そやから、
四草は、男の子をひとりで育てたんやねえ、
と思いました。
守らなあかんもん
笑てほしい人
を彼は必要としていた。
(追記)
1996年4月3日(水)、カーナビが一般的でない頃のお話。
スピンオフというものは、
本編で語られたことと何かしら繋がりがあれば、
より、趣が深くなります。
ちりとてちん本編の脚本も素晴らしいですが、
このお話もとても味わい深いものでした。
たとえば、演技について、
最後の、
扇子を見つめる四草、
そして、あらためて、
何か苦いようないつもの表情に戻る四草、
その四草を無言で呼び止め、
目で語りかける草々、
など、
とても素晴らしく、
何度も繰り返して観ています。
このドラマは、かなり短期間で製作されたようですが、
本編終了時には予定されておらず、
それから脚本を作り、
5月下旬に3日足らずの撮影で制作されたとは、
とても信じられませんが、
ひとつの朝ドラを作り上げたばかりの、
制作陣、演技陣が、
そのできあがったチームワークで、
勢いよく仕上げた珠玉の作品だと思います。
20190430追記
貫地谷しほりが、
2015年11月に放送された、「大阪発朝ドラコンサート」でのインタビューで、
ドラマちりとてちんは、
「(当時使っていた扇子を見るだけでうるうるするほど)
まだ思い出になっていない」
と語っていました。
貫地谷しほりは、
制作時に使っていた扇子を手元に持っているのでしょうか。
その扇子を開いたら、
このドラマで四草が持っていた扇子のようなことになってはいないでしょうか。
ふと、
そんな根拠のない妄想が湧きました。
■メモ
四草の父が萬時九郎かどうか、四草には真実がわかっている。
( 母の名前(なみえ)が萬時九郎の口から出てきている )
萬時九郎は、四草の身の上話が、本当であれ、嘘であれ、
四草の現状を理解し、
翌朝に自分の話は嘘だと言った。
「延陽伯」に行くと兄弟子に言うので、
四草が「しのぶ」という男に会ったことがあるのは真実。
草々の落語のオチは、
四草がしょうもないと言っているので、
事実に基づいたものではない。
四草は、今まで、
自分の生い立ちについて、
師匠にも兄弟子たちにも、
一切本当のことを言ったことがない、
という可能性はある。
( この作者なら、
もとから「忍」という名前に、
何らかの意味や由来を含めているはずなのですが )
■2022年は草若師匠の二十三回忌(4/1)で、四草師匠が還暦(4/4) ( 加藤虎ノ介氏は1974年生 )
令和四年は草若師匠の二十三回忌でもあるように思います。
— inatt (@inatt) April 3, 2021
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