2022年10月02日

【ドラマ】 ちむどんどん 2022年



比嘉の一家には関わるな
彼らはこちらが引き下がるまで絶対に折れない

「うちは何か間違ったことしてる?」(第83回)


( 朝ドラ×Twitterには、人を闇落ちさせる力がある。
  人の所為にせず、自分で気をつけていきたい・笑 )





2022年度上期の朝ドラ

番組ホームページの番組紹介より引用

大好きな人と、おいしいものを食べると、誰でも笑顔になる―――

ふるさと沖縄の料理に夢をかけたヒロインと、支えあう兄妹きょうだいたち。
"朝ドラ"第106作は個性豊かな沖縄四兄妹の、本土復帰からの歩みを描く
笑って泣ける朗らかな、50年の物語。
2022年は、沖縄本土復帰50年。
復帰以来、多くの沖縄の若者たちが、本土へと仕事や夢を追いかけて渡っていった。
家族と別れ、食べ慣れた郷土の料理を思い――。
コロナ禍に見舞われ、かつてなく“孤独・孤立”が問われる今の時代にこそ遠く離れ、会えなくても、心はつながって支えあう美しい家族と、ふるさとの物語を全国にお届けします。

復帰前の沖縄「やんばる地域」で生まれ育ち、復帰とともに東京で働き始めるヒロイン。
遠く離れても家族の絆に励まされながら、ふるさとの「食」に自分らしい生き方を見いだし、やがて沖縄料理の店を開くことに。ヒロインは、四人兄妹の次女で、兄、姉、妹がいる。四人はそれぞれに異なる道を歩み、気持ちが離れるときも訪れます。
それでもふるさと・沖縄の味が、思い出が、四人の心をつなぐ。困難や挫折に見舞われ、誰かが心折れそうなときには、互いに身を削り、支え合っていきます。
時代を超えどんな逆境の中でも、世界でいちばん美しいもの――それは家族です。
傷つきながら、励まし合いながら大人への階段をのぼっていく四兄妹のドラマはきっと、今を生きるすべての家族の物語です。


( ドラマ企画を通すときの冒頭文章をそのまま置いたような説明だ。

  コロナ後放送した他の朝ドラと同様、

  制作初期構想では150回分の物語があったが、それを125回に短縮したのかもしれない。

  私が「カムカムエヴリバディ」に引っ張られているのだろうが、

  房子・優子・暢子・暢子の子供を描く沖縄に纏わる大河ドラマを夢想する。

  特に房子の人生こそ、朝ドラ主人公っぽいところがある。

  それにしても、「すべての家族の物語」と言われると、

  賢吉おじさん一家はどうなった?(やんばるに住み、共同売店利用者のはず)という思いや、

  房子や善一さんや智や重子やまもるちゃんにとっての「家族」とは?という想いも。

  比嘉家の人たちは、賢吉おじさんや房子や善一さんに

  何かしてあげたことがあるのだろうか。
 
  暢子は、重子さんに、何かしてあげたことがあるのだろうか。 )





( 沖縄に関すること )



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【ドラマ】 ちむどんどん 2022年 (沖縄に関すること)



朝ドラ「ちむどんどん」を観ることで、
自分が沖縄について、
不勉強であることを自覚しました。
ドラマに関連して、
目にした沖縄に関する情報の覚書


・本土復帰



・ブラジル移民、ハワイ移民





・地域医療





・「慰霊の日」

6月23日が「慰霊の日」であり、沖縄県および沖縄県内市町村の機関の休日となっているなど、この歳になるまで知りませんでした(恥)。













・沖縄の芋



・共同売店



このドキュメンタリーの内容はドラマ本編にはあまり反映されてないように感じた。

・本土へ移り住んだ沖縄の人々



・沖縄の料理















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2022年10月01日

【ドラマ】 ちむどんどん 2022年 (残骸)



ときに、朝ドラの1話1話に、悪い意味で、
一喜一憂、右往左往するときもあり、

そのときそのときの呟きや覚書を
整理することもなく

放置することにした残骸・笑





■暢子の成長


「人の成長を描くのが朝ドラ」という意見を目にしたことがあります。


・暢子の料理は、「承認欲求」からくるものか?



■サーターアンダギー

何度も登場してくるが、どういう意味があるのか、ないのか。


(最中も2回)


■人の大事なものを無くす、壊す

房子のワイン

重子のオルゴール






■料理、レストランについて

第26回

雑誌の「アッラ・フォンターナ」(alla Fontana at the fountain)の紹介文では、
オーナーは、日本のイタリア大使館、ローマの日本大使館で給仕をして、北イタリアで3年修行したと書かれている。

雑誌で銀座の名店・絶品ランチと紹介されるイタリアレストランが
1972年に存在していたのかどうか。
少しもやっとして、いろいろ検索してみた。

日本のイタリアンレストランにも、
日本で生まれたナポリタンスパゲッティにも、
それぞれ歴史があると思うので、
そういうことに敬意・尊重がある取り扱いになっていくといいなと思いました。

(1972年のイタリア料理店 『ちむどんどん』1972年にペペロンチーノ対決は「まさかやー!?」時代考証から考察

  https://news.yahoo.co.jp/byline/hatanakamioko/20220527-00297867 )








そうしてみると、大城オーナーは、
海外修行するよりも、
カリテアの乗員で日本に残りレストランを開いた人物のもとで
イタリア料理を勉強した、の方が、
大城オーナーとタルデッリとの繋がりのお話が豊かになるような気がする。



第46回の料理関係のクレジットは、
フードコーディネート 吉岡秀治
料理監修 吉岡知子
イタリア料理考証 室井克義
イタリア料理指導 松本晋亮 







・第88回

ソップレッサータ

コトレッタ・アッラ・ミラネーゼ

・第108回

インサラータルッサ ( インサラータ・ルッサ Insalata russa

ポルケッタ








・その他感想・呟き

 本作のHPは、スマホで観ることに寄せたレイアウトになっていると感じる。

 ( PC、スマホ両方に対応することを止めた可能性も )









・ドラマの材料として取り上げた料理名を連呼するだけで、
 それを物語のうえでどのように調理したのかを示していない。

・たとえば、大河ドラマ「平清盛」では、
 毎回のラストカットにその回の題名も表示されます。
 この週の最後に、週の題名が表示されることを想像してみたら...





思ったことを淡々ととりあえず覚書しておくコーナー

・今を描くにしても、10年前、40年前を描くにしても、
 今の認識や昔の認識の違いや
 同時代を生きていても同じ記憶とは限らないなど、
 言いたいことを丁寧に描く必要性を感じる。

・貧困とそれを家族が各々どう思っているのかの描写が不明瞭。

 借金してなんとかしようとする

 しかも一発逆転で返済する体験(第24回)

・暢子は話を最後まで聞かない方の朝ドラヒロイン(第14回)

・悪役(賢吉、島袋、眞境名商事の社長の息子)を次々と繰り出す(第14回)

 「島袋枠」みたいな用語ができそう。

 我那覇さんは来週も登場できるか、どうか(第17回)
  東京で再登場するとは・笑(第41回)

 南山原校料理部部長(暢子のスカートの継ぎ接ぎを侮蔑するために登場・第18回)

 悪役を演じた人たちが報われないなと思ってしまった(第24回)

・脇役が主登場人物の反応のために動く

 早苗の大学合格があって、暢子が反応する(第23回)

 役割が終わるとすぐ退場?(下地先生・片桐はいり・第24回)

・「沖縄」「借金」「貧乏」「女のくせに」 → 庭で踊って終わる(第15回)

・お話の都合として便利な組織体としての会社

 眞境名商事、屋良物産、内間(うちま)食品

・合格を知らせるために、息せき切って、やってくる先生の演技の意味がよくわからない(第23回)

・華丸大吉師匠の指摘どおり、劇伴が浮いているところが問題なのかも(第25回 20220513)
  劇伴を発注して、OKを出し、どこで使うか決める人の問題。

・村上信夫が昭和37年3月に「きょうの料理」で紹介した、
 「ナポリ風のスパゲッティ」は、
 トマトピューレソースのパスタ。
  http://inatt.tokyo/article/398822132.html

・比嘉家は山原村(やんばるそん)で恐れの目で見られているのでは・笑(第34回)

  長男は詐欺にあい、サンセットバーガーで暴れて警察のお世話になったあと行方不明
  次女が眞境名商事と内間食品、2社の就職内定を蹴って東京へ
  長女は喜納製糖の御曹司との婚約を破棄
  残った母親と三女は世間の目がつらくなるのでは。

  第35回、
  比嘉家は2人家族になるようですが、
  年長者から順に外で働いて、
  少しでも仕送りすれば、
  徐々に酷い貧乏からは
  脱却できたように思いました。

・俳優さんたちの熱演が凄いが、できあがったものをみて俳優さんこそ吃驚啞然としてたりして。(第34回)

・朝ドラで「女性とズボン」というのは、
 とても興味深い論点だと感じたが、
 それなら、もっと丁寧なきめ細かなエピソードを見てみたい。(第65回)
 朝ドラでズボンといえば、モンペだし、
 優子さんは、工事現場や畑ではズボンだった。
 暢子が大人になってからズボンに拘っている理由は描かれなかったし、
 愛の記事も恵まれて育った人のまだまだ地に足のついてないもの、
 ということなのかもしれない。
 パンツルックで和彦から去って行った愛(第70回)

・個々に自己中心的に我を主張し、相手を思いやることがない比嘉家の人たち

 ニーニーが生きていけてるのは、
 視聴者には名前もわからない、
 養豚場経営者(中原丈雄)のおかげなんだけど。

 ( 一方、喜納金吾(渡辺大知)や大野愛(飯豊まりえ)が
   相手を思いやる行動をとって報われないこと甚だしい )

・ヒロインの母親役が土スタに出演して、ヒロインのコメント出演はおろか、話題も出なかった。(2022016)
 
 ( ヒロインが〜なふうに頑張っている、というような番宣情報も極端に少なく感じる )

・1978年(昭和53年)8月18日ウークイの日

・俳優さん(仲間由紀恵)の演技というものは、凄いものだと思った。(第74回)

・第74回を見て、物語の進捗速度を調整したい状況があったが、あまりうまくいってないんだなと思った。(20220721)

 ( 朝ドラでは俳優さんの出演回数をあらかじめ決めてある場合があるという話を聞きました。 )

・「嘉手刈(かでかる)さんのお話が新聞に載る前に恋愛のステップに使われた」という呟きをみました。(第75回)
 同じ順番でも、そう思われないドラマ・脚本もあると思います。
 このような感想になってしまうことが大変興味深いことです。


( 直接、関係ないことですが、
  この物語を観ていて、
  戦争中の大陸での経験をあえて語らず、
  永遠に失われた事実や人の思いが
  たくさんあるのだろうなということに思いをはせました。 )

( 沖縄の「ガマ」、
  この地には何故、洞窟が多いのか、
  いつかブラタモリで見てみたい。 )

・第76回に気持ち悪い発言がたくさんあったとの指摘。
 昭和52年頃は、現実も小説・ドラマでも、そういう発言は普通にあったのだと思うものの。

・暢子を紹介しようとするまでの和彦と重子はどんな会話をしていたのか一切伺えない。
 何年も話したことがないなかでいきなり対話を始めた感
 今鶴見に住んでいるという説明から初めて、今度結婚する、認めてくれ、と言っている。
 重子がどんなふうに息子に愛情を注いでいたのか描写されず、中也に丸投げ・笑。

・同じ場所に住んでいるのに、昼間、新聞社とあまゆで電話で話し合う暢子と和彦

・いろいろあっても矢作は、暢子がフォンターナを辞めたあと主力調理人として残るのではないか。
 そのために、空き巣をしても警察沙汰にしていないと思った。(第81回 20220801)

・第82回の重子のフォンターナ来訪、
 Twitterでは、
 暢子が今日だけ髪をくくっていると言われていたが、
 前日もくくっていたし、
 「1日も欠かさず料理だけはしてきました」とは
 あまゆも含めれば、事実だと思う。
 ( 職場であんな修羅場があったあと、
   鶴見に戻って、和彦が食べるものを作っているみたいだし )

 今までの物語の蓄積からくる信頼度みたいなものを思って、
 ちょっと暗い気持ちになった。

・「うちは何か間違ったことしてる?」(第83回)

・賢秀の中の人はあえて極端に大袈裟に、
 房子の中の人はあえて淡々と棒のように、
 演技しているように思えてきた。

・暢子と和彦が房子と三郎のいきさつを聞きたがるのは、
 結局のところ、三郎をフォンターナの危機にかけつけさせる、
 物語の都合に動かされているだけのこと

・第84回の段階では、和彦は何を三郎に頼んだのかわからない。

 ( 何か依頼済みだと思うのだけれど、
   それを暢子と共有していないように見えるし、
   翌朝すぐに三郎が動いたのなら、
   のんびりあまゆに顔を出す多江の動きも変、
   権田がフォンターナに現れないのは
   三郎の動きの故と思われるのだが。
    和彦はどうしてる?
   それにつけても
   二ツ橋さんが不憫だ。 )

・沖縄の文化から遠ざけられて育った三郎は、
 賢三から三線を習った。(第73回)
 三郎がつま弾く三線の音に導かれて、
 暢子は三郎と出会い、
 三郎は暢子が房子の甥の賢三の娘と認識し、紹介状を書き、
 暢子はフォンターナに就職できた、って
 若き日の三郎役の田中偉登さんのコメントで理解した。

 そこで第27回を再確認してみたら、
 三郎からの紹介状を見た房子はあわてて2階の窓から三郎を探す。
 (三郎も房子の部屋を知っているかのように2階を見上げていた)
 しかし、何故、房子は三郎がフォンターナまで足を運んできていると思った?
 さらに、このときの房子の心情にはあわない、元気な劇伴。

 いろんなことを考えて創られているようなのに、
 脚本・演出・俳優、どれか一方のせいでもないように思うけど、
 何が積み重なってこんなふうになってしまうのか、
 わからない。 

 さらに第73回を観て、経緯を把握。

 戦前から賢三が使っていた三線が比嘉家に残っているらしい。
 (賢三が出征中はどこにあった?)
 (戦前・終戦直後の賢三と賢吉叔父さんの関係が不明だが、
  賢三の三線は賢吉叔父さんが保管していたのかもしれない)
 (とすると、賢三優子夫婦が山原に落ち着くまでには、
  賢吉叔父さんの支援が多くあったのではないか)

 房子の両親は長女?(賢三の母)を山原の親戚に預けて鶴見へ。
 戦前に賢三は鶴見へ、県人会にもすぐ馴染み、三郎に三線を教える。
 賢三は民謡歌手になりたいと沖縄に戻る
 ( 房子が県人会から離れたのはこの後?)
 賢三は中国へ出征。
 1944年10月10日の大空襲

 賢三は本土へ復員。房子と再会。沖縄に戻ったのは1946年。


( 二ツ橋は、かつてから、三郎と房子の因縁を承知していて、
  鶴見に現れたような気がするけど、
  どうだったか。 )

・良子が東京に登場するのは、今週の解決に関係してないので、
 金曜日の最後か翌週の冒頭でよかったのでは(第84回)

・「あのとき食べたラフテーの」という題名だし、
 ラフテーを見て思いを馳せる三郎と房子のカットとかあってもいいのでけど、
 暢子と重子が食べるとこだけ(第85回)

・矢作「俺の借金は解決しない...」
   「しかも、暢子はオーナーの親類で、
    権田の恩人の娘?」

・大吉師匠「氷魚は別ものだから」(20220805あさイチ)

・第86回、中也を朗読する重子の場面の大仰なチェロの劇伴
 ( 同じ週の鎌倉殿の13人の比企能員の変が同じチェロ無伴奏の劇伴で、大変印象的・笑 )

・二ツ橋さんの包丁の研ぎ方が不自然との意見を目にしました。(第91回)

・第92回、ドタキャンした結婚式のご祝儀に紙一枚引換券を入れて現れ、
 ねずみ講ビジネスをとうとうと語るニーニー、
 ( 要は何しに現れたのか・笑
   演じている人こそ疑問に思うはず )
 物語の駒でしかないなら、それはそれでいいのだが、
 リアルな人間だというなら、これはどんな人なのか、
 令和ではただの危ない人。
 作り手がどう考えているか知りたいと思った。

・(第94回)ニーニーはまだあと1周か2周するよ。70年代以降の詐欺とかお騒がせをなぞっているので、次は、豊田商事かカルト教団か。

 




20220504記

第18回は、

・変な音楽の先生
・分かりやすすぎる怪しい儲け話
・わざわざやってくる南山原高校のみなさん
・結婚式に出席してよというマウント

たった15分間に、気になるシークエンスがこんなにつもると、
「デージ、ワジワジー」しました・笑

分かりやすい悪役(というか、嫌みを言いに来る人)と
衣服の継ぎ接ぎ話の連続が、
比嘉家の人々の描き方が「空虚」であることを
示しているように思います。

例えば、
民放でドラマを作る人たちが、
「視聴率15%以上のドラマが、こんなんでいいわけ?」
と思ったりするレベルの出来なのではないでしょうか。


ーー

第22回も同じことを思いましたが、

追加事項として、視聴者の気持ちとマッチしない劇伴をあげます。





・賢吉叔父さんに一番感情移入している

 弟に貸したお金を自分の畑を増やすことに使っていたら、とか、
 すごく頭のなかがぐるぐるしたりすると思う。





・一人の人間を演じるというよりは、暢子の物語のひとつの駒に撤するというか。
・普通じゃない演技じゃないと成立しない。























・第90回を観たあとの記録
 通常、ヒロインの結婚披露宴は物語のひとつのピークだと思う。






































・まもるちゃん

 役を作ったときに想定したアイデア・物語がまるごとカットされたのではと妄想した。
 第73回で、賢三が戦後、優子と再会した場に、チューリップハットのような帽子を被り本を読むまもるちゃんが居たようです。






( 最後が「ん」の題名の朝ドラは名作ぞろい )




あなブツ

ふたつの作品を比較して、片方を上げたり、下げたりするようなことを
しないように心がけているつもりなのですが、

あなブツで、

主人公は借金しない、
自分が間違ったことをしたことがあると自覚している、

( ちょっと間違ったことをして、
  自分のせいだと、
  借金を苦に自殺する人物が登場する )

描写をみて、本作との違いから、

本作に感じる違和感のうちの一部を掴めたような気がしたのでした。







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2022年09月30日

【ドラマ】 あなたのブツが、ここに 2022年



一個一個が切実なんや





NHKの夜ドラ枠で放送されたドラマ

朝ドラとフォーマットが似ているようでいて、
作り手は朝ドラではできないものを
意識しているように思いました。


自分はこのドラマのエンディングのようなのが好きなんだな、
と思いました。

( 過去の事例は、女王の教室逃げ恥 )
  



制作統括・プロデューサー・演出(盆子原誠、梛川善郎、佐原裕貴)が
おちょやんを担当した方たちのようです。

本作の主人公は、

むせび泣く姿を他人には見せない。

収入が激減したときに、
すぐに家賃の安いところへの転居を考え、
( 口座の暗証番号を他人に教えたのは馬鹿だったが)
手元の金を失ったとき、
借金は考えず、
子供の定期預金には手を付けず、
いさぎよく、親元に戻ることを選択する。

また、部活のソフトボールのキャッチャーで、
ぼろ負け試合でも懸命に声を出し続ける短いシーンが、
「負け犬」人生を表現してました。

「バレただけちゃう、うちらがもともと何様でもないということが」


・苗字がヤマサキなら、娘にサキという名はつけない


・人の事情に頭をつっこむ主人公属性の他に自省する特徴がある
 また、
 誰もが心の中で何かつぶやいている

 配達先の出来事、主人公のモノローグ、娘のモノローグと移り変わっていく(第10回)

 過去の男の回想、主人公のモノローグ、母のモノローグと移り変わっていく(第15回)






■バカサバイバーのエンドクレジット

月曜日に入れるやり方のようです。



・女王の教室では、陰鬱な展開による気分をいったん晴らす目的か、天海祐希たちが踊る明るいエンディングになっていたことや、かつての「よるドラ」枠のニコニコ日記などで、エンディングの島谷ひとみ版の「元気を出して」に助けられていたことを思い出した。

( 朝ドラはオープニングに曲が入り、
  かつての「よるドラ」はエンディングに曲が入る )

ただ、本作では、毎回の終わりが、せつないような余韻が残るものが多く、
朝ドラではやらないような締めくくり方を選択しているように思われる。


■マスクから鼻が出る登場人物たち

撮影上の技術的なことなのかもしれませんが、
そのときの台詞や心情をどのように伝えるか、
どんなマスクをして、どこまで顔を見せるか、
細かく演出しているようにも思えます。

ただ、2年前くらいと違って、マスクから鼻を出している人の意味あいが
変わってきているような気がします。

それは無神経を示しているのか、
( cf. 「俺の家の話」一部の例外を除き、みんなちゃんとマスクしてる )

そんなこと構ってられへんことを指すのか

( 主役に関しては、
  鼻が見える表情で撮りたいという演出意図のように思います )



・いろんなマスクが登場する(四角い布のマスク)

普段はウレタンマスクでも、
お葬式のときは、白の不織布マスク。

ウレタンマスクの色にも個性が反映している。

東京オリンピックの頃は、亜子も不織布マスクに。



マスクにまつわることで人を非難する行為、いじめる行為、

悪人だからそんなことをしたんだというわけでもないふるまいが、

現実でも見た、他人事でない怖い描写だと思う。


( おじいさんの心のうちや
  男の子が頭の中で起こしたロジックと
  その材料となっている彼らが自らの周辺で見聞きしたこと )


そして、突然に他人を非難する恐ろしくもどこにでもいる人が

しているマスクの特徴が大変に印象的でした。

私は、何年も、四角い布のマスクをした人を街で見たことはない。
しかし、ドラマのとある場面で、
誰もが知っているそのマスクをした人が登場したとき、
それが特別な「雰囲気・意味」を纏っていると感じた。


( このエピソードに通じる、
  コロナの時代に、経験したこと、感じたことは、
  コロナが過去のものになったら、
  知らない人はもはや正確には理解できないものなのかもしれない。
  当事者だって、1、2年前のことすら、
  ドラマが掘り起こしてこなかったら、
  忘れていってしまうものなのだ。
  この嫌な想いや経験を
  いつかあからさまに詳らかに言葉にしておく必要があるのだろうか。
  それは自分の中の嫌なものも見つめることであって、
  今の私にとって、まだ、やりたくないことだ。
  だからこそ、このドラマを観ているのかもしれない。 )






・「xxさんのマスクしてない顔、初めて見たわ」って言われたことある。

・街で知らない人から、すれ違いざまに、吃驚するようなこと言われたことは、コロナになってから、いくつかあった。





■さりげなくもしみじみと感じ取ることができる

第13回、電話の声だけで伝わるところ、

閉まったままの店の前に佇む3人の男の俯瞰のごく短いカットが挟まる

俯瞰だから厳密にはそれが誰かも確かではないが、

その画から伝わり感じるもの。


第14回、間違いの「数」ではないと思うが、

その運命を分けているものは何なのか。



毎田暖乃


全然違う演技を作品ごとに見せる小学生・驚

・物語として作られたキャラクターを二役(おちょやん)

・誰もやったことのない設定の小学生(妻、小学生になる。)

・普通の平凡な小学生(あなたのブツが、ここに)


本作の特徴の少ない平凡が特徴の役柄こそ、非常に難しいのでないかと思うが、
そういうことを感じ取らせない演技。


■毎日やんねん

コロナを生きていく人たちが描かれたドラマでした。

( 菅原榊原(平埜生成)もサバイブしていくだろうし、
  きっと、キャバクラの男衆もなんとかできているのだろう。
  ひとり、そうでない運命をたどった登場人物がいたのは残念でした。 )





ASHITA - 森優太, Katie Dwyer, 榎木にれ & Sarah Yamada
[iTunes]ASHITA - 森優太, Katie Dwyer, 榎木にれ & Sarah Yamada






■諸々



・マルカ運輸

最終回で、お好み焼いてた休憩場所、あそこ、ええなあ。

( クリエイティブセンター大阪 )












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2022年09月17日

【ドラマ】 芋たこなんきん 2006年



ひとりやったら、笑われへん。そやろ?


「チ〜!」






朝ドラ史上、最も早口なヒロイン・笑


( 歳をとってから、速度が落ちる演技にも感嘆 )





2006年度下半期の朝ドラ

2022年の再放送を観ました。


長編ドラマである朝ドラでは
途中中だるみを感じることもままあるのですが、

ヒロインの撮影期間に制約がありながら、
全151回、
毎週毎週楽しめた傑作でした。





◇第6週 「思いやる心」

この週にいくつの「思いやる心」が描かれたか。
常に多層的に出来事が走っていくのが好いです。

本作の週の題名は、脚本(長川千佳子)検討から決められているのか、
大変興味深いです。


■第35回



ヌイさん(西岡慶子)のところに2度訪問する。

1度目のとき、徳永の目線で、ふたつの位牌、ひとつの遺影、「サクラ式ドロップス」が写る
2度目は、町子の視線で、小さいほうの位牌の全体が写る。

「ちいちゃい時な、空襲で、家も写真も全部灰になってしまいましてん」

( 言わずもがなですが、家・写真以外に灰になったちいちゃいもの )

( 「おちょやん」以来、位牌の戒名をしっかり観るようになった。 )



◇第7週 「おくりもの!?」

■第38回

「大阪は よいところなり 橋の雨」
「法善寺 芝居のような 雪が降り」

( 岸本水府 )


■第42回

石のおくりもの、
「ふふふ、あの子らしいわ」

「午後になったら空港取りにきはんねんけどあと2割なんとか頑張らなあかんねんけどねえ、わたしいまできるかどうか心配で胸どきどきどきどきしてんねんどないしよ健次郎さん」


矢木沢さんは、
分かってて、日曜日に顔を出したのか、どうか。


■第47回



■第48回

予想もしなかった人からの「おおきに」やった。


( 治療費の前に時計を。
  隆とのやりとりを他の家族は見ていないし、
  時計のことを知った母の様子などは
  視聴者が頭の中で想像するのも良きこと。)


( 「ニコニコ日記」第27回(2003年放送)を思い出しました。 
    http://inatt.tokyo/article/398821536.html )


■第57回

束脩(そくしゅう)とは、入学・入門の際に弟子・生徒が師匠に対して納めた金銭や飲食物のこと


■第59回

いつ死ぬかわからない、
象、ライオンの写真を撮った、
ほんまのとこ、小説家になりたかった少年。


◇第11週 「おとうちゃん」

■第61回

町子は戦争中の少女時代の体験を昭和42年12月に執筆している。



■第65回

登場人物の著作物の内容を、
視聴者が2週間かけてまるまる体験済みという仕掛けが素晴らしいと
思いました。


■第69回

きずつない【気術無】  気苦労だ。 気づまりだ。 また、心苦しい。 恐縮だ。


■第72回

いくつかの朝ドラから、
ぬか床の重要性を学ぶ私・笑

アムールのママ(三島ゆり子)も、
しっかり物語に交わってくるところが好い。

一方、
家族の外から来て語る人の必要性(ツネさん・石井トミコ

最後まで、自分のことを、なんていうかな、
うん、せんば。
しなければいけないことは、せんば、うん、
まあ、終わるんなら終わるで、ちゃんと整理ばして、
で、伝えることはちゃんと伝えて、
そうせんば、
この歳まで生きてきた値打ちがないもんね
うん、こん人に教えてもらったわけよ

利子はちゃんと置いていけるんやね、こっちの世界に

( なんばさつま、薩摩芋の難波煮、葱と一緒に煮るのが難波煮?、難波葱 )


■第77回

昭和43年の正月
(楽天乙女の執筆、出版を考慮すると矛盾も感じますが)


■第78回

素晴らしいお正月エピソード。

「猥褻」「痴呆」をもってきたので、

一休宗純の「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」
が頭をよぎりもしましたが、

本回は、そういうことでなく、
大阪の
人の距離が近い、
生命力の強い生活が描かれたのかなと思いました。


■第79回

やむを得ず、残念なことですが、ヌイさんなし。

( でも、ヌイさんのお正月に思いを馳せました )


■第81回

めちゃめちゃワロタ。

「〇〇のチャンピオン」って大阪らしい言い方?

アオフ ヴィーザーゼーエン、ウィーンの言葉でねえ、どういう意味だろうねえ」


■第84回

法名 釋浄喜

私があなたに惚れたのは
ちょうど十九の春でした
今さら離縁と言うならば
もとの十九にしておくれ

もとの十九にするならば
庭の枯木を見てごらん
枯木に花が咲いたなら
十九にするのもやすけれど

十九の春


喜八郎じいちゃんの長男の昭一への想いが明らかになると、
今までのふたりの描写、
喜八郎の病院の金を勝手に使うところ、
昭一の金にだらしなくカッコつけなところなどが、
ふたりが確かに親子であると思われて、
(「面倒見がようて、おおらかで、気前がようて、面白うて」)
そんなことも含めて、何か、温かい感情が込み上げた。


■第85回

「奄美想いて」という週の題名が、

月曜日は月曜日のお話なりに、
土曜日は週のお話のすべてをふまえて、

物語の趣を語っていることに感嘆します。


このような題名をつけることは意外に難しく、

物語の導入、または、物語の決着、
どちらかに偏った表現にならざるをえないことが多く、

この朝ドラの週題名のつけかたはとても秀逸です。


■第86回

1970年の春

同じドラマのなかで描かれたので、
軍国少女になることと、
反戦運動や反戦フォークに夢中になることは、
違うことか同じことか、どうか、などと思った。

ふたつのテーブルを並べていた茶の間がテーブルひとつになっている。


■第88回

万博に何度も出掛けている感じ、
相応に豊かな家庭だと思う。

    

■第91回

「千春ちゃんはきっと、他の子よりちょっと、はよう大人にならなあかんかったんやろね」
「誰にでもね、そんな時期は必ずくるの。そやから、焦らんでええのんよ」

町子にとって「そんな時期」はいつだったのかに思いをはせる。


今週の健次郎、
「あかん」とはっきり言う。相手の意見は聞いていない。
学校から呼び出されても、本人の責任といい、出かけない。
由利子が広島へ行くか否か、本人に任せ、自らはたこ芳へ。


■第99回

純子さん「うお〜っ」


■第101回



◇第19週 「カーテンコール」

水曜日くらいから、「カーテンコール」とはどういうことやろ、と心配になってきた・笑。


■第108回

弱っていることを決して見せない畑山さん(平泉成)かっこいいですね。


◇第20週 「ここに花咲く」

先週と同じく、水曜日にどうやら今週の材料が出揃って、「ここに花咲く」とはどういうことやろと思いを馳せる。


■第113回

3号輸液とは


■第115回
 
 観る人を幸せな気持ちにさせる土曜日。

 おばちゃん、私、才能あるやろか。

 ごはん食べんのも忘れるぐらい、
 由利子ちゃん、夢中になってたんやね。
 よかったね。あんた、ええもん見つけたんやね。


( Twitterで、
  前週、笑楽亭米春の病状を町子と共有しない筋書きを評価し、
  前回、健次郎が飲酒状態で治療しない描写を褒めても、
  今回、患者の個人情報を町子に漏らしたことについては
  誰も非難しないのが印象的だった。
  再放送時、同時期に放送されていたちむどんどんは、
  大小さまざまなことについて指摘を受けていたので、
  対照的なことだった。 )


■第116回

こんなん野暮ったい
でも、世の中こんなに進んでもマスクだけは相変わらず野暮ったいですね
医療器具におしゃれはいりません
(亜紀ちゃんの自意識表出の描写ですけど)

石橋蓮司が醸し出すうさん臭さ・笑


■第119回

うさん臭さは私の先入観でした・反省・笑


■第120回

「あっちもこっちも、私の人生です」


■第129回


町子と健次郎の会話のスピードが変わっているところ、
俳優さんの演技に感心しました。


■第132回

「ねばならぬ」は、ヤボやで。

藤山直美さんの表情の演技が好かった。
アップで映る映像作品ならではの希少価値があったと思いますが。

由利子役の邑野みあさんの演技も放送時二十歳そこそこで、高校生から既婚のキャリアウーマンまで自然に演じていて素晴らしいと思いました。


■第136回


( カメラ Rolleicord ローライコード )


■第137回

( ごえんさん 戒名・法名から徳永家は浄土真宗のようだと思いました )


■第143回

アムールのママ(三島ゆり子)、久しぶりの登場、かっこいい・笑



■第150回

いささかは、苦労したとは言いたいが、
苦労が聞いたら、怒りよるやろ

かわいそに
僕はあんたの味方やで


( 75調の台詞、後者(事実)を描写するにあたり、
  あらかじめ前者の75調の台詞を置いておくのが、
  脚本の妙だと思います。 )





■アイビーお洒落なカモカのおっちゃん

・裏地がチェックの紺のジャンパー(スウィングトップジャケット)(第35回)



・膝立て



・仏像破損の真実を知ったとき、両膝を抱える(第95回)



■呟きの覚書







『田辺聖子 十八歳の日の記録』より#1
https://bunshun.jp/articles/-/50158

















・再放送されてこそ、2022年の視聴者の感覚で再評価される。幸せな巡り合わせ。

「1~2週間でプロットが3〜4個同時に走る構成については、実は海外ドラマからも多くを学んだという。
「『ER 緊急救命室』や『ザ・ホワイトハウス』などのドラマが好きで、当時、注目しながら観ていました。アメリカのドラマは、すでに20年以上前から主人公ひとりだけを追いかけていくのではなく、群像劇のスタイルが確立していて、尾中さんと『アーロン-ソーキンのドラマ、面白くて刺激になる』『ヒロインだけ追いかけるのはもう古くなってきている……』という話をしていて。それもあって『芋たこなんきん』では、今週のメインのプロットはこれ、サブはこれとこれ、4つ目は軽くサラッと笑いもとって、解決させて、という構成を意識的にやっていました。」

・作り手が、朝ドラの伝統的な作り方でなく、
 当時のアメリカ三大ネットワーク制作の主力ドラマに影響を受けているというのは
 興味深いことで、
 それが、2022年の朝ドラ視聴者層にも評価されるようになったということか。

 2006年当時、私個人は確かに、
 朝ドラよりもERザ・ホワイトハウス(脚本はアーロンソーキン)を
 熱心に観ていたことを思い出しました。

 ( 複数の話が並行して走るといえば、
   私の一番古い記憶は、
   「ありがとう(1970年)・石井ふく子・平岩弓枝」・笑
   なので、ホームドラマのひとつのパターンだと思っていたので、
   大好きなザ・ホワイトハウスが繋がっているとは思いませんでした。 )

( 尾中美紀子 )

















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2022年08月30日

【ドラマ】 アイドル 2022年



NHKのドラマ ( 20220829・89分特別版 )

・空気、めし、ムーラン
・純烈の出オチ
・「志望は、ダンサーですか、シンガーですか」「スターです」
・うちの劇場の売りは、「エロ」だ
・テンツルテンツルテンツル...(チリンチリン)不合格!
・徹夜明けの牛乳
・でっかい戦争にでもなって、景気よくなってもらわねえとな
・これからのムーランの売りは「エロ」じゃなくて「可愛い」だ
・こんな子どもだましを本当に続けていくつもり?
・鋭いね、あの人も
・恋愛禁止だけど結婚禁止じゃないでしょ
・あなたはみんなのものですから
・ショウも劇場も不要不急である
・劇場を開け続けることに意味があるんですよ
・元演劇青年で作家志望の検閲官殿、台本を自ら書く
・あんなのは売れないね、うますぎて退屈だ


(50年後にAKBもドラマになるのだろう。アイドルを欲する世相とはどんなものか)


(「ひよっこ」で料理人でアコーディオンを弾いていた和夫さん(陰山泰)が、ムーランルージュにいて、トランペットを持ち指揮をしたり、戦後はオルガンを弾いていました。そういうひとりの男がいるような気がしてきました・笑)


(朝ドラ「なつぞら」の岸川亜矢美(山口智子)のことを思い出した。
 ムーランルージュ新宿座の人気ダンサーで、
 戦後、新宿でおでん屋「風車」を開店し、戦災孤児の咲太郎を育てた。)





こいつらはまだ何も完璧にはこなせていない
だがな、できるようになろうと頑張ってる
客はそれを一緒になって応援する
そうしたくて金を払うんだ





( [アイドル]『ようこそ新宿』フルバージョン ステージショー 古川琴音×山崎育三郎×愛希れいか×田村芽実 ほかメインキャスト総出演 | 特集ドラマ | NHK
  https://youtu.be/CqBNwDk7WY4

  このシーン、外では、焼夷弾がしだれ花火のように降っている。 )


( 佐々木千里 )

( 明日待子 結婚後の名字は須貝 )

( 美空ひばりとムーラン )




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【ドラマ】 善人長屋 2022年



NHKのドラマ

( 原作は読んでいません。
  wiki で、なかなかなネタバレを見てしまった・笑)


とても面白い。テレビドラマってこうあって欲しいと思うような。

気楽に楽しく観ることができて、心に触れるような場面も多い。


時代劇って、現実から離れた絵空事だからこその

面白さや趣向があるのだと再確認しました。


加助(溝端淳平)が主人公だと思っていたら、

お縫(中田青渚)が中心のようですね。

まんまドラキュラ映画に出られるような綺麗な歯並びの八重歯が印象的な女優さん。


(3)「抜けずの刀」



お侍の刀の手入れについて、疑念を感じたので、
もっとホラーな真相が頭に思い浮かんだ。


(4) 「嘘つき紅」

悪党の娘が人助けをしようとして、
詐欺のテクニックを学ぶスタイル。
一方で、
「嘘は心を淋しくさせる」とも。

いつばれるかとどきどきしながら観た。
作り手の思惑通り・笑。

騙りの夫婦が依頼を受けたのは、
お縫の頼みだからではなく、
妻が身重の夫婦の騙られたつらさが分かるから。


(5) 「犀の子守歌」

LGBT時代劇。

錠前屋の腕前はまだ見せていないのに、
鰻さばいて、舟漕いで、笛吹いて、善人加助が最も有能なのでは。


(6) 「雁金貸し」

糸と竿が丸見えの人魂が好かった・笑

加助って働いてないよね・笑

( 手妻 )


(7) 「夜叉坊主」

加助は夜、働いていました・笑

「柳沢慎吾様とは、台詞に必ず「あばよ!」を入れる契約となっております」(NHK)


(8) 「野州屋の蔵」



善人長屋の住人が長屋に住むまでの人生、
お縫のこれからの人生、
おたまのこれからの人生、

善悪の二色に簡単に分けられない、
単純な世話物ではない物語を堪能しましたし、

登場人物たちのこの先の人生にも思いを馳せました。



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2022年08月06日

私のタイムライン 「きみにはきみの地獄があり、わたしにはわたしの地獄がある」 ( または「半分、青い」途中の感想 )



「朝ドラ×Twitter」には人を闇落ちさせる力がある、のかもしれない・笑











 
20180519記

2009年から、twitterでテレビドラマの感想を呟いていますが、
今放送されている朝ドラ「半分、青い」で、
初めて経験することがありました。

私は、タイムラインを育てる、と言っているのですが、

ドラマなどの感想で、

「自分と同じ感想だなあ
「この人は自分と好みが同じだなあ
「そうか、そういう見方があるのか、なるほどなあ

と思う呟きをする方々をフォローし、

作品への悪口とか揶揄、人への攻撃が多くて、
「読んでて、少し、気持ちよくないな」
と思うことが多い人をミュートしたり、ブロックしたりを繰り返していると、

知らず知らず、自分の趣味嗜好でTLを育てることになり、

テレビドラマが好き、

ちりとてちん、カーネーション、あまちゃん、ひよっこ
が好きで、

新選組!、平清盛、真田丸、おんな城主直虎
が好きな人たちがつぶやいているタイムラインになりました。

そのタイムラインで、
自分が観ていないドラマを褒めているツイートが多く目について、
自分もその作品を視聴してみると、
間違いなく、自分も楽しめる作品なのでした。
( 例えば、「カルテット」 )




その長年かけて育ったタイムラインが、
「半分、青い」の感想で意見が二分されているのです・笑

私自身は毎日結構楽しんでいたので、
ちょっと、吃驚しました。

物語はおそらくいきあたりばったりでなく、
人物造形も演出も、
それぞれ意図を持ちながら制作されていると感じるので、

たとえば、
ゾートロープ、拷問器具の絵(笑)、犬のパネル、
主人公は、
絵で他人に想いを伝えようとする人であることが、
重ねて語られていて、
( そして、ゾートロープ以外は相手に想いが届いてない・笑 )
これからどのようにこの主人公が育つのか、
楽しみにしています。

物語が更に進み、
自分と自分が育てたタイムラインが
この朝ドラに対して
どんな感想を持つのか、
とても興味深いです。



半分、青い 全体の感想
 http://inatt.tokyo/article/461932922.html



20180930追記

テレビドラマが好きな人たちが、
ひとつのドラマを挟んで
ドラマそのものでなく、
発言者へ向け、なんだかんだと言い合う必要はないです。

そういうことを起こさせたという点で、
脚本家のツイートも含めて、
このドラマは非常に特異だと思います。

私は今まで、
大河ドラマの平清盛や真田丸などで、
twitterとともにするドラマ鑑賞が、
自分の生活を豊かにしてくれることを経験しました。


今回、それとは異なるドラマ鑑賞体験も
twitterで起こりうるのだということを知りました。






20200327記

最近、「半分、青い」(というか、その脚本家)や、
「なつぞら」(というか、その主役)に対して、

「~という批判のツイートを目にしたが、」という
ツイートをときどき見るのですが、
私自身は、
「そういう主旨のツイート見てないけどなあ」
と思うことがあります。

あれから、少し、タイムラインが育ったのかも、
と思います・笑





20200626記

朝ドラの感想ツイートのなかに、
前作と今作を比べ、引き合いにして、
今作を批判したり、
前作を讃えたりするパターンがあると思います。

私も、#おしんチャレンジ のあと、
おしんとエールを比較したツイートをしました。


しかし、
例えば、
スカーレットとエールを比較するとしても、
エールが、
「いつもと変わらない1日は特別な1日」みたいなことを
表現しようと考えているかというとそんなことは全然ない
と思うので・笑、
両作品を並べての、
こっちが上だの下だのと主張することには意味がないとの
考えに至りました。






20210304追記

話が逸れるのですが、

Twitterのタイムラインも、
YouTubeのお勧めも、
変なものばかり、観たりレスポンスしたりしていると、

タイムラインやお勧めが、
変なものばかりになっていく・笑

よくできたツールは、
自然と世の中の仕組み動きと同じようになっていて、

現実の世界でも、
変なことばかりしていると、
変なものを引き寄せてくるということか、
と思っています。

だから、
よくできたソフト・ツールが
そのままに、
世の中や人を良くしていくということはなくて、

ソフト・ツールを使う人の
善性や倫理とまではいいませんが、
あなたはあえて何をしますか、
という、
毎日の
ひとつひとつの
選択が重要と

大袈裟な感想を持っています。


■おかえりモネ

20210816追記

「おかえりモネ」についての批判ツイートが多くなっていることに驚いています。

「半分、青い」や「なつぞら」では、
批判は、脚本家や主役など、特定の対象に偏っていたように思いましたが、

今回、作品の全般的な要素に向かっているようで、
今までにないことだと思いました。

「アンチ」はどの朝ドラにもありますが、
今回は、
「ヘイト」的な匂いを感じます。気のせいかもしれませんけど。

今のTwitterは、タイムラインを育てるなど悠長な話で、意味がなくなってきているかもしれません。

私は、毎日の生活に元気を貰うため朝ドラを観ています。
こんなご時世、少しでも多く心の栄養を「接種」するよう心がけています。
出来る限り、心の栄養となるものに多く目を向けるようにするべきだし、
後ろ向きな感情を「伝染」させるような他人から元気を奪う発言は慎むべきだと自分を戒めています。


20210917追記

今、私のタイムラインは、
「おかえりモネ」について、
菅モネファンの明るいツイートだけでなく、
作品のあらゆるところにつっこみを入れているツイートが
がんがん流れています。
それは、
気持ちのよい状態とは思いませんが、


( ネガティブな意見の攻撃性に心が揺れ動き、
 静かな気持ちでドラマを鑑賞することの邪魔になっていると感じています )


ほとんどブロックやミュートをせず、

そのままのタイムラインを眺めていて、

呟く方同士が罵りあったり、揶揄しあったりすることさえなければ、

世の中そういうものだ、という気持ちになってきています。


少し時間をかけて、その先にも、考えを巡らせたいと思っています。





「我がTL」という言い方を目にして、

すこし、心にひっかかりを感じたことがあり、

「タイムラインを育てる」という言い方も、

使うのを止めようと思いました。

(20220211追記)





20211106

「カムカムエヴリバディ」の第1週が終わりました。

タイムラインはしばらく忘れていた温かさです・笑

これは束の間の小春日和なのか・笑





(ツッコミどころ探しの世の中)

世の中には、

あれには、あの人には、

いくらでも遠慮なく、突っ込んで、

心の憂さを晴らすことに使っていいんだとされている対象があるようだと

感じるようになりました。

いわゆる、週刊誌などがネタにするものです。

朝ドラ、大河、紅白歌合戦は、

民放のテレビ番組とは異なり、

そういう扱いになっているように思います。

それはメディアの取扱いの問題ではなく、

世の中の人がそういう対象を心の中で常に望み、

これらをそういう扱いをするものと認定しているのだと感じています。


朝ドラでは、

何か、観る人が物足りなさを感じたときに、

その原因のスケープゴートを求めるということを感じるときがあります。


その対象は、何を言っても、反論してこないだろうと思えるものが選ばれがち

とも感じる


・おかえりモネでの演出担当

・カムカムエヴリバディでの演出担当

・カムカムエヴリバディでの子役


本稿ではいじめの構造の考察をしているわけではないのですが、


・複数の同じ立場の人たち(歴代ヒロイン)を比較して、ひとりを非難する

・複数で分担している人たち(演出担当)の、そのうちのひとりを攻撃する

・特別な出自の子供を嫌う(父が監督で母が女優、姫川亜弓さんのことではないです・笑)

・悪口は別場所(別のタグ)で言う。でも、他の人にも聴こえるように。

 ( 本タグにしろ、別に作るタグにしろ、
   そこに集う人たちには、
   自分が見たいものだけを見たいという願望がある。
   また
   自分の意見を否定されたくない。
   そして、
   このブログだって、まさしくそうなのですが、
   誰からも見えないならば語ろうという気にはなれない。
   大変面倒なことだ。 )

・いじめは、いじめることが動機になっているとは限らない。
 だから、当事者は自分のしていることはいじめではないと本気で思っているし、
 それを口にできる。

・人にレッテルを貼る人は、実は自分にレッテルを貼られることをとても嫌悪している。






「カムカムエヴリバディ」で感じたこと

我々は朝ドラで演出とクレジットされた人が何をしているのか、
何も知らずにいろいろ好き勝手言っているところがある。







視聴者が制作統括に「あの演出担当をしっかり指導しろ」みたいな依頼をする展開に驚き、

拍手(同意)が発生したということにさらに驚いた。

( 20211205 愛宕山での講演会 )





「カムカムエヴリバディ」を観終わって感じたことは、

物語を愉しめ」ということを思い出させてもらったということだった。







・誹謗中傷 ( 20220806追記 )

とうとう、朝ドラに関する呟きが、いじめ、誹謗中傷なのか、という議論が出るところまでいきつきました。

沸騰する「#ちむどんどん反省会」批判かイジメか
真っ当な声もあるが誹謗中傷のような酷い言葉も
木村 隆志
https://toyokeizai.net/articles/-/609588

( 一石を投じるという意味で立派な記事だと思いました )

このことについては、自分事として、
この先もよく考えるべきことと感じています。


東洋経済オンラインアカウントがわざわざ#ちむどんどん反省会タグをつけて、
記事をツイートしたのには、ちょっと驚いた。
当タグを使っている人たちへの挑戦的態度なのか、どうか。
ツイート自身は、
#ちむどんどん反省会タグには批判と酷い言葉と両方ある、
と言っているだけ。と
いうことは逆に挑戦的ということか。

しかし、ネガティブな意味合いのドラマに関するTwitterのタグが記事になる
というのは異例な出来事なのかもしれない。





当記事についての反応のなかには、
いじめを題材にしたドラマで見たような、

「あれはアイツが悪いからしょうがない」
 または
「私はいじめていない」

を思いおこすようなものもあり、

自らを戒め、注視したいと思います。



「私が〇〇人のことを■■野郎呼びしているのは理由があって、〇〇国が〜の歴史的事実を改竄しているからです。〇〇国が過ちを認め謝罪しない限り、私は〇〇人のことを■■野郎呼びします」



「私達はやむを得ずやっているのだ」













・ちむどんどん放映時に気づいたこと

朝ドラ×Twitterには、構造的に人を闇落ちさせる力がある。
自分の責任で気をつけていかねば・笑


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2022年07月31日

【ドラマ】 空白を満たしなさい 2022年




空白が生まれても、空白を埋めることはできる






NHKのドラマ(wiki)。

何をみせられるのか、わからないまま、話が進んでいって、怖い。

佐伯が増幅してみせているが、
そうでなくても、
人が生きていること、
人が死ぬこと、
周りの人や自分!が死ぬことを受け止めることの重さを
こんな形で見せるやり方があるのだなと。


第1話

「家族のために働くのは幸せだよ」と思う男が
「好き嫌いに正直になればいいんです」と
会社も上司も親も家族も自分も嫌えばいいと囁く男の首を絞めた。


第2話

佐伯や姑からかなり酷い目にあったとしても、
死んだ人を延々と恨み続けることは難しいかもしれないが、
原因を作った当人が目の前に現れれば、
眠っていた恨みが目覚め立ち昇ってくるようなところを表現する
鈴木杏がすごかった。


第3話



「ある人」の死は「別の」人の人生を染める

死の一点と因果応報を結びつける考えの問題点?


「あの人危ない、止めて」

「追い詰められているから、そう思うだけなんだよ、自分の意志じゃない」



第4話


幸せになりたい男が殺そうと思うもの。


( 死んだ人の死んだ理由は、今を生きる人には本当は意味がない。(あるべきではない)

  この物語で、私たちと同じく生きているのは、

  千佳と璃久。このふたりの話になっていくのか、どうか。 )


第5話


「それは、ビル火災の一室で、熱さから逃れようとして、窓から飛び降りてしまうのに、似ていますよ。他に熱さから逃れるすべがあるなら、本当は生きたかったんです。

「人は死んでも何かがこの世界に残るんだと思ったんですよ」


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2022年07月25日

【ドラマ】 鎌倉殿の13人 2022年 ( 書きかけ )



坂東武者たちの、素朴で長閑、無邪気に残酷。


( が、そんなひとときは

  とうに通り過ぎてしまった・笑(20220502記) )






2022年の大河ドラマ

三谷幸喜がフィルム・ノワールに挑戦。

または、任侠大河ドラマ・笑





・週刊実話の記事をイメージしていただきたい・笑





「鎌倉殿の13人」って、ドラマを思いついても、

「題名につながる登場人物が13人!」って、

並みの脚本家なら、尻込みしそうな案件だけど、

三谷幸喜なら、

昔書いた戯曲より一人多いだけ」ということか・笑





【女性の描き方】

今までの三谷作品と異なるところとして感じているのは、

女性が女性に影響を与える、関係性や対話の多さ。

北条政子の描き方から、そういうシーンが増えているように思います。


・亀と政子

・静御前と里

・巴と大姫

・丹後局と政子
 第24回で政子は手ひどくやられたが、
 それも後にこのことの雪辱が描かれるのだろう。


また、
女性の情念や恨みが物語を回していく。

りく

実衣
比企尼

■バトルロワイアル

りくと時政が全成を唆す
比企能員が全成をはめる
北条が比企を滅ぼす
北条が実朝をたて、頼家を修善寺へ
京都と連携しようとした頼家を義時が暗殺
時政が畠山を滅ぼす






■各回の感想

・第1回 「大いなる小競り合い」

「しかし、佐殿は行方しれずと聞いています」
「今、この館にいる」
「ここにですか?!」

三谷喜劇の神髄・笑



・第2回 「佐殿の腹」



・第8回 「いざ、鎌倉」

庚寅(かのえとら)に家移し(やうつし)した家には
不幸が訪れると言われております
親子の縁が薄く、主(あるじ)は不慮の死を遂げる



藤原秀衡は、意図して、
自分が使う駒としてのパーフェクト戦(いくさ)マシーンとして
義経を育てたという妄想。
坂東武者は実戦で鍛えた強さだが、
九郎は武芸訓練だけでなく、歴史書からなどの教育を受けているとか。


・第9回 「決戦前夜」


政子の瞬きしない丸い目が怖いと思う時が来るんだろうなあと思った。



・第11回 「許されざる嘘」



宗時の巾着が畠山重忠のもとに残ったことが後に災いとなるのか。
これを知っているのは景時だけ。


・第15回 「足固めの儀式」


上総広常も
「老けたな」と言われただけで、
佐竹義政を切り捨てた人だから。(第10回)


( 刀について、広常が気がつかないというのが、腑に落ちない )


( ドラマ的な因果では、頼朝は最後に善児と関わるのだろうなと思い始めた )



・第19回 「果たせぬ凱旋」


義経の場合は、「全部大泉のせい」ってわけでもない(哀)

「策にたけたものはかえって騙されやすいものだ」


また、
人の手紙を破り捨てた(義円)
自分で手紙を書かなかった(宗盛)
ことが祟っている。


ーーー

土佐坊昌俊(とさのぼうしょうしゅん)の堀川夜討は、
郷御前(さとごぜん)の後妻打ち(うわなりうち)?

義経からみると、
(誰それの讒言、とかでなく)
全部、自分の行動が原因、という描写が
恐ろしい。

ひとつひとつのエピソードをきめ細かく積み上げた、
凄い脚本だと思う。

ーー

名ナレーション

「まねをしてはいけない」

他の誰にできるか想像し、

有働由美子さん(真田丸ナレーター)が思い浮かんだのは面白い。


−−

「九郎義経は、九州に逃げ落ちたと聞いておる。かような所にいるはずはない。偽物であろう。」


 フィクションの作り方として素晴らしいと感じ入りました。

  フィクションだから、時政が義経に話しかけることができる
  フィクションだから、義経が北条親子のところにあらわれても捕まらず、その結果、地頭が設置される





『自信』をつける『経験』とは『戦に負けた痛い思い』で、

九郎がこれまで避けてきたものなのかもしれませんね。

「まだまだ、これからじゃ」とはどこまで本心か。

また、

「まっすぐすぎたのです、羨ましいほどに」

とはこれまでの義時の苦い経験をふまえたもの。

これらは、
滅びが固いと見極めた人にかける、
北条の一族の、優しいが突き放してもいる言葉と受け取れた。

ーーー





・第21回 「仏の眼差し」

北条時政が建てた願成就院(がんじょうじゅいん)の
運慶作阿弥陀如来坐像
その表情は、私は慈愛よりも一種の威厳を感じるが、

ドラマにおいて、
北条義時が、
史実では詳細が分からぬ北条泰時の母を引き合いに出し、

「ふと、妻の顔を思い出してしまいました。
息子の寝顔を見ているときの」

というのも、
物語の中の八重の人生に思いを馳せ、
実在の阿弥陀如来坐像とも結びつき、
いつまでも心に残るかもしれないシーンでした。


・第24回 「変わらぬ人」


「変わらぬ人」とは?

頼朝のこと?


貞観政要
 豊かな家になったから、書籍も読む
 金剛は新たな世代の坂東武士

 ( 大姫も源氏物語など教養を持つように育てられている )

陳和卿

・第25回 「天が望んだ男」

天が望んだとは、死んだほうか、生き残ったほうのことか。

建久9年12月27日の1日のお話

( 稲毛重成 )

全成のフラグ



頼朝の最期の言葉
「九郎」と言ったようにも思えたが、字幕はなかった。
字幕にない場合、「シナリオ」にない、ということが考えられる。
( 義経の亡霊を見て落馬したという説 )
大泉洋の提案で、「藤九郎」だったそうです。

鈴の音を聴かなかった人

 時政と義時

 ( 鈴の音は「野心のスイッチ」という意見も目にしました )



( すべて大泉のせい、嫌われている、とか言いながら、
  いざ物語から退場となると、
  視聴者から惜しまれるなど、
  脚本も、俳優も、どんなマジックかなと思う・笑 )


・第26回 「悲しむ前に」



歴史資料に残る、11日出家、13日死去を元に、
出家の描写に意味がある、
小さな観音様のエピソードを積み上げた脚本は凄いと思った。

医師の口封じのときの義時、梶原、畠山の会話で、
宗時の巾着のことをふと思い出した。


・第27回 「鎌倉殿「と」十三人」

タイトルを回収するとみせかけて、してない・笑。


意図せず人数が増えていくところは、「三谷節」だけど、

今までで一番笑えなかった・笑。

景時は、実際、頼朝から頼家を頼むと言われていたのに。



頼家と13人たちとの年齢差を身の回りの実例で想像しても、
うまくいく気がしないし、

平治の乱や、石橋の戦いの経験者、
はるばる九州や奥州へ戦いに赴いた者や、
あえて京都から鎌倉へ落ちて文官となった者たちと
生まれてきたときから御曹司として育ち
苦労しなかった者とでは、
見てきたものが違いすぎる。


・第27回 「ままならぬ玉」



・第30回 「全成の確率」



・第31回 「諦めの悪い男」

比企能員と北条一族が対峙する深刻なシーンにはおらず、
頼家を前に北条一族が茫然とするシーンにいるトキューサ。

(香盤表をみて、「あれ、俺なんでいないの」と思う瀬戸康史)

佐々木善住・ささきよしずみ)


・第35回 「苦い盃」

( 歩き巫女 )


・第36回 「武士の鑑」





・第36回 「オンベレブンビンバ」



語り継がれる名シーンだと思いました。

時政は誰のために呪文を唱えているか、

家族の絆は確かにある、
しかし、
早世した一族の女が唱えた真言を誰も覚えてはいない。

( 一文字違いまで近づいたのに、
  正解には辿りつくことができない )

かつて、
三谷幸喜の作品に対し「笑えるがただそれだけ」という批評があり、
本人が「それの何が悪い、それでいいのだ」と主張していたような気がしますが、

本作では、
ひとつのシーンに、
「笑い」「哀しさ」「せつなさ」「むなしさ」など、
観る人にいくつもの感情を同時に感じさせる描写が
数多く表れていると思います。

( 「オン バザラ アラタンノウ オンタラク ソワカ」虚空蔵菩薩 この真言を唱えることで安楽と福徳の御利益がもたらされる大宇宙の智慧にあやかれる )



「子どものための影」という主張は、義時の泰時への言葉、態度からも表されていると思う。


( 畠山重忠の妻ちえは時政の娘であり、
  再婚したのは、足利義兼(足利尊氏の先祖)の子、足利義純だが、1210年に病没している )







■呟きの記録

・義朝と坂東武者

 義朝と坂東武者との関係は、
 頼朝の場合と違っていたのか、同じようなものだったのか、
 興味を持ちました。

 または、
 大庭景親、千葉常胤佐々木秀義から見た、保元の乱や
 三浦義澄上総広常から見た、平治の乱、
 そして
 その経験を通した頼朝の挙兵についての
 それぞれの感慨に興味が湧きました。

( 足立遠元だって、義平十七騎なんだから!・笑 )
 



この時期にNHKオンデマンドで平清盛を観ることができるようになったのは素晴らしい対応だと思う。











・時政お父さんの誕生(5/10)祝い(20220511)



温かいエピソードなのに、
色紙を書いた「北条の一族」の顔ぶれに、
なんか胸をつかれる・笑

 孫(頼家・泰時)はいるが、娘婿(頼朝、全成)はいない。
 八重がおらず、比奈がいる。
 一方、畠山重忠がいる。

「大好きです!!」頼家
「生きたいです!」重忠

(20220509に佐藤二朗さんは比企能員の変を撮影しているらしい呟き)

















・鎌倉殿とクリスティ

「オリエント急行」か「カーテン」か「アクロイド」か。

長澤まさみ出演説を目にしたことがあるので、
長澤まさみを上手に使う筋を三谷氏が思いついた、とか。

「私が〇〇に毒を盛ったのです」とか

(三谷幸喜のありふれた生活:1101)「鎌倉」へ、長い旅でした

   https://digital.asahi.com/articles/DA3S15410716.html

 クリスティ作品のネタバレに繋がるような発言や 
 まだ、撮影に入っていない回のことを記すのは、
 よくないこともあるような気がするが、
 「牽制」しているのかも、とか思ったり。

(20220909記)









それはそれでひとつのドラマ鑑賞体験。
私個人の似た例は「いだてん」でのラザロさん。

■引用・因縁・伏線

歴史書からの引用や出来事の因縁の糸が相当きめ細かく張り巡らされていると感じてきたので、
その覚書(情報源はTwitterのいろんな方の呟きから)

(おそらく全編観てから、もう一度頭から観る必要がありそう)

番組HPの略年譜は時系列の理解にとても役立ちました。

 https://www.nhk.or.jp/kamakura13/special/history/nenpyo.html#year1200

・ただの初期ボスキャラではない伊東祐親。善児はもともと伊東の雑色(0101)
・義時は川で善児が千鶴丸と居たところを見ている(0102)
・「これは何ですか」(0103)
・「善児が川で魚をとってさしあげます」(0104)
・「俺はこの坂東を俺たちだけのものにしたいんだ。〜坂東武者の世をつくる。そして、そのてっぺんに北条がたつ」(0501)
・義村は頼朝挙兵により祖父が討たれたことに遺恨を抱いている可能性(0601)
・千葉常胤「よわい60を越え、お迎えの支度でも始めようと思っていたやさきに(0701)
・「我らは坂東武者のために立ち上がったのです。〜我らのための坂東を作る」(0702)
・「刀は斬り手によって名刀にもなればなまくらにもなる」(0703)
・「よわい60を越え、お迎えの支度でも始めようと思っていたやさきに」(0704)
・伊豆山権現の政子に頼朝の無事を伝えたのは仁田忠常(0705)
・「私が風を起こす。その隙に逃げられよ」(0706)
・「権三が?」「だったら、ついでにうちの人も討ち取って」(0707)
・文を焼き「九郎ほどの才があれば己一人で大願を成し遂げよう」(1001)
・義村は伊東祐親を殺した梶原殿に遺恨を抱いている可能性(1101)
・第11回は鳥の鳴き声で始まる(1102)
・畠山重忠は館に盗みに入った善児を捕え、三郎宗時の巾着を持っていたことを梶原景時に話した(1103)
・「胎内のお子は生まれても定命が短いとでておる。千鶴丸はいまだ成仏できておらぬ。千鶴丸を殺めたものが生きている限りは。」(1104)
・鳥の鳴き声で終わる(1105)
・義村「頼朝を超える」(1201)
・「承服できませぬ!」(1501)
・義経は「鎌倉攻略法」を義時に教え、義時は梶原殿にそれを伝えた。(1901)
・「オンタラクソワカ」(2101)
・(砂金の友)三浦義村と結城朝光は断金の朋友(吾妻鏡)(2801)
・義時は義経の「鎌倉攻略法」を知っている梶原を京都には行かせない(2802←1901)
・梶原が一幡を京都に連れていこうとするのは人質であるとともに「源氏は飾り」として必要と承知しているから。(一幡はそのような駒になりうる存在と義時も認識)(2803)
・千葉常胤「危うくお迎えの支度を始めるところであったわ」(2804←0701)
・「おなごというものはな、だいたい、きのこが大好きなんだ(2901)
・「改めて見ると叔父上はやはり父上に似ておられますな(2902)
・建仁二年(1202)十二月大十九日己未。知康〜忽ち以て舊井(ふるいど)に落入る。(吾妻鏡・2903)
・「試されたのですよ、わしの天運を」(2904)
・(誰も恨んではいけない)(3001)
・(大きい順に首を並べて)(3101)
・「私は承服できません!」(3301←1501)
・(双六は気持ちが悪くなる)(3501)
・「雪の日は出歩くな」(3502)
・畠山重忠の拳は床板を破壊するほどの威力(3503)
・「そうだそうだ、みんな武衛だ」(3601)

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重忠
・壇之浦
・壇之浦での梶原の態度の避難
義村「必要なら立場を変える覚悟」(坂東武者として褒め言葉)
ーーーーーーーーーーー
義経の首桶を抱え泣いた頼朝と重忠の首桶を見なかった時政






坂東武者の成り上がり

・天皇や公家の争いに京都へ呼び出され、代理で命を賭けた戦いをさせられ、負ければ一族もろとも大変な目にあう。

・遠く九州や奥州へ長期遠征を行い、一族がまるごと滅ぼされる無常を目の当たりにする。

・運よく勝ち組になり、多くの所領を得て、当代一の仏師に仏像制作を依頼できるような、地位と富を得た。

・京都から見ればよほど血生臭いが、野蛮一辺倒というわけでもない。



・公家と姻戚関係を作っていく(足立遠元


posted by inatt at 16:29| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする