2020年12月26日

20130601 【書籍】 ジブリの教科書1 風の谷のナウシカ



20130601記
 
「教科書」という名乗り方に少し反発を覚えますが、

とても印象深いところがありました。


カレンバックとの対談のなかで宮崎駿が、
死の海になった水俣湾で漁が出来なくなり、数年たったら、
魚の群れがやってきて、岩にはカキがいっぱいついた、
というエピソードに感動したといい、
それは食べられないという指摘にも、
「食べなくていいと思ったんです。
 彼らは、人間がバラまいた罪悪を一身に引き受けて生きている。」

また、

家の庭の枯れた丸太に
羽蟻がいっぱい出てきて飛び立とうとしているのが発見されたとき、
宮崎駿は、燃やすなと言ったが、
近所や自分の家へ害をなす可能性から、
奥さんはきっぱり「燃やしたわよ」

ナウシカで描かれていることは、
架空の話、誇張された話でなく、
この世そのもののお話なのだなあと思いました。

食べられない魚で豊かな水俣湾は、
風の谷であり、
岩カキは、
ナウシカであり、

そんなことに関係なく、
想像のつかないところの論理から、
神の鉄槌により、世界が抹殺されることもある。

神とは、崇高な存在でも公平な存在でもない。  
  

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20201225記

日本テレビ、金曜ロードショーは、

コロナ禍の年、2020年最後の放送の演目に、

「風の谷のナウシカ」を選び、

「マスクをしないと生きられない世界で1人の少女が未曽有の危機に立ち向かう!!」

と宣伝しました。

なるほど、と思うところと、

なんか違う、と思うところがありました。

ナウシカで語ろうとしていたことと、

人間と病原菌との関係は、

また違う話のような気もしています。




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2020年12月19日

【マンガ】 熱いぜ辺ちゃん 1986年



福本伸行のマンガ。

第16話までは1986年〜1987年に連載。主人公は大学2年生。

「天」や「アカギ」より前の作品です。

私は掲載紙を毎月読んでいました。
現在の作者の作風とも、
掲載紙の他のいわゆる麻雀マンガとも
異なる雰囲気の作品であったことを覚えています。
かといって、一般マンガ雑誌に掲載されるような感じはしない・笑。
70年代以前の青春もの作品のような気配もあります。

第16話でいったん連載終了しています。
ということは、あまり人気がなかったのかもしれませんが、
とても印象に残った作品でした。

「アカギ」などが人気になったあと、
第17話から最終話(第21話)までは1994年〜1995年に連載。
第16話から7年経ったとされていて、作中の出来事は1994年9月。

1987年に第16話までで、全1巻の単行本になり、
1995年に最終話までの全2巻の単行本として再発行されています。
作者が「アカギ」「カイジ」などで人気作家となったあと、
初期作品をまとめたものが2004年と2008年に発行され、
本作品もあらためて出版されています。

掲載/発行年月はWikipediaからの引用


私はそのいずれの単行本も購入した記憶があり、何度もこの作品を読んでいます。

第10話(HEAT.10)「若者へ」が忘れられないからです。
いや、忘れていたことを、何度も思い出させられたからです。

物語は1986年12月24日から始まる。
浮浪者歴13年の70歳を超えたおじいさんが登場し、
余命3か月で入院するも、
何度も主人公に「おらをかつぎ出せ」と頼み、
病院を脱走し雀荘に行こうとする。

主人公は、おじいさんのことを
「自由で奔放で楽天的で」「最後まで情熱的に生きて」と考えるが、
おじいさんの死後、残した手紙を読むことになる。

反則かもしれませんが、
その手紙を全文引用します。


気が付くとボーっとしちゃう若者へ
ありふれた若者へ

70年生きて経験のある事だから話します
私は怠惰でした

よく1日頭が痛くなるまで寝ました

私は食事の後、風呂の後、酒の後、何かを3時間以上続けてした後眠くなるのです

ほとんど絶望的に怠惰な人間でした

やりたい事はやまほどあるのに体を動かす段になると億劫で結局何にもしませんでした

精神だけでフワフワ飛んでいけたら私はどんなに行動的だったことでしょう

自分が考えているよりも自分の体はズーッと重いのです
自分の重さなどという事も寝込んで立てなくなってから気が付きました

そしてその「怠惰」という重さの弊害も…
このふたつに抱きつかれたら誰だって一歩も動けません…

でも…
いいかげんなところでふっきらないといけません
なんといってもいけません
「よいしょっ」とかつぎ出して下さい
自分の体重と怠惰を…

どうもそれ位の気構えじゃないとダメみたいです

病院で動けなくなってから愚かにも私は気が付いたのです
無性に生きたくなった…
私は今までの人生がたまらなかった

私がやる気になった時もう体は動かなかったのです

未来あるみんなへ
ぜひ自分をかつぎ出して欲しいのです
怠惰と体重をふりきって…

自分を街へ
人へ夢へ
明日へ

どうかできましたら
私の事を他人事だとか特別だとか思わないで欲しいのです

私は昔
気が付くとボーッとしている若者でした
ありふれた若者でした


1980年代に大学生だった筆者は、
授業にも出ず、やりたいこともなく、
だから、テレビゲームやパチンコや麻雀をして、
(だから、麻雀マンガ雑誌を読んでいる)
このマンガの第14話に出てくる、
歌舞伎町午前5時に佇む雰囲気がよくわかる。

そんな自分にこの手紙の内容が突き刺さりました。
自分は怠惰なんだと。
そして恐ろしく思いました。
死ぬ前に同じ思いをもつことになったなら。

作者はこの老人が特別な人と考えていないから、
この手紙を提示しているわけです。

そして、とても残念なことに、
このマンガを読み返すたび、
自分は怠惰に人生を送っている、
と思い出させられるのです。
性懲りもせず。

2020年に、10年ぶりくらいに、
また私はこのマンガのことを思い出しました。

最初にこのマンガを読んでから30年以上経ちました。
もう、忘れないよう、たびたび思い出せるよう、
自分に向け、このエントリーを作成しました。



(鬱病の人に頑張れと言ってはいけない、
ということが常識になっている今、
動き出せない人に鞭するようなことを言っているように
受け取られてしまうかもしれませんが、
それは当エントリーの趣旨ではありません)

(手紙のおじいさんに今、思うこと、
このマンガ全体のこと、
辺や山崎は今どうしているか、
福本伸行の作風の変化、
など、
まだ書いてみたい話題はありますが、
またの機会にします)

本作で主張している、
前向きに生きることと、
麻雀にのめりこむことは矛盾している・笑。

麻雀マンガ雑誌に載せるマンガなんだから、
というのは置いておいても・笑、
そんな矛盾が、
福本氏の作品の味なんだと思うのですが、

ただ、刺激的な勝負の描写を
たくさんの人が消費することにより、
作品がメジャーになったのは、
皮肉というか、
それが世の中というか、
いろいろ思うところがあります。

カイジが、
「そうだよな、地道に生きよう」
と言ったら、話が終わる・笑

でも、
本作の最後で登場人物が手にした大金も、
結局、見につかなかったであろうことは、
断言できる・笑。





覚書

第5話 「人は俺を見てなんかいなかったよ」

どんな名勝負も後ろから(紙の上で)眺めていたところで身にならない。


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2020年12月16日

【マンガ】 To-y 1985年



【To-y 30th Anniversary Edition 3 (第3巻)の話】

連載時のカラーを再現した、
トーイ 30周年完全版。

68ページ目がカラーで、
69ページ目がモノクロなのですが、

69ページの遠藤プロデューサーの台詞、
「園子…」
は、連載時は、

( カラーに間に合わなかった… )

というような台詞であったのを、
単行本になるときに、
全ページモノクロでも不自然でない、
今のものになっていると、
記憶していました。

カラー再現の完全版なので、
台詞も戻していただければ
よかったです・笑

それが書きたかっただけです・笑


( 連載時のカラーページに登場できない、
  と作中人物が嘆くネタは、
  同時期に少年サンデー連載だった、
  究極超人あ〜るにもあります。
  どちらが先であったのかは、
  記憶が定かでないです。 )


(20160229記)






20201128記

この物語の素晴らしさのひとつは、

ニヤという、

音楽を聴く、受け止める人、
パフォーマーを応援する人

を魅力的に描けていることではないかと思います。

自分の好きな音楽を追いかける、
好きな音楽を創る音楽家を追いかける、

私は読み手として、ニヤに感情移入していました。

そこが、
音楽を創る・パフォーマンスする人を描いた他の物語との違いがあるように思います。





20201127追記

・マニ籐のお面のグッズがあるのなら、買います・笑





20201216追記

何年ぶりかわからないが、
「山田のこと」を読んだ。

あらためて思ったのは、

本編とこの外伝以降、

トーイや他の登場人物はともかく、

私は山田二矢に一度も再会できていない。


この物語は、

1987年に完結していたのだと思った。







To-y 30th AnniversaryEdition 3 (小学館クリエイティブ単行本)
上條 淳士

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ーーーーー

ふと、

2016年1月のSMAPの解散騒動のことを思い出しました。

大手芸能プロダクションの敏腕マネージャーの独立騒動と退社。

結末が少し違うみたいだけど。

「ねぇ、中居くん おどってる?」


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2020年12月09日

【映画】 転校生 1982年



大林宣彦監督作品

■鉄橋を渡る小林聡美
 
夏、というと、
この映画の映像を思い浮かべることがあります。
( 正確には、6/10から1ヶ月余りのようなのですが。 )

ラストシーンはもちろんですが、

忘れられないのが、

自転車を漕いで鉄橋を渡る小林聡美。

なんであんなに躍動的に見えるのだろう。

20201014・尾道・鉄橋・4MP・IMG_2239.jpg
(20201014撮影)

この映画は、

一美になった一夫や
一夫になった一美の話というよりは、

斉藤一美と、
斉藤一夫が乗り移った一美と、
一夫に乗り移るという経験をした後、元に戻った一美を、

一所懸命、活き活きと演じる小林聡美のひと夏の映画なのかもしれません。

「血が通った」芝居とか言いますけど、
血が通った「小林聡美」を写し取ったので、
鉄橋を渡る躍動感が生まれたのでしょうか。

そんな彼女を自らの分身である一夫が8ミリに撮り、
一夫ごと、まるごと映画の中に閉じ込めて、
少年大林が呟く、「さよなら、おれ。」


■自由で幸福な映画作り

wikipediaの、

『大林千茱萸は、つまり完全に「プロの映画屋による自主映画」と述べている。「金銭面での苦労はあったが心に不自由なことは何ひとつなかった。むしろ自由で幸福な映画作りは永遠にフィルムに焼き付いていると信じられるし、その幸福感が観る者の心にも触れるのだろうと思う」と話している。』

という言葉がこの映画をよく説明していると思います。


今は気になる画や音のノイズを最新の技術でとりのぞくことも可能でしょうが、
そういうことをすると何か大事なものも無くなってしまうのでしょうね。


■同じ映画を今日観るのと明日見るのとでは、見え方が変わってくる

この映画を
10代、20代、30代、40代と繰り返し観て、
感じることが少しずつ変わっていったことを実感しました。

それは映画が変わったのではなく、
自分が人生を経て変わっていっているということ。

その内容を人に上手に説明することは自分にはできないけれど、
とりみきの「もうひとつの転校生」を読んだり、
2007年版「長野転校生」を観たりすると、

自分以外も、
これを作った監督本人でさえ、
それぞれに、
同じことを体験しているのではないかと思いました。


「映画は同じ作品を何度も繰り返して見てほしいと思う。というのも、同じ映画を今日観るのと明日見るのとでは、見え方が変わってくるからだ。」
「キネマの玉手箱」(p173)


■さよなら、オレ

この映画を観る度に、
「さよなら、オレ」という台詞の意味について、考えるのですが、


原作の「おれがあいつであいつがおれで(山中恒)」の
旺文社文庫の大林監督の解説文に、
とても直截的に分かりやすく説明されていました。

すると今度は、
リメイク作品に、「さよなら あなた」と題名をつけたことが、
今更に、気になってきました・笑

(初稿20060808)




大林宣彦監督作品の感想
 http://inatt.tokyo/article/462052806.html





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2020年12月04日

【ドラマ】 ルパンの娘 第1シリーズ 2019年・第2シリーズ 2020年



子どもの頃からずっと、こういうノリのお話が好きです。

連続ドラマとしてのお話の盛り上げ方も上手だなあと思います。



すいません、落ち着いて考えると買いはしないかもしれません(謝)。


【第1シリーズ】

■第1話



■第5話

レーザー光?を潜り抜けるシーン大好きです。
水鉄砲は伏線だったんか!と大喜びしました。

最後のシーンで、
コメディ、パロディはともかく、
シリアスに転換したところで、
画が成立する深田恭子はさすがだなあ、と思いました。





【第2シリーズ】

■#5



■#7



やっぱり、円城寺登場シーンばかり続けて観ることのできるコンテンツ、需要があると思う。
うっかり円城寺も含めて・笑

■#8


フォーマットのお約束が完成しているので、
いろんな配役で
アクションミュージカルが成立すると思う。

第2シリーズでは、
ミュージカルシーンで
三雲家と桜庭家が一体となって、
踊り歌ってました。
それが、まさしくミュージカル。

映画では、
北条家も円城寺家も皆ひとつになる場面があるのではないでしょうか・笑











(10年以上ぶりにフジテレビの連続ドラマの感想を書きました)



2020年11月29日

20201108 【TV】 映画で未来を変えようよ〜大林宣彦から4人の監督へのメッセージ〜



心に残った発言

犬童一心
原発事故というものが人災だとすると
戦争も人が起こしているので、
ものすごくとんでもないことが
人のせいで起きたのに、
でも、そのことに対して
人が、何もこう、責任を持たないみたいな。

塚本晋也
お客さんが喜ぶためとか
お客さんの涙を誘うためとか
お客さんの、なんかこう、ヒロイズムなどその他、
ヒロイズムはもってのほかですけど、
たとえそれが涙であっても
そういう何かカタルシスを喚起するためぐらいのある目的で
戦争映画作っちゃいかんと。

大林宣彦
カタルシスだけは絶対に描かないと、
これが実はね、戦争映画を作ることの、
一番大事な点なんです。
どんな反戦映画、
戦争は嫌だということを描いてもね、
カタルシスというのはそのことを体験することで
どっか気持ちよくなるという、
映画というものの怖いところであって。

ーー

これらの発言に当てはまるものとして、
思い浮かぶのは、
朝ドラ「エール」です。




目を引いたのは、

撮影時の映像で、

大林監督がオッケーを出したあと
大林恭子氏があとからダメを指摘し、
監督がそれを受け入れた場面。
そのようなところが映像になっているのは、
初めて観ました。


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2020年11月28日

【ドラマ】 エール 2020年



音が裕一のことを
コロンブスレコードのディレクター廿日市に売り込みに行ったのは、
吟と智彦のお見合いの席で、
智彦が
コロンブスレコードで働く叔父を紹介できると言ったから。(第28回)


■私が観たかったこと、知りたかったこと

・大衆歌が人々の生きてきた記憶と結びついて描かれること
 
 軍歌ならなんでも嫌悪感を抱く人もいるでしょう。
 しかし、
 「船頭可愛いや」「長崎の鐘」などだけでなく、
 「露営の歌」「暁に祈る」も、
 その人の大事な忘れられない思い出と結びついていることもあると思います。
 
 裕一が創った音楽を聴き、生きた人たちの豊かなエピソードを期待していました。

  歌は「朝も昼も夜もずっとそこにある」(星影のエール)

  「自分の思い出とともにあんのよ、音楽って」(宮本浩次)


・戦前に軍歌に関わったことを古関裕而や福島三羽烏(コロムビア三羽がらす)はどのように考えていたのか。

 これは特殊な論点ではなく、
 音楽であれ、映画・ドラマであれ、テレビ番組であれ、
 多くの人に広く伝えるものを創造する仕事の人たちに共通の問題だと思いますし、

 普通の職業人にとっても、
 仕事と法律や倫理や社会の雰囲気などとの関係において、
 いつでも自分の身に起こることだと考えています。

 SNSで発信が簡単な時代では、もはや個人ひとりひとりの問題なのかもしれません。
 (大袈裟にいえば、ひとつリツイートするのも個々人の責任があるというような) 

そのような論点において、
自分が勝手にあらかじめ期待していたものと合致しないところがあったドラマでした。

そして、

ある時期は、戦時歌謡を持てはやしていたのに、
ときが進めば、軍歌を「戦犯」呼ばわり

するようなことがある人たちを
他人事としてとらえているとの感想を持ちました。


■脚本家の交代

ドラマ「ハゲタカ」の脚本家(林宏司)、
「サラリーマンNEO」を企画したディレクター(吉田照幸)、
どちらも私の好きな番組を作った人たちです、
あとは、制作統括やプロデューサーの腕かもしれませんが。

ひとつ指摘できるのは、
朝ドラというものは、
ヒロインだけでなく、
脚本家と演出家も相当大変ということははっきりしているので、
脚本と演出に同じ名前がクレジットされるのは、
異常事態だということです。


■コロナの影響

制作の中断、
主要人物の演者の死去、
放送回数の短縮、
キャストのスケジュール調整困難、
等々、
制作現場は相当に大変だったに違いない、
と、心中お察しいたします。

橋本じゅんさんをスピンオフエピソードで閻魔様として出した以上、
それと何にも関係ない別の役で再登場させようとは、
普通なら絶対しない。


■感想を書くための覚書

・裕一の創った曲が街に流れているシーンがない。

・讃美歌、クラシック、流行り歌、軍歌、ジャズ、ロカビリー、どの音楽もそのときどきの物語展開の道具だてとしてのみ使われた感。

・音や音の母は、裕一の曲に影響を受けていない。

・誰にも戦争責任がない描き方、レコード、映画、ドラマなど表現物を造る人の責任の描き方

・こんちくしょうという台詞に抵抗があった薬師丸ひろ子の気持ち。(第90回)

・大衆歌より讃美歌?同じ場面で露営の歌を歌ってもひとつのドラマになったと思う(第90回)

・戦争に加担した(と感じる)罪が懲役刑のように償われた感じ(第93回)

・音が感じていた戦中の違和感が戦後どうなったのか、吟の戦中と戦後の気持ちの変化など、私の知りたいことが全然描かれないもどかしさ (第94回)

・智彦の戦後の物語に、「暁に祈る」のことが一切出てこない。

・「バンブー」が戦後、脈絡なくJAZZ喫茶になるのも、そのときどきの時流に安易にのっているような感

・古関裕而と筒美京平
 ヒットチャートの1位となることを第一としていたという筒美京平が古関裕而と同時代にいたらどのような仕事をしていたのだろう。

・関内家がクリスチャンである設定の意味
 裕一と音が出会う場所のため?
 讃美歌に特別な意味をもたせている?

・恵さんの思い出話が妄想ほら吹きみたいで終わったのが残念。
 そこに(表に出なくとも)説明がついていたら、
 野間口さんの演技も変わるはずなのに。
 ( 古本屋のエピソードを入れたんだから、
   「それ、先週読んだ小説でしょ」とか )
 結婚して何十年も経ってなお、
 「そんなこと聞いてない」というリアクションは変・笑。




2020年上期の朝ドラ

この物語では、

「エール」とは、誰が誰に、何が何に「エール」を送るのか


主題歌「星影のエール」では、

夜の星の光をエールに例えていて、

星の見えない日々
互い照らす
夜明け前の空
暗闇にほら響け

などのフレーズのあと、

星は、
朝も昼も夜もずっとそこにある、

と歌っています。


主人公の周りの登場人物たちは、
主人公の音楽家としての成功を喜んでくれますが、

( レコード会社の人がxx万枚売れたねえ、と喜ぶように、
  テレビ局の人が視聴率xx%だったねえ、と喜ぶように )

裕一の作った曲を鼻歌で歌うようなこともなく、

主人公の作る音楽について、
主人公の周りの登場人物や
世の中の人たちが
何を感じたかの描写が
少ないと感じています。

大衆歌を描くということは、
大衆の暮らしや気持ちを描くことなのでは?

阿久悠が、
「誰かが喜んでくれるといいな、
誰かが興奮してくれるといいな、
誰かが美しくなってくれるといいな、
というような願いを込めながらひとつの世界を創る、
というのが歌謡曲」
とテレビで語るのを見たことがあります。(*)

また、以前、
「「サラリーマンNEO」の作り手は、
サラリーマンに興味がないのではないか」
と思ったことがあります。

このドラマの作り手の皆さんが、
音楽の力や
音楽を人に届けようとする人や
音楽を受け止める人々や世の中
について、
興味がないということが
なければよいが、
と思います。




■第3回
 1919年(大正8年)
 小学4年生の裕一





■第4回

音が歌っていたのは、讃美歌312番「いつくしみ深き」

聞き取った歌詞は、

いつくしみ深き ともなるイエスは
われらの弱気を 知りて憐れむ
悩みかなしみに 沈めるときも
祈りにこたえて 労りたまわん


■第14回


■第16回

「サラリーマンNEO」のコントを観るように気楽に楽しめばよいと
観る側のスタンスが定まりました・笑

■第20回



■ 第33回

昭和6年(1931年)、
満州事変(1931年9月18日)も起こっているはず。
#おしん では、
加賀屋はとうになくなっている。

「影を慕いて」があまり響いてこなかったので、
気づきましたが、
流行歌を描くお話だけれど、
それを聴く人たちの視点が
今までなかったなあと思いました。
今までのコンサートのお客と
「影を慕いて」を買うお客は
層が違うかも。

木枯氏が何を歌うかも重要。
「影を慕いて」か
「酒は涙か溜息か」か
はたまた
「丘を越えて」か。

大衆歌を描くということは、
大衆の暮らしや気持ちを描くことなのでは?

■第40回

朝ドラでよくあるパターンは、
最後のひとつ手前で、
ヒロインの変な叔父さん・笑が
突拍子もないことを言い出し、
最後のカットが
ヒロインがとまどった顔であるやつ・笑
「ボケ」と「ツッコミ」の組み合わせなんですけど、
「ボケ」たまま終わるのは珍しいと感じました。

■第50回


■第53回

恵さんが呟いた名前「伝吉」を一応、覚書・笑

■第55回




演出・松園武大氏
「最愛の父・三郎との別れ、そして三郎が命をかけて繋いだ家族の絆を描いたこの回は、『エール』の特別大きな節目だと思っていました。そのスペシャル感を前面に押し出したいということで、チーフプロデューサーと話し合って決めました。」
(朝ドラ『エール』三郎(唐沢寿明)最期のシーンの裏側 演出・松園武大が語る
  https://news.yahoo.co.jp/articles/a796348ef68293c2a9539173e81a12a1d228965b )

主題歌が流れないことが、スペシャル感ならば、ドラマにとって主題歌とは何だろう、と考えてしまう。

次は、スピンオフでもないのに、ヒロインをまるまる1回分登場させないとか・笑


■第57回



■第58回「古本屋の恋」

題名がこの時代らしく感じられて好いです。

梶取(かとり)保と二宮恵が出会ったのは、
日めくりからすると、
1926年(大正15年)4月15日木曜日。

(ご両親が七回忌とのことで、
ひとりきりで関東大震災を経た神田の古書店主は、
これまでも波乱万丈な人生であったように思いますが)

再放送の副音声で、恵さんは、
「食いついたわ
「乗ってきた、乗ってきた
などと語っていて、
その目で見ると確かにそういう演技をされていたように思います・笑。


■第59回




■第60回

#あさイチ で近江アナが
「どなる人好きじゃない」と
眉をひそめていたのが印象的でした。


■第61回

昭和11年(1936年)から物語が再開しました。
大阪タイガースの歌(六甲おろし)は
昭和11年3月25日に初披露されたそうなので(Wikipediaより)、
すでに二・二六事件も起こっていると思われます。
三羽烏が軍歌に関わることをどのように描くのか興味があるのですが、
この物語の世界ではそういう世の中の気配は全然描かれません。

また久志が最後のオチでした・笑。


■第62回



■第81回

第17週「歌の力」第81回のオープニングでは、作 吉田照幸でした。



■第84回

奥さんの実家が、
軍との商売を主としていて、
かつ
キリスト教徒で特高に目を付けられていて、
元弟子の入り婿が入信し、
聖書を持ってきて、
反戦を説くというのは、
お話の作り方が相当ごつごつしている印象です。



制作側のみならず、観る方にも確立している、徳永えりへの信頼感・笑
この回が最後の登場であるわけもなく。

( 短い出番で呼ばれるけど、
  結構難しいことをやらされる感。
  −夏ばっぱの若い頃、とか
  でも、観る側として不満を感じたことはない、凄い実績・笑 )


■第85回



裕一の台詞で「慰問に『行けと命令がくだった』」とありました。
現実でも徴兵や行政命令以外でも
こういう言い方が当時よくあったのだとすれば、
そういう体制づくりを含め、
やはり嫌な時代だなあと思います。

(最近、廿日市さん出てこないな、
 制作の事情もあるかもしれないけど、
 戦後に「あ軽く」再登場してほしいな)


■第86回



■第88回

裕一が思い知ったことは、
この回で描かれた、
恩師の身の上に起こることを目の当たりにする、
非常に特殊なシチュエーションを体験させないと、
理解できないことでしょうか。

過剰な表現は、視聴者へのインパクトのため、と感じました。

( 一方で、東京大空襲など、一切触れられない。
  弘哉の他にも、音の音楽教室の生徒さんたちは皆無事だったろうか。 )

■第90回 「戦場の歌」

この回を観たあと、とても腹立たしい気持ちになっていくつかの呟きをしました。

このドラマの作り手は、
古関裕而の曲も、自分たちが用意した主題歌も、蔑ろにしているように感じて。

感情的になってしまったと後で思ったので、呟きは消しましたが、
自分への戒めとして、その内容は残るようにしました。







このドラマで私が知りたいのは、

光子さんであのようなシーンを用意するのであれば、

東京大空襲で、焼け野原となった東京で、
裕一のなかに湧く音楽はどのようなものか、
ということ

そうしてみると、
光子さんに「こんちくしょう」と言わせるのは、
このドラマでは意味がなく、
薬師丸さんは、裕一に代わって、歌うことを考えたのだと思いました。

■第100回



■第114回



ドリフのコントでは、ヅラをかぶったりはしても、
演じる人の年齢とは明らかに離れている役をやったりしますが、
この回と次の回の裕一には、
回も重ねたのに、
ドリフのコント内の人のような、
人として一向に円熟してない感がありました。

一方、となりのシムラの
志村のお父さんには
表向き単なるコントでありながら、
年輪を重ねた陰翳がありました。


■第120回(最終回)

物語の最後に、棒を振ることしかすることがなかったドラマの主人公。

曲の素晴らしさも、それを歌った歌い手の素晴らしさも、
もとからドラマを観ずとも知っている。

このドラマが主張していることはなんだろうか、
音楽とは歌とは、それを創る人とは、
いろんなもやもやを感じさせてもらったドラマでした。






【一時休止と再放送】

20200630記


20200516記

6/27(土)の放送で、一時休止になるとのこと。

機会がある度、何度でも言おうと思っているのですが、

「朝ドラと朝ドラ受けは、平和の証」

早く、放送再開されるようになればいいですね。




【みんなで星影のエール】

私は、
髪をセットしてもらいながら、
ゆっくり音程を確認しながら、
歌を練習する堀内さんの歌声に、
「歌の力(エール)」を感じた。



第120回(最終回)でイヨマンテの夜を歌われましたが、

吉原さんが本編で歌うシーンを観てみたかった。




■参考になった情報




https://news.yahoo.co.jp/byline/tsujitamasanori/20201127-00204465/

「戦争に協力した。大量の軍歌を作った。しかし、戦後は大きな挫折もなく、すぐ平和の曲を作り、成功していった。古関に限らず、多くの文化人が当時このような人生をたどった〜」
「戦時下の文化人の生態を知り、それを今後どのように教訓として生かしていくのか。問われているのは、われわれのほうなのです。」
「われわれが日々消費しているエンタメが、ある日を境に、プロパガンダになってしまうかもしれない。そういう厄介な問題を心のどこかで意識しておくこと。これが大切です。」

●根拠がないので、言いがかりになってしまうのですが、
本ドラマの作り手の方々は、
上記のような論点にあまりに無頓着ではないかと
勝手乍ら感じてしまうことがしばしばあり、
私個人は、
放送中、何度もいらいらしてしまったのでした。

もし、裕一が軍歌の覇王だった時代に、
朝ドラがあったとしたら、
あなたはどんな朝ドラを作りますか?
まさか、
「朝ドラは、軍需品だ」と
唱えるようなことはしないですか?
と問うてみたくなる気持ちになってしまったのです。




https://note.com/jishizuka/n/n8684bd56dd93

「「船頭可愛や」は売れなかったのではなく、売れたから、三浦環によるいわゆるカヴァー盤も出たのです。しかも古関は、1936年には「大阪タイガースの歌(六甲おろし)」、37年には古関の戦前最大のヒット作「露営の歌」を発表。それを受けての三浦版のリリースだったわけです。加えて、山田耕筰は、1941年の三浦環の音楽会のために、「船頭可愛や」の管弦楽伴奏編曲もしています。」
「全てを事実通りに放送しろ、とは言いません。現在再放送中の「はね駒」で沢田研二が演じる松浪毅のモデルは、明治期のキリスト教伝道者で教育者の押川方義で、松浪は作中で主人公(斉藤由貴)と同い年くらいの子供を喪ったと言ってます。だが、史実では子供はちゃんと育っていて、それが後に天狗倶楽部メンバーとなる押川春浪。ここで、「押川春浪を殺してしまいケシカラン」とは私は言いません。」


■「私たちは「善良」だったか? 『エール』の終戦が“被害者意識”の日本人に突きつけるもの」
 https://bunshun.jp/articles/-/40962

 この記事に示されている論点が、このドラマではうまく描かれていないと私は感じています。



posted by inatt at 09:25| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20201127 【TV】 あさイチ プレミアムトーク 宮本浩次 「生きてるとね、上り下りのEveryday」



「自分の思い出とともにあんのよ、音楽って。
メロディが流れるとさ、その歌の素晴らしさだけじゃなくて、自分の思い出とともにあって」




このところ、
宮本浩次(ひろじ)のカバーアルバム「ROMANCE」を繰り返し聴いている。

あなた - 宮本浩次
[iTunes]あなた - 宮本浩次






ぶっちゃけ、
この方は、テレビの生番組には向いてないと思うのですが、
バラエティ番組的なイジリ方をほとんどしなかった、
博多華丸大吉、近江アナの対応が好かった。

正直、もやもやしながら観た「エール」の最終回に続いて観たこの番組、
音楽に対する好いお話がありました。

歌はそれを聴く人のなかで、
それぞれの思い出や想いと一体となり、混じりあって、
ともに記憶される。

(「ロマンス」を歌った後、)
大吉「宮本さんの声って、気抜くと泣きそうになる」
近江アナも目をぬぐっていました。
生で直接聴くと、
また更なる迫力があるのでしょうね。



(「今宵の月のように」を歌った後、)
大吉「福岡の頃ね、仕事があんまうまくいかなかった頃にね、
この歌がでてきて、(華丸がカラオケで)よう歌ったなあ」
華丸「上京する時、「四月の風」を歌って...ちょっと宮本さん聞いてます?」
(お母さんの写真を紹介したくて、話を聞かずフレームアウトする宮本さん・笑)

(30周年ライブの「四月の風」の映像の後、)
宮本「自分の思い出とともにあんのよ、音楽って。メロディが流れるとさ、その歌の素晴らしさだけじゃなくて、自分の思い出とともにあって」
「音楽って常に自分の思い出とともにあってさ、そういうことなんだよね」

大吉「「四月の風」はね、うちの相方がよく歌ってまして、僕らが35歳で上京してくるときに、最後の、カラオケ、なんか送別会みたいなんで、(華丸が)最後、歌ったのすごい覚えてる」

華丸大吉さんたちは、自分たちの想いが宮本さんに伝わった感じがしなくて、
もどかしかったと思いますが・笑、
両者とも同じことを言ってたと思います。







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2020年11月18日

20201112 【TV】 アナザーストーリーズ 「名人がAIに負けた日」



NHKBSプレミアムの番組、

2001年宇宙の旅」などの昔から、
人間が人口知能に(AI)に得体のしれない不安を感じることが示されてきましたが、
棋士と将棋ソフトとの関係は、それを実地に経験する出来事として、
かねてから強い興味を持って見てきました。


当番組中、

AIと棋士との対戦について、

「それは図らずも人間のあせりや恐怖、一時の感情に左右され、失敗を犯す弱さを浮き彫りにしました。」

という発言がありましたが、


それは対局そのものだけではなく、

将棋ソフト不正使用疑惑騒動
こそ、

得体の知れない不安に人間が右往左往した実例、

「将棋界がAIソフトを恐れて自滅しそうになった日」として、

無かったことのように風化されるべきでない出来事と
私は考えています。

2017年5月20日 第2期電王戦第2局(現役名人の敗北)
2017年5月24日 三浦弘行九段と日本将棋連盟の間で和解成立のご報告
2017年6月26日 藤井聡太29連勝(AI評価と比較できる指し手の登場)


posted by inatt at 19:42| Comment(0) | 感想など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

食の記憶



食文化というものも時によって変わっていくものだと思います。

■マクドナルドのハンバーガー

たとえば、マクドナルドのハンバーガーというものは、
いまどきの人には、生まれたときから当たり前に存在するものでしょうが、
私にとっては、70年代前半に小学2年生くらいに出会うまでは、
マクドナルドも、ハンバーガーも、自分の生活には、ないものでした。

ピクルスというものをこれで知りました。

(この出会いについては、もっと詳しくいつか書いてみたい)

2020年11月に
トリチ(トリプルチーズバーガー)を初めて食べたときに、
小学2年生くらいのときに、
生まれてはじめてマクドナルドのチーズバーガーを食べたときのことを思い出しました。
つまり、
今の私は、舌が奢っていて、
3枚重ねないと昔と同じおいしさを楽しめることができなくなっているようだ、
と気づいたのでした。


■たこ焼きにマヨネーズ

さて、焼きそばやたこ焼きやお好み焼きに、
ソースに加えて、マヨネーズをかけるやりかたは、
ものごごろついたときには、存在していなかったと思います。

70年代半ば以降に急に生まれたような気がするのです。
私の記憶では、小学生のとき、たこ焼きやさんに、
ある日、突然、
「マヨネーズかけてみる?おいしいよ?」
と、言われたのです。
それは思いがけずおいしくて、何かの発明に出会ったような気がしたものです。

70年代は、粉ものにマヨネーズをかけることは当たり前のことではなかったように思います。


■寿がきやのラーメンととんこつ味

小学生高学年のとき、
お小遣いを握りしめ、
ダイエーの片隅の寿がきやのコーナーで食べるラーメンが好きでした。
そのラーメンは今まで食べていたのと違って、
スープが白いのです。

そういうのをとんこつ味というのだと
もう少し大きくなってから
知識を得ました。


posted by inatt at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 感想など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする