2021年09月13日

【ドラマ】 青天を衝け 2021年 ( 書きかけ )



子どもの頃、大河ドラマに親しみ始めた頃から、
学校で勉強として日本史を習ったときを経て、
今に至るまで、
幕末の歴史について、
腹に落ちた思いをしたことがないのですが、
この大河ドラマは、
いろんなことを改めて考えさせてくれるところがあります。

・尊王攘夷という呪い
・侍以外から兵を集める
・幕府用人や志士たちの忠義
・幕府官僚組織の老朽化
・志士の熱狂と幕府内、各藩内での権力闘争
・平九郎の死に様と同時に、
 ぱたぱたと死んでいく、
 幕府軍、薩長軍の無名兵士にも
 ひとりひとり同じような物語があることを思う。

また、
幕末とは、動きの激しい、
たくさんの人々の運命を翻弄しながら、
進んでいく時代だと
どの幕末大河でも感じることですが、

渋沢栄一とその周りの人たちの
生活や働きぶりを思うと、

たとえば、
現在のコロナ禍に翻弄され、
ハードワークする人たち、
仕事に急ブレーキがかかる人たち、
環境が変わりながらも粛々と前からの仕事をする人たち

そんなに違いはないのかもとも思い始めてきました。

幕末のお役人と
今の国や東京都や大阪府の公務員と
一所懸命な人も自分なりな人も
働くということは変わらないのかも。


つまり、歴史の転換点に立っていても、
リアルタイムではそんなことを
感じるとることがない点、
幕末も今も同じなのではないか。

今を生きる自分のことを考えました。





また、
(物語には登場していませんが、)薩摩琉球国勲章とか、
錦の御旗
あらかじめ準備して製作する、
知識や知恵を持ち実行できる人材と経済力を保有し、
そして、
それらを行使する強い動機をもつものが
最終的に勝利したと
なんとなく感じています。

現代の状況に照らすと、
日本はITが弱いなどと言われることがあることも、
あながち、的外れともいえないとも感じ、

−幕府があわててデジタル庁みたいなものを作っても、
 そこに大変有能な人材がいくらか集まっても
 もはや手遅れ、とか。

また、
じゃあ、何が足りないのか、どうやって補い育てればよいのか、
背景となる様々な要素にも思いを馳せます。











この一見、センスのなさは、先々心配・笑。


■第14回 栄一と運命の主君

物語として大変爽快でした。

ただ、
為政者や経営者が近視眼的に
「快なり」とやるのは正しくはないのかも。

また、
幕末は、
大名や君主でなく、
大久保、西郷、平岡たちの
権謀術数と裏の荒事(テロや暗殺)での争い
であるように思えました。


■第18回 一橋の懐

篤太夫が、
自分のやり方がかつての岡部藩の代官と同じことになっていることに、
自分で気が付くところ、
爽快感がありました。

また、
伝蔵(須永虎之助)という役柄も脚本として重要なのだなと感心しました。
( しかし、もう少し和久井映見に寄せて喋ったらよかったに・笑 )


■第24回 パリの御一新

篤太夫が、千代からの手紙を読むところ、
大森美香さんらしいと思う、感じ入るシーンでした。

長い道程を経て、
物理的にも思想的にもあまりにも遠くへ来てしまっている。
その顛末に悔いは一切ない。
しかし、
遠い異国で待ちわびた愛する妻からの文で、
「あまりにあさましく、見るのもつらきこと」
とまで言われてしまうことで、
自分が今、立っているところの
とてつもない孤独を深く感じさせられる。


( 一方、後に、
  千代が、実の弟、平九郎に幕臣としての忠義を語ったことを
  深く悔やむことになる、
  時代の激しさの恐ろしさ )


■第25回 篤太夫、帰国する

渋沢栄一の生涯を描く幕末のドラマに、
徳川家康を登場させ、
あのような背景であのように語らせることを思いつくことに感嘆します。

平九郎を手当した老農民に字幕では役名がありました。
ここも史実なのでしょうか。
( 山口常左衛門 、 山口たへ )

前回から、
パリでも、江戸でも、函館でも、
誰もが運命の荒波に揉まれている時節なのですが、
そんな中でも、
「まことの戦はこれからざんすよ」
と手ぐすね引いている人も確かにいた。

栄一も、具体的な台詞は一切ないけれども、
ずっと何かを考えているようにも見えます。

当たり前のことですが、
同じ作家(大森美香)が同じ幕末を舞台にして、
朝ドラ(あさが来た)と大河ドラマでは、
こんなにも描きざまが違うとは。
(土方歳三のカッコ良さは同じ・笑)

それでも、
根っこには同じものがあるということでしょうか。



■第26回 篤太夫、再会する


銃や剣を手に戦をするんじゃねえ
畑を耕し、藍を売り、歌を詠み
皆で働いて励むことこそが
俺の戦い方だったんだぃ

この恥を胸に刻んで
いま一度、前に進みたい
生きている限り


posted by inatt at 03:02| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月02日

【ドラマ】 おかえりモネ 2021年 (書きかけ)



「何もできなかったと思っているのは、あなただけではありません」

「この情報を信用するかしないか、最後は貴方が判断してください」

「お前だぢの未来は明るいんだって、決して悪ぐなる一方じゃないって、俺は信じで言い続げてやりたい」

「生きてきて、何もなかった人なんて、いないでしょ。何かしらの痛みはあるでしょ」






■ありきたりにも見える台詞の積み重ね

決め台詞でなく、
ありきたりでも大事なことを語る台詞がさりげなく積み重ねられる

災害と向かい合う人たちのいろいろな想い、
 被災者とそうでない人
 被災地に残ること、離れること
 災害で傷ついた人たちとの距離


綿密に設計されたヒロインと相手役との距離の変化

( 「どうしたの」一言で心の距離感の動きが伝わった・第80回 )


凄く考えぬかれたシナリオだなと思います。

2周目に観たら、
ここにも、あそこにも、あの主張に触れられていた、
あの人とあの人との会話が、
のちに
この人とこの人の対話でも繰り返されていた、
とか、
変奏曲のように何度も奏でられていることに
たくさん気づくように思います。

5年後、10年後でないとわかりませんが、

観るたびに、異なる登場人物の発言に心が留まるような
深いドラマになっているような気もします。

( おかえりモネ・台詞データベースを作って、
  あとで、「傷」とか「痛」とか「信用」とか「水」で抽出して、味わう試み・笑 )


( 朝ドラでは、主人公と主要登場人物たちが
  複数の土地をいったりきたりしなければならないのが、
  作劇上大変で、
  つっこみどころもよく発生しますが、
  本作では、
  東京と気仙沼での別々の対話を同時に描くなど、
  非常に巧緻にできていると思います。 )  


( 情報、予測の正しい取り扱いが幸せを導くと語っているが、
  誤解釈やフェイクもこのあと出てくるだろうか。20210820 )

( あるいは、民放ドラマだとありそうな、
  全国ネット気象キャスターとお医者さんの恋愛に
  マスコミがからむ、とか、
  取扱わないと決めたものは
  無視を決め込んでいる脚本だと思いました。20210914)






「おかえりモネ」とは、

水が山と海を循環するように、やがて故郷に帰るお話?

( 今さらの気づき?笑 )

それとも、他の意味合いも後に出てくる?


ーーー


150回として設計した物語を120回に縮めようとして、
いろいろご苦労されているのかな、

と勝手に思うときがあります。


菅モネの描写にはあまり不足を感じないものの・笑、

震災や気仙沼の人たちや仕事ものとしての描写は、
描こうとおもっていたところを少しずつ削っているところが
あるのかもしれません。


30回の短縮は6週分ですから、
登米と気仙沼と東京それぞれに
2週分のストーリーを加えることのできるほどの分量です。

また、
気仙沼の島での民宿の再開という題材も、
コロナというものが起こる前に
思いついたとしても、
コロナを念頭にすると
意味合いが大きく変わってしまう。


作り手のみなさんが
見直しを迫られたことは
大小たくさんあったのではないでしょうか。





■永浦百音の人物造形と清原果耶の演技


主人公ではなく、周りの人物が重要な台詞を語り、
ヒロインの受けの芝居がとても多い本作。

清原果耶の瞳の動きのみで見せたりするような演技が

無表情と評価されていることがある。

・動揺して瞳が揺れる

・瞳の動きだけで、菅波先生に視線を一度は送り、そして、はずす

・下唇だけが微かに震える


しかし、永浦百音という役柄はとても変わっている、

ヘンだ、といってもいい。

内面が想像しづらいから、共感しにくい人物造形、

幼いのか老生しているのか、
純粋無垢か潜在的にあざとい猫かぶりなのか



清原果耶は、

そのどれとも言えないという、

微妙な綱渡りな演技を続けているようにも見え、


加えて、

地元に貢献したいという気持ちを持ち続けながら、

何もできないからいったん土地を離れたいとか、

東京でもっといろんな仕事を続けたいとか、

相反する思いを同時に抱えていることも表現し、


「そんな人はいるわけない、見たことない」

と感じてしまいそうな人物像を成立させている。


それでなくとも、根が内省的で理性が強いという、

どこにもいそうにないキャラクターに共感は得られにくいのか、

苛々する人も多くいるようだ。


しかし、

大災害が頻発する地域で生まれ、生きながら、
自分自身は大災害を直接経験していない、
という、
私も含まれる、
大多数の人々のひとりとして
創り出された登場人物かもしれないと
思い始めてきた。(20210902)


百音のが元への執着する要因が311に島にいなかったことしか描写されていない
という憾みがあるという意見も目にしました。

津波と火災に破壊された気仙沼の街を見た、
というだけで十分な経験ではないかとも思ったりもします。


百音は今のところ、視聴者を納得・共感させるというよりも、
問題提起を想起させる存在として描かれているようにも思います。(20210918)





■仕事についての多面的な描写

・朝岡はチーム鮫島の仕事は「個人的なリベンジ」だと。

・全国放送に出続けている信用


■登場人物の名づけ

登場人物の姓名には作者の思いが含められているものがあるのかも。



あとは、
朝岡覚(あさおか さとる)
とか
鮫島祐希(さめじま ゆうき)
とか。

後藤三生(みつお)

三生(さんしょう) 仏語。前生・今生・後生の三つ。三世 (さんぜ) 。
https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E4%B8%89%E7%94%9F/


神野マリアンナ莉子(じんの まりあんな りこ)
というのも、
登場人物のキャラクターの説明として、
面白い名づけだと思った。

ところが、
神野さんが「利己」から覚醒すると、
「神野マリアンナ」の印象がまた変わることに感嘆した。(第85回)





【総論】


2021年上期の朝ドラ (20210517〜)



ピカチュウも対応可能・笑

クランクアップは2021年9月3日だそうですので、
オリンピックが始まる前に、脚本は仕上がっていたかもしれません。


ふたつの場所を描く朝ドラは多いですが、
本作では、主な舞台が、気仙沼、登米、東京の3か所。

東京から登米へ1週間おきにやってくるという医者は、
両方に登場させることが容易で、
ひとつの発明だと思いました・笑。


■「やじろべえみたいな正しさ」

私たちが仕事をするのは、
自分の大切な人のためか、
それとも
顔の見えない不特定多数の人たちのためか、
私たちは日々その葛藤を抱えながら闘っているんです。
(第50回)

人の役に立ちたいとかって、結局、自分のためなんじゃん
(第57回)

災害は繰り返される、いつかきっと命が危うくなる
そんなことばかり伝えていれば人は疲れ果てて動けなくなってしまう
大事にしてきたことは大事なんです
それを失うような忠告では誰も行動しない
(第70回)

何で地元で頑張っているのが偉いみたいになるの?
(第77回)





【各回の感想】


■第1回

物語は、2014年(平成26年)5月から始まる

電話はみんなスマホ(銀行員の父だけ折りたたみガラ携)


ナレーターが
「カキに生まれかわっております」というから、
TLがざわついていますが、

牡蠣の養殖の震災前後の様子や、
竹下景子さん演じる祖母がどのように亡くなられたのか、
お話の進展を待つしかありません・笑

( 今わの際に夫に言った言葉か、
  惚けて口にした言葉なのかもと思いました。第19回 20210610 )

( 特に説明なく、更に、木の芽に転生してしまった・笑。第70回
  最後、もう一回、カキに戻るのでは? 20210820 )


■第5回

北上川の移流霧(いりゅうぎり)、気仙沼のけあらし。

「でも、あの日、私…何もできなかった」


「私はここにいます」のメールの意味がよくわかってなかった・笑



■第7回



■第10回

「あなたのおかげで助かりました、っていうあの言葉は麻薬です」


・圭輔君(阿久津慶人)は「いだてん」では播磨屋の小僧さん、
 黒坂辛作の息子、勝蔵でした。


・本作は、
「(ヒロイン)は、〜と思ったのです」と説明しないほうの朝ドラ。

伏線となるような台詞もかなり細かく配置されているが、
わかりやすくはない。

( 穿ち過ぎになりますが、
  主役の表情を追うカットが多く、長くて、
  わかりやすく説明するための台詞やカットが犠牲になっているかも・笑 )

また、
第2週を終えても、
未だ説明されていない事情が残っているようであるのは、

( 週のお題は「いのちを守る仕事です」で、
  気象予報士が命を守る仕事であるとモネが知ったことは描かれたが、
  百音が、いのちを守る仕事に惹かれることにつながる過去の経緯は
  まだ明らかにされていない )
  
朝ドラとしては、
進行がゆっくりなほうで、
じっくりとお話を大きな流れを楽しみたいと思います。


■第11回

社会人になって初めての帰省の道程、
1分間でも説明できるけど、
まるまる1回分使ってきめ細やかに描く。


■第20回



笛を吹くことしかできないことをひとり悲しんでいる主人公。



■第25回






ここまでのお話で、感じるのは、
気仙沼と登米で、脚本家もスタッフも別々に作っているのかと思うほど、
雰囲気が違うところです。

・気仙沼の人々には、過去の出来事や震災の体験が背後に感じられるが、
 登米の人々にはそのような描写がない。
 登米では、仮面ライダーグッズを夢中に買う人が登場したが、
 気仙沼ではそういうおちゃらけは場違いな感じ。

・気仙沼では、稼業を立て直すために借金まみれになっていたが、
 登米では、補助金も活用して、入札を勝ち取っていた。

・登米の職場やサヤカの家は、
 (実際そうなのかもしれないけど)
 お洒落すぎて、豊かで悩み少ない感じがしてしまう
 サヤカが温室で植物を育てているのも
 物語の要素としてはピンとこない。


物語の終盤では、これらのお話が融合していくのだとすると、

今は、壮大な三題噺、四題噺を拡げているところなのかもしれません。(20210619)


災害に、
東京・登米・気仙沼で、連携しながら対応するとかあったら胸熱・笑。(20210904)


気仙沼では、非常に重たい話題を取り扱うので、
登米のお話を明るくして、作り手がバランスを意識している、と思うようになりました。(20210917)



■第29回

菅波から
「僕が挫折したことないって言いましたよね」と言われ、

動揺していることを
瞳が左右に揺れることで表現し、

カメラが映している側の眼から涙を一筋こぼす
朝ドラヒロイン。

菅波、モネ双方を
手持ちカメラで撮っており、
ふたりの心の揺れも表現しているようなシーンでした。

後に、菅波先生の専門が呼吸器外科と承知して、
手術しても意味がないと診断されている肺がん患者の治療拒否に対する
菅波先生の気持ちがより理解できました。


■第33回

「何もできなかったと思っているのは、あなただけではありません」


ヒロインの表情の演技が多く見どころになっており、
それは受け芝居なので、

相手となる脇の人物たちの演技が重要で、

西島秀俊(朝岡)、内野聖陽(耕治)の「きのう何食べた?」コンビは
流石だと思います。


■第7週「サヤカさんの木」

土曜日のまとめで、1週間の流れがわかりやすかったです。

サヤカさんは次の世代の木を残そうと思った
百音は資格に頼らずとも自信をもってできることが見つかった
百音は資格をとってからのビジョンが明確ではない
危険を予測し回避する時間が得られる
次はきっと何かできるようになりたいと強く思うでしょ
今なら一番近くでサヤカさんを支えることもできるかもしれない
でも出会ってしまって、ものすごく心引かれるものに
だったら覚悟を決めるべきです
いいじゃないの、また一人でも
( まだ一人でも か また一人でも か )

こうしてみると、
骨折や運転免許などは、
もっと簡単に済ましても問題ない枝葉で、
シンプルな会話劇が合っているのかもしれません。



■第39回

「5年て、長いですか」
「話す相手がいないんだ」
「俺は立ぢ直らねえよ、絶対に立ぢ直らねえ」


第4週などで、父母や祖父は過去の出来事を抱えながらも、
現実を処理していっている大人であり、
百音やみーちゃんはまだ子供であることが描写されました。

今回も、主人公や未知は、
お前たちの出る幕ではない立場で、
別のテーブルから大人たちのやりとりを見ている。

朝ドラ主人公はテーブルの一番いいとこに座っていることが多いので、
この扱いは新鮮に感じています。

(第4週はまとめると笛を吹いただけだった主人公、
今週もまとめると縄跳びだけになる恐れ?笑)


■第40回



■第47回



■第54回

民放ドラマなら、神野マリアンナ莉子(今田美桜)がヒロインなのかもしれませんね。
NHK朝ドラとの違いが興味深い。

また、
今田美桜や恒松祐里(明日美)の演技はとても好いですが、
既視感もあるのに比べて、
清原果耶の演技は他にない独特なものだと感じます。

それよりも、

社会人3年目、気象予報士1年目の若者が、
「誰かが事故に遭ってからじゃ遅い」と
天気予報の中継コーナーのネタを
毎日一所懸命作っている。
尊いと思いませんか。
また、一途さが痛々しくもあって、
朝岡も高村デスクも様子をみている。



(「すれちがい みゆき通り」青空こころ)
ロマンティックに表現すると、本当に必要なタイミングになるまで、
すれ違っていた、百音と菅波先生。


■第55回

「ついでに聞きますよ」
「私、先生にずっと会いたかっ(ピッピー)」(第85回へ)



仮名・宇田川さんとは。謎を1週間を超えて引っ張るのが本作の特徴です。

( NHK放送センターの住所は渋谷区神南、
  宇田川町はその隣、
  NHK関連のオフィスなどが多い。 )

( 書にピンクを多用する宇田川さん。20210813追記 )



宇田川ヒロ=歌川広重 説は、自分では思いもつかないことでした。(20210917)



■第56回



■第59回

「「風の神」朝岡に神風吹かず」

「実に個人的な理由から生まれたものです」



■第64回



■第76回



宇田川さんのお話も、後にちゃんとあると期待しているので、
現実味があまりにもなくなると気になる。


■第77回



新宿南口とか東京駅八重洲口とか、

私が感じるのは、

ひとりで「東京の自分」「地元の自分」に思いを致す場所ということ。


「りょーちんは頑張ってきたよ、ずっと」

(「りょーちん、ずっと頑張ってきたじゃん」とは
  元は、
  未知が百音に言った言葉だったが、
  百音が亮に直接言うことになった。
  未知は次の回で別のことを言う。)

「周りの期待に応えるってさ、案外楽なんだよ、最初はね。
 でも、だんだん、苦しくなる」

百音と菅波先生との電話、
菅波先生の「あなた」呼びがなくなっている、
そんな微妙な距離感の変化に「ぞわぞわ」する。


■第78回






( これから、未知のターンだけでなく、
  雅代おばあちゃんや、亜哉子お母さんのターンもあるのでは )



■第77回


菅波「いや、とにかく、まだ」(1回、蕎麦屋でお昼食べただけ)


「生きてきて、何もなかった人なんて、いないでしょ。何かしらの痛みはあるでしょ」

 自分の痛みがある人が、他人の痛みに対して何ができるのか。 


■第79回



このツイートのリプライにありましたが、照明の違いも素晴らしい仕事なのかもしれません。


■第80回

「正しいけど、冷たいよ」
じゃあどうすればいいのか。

コインランドリーのシーンの前半、
菅波からの発言(菅波が百音に会いにきた本来の目的)は、
百音にしっかり伝わったとは思えず、
百音の表情は少しぼんやりしたものでした。

しかし、
大学病院を辞めると聞いて、
思わず菅波先生に手を伸ばし、
悲しげな表情から、
微かに首を振り「違う」と呟く。

( 強い「理性」が百音の特徴なんですね )

そこから先は、

「どうしたの」
「あなたの痛みは僕には分かりません」
「でも、分かりたいと思っています」

それらは、
菅波が自ら起こした発言と行動であり、

百音との交流により「自分が少し変わった」から
百音にもたらされたもの。

「正しいけど、冷たいよ」
じゃあどうすればいいのか。

今までの物語にその糸口があることを示す美しいシーンでした。

( 「分かりたいと思っています」とは、
  アンチやヘイトとは逆の位置の
  大事な心持ちなのかもしれません )


(りょーちんとみーちゃんはどうなる)





第16週の特に亮と未知の顛末の描き方は、被災者の気持ちに寄り添えていないのではないかという指摘。


■第81回

冒頭のコインランドリーは、2016年11月28日月曜日で、
登米にいたのは、2016年12月24日土曜日。
25日の日曜日は気仙沼にいたことになるのだが、
気仙沼の状況には一切触れずに、
2017年3月まで時間が飛ぶ。

・「説得力」

・「(足りないもの)そんなものがあるんだったら、みつけましょう」と良いアドバイスはするが、若さやキャラを数値(視聴率、いいね)で評価される恐ろしさや悔しさは中継キャスターである自分にも近しい問題なのだが、神野さんに共感はしていない感じが、モネの特性なのかも。


■第82回

野坂さんのプレゼンについて、
安西社長の評価力、コメント力からみて、
( ・前よりデータがリアルになっている
  ・良いことだとしても、気象のビジネスと植樹との関連のなさ )
過去3回のプレゼンから、
何がポイントになるか(「うちでやる理由」)予想できると思うので、
野坂さんが立ち往生するのが、
ちょっと不満でした。

「説得力(実感を持って説明する)」を強化するために、
あらかじめ、百音に話を振ることを頼んでおいた、なら
野坂さんにも見せ場になったように思いました。

発揮されたのは「説得力」だけでなく「クソ度胸」・笑

「世界の全ての根源は水である」といったタレスのことを
百音に教えたのは、菅波先生ですが。(第56回)

百音が正社員になったのか否か、また思い出しちゃった・笑。

(安西社長の評価は、
 気象との関係はわかったが実行する具体論に欠ける、でした。
 自治体のお金を防災で節約する、というのは、
 コストをかけることの「説得力」をあげるためのヒントを与えている。)

内田さんのプレゼン
 資料じゃなく実物
  社長の好きな傘イルカを取り込んでおく・笑
 採算はとれるの、という質問に答えを用意してある→「仕事が早い」という評価

「若いのに、妙な説得力」「なんか話聞いちゃう」


■第83回

宇田川ヒロ君の絵。




■第85回

「ずるいです」
「分かんないんですか」
「会いたかったんです」

勝鬨橋のシーン、
普段の強い理性を超えて、
百音の心に、
今までにない、知らず湧いてきた強い感情が溢れるように表現されて、
つい、
鍵をなげつけたり、
駆け寄ったりするところが、
もっとあったらよかったのに、と感じました。

( 菅波先生のキャッチ能力の変遷
   スイカ受け取れず(第11話) )

おかえりモネ・第85話・勝鬨橋・スクリーンショット 2021-09-13 142734.jpg

(第85話が放送された20210910の勝鬨橋)



■第87回


民宿再開についての耕治の意見が、

「正しいけど、冷たい」

ものになっているというつぶやきをみて、なるほどと思いました。


菜津さんのスケッチだけでなく、

宇田川さんの絵も後々出てきてほしいですね。


台風12号のお話は、2019年9月11日(水)から。

( 令和元年東日本台風(台風19号)が上陸したのは2019年10月12日(土) )


■第88回


( 「光太朗さん」呼びするお母さん、
  リアルなサメの写真をLINEのアイコンにする三十男、
  ちょっとやばい感じがしますし、
  登米の診療所に専念すると聞いて、
  お母さまは、
  医師のキャリアも私生活も大変心配されていると思うのですが、
  この物語では、
  そのあたりまるごとスルーされると思います・笑 )


■第90回


ハイヒールの足元のスローモーションカットに、
目が熱くなるのは、
だいぶ前の何気ないシーンがあるから。
朝ドラの醍醐味。


「助けることに成果を求めてはいけませんよ」と言われて、

即座に「そうですね」と答える主人公の心のうちがすぐに想像できる、

これまでの物語の積み重ね。





百音の雇用形態問題 20210815



これまでのところ、金曜日に残った疑問は
翌週早々に解決することが多かったように思います。
( 例 上京時の住処や就職活動状況 )
だから、
月曜日早々バイトから正社員へ待遇が変わる(変わった)ことが
説明されるのではないでしょうか。

コサメちゃんと傘イルカくんを毎日全国ネットに乗せることに貢献した百音は、
社員昇格どころか、すでに年間社長賞表彰ものだと思いますけれども・笑。

おそらく収益的にもスポーツ気象より貢献している・笑

結果:
月曜日に中継キャスターになれば社員になるかもしれないと説明があり、
金曜日に中継キャスターになると宣言したが社員になるかどうかは説明がなかった。

 ( 画面の外で傘イルカくんを操作していた人が、
   新中継キャスターとして画面に登場、
   こんな可愛い女の子でした、
   というネットニュースを想像した・笑 )
   
社員になったかどうかは次の週に説明されるのだろう。

( 第65回終了後に発生した当問題、第80回終了後になっても確定せず・笑
  第86回に至っても明言されていないが
  新事業プレゼンをしているので、当然のように社員になっているのだろう。 )


本作に特徴的な話の進め方だと思う。

作家は、
一部の視聴者が気にしている、バイトか正社員か、のような
いくつかの論点は
それは重要なことじゃないと、
わざと後順位に置きながら、
話を進めているのかも。

一部の方たちがとても不満に思っている、
説明の順番やお話の整合性よりも、
「伝えたいこと」を語ることを優先している?

「伝えたいこと」は「ヒロインの成長譚」ではないのかもしれませんね。






( 取るに足らない、どうでもいい、気になるところを書き留めておくコーナー )

・第1回の冒頭で、百音が自転車でサヤカの家から森林組合まで通勤していて、
 それなりに距離があるんだなと認識してしまったので、
 その後の物語で、サヤカの家と森林組合との間で場面が飛ぶたんびに、
 〇〇は、何を使って移動したのか、といちいち気になってしまった。
 ( 実際の地理はともかく、サヤカの家と森林組合は近距離の設定にすればいいだけのような )
 ( 百音が高校生のうちに自動車免許取得済みにしておけばいいだけのような )


・菅波先生(東成大学卒)の年齢

 百音との年の差問題がよく言及されます。
 個人的には10以上離れていてもそんなに気にならないのですが、
 物語の開始(2014年)時点で外科専門医まで進んでいたのかどうかについては、
 設定の正確性につっこみがはいっているようです。



・第75回
 母からの電話は深夜2時3分。(第74回)
 島の家からかけている。
 亮は船頭に連絡のうえ、船に戻らなかった。
 (土曜日午後には銚子にもどらなければならなかった)
 土曜日お昼に警察から永浦家に新次が暴れていると連絡が入る
 それから耕治と亜哉子が島から気仙沼の仮設住宅に移動するには、
 相応の時間がかかると思うが、
 ふたりが到着しても、新次は暴れており、
 警察官(二人)は彼を抑えることができない。
 その後、夜まで耕治と亜哉子は気仙沼の警察に。
 (ただ、暴れるだけでは警察に留め置かれないような気もするが)
 (亮が警察から連絡を受けたのは土曜日の何時ごろか?)
 そこで亮が船に戻っていない(正確には戻らないと船頭に連絡した?)ことを知る。

 百音からの電話に出た亮は、海の近くらしきところにいる?
 ( 銚子? 東京? 深夜2時、そこから新宿の喫茶店にどのように移動した? )

・第76回

 未知が百音に服をなげつけたのは深夜2時半頃?
 百音が明日美に事情を説明する。
 明日美は、三生と悠人に連絡。

 朝になってから、亜哉子から百音へ電話
  亮は朝になってあちこち連絡した
   「これから新宿行って高速バスでこっちへ戻るって」

 亮が明日美に「親方こええからソッコー帰る」と返信したのは7時30分。

 ( 深夜2時から朝7時半まで、5時間超、
   ひとり頭の中がぐるぐるし続けたみーちゃん・哀 )

 ( 明日美は、百音が新宿に向かったあと、
   百音が亮を連れ帰ることや
   未知の精神状態を念頭に、
   あらためて、
   三生と悠人ときめ細かく連携したのではないか?
   東京に来れないか、と頼んだ?(「何?ホントに来たの?」(第77回))
   三生と悠人は、亮が行方知らずのままでは
   仙台に留まるか東京へ移動するかという判断ができない。 )

 耕治と亜哉子の服が前日とは異なるので、
 二人は早朝、島から気仙沼の警察へ新次を迎えに行った? 

 喫茶アバンドーネ
  ( abbandone 意味は「自由に」「拘束されずに」 ?  )
  「昔ながらの味、ナポリタン700円」が看板メニュー   

・第77回、菅波先生は、10時約束のところ、
 何時に汐見湯(最寄り駅築地と想定・笑)に現れたのか。

 百音は8時20分までにはバスタ新宿・笑に着くつもりなので、
(この日は2016年11月27日、日曜日。バスタ新宿の開業は2016年4月4日)
 7時半過ぎには出発したと思います。
 百音と亮が新宿の喫茶店にいたのは、
 ( 百音が電話か何かで亮がバスに乗るのを止めさせ、
   喫茶店で待ち合わせることにした? )
 8時20分のバス出発後、次の10時台のバスの出発前であると考えられます。

 百音と亮が新宿の喫茶店から築地へ移動し、

 ( 百音は、
   新宿から築地へ地下鉄に乗っているあたりで、
   気持ちが落ち着き、
   菅波先生との約束を思い出すのではないか・笑)

 百音と亮、そして三生(みつお)と悠人が相次いで汐見湯に到着したのは、

 ( 30秒差くらいなので、彼らは汐見湯の前でお互いが見えていたのではないのか?・笑)

 10時から10時半くらいではないでしょうか。

 三生と悠人は、
 7時半過ぎに明日美と話してから、
 高速バスで10時半に築地に到着するのは難しいと思います・笑
 彼らは、明日美と情報連携しながら、
 口ではお金を使わず高速バスと言いながら、
 亮のために、強い気持ちで、新幹線で急いだのでしょう。
 それなら、仙台駅を8時に出発し10時半に築地に着くことは可能。
 キオスクでずんだ餅も買える?・笑。

 ということで、
 菅波先生の到着は、8時〜10時の間、
 9時というところでしょうか。
 リュックを背負ったまま・笑、明日美の事情説明を受けた。

 ( それから未知は帰り支度 )

 菅波先生は、家に戻り、
 10時5分には、資料を持って、ウェザーエキスパーツへ。
 ( 百音との電話のとき、ウェザーエキスパーツ社の時計が10時5分)
 ( データのメール送信では駄目なのか?・笑)

・第80回 サヤカさんのFAX送付

龍己さん宛のFAXの差出人名から、
「サヤカ」の漢字は「清花」みたいです。

ちょっと変なFAX送付状、
実際に使ったことがない人が作ったのかな・笑

でも、物語は、2016年11月で、ついこの間だから。


・第80回 残っていたずんだ餅

第77回の最後で、
悠人が持ってきた定禅寺亭ずんだ餅(ずんだ餅饅頭?)は10個入り。
月曜日には3個残っていて、
そのひとつを菅波先生に渡した。
日曜日に「若きものたち」6人と菜津さんで1個ずつ食べたとすると、
残りを菜津さんのおじいさんおばあさんと宇田川さんに配ると
計10個なんだけどな・笑
百音は残り3個をコインランドリーで全部食べるつもりだったのか・笑

( 座った対話から、百音が立ち上がるきっかけの小道具です・笑)


・第83回 スーちゃんの仕事

百音、内田氏は、平日朝の番組担当なので、
内田さんが服を買いにでかけたのは、
土曜日か日曜日の朝と思われますが、
明日美は仕事ではないのでしょうか。

アパレルショップ勤めという設定は破綻していると思うのですが。


ーーー

実際に書きつけてみると、
こういうことは、
作品を味わうことの役には立たない・笑。

証拠はないけど、画面に出てないけど、
すーちゃんの見えないところでの働きと、
三生と悠人は亮のために
必死で急いで新幹線に乗って東京へ向かったと想像できるようになった、
ぐらいかな・笑





■#モネ文学倶楽部

このようなタグが第6週あたりに生まれたのは、

・物語の核となるテーマが未だ不明
・主役のモネの性格に特筆すべき特徴がみえない
・百音、菅波のクラシックな関係

など、余白が多いところが、文学調の創作を促しているのかも。
(この作品を揶揄したい人たちにこういう気取った人が多いという特徴、という点も・失礼)





第29回の、百音を泣かせて反省する菅波先生です・笑

菅波先生の造形は庄司薫を思い出させるくらいクラシカルなわけですが、

庄司薫くんは、18〜19才なので、
アラサーの菅波先生に対して、ちょっと気持ち悪いという意見がでてきてしまうのも
多少、いたしかたないところです・笑

「小学校までの幼馴染のガールフレンド由美は「舌かんで死んじゃいたい」が口癖である」(wikiより)



モネ文学倶楽部 Togetter まとめ
 https://togetter.com/li/1736952





【気象の話】

森田正光さんは、第1週の時点で、
百音の誕生日を平成7年、1995年9月17日と特定し、
「災害は繰り返す」というメッセージを感じたことから、
1995年台風12号と同じ台風特異日に襲来し、
進路が似ている、
カスリーン台風をとりあげ、
新田サヤカの誕生は、カスリーン台風の襲来時で、
昭和22年、1947年9月17日ではないかと述べています。
新田サヤカの誕生日が明らかにされたのは、
第33回、流石。

 https://news.yahoo.co.jp/byline/moritamasamitsu/20210521-00238873/






【林業の話】

林野庁 「おかえりモネ」解説ページ

https://www.rinya.maff.go.jp/j/kouhou/kouhousitu/okaeri_mone.html

(第35回) 国づくりは樹木で山を埋めること


江戸時代には全ての建築物が木造でしたので、木造家屋が密集する江戸等の大都市では大火が頻発し、これに伴い建築用の木材需要も増大しました。木材を運び出すため、森林伐採が全国的規模で拡大し、その結果山地災害が多発することになりました。
この頃から、森林を有効に利用しつつも同時に保全することが必要であるとの認識が広まり、17世紀後半頃には森林資源の維持を目的に特定の地域の森林の伐採を禁じる留山(とめやま)制度や「木曽の五木(ごぼく)」のように特定の樹種の伐採を禁止又は制限する留木(とめき)制度が各地で定められました。
 また、産業としての造林活動が本格的に開始されるようになったのもこの時期です。河川に沿って植林し、その氾濫に備えるためのものや上流の土砂流出の防止のための植林、強風や砂がもたらす害を抑える海岸防砂林の造成等が各地で行われました。


人間は大昔から、

自然を使い、そのことにより自然のバランスを壊し、それに気づいて修復しようとする、

ということを、

ずっと繰り返しているのですね。





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2021年08月29日

【ドラマ】 黄金の日日 1978年 (書きかけ)



1978年の大河ドラマ。 ( Wikipedia )

2021年4月より再放送されています。

以前から、NHKオンデマンドでいつでも観ることができるのですが、
 https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2012036283SA000/

再放送は、
毎週、毎日、定期的に観るという、
大河ドラマや朝ドラの正しい鑑賞方法を提供してくれる、
貴重な機会と考えています。





■助左と戦後のビジネスマン


生真面目で実直で勤勉な助左に、

プロジェクトXの登場人物たちを思い出します。

作り手は、
安土桃山時代に実現しそうでしなかった何かを夢見ている?
「日本の歴史はまさにルネッサンスへの途上にあった」(第二十話冒頭)


助左と高度成長期を支えたビジネスマンは、何を生きがいに頑張ったのか。

・船を持つこと、まだ人が手をつけてない場所との交易

・「近世の落とし子」(第十六話「将軍追放」)

・「ぬしには、ものを値切ったりふっかけたりして儲けていく才覚はない」(第十八話・羽柴秀吉)


助左の倫理観

・「盗みはいかん」(第四話)

・美緒に逐電を乞われても、今井を見捨てない忠義

・忠義に殉じる浅井の兵に共感(第十六話)
 それは城でなく、船となら死ねるという自分の気持ちの確認になった

・今井への忠義がありながらも、自分の運命は自分で切り開くべく独立(第十六話)

・「長浜で焼きました、あの青瓦、一枚残らず今井様へお譲りするつもりでございました。」(第二十話)

・善住坊に代わり、鉄砲などを(織田方の敵である)加賀一向宗へ運ぶ助左(第二十一話)

・「商いの掟を曲げてまで、ものを売ることはできません」(第二十四話)


戦国時代の倫理

・宣教師や堺の豪商たちは、人身売買をしていたのかどうか。


■フィレンツェもヴェネツィアも堺も戦後の高度成長期もその繁栄は永続するものではなかった。

 そこに住む人々はみんな誇り高く、若い人たちは戦乱も知らず飢えも知らず
 自由にやりたいことをやって生きることができた

 それらの町々は今も栄えてありますか(第四話)


■宗教

キリシタン

一向宗

厳しい現実から、抜け出せる憧れの地。

助左衛門にとっては、呂宋がそれだった。


ただ、宗教は、人々を救ってはいない感じ。


■親・親族でなく、町に育てられた登場人物たち


あえて決めつけた言い方になってしまうが、

中世的、封建的というよりも現代的な個性の登場人物たち




■若者の友情のお話

助左は、
善住坊、五右衛門と、
佐吉と、
もともとは友達でもなんでもなく、
ふと出会って、

信長陣への密行とか、
南方の島への漂流とか、
明智光秀の姫君を送り届けるとか、

印象的な出来事を共有することにより、
友誼を結んでいく。

その心の結びつきを美しく描いているところが
この物語の魅力。





■第一話 信長軍包囲

 冒頭、

 「堺は未だ破壊せらるることなく、黄金のうちに日日を過ごせり」
 と言いながら、背景は炎に包まれた町。 
 安土桃山時代を描く、黄金と名乗る歴史ドラマのオープニング、
 朝日かと思えば、盛り上がる曲の進行につれて、沈む夕日。
 
 炎、黄金、夕陽が示すもの。


ーーー


・最初のシーンの善住坊の真っ直ぐでない目つき、令和の世には見ないものかも。
・「南へ行って生きる場所を探そうと思っている」
・銭二万貫は、4〜5万石、現在の価値で、18億〜20億円のイメージでとらえています。


( CGのない時代の燃える町の映像、海外で撮影した夕陽、力のはいった制作だと思います。 )


ガスパル・ヴィレラ


■第二話 岐路



・いきなりおとりにされ捨て駒扱いでも再会した際は人懐っこく駆け寄る善住坊
・枝を咥えて、かっこつけているようにも見える五右衛門
 ( 利に敏いだけでなく、もう少し虚無なところがあるとより雰囲気があるのだが )
・信長の取り立てより自分の夢を優先する助左。

・美緒と兼久との会話、しまと宗久の間柄、連れ去られる五右衛門の母親など、重要かつやや生臭い描写がありますが、子どもでも二万貫相撲の爽快な描写で十分に楽しめるし、茶の間が気まずくなることはない日曜夜8時の番組。
千駄櫃(せんだびつ)、字幕がないと私には聞き取れない


■第三話 羅針盤

「幾らで売られて、幾らで買われたんだろう」

・助左19歳、1569年に数え19歳で1550年生まれだとすると、
  歴史的事件の西暦から年齢を計算しやすい。


■第四話 北征前夜

そこに住む人々はみんな誇り高く
若い人たちは戦乱も知らず飢えも知らず
自由にやりたいことをやって生きることができた
フィレンツェの若きロレンツォは詩(うた)った
今を楽しめよ
明日の日の定かならねば

それらの町々は今も栄えてありますか


大河内城の戦い) 


■第五話 総退却

いたいけに、目を潤ませて、必死に訴えかける、二代目松本白鸚

商いの信用を守ることだけがとりえの若者。

実行力は、傭兵の斎藤十郎(坂部丈昭)や五右衛門が担っている。


■第六話 信長狙撃

「追い討てい」

斎藤十郎、
「可哀想な女をみると、ついつい女房にしてやると言ってしまう」傭兵。
いつも自分が死ぬ場面を想像している男、
自分が死んだら誰も自分を思う人がいないことを知っている男。

討たれた兵は、身ぐるみはぎ取られて裸。


「人の一生というもの、狂言のようなものではないのかのお」

  天下人の仮面をかぶれば、天下人に。

「幸運であれば幸運を生かし、不運であれば不運を生かして、いかに達者にふるまうか」

  彼にとって主君の突然の死は、幸運だったのか、不運だったのか

 
藤吉郎と助左の美しいシークエンス、歴史を知らない子どもだったとしても、深く感じるところがある。
・純粋に夢を語り、好きな人に、一緒にやろうと無邪気に誘う助左
・生きる手管に長け、商人をやっても成功しただろうと思わせる藤吉郎、
 しかし、自分が崇拝する主君のもとに戻る

マイニラの都。

兵糧をすぐに食べたり、
埋葬はしてあげるが形見は持たなかったり、
海外へ売られた女に無邪気な質問をしたり、
見た目でなく、
助左がまだ子どもであることを描写している。


■第七話 琉球丸難破

「のこぎりびきに遭ってる夢をみとった

無邪気に無謀で楽天的な若者ふたり

「商人を目指す割合には勘定に合わぬことをする

ここで美緒を手伝っていたら

「船の中で一番(いちば〜ん)暇なのは船長(ふなおさ)


■第八話 呂宋島漂着

子供心にも、
何日で漂着したんだろうと思ったものだが、
大人になってから観ると、
無精髭も生えてないしな、と思う・笑

ルソン島の北にあるバタン島
ルソン島アゴウ

尾張者異國漂流物語
 http://lib.s.kaiyodai.ac.jp/library/bunkan/tb-gaku/hyoryu/OWARI/owari-index.html
バタン島漂流記
 http://www.tokoname.or.jp/batan/batanono.htm


■第九話 交易事始


「ハリーナカヨ( いらっしゃいませ)」


美しく格調の高い結びのナレーション

「既に死んだと思われている時間の中で
 彼らの生は最も輝き、
 生涯忘れることのない
 若き神話の日日を過ごしている」


「若き神話の日々」という言葉だけでご飯三杯いける・笑


興醒めなことを言うと
小説なら処理可能でも、
大河ドラマとして、
海外ロケを行うことの困難や追加となる様々な作業やコストについて、
制作者の準備不足や見込み違いが
あったのではないかと想像します。

(第8話や第10話は撮高が足りなくなっているのでは?)

ただ、助左や善住坊にあたる陽射しや彼らの肌の汗は、
海外ロケが必要であったことを示しています。

( 2021年の再放送時、
  「青天を衝け」において、
  19世紀のパリの景色をCGで再現し
  コロナ禍においてフランスと日本で別々に撮影したものを
  不自然なく合成して見せていることに、
  大河ドラマの海外ロケの進歩に感嘆しているツイートを
  複数目にしました。 )


古木江城(こきえじょう)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E6%9C%A8%E6%B1%9F%E5%9F%8E


■第十一話 珊瑚珠無情

助左が前髪をあげ、少し大人になっている。



( グネッキ・ソルディ・オルガンティノ )


■第十二話 叡山焼討


罪を犯す主人公、綺麗ごとだけでは生き抜けない時代。


「言うには及ばぬ、根切りにしてしまえ」

叡山焼き討ちのときの
ねねの行動の史実より、
物語としての因果の説得力が、
ドラマでは何より重要だ。
この物語の藤吉郎ひとりだと、
「ああ、そらもういかん」で終わるし、
逃げ道も作らん・笑
女房と会ったことが、
他の武将と異なる指示に表れた。

藤吉郎の良心、ねね・笑。


■第十三話 戦国哀史

「女の手で、息の根を止められると出ている。それも天文19年戌年生まれの女に。」

( 天文19年は1550年、助左とお仙は同い年? )


■第十四話 信玄上洛

「珍札披見(ちんさつひけん)、快善に候」
「この町を離れて、暮らすことはできません」
「若者はまだ自分の船を見失っていない」

「銀二駄といえば72貫」

( 岡 国高(おか くにたか)松永久秀の家臣。周防守。 
   夏目次郎左衛門(夏目吉信))


■第十五話 九死一生

「商人(あきんど)と侍が組んで同じ夢を見てはいけないのかもしれない」


■第十六話 将軍追放

気性が一本気で商人に不向きと言われても、自分の道を進む。

(己の分に合った方法を探せという助言は聞いていたのか否か)





斎藤十郎(坂部丈昭)が好かった。


■第十七話 乱世独歩


「ご心底を伺いとう存じます」


美しい物語。
それを具現化させているのは鶴田浩二。

私は鶴田浩二を
吉岡司令補と千利休としてしか知らない・笑。


■第十八話 新天地


秀吉こそ人を丸め込んで事を売り込むのがうまい。

宗久も秀吉も、助左の人柄が商人に向いていないと考えており、
若い助左自身はそれを自覚していないところが興味ぶかい。

助左が秀吉、佐吉、右近たちと対等に近い形で話すようになってきたので、
対話劇がますます面白くなってきている。


■第十九話 安土築城


毎回、数々のシーンで、

なんて美しい話だ、

なんて痛ましい話だ、

と感じ入っています。


「少々、ばさらが過ぎやしないかい」


「この夜、堺の町の片隅で、助左衛門は幸運を拾った」


商いの神髄は、利休から教わり、

小器用な戦術は、佐吉から・笑。


( 中井孫太夫一観、武士や商人より、後に残る物を作る人の仕事こそ、立派なのかも )

( 妙国寺 )

( 端平瓦(はなひらかわら)、軒平瓦(のきひらかわら) )


■第二十話 聖母昇天

天正四年(1576年)春 安土城の築城開始

助左の名を聞くだけで、頬がゆるみ、有能ビジネスマンの仮面が外れる美緒様

高貴で、知的で、残忍な信長様は、ねねには優しい


( ガスパル・クエリヨ ガスパール・コエリョ )

( 屯食(とんじき)? 煤飯(すすめし)? )

( 「信長 ねね 手紙」で検索 )

( 「モニカ 宗札」で検索 )


■第二十一話 善住坊処刑



宗久にとっては、最初(第二話)から善住坊は捨て駒扱いだったと思う。


■第二十二話 摂津動乱



彦助(岸部一徳)のwikiの記述が「その後堺で、助左の船とは知らずに船の修理工として働いている所を」となっていたが「堺」でなく「尼崎」でしたね。(20210829)



本作の安土城は、
本編での信長の描写、安土城の説明にぴったり合ったものになっていると思う。


■第二十三話 西国進撃


冒頭、天正六年(1578年)11月7日
本願寺炎上、天正八年(1580年)8月2日



瓦の代金銀二十貫

「今、助左衛門三十歳(さんじっさい)にして、五百石船の船長(ふなおさ)となる」


■第二十四話 鳥取兵糧戦


善意悪意に関わらず、渡る世間に落とし穴。

助左は「逃げ足が遅い」うえに「融通が利かん」・笑。

何故、買い付けた米を手放すだけでなく、城への輸送についていくのか・笑

FOBじゃないのか・笑。無駄に誠実・笑。


米一石、千五百文、堺や姫路では五百文。

鞘が一石五百文出るのなら、

「十石運べば五千文、百石なら五十貫、五百石船を一往復させれば二百五十貫の儲けだ」

(二千万円くらい儲かる感じ?)


助左たちは、一升十文、一石は十斗で、十斗は百升。一石千文で買い付ける。

足軽新助は、台所方の権六から兵糧米を銭十文で二升分手に入れ、二十文を受け取り、「倍になった」。

二里の柵

天正九年(1581年)三月十八日、吉川式部少輔(しきぶのしょう)経家が鳥取城へ。
「己の首桶をかざして乗り込んできた若き武将」

同六月二十五日、羽柴秀吉姫路を出馬。

城中には三千石の米しかない。城中には七千人、一日四十石、四か月で四千八百石。


山名豊国
中村 春続(なかむら はるつぐ)
森下 道誉(もりした どうよ)
吉川経家
福光小三郎(ふくみつこさぶろう)
坂田孫次郎


■第二十七話 信長死す


助左と武将たちとの間には埋めがたい距離があることが描かれたと思う。






呟きの記録

■オープニング・テーマ音楽









黄金の日日 - 尾高忠明
[iTunes]黄金の日日 - 尾高忠明

(豊臣秀吉の晩年を描いていない)大河ドラマ「秀吉」のオープニングは、
トランペットの主旋律が、
金色の広間や実る稲穂とむすびつき、
あぜ道の泥水でさえ輝き、
煌びやかに奏でられる。

秀吉 - 大友直人
[iTunes]秀吉 - 大友直人


黄金の日日は、黄金、炎、夕陽
秀吉は、黄金の広間、稲穂、流れ星

( 黄金の日日 オープニング で動画検索 )

( 大河ドラマ 秀吉 オープニング で動画検索 )


■フロイス





麒麟がくる との比較



「麒麟がくる」で松永久秀は古天明平蜘蛛の茶釜について
「それを持つ者は誇りを失わぬ者、志高き者、心美しき者」と
光秀に言い残した。
信長は一万貫で売ると言った。

利休と助左はそれをなんと見る?


「手前は、
このただ同然の代物を大名たちに高値で売り付け、
その金でおのれの商い船を手に入れました。
これが手前のいくさでございます。
この呂宋助左衛門、
あらゆる弱き者たちの守り神でござる」
(「真田丸」第28回)

善住坊の死を経た助左衛門が
処刑されるかもしれない人の逃亡を援けるのは
必然だと三谷幸喜は考えている。

















(飯島商店)





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2021年08月22日

【ドラマ】 ライオンのおやつ 2021年



最期まで、ちゃんと生き切る

チョココロネをどちらから食べるかは重要なことではなかった


最後のおやつを食べ、ごちそうさまでした、と言う。





2021年、BSプレミアムで放送されたドラマ
私は原作未読です。

(1)

チョココロネを頭から食べている人も、お尻から食べている人もいました。

チョココロネをたべるのどっちから


(2)

「腸に春滴るや粥の味」(夏目漱石)
粥有十利(しゅうゆうじり)」

 粥は体の中に滴る


タケオを演じたのは綾田俊樹


(3)

死は、それまでいっしょに生きていた人たちから切り離されることだから、

「先に行って待っています
「後から行くから

という、待つ場所、行く場所としての「あの世」という考えが生まれるのかなと思いました。








おやつは、日々の朝餉夕餉とは別のもので、
それがなくとも身体を維持することに問題はない。


バナナ
ホットケーキ
ハウスのプリン
イチゴ砂糖がけ
コーンに乗せたソフトクリーム
焼き芋(蒸芋)
金平糖
ポン菓子
グレープフルーツを半分に切って砂糖をかける
寒天
醤油をかけて焼いた玉蜀黍
りんご飴





(ちょっと悲観的な感想)

街の片隅で誰にも知られず、野垂れ死にするきわに、

こんな物語の夢を観て、死ぬことができたら、

それで幸せなのではないか。


(また別の感想)

霊柩車を皆が手を振って見送ったが、

それで綺麗に終わってはおらず、

骨になったものを持ち帰り、

死者の望み通り始末してあげる人がいる。





ホスピスのリクエスト食(サラメシ)
 http://inatt.tokyo/article/454635995.html


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2021年08月17日

【ドラマ】 朝ドラについて(書きかけ)



NHKの朝の連続テレビ小説、朝ドラについてのいろいろな無駄書


朝ドラから私が学んだことはふたつ。


・朝ドラと朝ドラ受けは平和の証

・朝ドラから学べば好い生活を送ることができる





朝ドラという形式、形態そのものが、
「毎日、こつこつやってると好い事あるよ」
ということを体験させてくれる。

長い物語を長い間観てきたがゆえの深い感慨をもたらす。






いつか、大坂なおみをモデルにした朝ドラが作られるだろうか

  日本の小学校での経験
  駆け出しのときサポートしてくれた日本のテニス界への恩義
  グランドスラム制覇後の日本の取り扱いに感じた違和感
  社会問題への積極的な発言
  聖火ランナーになって感じた失望
  などなど

  ( 内容は私が勝手に書いたフィクションです )


・既存のヒロインとは父親の国籍が違うだけ

・聖火最終ランナーを務めたがそれは彼女に幸せをもたらすのか

・望まず背負わされたもの、自らすすんで行動していったもの






■朝ドラの制作目的

視聴者が、毎日、毎朝、観て、楽しい、ということが真ん中だと思います。

「ああ、おもろかった、さあ、今日も働こか」みたいな。

観た後、なぜ主人公はあんなことしたんだろうと1日頭に残るようなことがあってはイカン。

語弊がありますが、
そんなに難しいお話でなくてもいいのだと思っています。

しかし、名作と言われるものでは、

明日どうなるか気になってしまって、
とか、
重要登場人物がいなくなってしまって、

今日の仕事が手につかない、

ということも。

私の経験では、

ちりとてちん 第115回
あまちゃん 第132回
ひよっこ 第105回
など
15年間で3つ挙げられれば、

それはとても幸せな思い出ですが、
いつもいつもそういうことでは疲れてしまう・笑。


毎回、レベルの高いドラマを観たいのだという人もいるでしょう。
望むなら、私もそうです。でも、

おしん
カーネーション
スカーレット
ローテーションで延々続くとしたら、

個々の作品は繰り返して観る価値のある名作ですが、

私は、喜ぶのは最初だけで、全部観終わらないうちに、

ごめんなさい、もうお腹いっぱいです、私が間違えていました、
ここらで、もう少し、気楽に楽しめるやつをお願いします、

って言うと思います・笑。


■朝ドラは大変特殊なドラマ

仮に大駄作だったとしても、視聴を止めずに、物語が終わるまで文句を言い続ける・笑
民放の連続ドラマなら、観なくなって、誰も話題にしなくなるだけなのに。
観なきゃいいじゃんと言われたら、ムキになって言い返す・笑

( 大河ドラマでも、
  放映が終わったら、ほとんど話題にのぼらなくなるのに、
  朝ドラだけは、
  過去作品について、いつまでも文句を言っている方がいらっしゃる・笑 )

ドラマに対してでなく、その人の生活に文句をつけているみたいになるのかな、
人によっては、嫌でもなんでも毎日同じ時間に観ることになっている特殊なドラマ。


ただ、ひとつ指摘しておきたいのは、
私も含めて、いわゆる、
Twitterの朝ドラクラスターは、朝ドラの作り手からみて、視聴者層の真ん中ではない。


■AK、BKという分類や系統は存在しない。


長年、朝ドラ作品およびその制作にまつわる情報に親しんでいますが、

東京制作、大阪制作、それぞれが独立していて、
まるで、各々が映画における松竹や日活であるがごとく、
各々の定めた方針あるいは特定の決定権者によって、
コントロールされているというようなことを示す事実に
触れたことがありません。

私が持っているイメージは、

サラリーマンが、ときに東京営業部、ときに大阪営業部へ
異動してお仕事するように、

サラリーマンのテレビ部長、プロデューサー、ディレクターが、
東京へ異動したり、大阪へ異動したりして、
そのときそのときのお仕事をしている、

というものです。

「今は、誰それさんが、ドラマ部長だから、」という
論評は成立するのかもしれませんが、
夕刊〇〇の記事みたいだ・笑。

TBSのドラマとフジテレビのドラマを
放送局単位でひとまとめにして比較するように、

TBSのドラマってこうだけど、
フジテレビのドラマってこうだし、とか、

月9と日曜劇場を比較して、
月9ドラマはこうだけど、日曜劇場ってこうだから、みたいに、

まあ、そんな乱暴な論も寡聞にして見たことがありませんが、

AK朝ドラってこうだから、BK朝ドラってこうだからって、

AK・BKという独立した制作主体があるかのように論じるのは、

前提から的を外しているように私には思えます。


(参考)

  https://otocoto.jp/interview/hiyokko01/

  http://blog.livedoor.jp/p_s_y/archives/51770206.html

強いてAKにありがちと思うのは、

原作・モデルのない、現代ものの場合、
史実などの制約がない分、
やりたいこと、選んだ地域の売りや逸話など、
いろんなことを盛り込みすぎて、
まとめるのが難しくなっていることがあるのでは。


強いてNHK大阪放送局制作の特徴をあげると、

「ごちそうさん」以降のBK制作朝ドラは、
広里貴子さんの消え物が欠かせぬものになっています。


■朝ドラには2種類ある。(ナレーション)

ナレーションが、

〇〇(ヒロイン)は〜と思ったのです。

と説明する朝ドラとしない朝ドラ。

朝支度しながら観るドラマとして、
わかりやすく説明する朝ドラも決して悪くない

例 わろてんか

例 エール
  「音楽が奏でる人生の物語「エール」始まり始まり」
    「音楽が奏でる人生の物語」って意味がよくわからないとも思うが・笑
  「その音色は裕一の心に深く響き渡ったのです」


・お話の方向性や登場人物の言動の意味(解釈)をきちんと提示する

例 おしん

「突然の圭の申し出に希望(のぞみ)は息子の真意をはかりかねていた。

圭がわけもなくそんなことを言い出すはずのないことも父親は知っていた。」
(第1回の最後)

好いナレーションです。(奈良岡朋子)


・主人公

例 ちりとてちん

主人公が未来から、若い頃を振り返り、主人公の心持ちを解説し、ときにツッコむ、
とてもよくできた、計算された設定。
また、実は、上沼恵美子以外で誰がこの役回りを全うできるのか、いう難しいポジション。


・説明だけでなく、演出の一部となっている

例 スカーレット

「大事なものを失ったのだと、思いました」(第108回)

大事な何を失ったのか、台詞でもナレーションでも説明していないが、
このナレーションは素晴らしい演出効果を出している。 


■自分の嗜好がわかる

自分はこういうのが苦手なんだなと気づくことがあります。

苦手とは、

明日が楽しみだな、という気持ちにならない展開。

私の場合、

気が病んでしまいそうなお姑の圧力(おしん)
気の荒らそうな岸和田の皆さん(スカーレット)
娘を売るために営業妨害しにくる反社の皆さん(おちょやん)
闇落ちした登場人物が投げる「悪意」(おかえりモネ・第76回)
など

私はそうではないのですが、
いわゆる毒親表現を大変つらく感じる方が多いように思います。

しかしながら、
ひとりひとりにそういう好き嫌いがあり、
作品の良し悪しとは別と考えます。

万人にうけることが求められている、朝ドラや大河は、
大変だなと思います。

朝ドラ鑑賞法は、

自分の苦手なところは、軽く流しておいて、

私はAという登場人物が好き、
私はBとCの関係の進展が楽しみ、
とか、

それぞれの好きなところを
それぞれに十二分に楽しめばいいのでは。



■朝ドラとして選択されるテーマ、内容

主人公や内容の選択も時代の流れ、視聴者の変化などとのタイミングがあるはず。

いつか、大坂なおみをモデルにした朝ドラが作られるかもしれない、

私は、いつか、
大坂なおみの小学生時代を子役が演じる朝ドラを観ることを夢想する。

でも、今(2020年)企画しても、皆が楽しめるドラマとしては、時期尚早的な意味で成立しないと思う。


■戦争・敗戦・国防婦人会

・戦争を描くなかでヒロインの不幸が極まっていき、
 敗戦によって底打ちする展開がよくあります。

 しかし、戦争と敗戦を
 物語展開の転換器やカタルシスの道具として使い、
 「お国に騙された」と登場人物の免罪符になったりするのも、
 危うい思いがするところではあります。

 この部分についても、
 「おしん」はよくできていると思います。

・ヒールとしての「国防婦人会」
 「婦人」であることが朝ドラ要素なのでしょう。
 女の敵は女みたいな。

 でも、夫や息子を軍にとられて、
 盲目的に戦争に協力することが生きがいになってしまった、
 とか、
 戦後、どのように変わったのか、とか、

 もう一段、深い描きかたもみてみたい。


■朝ドラ主題歌

朝ドラにおいて、主題歌、オープニング曲は、大変重要な要素です。

「おしん」は、全297回で4455分・74時間15分の大作です。

毎回、冒頭がオープニングタイトルで、テーマ曲が流れます。
約65秒間あります。月曜日は約80秒です。
毎週、405秒で6分45秒。

全体では、74時間のうち、5時間半余りはテーマ曲が占めています。

( 月曜日放送は49回(297÷6=49.5)と仮定して、
80*49+65*(297-49)=20040秒 )

毎日、毎回聴くことに意味がある。

人生は確かに泣き笑いやなあ、と思ったり、
 (おちょやん・泣き笑いのエピソード)

「やじろべえみたいな正しさ」って何だろう、
 (おかえりモネ・なないろ)

とか、1日1回思いをはせる

  
・必ず主題歌から始まるオールドスタイル

 朝の仕事をしているお母さんが、手を止めて、テレビの前に移動する時間のために、
 冒頭はオープニングタイトルから始まると、チコちゃんが言ってました・笑


■ヒロインオーディション

かつては、演技経験のほとんどない人をオーディションで選ぶことがあったようですが、

おちょやん」で杉咲花が、
2種類の関西弁を自然に話すこと、
(関西喜劇人の関西弁が不自然では話にならない)
劇中劇を演じ、しかも、最初は素人からだんだん熟練していく、
などを要求されているのを見て、
要求レベルがとんでもなく高いことを感じます。

経験の浅い俳優を抜擢する場合は、
そのこと自体を活かすような設定など
必然性のある工夫がないと成立しないのでしょうね。


芳根京子「『7月に体調を壊して、8月にマネージャーさんとケンカして、9月に精神が崩壊する』というジンクスがある」
 (20170721 ダウンタウンなう)
まだ、放送が始まる前に精神崩壊しているという・笑


■長い物語、長い撮影期間

そんなに重要なシーン、台詞がなくとも、長く画面に登場していた人物がここぞというところでいいシーン好い台詞を。
観るほうも長く観てきたからこそ深く感じ取れる。

 おちょやん 第98回の石田香里(松本妃代)


また、いい演技、いいやりとりが、長くいっしょに撮影してきた演者同士の関係性から醸し出されているのではと思うことが。


■朝ドラから学べば好い生活を送ることができる


道徳臭いことを言ってしまいますが、大真面目。


・決して人を恨んだり憎んだり傷つけたりしてはいけないぞ (おしん)

・砥いで出てくるのは塗り重ねたもんだけや (ちりとてちん)

・辛気臭いのは寿命を縮める (カーネーション)

・開発やら技術なんちゅうもんの裏には良心が貼りついてて欲しいと思うんや(ごちそうさん)

・先生に礼、お互いに礼、ありがとうございました (スカーレット)

・明日も、きっと、晴やなあ (おちょやん)


小さいことの揚げ足をとることに拘ったり、

自分と違う考えの人と言い争ったりしてる場合ではない・笑

朝ドラを題材に、

批判や論争に夢中になるなど、

朝ドラ鑑賞に膨大な時間を費やして、いったい何を学んだんや、という話・笑






■朝ドラうけ









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2021年08月16日

タイムラインを育てる (「半分、青い」途中の感想 ) 「きみにはきみの地獄があり、わたしにはわたしの地獄がある」


 
20180519記

2009年から、twitterでテレビドラマの感想を呟いていますが、
今放送されている朝ドラ「半分、青い」で、
初めて経験することがありました。

私は、タイムラインを育てる、と言っているのですが、

ドラマなどの感想で、

「自分と同じ感想だなあ
「この人は自分と好みが同じだなあ
「そうか、そういう見方があるのか、なるほどなあ

と思う呟きをする方々をフォローし、

作品への悪口とか揶揄、人への攻撃が多くて、
「読んでて、少し、気持ちよくないな」
と思うことが多い人をミュートしたり、ブロックしたりを繰り返していると、

知らず知らず、自分の趣味嗜好でTLを育てることになり、

テレビドラマが好き、

ちりとてちん、カーネーション、あまちゃん、ひよっこ
が好きで、

新選組!、平清盛、真田丸、おんな城主直虎
が好きな人たちがつぶやいているタイムラインになりました。

そのタイムラインで、
自分が観ていないドラマを褒めているツイートが多く目について、
自分もその作品を視聴してみると、
間違いなく、自分も楽しめる作品なのでした。
( 例えば、「カルテット」 )




その長年かけて育ったタイムラインが、
「半分、青い」の感想で意見が二分されているのです・笑

私自身は毎日結構楽しんでいたので、
ちょっと、吃驚しました。

物語はおそらくいきあたりばったりでなく、
人物造形も演出も、
それぞれ意図を持ちながら制作されていると感じるので、

たとえば、
ゾートロープ、拷問器具の絵(笑)、犬のパネル、
主人公は、
絵で他人に想いを伝えようとする人であることが、
重ねて語られていて、
( そして、ゾートロープ以外は相手に想いが届いてない・笑 )
これからどのようにこの主人公が育つのか、
楽しみにしています。

物語が更に進み、
自分と自分が育てたタイムラインが
この朝ドラに対して
どんな感想を持つのか、
とても興味深いです。



半分、青い 全体の感想
 http://inatt.tokyo/article/461932922.html



20180930追記

テレビドラマが好きな人たちが、
ひとつのドラマを挟んで
ドラマそのものでなく、
発言者へ向け、なんだかんだと言い合う必要はないです。

そういうことを起こさせたという点で、
脚本家のツイートも含めて、
このドラマは非常に特異だと思います。

私は今まで、
大河ドラマの平清盛や真田丸などで、
twitterとともにするドラマ鑑賞が、
自分の生活を豊かにしてくれることを経験しました。


今回、それとは異なるドラマ鑑賞体験も
twitterで起こりうるのだということを知りました。





20190429追記

こんなことを思いました。

織田信長が、
悪魔のような人か、
意外に保守的な人だったのか、
歴史上の真実に関係なく、

私たち視聴者は、

悪魔のような織田信長でも、
仏のような織田信長でも、
物語のなかで納得できるなら、
いろんな織田信長で構わない。

泣いたり、笑ったり、感動したり、
とにかく良質な物語を
ひとつでも多く楽しみたい。

感想や批評は、
それを述べた人や
物語の作り手の良し悪しに向かう必要はない。


20210304追記

麒麟がくる」での織田信長の描き方が、
今までにないもの(よく泣く信長・笑)でありながら、
多くの人に受け入れられていることは、
興味深いことでした。





20200327記

最近、「半分、青い」(というか、その脚本家)や、
「なつぞら」(というか、その主役)に対して、

「~という批判のツイートを目にしたが、」という
ツイートをときどき見るのですが、
私自身は、
「そういう主旨のツイート見てないけどなあ」
と思うことがあります。

あれから、少し、タイムラインが育ったのかも、
と思います・笑





20200626記

朝ドラの感想ツイートのなかに、
前作と今作を比べ、引き合いにして、
今作を批判したり、
前作を讃えたりするパターンがあると思います。

私も、#おしんチャレンジ のあと、
おしんとエールを比較したツイートをしました。


しかし、
例えば、
スカーレットとエールを比較するとしても、
エールが、
「いつもと変わらない1日は特別な1日」みたいなことを
表現しようと考えているかというとそんなことは全然ない
と思うので・笑、
両作品を並べての、
こっちが上だの下だのと主張することには意味がないとの
考えに至りました。






20210304追記

話が逸れるのですが、

Twitterのタイムラインも、
YouTubeのお勧めも、
変なものばかり、観たりレスポンスしたりしていると、

タイムラインやお勧めが、
変なものばかりになっていく・笑

よくできたツールは、
自然と世の中の仕組み動きと同じようになっていて、

現実の世界でも、
変なことばかりしていると、
変なものを引き寄せてくるということか、
と思っています。

だから、
よくできたソフト・ツールが
そのままに、
世の中や人を良くしていくということはなくて、

ソフト・ツールを使う人の
善性や倫理とまではいいませんが、
あなたはあえて何をしますか、
という、
毎日の
ひとつひとつの
選択が重要と

大袈裟な感想を持っています。


■おかえりモネ

20200816追記

「おかえりモネ」についての批判ツイートが多くなっていることに驚いています。

「半分、青い」や「なつぞら」では、
批判は、脚本家や主役などに特定の対象に偏っていたように思いましたが、

今回、作品の全般的な要素に向かっているようで、
今までにないことだと思いました。

「アンチ」はどの朝ドラにもありますが、
今回は、
「ヘイト」的な匂いを感じます。気のせいかもしれませんけど。

今のTwitterは、タイムラインを育てるなど悠長な話で、意味がなくなってきているかもしれません。



私は、毎日の生活に元気を貰うため朝ドラを観ています。こんなご時世、少しでも多く心の栄養を「接種」するよう心がけています。出来る限り、心の栄養となるものに多く目を向けるようにするべきだし、後ろ向きな感情を「伝染」させるような他人から元気を奪う発言は慎むべきだと自分を戒めています。


20200917追記

今、私のタイムラインは、
「おかえりモネ」について、
菅モネへの萌えツイートと、
作品のあらゆるところにつっこみを入れているツイートの
両方が流れています。
それは、
気持ちのよい状態とは思いませんが、

呟く方同士が罵りあったり、揶揄しあったりすることさせなければ、

世の中そういうものだ、という気持ちになってきています。


少し時間をかけて、その先にも、考えを巡らせたいと思っています。






(ツッコミどころ探しの世の中)










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2021年08月06日

「ココロは今の方が美しいよ」





こういうことが口に出せる人になろうとするべきなのか、
いや、
こういうことを口にする人はどこか胡散臭いということではないのか、
いや、いや...




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2021年07月22日

【ドラマ】 いだてん〜東京オリムピック噺 2019年



20210329/20210710追記



まーちゃんは政治家からだったけど、
その後継者たちは政治家でなくビジネスマンから金を引っ張ってきたのかな。

以下の台詞に続く、まだ描くべき、何かがある。
「楽しいの?楽しくないの?オリンピック」
「オリンピックは国家的大事業です。
日本の文化や精神を
世界中の人たちに理解してもらう。
今の日本を広く世界にみてもらうんです。」
「今の、日本(ニッポン)は、あなたが世界に見せたい日本ですか。」

ーーー

1940年の東京オリンピック準備で、
軍部が意見をさしはさむシーンがありました。
2020年では、
貴族のように傲慢我儘なIOC委員や、
スポンサーを背後にしたIOCやスポンサー自身の介入や、
その対応を優先する大臣とかが描かれるのかな。

「大会の性質上、ステークホルダー(利害関係者)の存在がどうしてもある。組織委としてはそのことを念頭において検討されると思う。」



まーちゃんは、政治家に足をすくわれたとき、
どこから間違えた、と過去を振り返った。
現代のまーちゃんの後継者たちは、今何を思う。


このドラマの嘉納治五郎は、

「楽しいの?楽しくないの?オリンピック」と言った。

2020年の今の状況に、

彼が顔をしかめるのは目に見えている。



ーーー

オリンピックとビジネスという論点の他に思うことは、
ナショナリズムを超えた立場について。
「ニッポンがんばれ」
だけでなく、
他国のアスリートにむけて、
「こんなに感染対策してますから安心してきてください」
「他のアスリートの安全のためにもこれくらい感染対策したうえでいらっしゃってください」
というコスモポリタニズム的な「おもてなし」はないだろうか、ということ。








20200719記



金栗は自身がアスリートであった。

田畑の基本はアスリートファーストであり、
そのためにレトリックを使って、
政治家から金をひっぱったり、
代々木ハイツを手に入れたりした。

アスリートファーストのために、
自分が代議士になろうとしたり、
友達を都知事にしたり、
まあ、
やりたい放題なんですけど・笑




20200717記

 



20200325記

放送が終わって3か月余りしか、
経っていないのに、
世の中は、なんて有様なんでしょう。

今こそ、もう一度、このドラマを観返さなければならないのかも。







2019年のNHK大河ドラマ。
毎週毎週、日曜の夜を楽しみに待ち、
毎週毎週、楽しみました。
1年間濃密なドラマを観ることができた満足感があります。

視聴率なんて、
自分の気持ちや考えとは別のもの。


でも、私にとって、この大河ドラマは、
いつも、何か、苦い、煮え切らない思いが
微かに残るお話でした。

単純に、
オリンピック万歳、
東京オリンピック万歳、
とは言えない部分を
どこか含んでいたとおもいます。



物語を通じて、
選手個人の思いが
ナショナリズムと
時に混じりあい、
時に対立し、無残に蹂躙されたり、
その相克が綺麗に解決することはなく、
それを生み出すオリンピックって何なのか、
腹に落ちることはついになかったと思います。

たくさんのアスリートが登場しましたが、
選手を引退した後は、
体協やオリンピックと関わりを持たなかった、
三島天狗こと三島弥彦こそ、
理想のアスリートの生き方のように思えました。

このドラマを観終わったこれからの私は、
オリンピックを無邪気に楽しむことは
もう無いように思います。
いや、それでも、やはり、
感動したりするのかな、
それがオリンピックなのかな。

このドラマで最も印象に残ったカットは、
オープニングの競技場で笑う女の子でした。




https://sports.nhk.or.jp/olympic/torch/runners/jhulyae8/
からの引用。

「私の父は1964年の東京オリンピックのある種目の競技委員をしていました。その関係で当時2歳半だった私は祖母に連れられて開会式を見に行きました。
「聖火ランナーに応募したのは、前回の東京オリンピックに関わった父の娘として走り、その姿を92歳になった父に見せたいという想いからでした。


実際に、
1964年の東京オリンピックの開会式を観て、
2020年の聖火ランナーに選ばれた人がいる。

そして、
私は、ドラマを観て、
東京オリンピック開会式の日に生まれた、
五りんの娘はどんな人生を送っただろうと、
想いを馳せる。

近現代の歴史的事実を題材としたドラマの、
虚実皮膜に思いを致すところがありました。





【シマにはまりました】

私は、この物語の主人公たち、
金栗、田畑、志ん生(孝蔵)、五りんに
あまり感情移入できなかったんですね。

( 五りんは、その後、
  どんな人生を歩んだのか?
  なんだか想像できない、
  それはために創られた登場人物みたいに
  なってしまったからでは? )

一方、
シマにはとても心を持っていかれました。




だから、
増野氏(ついに名前なし・笑)とりくの
戦中・戦後が一切描かれなかったのが、
物語にぽっかり穴が空いているようで、
不満があります。





【女性アスリート】

女性アスリートの発言の変遷が大変興味深いものでした。

・自らの欲するままに走り始めたシマ

・同性に「あなた、ご幸福ですか」と問う、二階堂トクヨ

・日本中の「頑張れ」を背負って泳いだ前畑秀子

・東洋の魔女谷田さん
「勝ってよかったね」ってみんな喜んでくれたけど、自分には「あんたたちのためやない、自分のためや」って、そう言い聞かせていました。人のために、できますか?(第45回いだてん紀行)




【まーちゃんが夢見た選手村】


■東京オリンピック選手村の「インターナショナルクラブ」という名の小さなコーナーで、
50日ほどのアルバイトをした女子大生の記憶

・「村の中には無料の循環バスが双方向にゆっくりと走っていて、どこでも乗り降りができます。自転車や傘も十分にここかしこに用意されていて、どこから使ってどこに置いてもいいのです。」

 ( 映画東京オリンピックを観ると、
   傘は和傘で、外国選手が差していると、とても趣がありました。 )

・コンゴから、たった二人で参加した、ヨンベとウランダ。
 英語もフランス語も話すエリート。
 「僕たち二人、パリに留学中で、語学や社交など心配ないものが派遣されたんだ。
 僕たちの使命は、競技に勝つことではなく、僕たちの国を世界中に紹介することなんだ」

・冷たい態度のチャスラフスカ
 「(周りにいる女性たちは)ヴェラのお世話についているのではなく、ヴェラが亡命しないように、よその国の人と危険な会話をしないように見張っているのよ。政治的にはチャスラフスカは危険分子なの。民主化運動に加わっているから。チェコとしては、オリンピックに出したくないけど、世界がそれでは許さないから、厳重に警備をつけて出しているのだから、話しかけたりしたらヴェラが困るのよ」


映画東京オリンピックにもちらっと映っている、
ヨンベ、ウランダについては、
ドラマの中の描写とは印象が異なり、
アスリートというよりは、
国を代表する外交官という感じで、
現実のお二人は、
ドラマの中の四三・弥彦に重ねるには立場を異にするようにも感じました。

ヨンベさん、ウランダさん、その後どんな人生を歩まれたのか。
おふたりともIOCのデータでは没年が記載されていない。
ご存命なのか、どうか、気になります。

https://en.wikipedia.org/wiki/Republic_of_the_Congo_at_the_1964_Summer_Olympics
https://www.backstage.com/casting/japanese-tv-series-307527/

LEON YOMBE
https://www.olympic.org/leon-yombe
https://en.wikipedia.org/wiki/L%C3%A9on_Yombe
https://www.olympedia.org/athletes/66318

HENRI ELENDE
https://www.olympic.org/henri-elende
https://en.wikipedia.org/wiki/Henri_Elend%C3%A9
https://www.olympedia.org/athletes/66303



gettyimagesで見つけた、ウランダさんの写真

コメントは、
選手村でトレーニングするコンゴのウランダ(1964年9月24日)としか、
ありませんが、
カメラに背を向け、腰に手をあて、ウランダを見ている、
コンゴと背に書かれたトレーニングウェアの男性は、
ヨンベさんに決まっているではないですか。

写真をよく見ると、
高跳びのバーを越え、宙に浮いているウランダさんは
靴を左足だけに履いているのです。


お二人は、私にとって、どこか、ミステリアスな存在になりました。





【各回の感想】

第1回「夜明け前」





第8回「敵は幾万」

四三が、
日の丸のついた運動着を渡されるシーン。

ここは撮り直しになっていると思われますが、

運動着を渡す小僧さん(*)の笑顔が
とても素晴らしかったので、
あれが無くなってしまうのなら、
とても残念です。

( 撮り直したものを観ました。
  小僧さんの笑顔はそのままでしたが、
  カット割りを変えているせいか、
  シーンの雰囲気が少し変わった気がしました。 )

(*)字幕から推測すると、
黒坂辛作の息子、勝蔵らしい。
(演者 阿久津慶人)


第11回「百年の孤独」

マラソンしてみたら、世界記録が出てしまった、
日本で一番足が速いから、世界でどんなものか試してやる、
そんな無邪気な気持ちで出かけていった、オリンピック。

痛快男子三島弥彦が
ストックホルムで感じた百年の孤独、
これは、
近代オリンピックを最初に経験した彼だけが実感できた、
孤独な感慨であることがよく分かりました。

第14回「新世界」


第19回「箱根駅伝」



第26回「明日なき暴走」
日本女性初のオリンピアンを美しく描いた素晴らしいラストシーン。


でも、
「あなた、ご幸福ですか」という質問には、
なんだか恐ろしさも感じています。
四三はオリンピックでメダルがとれなくても
不幸せではなかったことは既に描かれている。
男性と女性は違うのだろうか、
前畑秀子はどうだったんだろう。

二階堂トクヨは、シマにも同じ質問をしたことがあり、
(第20回「恋の片道切符」)
彼女が自分自身に問い続けているフシがある。

「明日なき暴走」という題名には、「Born to Run」という意味も隠されているのですね。
 https://www.oricon.co.jp/news/2151061/full/
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E6%97%A5%E3%81%AA%E3%81%8D%E6%9A%B4%E8%B5%B0_(%E6%9B%B2)

放送の翌日にシベリアを買いに行ったのも良き思い出。


第31回「トップ・オブ・ザ・ワールド」

「オリンピックとは」が、
最後の永田市長の発言も含めて、
45分に詰め込まれている。

俺は、日本人だ!
I am Japanese-American !
I’m Irish-American !
I’m Afro-American!
と、口々に叫ぶシーンには感動しますが、

( みんな違ってみんないい、って言ってるのに、)

「同胞のみなさん」とか言い出す人が現れるところまであるのがこのドラマ・笑。

オリンピックとは、

・浮かれてしまって、似合わないミュージカルシーンをやってみたりする・笑
・ちょっとした体調の狂いで、一生後悔するようなことになることもある。
・田畑と黒人の守衛さんは別に心が通いあったわけではない。でも何週間か同じところで過ごすことで生まれるものはある。
・四三が水浴びを始めたように、オリンピアンの活躍に刺激を受け、走り出す人がいる。




第32回「独裁者」


第36回「前畑がんばれ」


第37回「最後の晩餐」


第39回「懐かしの満州」

つまんないこと言いますと、
再放送時は、
1961年病床の志ん生を演じるたけしの金髪が気になった。
今の視聴者は忖度しても、
10年後のお客は騙せないのでは。

第41回「おれについてこい!」

2020年7月の再放送では、大松監督部分のカットを戻したようです。


第44回「ぼくたちの失敗」


第46回「炎のランナー」

「世界平和に背を向ける卑怯者だ!」

(この発言は実際に田畑が執筆したものからの引用かもしれませんが、)

ドラマを観てきた感想として、
彼はどこまで本気でそれを言っているのかと思ってしまう自分もいます。


最終回「時間よ止まれ」


ふたたびストックホルムを訪れた、
本物の金栗四三の映像が流れました。

一度は観てみたいと思ったものを目にすることができましたが、

いだてん紀行でなく、
ドラマの中でそのまま使われたのは、
観る側として、
瞬間、ドラマの世界から抜け出てしまうような、
少し醒めてしまったところもありました。

インタビューのところからは、
ドラマに戻ってもらったほうがよかったような。

たぶん、
中村勘九郎が演じてきた金栗四三は、
その映像とはちょっと違う雰囲気な気がするのです。
1年間ドラマを観てきた私は、
史実とずれていても
それが観られれば満足すると思うのです。

そして、
本物の金栗四三が語った言葉を、
ドラマの中の志ん生が引き取って、
大長編ドラマのサゲにして、
幕が下り、
その裏で、
志ん生を演じたビートたけしが
おどけたポーズで締める。

史実とドラマと現実が、
ないまぜになった終わり。

作りての意図だったかもしれませんが、
私は少し混乱したまま、
観終わることとなりました・笑





#いだてんの良いところを語ろう タグに
はまっていたこともありました・笑。

このようなこともあったと記録に残しておきたい。





2020年5月に、
NHK国際放送「NHKワールド JAPAN」で放送されたワールド版 【IDATEN】
再編集されており、
日本とオリンピックと描いたドラマとして
とても好かったです。















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2021年07月04日

大河ドラマあるある



言葉に出せば、フラグが立つ。


「いつか、必ず」は、もう会えない。

( 青天を衝け 第20回 土方歳三 )


「無事に戻れば、共に励もうぞ」

( 青天を衝け 第21回 小栗忠順 )


「故郷に帰ったら、自慢する」

( いだてん ラザロ ) 


「五右衛門、また一緒に仕事ができるんだな」

( 黄金の日日 第二十話 )


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2021年06月22日

【ドラマ】 半径5メートル 2021年



NHKのドラマ。

いくつかの回で、

「世の中を見つめる」とは

下世話な話題を表面的に扱っている感じで、

今時の話題を消費している印象を持ちました。

ただ、第4回「なりすましにご用心」はとても面白く、

結局のところ、

週刊誌編集部の一折、二折のような舞台装置でなく、

宝子(永作博美)や香織(北村有起哉)など、

登場人物が個人的に抱えているものこそがドラマになるのだと思います。





(1)


(2)「出張ホスト百人斬り」

出張ホストの取り扱いはこれでいいのか?

よくある熟年夫婦のお話に、出張ホストをまぶしただけに感じました。


(4)「なりすましにご用心」


お話の内容はとても好かったのですが、

週刊誌が、「トランスジェンダー初めてシリーズ」の記事を作るというのは、
下世話でトランスジェンダーにとっては楽しくないような気がするのです。

(6)「黒いサンタクロース」(後編)

週刊誌の記事にすることが何の正義になるのか、

個人的には腹に落ちないところがありました。


(8) 「野良犬は野垂れ死ぬしかないってか?」

私自身は、氷河期世代より前の世代で、
かつ、
過激な表現を嫌う方ではありますので、

過激な行動にも背景があるという、

この話は自分に刺さるところがあり、

記事にすることの意義について、

頷けるところがありました。

しかし、そもそも、
社員の風未香とフリーランスの宝子との間にも、
収入など処遇の格差があるはず、
みたいなところに風未香が無自覚なところは、
以前から気になっていました。

( フリーランスだからこそ、
  組織に縛れない自由な活動を許されている、
  宝子という状況もありますが。 )


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