして、突然に他人を非難する恐ろしくもどこにでもいる人が

しているマスクの特徴が大変に印象的でした。

私は、何年も、四角い布のマスクをした人を街で見たことはない。
しかし、ドラマのとある場面で、
誰もが知っているそのマスクをした人が登場したとき、
それが特別な「雰囲気・意味」を纏っていると感じた。


( このエピソードに通じる、
  コロナの時代に、経験したこと、感じたことは、
  コロナが過去のものになったら、
  知らない人はもはや正確には理解できないものなのかもしれない。
  当事者だって、1、2年前のことすら、
  ドラマが掘り起こしてこなかったら、
  忘れていってしまうものなのだ。
  この嫌な想いや経験を
  いつかあからさまに詳らかに言葉にしておく必要があるのだろうか。
  それは自分の中の嫌なものも見つめることであって、
  今の私にとって、まだ、やりたくないことだ。
  だからこそ、このドラマを観ているのかもしれない。 )






・「xxさんのマスクしてない顔、初めて見たわ」って言われたことある。

・街で知らない人から、すれ違いざまに、吃驚するようなこと言われたことは、コロナになってから、いくつかあった。





■さりげなくもしみじみと感じ取ることができる

第13回、電話の声だけで伝わるところ、

閉まったままの店の前に佇む3人の男の俯瞰のごく短いカットが挟まる

俯瞰だから厳密にはそれが誰かも確かではないが、

その画から伝わり感じるもの。


第14回、間違いの「数」ではないと思うが、

その運命を分けているものは何なのか。



毎田暖乃


全然違う演技を作品ごとに見せる小学生・驚

・過去の時代の物語として作られたキャラクターを二役(おちょやん)

・誰もやったことのない設定の小学生(妻、小学生になる。)

・現代の普通の平凡な小学生(あなたのブツが、ここに)


現代を描いた本作の特徴の少ない平凡が特徴の役柄こそ、非常に難しいのでないかと思うが、
そういうことを感じ取らせない演技。


■毎日やんねん

コロナを生きていく人たちが描かれたドラマでした。

( 菅原榊原(平埜生成)もサバイブしていくだろうし、
  きっと、キャバクラの男衆もなんとかできているのだろう。
  ひとり、そうでない運命をたどった登場人物がいたのは残念でした。 )





ASHITA - 森優太, Katie Dwyer, 榎木にれ & Sarah Yamada
[iTunes]ASHITA - 森優太, Katie Dwyer, 榎木にれ & Sarah Yamada








■諸々



・マルカ運輸

最終回で、お好み焼いてた休憩場所、あそこ、ええなあ。

( クリエイティブセンター大阪 )












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