2007年12月06日
20071206 【新聞】 チェンジアップ 稲尾の「出番」今もなお 豊田泰光 「稲尾君は逝ってしまったが、私の暮らしのなかでは登板し続けている」
日経新聞のスポーツ欄に豊田泰光氏がコラムを載せています。
普通の野球評論家とは少し違う物の見方や
なかなか達者な文章をかねてから楽しんでいました。
2007年12月6日は稲尾和久氏についてのお話を、
通勤電車の中で読みました。
「稲尾君は逝ってしまったが、私の暮らしのなかでは登板し続けている」
という冒頭を読んだだけで、
満員電車の中ながら、涙がこぼれそうになりました。
私には、それでもう、どんな話か、分かってしまったのです。
前に、新藤兼人氏の
「人は死んでしまうが、死なない人もいるのだ。」
という文章を紹介しましたが、(*)
豊田氏の、それに劣らない、稲尾氏を語る名文に感嘆しました。
(*)http://inatt.seesaa.net/article/398821971.html
「稲尾はただ投げ続け、背中で人を動かした。本当のエースとはそういうものだろう。」
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豊田氏は、2016年8月14日、81歳でお亡くなりになりました。
ご冥福をお祈りいたします。
日経新聞にて、
「将来の現場復帰をにらみ、球団や現役組への矛先が鈍る若手評論家と違って、
ユニホームに未練のない人の筆は自由だった。
ここ一番での快打も、切れ味鋭いコラムも、
憎まれ役になることを恐れぬ覚悟から放たれた。(篠山正行)」
とありました。
生き方のお手本としたいと思います。
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