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20260731・金曜日の夜、新宿で映画を観ました。
かつて300万人の命が失われた戦争があり、
なぜそうなってしまったのか、
どうすれば避けられたのか、
学び、考えることはとても大事なことで、
この映画は素晴らしい作品になっていると思います。
( ただ、
政治判断は誤っていた、
誤りであることを指摘したのに取り上げられなかった、
だけのことではないとも思うのです )
( 行政、民間、軍、各方面の知見を使って惜しみなく協力しあった、
という稀有な体制での成果が語られている。
南方油田を占領しても石油を十分に確保できない、という結論は、
ロンドン駐在経験のある海運業会社社員の知見が必要だった )
猪瀬直樹氏のnoteに、
「昭和16年夏の敗戦」に登場する高橋健夫氏を知る経緯が書かれています。
https://note.com/inosenaoki/n/n642febbe8563
「昭和16年夏の敗戦」には、
昭和16年6月23日、
南方油田確保について、
東條陸相が「泥棒はいけませんよッ」と
燃料課長中村儀十郎大佐を叱責する場面がある。
しかし、その叱責の原因の資料の数字は、
回り回って、
整備局長山田清一少将から、企画院に渡り、
11月5日の御前会議で、鈴木貞一企画院総裁が、
南方油田を占領すれば石油は足りるという説明の根拠の一部となった。
その数字が実は成立しないものであったというのは、
映画「開戦前夜」で描かれたとおりである。
高橋氏は、
「数字の根拠をロクに知らされていない企画院総裁が、天皇陛下の前でご説明される」資料の
作成経緯について、
「これではとても無理という表をつくる雰囲気ではなかった。そうするよ、と決めるためには、そうかしようがないな、というプロセスがあって、じゃこうこうなのだから納得しなくちゃな、という感じだった。」
と証言している。
高橋氏は、65歳になってから、
20代の出来事の悔恨を帯びた記憶を
彼の前に突然現れた猪瀬氏に語ることになったのだった。
私も自分の仕事人生で、
高橋氏の証言のような形で資料が作られる様を
何度か目撃したような気がする。
なぜか、
もう後戻りはできないと、
各々が潜在的に、同じ気持ちで協力しあって、
ある結論を形作っていくようなこと。
映画「開戦前夜」では、
実在の人物を想起させる重要登場人物の描写について、
訴訟が起こっている。
このことについて、
私が妄想したことは、
高橋健夫氏の証言を下敷きに、
燃料課のスタッフが悪意や歪んだ目的により、
成立しない数値を故意に作成して、
国家の行く末を誤らせた、
というフィクションを作ったら、
それは、「やりすぎ」ではないか、
と私は感じるということだ。
同じく、
実在した研究所の所長をどのように描くかは、
「フィクションだから」という一言で
すべて説明することはできないと思う。
今の私たちが、大河ドラマなどで、
何百年前の歴史を題材に、
いろいろな解釈の織田信長や豊臣秀吉を
フィクションとして愉しむことはできても、
先の戦争を題材にする場合は、
フィクションとして許される範囲はもっと狭いと思われる。
私は、さらに妄想する。
映画の製作があと戻りできないほどに進んだところで、
大きなクレームが発生して、
どう対処するか。
もう後戻りはできないと、
なんとかプロジェクト、ビジネスが成立するよう、
という前提で物事を動かす。
物語で描いたことと同じ力学が
作り手たちのなかで発生していたのではないか。
大変、皮肉で恐ろしいことだと思った。
「軍服をつくったから戦争をするんですか? 責任を誰がとるんですか?」
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