2021年04月22日

【ドラマ】 おちょやん 2020年 ( 書きかけ )



2020年下期の朝ドラ

千代が、ふたつのことを交互に語る

「ほんま生きるてしんどいな」

「今まで辛いことばっかりやったかもわからへんけど
 大丈夫、だんない
 きっとこれからはええことも仰山ある

 明日もきっと晴やな」


( でも、
  ホームページの番組紹介に、
  「結婚生活は破綻」とか明言しているなど、
  テルヲの件だけでなく、
  相当、しんどい人生のお話。

  千代は、自分の喜劇を
  父にも弟にも見てもらうことがなかった。

  どんな風に着地するのかなあ。 )


しんどい人生のお話を1週間単位で前向きに決着させていく、

わざありのドラマ作り。



■少年ジャンプの胸熱展開



第28回は、
本番前日に主役に抜擢、
師匠の手遊びと思っていた薙刀を活用した突飛な発声練習、
徹夜の稽古、
本番でのアクシデントをアドリブで大逆転。

同じような展開の少年漫画をたくさん読んだことがあります・笑。

そんな胸熱展開を15分のなかに盛り込んで楽しませてくれます。


1週間単位で、課題に前向きに区切りがつくので、
金曜日のお話がたいてい楽しいです。

また、
朝ドラは毎回の最後はヒロインのアップが多いものですが、
本作では、
次回、次週の敵役のショット(最初は顔を映さず背後のカットから・笑)で終わることがありました。

そういうところも、少年マンガっぽいなと思うことがあります。



第84回で、
家庭劇の面々がそれぞれの事情を述べて去っていきながら、
第85回で、
自分から戻ってくるところなども、
既視感のある展開です。
でも、
それが好いのです・笑。

よくある少年マンガとは違うなと思えるところは、
一平、千代は、周りの大人たちと比べて、
未だ何も成し遂げていない人間として描かれていて、
脈絡なく特別な才能を発揮して課題を乗り越えたりするようなことは
ない点です。


■子・弟子から、父・師匠への愛憎のお話

相互の愛憎ではなく、子どもからの一方的な愛憎のお話(千代・一平・千之助・寛治)

そういえば、
百久利さんの千之助さんへの尊敬もそういうところありましたね。(第68回・69回)


一方、
子の心、親知らずというところが、
テルヲ、初代天海にはありますね。

そこから、どのように「大阪のお母さん」にたどり着くのか、
大変に興味深いことです。


■千代の特性

子役期の千代には、

お父ちゃんを蹴って鶏を売りに行かせる勝気。
「うちはかわいそやない」と反発するプライド。
「明日もきっと晴れやな」と思う前向きな性格。
「おはぎをくれない」ではなく「おはぎ、おおけに」とウソ泣きする才気。

などが、見えました。

口が達者なのは、
お父ちゃんから受け継いでいるもののように思います・笑


■河内弁

よくある大阪弁だと、
「なんで、あれへんねん。」
みたいなところ、
「なんで、あれぃんね。(字幕表記)」

となっています。

今まで、ドラマではあまり見たことがありません。


( 私は河内弁ネイティブなのですが、
  この年まで、
  自分もそう喋っていることを
  自覚していなかったかも
  しれません・笑 )


主役の方言が大変上手であるとの評価は同意しますが、
第1回冒頭の語りだけは違和感を感じました。

それよりも、

ヒロインが、
2種類の関西弁、
河内弁と道頓堀の大阪弁(大阪商人の言葉)を
両方ともに、
場面に応じ使い分けているところが、

過去作品でもあまりないと思われる
特筆すべき素晴らしさです。


■アバンタイトルと主題歌

本作では、前回までの振り返りの短いアバンタイトルが入って、
主題歌が始まるパターンを主に使っているようです。

イントロなしで歌が始まる主題歌が、
振り返りの内容が、
面白くても、
せつなくても、
ともにはまるのが素晴らしいなあと思います。

また、朝ドラは月曜日だけ主題歌が少し長いのが通例ですが、
始めのAメロが繰り返されることにより、
長くするパターンは珍しいなと思います。


■オープニングタイトル

にわとりが運んでいた卵を落として
気づかず、ほっとかれ、
その卵が孵化したら、子猫で、
ビー玉のようなお月さんに向かって、
一人きりで笹船を漕ぎ、街にたどり着く。

お話のまんまでした。

そのあと、
綱を渡り、空を泳いでいたのに、
いったん落ちるところがあるのが気になります。

そのあと、ラジオに乗って浮かび上がる。



■サントラ



カチューシャの唄 ~チンドン ver.~ - 青木美香子
[iTunes]カチューシャの唄 ~チンドン ver.~ - 青木美香子


■「岡安」と「福富」

つまり、

ダウンタウン(篠原涼子)対 志村けん(いしのようこ)


■忘れんように書いとこ

・戦争も終わり、亡くなった方もいるなかで、
 千代の紫のバラの人が全然読めない件・笑
 最初、ヨシヲだと思っていましたが、
 一周回って、一平なのかな。
 山村千鳥かな、
 栗子かな・笑。
  Twitter情報で、
 栗子&栗子の子供に賭けたくなりました。
 栗子の子供(または孫)は千代のこの世でただ一人の血縁者。
 しかも、
 その登場は千代がまた独りきりになったときではないでしょうか。

 ここまで引っ張るからにはと期待も高まる・笑(第95回 20210416)



・大山社長の米粒

・高峰ルリ子のカメラ目線

・福富の椿と学生さん

・脈絡なくメタな対応
 (ルリ子だけでなく千代もカメラに向かってうなづいたことがある)





■第1回「うちは、かわいそやない」

物語は、大正5年から。

■第5回

脚本も演出も演技もよかった。

子供が奉公に出るということの理解が、
大人と子供で差があることを表現していた。

最後のシーンも毎田暖乃の演技が素晴らしいものだった。

作 八津弘幸 演出 梛川善郎(なぎかわよしろう)



「うちがあんたらを捨てたんや」

後の展開を見て、
言わずに済むなら言わないほうが、
人にぶつけないほうがよい言葉というものがある、
( また、人に言わせるようなことをしてはいけない )
と思うところがありました。


( 
  梛川ディレクターについて私が聞いたことのある話
  芳根京子「梛川さんにぶわーって泣いちゃって」
  夏菜  「私もなぎさんに泣いた」「いつもなぎさんだった、頼るの」
  (20170721 ダウンタウンなう)
 )



■第15回



ちゃんと判って言っているわけではありませんが、
涙ではなく、顔の表情で魅せる。
歌舞伎の見得のような。


■第35回



■第45回

一平の包帯の下がポイントと、
予想できていたので、

顔が腫れてるくらいでは、
千之助は心が動かんから、
顔に落書きがしてあることを予測したのですが、

あとから考えると、
そのくらいで笑ってしまっては面白ないし。

天海との思い出との関連があるとよかった。


高峰ルリ子(明日海りお)のカメラ目線にオチはあるのか?

この週、ずっとカメラ目線のところで笑ってきたので、

「新しい喜劇を一緒に作っていきましょ」
のところで、
思いっきりカメラ目線で同意してくれると、
視聴者の側としても、
「うん、うん」と頷く準備をしていたんですが、

ここだけ、
カメラ目線じゃなかったですね。

ルリ子さんは、喜劇がやりたくないのかな?


■第50回

「彦一郎さん!」と言うてしもて、ウケをとったルリ子さんが、
落ち着きをとり戻し、
客席にしきりに視線を送っているのが、
カメラ目線のオチだったのかな。

( こちらが勝手にメタなくすぐりと思っていたけど、
  違う狙いのフリで、
  狙いが完遂できなかったのか、
  まだ、先に決着があるのか。 )

■第57回

千代の部屋で、母と幼い自分の写真を見るヨシヲ。
もしかして、
自分が映っているとわかっていないとか。

■第58回

冷え冷えとしたお話の展開。

思えば、千代が大事にしている母とヨシヲの写真も
ずっと千代が持っていたのだから、
ヨシヲには思入れなど感じることはできず、
そもそも、
実の母の顔も覚えていないのではと思うと、

そんなふうに竹井の家を破壊した
テルヲはとんでもないことをしたんだなと思いました。

■第61回



■第65回



■第69回

千之助は、人に頭を下げるときに、
「あれ何や」と、
外連を使ってしまう人。

万太郎と好対照だと思いました。


( 万太郎はおそらく、
  そういう手管はださいと思っているはず )


■第70回

高峰ルリ子のカメラ目線。

大山社長の伝言が、
書き物を読み上げるのではなく、
そのまんまを口移しするのでなく、
熊田さん(西川忠志さん熱演)自身の熱い想いが乗っかって、
劇団員みんなの気持ちが盛り上がる、
活きた気持ちのやりとりになっているところが好かった。

その時、
盛り上がる劇団員のなか、
千代は一番端っこにいます。
このようなヒロインの立ち位置は、
歴代の朝ドラのなかでもとても珍しい。

万太郎と千之助については、
少し気味の悪い、卵の悪戯から、
関係修復のいたずらの応酬に発展し、
最後に両名とも、
「食べるもん、粗末にしたら、罰あたるんや」とお仕置きを受ける、
この落とし前が好かった。
食べ物を粗末にするからとドリフのコントが嫌いなお母さんも納得・笑。




70回で、予定の半分は過ぎているようなのですが、
まだ、「大阪のお母さん」とか片鱗も見せてない、
これからも、
いろいろ大変な予感。

■第72回



■第74回

こないちっちゃいちっちゃい石やったんやわ
それでも激痛やで
人間なんて弱いもんやな

肉親のことについて心に刺さった棘ならなおのこと。



■第75回

どんなに憎んでいる相手でも、
内なる黒い気持ちを押さえつけ、
相手を奮い立たせ励ます、

それは自分自身をも救うことになる。

「許す」「許さない」の二者択一、
または、
憎まれた方から贖罪、

などとは異なる決着が好かった。


同じ長屋に、夫婦と子ども(姉弟)2人の家族がいることを
1週間かけてみせている。

みつえの
「ああ、この人も親なんやなと思てしもてな」という台詞に、
第3週、第11週のシズ・みつえの物語を思い出し、
さらなる趣を感じる。
朝ドラを毎日毎日観る楽しみのひとつです。






ええお弔いのシーンでした。



こういうことがあったという覚書





■第81回

一平「今から俺が何きいても、ええで言うてくれな
一平「こないな時やのに、芝居やっててええねやろか
千代「何でそないなこと
寛治「ええで。ええんですて。
一平「(千代に向かい)せやな、ええねやんな、うん

一平の胸中、
現状にあまり疑問を感じていない千代、
寛治の感受性、

台詞はシンプル、
演者が深く演じる、

好いシーンでした。


■第89回

「私はただ、しようと思うことは是非しなくちゃならないと思っているばかりです」

美しい台詞は千代の内に染みて蓄えられ、
一時的に見失っても無くなることはなく、
ここぞというときにその身のうちから溢れ出て、
自らを奮い立たせる。


■第90回

福富の椿さんの消息も明らかになるとよいのですけれど。
福富がみつえによって料理店として続いていくなら、
またそこで働くとか。


■第95回

一平が老け演技をしているのに対して、
千代が口調の若い未成熟な演技なのは、
それも計算された俳優の演技なのかも。

「お家はんと直どん」の台詞

「親として、この結婚は反対です」
「あんたさんは生娘の初恋を踏みにじるおつもりですか」
「そういうあなたこそ生娘の初恋を踏みにじったドタヌキのくせに」
「あんた、おてるさんかいな、ああ、えらい年季が入ったなあ」
「私は今日まであんたにだまされた、傷物にされたと恨んでました」
「わしはあの時からずっと、あんさんのことを思ってましたんやで」
「ほかの奥さん貰て娘さんまでいてるくせに」
「それとこれとは話が別やがな」
「もう取り返しのつかへんことですけど、あんたの気持ち分かって、うれしいわあ、直どん」 


■第97回





「そういうあなたこそ生娘の初恋を踏みにじったドタヌキのくせに」

岡福の調理場には、みつえと福助の祝言か家庭劇か集合写真が掛けられている。

( このところのシビアな展開に華丸さんが受けに苦慮している感じ )


■第99回

ルリ子さん、千之助、大山社長が物語から退場していることに、
展開上の必要性があるんだなあと思うことなど

寛治の料理が満州で覚えた(ヨシヲから教わったかもしれない)ものであること






■背中合わせのけんか音頭





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2021年04月16日

【ドラマ】 黄金の日日 1978年 (書きかけ)



1978年の大河ドラマ。 ( Wikipedia )

2021年4月より再放送されています。

以前から、NHKオンデマンドでいつでも観ることができるのですが、
 https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2012036283SA000/

再放送は、
毎週、毎日、定期的に観るという、
大河ドラマや朝ドラの正しい鑑賞方法を提供してくれる、
貴重な機会と感じています。





■助左

生真面目で勤勉な助左に、
プロジェクトXの登場人物たちを思い出します。

彼らは何を生きがいに頑張ったのか。


■親家族でなく、町に育てられた登場人物たち






■第一話 信長軍包囲

 冒頭、

 「堺は未だ破壊せらるることなく、黄金のうちに日日を過ごせり」
 と言いながら、背景は炎に包まれた町。 
 安土桃山時代を描く、黄金と名乗る歴史ドラマのオープニング、
 朝日かと思えば、盛り上がる曲の進行につれて、沈む夕日。
 
 炎、黄金、夕陽が示すもの。


ーーー


・最初のシーンの善住坊の真っ直ぐでない目つき、令和の世には見ないものかも。
・「南へ行って生きる場所を探そうと思っている」
・銭二万貫は、4〜5万石、現在の価値で、18億〜20億円のイメージでとらえています。


■第二話 岐路



・いきなりおとりにされ捨て駒扱いでも再会した際は人懐っこく駆け寄る善住坊
・枝を咥えている五右衛門
・信長の取り立てより自分の夢を優先する助左。

・美緒と兼久との会話、しまと宗久の間柄、連れ去られる五右衛門の母親など、重要かつやや生臭い描写がありますが、子どもでも二万貫相撲の爽快な描写で十分に楽しめるし、茶の間が気まずくなることはない日曜夜8時の番組。
千駄櫃(せんだびつ)、字幕がないと私には聞き取れない


■第三話 羅針盤

「幾らで売られて、幾らで買われたんだろう」

・助左19歳、1569年に数えで19歳なら1550年生まれ?
 ( 歴史的事件の西暦を知ればその時助左が何歳かすぐ分かる )
・信長自身は考えや思いを口にしないのが雰囲気を膨らませている
・善住坊と五右衛門が得た報酬5貫は、現在の数百万円?
・「しのぎうち立ち」とは、「とるもとりあえず出発し」という意味?





呟きの記録

■オープニング・テーマ音楽



黄金の日日 - 尾高忠明
[iTunes]黄金の日日 - 尾高忠明

大河ドラマ「秀吉」のオープニングは、
トランペットの主旋律が、
金色の広間や実る稲穂とむすびつき、
あぜ道の泥水でさえ輝き、
煌びやかに奏でられる。

秀吉 - 大友直人
[iTunes]秀吉 - 大友直人


黄金の日日は、黄金、炎、夕陽
秀吉は、黄金の広間、稲穂、流れ星

( 黄金の日日 で動画検索 )

( 大河ドラマ 秀吉 オープニング で動画検索 )


■フロイス





麒麟がくる との比較



「麒麟がくる」で松永久秀は古天明平蜘蛛の茶釜について
「それを持つ者は誇りを失わぬ者、志高き者、心美しき者」と
光秀に言い残した。
信長は一万貫で売ると言った。

利休と助左はそれをなんと見る?

「手前は、
このただ同然の代物を大名たちに高値で売り付け、
その金でおのれの商い船を手に入れました。
これが手前のいくさでございます。
この呂宋助左衛門、
あらゆる弱き者たちの守り神でござる」
(「真田丸」第28回)






( 穿った見方とは思わないが、
  本作の最終回に出演している、
  −歌舞伎座初舞台よりもこちらが先らしい−
  十代目松本幸四郎
  大河ドラマ登板が準備されているのかもしれない 20210211 )



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2021年04月12日

【ドラマ】 青天を衝け 2021年 ( 書きかけ )










この一見、センスのなさは、先々心配・笑。


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2021年03月29日

【ドラマ】 いだてん〜東京オリムピック噺 2019年



20210329追記



まーちゃんは政治家からだったけど、
その後継者たちは政治家でなくビジネスマンから金を引っ張ってきたのかな。

以下の台詞に続く、まだ描くべき、何かがある。
「楽しいの?楽しくないの?オリンピック」
「オリンピックは国家的大事業です。
日本の文化や精神を
世界中の人たちに理解してもらう。
今の日本を広く世界にみてもらうんです。」
「今の、日本(ニッポン)は、あなたが世界に見せたい日本ですか。」


20200719記






20200717記

 



20200325記

放送が終わって3か月余りしか、
経っていないのに、
世の中は、なんて有様なんでしょう。

今こそ、もう一度、このドラマを観返さなければならないのかも。







2019年のNHK大河ドラマ。
毎週毎週、日曜の夜を楽しみに待ち、
毎週毎週、楽しみました。
1年間濃密なドラマを観ることができた満足感があります。

視聴率なんて、
自分の気持ちや考えとは別のもの。


でも、私にとって、この大河ドラマは、
いつも、何か、苦い、煮え切らない思いが
微かに残るお話でした。

単純に、
オリンピック万歳、
東京オリンピック万歳、
とは言えない部分を
どこか含んでいたとおもいます。



物語を通じて、
選手個人の思いが
ナショナリズムと
時に混じりあい、
時に対立し、無残に蹂躙されたり、
その相克が綺麗に解決することはなく、
それを生み出すオリンピックって何なのか、
腹に落ちることはついになかったと思います。

たくさんのアスリートが登場しましたが、
選手を引退した後は、
体協やオリンピックと関わりを持たなかった、
三島天狗こと三島弥彦こそ、
理想のアスリートの生き方のように思えました。

このドラマを観終わったこれからの私は、
オリンピックを無邪気に楽しむことは
もう無いように思います。
いや、それでも、やはり、
感動したりするのかな、
それがオリンピックなのかな。

このドラマで最も印象に残ったカットは、
オープニングの競技場で笑う女の子でした。




実際に、
東京オリンピックの開会式を観て、
2020年の聖火ランナーに選ばれた人がいる。

そして、
私は、ドラマを観て、
東京オリンピック開会式の日に生まれた、
五りんの娘はどんな人生を送っただろうと、
想いを馳せる。

近現代の歴史的事実を題材としたドラマの、
虚実皮膜に思いを致すところがありました。





【シマにはまりました】

私は、この物語の主人公たち、
金栗、田畑、志ん生(孝蔵)、五りんに
あまり感情移入できなかったんですね。

( 五りんは、その後、
  どんな人生を歩んだのか?
  なんだか想像できない、
  それはために創られた登場人物みたいに
  なってしまったからでは? )

一方、
シマにはとても心を持っていかれました。




だから、
増野氏(ついに名前なし・笑)とりくの
戦中・戦後が一切描かれなかったのが、
物語にぽっかり穴が空いているようで、
不満があります。





【女性アスリート】

女性アスリートの発言の変遷が大変興味深いものでした。

・自らの欲するままに走り始めたシマ

・同性に「あなた、ご幸福ですか」と問う、二階堂トクヨ

・日本中の「頑張れ」を背負って泳いだ前畑秀子

・東洋の魔女谷田さん
「勝ってよかったね」ってみんな喜んでくれたけど、自分には「あんたたちのためやない、自分のためや」って、そう言い聞かせていました。人のために、できますか?(第45回いだてん紀行)




【まーちゃんが夢見た選手村】


■東京オリンピック選手村の「インターナショナルクラブ」という名の小さなコーナーで、
50日ほどのアルバイトをした女子大生の記憶

・「村の中には無料の循環バスが双方向にゆっくりと走っていて、どこでも乗り降りができます。自転車や傘も十分にここかしこに用意されていて、どこから使ってどこに置いてもいいのです。」

 ( 映画東京オリンピックを観ると、
   傘は和傘で、外国選手が差していると、とても趣がありました。 )

・コンゴから、たった二人で参加した、ヨンベとウランダ。
 英語もフランス語も話すエリート。
 「僕たち二人、パリに留学中で、語学や社交など心配ないものが派遣されたんだ。
 僕たちの使命は、競技に勝つことではなく、僕たちの国を世界中に紹介することなんだ」

・冷たい態度のチャスラフスカ
 「(周りにいる女性たちは)ヴェラのお世話についているのではなく、ヴェラが亡命しないように、よその国の人と危険な会話をしないように見張っているのよ。政治的にはチャスラフスカは危険分子なの。民主化運動に加わっているから。チェコとしては、オリンピックに出したくないけど、世界がそれでは許さないから、厳重に警備をつけて出しているのだから、話しかけたりしたらヴェラが困るのよ」


映画東京オリンピックにもちらっと映っている、
ヨンベ、ウランダについては、
ドラマの中の描写とは印象が異なり、
アスリートというよりは、
国を代表する外交官という感じで、
現実のお二人は、
ドラマの中の四三・弥彦に重ねるには立場を異にするようにも感じました。

ヨンベさん、ウランダさん、その後どんな人生を歩まれたのか。
おふたりともIOCのデータでは没年が記載されていない。
ご存命なのか、どうか、気になります。

https://en.wikipedia.org/wiki/Republic_of_the_Congo_at_the_1964_Summer_Olympics
https://www.backstage.com/casting/japanese-tv-series-307527/

LEON YOMBE
https://www.olympic.org/leon-yombe
https://en.wikipedia.org/wiki/L%C3%A9on_Yombe
https://www.olympedia.org/athletes/66318

HENRI ELENDE
https://www.olympic.org/henri-elende
https://en.wikipedia.org/wiki/Henri_Elend%C3%A9
https://www.olympedia.org/athletes/66303



gettyimagesで見つけた、ウランダさんの写真

コメントは、
選手村でトレーニングするコンゴのウランダ(1964年9月24日)としか、
ありませんが、
カメラに背を向け、腰に手をあて、ウランダを見ている、
コンゴと背に書かれたトレーニングウェアの男性は、
ヨンベさんに決まっているではないですか。

写真をよく見ると、
高跳びのバーを越え、宙に浮いているウランダさんは
靴を左足だけに履いているのです。


お二人は、私にとって、どこか、ミステリアスな存在になりました。





【各回の感想】

第1回「夜明け前」





第8回「敵は幾万」

四三が、
日の丸のついた運動着を渡されるシーン。

ここは撮り直しになっていると思われますが、

運動着を渡す小僧さん(*)の笑顔が
とても素晴らしかったので、
あれが無くなってしまうのなら、
とても残念です。

( 撮り直したものを観ました。
  小僧さんの笑顔はそのままでしたが、
  カット割りを変えているせいか、
  シーンの雰囲気が少し変わった気がしました。 )

(*)字幕から推測すると、
黒坂辛作の息子、勝蔵らしい。
(演者 阿久津慶人)


第11回「百年の孤独」

マラソンしてみたら、世界記録が出てしまった、
日本で一番足が速いから、世界でどんなものか試してやる、
そんな無邪気な気持ちで出かけていった、オリンピック。

痛快男子三島弥彦が
ストックホルムで感じた百年の孤独、
これは、
近代オリンピックを最初に経験した彼だけが実感できた、
孤独な感慨であることがよく分かりました。

第14回「新世界」


第19回「箱根駅伝」



第26回「明日なき暴走」
日本女性初のオリンピアンを美しく描いた素晴らしいラストシーン。


でも、
「あなた、ご幸福ですか」という質問には、
なんだか恐ろしさも感じています。
四三はオリンピックでメダルがとれなくても
不幸せではなかったことは既に描かれている。
男性と女性は違うのだろうか、
前畑秀子はどうだったんだろう。

二階堂トクヨは、シマにも同じ質問をしたことがあり、
(第20回「恋の片道切符」)
彼女が自分自身に問い続けているフシがある。

「明日なき暴走」という題名には、「Born to Run」という意味も隠されているのですね。
 https://www.oricon.co.jp/news/2151061/full/
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E6%97%A5%E3%81%AA%E3%81%8D%E6%9A%B4%E8%B5%B0_(%E6%9B%B2)

放送の翌日にシベリアを買いに行ったのも良き思い出。


第31回「トップ・オブ・ザ・ワールド」

「オリンピックとは」が、
最後の永田市長の発言も含めて、
45分に詰め込まれている。

俺は、日本人だ!
I am Japanese-American !
I’m Irish-American !
I’m Afro-American!
と、口々に叫ぶシーンには感動しますが、

( みんな違ってみんないい、って言ってるのに、)

「同胞のみなさん」とか言い出す人が現れるところまであるのがこのドラマ・笑。

オリンピックとは、

・浮かれてしまって、似合わないミュージカルシーンをやってみたりする・笑
・ちょっとした体調の狂いで、一生後悔するようなことになることもある。
・田畑と黒人の守衛さんは別に心が通いあったわけではない。でも何週間か同じところで過ごすことで生まれるものはある。
・四三が水浴びを始めたように、オリンピアンの活躍に刺激を受け、走り出す人がいる。




第32回「独裁者」


第36回「前畑がんばれ」


第37回「最後の晩餐」


第39回「懐かしの満州」

つまんないこと言いますと、
再放送時は、
1961年病床の志ん生を演じるたけしの金髪が気になった。
今の視聴者は忖度しても、
10年後のお客は騙せないのでは。

第41回「おれについてこい!」

2020年7月の再放送では、大松監督部分のカットを戻したようです。


第44回「ぼくたちの失敗」


第46回「炎のランナー」

「世界平和に背を向ける卑怯者だ!」

(この発言は実際に田畑が執筆したものからの引用かもしれませんが、)

ドラマを観てきた感想として、
彼はどこまで本気でそれを言っているのかと思ってしまう自分もいます。


最終回「時間よ止まれ」


ふたたびストックホルムを訪れた、
本物の金栗四三の映像が流れました。

一度は観てみたいと思ったものを目にすることができましたが、

いだてん紀行でなく、
ドラマの中でそのまま使われたのは、
観る側として、
瞬間、ドラマの世界から抜け出てしまうような、
少し醒めてしまったところもありました。

インタビューのところからは、
ドラマに戻ってもらったほうがよかったような。

たぶん、
中村勘九郎が演じてきた金栗四三は、
その映像とはちょっと違う雰囲気な気がするのです。
1年間ドラマを観てきた私は、
史実とずれていても
それが観られれば満足すると思うのです。

そして、
本物の金栗四三が語った言葉を、
ドラマの中の志ん生が引き取って、
大長編ドラマのサゲにして、
幕が下り、
その裏で、
志ん生を演じたビートたけしが
おどけたポーズで締める。

史実とドラマと現実が、
ないまぜになった終わり。

作りての意図だったかもしれませんが、
私は少し混乱したまま、
観終わることとなりました・笑





#いだてんの良いところを語ろう タグに
はまっていたこともありました・笑。

このようなこともあったと記録に残しておきたい。





2020年5月に、
NHK国際放送「NHKワールド JAPAN」で放送されたワールド版 【IDATEN】
再編集されており、
日本とオリンピックと描いたドラマとして
とても好かったです。















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2021年03月14日

【ドラマ】 純と愛 第26週「いきる」 (最終回)



2012年下期の朝ドラ

20210314記

宮古島のホテル、サザンアイランドは、
2021年も営業しているのでしょうか、
コロナの影響を受け、苦闘しているのでしょうか。

ほら、現実に生きるって、そういうことが起きるのだ、
と脚本家がしたりと言いそうですが、

同じく、コロナで打撃をうけた、
北三陸市では、
お馬鹿な人たちが、
大変だけど、明るくばたばたしてるような気もする・笑。


20130330記
 
物語の一番最後のまほうのくに写真館は、

ジュークボックスの前で白いユニフォームに身を包んだ、

宮古島市の待田純さんですが、

その写真とそこに映る表情から、

ホテルは魔法の国として立派に営業されている、

ジュークボックスも必ず修理される、

しかし、いとしは、目覚めていない、

と感じました。(*)

「生きる」とはそういうことなんだ、

と言いたいドラマだったのでしょう。


ーーーー


被災者の方やその家族のための様々な支援活動をされている
堀内正美さん(待田謙次役)が、
「このドラマは、愛する人を失った人たちのための物語。
純はそういう人たちにとってのジャンヌ・ダルクなんだよ」
と言ったそうですが、

観る人にそう思わせられたかどうか、
脚本家をはじめとした作り手に対する評価を
計る目安のひとつかもしれません。


ーーーーーーーーーー

20130420記

(*)「純と愛スペシャル 富士子のかれいな1日」でも、

同じような状況を感じました。








2021年02月07日

【ドラマ】 麒麟がくる 2020年



「麒麟がくる」と信じたい人々が一所懸命生きていく話をもっとたくさん観たかった。




本能寺の変の原因の諸説を全部集めたが、
落としどころや焦点を定めないまま、
始まり終わった大河ドラマ。

結果、
光秀・信長以外の人物皆に、
「私のせいじゃないですもん」みたいな、
無関係、無責任感が醸されてしまってた。
それはドラマとしては、大問題。

麒麟が来る気配は全くなく、
光秀、義昭を見てきた駒にとっては、
絶望的な無常を感じるべき顛末だったと思う。

駒は、大大名と大商人の茶会のついでに、
丸薬を売るただの商人になった。

当初、東庵と駒は、
戦乱に傷ついた庶民を
無償で治療する人であったのだが。

そして、
将軍は瀬戸内で鯛を釣り、
天皇は博打好きの医者と
以前は碁であったが、賽に行方を任せる双六に興じている。

これらが意図した皮肉でないのなら、
このドラマは何が言いたかったのか。

まさしく、
「麒麟がこない」お話だった。

あるいは、
作者は、天海明智光秀説に希望を描きたかったが、
時代考証の先生の賛同を得られなかったのかもしれない。

(天海を演じる気満々な長谷川博己さん、
 ドラマのラストより、
 こちらのコメントのほうが胸にきた)


「僕は、
最後は明智光秀は生き延びたんだと信じたいです。
こんな今の世の中ですけれども、
本当に、現実の世界でも麒麟がくるように願って、
念を入れるつもりで、
ずっと演じていました。
その願いがきっと届いたと思います。
もしも、この先が気になるようでしたら、
ぜひ、皆さまからのコメントをいただきまして、
なにか番外編で、またお会いできれたらうれしいなと思います。
このあと、どうやって光秀は江戸幕府を作ったのか、
それができたら、僕も幸せです。
どうもありがとうございました。」






信長の描き方はとても興味深いものでした。

前半の物語だと、
信長を育てたのは、帰蝶だと思いますけど。

( だから、帰蝶は途中で亡くなるのではないか、と予想していました。 )

さすがに天下統一直前まで成し遂げた歴史上の人物にしては、
子供っぽすぎる感じがしていました。

信長と光秀の関係だけみるとドラマとして見応えがあったとしても、

本能寺や山崎で負けて、巻き込まれる人たちや、
武士の争いに右往左往させられる庶民からみると、
たまったものではないのでは・笑。

せめて、信長および光秀が、
領民から喜ばれる治世を実現させている描写があればよかったと思います。



このような人が麒麟をつれてくるかというと、ちょっと違うような・笑




 
第1回から、
オープニングタイトルのキャスト等を表示する字体が
なんだかのっぺりしているなと気になっているのです・笑


誰かが、麒麟であり、
その人が世を平らかにするのか、

誰かが世を平らかにすると、
そこに麒麟が来るのか。





あとで書き足すためのメモ

・道三、光秀、信長の大きな国の意味

・信長が光秀を信頼する根拠(帰蝶の話だけ?)

・親に認めてもらえなかった子ども(信長)

・光秀が義昭を討つことは拒否し、主君は討つ、考え方の背景

・光秀と信長の関係性はドラマのなかでは、命のやりとりをするほどのものに見えなかった

・語りの海老蔵さんが空気だったのはなぜか




■第十八回


このあと、
どんな風に描かれるのか楽しみな出来事が山盛りで、
この調子で、
本能寺までたどりつけるのかしらんと気をもんでいます・笑。

・今までに見たことのない信長になるのではないか。

・濃姫は本能寺にいるのかどうか。

・駒の活躍がポイントだと思う。


■第二十一回

第二十一回で桶狭間、1560年まで話が進みました。
全44話と発表されていますので、あと23回。
その後の歴史を予習しました。
濃いなあ・笑。

義昭が信長を頼った頃から、
本能寺まで約14年ほどでしかない。

サラリーマンなら、
課長から部長を経て役員になるくらいの年月。

戦に明け暮れる10年20年30年って、
戦国時代に生きるっていうのは
大変なことだ。

織田軍団に所属するってのは、
同時代世界一ハードな職場かも。

日本を平らかにするのに邁進した、
信長と秀吉のモチベーションはなんだったのか、
素朴に知りたくなりました。

1560
桶狭間の戦い
1565
足利義輝死去
1567
稲葉山落城
1568
信長上洛開始
1570
姉川の戦い
1571
比叡山焼き討ち
1572
三方ヶ原の戦い
1573
義昭京都追放
1575
長篠の戦
1576
明智軍・黒井城敗北
石山本願寺との戦いで明智光秀倒れる
明智煕子死去
1577
松永久秀死去
1578
荒木村重討伐
1579
丹波平定
1581
京都御馬揃え
御ツマキ死去
1582
武田氏滅亡
家康饗応
本能寺の変


■第三十三回

正親町天皇(坂東玉三郎)や摂津晴門(片岡鶴太郎)など、
今までの戦国大河ではあまり登場しなかった人物により、
物語の展開を新鮮に感じています。

ひとつ疑問があるのは、
家臣になることを断ったのに、
ずっと信長軍に帯同しているような
今の光秀の立ち位置。

歴史事実では、翌年には坂本城を築城していて、
5年やそこらで、
強烈な出世をしているわけで、
猛烈なハードワークと
生え抜きからみても文句のない実績あってこそですから、
中途半端な立ち位置では
難しかろうと思います。

光秀というのは歴史的事実からみても、
やはり不思議な人物ですね。

( 藤吉郎は、
  中小企業に中途入社した社員が
  15〜20年かけて、
  企業が大成長するのにあわせ、
  役員までのしあがったと考えれば、
  そこまでは、ままあることのように感じる。
  社長が急逝した混乱のなかで、
  会社を乗っ取ったというのも
  ない話ではないか・笑 )



■第三十五回「義昭、まよいの中で」

この物語で、個人的に腹に落ちたのは、
戦国期の茶の湯の位置づけ。
交流の場、外交の場、
そして、謀略、謀殺の場ともなる。

子分や武器を傍らに置かず、
一対一で対峙する。
それで物事が決着できるなら、
非常にコストが小さく、
( 高価な茶器も大量の鉄砲よりは )
双方に効率的だから、
活用されたのだなと思いました。


■第三十六回「訣別」

足利将軍も運命に翻弄されるひとりの人間、
と感じさせる、
いつも目が赤く潤んでる、
滝藤賢一さんの
今まで観たことない、足利義昭が好かった。


■第四十回



番組ホームページに掲載された脚本家池端俊策氏のインタビューでは、

・「平蜘蛛」の意味は「それを持つ者は誇りを失わぬ者、志高き者、心美しき者」で
 松永がそれを光秀に渡すことにこめた2つのメッセージは、
 「光秀、お前が麒麟を呼ぶんだよ」
 「信長とは縁を切りなさい」
・光秀が心理的に変わっていく、信長や義昭を支える2番手の立場から自身が自立する転換点を、平蜘蛛を使って松永が仕掛けた
・比叡山の焼き討ちでは女、子どもまでも殺し、三淵も腹を斬らされて、身内さえも殺していく。それを目の当たりにした光秀
・松永も自身の死をもって光秀を試している。「信長にウソをつけよ、ここで平蜘蛛を渡したら、お前は一生2番手のままで終わるぞ」と。光秀はその意をくんでいるから、ウソをつく。きっと光秀と松永は気持ちが通じ合っていたのだと思います

とありました。

私自身は、

この時代の茶器の名器は、
(現代の外車とかタワーマンションのような、)
権力や金を持っている者が執着しているもので、
麒麟を呼ぶ人にふさわしいものという感じがあまりせず、

一方、(帝を診ている東庵でなく、)
薬を民に配る、
(直接でなく、寺社経由なのも興味深いですが、)
駒の位置づけが気になります。

池端氏は、

・もし自分(光秀)が政権を取ることになれば、帝がそれを許されるかどうかの心証を得たかったのではないか

とも言っていましたが、

これまでの光秀からは、
自分が世を治めるような考えをあまり感じていません。

この物語のゴールが本能寺と思っているからでもありますが、

信長も光秀も、
上っていく一方で、帰蝶や熙子を失い、
孤独感が増していっています。




20200621記

「麒麟が来るまでお待ちください 戦国大河ドラマ名場面スペシャル 国盗物語」
を観ました。

私にとって、「国盗り物語」は、
初めての司馬遼太郎で、
初めての大河ドラマです。

だから、特に、
私の元々思う明智光秀の性格・特性はこの作品で作られたものです。
「麒麟が来る」で
それとは異なるどのような物語を観ることができるのか、
楽しみです。



20200726 「謀反に関する大切なお知らせ」






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2021年02月01日

【ドラマ】 朝ドラについて(書きかけ)



いつか、大坂なおみをモデルにした朝ドラが作られるだろうか




NHKの朝の連続テレビ小説、朝ドラについてのいろいろの覚書


■朝ドラの制作目的

視聴者が、毎日、毎朝、観て、楽しい、ということが真ん中だと思います。

「ああ、おもろかった、さあ、今日も働こか」みたいな。

観た後、なぜ主人公はあんなことしたんだろうと1日頭に残るようなことがあってはイカン。

語弊がありますが、
そんなに難しいお話でなくてもいいのだと思っています。

しかし、名作と言われるものでは、

明日、どうなるか気になってしまって、
とか、
重要登場人物がいなくなってしまって、

今日の仕事が手につかない、

ということも。

私の経験では、

ちりとてちん 第115回
あまちゃん 第132回
ひよっこ 第105回
など
15年間で3つ挙げられれば、

それはとても幸せな思い出ですが、
いつもいつもそういうことでは疲れてしまう・笑。


毎回、レベルの高いドラマを観たいのだという人もいるでしょう。
望むなら、私もそうです。でも、

おしん
カーネーション
スカーレット
ローテーションで延々続くとしたら、

個々の作品は繰り返して観る価値のある名作ですが、

私は、喜ぶのは最初だけで、全部観終わらないうちに、

ごめんなさい、もうお腹いっぱいです、私が間違えていました、
ここらで、もう少し、気楽に楽しめるやつをお願いします、

って言うと思います・笑。


■朝ドラは大変特殊なドラマ

仮に大駄作だったとしても、視聴を止めずに、物語が終わるまで文句を言い続ける・笑

民放の連続ドラマなら、観なくなって、誰も話題にしなくなるだけなのに。

観なきゃいいじゃんと言われても、ムキになって言い返す・笑

ドラマに対してでなく、その人の生活に文句をつけているみたいになるのかな、

人によっては、嫌でもなんでも毎日同じ時間に観ることになっている特殊なドラマ。

ただ、ひとつ指摘しておきたいのは、

私も含めて、いわゆる、

Twitterの朝ドラクラスターは、朝ドラの作り手からみて、視聴者層の真ん中ではない。


■AK、BKという分類や系統は存在しない。


長年、朝ドラ作品およびその制作にまつわる情報に親しんでいますが、

東京制作、大阪制作、それぞれが独立していて、
まるで、各々が映画における松竹や日活であるがごとく、
各々の定めた方針あるいは特定の決定権者によって、
コントロールされているというようなことを示す事実に
触れたことがありません。

私が持っているイメージは、

サラリーマンが、ときに東京営業部、ときに大阪営業部へ
異動してお仕事するように、

サラリーマンのテレビ部長、プロデューサー、ディレクターが、
東京へ異動したり、大阪へ異動したりして、
そのときそのときのお仕事をしている、

というものです。

「今は、誰それさんが、ドラマ部長だから、」という
論評は成立するのかもしれませんが、
夕刊〇〇の記事みたいだ・笑。

TBSのドラマとフジテレビのドラマを
放送局単位でひとまとめにして比較するように、

(そのような乱暴な論も寡聞にして見たことがありませんが)

AK・BKという独立した制作主体があるかのように論じるのは、

前提から的を外しているように私には思えます。


(参考)

  https://otocoto.jp/interview/hiyokko01/

  http://blog.livedoor.jp/p_s_y/archives/51770206.html


■自分の嗜好がわかる

自分はこういうのが苦手なんだなと気づくことがあります。

苦手とは、

明日が楽しみだな、という気持ちにならない展開。

私の場合、

気の荒らそうな岸和田の皆さん(スカーレット)
娘を売るために営業妨害しにくる反社の皆さん(おちょやん)
気が病んでしまいそうなお姑の圧力(おしん)など。

私はそうではないのですが、
いわゆる毒親表現を大変つらく感じる方が多いように思います。

しかしながら、
ひとりひとりにそういう好き嫌いがあり、
作品の良し悪しとは別と考えます。

万人にうけることが求められている、朝ドラや大河は、
大変だなと思います。


■朝ドラとして選択されるテーマ、内容

主人公や内容の選択も時代の流れ、視聴者の変化などとのタイミングがあるはず。

いつか、大坂なおみをモデルにした朝ドラが作られるかもしれない、

私は、いつか、
大坂なおみの小学生時代を子役が演じる朝ドラを観ることを夢想する。

でも、今(2020年)企画しても、皆が楽しめるドラマとしては、時期尚早的な意味で成立しないと思う。


■戦争・敗戦・国防婦人会

・戦争を描くなかでヒロインの不幸が極まっていき、
 敗戦によって底打ちする展開がよくあります。

 しかし、戦争と敗戦を
 物語展開の転換器やカタルシスの道具として使い、
 「お国に騙された」と登場人物の免罪符になったりするのも、
 危うい思いがするところではあります。

 この部分についても、
 「おしん」はよくできていると思います。

・ヒールとしての「国防婦人会」
 「婦人」であることが朝ドラ要素なのでしょう。
 女の敵は女みたいな。

 でも、夫や息子を軍にとられて、
 盲目的に戦争に協力することが生きがいになってしまった、
 とか、
 戦後、どのように変わったのか、とか、

 もう一段、深い描きかたもみてみたい。


■朝ドラ主題歌

朝ドラにおいて、主題歌、オープニング曲は、大変重要な要素です。

「おしん」は、全297回で4455分・74時間15分の大作です。

毎回、冒頭がオープニングタイトルで、テーマ曲が流れます。
約65秒間あります。月曜日は約80秒です。
毎週、405秒で6分45秒。

全体では、74時間のうち、5時間半余りはテーマ曲を聴くことになります。

( 月曜日放送は49回(297÷6=49.5)と仮定して、
80*49+65*(297-49)=20040秒 )


  
・必ず主題歌から始まるオールドスタイル

・パターンが変わってきた最近のパターン

 おちょやん


■ヒロインオーディション

かつては、演技経験のほとんどない人をオーディションで選ぶことがあったようですが、

おちょやん」で杉咲花が、
2種類の関西弁を自然に話すこと、
(関西喜劇人の関西弁が不自然では話にならない)
劇中劇を演じ、しかも、最初は素人からだんだん熟練していく、
などを要求されているのを見て、
要求レベルがとんでもなく高いことを感じます。

経験の浅い俳優を抜擢する場合は、
そのこと自体を活かすような設定など
必然性のある工夫がないと成立しないのでしょうね。


芳根京子「『7月に体調を壊して、8月にマネージャーさんとケンカして、9月に精神が崩壊する』というジンクスがある」
 (20170721 ダウンタウンなう)
まだ、放送が始まる前に精神崩壊しているという・笑


■長い物語、長い撮影期間

そんなに重要なシーン、台詞がなくとも、長く画面に登場していた人物がここぞというところでいいシーン好い台詞を。
観るほうも長く観てきたからこそ深く感じ取れる。

 おちょやん 第98回の石田香里(松本妃代)


また、いい演技、いいやりとりが、長くいっしょに撮影してきた演者同士の関係性から醸し出されているのではと思うことが。









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2021年01月30日

【ドラマ】 おんな城主 直虎 2017年



2017年のNHK大河ドラマ。

語るべきところがあまたある名作だと思いますが、ひとつだけ。

第33回「嫌われ政次の一生」がもの凄い回なわけですが、

第34回「隠し港の龍雲丸」で直虎は龍雲丸を相手にした悪夢をみます。

第33回が神回であればあるほど、
観る人が、物語を退場した政次に心が引っ張られたままになってしまうところ、
第34回の直虎の夢の中の行動により、
直虎と観る人の思いの方向が龍雲丸に引き継がれる効果を生み出していると思います。

そのことにより、主人公の相手役が自然に切り替わる。

物語の作り方として、たいへん巧緻なところだと思います。



( 2回連続で、大悲劇を観させられるわけですが・哀 )



 第33回「嫌われ政次の一生」
  https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2016075792SA000/


歴史の出来事の中には、
後の世の人が決して真実を知ることができないものがある
と教わりました。

だからこそ、
ドラマという作り物の素晴らしさ。


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2020年11月28日

【ドラマ】 エール 2020年



音が裕一のことを
コロンブスレコードのディレクター廿日市に売り込みに行ったのは、
吟と智彦のお見合いの席で、
智彦が
コロンブスレコードで働く叔父を紹介できると言ったから。(第28回)


■私が観たかったこと、知りたかったこと

・大衆歌が人々の生きてきた記憶と結びついて描かれること
 
 軍歌ならなんでも嫌悪感を抱く人もいるでしょう。
 しかし、
 「船頭可愛いや」「長崎の鐘」などだけでなく、
 「露営の歌」「暁に祈る」も、
 その人の大事な忘れられない思い出と結びついていることもあると思います。
 
 裕一が創った音楽を聴き、生きた人たちの豊かなエピソードを期待していました。

  歌は「朝も昼も夜もずっとそこにある」(星影のエール)

  「自分の思い出とともにあんのよ、音楽って」(宮本浩次)


・戦前に軍歌に関わったことを古関裕而や福島三羽烏(コロムビア三羽がらす)はどのように考えていたのか。

 これは特殊な論点ではなく、
 音楽であれ、映画・ドラマであれ、テレビ番組であれ、
 多くの人に広く伝えるものを創造する仕事の人たちに共通の問題だと思いますし、

 普通の職業人にとっても、
 仕事と法律や倫理や社会の雰囲気などとの関係において、
 いつでも自分の身に起こることだと考えています。

 SNSで発信が簡単な時代では、もはや個人ひとりひとりの問題なのかもしれません。
 (大袈裟にいえば、ひとつリツイートするのも個々人の責任があるというような) 

そのような論点において、
自分が勝手にあらかじめ期待していたものと合致しないところがあったドラマでした。

そして、

ある時期は、戦時歌謡を持てはやしていたのに、
ときが進めば、軍歌を「戦犯」呼ばわり

するようなことがある人たちを
他人事としてとらえているとの感想を持ちました。


■脚本家の交代

ドラマ「ハゲタカ」の脚本家(林宏司)、
「サラリーマンNEO」を企画したディレクター(吉田照幸)、
どちらも私の好きな番組を作った人たちです、
あとは、制作統括やプロデューサーの腕かもしれませんが。

ひとつ指摘できるのは、
朝ドラというものは、
ヒロインだけでなく、
脚本家と演出家も相当大変ということははっきりしているので、
脚本と演出に同じ名前がクレジットされるのは、
異常事態だということです。


■コロナの影響

制作の中断、
主要人物の演者の死去、
放送回数の短縮、
キャストのスケジュール調整困難、
等々、
制作現場は相当に大変だったに違いない、
と、心中お察しいたします。

橋本じゅんさんをスピンオフエピソードで閻魔様として出した以上、
それと何にも関係ない別の役で再登場させようとは、
普通なら絶対しない。


■感想を書くための覚書

・裕一の創った曲が街に流れているシーンがない。

・讃美歌、クラシック、流行り歌、軍歌、ジャズ、ロカビリー、どの音楽もそのときどきの物語展開の道具だてとしてのみ使われた感。

 ( 別の作品を引き合いに出して比較することはあまりしたくないのですが、
   ほんの数年間の物語である「ひよっこ」では、
   同時代に流れていた、歌われていた、
   流行り歌(坂本九、加山雄三etc)、合唱曲(ロシア民謡、唱歌)、映画音楽(バーンスタイン)、ビートルズ、などなど、
   様々な歌が、
   物語に寄り添って、時には登場人物が実際に唄い、豊かに使われていました。
   最終週の「家族みんなで歌自慢」なんて裕一が出ていてもいいんだけど・笑 )

・音や音の母は、裕一の曲に影響を受けていない。

・誰にも戦争責任がない描き方、レコード、映画、ドラマなど表現物を造る人の責任の描き方

・こんちくしょうという台詞に抵抗があった薬師丸ひろ子の気持ち。(第90回)

・大衆歌より讃美歌?同じ場面で露営の歌を歌ってもひとつのドラマになったと思う(第90回)

・戦争に加担した(と感じる)罪が懲役刑のように償われた感じ(第93回)

・音が感じていた戦中の違和感が戦後どうなったのか、吟の戦中と戦後の気持ちの変化など、私の知りたいことが全然描かれないもどかしさ (第94回)

・智彦の戦後の物語に、「暁に祈る」のことが一切出てこない。

・「バンブー」が戦後、脈絡なくJAZZ喫茶になるのも、そのときどきの時流に安易にのっているような感

・古関裕而と筒美京平
 ヒットチャートの1位となることを第一としていたという筒美京平が古関裕而と同時代にいたらどのような仕事をしていたのだろう。

・関内家がクリスチャンである設定の意味
 裕一と音が出会う場所のため?
 讃美歌に特別な意味をもたせている?

・恵さんの思い出話が妄想ほら吹きみたいで終わったのが残念。
 そこに(表に出なくとも)説明がついていたら、
 野間口さんの演技も変わるはずなのに。
 ( 古本屋のエピソードを入れたんだから、
   「それ、先週読んだ小説でしょ」とか )
 結婚して何十年も経ってなお、
 「そんなこと聞いてない」というリアクションは変・笑。




2020年上期の朝ドラ

この物語では、

「エール」とは、誰が誰に、何が何に「エール」を送るのか


主題歌「星影のエール」では、

夜の星の光をエールに例えていて、

星の見えない日々
互い照らす
夜明け前の空
暗闇にほら響け

などのフレーズのあと、

星は、
朝も昼も夜もずっとそこにある、

と歌っています。


主人公の周りの登場人物たちは、
主人公の音楽家としての成功を喜んでくれますが、

( レコード会社の人がxx万枚売れたねえ、と喜ぶように、
  テレビ局の人が視聴率xx%だったねえ、と喜ぶように )

裕一の作った曲を鼻歌で歌うようなこともなく、

主人公の作る音楽について、
主人公の周りの登場人物や
世の中の人たちが
何を感じたかの描写が
少ないと感じています。

大衆歌を描くということは、
大衆の暮らしや気持ちを描くことなのでは?

阿久悠が、
「誰かが喜んでくれるといいな、
誰かが興奮してくれるといいな、
誰かが美しくなってくれるといいな、
というような願いを込めながらひとつの世界を創る、
というのが歌謡曲」
とテレビで語るのを見たことがあります。(*)

また、以前、
「「サラリーマンNEO」の作り手は、
サラリーマンに興味がないのではないか」
と思ったことがあります。

このドラマの作り手の皆さんが、
音楽の力や
音楽を人に届けようとする人や
音楽を受け止める人々や世の中
について、
興味がないということが
なければよいが、
と思います。




■第3回
 1919年(大正8年)
 小学4年生の裕一





■第4回

音が歌っていたのは、讃美歌312番「いつくしみ深き」

聞き取った歌詞は、

いつくしみ深き ともなるイエスは
われらの弱気を 知りて憐れむ
悩みかなしみに 沈めるときも
祈りにこたえて 労りたまわん


■第14回


■第16回

「サラリーマンNEO」のコントを観るように気楽に楽しめばよいと
観る側のスタンスが定まりました・笑

■第20回



■ 第33回

昭和6年(1931年)、
満州事変(1931年9月18日)も起こっているはず。
#おしん では、
加賀屋はとうになくなっている。

「影を慕いて」があまり響いてこなかったので、
気づきましたが、
流行歌を描くお話だけれど、
それを聴く人たちの視点が
今までなかったなあと思いました。
今までのコンサートのお客と
「影を慕いて」を買うお客は
層が違うかも。

木枯氏が何を歌うかも重要。
「影を慕いて」か
「酒は涙か溜息か」か
はたまた
「丘を越えて」か。

大衆歌を描くということは、
大衆の暮らしや気持ちを描くことなのでは?

■第40回

朝ドラでよくあるパターンは、
最後のひとつ手前で、
ヒロインの変な叔父さん・笑が
突拍子もないことを言い出し、
最後のカットが
ヒロインがとまどった顔であるやつ・笑
「ボケ」と「ツッコミ」の組み合わせなんですけど、
「ボケ」たまま終わるのは珍しいと感じました。

■第50回


■第53回

恵さんが呟いた名前「伝吉」を一応、覚書・笑

■第55回




演出・松園武大氏
「最愛の父・三郎との別れ、そして三郎が命をかけて繋いだ家族の絆を描いたこの回は、『エール』の特別大きな節目だと思っていました。そのスペシャル感を前面に押し出したいということで、チーフプロデューサーと話し合って決めました。」
(朝ドラ『エール』三郎(唐沢寿明)最期のシーンの裏側 演出・松園武大が語る
  https://news.yahoo.co.jp/articles/a796348ef68293c2a9539173e81a12a1d228965b )

主題歌が流れないことが、スペシャル感ならば、ドラマにとって主題歌とは何だろう、と考えてしまう。

次は、スピンオフでもないのに、ヒロインをまるまる1回分登場させないとか・笑


■第57回



■第58回「古本屋の恋」

題名がこの時代らしく感じられて好いです。

梶取(かとり)保と二宮恵が出会ったのは、
日めくりからすると、
1926年(大正15年)4月15日木曜日。

(ご両親が七回忌とのことで、
ひとりきりで関東大震災を経た神田の古書店主は、
これまでも波乱万丈な人生であったように思いますが)

再放送の副音声で、恵さんは、
「食いついたわ
「乗ってきた、乗ってきた
などと語っていて、
その目で見ると確かにそういう演技をされていたように思います・笑。


■第59回




■第60回

#あさイチ で近江アナが
「どなる人好きじゃない」と
眉をひそめていたのが印象的でした。


■第61回

昭和11年(1936年)から物語が再開しました。
大阪タイガースの歌(六甲おろし)は
昭和11年3月25日に初披露されたそうなので(Wikipediaより)、
すでに二・二六事件も起こっていると思われます。
三羽烏が軍歌に関わることをどのように描くのか興味があるのですが、
この物語の世界ではそういう世の中の気配は全然描かれません。

また久志が最後のオチでした・笑。


■第62回



■第81回

第17週「歌の力」第81回のオープニングでは、作 吉田照幸でした。



■第84回

奥さんの実家が、
軍との商売を主としていて、
かつ
キリスト教徒で特高に目を付けられていて、
元弟子の入り婿が入信し、
聖書を持ってきて、
反戦を説くというのは、
お話の作り方が相当ごつごつしている印象です。



制作側のみならず、観る方にも確立している、徳永えりへの信頼感・笑
この回が最後の登場であるわけもなく。

( 短い出番で呼ばれるけど、
  結構難しいことをやらされる感。
  −夏ばっぱの若い頃、とか
  でも、観る側として不満を感じたことはない、凄い実績・笑 )


■第85回



裕一の台詞で「慰問に『行けと命令がくだった』」とありました。
現実でも徴兵や行政命令以外でも
こういう言い方が当時よくあったのだとすれば、
そういう体制づくりを含め、
やはり嫌な時代だなあと思います。

(最近、廿日市さん出てこないな、
 制作の事情もあるかもしれないけど、
 戦後に「あ軽く」再登場してほしいな)


■第86回



■第88回

裕一が思い知ったことは、
この回で描かれた、
恩師の身の上に起こることを目の当たりにする、
非常に特殊なシチュエーションを体験させないと、
理解できないことでしょうか。

過剰な表現は、視聴者へのインパクトのため、と感じました。

( 一方で、東京大空襲など、一切触れられない。
  弘哉の他にも、音の音楽教室の生徒さんたちは皆無事だったろうか。 )

■第90回 「戦場の歌」

この回を観たあと、とても腹立たしい気持ちになっていくつかの呟きをしました。

このドラマの作り手は、
古関裕而の曲も、自分たちが用意した主題歌も、蔑ろにしているように感じて。

感情的になってしまったと後で思ったので、呟きは消しましたが、
自分への戒めとして、その内容は残るようにしました。







このドラマで私が知りたいのは、

光子さんであのようなシーンを用意するのであれば、

東京大空襲で、焼け野原となった東京で、
裕一のなかに湧く音楽はどのようなものか、
ということ

そうしてみると、
光子さんに「こんちくしょう」と言わせるのは、
このドラマでは意味がなく、
薬師丸さんは、裕一に代わって、歌うことを考えたのだと思いました。

■第100回



■第114回



ドリフのコントでは、ヅラをかぶったりはしても、
演じる人の年齢とは明らかに離れている役をやったりしますが、
この回と次の回の裕一には、
回も重ねたのに、
ドリフのコント内の人のような、
人として一向に円熟してない感がありました。

一方、となりのシムラの
志村のお父さんには
表向き単なるコントでありながら、
年輪を重ねた陰翳がありました。


■第120回(最終回)

物語の最後に、棒を振ることしかすることがなかったドラマの主人公。

曲の素晴らしさも、それを歌った歌い手の素晴らしさも、
もとからドラマを観ずとも知っている。

このドラマが主張していることはなんだろうか、
音楽とは歌とは、それを創る人とは、
いろんなもやもやを感じさせてもらったドラマでした。






【一時休止と再放送】

20200630記


20200516記

6/27(土)の放送で、一時休止になるとのこと。

機会がある度、何度でも言おうと思っているのですが、

「朝ドラと朝ドラ受けは、平和の証」

早く、放送再開されるようになればいいですね。




【みんなで星影のエール】

私は、
髪をセットしてもらいながら、
ゆっくり音程を確認しながら、
歌を練習する堀内さんの歌声に、
「歌の力(エール)」を感じた。



第120回(最終回)でイヨマンテの夜を歌われましたが、

吉原さんが本編で歌うシーンを観てみたかった。




■参考になった情報




https://news.yahoo.co.jp/byline/tsujitamasanori/20201127-00204465/

「戦争に協力した。大量の軍歌を作った。しかし、戦後は大きな挫折もなく、すぐ平和の曲を作り、成功していった。古関に限らず、多くの文化人が当時このような人生をたどった〜」
「戦時下の文化人の生態を知り、それを今後どのように教訓として生かしていくのか。問われているのは、われわれのほうなのです。」
「われわれが日々消費しているエンタメが、ある日を境に、プロパガンダになってしまうかもしれない。そういう厄介な問題を心のどこかで意識しておくこと。これが大切です。」

●根拠がないので、言いがかりになってしまうのですが、
本ドラマの作り手の方々は、
上記のような論点にあまりに無頓着ではないかと
勝手乍ら感じてしまうことがしばしばあり、
私個人は、
放送中、何度もいらいらしてしまったのでした。

もし、裕一が軍歌の覇王だった時代に、
朝ドラがあったとしたら、
あなたはどんな朝ドラを作りますか?
まさか、
「朝ドラは、軍需品だ」と
唱えるようなことはしないですか?
と問うてみたくなる気持ちになってしまったのです。




https://note.com/jishizuka/n/n8684bd56dd93

「「船頭可愛や」は売れなかったのではなく、売れたから、三浦環によるいわゆるカヴァー盤も出たのです。しかも古関は、1936年には「大阪タイガースの歌(六甲おろし)」、37年には古関の戦前最大のヒット作「露営の歌」を発表。それを受けての三浦版のリリースだったわけです。加えて、山田耕筰は、1941年の三浦環の音楽会のために、「船頭可愛や」の管弦楽伴奏編曲もしています。」
「全てを事実通りに放送しろ、とは言いません。現在再放送中の「はね駒」で沢田研二が演じる松浪毅のモデルは、明治期のキリスト教伝道者で教育者の押川方義で、松浪は作中で主人公(斉藤由貴)と同い年くらいの子供を喪ったと言ってます。だが、史実では子供はちゃんと育っていて、それが後に天狗倶楽部メンバーとなる押川春浪。ここで、「押川春浪を殺してしまいケシカラン」とは私は言いません。」


■「私たちは「善良」だったか? 『エール』の終戦が“被害者意識”の日本人に突きつけるもの」
 https://bunshun.jp/articles/-/40962

 この記事に示されている論点が、このドラマではうまく描かれていないと私は感じています。



posted by inatt at 09:25| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月13日

【ドラマ】 おしん 1983年


 
・たとえ日本が戦争するようなことがあっても、おしんだけは反対するんだ。

・決して人を恨んだり憎んだり傷つけたりしてはいけないぞ。
 人を恨んだり憎んだりすれば、
 結局、自分もつらい思いをするだけなんだ。
 人を傷つければそれは必ず自分も傷ついて苦しむことになる。
 みんな自分に返ってくるんだ。

・ひとを許せる人間になってほしいんだ。
 ひとを愛することが出来たら、
 きっとひとにも愛される人間になれる、
 そうすれば、心豊かに生きていけるはずなんだ。




誰かにとっての、たか、健、ひさ、でありたい。

効率や実利だけを考えていればよいなら、

彼らは、おしんを援けなかったはずだ。





2019年4月、朝ドラが100作目を迎えたからか、
BSで再放送が始まりました。

私は今まで観たことがなかったこのドラマを
毎日楽しみに観ました。

毎日1年間観続けなければならない大長編で、
正直、
毎日観るにはしんどい展開(佐賀編)、
ちょっとつまらない展開(スーパー設立のあたり)もありましたが、
大変満足しました。

長い長い物語を経て、
第1回の時点に戻ったとき(第288回)、
1年間毎日観てきたことからこその、
深い感慨を得て、
理屈抜きの説得力を感じる、
など、
得難い経験をしました。

それにつけても、
#おしんチャレンジ って
絶巧な名づけだと思います。
(作った方に感謝)



【朝ドラオブ朝ドラ】

文句なく、本作が朝ドラのなかの朝ドラ。

どんな朝ドラにも、
「こんな凄い、素晴らしい××があったよ」と
言えるところがあると思いますが、
そういう要素を有り余るほどに備えている作品。

Twitterの #心に残るおしん名場面 タグをみて、
さらに意を強くしました。


また、
大正から高度経済成長期までの日本のことを知る、
素晴らしいテキストとなっており、

知名度ほどには、
ドラマを実際に観た人は、
今となっては、
それほど多くないと思われ、
もっと頻繁に再放送されてもいいと思います。


昭和という時代の振り返り、
太平洋戦争の評価、
戦争反対の是非、
など、
今後も、いつまでも、
調査、振り返り、議論をし、
様々な研究、ドキュメンタリー、フィクションが
作られるべきだと思いますが、

雄の最後の手記を見れば、

それは脚本家が戦後に造ったフィクションなんだけど、

もう、結論は出ているような想いを持ちます。



【大正・昭和の女性のなりわい】

大正・昭和の女性の様々な生業が登場します。

年季奉公、
製紙工場の工女、
温泉場の酌婦、
女丁持(ちょうもち)、
髪結、
カフェの女給
住込女中、
露店屋台
魚行商
売春宿
パンパン
etc

おしんだけでなく、
ふじ、加代、佐和、初子などの人生を通じて、
当時の女性の大変な生きざまを描いています。


「売春宿」「赤子」「骨壺」とか、朝ドラと思えないもの凄い筋立て。


【男性の登場人物】

朝ドラなので、女性が主人公ですが、

主な男性登場人物の描き方も興味深いものがあります。

・日露戦争に従軍し、戦争の悲惨さから軍を脱走した男
・戦前に農民運動に携わるも転向、運動に虚しさを覚え戦後は食料品店経営に専心する男
・軍に積極的に協力し、終戦とともに自らを清算した男
・学徒出陣し、南方で餓死した男
・特攻隊で死にぞこない、経済的成功に邁進する男

そして、

・自分の先祖の物語を知り、志を持つに至った男


【方言】

現代の伊勢では、皆、標準語を喋っている。

おしんが上京したとき、
東京では、江戸弁、山形弁、佐賀弁が飛び交い、
日本の各地方の人たちが集う状況を示すとともに、
最初山形弁を話していたおしんは、
しだいに標準語になっていく。

佐賀ではおしんはひとり標準語を喋っており、
佐賀になじむつもりがなく、孤立していることを表している。

伊勢では、おしんとおしんの子供たちは、
(山形生まれである初子も、あるいは浩太も江戸弁でなく、)
標準語しか話さない。
(おひさが標準語でないのは、
 おしんの家族たちとは異なる位置づけだからだと思います)

標準語を話すことで、
特定の場所の人でなく、
日本のどこにでもいる人たちの物語であることを
示しているのだと思う。


【庶民の戦争責任を問う】

本作では、軍服がほとんど登場しない太平洋戦争を描いており、

軍人が加害者で庶民は犠牲者、のような話は出てこない。

庶民の戦争との関わりについては、竜三のビジネスの変遷が大変興味深い。

・佐賀から東京に出て羅紗問屋を開業し、大戦景気のもと、派手にカフェ遊ぶするほどに繁盛する。
・第一次世界大戦後の1920年(大正9年)の戦後不況(綿糸や生糸の相場暴落)の影響で危機に陥る。
・大衆向け子供服の製造・販売で盛り返すが、関東大震災(1923年・大正12年)で多額の借金で投資した工場を失い、東京を引き払う。
・伊勢で魚屋を始める。(1927年・昭和2年?)
・世界恐慌から波及した昭和恐慌(1930年・昭和5年〜)の影響で加賀屋も潰れ、不景気は続き、景気をよくするには小さな戦争も必要と考える。
・満州事変勃発(1931年・昭和6年)、これからは軍人の世の中だと考える。
・1938年(昭和13年)軍の納入業者になる。鮮魚から食料加工品や衣料品へ事業を拡大していく。事業以外にも軍に対して様々な協力を行う。
・敗戦により、事業を終了。

竜三の最後の身の処し方は、庶民にも戦争責任があることを表現していると思う。


同じく、
戦後の高度成長の負の面についても
庶民にも責任があると主張しているのではないか。


【戦後のおしん】

戦後のおしんには、
家族以外の、
おひささんやたかや健のような
助けてくれる人がいなくなっている。

浩太とも、戦後は専らお金の話しかしていない。

(おひささんたちは、直接的な金銭支援はしていない。)


頻繁に
(主に初子が、おしんに対して言う、)
世の中が変わった、
人の考えが変わった、
という話がでてくるが、
何が何故どのように変わったのかは
はっきりとは示されない。


ひとつは、
プラグマティックに実利選好を第一に考える、
ということかもしれない。

( 2020年8月9日 NHKスペシャル 「渡辺恒雄 戦争と政治〜戦後日本の自画像〜」
http://inatt.tokyo/article/476954142.html


【大団円感のない結末】

私にとっては、
ずっと浩太に感情移入できなかったので、
このドラマの終わり方に、
大団円を感じないのですが、

初放映時は浩太は人気があったと聞いたことがあるので、
それぞれがどう感じるのかはわかりません。

作り手は、
おしんの人生を
すべて肯定的にとらえているわけではないと
感じているので、
大団円にまとまっても
私自身は違和感を感じたと思うので、
結末に不満はありません。

バブルや平成不況を経て、
スーパーたのくらがどうなっていったか、
やや悲観的な思いを持ちますが、

ひとつ言えることは、

おしんとの旅により、
圭が抱えることとなった夢が
叶うことを願っています。


【忘れられない登場人物】

少ししか登場していない人物でも、
その後、どんな人生を歩んだのだろうと
思いをはせる人たちがたくさんいました。

材木問屋女中のつね
 彼女も立派なプロフェッショナルだと思う

松田先生
 教育がとても大事なことであり、それを担う人の素晴らしさ

恒子
 恒子の場合は、
 その後どんな人生を送ったんだろう、と思うよりは、
 見ていないのに、
 どんな人生だったか、
 もう、知っているような気持ちになっている・笑

 ( それとも、自分自身も怖いお姑になったのか・笑 )


アテネの女給たち
 彼女たちも「おしん」であり「加代」でもある。
 震災や恐慌や空襲を潜り抜けたのか、どうか。

おしんの弟、妹たち(正助・こう・すみ)はどうなったのか・笑
 惣領の庄治は農地改革があったからよかったけど。
 仮に不幸なことになってなくとも、庄治ととらに嫌な目にあわされてそう・笑。

川村清一
 戦後のおしんの成功のもととなる重要人物。
 天国で、土地は初子に譲るべきだったと悔いてはいないか・笑
 雄の代わりにおしんに親孝行したと考えた場合、
 そのお金は、
 終戦直後、
 ヤミペニシリン、メチルアルコール、高利貸などで、
 遮二無二に荒稼ぎしたもの。


【主要登場人物】

竜三
 クズなところもありながら・笑、
 嫁の母に会うなり、爽やかに
 「お母さんよく来てくださいました、私が田倉竜三です」
 と言える人。

お清
 高森和子さんの名演。
 おしんをはじめ、台詞を噛んでもそのまま放送しているところが、
 まま見受けられるところ、
 お清にはない、
 あってはならない、
 怖いお姑でなくなる、
 観る人が醒めてしまう。

 台詞回しだけでなく、
 第219回、
 おしんの言葉を聞いているときの表情も凄かった。


【おしんのテーマ】

この物語のテーマは何か、脚本家が明確に記しています。

「ひろく明治、大正、昭和と激動の時代を生き抜いてこられたかたたちの人生史を知り、そのかたたちの生きざまを通じて、私たちが見失ったものをみつめ直したかったからである。それはまた、日本が明治から昭和へと近代国家に急成長する過程で、そぎおとしてきたものでもある。」

「“おしん”という名もない女性の一生を描くことで、今、私たちが生きるための指標を探れたらと願っている」

(橋田壽賀子が『母たちへの鎮魂歌』と題して「ドラマ・ガイド」の巻頭に載せた文として、
 おしん・シナリオ(一)奉公篇の序にあるものを引用)


また、第16回、第17回の俊作の台詞や
第219回のおしんの台詞もテーマのひとつでしょう。


戦争が終わったら、
戦争中は自分も黙っていたくせに、
自分ひとりは戦争に反対してきたみたいに、
馬鹿な戦争だったとか、
間違った戦争だったとか、
偉そうなことを言って。
私もそうでした。
暮らしが豊かになるためだったらって、
竜三の仕事に目をつぶってきました。
戦争のおかげで自分だってぬくぬく暮してきたくせに、
今になって戦争を憎んでいるんです。
雄や仁を奪った戦争を恨んでるんです。
そんな人間に比べたら、
竜三はどんなに立派か。
自分の信念を通して生きて、
それが崩れたときに
節を曲げないで自分の生き方にけじめをつけました。


また、
おしんの次世代の女性を描かなかったところも、
この脚本家の他の作品の特徴も含めて興味ぶかい。


【田中裕子】

田中裕子の演技を抜きにして、このドラマは成立していないこと、
誰の目にも明らかですが、

20190524の日経私の履歴書で
橋田壽賀子は、
「これまで秘密にしていたのだが、大人になってのおしん役、田中裕子さんは、私とは言葉を交わさなかった。目も合わさなかった。多分、脚本ができる前に仕事を受け、いざ始まってみると役柄が気に入らなかったのだろう。なのに田中さんは見事にというか、スタッフの期待以上のおしんを演じてくれた。それでこそ本当の名優だ。」
と言っている。
田中裕子は、おしんのどんなところが嫌いだったのだろう。

自身はおしんの世代の生き方に興味がなかったのかもしれない。


【誰かにとっての、たか、健、ひさ、でありたい】

このドラマを観て、感じたことのうち、
とても大事なことと思ったひとつは、

ビジネスや身の回りの賄いなどに関してはとても有能であるが、
家族の気持ちを慮る点には少し欠陥があるような・笑、

( おしんの師である、くには、
  まさしくそういうふうにおしんを仕込んだと思う。 )

そんな、おしんではなく、

見返りを求めず、おしんを折々で援けた、
たか、健、ひさのような人を見習わなければならない、

ということです。


【「おしん」を知らず、平成を通り過ぎた。そして、】

おしんが放送されたとき、
私は大学生でした。

世の中では大変な話題でしたが、
私自身は、
朝ドラ、しかも、一見古臭くみえる筋立てのドラマには、
まったく興味がありませんでした。

そして、平成の間も
おしんというドラマの内容を知ることなく通り過ぎました。

世の中は、作者の思い
(「私たちが見失ったもの」
 「今、私たちが生きるための指標」)
に関わらず、
バブルを経て、
失われたxx年を経由し、
今に至っています。

私自身は、
令和になって、はじめてこのドラマを観て、
いろんな感想を持ちました。

もし、
1983年に私がおしんを観て、
今と同じような感想を持ったら、

私自身の人生は何か変わっただろうか、

そして、おしんを観終わったこれからの私の人生は何か変わるのか、

そんな大袈裟な感慨を持ちました。



【各回覚書】(作成途中)


おしんは、昭和天皇と同じ明治34年(1901年)生まれ。

物語は、明治40年春から。(おしん数え7歳)。
なか60歳。作造37歳。ふじ32歳。
谷村家は、五反の小作と二反の畑(シナリオより)

第3週

16回

「たとえ日本が戦争するようなことがあっても、おしんだけは反対するんだ」

17回

「決して人を恨んだり憎んだり傷つけたりしてはいけないぞ。
 人を恨んだり憎んだりすれば、
 結局、自分もつらい思いをするだけなんだ。
 人を傷つければそれは必ず自分も傷ついて苦しむことになる。
 みんな自分に返ってくるんだ。」

「ひとを許せる人間になってほしいんだ。
 ひとを愛することが出来たら、
 きっとひとにも愛される人間になれる、
 そうすれば、心豊かに生きていけるはずなんだ。」

223回

母さん、人間、水さえあったら生きられるって本当ですね。
ここのところ、谷川に沿って歩いているので、ありがたい事に水には不自由しません。
雑草と水だけで、もう何日が過ぎたか。
これ以上、もう痩せる肉も無くなりました。
母さんのライスカレーが食べたい。
子どもの頃、今夜はカレーだって時は、ズボンのベルトを緩めて食卓に座りました。
あれが本当の幸せってものだったんだと、今になって気が付きました。
もうあんな時は、二度と帰ってはこないのだろうか。
その時は何とも思わなかった事がどんなに幸せだったか。
それが分かった時には、もう手の届かない世界になってしまいました。
今なら、あの1杯のライスカレーのありがたさを心から味わう事ができるのに。
何もかも遅すぎました。

母さん。
母さんがお釜のご飯のおこげにしょうゆをまぶして握ってくれたおむすびは、本当においしかった。
お魚やレンコンやゴボウのササガキや、枝豆やニンジンや、いろんな色どりが楽しかった母さんの五目ずし。
あずきをつぶすのを手伝いながら、生つばを飲み込み、母さんの手から魔法のように現れるのを待っていたおはぎ。
母さんが作ってくれたものはどれもおいしかった。

僕はとても女々しい男です。
でも、時々どうして僕がこんな異国で灼熱に焼かれ飢えに苦しみながら、当てもなくさまよい歩かなければならないのか分からなくなります。
誰のために、何のために。
母さん、教えて下さい。
僕はお国のためよりも、天皇陛下のためよりも、母さんのために生きなければならなかったのに。
母さん、ごめんなさい。

290回

父さん、僕ね、
いつか加賀屋ののれんを再興してみせる、
そう決めたんだ。
僕は、加賀屋の大奥様やそれにお加代様のことが
大好きになっちまった。
僕のこの体の中には、その人たちの血が流れてんだ、
すごいじゃないか、父さん。
父さんのやれなかったことを、俺やってみるよ、
やってみせる、できるさ。










橋田壽賀子さんは、2021年4月4日に逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。



posted by inatt at 14:27| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする