役者の華とは、
「人さまの舞台を観て、
華がある、ないということは判るけれども、
何故あるかないかは、分らないです。
造形的なものと、ちょっと違いますね。
( 本人が努力してないと駄目なことは間違いないですね? )
「それは間違いないです、
良く生きてなければ駄目なことは。
生き方が見えてしまう、と言ったほうがよいかもしれません。」
プロフェッショナルとは、
どんな状態でもこれだけのものを
お客様に提供できるということの
ある種の線をきちっと保てること
平凡な言葉に思えて、当たり前と見えることが、
時にとても恐ろしく感じることがあります。
玉三郎丈の言う、プロフェッショナルの定義を、
「それは自分にはできない」
と言ってしまったら、どうでしょう?
誰であっても、どんな仕事でも、
プロであることができる、
また、
プロでなければならない、
ということを示していると思います。
また、
「ある種の線」がどこなのかは定義されておらず、
それを決めるのは自分。
みな、それぞれ、プロで在ろうとして、
目の前にあることに対して、
今やれることをやるしか、しようがない。
大変、恐ろしい定義だと思いました。
20220504追記
「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組は、
2022年になっても続いていますが、
「プロフェッショナルとは」という問いは、
この玉三郎丈の答えで、
個人的には決着がついています。
■「プロフェッショナル」について
・職業、お金をもらう、ということにからんでの用語であるようだ。
たとえば、誰に見せるつもりもなく、
素晴らしい仏像をいくつも彫り続ける人がいたとして、
その人を仏像づくりのプロフェッショナルとは言わないような気がするし、
その人に「プロフェッショナルとは」と質問する行為は的を外しているように思える。
「プロフェッショナル 仕事の流儀」についてのエントリー
http://inatt.tokyo/article/495161378.html
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