2017年のNHK大河ドラマ。( wiki )
語るべきところがあまたある名作だと思いますが、ひとつだけ。
第33回「嫌われ政次の一生」がもの凄い回なわけですが、
その次の、
第34回「隠し港の龍雲丸」で直虎は龍雲丸を相手にした悪夢をみます。
第33回が神回であればあるほど、
観る人が、物語を退場した政次に心が引っ張られたままになってしまうところ、
第34回の直虎の夢の中の行動により、
直虎と観る人の思いの方向が龍雲丸に引き継がれる効果を生み出していると思います。
そのことにより、主人公の相手役が自然に切り替わる。
物語の作り方として、たいへん巧緻なところだと思います。
( 2回連続で、大悲劇を観させられるわけですが・哀 )
第33回「嫌われ政次の一生」
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2016075792SA000/
歴史の出来事の中には、
後の世の人が決して真実を知ることができないものがある
と教わりました。
だからこそ、
ドラマという物語(作り物)の素晴らしさ。
小野但馬守政次の最期に衝撃を受けた皆様、井伊谷二宮神社に行けばいつでも会うことができます。右は中井家日記に書かれた但馬が祀られた謂れ。#おんな城主直虎 pic.twitter.com/Xlej3Vknyo
— ebelastin (@ebelastin) February 27, 2025
中井日記をChatGPTに訳してもらいました・笑
( 正確性について私は判断できません )
「
但馬明神の由来は、昔、井伊家当主が小野但馬守という家老を抱えていた時代に遡る。あるとき、井伊家の殿様が討ち死になされ、その跡目争いが起こった際に、小野但馬守に誤りがあったとして、井伊家一族より切腹を命じられたと伝わっている。その後、小野但馬守は悪霊となり、与惣左衛門の子孫に祟りをなしたため、神として祀る必要があるとされ、若宮として社を建て、かつての但馬守の屋敷跡に祀った。
その後、この土地は近藤石見殿の知行地となり、屋敷地として使用されることになったため、但馬明神の社は二の宮の敷地内へと移された。さらに二の宮が建立されるときに、但馬明神の社もまた弥右衛門によって新たに建て直された。
正保四年(1647年)丁亥三月五日、二の宮の御遷宮(神社の移転)の際に神託があり、「今後、我を但馬明神と称えるように」とのお告げがあった。また「但馬明神は二の宮の末社として、二の宮の鳥居の内側に社を建てよ」とのご神託も下った。このことについて再度二の宮の神意を伺ったところ、まったく変更はなかったため、同年三月七日(土の申の日)に鳥居の内側に新しく社を建て、「但馬明神」と称えた。
但馬明神の領地としては、以前から与惣左衛門が申請しておいた下畑二畝歩(約200坪)があった。正保二年(1645年)の彦九郎殿の検地の際にも、以前の例に従って、この土地は明神への寄進地として認められたのである。
」
なぜ、小野但馬は、悪霊扱いなのか、
京極堂に解説してもらいたいところ・笑
悪人だから悪霊になった、とは限らない。
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