2022年06月04日

【ドラマ】 ハゲタカ 2007年


 
2009年の再放送(20090507追記)

ゴールデンウィークの最中に再放送されました。

この時期に再放送されたのは、
映画版の公開を控えているからでしょうが、

金融危機とか言われている今、

その発生の前に制作され、
『ROAD TO REBIRTH』という副題を持つ、
このドラマが、

この経済環境のなかで、
何がいけなかったのか、
どうすることが必要なのか、

きちんと語り、表現していることに、
あらためて、感動しました。





(20070824記)
 
2007年2月に放送され、評判が高かったこのドラマ、
NHK総合で再放送されたので、観る事が出来ました。

wikiURL

冒頭、サンセット大通りかと思ったので、
最後もそこで終わるのかと思っていたら、
もう1回分のストーリーが続くところが好かったです。

このドラマは「破綻」や「悲劇」でなく「再生」を描いている。


第3回の終わりで、
「辞めないのも勇気だよ」と言われての芝野の笑顔が凄かったです。
同じようなシーンは何度も観てきましたが、
いろんな葛藤が混沌としていることが分る表情でした。

( 実は、
  沼田さん(佐戸井けん太)の去り際の少しひきつったような微笑みも
  今は好きなのです。20220628追記 )


大木昇三郎(菅原文太)が言った、

「やりなおしたいんなら、何もやらないことだよ」

という台詞の真意は私はよく分りませんでした。

( しかし、何年たっても、
  多くの人がこの台詞を
  深く記憶しているようなのです 20220705 )

( 三島製作所の件があって
  大空電機のことをやっているのなら、
  という意味かしらん )

( または、
  なるようになる、
  行ったようになる、
  という境地? )


田中泯さんをこのドラマで知りました。
この、他に替えることが考えられないキャスティングを誰がしたんだろう。


エンディングのテーマ曲のインパクトも忘れられないものです。
魂が彷徨っている様子を表現しているような音楽・映像が、
そのまま、鷲津と柴野の彷徨いと重なっています。

( 山一證券本社のあった茅場町タワーが映っています )



  

第1回「日本を書い叩け!」(企業、債権の公正な価格)

1998年6月 ニューヨーク
昭和53年入行の芝野健夫(第3回時点で44歳)
バルクセール
「西之屋さんはまだまだ再生の可能性があります」
鷲津は昭和44年2月19日生まれ、平成3年3月卒(1991年入行、1993年9月退社)
「公正な値段をつけていただきたい」
「バブル時代の悪いウミを出し切らなければ」
「何だ、あんた。面白いな。真面目な顔して」
「金に使われたら人間おしまいでしょう」
「あなたが許せないのは、あなたご自身じゃないんですか」
「もう一度ゼロからやり直してみてはいかがですか」

三葉は、西之屋の再建よりも、表に出せない不良債権を消すことを優先した。
西之屋は、ホライズンにより、再建を実現できる事業体に譲渡された。


第2回「ゴールデン・パラシュート」(会社の私物化、資本の論理)

2000年8月

「(合併前に)三葉の力をアピールしないと」
「会社っていうのはね、〜 子供みたいなものよ、ものすごい愛情がつまっているの」
「あなたは、子育てに失敗したんじゃないんですか」
「会社のためにやったことなんだ」
「ネジ1個の加工賃が7円50銭、2人で2000個、それを8時間で作っていた。」
( 時給937.5円 )
「私を変えてくれたのは、あなたですよ、芝野さん」
「会社のために、やったことなんだ。
 借りたものは返してもらうし、
 金がなければ倒産するしかない。
 突き詰めれば、それが資本の論理だ。」


第3回「終わりなき入札」(1個のネジ、1個の積み木)

冒頭、大河内瑞恵の机の上にある、真ん中に穴の空いた木製積木。
「お金を稼ぐことがいけないことでしょうか」
「日本の家族的経営を食い物にする外資」
「1個のネジが社会にどうつながっているのか、
 世の中をどう動かしているのか」
「会社なんてさ、簡単に潰れんだよ」
「公表するもしないもあなたの自由だ」
「まさか、自分の息子まで裏切るとはな」
「俺は昔からこんなことばかり繰り返してる」
「当たり前だろう、これが仕事なんだから」
「その胸のうずきを〜忘れたふりするのが働くってことなんじゃないのか」
「私は銀行を守る立場の人間です」
「あなたたち、何をやってるんですか、それで、それでいいんですか」
「社長業ってのは、たまらない魅力ですね」
(自動販売機に硬貨を何度入れても受け入れられない)
三島由香の携帯はドコモp502i(1999年冬モデル)
「いい仕事したんだから、いいんだよ」
旧商法254条の2(取締役の欠格事由)→会社法331条1項
「何にも見えてないんだわ、あの子」
「社長業、ご苦労さまでした」
「残りの人生、言い訳しながら生きていくには、長すぎます」
「かっこええな、お前はいつもかっこええ、だから駄目なんだ」
「お前は何にも見えてない。
 いや、見ようとしてない。
 はいつくばって、ののしられて
 それでも与えられた仕事を
 ひとつひとつこなしていく。
 そうやって生き続けた時、
 次が見えてくる」
「辞めないのも、勇気だよ」
「あなたと私の考えは一緒です」

第4回 (カリスマが率いる企業)

2004年3月ニューヨーク
「会社はものじゃないんだよ」
「会社も生き物と同じで寿命があります」
「その流した血をくみ取ってやれるのか、その覚悟はあるのか」
「私自身の、再生を懸けています」
鷲津の携帯電話はVodafone 702NK(Nokia 6630)(2004年12月発売)
「会社は、〜生き続けなきゃいけないんです」
「鷲津君、やり直したいんなら、何もやらない事だよ」
「私にとっては、今でも何も変わっていません。
 変わったのは、会社のほうですよ」
(法律考証 草野耕一 投稿記事削除請求事件 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=91265 )


第5回 「ホワイトナイト」

「大空電機は、工場の隅っこで転がっているネジの1個1個まで
 大木昇三郎が宿ってる」
「大木流経営論」
  西野治(帯付)、
  リージェンミン(サイン・揮毫「企業は人なり」付箋あり)
  それぞれの本の傷み具合


第6回

「お前と俺は同じだ」
「それは金持ちになれってことじゃない。きちんと事業をするってことだ」
「しょせん、金なんだろ、ただの紙っきれじゃないか、ただの紙っきれだよ」
328万6427円の株式会社三島製作所の小切手
「だけど残りの0.1%、こればっかりは、そうもいかない」
「部品1個で、一生忘れる事のできない思い出が、できるように」
「どういう使われ方をされるのか、そのことによって、紙きれ自体の価値が変わる」
「そこに希望はあるんだろうか、誇りはあるだろうか」
「我々技術者も、技術が何のために使われているのか、
 責任を持って感じ続けなけきゃいけないと思う」
「ようやくですね」  





ハゲタカロケ地ガイド

http://loca.ash.jp/show/2007/d200702_hagetaka.htm




  
(20070923 追記)
 
今日もどこかでNHKという、ミニ番宣で、
ハゲタカのミニドラマ(演出:大友啓史)をやってました。
あの青みがかった映像で。(笑)

特別編「NHKを買収せよ!」

鷲津他ホライズンのメンバーがNHK買収の相談をするのです。

立派なNHKの宣伝になってますし、
今更ながら、鷲津政彦(大森南朋)だけでなく、
中延五郎(志賀廣太郎)、村田丈志(嶋田久作)、
アラン・ウォード(ティム)たち脇のメンバーが、
しっかり存在感を出していることがよくわかります。

これの撮影は楽しいものだったかもしれませんね。





2020年の再放送



「ROAD TO REBIRTH」でした。

ハゲタカの再放送とは別に、

2020年に、20歳、30歳、40歳の人の物語が必要とされているかもしれない。(20220712)





  
ハゲタカ オリジナルサウンドトラック
佐藤直紀

B000QFBWP6

関連商品
ハゲタカ DVD-BOX
ハゲタカ(上) (講談社文庫)
ハゲタカ(下) (講談社文庫)
キャッチボール屋
ヴァイブレータ スペシャル・エディション



( 映画「ハゲタカ」の感想 )


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2022年05月04日

【ドラマ】 カムカムエヴリバディ 2021年 ( 全体の感想 )



物語をずっと見守ってきた私たちは知っている


( そして、その私たちは何をするか )





2021年度下期の朝ドラ、

カムカムエヴリバディ ( A family story that spans 100 years Come Come Everybody - Since 1925- )

の全体の感想


( 各EPISODEの感想

   http://inatt.tokyo/article/487291647.html )





■自分に繋がる父母・祖父母の物語


わたしはひなたと同じ世代だが、
父母・祖父母が通り抜けてきたことを感じ取らぬまま
過ごしてきたことを知らされた。

( また、ジョーやるいが、

  自らの物語を、積極的に娘息子に話さないように、

  私の両親も、何度か尋ねても、
  
  はっきりと話してくれない事柄がある。 )




あんなに激しい出来事を経験した、
るいとジョーが静かに平凡に暮らしており、
娘のひなたは、
祖母や父母の過去も祖母の家族のことも何も知らず、
無邪気に育っているが、
やりたいことがないことに不安を感じている。


ひとつの物語の下には、
たくさんの過ぎた物語が静かに眠っている。


今この瞬間、今中にも、
過去の物語が隠れている。


例えば、第97回に描かれた、とある8月15日の出来事。


今までの朝ドラにはなかった描き方に、
いろいろ気づかされることがあります。


( EPISODE097は、毎年8月15日に観るべき一篇だと思いました。

  https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2022119066SA000/



 )





■描かれていない物語に思いを馳せる

安子の渡米後や

ひなたの、
2022年から2024年にかけて、
自分の祖母や母のことを調べまとめていたと思われる時期のこと、

( それが最終回放送日20220408よりも後の時系列であることから、
  ひなたは、コロナやウクライナの出来事も見ながら、
  作業をしたという妄想 )

描かれていないところにも、

豊かな物語があるのだろうと思いを馳せることがあります。


ひなたは、若い頃、
私たちが観てきた彼女の祖母や父母の過去を知らず、
終戦の日の正午のサイレンがなったとき黙祷をすることもなく、
自分の英語が進歩しないことに悩んでいた。

ひなたは、まるで私のような、何も知らずに無邪気に生まれ育った人だ。

彼女は、

私がこの物語により知ったような事柄を
50歳を過ぎてから、2022年以降に、
自分の祖母や父母たちが経験したことを調べ、
ひとつのテキストにまとめていくことにより、
自分の物語とした。


さて、私たちは、この物語を知った後、

2022年〜2024年に何をするのか。





【歴代朝ドラの最小放送回数?】

100年間の歴史を描いた物語が全112話で最小回数とは不思議なものです。

働き方改革?で週6回が5回になり、
コロナのせいで、
いくつかの作品が放送回数変更を強いられましたが、

それらの作品鑑賞経験により、
個人的には、
150回は少し長すぎて、
120回から150回の間にちょうどよいところが
あるのかもしれないと感じました。

それにしたって、

本作の全112回は朝ドラとしてとても短い。

たとえば、
ちりとてちんの第113回は、
草若弟子の会が始まる直前であり、
お話はまさにこれから、というところ。

構想ではもう少し長いつもりだっただろうから、
苦労もあったのでしょうが、
うまく調整されたのだなと思います。


一連の演技を編集でかなり細かく切り繋いで、

時間短縮を図っているシーンもあると感じるところもあります。


毎日観ているときは、感じませんでしたが、
複数回を連続して視聴すると、
もの凄いジェットコースター展開だなと思うこともあります・笑







■語り(は誰なのか、推測の履歴・笑)





語りで、かつ、登場人物と関わりがあることを予想。

三代目ヒロインの息子とか。

あるいは、安子が語る過ぎ越してきた昔話を聞いた人。(20211205追記)

ロバートの息子か孫だな(20211218追記)

ビリーか、君はビリーなんか?・笑(20220208追記)

和子さん「ジミーやで、ジミーとちゃうか」・笑



■「語られたお話」という二重構造


ちりとてちん」も「平清盛」も本作も、

語りの内容を映像化しているという二重構造があって、

客観的視点映像だけでない、

語られたお話の映像という虚実皮膜の層が生まれる。

本作では、さらに、

語る人と語る内容を書いた人が別人というさらに複雑なことになっており、

この語りを書いた人は主観的な想いをほとんど綴らず、


( だから、主観的な言及があるわずかな部分が大変興味深い )


加えて、

描かれたことは

(物語世界の)事実なのか、
(物語上の登場人物が創作した)作られた虚構なのか、

も曖昧であり、

私たちは、それらのことを想像し、

永遠に愉しむことができる。



なるほどと思い、
平清盛における、清盛の夢うつつの出来事である、
第三十四回 白河院の伝言を思い出した。

2周目以降の視聴で、

「物語内の登場人物が、事実に基づきながらも創作した物語」という

新たな視点が提供されるということに気づきました。


第19回のラストの情景を、
語りの作り手はどんな気持ちで描いたのか。

また、

語りの書き手からみると、
平川先生の登場は、
渾身の力を込めて書かれたものと思えます。


さて、るいが視た稔は、

夢か、

現(うつつ)か。


また、カムカムの世界では、2021年度下期の朝ドラは、何だったんでしょう。




トミーのおじさんは、
危うく竹村のおばさんをデートに連れていくはめになりそうだったと
語った・笑


( ナレーションのない回には、意味があるかどうか・20220504記 )



■作り手の皆さんのきめ細やかなお仕事

超ロングパスがよくでてくる藤本有紀脚本では、
制作に関連する方たちは、
どの担当の方も
先を見て準備することが大変だろうなと思いながら、
プロフェッショナルなお仕事ぶりに
感嘆することも多いと思うなど。

・公式Twitterの慧眼



20240403追記

「虎に翼」の公式さんが、
ハッシュタグ #トラつば を勧めたところ、
#寅に翼 を恐れてのことだったのかもしれないが、
#虎に翼 のほうが文字が少なくていいの意見が多数。

カタカナとひらがなが混在するのもわずらわしい感じがするが、

一方、ひとつの呟きのなかに、
「寅(主人公の名前)」と「虎(題名)」を
使い分けるのも大変そう。

難しいものですな。

( 題名を考えた人に責任が?・笑 )


・小道具担当?の方のお仕事ぶり



(ハリー杉山氏の父、ヘンリー・スコット・ストークス(Henry Scott Stokes)氏は2022年4月19日に亡くなられました)


■朝ドラヒロインの味方、濱田マリ





■おはぎゅう200個



https://note.com/nhk_professional/n/n2a37ea9ad266


「母がこう言いました。
 一生懸命やることによって
 仕事が仕事を教えてくれるって言ったんです」

「分からないっていうことは幸せなことよ
 そういう気持ちで人生を送っていれば
 きっといいことがあるわよ」

毎日200個、手間をかけて笹餅を作ることの大変さ。
それでも、年40万円ほどの利益だという。

それでは、
幼児を育てながら毎日200個のおはぎを卸売すること、
1個100円の回転焼きを焼きながら子ども二人を育てあげること
を描くフィクションは、
荒唐無稽な意味のない作り事なのか、どうか。

私個人は、
このノンフィクションとフィクション、
時をほぼ同じくして観たがゆえに
それぞれから感じとれたことがあったような気がした。





■ウクライナの話 Україна Ukraine

映画「ひまわり」の有名なシーンはウクライナで撮影されたものとのこと

  https://www.ua.emb-japan.go.jp/jpn/info_ua/episode/2movie.html


カムカムエヴリバディのタイトルロゴはひまわりの花のようにもみえる

アルデバランのMV には、
歌詞英訳(英語字幕)がついていることを教わりました。

"Aldebaran"

Could we really get along?
Before this world comes to an end

Knowing this blooming will soon die in fade
Yet, giving all I can to devote

Smile, smile my love
Clap your hands to march through the uncertain future

For you and your precious ones can live in happiness
Singing this song of prayer






■終盤の展開を密かに想像して楽しむ覚書 ( 20220320時点 )


・ひなたは英語が上手になる(中の人が凄く練習している情報)

  →1週間もたたないうちに滅茶苦茶上達・笑(20220325記)

・勇、雪衣再登場のあとの、残るキーマンは、きぬちゃん。

 ( 最終回を観てから、
   きぬちゃんは安子と会わせることに意味がある人物なんだなと納得・笑 )


・岡山の「たちばな」

 金太がおはぎを売らせた少年がキーマンだが... 


・健一の「Dippermouth Blues」にはアップライトピアノがある(20220321)

・アニー・ヒラカワ

 私はやはり安子だと思った(20220325)

 上白石萌音さんの再登板を望む人も多いなか、
 最終回直前にいきなり再登場しては、誰が演っても難しい。
 観る人が馴染んでから、謎解きがなされるのでは。



『カムカムエヴリバディ』チーフ演出が最後に語るとっておきのカムカム制作秘話

 https://note.com/nhk_pr/n/n3a700be0147f

 「実は、我々としては、登場して割と早い段階で、アニー=安子である、ということをはっきり分かるように組み立てて作ったつもりだったのです。
小出しに「匂わせ演出」をやっていた気はまったくなかったのです……。」


・最終回予想・笑





最終回予想、勇「『るい』って、そういう意味やったんか!!?」

実際は、勇さんは生涯それを知ることはなかったのではないか、

それも、よき事。



■ひなたのせいで筆者が思い出してしまい懺悔するコーナー


・夏休み最終日の夜の地獄

・ラジオの英語講座を聞いていたことがある。

・ア〇クのヒアリングマラ〇ン買ったことがある

・大金使ってベル〇〇ツ行ったことがある。

・スピ〇〇ラー〇〇グ買ったことがある


・「るいやひなたを見て、私もラジオ講座で英語の勉強を始めました」
 という人をまだ見ない・笑(あくまで私のタイムライン調べ) (20220407)



 ちゃんといらっしゃいます。






■ラジオ英語講座



20240220追記

2023年に「中学生の基礎英語レベル1」を聴いていて、
お話が伏線も置きながら緻密に組み立てられていることに感嘆したことから、
「ひなたのサニーサイドイングリッシュ」も
お話の面白さと英語教材が両立している番組として、
きちんと成立していたのだろうと想像する・笑

また、
「小さな積み重ねがやがてダイナミックな展開をもたらすのは、英語学習も連続テレビ小説も同じです。」
とは、例えではなく、文字通りの意味で語られていると感じるようになり、
作者は、1年通してラジオ講座を実際聴いたことがあるんだなと
得心した・笑


20240501追記

2023年4月からの「中学生の基礎英語レベル1」は、

探偵イコール犯人のトリックとか、
男の子の眼鏡の伏線とか、
超ロングパスの決め台詞("Love is a battle with yourself.")とか、

物語を組み立てたのは、藤本有紀先生ですか、大月ひなた先生ですか、みたいな・笑


るいは、テキストを買うこともなく、
あんこを作りながら、ラジオ講座をシャドーイングしていたわけですが、

2024年4月からの「中学生の基礎英語 レベル2」では、
オーバーラッピングが取り入れられていました。




■朝ドラ版「愛と哀しみのボレロ


親子を同じ俳優が演じるところとかの共通点。

https://www.imdb.com/title/tt0083260/

本作はこの名画とならべても遜色ない朝ドラ「傑作」だと思います。


橘・大月家の100年だけでなく、

たとえば、
赤螺家の100年もきちんと設定され、描写されている。


そして、算太からジョーへ、運命が影響していくところなど、

より緻密なシナリオです。



■長編ドラマ「改訂・善女のパン」・笑 (20220313記)


・オー・ヘンリー短編の原題は「Witches' Loaves(魔女のパン)」  
 
  魔女もパンも両方が複数形
  
  岩波文庫で8ページのお話では虚しく終わるミス・マーサの想いも、
  この朝ドラでは報われる?  

・繰り返し描かれる「伝わらないままの思い」「取り返しのつかない出来事」

 吉右衛門母子にとっての吉兵衛との最後の会話

 道に迷う算太

 ジョーの病


 「それでも人生は続いていく」 


 そのすべてを観ているのは私たち視聴者だけ



・「ひなたの道」「暗闇でしか聞こえぬ歌」「木漏れ日」

  ひとつだけ肯定し他を否定するのでなく、どれも認めている

  暗闇で何も見えなくとも、耳をすます

  傷ついた人を温かく見守る木漏れ日


・「暗闇でしか見えぬもの」に個人的にはピンときてないところもある。

  暗闇にいると、微かに漏れる光が分かるということかしらん。







過去の朝ドラへのリスペクトがある本作だが、

( 「好きなんじゃ、1日15分だけのこの時間が。
   たった15分、
   半年であれだけ喜びも悲しみもあるんじゃから、
   何十年も生きとりゃあ、
   いろいろあって当たりめえじゃが」(第98回))

実は、るいやひなたは、それほど朝ドラに夢中というわけではない。

朝の15分を、

朝ドラよりも英語講座に力を向けたのが、

本作の主人公である・笑


また、るい、ひなたは、

( 何年も地道な英語講座学習を積み重ねたうえで、)

40代50代になってから、

留学など活発な行動を起こしている。



■総集編



・非常に工夫した編集が行われており、本編を観ていても楽しめるものになっていると思いました。

 あえて、時系列を変えているところがありました。

・るい編のナレーターが浜村淳になっているのが好かった。

・一方、初見の人が物語を把握できるのかどうか、とも思いました。

 最後に出てきた男の人は誰?とか・笑

・そうしてみると、(大河もそうですが)総集編制作の意味は何だろう?とか、
 根源的な感想を持ちました・笑
 
 ( Twitterで考えると、感想を述べあう、最後のイベント・笑 )

 ( そうか、昔は、お茶の間で家族みんなで観て、そうしていたのか? ) 


■諸々


・名探偵 赤富士鷹

本ドラマと同じく、
ラジオ放送開始から始まる、
藤本有紀脚本のドラマ
「名探偵 赤富士鷹」 第一夜「ABC殺人事件」
  http://inatt.tokyo/article/398821379.html?1637683953


・トンボ学生服の歴史

  https://www.tombow.gr.jp/corporate/enkaku/


・「おサーカス」

 「少年ギャグサーカス」(朝ドラの小道具)

  https://www.kuroji-kanban.com/gagcircus/

 GAG CIRCUSさんのブログ
 
  https://ameblo.jp/gagcircus/


ーーーー





・安子の岡山マラソン



岡山局の結論は、4.4キロ。ドラマ制作者の設定は、1キロとのこと。

https://www3.nhk.or.jp/lnews/okayama/20220512/4020012622.html


・安子は毒親だという意見

https://togetter.com/li/1870088

安子との経験がるいの子育てに反映しており、
(ジョーの子育てと混じりあって)
ひなたや桃が育っている。
少なくとも、
安子は過ちのなかった人として描かれているわけではないと思う。

#カムカムモグモグタグ














・「海軍兵科第四期予備学生第一期予備生徒名簿
昭和44年に出版された本を入手しました。
巻末の50ページは協賛広告で、多くの人の寄付により出版されたことがうかがえる。

昭和19年12月4420名任官、370名戦死という記述がありました。

「(任官時の戦況は)第一線の任地に赴くこと自体が、すでに難事であった。」
「幸か不幸か、敵と直面する前線まで行き着くことのできた者は、きわめて低い比率を占めていた。」
「そして、前線に行き着いてみると、そこでははなはだ確率の高い、日課として予定されたような死が待っていた」
「下士官・兵からはやっかみの目で、士官たちからはいささか軽侮の眼でむかえられながら」
「もっぱら敗戦処理要員として登場した補欠選手」
(以上、同書の手記より)

戦死者は、昭和20年3月の硫黄島、4月の沖縄周辺、回天特攻が多く目につきます。
8月前半の戦死はほとんどなく、
それよりも、8月15日以降の戦死がいくつもありました。
稔さんが8月11日に戦死したというのは、
戦後に(勇の帰還後)連絡が届くという物語上の都合かもしれませんが、
同期士官のなかでは運が悪いと言えるかもしれず、
美都里お母さんの耳には入れたくない情報でした。(20220819記)













そんなことによって、演じる人たちのモチベーションがあがっていくんでしょうね。











(引用)
#カムカム 追想記【36】早いもので、再放送もついに第8週まできましたね...色々な思いが湧いてきます。今回は安子編の舞台が岡山だった理由についてご紹介します。ストーリー上、いくつかの条件がありました。
@当時は東京、大阪、名古屋でしか放送されていなかったラジオ英語講座の電波が届くエリアであることA野球が盛んな地域であること。B戦争で大きな被害を受けた地域であること。以上の条件を満たした上で、平川唯一先生のご出身地でもあるということが決め手となって、岡山が舞台になりました。あとから考えると、大阪と岡山の距離感や進駐軍が駐留の動きのことなど、勿論調整は必要でしたが、ストーリー上の動きと取材したことがうまく絡み合うことも多く、運が良かったなと思うことが多々ありました。そして個人的には、本当に素敵な岡山という土地とご縁ができて、とてもありがたかったなあとしみじみ思います。



(引用)
「あーあー、聞こえますか?こちらは東京放送局であります」

1925年3月22日、日本のラジオ放送が東京で始まりました。今日でその日から100年を迎えます。同年同日同時刻に生まれたのが #カムカム の初代ヒロイン・安子です。

安子さん、100才のお誕生日おめでとうございます! あなたのバトンは、今も娘や孫、そして私たちに受け継がれていますよ。

100年。でもそれは1日1日の積み重ねです。みなさまにとって、これからも1日1日が良き日でありますように。ひなたの道になりますように。そして自分が、今日1日を精一杯生ききれるよう、心がけていきたいと思っています。

#放送記念日 に思うこと





ジョーさんもトランペットを吹けるようになったのでは、という高瀬耕造アナウンサー。
年齢が年齢だけど...




ラベル:#朝ドラ
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2022年04月28日

【ドラマ】 カムカムエヴリバディ 2021年 ( 各EPISODEの感想 )



2021年の朝ドラ、
カムカムエヴリバディ ( A family story that spans 100 years Come Come Everybody - Since 1925- )

の各回の感想


( 全体の感想

   http://inatt.tokyo/article/484027652.html )






■EPISODE001 第1週「1925-1939」

日本で放送が開始されたのは、1925年3月22日


This is the very biginning of a family story that spans one hundred years.


冒頭のピアノソロの劇伴は、冒頭に必ず必要だと追加で発注されたものとのこと

そのとき既に、誰が作曲、演奏したもの、というアイデアがあったのか、どうか。


( 京田武男アナウンサー )


「あかにし」の店に「損得にこだわる餘り儲け減る」の張り紙

たわしを買いにくる「転ばんように気をつけられえよ」

 ( 赤螺屋 )

「安子へ
 ちょっと早ええけど
 クリスマスとやらの
 おくり物じゃあ。

 おぢいちゃんより」

 最初から、京都らしい話しぶりの清子さん


 Yasuko was such a happy little girl.


■EPISODE002

小豆の声を聴けえ。
時計に頼るな。目を離すな。
何ゅうしてほしいか小豆が教えてくれる。
食べる人の幸せそうな顔を思い浮かべえ。
おいしゅうなれ。おいしゅうなれ。おいしゅうなれ。
その気持ちが小豆に乗り移る。
うんとおいしゅうなってくれる。
甘えあんこが出来上がる。
ほっ。

人間だって、ちょっとはみ出すぐれえが、味があろうが。

「桃から生まれた剣之介」桃山剣之介 第一回主演作品


算太が安子に踊ってみせるところ、

撮影時は、EPISODE094と同じ曲、
メインテーマ 、外山喜雄Vocalバージョン「Keep Smiling」

にあわせて踊ったそうです。


■EPISODE003


うちのあんこは絶品なんです



■EPISODE004


あさりのお味噌汁は稔の好物


顔上げて、漕ぎ続けとったら、前、進むから


DiPPERMOUTH BLUESでかかっているのは、「Tea for two」


May I put sugar in your coffee?


「ひなたの道を、ってことかな」


ささやかな甘い夢が安子の中に芽生えようとしていました。

A sweet little dream was slowly blossoming in Yasuko's heart.



■EPISODE005


きぬちゃんの「へえ〜」二連発・笑

「お菓子ゅう食びょうる人の顔を見るんはもっと好きです
 甘うておいしいお菓子を怖え顔して食べる人はおらんでしょ
 怒りょっても、くたびれとっても、悩みよっても
 自然と明るい顔になる、それが嬉しいんです


祭りでの吉右衛門の写真を撮る吉兵衛


May I write a letter to you?

Of cource, I will write to you in return.



■EPISODE006


往復書簡で語られる美しい15分の物語、

まだ月曜日だからとほのぼのと観ていたら、

水曜日までの流れが凄かった。


岡山市朝丘町四丁目二番地

「今夜も月がきれいです

「大和川といふ海の香りがする川が

( 自転車の練習をした旭川の川べり )

「『実用英語会話』は放送を終了してしまったようです

( 基礎英語講座 1939年のラヂオ・テキスト )

( 旧ラジオ体操第一、という字幕 )

( 自転車を漕いでも毎朝遅刻 )

「稔さん、小豆の収穫の季節です。
 毎年、取れたての小豆でおばあちゃんがお汁粉を作ってくれます

「お店のお菓子に負けないおいしさです

( 杵太郎さんはチェリー CHERRY )

( 「棗黍之丞見参」 )

「野球はアメリカのスポーツじゃからな」

「甲子園出れたら、その時、言うわ」

( 跡継ぎとしては期待されていない、勇 )

( 杵太郎さんは、櫻 )

( 道を通る軍人に頭を下げる )

稔がOn the Sunny Side of the Streetの歌詞を安子に教える

稔からもらった辞書を使い歌詞を読む安子


コートをつかんで、帽子を取って

心配事は玄関に置いて

ひなたの道への歩きだそう

聞こえる? あの楽しげな音

あれは幸せな君の足音

ひなたの道を歩けば

きっと 人生は輝くよ


( ドラマの中で、さりげなく披露されるので、

  素直に受け入れるが、

  脚本家の手なのか、この物語のための「名訳」 )



■EPISODE007

三根耕一

エンタツアチャコのお笑い早慶戦

軍服の発注

岡山城の写真

「棗黍之丞仁義剣」

「小学校の2級上じゃった
「何かご迷惑をおかけしたんじゃ」
「いや、直接ってわけじゃ...」
「すんません」




稔が軍人に宴席で挨拶するなども含めて安子の運命の方向性が切り替わったことが描かれていたのですね。


■EPISODE008


「ちなみに、おじいちゃんとおばあちゃんは、恋愛結婚じゃ」

( 杵太郎さんのどや顔・笑 )


「棗黍之丞 仁義剣」(第2作)



■EPISODE010

橘家の庭に咲く紫陽花の花


■EPISODE011 第3週「1942-1943」

週の始めの回のアバンタイトル、

・「わしゃあ吉右衛門にひもじい思いさせとうねえんじゃ」
という父の思い。
・足袋はともかく、学生服の布地の支給は承認してもらえないので軍服を作るしかない
・学生なら軍服を着せられんで済むもんね
・杵太郎のご愛用の足袋
母が作る赤いチョッキ

あとから観返すと、
ひとつひとつの台詞・シーンに詰め込まれた意味の濃密なこと。


■EPISODE013

冒頭、庭の紫陽花を切り花にする小しず母さん。

ラジオが伝える偽の戦果。


算太を見送らない金太のシーンに流れる劇伴は、第19回最後と同じでした。



■EPISODE015


・美都里が贈った簪?

・出歯口の憂鬱


「どこの国とも自由に行き来できる。

 どこの国の音楽でも自由に聴ける。

 自由に演奏できる。

 僕らの子供にゃあ、そんな世界を生きてほしい。

 ひなたの道を歩いてほしい。」


「稔さん、意地悪せんでください」

Yasuko and Minoru live together for less than a month.

It was a short but blissful time.




■EPISODE017


影が滲むように色が変わっていく紫陽花、黒く光る旭川


岡山大空襲は、1945年6月29日だそうです。



( あじさいや きのふのまこと けふのうそ 正岡子規 )



■EPISODE019


復興し始める商店街の遠くに焼けたあかにしの看板が見えるけど、
赤螺家がどうなったのか何も触れられない。

「菓子は苦しいときほど必要なもんじゃとわしゃ思う
 たちばなの菓子で救われる人がきっとおるはずじゃ

お芋をつこうたおはぎみてえなもんです

男の子(山之内亮)

あのガキが帰ってきたら、算太も帰ってくる



算太の言い様はなんか変だなと感じていて、
あっと気づいたのです。
そしたら、
身体の中から強い衝撃が膨れ上がってきて、
耐えられず、
机をばんばん叩いて、
物理的に外に出すことしかできなかったのです。

恐ろしいドラマ鑑賞体験でした。

最後に流れる劇伴の題名は「家族の絆」



家族の絆 - 金子隆博
[iTunes]家族の絆 - 金子隆博






ラストのシーンの衝撃は、
「御菓子司 たちばな」の人たち全員が笑っているところから、
ナレーションひとつで谷底へ突き落す、
第1回から19回分の物語の
てっぺんから底辺へ
一瞬に落下させる、
朝ドラ史上最大の「高低差」からくるものだと思います・笑。

ラストシーンを数限りなく繰り返し観ていますが、
その後が語られることのなかった、
橘家の人々の後ろにいる3人の職人さんたち(*)の
戦中戦後に思いをはせるようになりました。

(*) 役名は、黒鉄正治、菊井三郎、丹原茂



20241127追記

名シーンに「金太の夢」という名前がつきました。

なんて哀しい題名。




本当は娘でなく、息子に菓子作りを教え、跡を継いで欲しい金太。

安子の救われぬ孤独。

彼女には、るいしかいない。


■EPISODE020


「おはぎゅう、2つほど食べたら、なんか、元気になって


「どねえなことでもええ、
 ちょっとずつ商いを始めて、 
 しっかりと生きていかれえよ


「稔さん...意地悪せんで...帰ってきて、稔さん」



■EPISODE021



■EPISODE022



・「少し冗長」「この人なら世話焼きしてくれるかも」

・・・余分に面白シーンを増やしていると感じたのだが、
   これがあるので、
   後に、いきなり訪れても部屋を貸してくれる人だと感じさせる一助になっている。


■EPISODE024

パーマネント
ラジオ受信機
甲子園
自転車
「たちばな」の幟


■EPISODE028


「安子さんは、諦めたんじゃ思います。
 女手一つで、るいちゃんを育てることを諦めて、
 雉真の家にお返ししようと決めたんじゃ思います。


■EPISODE029


Traditional Japanese sweets.

A sweet paste made from red beans.


■EPISODE032



■EPISODE033



■EPISODE035



Listen to the red beans. Never trust the clock.
Keep an eye on them. They’ll let you know what to do. Imagine the happy smiles of the people eating them.
Be delicious, be delicious, be delicious.
The feeling will flow into the beans until they become delicious, sweet, beautiful anko.


■EPISODE036


I hate mushrooms.


きぬちゃん「なるほど」



■EPISODE037


「いってらっしゃい、算太おじさん」


「るいはこのままこの家に住むんじゃ」


「雉真繊維の力がなかったら、治してやれん」


「算太叔父さんが先に行っとるから、お母さんもいかんと」



■EPISODE038


「私はただ、当たり前の暮らしがしてえだけじゃのに。

お父さんやお母さんが私にそげんしてくれたように、

るいを温かこう見守って育ててやりてえ、それだけじゃのに」



安子は、

稔に、「意地悪せんで」
ロバートに、「アメリカに連れていって」

と頼む人でした。

娘と孫はどのような人物として描かれるのか。



ーー



脚本に「安子の中で何かが壊れた」という記述があったと聞きました。
どうすればよかったか、正解を述べているツイート・笑。

ーーー

地獄のピタゴラスイッチ



■EPISODE039


「るいは、二度と戻らないと心に決めて、
 岡山を、そして、雉真の家を去りました」



巧みな第2部第1回でした。

安子の物語を土台に、
描かなかった10年分の時間を
なにげない描写で観る人に豊かに想像させる。

英語の代わりにキャッチボールを教え、
るいの相手をしてきた勇。

( おそらく自転車もあの河原で教えた )

かつて安子とるいを逃がした彼は
るいが出ていくといっても引き止めない

おせんべいを手で割ってから口に運ぶ、
るいの育ちのよさ。


連続テレビ小説第1作「娘と私」最終回放送は1962年3月30日だそうです。

ミュージカルシーンは
るいのわくわくした気持ちの表現だけでなく、
鬱展開に終わった前回の雰囲気を変える意味、
観ている私たちの気持ちを切り替えさせる
意味があったと思います。


名前が重要な、藤本有紀脚本で、
(タミさんだって苗字があるのに−村野タミ)
苗字が示されない雪衣には、
隠された物語があるのかもと思っていたのですが。

( 正体が判明するまでには、
  宇宙人とクレジットされるなど、笑、
  役名が変化する登場人物が複数ありますが、
  回数短縮でまるごとカットされた、
  雪衣の物語があり、
  そこでは彼女の旧姓が説明されたのではないかと、
  妄想しています。 )

「雪衣」という名づけには、
この物語の他の登場人物たちとは、
少し違った雰囲気を感じます。

( 「私ゃあ肉親が縁が薄かったから嬉しかった」EPISODE107 )

雪衣は、
安子も知らない算太の失踪の原因を察している
唯一の人間ではあります。(EPISODE037)





雪衣は、朝ドラ視聴者の具現化なのかも。

朝ドラ好きに悪い人はいない・笑

誰もが、過去や現在の日々について、何らかの憂さを抱えていて、

毎朝、物語を摂取することで、日々を暮らす力を得ていることがある。


■EPISODE041

あわれの・こわもての田中さんは、
主人公の進路に
ちょっとした分岐点を造りに現れる。
さて今回は。


■EPISODE042

第9週の次週予告は、
シーンや台詞をばらばらに並べ直して、
全然別のお話のように見せていましたね。

伴虚無蔵初登場(斬られる侍)
( 一度切られたあと、もう一度立ち向かいがち・笑)
(その他に、おしゃれな女やらすかした男やら宇宙人やら・笑)

総天然色人気シリーズ第20弾
棗黍之丞 女狐乱れ桜
女には裏がある。悪党には欲がある。今宵も黍之丞見参!


「やっと出番がきたなあ」

アイロンをかけた白いハンカチ



風が吹き、劇伴が止まり、無音になり、
街の雑踏の音だけが戻ってくる。


(スローモーションでも、表情や感情の変化の動きがわかる演技)


年末最後の回(2021年12月28日(火)放送)なので、最後は次週予告。
(それにしても「ゆでだこ」で終わる)


■EPISODE045


第5回サマーフェスティバル 1962年8月11日(土)



■EPISODE047

地蔵盆のお知らせの横には、

朝のラジオ体操に関するお知らせも貼ってありました。


■EPISODE048


「会いたいんやなあ、お母さんに」


お祭りの屋台で買うてきたもんで、晩御飯って、ええなあ。


「失礼やなあ、もう、ごめんなあ、大塚君」(おばちゃん得意の必殺技らしい・笑)



■EPISODE050


関西ジャズトランぺッターニューセッション
1963年8月10日(土)チケット200円

ジャズだけでなく、
(勇に教わったであろう)野球も、
るいのなかに、
稔、安子、勇の物語があることを感じる、
それが人生であり、それを描いている物語だと思う。



■EPISODE051

本作一番の爆笑アバン・笑





■EPISODE052






試着室のステンドグラス



■EPISODE054





素晴らしい「シーン」という感想と同時に、

素晴らしい「ドラマ作り」という想いが湧きました。

4つの視点( 舞台、舞台を見るるいやベリーたち、映画の殺陣、映画を見る竹村夫妻 )

次々に重なって、ひとつになって観る人に向かってくる。

映画はシネマスコープサイズになるのが効果的


朝ドラ史上に残る名シーン。( 演出 松岡一史 )



「これは朝ドラ史上、類を見ない圧巻のシークエンスです」



(  EPISODE110の演奏と岡山マラソン・笑などを併行させるシーンと比べると
  このシーンの編集などがいかに素晴らしいか改めて感嘆しました。)



■EPISODE055







■EPISODE056

君はピアノは弾けるんだったっけ


■EPISODE057





■EPISODE058

ジョーは治る、絶対治る、そやから空けとけ
(録った音もや!)

ベリーとるいとのやりとりを
離れたところから見守る竹村夫婦。

( 画に奥行があり、
  画面の端にぼやけて映っていても
  夫婦が心配していることがよくわかります )


■EPISODE059

磯村さんが語っている、

「あの日ローマでながめた月が
 今宵都の空照らす
 四年たったらまた会いましょ
 かたい約束夢じゃない」

とは東京五輪音頭だと思います。

1964年(昭和39年)4月1日、観光目的の海外旅行が自由に。

日本の海外渡航自由化


人生のどん底とも思えるときだが、
同時に、
想いを馳せるにとどまらず、
アメリカへ行こうと思えば行ける状況が開かれた。

単なるメロドラマにとどまらない、藤本有紀脚本。



ふたりをみつめる、トミーのカットが好い。


■EPISODE061



■EPISODE062


「顔あげて、漕ぎ続けとったら、前へ進むから」





(おとうちゃんが「あきお〜」と呼びにきた)

・るいは錠一郎の治療のために貯金をしている−「錠一郎積立」という封筒

・初美「こんにちは、たわし一つください」
 ( 吉右衛門はふたつ渡している(中の人のアドリブ) )

・センバツで岡山東商が優勝した1965年4月4日がひなたの誕生日


■EPISODE066


「志を失わなければ、きっとなれますよ」


■EPISODE067


「うちの回転焼きを食べに来ませんか?」「もちろん!」



■EPISODE068



Why don't you come over to my place,Ken?


■EPISODE069


「遠い?」「そうやね、ちょっと遠いね」

 るいを見るジョー。


ドリフ、サザエさん、マルコ、百恵キャンディーズ、ノストラダムス、ガラスの仮面...



そんなひなたの存在が、
るいやジョーの救いや安らぎになっている描写を新鮮に感じました。

・「マヤと亜弓『さん』、どうなった?」

マヤは呼び捨てで、亜弓には「さん」をつけているのは、とてもリアル・笑。

母をたずねて三千里 1976年、日曜日夜放送

第1話の題名は、「いかないでおかあさん」
遠い異国へ船で出稼ぎにいく母を見送るマルコ、

るいはどんな気持ちで観ていたのか。

( 「なつぞら」 の世界ではマコプロが制作してるはず・笑

 監督 高畑勲 レイアウト 宮崎駿 作画監督 小田部羊一 仕上検査 保田道世 )



・ひなたとるいが口ずさんでいたのはエンディングの曲です。

 海の向こうにいるお母さん
 「とびこみたいんだ かあさんのむねに」

・ノストラダムスの大予言をテレビの中で語っているのは、もう中学生





■EPISODE070

「るいは、追いかける人」という呟きを見ました。

るいは、ジョーもひなたも追いかけて、抱きしめた。

それが母にして欲しかったこと。


■EPISODE071

おしん第1回の放送は、1983年4月4日(4月4日はひなたの誕生日)

第7回(筏のシーン)は1983年4月11日放送。

おしんが人生を振り返る旅に出たのが1983年の春
同じ頃、ひなたはやりたいことがないことに悩んでいる。


「人気シリーズ第二十一弾
棗黍之丞
妖術七変化 隠れ里の決闘」
のポスターの右上に
桃山剣之介のサイン色紙があり、
日付が1976年8月21日だったので、
これを桃太郎の誕生日とすると、
甲子園で桜美林高校が初優勝した日だそうです。
(大月家にはモモケンの色紙が2枚あることになる・笑)


■EPISODE073

この、ちょっとはみ出す感じ、
これが、ひなたなんやろね。



(茶杓を軽う打って、お茶を払て、)
そない大きい音立てたらあかん。


■第17週予告

「おえん」と岡山弁を話す白髪頭の老人がでてきましたが、

安子編の終わりごろの番宣で、
濱田岳さんが、
算太が失踪したときとは異なる、
茶髪っぽい髪、
昭和30年代風の衣装で、
インタビューに答えていたのをみたので、
るい編で登場するのかと思っていたのですが、
実は、
先の物語で回想として出てくるシーンを
いくつか撮っているのではないか、
という妄想を抱きました。(20220219追記)

(84回の映画館のシーンの衣装だったかどうか
 よくわかりませんでした。20220301)

あと、ひなた役の人が、
今のところ、かけらも見せていない、
英語の勉強をたくさんやっていると、
記事で紹介されており、

これからの展開が全然読めない・笑。


■EPISODE079



映画村の休憩所は、天井が高くて、高いところに映画ポスターが貼ってあり、
休憩所を見下ろせる中二階のような物置きになっている場所がある。
撮影のセッティングの手間が増える、
わざわざそういう間取りにしているところ、気になります。

( ナイト・アンド・デイにも中二階の客席がありました。
  作り手のどなたかのこだわりですね。    )

大月家の食卓にケチャップがない!

謎の振付師が指揮したCMは、
浮かれふざけていて、80年代を感じた・笑


■EPISODE082

「もうええわ、あほう」が好かった。

( 神奈川県出身の中の人のことを、
  松重豊さんが、「耳と感覚の良さには驚きました」と言ったとのこと。
  https://news.mynavi.jp/article/20220225-2279694/ )



人間、少し前のことを綺麗さっぱり忘れていたりするし、
ふいに思い出したりする。
ひなたの右手の傷が話題になったので、
中の人の右手の親指の傷の事件のことを突然に思い出したりした。


( 後の「義経のスマホ」で、
 スマホを操作する手は、中の人本人のものだそうです )


■EPISODE083


「私はスターですよ。大部屋なんぞに、軽々しく声はかけません」

いろんな意味が幾重にも重なっているのかも。

(初代はあなたがただの大部屋と思っていないから声をかけたのです)
(私はスターとして自分に自信がもてるまであなたに声をかけることができなかった)
(スターが自分より上と言われた役者のことなど口が裂けても言うはずがありません)

「(二代目、あなたこそ、スターです)恐れ入りました」

けれど、

「暗闇でしか見えぬもの」に
お互いに、20年も、思い詰めて、

スター俳優は真の主役の色気を、
伝説の大部屋役者は深みのある苦みを、
身につけたのかもしれない。

( 〈カムカムエヴリバディ〉算太、モモケン、虚無蔵 おじさまたちが大活躍で、ヒロインひなたはどうなる?
    
    https://news.yahoo.co.jp/byline/kimatafuyu/20220301-00284406
   
   石川「台本のト書きには『偽悪的に』と書いてありました。そのバランスがすごく難しいと思いましたが、尾上菊之助さんが、大部屋とおれは違うと言いながらも優しさがあふれているような表情を一発で表現してくださってすばらしいと思いながら撮影しました」





■EPISODE084


「志を失わなければ、きっとなれる。侍にだって、なんだって」


「うちのあんこは、絶品ですよ」


ひなたは、母からでなく、モモケンからあんこのおまじないを知った。
それを五十嵐に使ったり、母に伝えたり!するのかもしれない。
「過去の出来事の答え合わせ」に留まらない「伏線回収」「ロングパス」が
これから描かれる(「バトンを渡す」)のか。
算太も「ひなたの前に姿を現しませんでした」としても、
ひなたに見えないところで、
別の形で彼の決着がこれから描かれるのかもしれない。


■EPISODE085


「相手のこと、思う気持ちや。それだけのもんや」


ひなたと文四郎は、
仕事と私生活がごっちゃになっているような、
まだ、未熟な、幼い若者なんですね。
それでも、
映画に初起用された文四郎の今が
「正念場」であることをふたりともに感じており、
だからこそ、
感情も激しく揺れる。


茶室の掛け軸は日ごとに変わっていました。

喫茶去(きっさこ まあ、お茶でもお飲みなさい)」

和敬静寂(わけいせいじゃく・茶道で、主人と客が互いの心を和らげてつつしみ敬い、茶室の品々や雰囲気を清浄な状態に保つこと)」

■EPISODE086



■EPISODE087


安子やるいにはなかった、ひなたのぼんやりとした不安、

それがノストラダムスなんかなと思います。


■EPISODE088



■EPISODE089


「だいたい、大月さんが、CDみたいなもん、買うて聴くわけあらへんやろ」



■EPISODE090


大人からの餞(はなむけ)の言葉


「どこで何をして生きようと、
 おまえが鍛錬し、培い、身につけたものは、おまえのもの。
 決して奪われることのないもの。
 一生の宝とせよ」


「これから、いろんなことがあると思うけど、
 それが 五十嵐君の選んだ道やったら、
 きっとそれが、
 それは、五十嵐君のひなたの道になるから。


Life can be so sweet
On the sunny side of the street 


ひなたの道を歩けば、
きっと人生は輝くよ


斬り捨てて始まった恋が、斬り捨てて終わる



■EPISODE091

It’s kaiten-yaki.
Traditional Japanese sweets filled with anko.
It’s a sweet paste made from red beans.

I am writing a letter.


■EPISODE093


「それでも人生は続いていく」


---

ジョーのボケは、おいでやす小田さんのつっこみがあって成立している。

( 計算尽くのキャスティング・驚 )


---

ナレーション「ひなたはなんとか手っとり早く英語を身につけたいと考えていました」

とは、よく考えるとおもろい・笑
聞き流し教材を映してるし・(2周目)



■EPISODE094


「ちょっと、迷子になってしもうたんじゃ」

逃げて逃げて迷子になった算太にも、

確かにon the sunny sideはあった。


ラッパを吹く男の子(クレジットは「ラッパの男の子(田幸季)」)は

ブギウギでは、服部克久・笑


ーー



ひなたが「大阪の竹村のおじちゃん、おばちゃん」と
慕っている世界線も期待していたけれど。



■EPISODE096


「おばあちゃんの写真は?あらへんの」
「確かアルバムと一緒にしてえたはずじゃ」
 の間、雪衣の表情は映らない。


稔の50回忌


ひなたの服装がポスターの服装と同じになった


定一の写真に供えられたたちばなのおはぎ


ディッパーマウスプルースにはアップライトピアノがある



■EPISODE097


「どこの国とも自由に行き来できる」
「どこの国の音楽でも自由に聴ける」
「自由に演奏できる」

「るい、お前はそんな世界を生きとるよ」


急がず
無理せず
自然に
覚えられるだけ
1日1日
新しいこと

Don’t rush. Take it easy. Learn something new, little by little. That’s enough.


1994年8月15日、平川唯一さんの初盆なんですね。

( 稔さんは、49回忌なのか、50回忌なのか、
  私の知識ではよくわからない )

( 平川先生が見ている原稿は、
  読んでいる部分は、
  四角に囲って斜線が入っていて、
  原稿として削除した部分であるようにも見えます。

  また、2度目に映る原稿は、
  講座の最終回の結語の部分のようです。

  作り手の意図や経緯があるのかもしれません。 )  


物語の構造が特異なこの朝ドラで、
戦後の歩みと同じ生まれに設定された
主人公の一人が
30年間、
毎朝、あずきを炊き、
ラジオの英語講座を聴き、
回転焼きを焼き、
暮らしていたが、
50歳を迎えて、
アメリカに渡り、母を探そうとする。
私は、自分の「ひなたの道」は何だろうと
少し怖いことが頭をよぎるが
3人目の主人公がこれから何をしようとするのか、
見守りたいと考えた。

( 20240622追記

  るいが、稔の顔姿を生前の写真などで見ていたというような
  シーンはなかったと思いますが、

  岡山を出る前は、
  るいは、稔の写真を(仏壇とかで)頻繫に見ていただろう、
  ということを思いました。


( 20250504追記

あの人に会いたい 平川唯一 (1902〜1993) NHK映像ファイル #649 を観て、

https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=D0009072656_00000

さだまさしさんの台詞回しは平川氏に寄せている、という感想を持ちました。

平川氏は
渡米後書生になって17歳で小学校に入学し、同級生と遊びながら英会話を覚えた。

飛び級を経て、ワシントン大学の演劇科に進学した。

発音学などが必修で、標準英語の訓練を受けることができた。

( 計12年の書生生活、
  また、昭和11年にアメリカに残るか帰国するか、
  その後の人生が全然変わる )

「英語はもう、口真似遊びという遊びで覚えていないとどうしても大成しない」

 )
 


■EPISODE098





トミー北沢の中の人(早乙女太一)がまだ30そこそこながら、
「女ははべらすもんや」と言い続けながらも、
実は女房の尻に敷かれている、
自由人のジョーよりも
おっさんくさくなっていることを演じていて感心した。

( 「いつか、また、
   お前と、トランペットでセッションするのが、俺の夢やった」 )


健一さんが、
画面には映らないけど、
コーヒーカップを温めるとか、
コーヒーを出す手順を丁寧にやっているようだった。


( 細かい揚げ足とりですが、
  トミーの携帯は、
  1994年にはなかった形のように思う。
  王様のレストラン(1995年放送)で、
  国会議員の携帯はトランシーバーみたいな形状だった。
  折りたたみは、
  どんなに早くても1997年の室井さんあたり・笑。
  ドラマに、
  1年単位でその年の携帯を提供する
  専門の小道具屋さんはないのかしらん。
  気になるところは人それぞれという話・笑 )


■EPISODE100

But I believe.
Someday my English ability will bring Japanese period dramas back to life!

2025年4月の再放送時に、真田広之のことを思い出した。

■EPISODE101



■EPISODE102


ひなた、「毎朝」ラジオ講座を聴いていると言ってから、
ラジオ体操カードの話をするのは、
歴史の改竄だと思う・笑。


I’m sure it will take you somewhere you never imagined.


オードリー」は、2000年下期の朝ドラ



■EPISODE105


That's life.


2022年4月1日、第107回(最後のカムカムイングリッシュは黒島結菜と川栄李奈)放送後の
あさイチ冒頭で、川栄李奈さんは、
「今日は、1時間、文ちゃんとデイジーについて語りたいと思います」
と・笑。



■EPISODE106


ハンパな夢のひとカケラが 不意に誰かを傷つけていく
臆病なボクたちは 目を閉じて離れた
キミに言いそびれたことが ポケットの中にまだ残ってる
指先にふれては感じる懐かしい痛みが


いつだって僕らは誰にも邪魔されず
本当のあなたを本当の言葉を
知りたいんです 迷ってるふりして


■EPISODE107


「みんな、間違うんです、みんな」


ミュージカル調のドラマが『見上げてごらん 夜の星を』と歌ったのは、
てるてる家族」第67話の放送、2003年12月15日だそうです。




■EPISODE108


ジョーがカムカムエヴリバディのテーマを弾きながら譜面に書き込みをしていた。
(作曲していた?)

普通に、会話しているが、
コロナにより、ひなたは、まる2年、日本に戻ることができなかったのでは、と思った。

トーストにあんこが添えられている、ディッパーマウスプルース

テーブルにアクリル板...( だが、支払いは現金のみ )


ーーー

「昼前から開演して、終演までの間、お客さんが自由に出入りできるようにしたんです
あとでそういう動きをする登場人物がでてくるから、
朝ドラクラスタが文句を言わないための説明台詞

「スポンサーもついたんです
ポスターには、協賛・(株)たちばな

「ジャズは野球じゃ」


■EPISODE109

磯村吟・浜村淳という素晴らしい当て書き



■EPISODE110



( 撮影の都合かもしれませんけど、)
 お城や神社のシーンはアニーひとりしか映らず、
 ひなたは商店街にいるところしか映らない。
 だから、実際には、
 アニーも商店街から出てはいないとも考えられる。


■EPISODE111


Choose the path with least regrets.
Choose the sunny side of the street.


朗報、勇氏、ついに、名前の由来を当てる・笑



■EPISODE112


・稔さんの辞書を見て、安子はひなたに留学を提案した。

 ( 安子のなかに、稔の言葉が残っている。
   「ひなたの道を歩いてほしい」 )


・「僕と付き合ってください」「それでええ」


・「桃太郎のオチ」



ラジオから「桃太郎」のお話が流れるなか、
桃に届いた日本語で書いたジョージからの手紙。(2011年の年末)
(店には踊るサンタの人形も)
穿ち過ぎなんだけど、
ジョージの名字やローズウッド家での位置が明確でないので、
Curious George(おさるのジョージ)と言われると、
どこかから急に連れてこられた、
もとはひとりきりの境遇なのかと
ちょっと怖い妄想をしてしまった。


( 雪絵と同じく、
  ジョージにも作者が設定した人生があるのだが、
  放送回数の都合から物語からは省略されていると、
  妄想。 )


・語り

「ウィリアム・ローレンス」とクレジットされており、
ナレーションはすべて、英語講座のテキストだったことを明示。


・英語講座は続く、だから、この物語も続いていく

”Hinata's sunny side English"は、2025年3月まで放送され、
2021年か2022年あたりに桃太郎と剣とジョージのチームが、
甲子園に出場するところまでのお話でした。

英語講座は続くことになったので、
その先のひなたたちの物語も、続いているはず。


・1925年(大正14年)3月22日生まれの安子が先週100歳になったというので、
 最後のシーンは、2025年3月24日(月)〜30日(日)あたり。

( 2025年の映画村にはマスクをしている人はいない )


Why don't you come over to my place?
Let's enjoy kaiten-yaki together.
Why not.


( 初見では、なにげない会話だと感じましたが、

  これが言えることが、ひなたの人生を表しているのだと

  思うようになりました。20250308 )


・最終盤に登場しなかったこと・もの

片桐さん(名前は春彦さんです)
雉真昇
算太の通帳(手をつけずに大事にとってあるんだろうか)
西山太(誰?笑瓶さんです・笑)






And, this is the very end of a family story that spans on hundred years.




posted by inatt at 06:43| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月27日

【ドラマ】 黄金の日日 1978年



「自由」を

  享受すること
  追い求めること
  生み出すこと
  守ること


南蛮酒は「自由」の味、

「自由」「自治」を追い求め、守ろうとする。

そこにも地獄や修羅道がある。






1978年の大河ドラマ。 ( Wikipedia )

2021年4月より再放送されています。

以前から、NHKオンデマンドでいつでも観ることができるのですが、
 https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2012036283SA000/

再放送は、
毎週、毎日、定期的に観るという、
大河ドラマや朝ドラの正しい鑑賞方法を提供してくれる、
貴重な機会と考えています。





■美しい物語

このドラマのいくつかの
私が好きなシーン(対話)を表現しようと思うとき、
「美しい」という言葉が浮かぶのです。

それは子供の頃、
観たときに感じたことと
根っこは変わらず同じなのです。

画面や見た目のことでなく、
人間の何かが
美しく描かれているように思うのです。


その時間こそ、その人の「黄金の日日」なのか、どうか。


いつか、
もう少し、
人に分かるように言葉にできたらいいのにと思います。



■海に溶けこむ青い空、白い砂浜


子供の頃、この物語の終わり方を

哀しく、虚しく、せつなく、感じて、

南の島の青空、海、白い砂浜を背景とした、

エンドクレジットに納得いかなかった記憶があります。

ただ、この青い空、白い砂浜こそ、

他の大河ドラマ、時代劇にない、

このドラマにしかない描写であり、


40年以上を経て、再びこのドラマを観て、

町の終わり方でなく、

人の生き方こそが重要であり、

助左衛門が最後に思いを馳せていたのは、

人々の死に様ではなく、

それぞれの生き様であったのだと思いました。

そして、助左という名は受け継がれ、

後の世を生きていく。


晴天の白い砂浜の海辺は、

この物語の人々の、それぞれの胸のうちにあった、

それぞれが思い、希うものの風景だと思うようになりました。



■助左と戦後のビジネスマン


生真面目で実直で勤勉な助左に、

プロジェクトXの登場人物たちを思い出します。

作り手は、
安土桃山時代に実現しそうでしなかった何かを夢見ている?
「日本の歴史はまさにルネッサンスへの途上にあった」(第二十話冒頭)


助左と高度成長期を支えたビジネスマンは、何を生きがいに頑張ったのか。


・船を持つこと、まだ人が手をつけてない場所との交易

・「近世の落とし子」(第十六話)

・「ぬしには、ものを値切ったりふっかけたりして儲けていく才覚はない」(第十八話・羽柴秀吉)

・恋愛関係よりも堺・今井家の防衛、存続を優先させ、美緒を帰国させる(第二十九話)

・「欲のない男だ」(第三十話・小西行長)



助左の倫理観

・「盗みはいかん」(第四話)

・美緒に逐電を乞われても、今井を見捨てない忠義

・忠義に殉じる浅井の兵に共感(第十六話)
 それは城でなく、船となら死ねるという自分の気持ちの確認になった

・今井への忠義がありながらも、自分の運命は自分で切り開くべく独立(第十六話)

・「長浜で焼きました、あの青瓦、一枚残らず今井様へお譲りするつもりでございました。」(第二十話)

・善住坊に代わり、鉄砲などを(織田方の敵である)加賀一向宗へ運ぶ助左(第二十一話)
 ( その時に桔梗を連れて帰らなければならなかった・笑 )

・「商いの掟を曲げてまで、ものを売ることはできません」(第二十四話)

・「手前の商いには、戦(いくさ)も主君もございません」(第三十二話)

・「上下こもごも利をとれば国危うし」
 「全く」
 「その父、羊を盗みて、子、これを証せり」
 「私なら訴えでません」               (第三十三話)

・堤の決壊を防ぐために、米俵を土嚢に。(第三十四話)

・「それは卑怯だ。己の生き方に信念をお持ちなら、なぜその生き方を貫き通そうとはなされぬ。」(第三十六話)

・「秀吉様に対して、ただの一度も恐れなど抱いたことはございませぬ。(第三十六話)

・「今井には恩義がある。争いはできん」(第四十話)

・助左衛門の船が大筒を保有し、自発的に武力を行使することには違和感を感じる(第四十三話)

・「変わらぬものは、数少ない。変わらぬものこそ、大事にしてゆかねばならん」(第四十五話)

・我らは海賊だ、戦わなければ(第四十六話)

・恩讐を超えて、伏見城へ(第四十七話)

・自ら、喜衛門の部下に刀を突きさす(第四十八話)


戦国時代の倫理

・宣教師や堺の豪商たちは、人身売買をしていたのかどうか。



■フィレンツェもヴェネツィアも堺も戦後の高度成長期もその繁栄は永続するものではなかった。

 そこに住む人々はみんな誇り高く、若い人たちは戦乱も知らず飢えも知らず
 自由にやりたいことをやって生きることができた

 それらの町々は今も栄えてありますか(第四話)


■宗教

キリシタンも一向宗も、

厳しい現実から、抜け出せる憧れの地を求めるところは同じなのかも。


ただ、宗教は、人々を救ってはいない感じ。


この物語では、呂宋が、ハライソであり、極楽浄土となっており、


美緒様も呂宋では、とても幸せそうだった。


・「堺の建て倒れ」



■親・親族でなく、町に育てられた登場人物たち


助左、美緒、五右衛門、善住坊、お仙、etc


あえて決めつけた言い方になってしまうが、

中世的、封建的というよりも、

生まれた場所は異なっても、

みなしごの多い町、堺に育てられた、現代的な個性の登場人物たち


美緒とお仙は売られたことがあり、

五右衛門は戦火で孤児になったのかもしれない。


最終回で、助左衛門の船は孤児がたくさん。



( 私は、この歳になるまで、愚かにも気づくことがなかったのですが、

  1970年代ぐらいまでは、

  戦災孤児のいる風景が世の中には深く根付いていたのだろうと思うようになりました。

  タイガーマスク、伊達直人の幼少期の描写を

  子供の頃、作り事のお話としてとらえていました。 )  



■若者の友情のお話


助左は、
善住坊、五右衛門と、
佐吉と、
もともとは友達でもなんでもなく、
ふと出会って、

信長陣への密行とか、
南方の島への漂流とか、
明智光秀の姫君を送り届けるとか、

「仕事」を通じて、
印象的な出来事を共有することにより、
友誼を結んでいく。

その心の結びつきを美しく描いているところが
この物語の魅力。


「五右衛門、また一緒に仕事ができるんだな」 ( 第二十話 )


■美緒様


子供の頃、美緒様より、三蔵法師(夏目雅子)に魅力を感じていた・笑

今は、美緒様に人間味を感じる・笑




■堺焼き討ち ( 1615年 )

wikiによれば、

大阪夏の陣で徳川方の兵站となっていた堺は、

豊臣方の武将大野治胤の焼き打ちに遭った。

大阪城落城後、堺衆は、捕えられた大野の引き渡しを求め、

火あぶりの刑に処したという。





■第一話 信長軍包囲

 冒頭、

 「堺は未だ破壊せらるることなく、黄金のうちに日日を過ごせり」
 と言いながら、背景は炎に包まれた町。 
 安土桃山時代を描く、黄金と名乗る歴史ドラマのオープニング、
 朝日かと思えば、盛り上がる曲の進行につれて、沈む夕日。
 
 炎、黄金、夕陽が示すもの。


ーーー


・最初のシーンの善住坊の真っ直ぐでない目つき、令和の世には見ないものかも。
・「南へ行って生きる場所を探そうと思っている」
・銭二万貫は、4〜5万石、現在の価値で、18億〜20億円のイメージでとらえています。

・宗久(彦八郎)の短銃
・永禄2年正月、藤吉郎が握らせた永楽銭。
「この堀がある限り、敵がどのように攻めてきても堺は決して落ちまい」

・クレジット

 制作 近藤晋

 演出 岡本喜侑


( CGのない時代の燃える町の映像、海外で撮影した夕陽、水中撮影、
  力のはいった制作だと思います。 )


ガスパル・ヴィレラ


■第二話 岐路



・いきなりおとりにされ、捨て駒扱いでも、再会した際は人懐っこく駆け寄る善住坊
・枝を咥えて、かっこつけているようにも見える五右衛門
 ( 自分の歳さえ確かには分からない。
   利に敏いだけでなく、もう少し虚無なところがあるとより雰囲気が増すのだが )
・信長の取り立てより自分の夢を優先する助左。

・美緒と兼久との会話、しまと宗久の間柄、連れ去られる五右衛門の母親など、
重要かつやや生臭い描写がありますが、
子どもでも二万貫相撲の爽快な描写で十分に楽しめるし、
茶の間が気まずくなることはない日曜夜8時の番組。(少なくともこの回は・笑)
千駄櫃(せんだびつ)、字幕がないと私には聞き取れない


■第三話 羅針盤

「幾らで売られて、幾らで買われたんだろう」

・助左19歳、1569年に数え19歳で1550年生まれだとすると、
  歴史的事件の西暦から年齢を計算しやすい。


■第四話 北征前夜

そこに住む人々はみんな誇り高く
若い人たちは戦乱も知らず飢えも知らず
自由にやりたいことをやって生きることができた
フィレンツェの若きロレンツォは詩(うた)った
今を楽しめよ
明日の日の定かならねば

それらの町々は今も栄えてありますか


大河内城の戦い) 


■第五話 総退却

いたいけに、目を潤ませて、必死に訴えかける、二代目松本白鸚

商いの信用を守ることだけがとりえの若者。

実行力は、傭兵の斎藤十郎(坂部丈昭)や五右衛門が担っている。


■第六話 信長狙撃

「追い討てい」

斎藤十郎、
「可哀想な女をみると、ついつい女房にしてやると言ってしまう」傭兵。
いつも自分が死ぬ場面を想像している男、
自分が死んだら誰も自分を思う人がいないことを知っている男。

討たれた兵は、身ぐるみはぎ取られて裸。


「人の一生というもの、狂言のようなものではないのかのお」

  天下人の仮面をかぶれば、天下人に。

「幸運であれば幸運を生かし、不運であれば不運を生かして、いかに達者にふるまうか」

  彼にとって主君の突然の死は、幸運だったのか、不運だったのか

 
藤吉郎と助左の美しいシークエンス、
歴史を知らない子どもだったとしても、深く感じるところがある。
(子供の頃、このシーンに胸を打たれたことを覚えている)
・純粋に夢を語り、好きな人に、一緒にやろうと無邪気に誘う助左
・生きる手管に長け、商人をやっても成功しただろうと思わせる藤吉郎、
 しかし、自分が崇拝する主君のもとに戻る

マイニラの都。

兵糧をすぐに食べたり、
埋葬はしてあげるが形見は持たなかったり、
海外へ売られた女に無邪気な質問をしたり、
見た目でなく、
助左がまだ子どもであることを描写している。


■第七話 琉球丸難破

「のこぎりびきに遭ってる夢をみとった

無邪気に無謀で楽天的な若者ふたり

「商人を目指す割合には勘定に合わぬことをする

ここで美緒を手伝っていたら

「船の中で一番(いちば〜ん)暇なのは船長(ふなおさ)


■第八話 呂宋島漂着

子供心にも、
何日で漂着したんだろうと思ったものだが、
大人になってから観ると、
無精髭も生えてないしな、と思う・笑

ただ、台湾近くから南下中に遭難したのなら、
何十日もかかるわけではないのかもしれない。

ルソン島の北にあるバタン島
ルソン島アゴウ

尾張者異國漂流物語
 http://lib.s.kaiyodai.ac.jp/library/bunkan/tb-gaku/hyoryu/OWARI/owari-index.html
バタン島漂流記
 http://www.tokoname.or.jp/batan/batanono.htm


■第九話 交易事始


「ハリーナカヨ( いらっしゃいませ)」


美しく格調の高い結びのナレーション

「既に死んだと思われている時間の中で
 彼らの生は最も輝き、
 生涯忘れることのない
 若き神話の日日を過ごしている」


「若き神話の日々」という言葉だけでご飯三杯いける・笑


興醒めなことを言うと
小説なら処理可能でも、
大河ドラマとして、
海外ロケを行うことの困難や追加となる様々な作業やコストについて、
制作者の準備不足や見込み違いが
あったのではないかと想像します。

(第8話や第10話は撮高が足りなくなっているのでは?)

ただ、助左や善住坊にあたる陽射しや彼らの肌の汗は、
海外ロケが必要であったことを示しています。

( 2021年の再放送時、
  「青天を衝け」において、
  19世紀のパリの景色をCGで再現し
  コロナ禍においてフランスと日本で別々に撮影したものを
  不自然なく合成して見せていることに、
  大河ドラマの海外ロケの進歩に感嘆しているツイートを
  複数目にしました。 )


古木江城(こきえじょう)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E6%9C%A8%E6%B1%9F%E5%9F%8E


■第十話 南海の館

サンパギータ


■第十一話 珊瑚珠無情

助左が前髪をあげ、少し大人になっている。



( グネッキ・ソルディ・オルガンティノ )


■第十二話 叡山焼討


罪を犯す主人公、綺麗ごとだけでは生き抜けない時代。


「言うには及ばぬ、根切りにしてしまえ」

叡山焼き討ちのときの
ねねの行動の史実より、
物語としての因果の説得力が、
ドラマでは何より重要だ。
この物語の藤吉郎ひとりだと、
「ああ、そらもういかん」で終わるし、
逃げ道も作らん・笑
女房と会ったことが、
他の武将と異なる指示に表れた。

藤吉郎の良心、ねね・笑。


■第十三話 戦国哀史

「女の手で、息の根を止められると出ている。それも天文19年戌年生まれの女に。」

( 天文19年は1550年、助左とお仙は同い年? )


■第十四話 信玄上洛

「珍札披見(ちんさつひけん)、快善に候」
「この町を離れて、暮らすことはできません」
「若者はまだ自分の船を見失っていない」

「銀二駄といえば72貫」

( 岡 国高(おか くにたか)松永久秀の家臣。周防守。 
   夏目次郎左衛門(夏目吉信))


■第十五話 九死一生

「商人(あきんど)と侍が組んで同じ夢を見てはいけないのかもしれない」


■第十六話 将軍追放

気性が一本気で商人に不向きと言われても、自分の道を進む。

(己の分に合った方法を探せという助言は聞いていたのか否か)





斎藤十郎(坂部丈昭)が好かった。

堺の繁栄の維持に必要不可欠だった名もなき人々


■第十七話 乱世独歩


「ご心底を伺いとう存じます」


美しい物語。
それを具現化させているのは鶴田浩二。

私は鶴田浩二を
吉岡司令補と千利休としてしか知らない・笑。


■第十八話 新天地


秀吉こそ人を丸め込んで事を売り込むのがうまい。

宗久も秀吉も、助左の人柄が商人に向いていないと考えており、
若い助左自身はそれを自覚していないところが興味ぶかい。

助左が秀吉、佐吉、右近たちと対等に近い形で話すようになってきたので、
対話劇がますます面白くなってきている。


■第十九話 安土築城


毎回、数々のシーンで、

なんて美しい話だ、

なんて痛ましい話だ、

と感じ入っています。


「少々、ばさらが過ぎやしないかい」


「この夜、堺の町の片隅で、助左衛門は幸運を拾った」


商いの神髄は、利休から教わり、

小器用な戦術は、佐吉から・笑。


( 中井孫太夫一観、武士や商人より、後に残る物を作る人の仕事こそ、立派なのかも )

( 妙国寺 )

( 端平瓦(はなひらかわら)、軒平瓦(のきひらかわら) )


■第二十話 聖母昇天

天正四年(1576年)春 安土城の築城開始

助左の名を聞くだけで、頬がゆるみ、有能ビジネスマンの仮面が外れる美緒様

高貴で、知的で、残忍な信長様は、ねねには優しい


( ガスパル・クエリヨ ガスパール・コエリョ )

( 屯食(とんじき)? 煤飯(すすめし)? )

( 「信長 ねね 手紙」で検索 )

( 「モニカ 宗札」で検索 )


■第二十一話 善住坊処刑



宗久にとっては、最初(第二話)から善住坊は捨て駒扱いだったと思う。


■第二十二話 摂津動乱



彦助(岸部一徳)のwikiの記述が「その後堺で、助左の船とは知らずに船の修理工として働いている所を」となっていたが「堺」でなく「尼崎」でしたね。(20210829)



本作の安土城は、
本編での信長の描写、安土城の説明にぴったり合ったものになっていると思う。


■第二十三話 西国進撃


冒頭、天正六年(1578年)11月7日
本願寺炎上、天正八年(1580年)8月2日



瓦の代金銀二十貫

「今、助左衛門三十歳(さんじっさい)にして、五百石船の船長(ふなおさ)となる」


■第二十四話 鳥取兵糧戦


善意悪意に関わらず、渡る世間に落とし穴。

助左は「逃げ足が遅い」うえに「融通が利かん」・笑。

何故、買い付けた米を手放すだけでなく、城への輸送についていくのか・笑

FOBじゃないのか・笑。無駄に誠実・笑。


米一石、千五百文、堺や姫路では五百文。

鞘が一石五百文出るのなら、

「十石運べば五千文、百石なら五十貫、五百石船を一往復させれば二百五十貫の儲けだ」

(二千万円くらい儲かる感じ?)


助左たちは、一升十文、一石は十斗で、十斗は百升。一石千文で買い付ける。

足軽新助は、台所方の権六から兵糧米を銭十文で二升分手に入れ、二十文を受け取り、「倍になった」。

二里の柵

天正九年(1581年)三月十八日、吉川式部少輔(しきぶのしょう)経家が鳥取城へ。
「己の首桶をかざして乗り込んできた若き武将」

同六月二十五日、羽柴秀吉姫路を出馬。

城中には三千石の米しかない。城中には七千人、一日四十石、四か月で四千八百石。


山名豊国
中村 春続(なかむら はるつぐ)
森下 道誉(もりした どうよ)
吉川経家、35歳)
福光小三郎(ふくみつこさぶろう)
坂田孫次郎


■第二十五話 飢餓地獄


天正九年七月 秀吉鳥取城攻め

経済(商い)を戦に使う、秀吉・行長。

敗れる側を経験させられる助左。


山名衆は、雑兵人夫を加えて三千、女子供が三千。
吉川経家様が石見から率いてこられた手勢が八百余騎。
締めて七千人の有象無象が三千石の米に群がってんだ
せいぜいもったところでふた月、
こんな勝手放題やってたら、ひと月もつかどうかだ

あと千石の米さえあれば。

敵の鉄砲を受け、片息したるもの...

10月24日落城
久松山・真教寺(きゅうしょうざん・しんきょうじ)

金の入った袋を投げて、
「それは、お前にあげよう。私の頼みを聞いてくれるなら」
賢くて魅惑的な美緒様・笑。


( 美緒様が最も南蛮貿易商に適性があるように思います・笑 )


権六(冷泉公裕
新助(高山彰)
按針(伊藤弘一)

だんだん、助左の仲間が増えていっている。

番頭(本田博多郎・本田博太郎)声が私の知ってるそれじゃない・笑



■第二十六話 プエルト・デル・ハポン


助左衛門「戦に加勢をする」
(今度の船長は比叡山焼き討ちと鳥取の渇え殺しの生き残り、)
按針「私、運の悪い船に乗ってしまったね」
(でも、雷には弱いね)


しの(増子志津江)の話、
今井や南蛮貿易の船乗りには奴隷売買に携わるものがいる。
美緒もその中で仕事をしてきた。


「帰る者の数は、船出した時の数よりも、いつも少ない」


カガヤンの戦い



■第二十七話 信長死す



個々人の運命や大袈裟に言えば歴史は、
そういうことの積み重ねで変わっていくと思う。

助左と武将たちとの間には埋めがたい距離があることが描かれたと思う。


誠懼誠恐 台詞は「せいこうせいちょう」。字幕のルビは「せいこうせいきょう」でした )

誓願寺


■第二十八話 安土炎上

本能寺、溝の深さは幾尺なるぞ
吾が大事を就すは今夕に在り
茭粽手に在り、
茭を併せて食らう四簷の梅雨、天、墨の如し
老の坂、西に去れば備中の道
鞭を揚げて東を指させば、天なお早し
吾が敵はまさに本能寺に在り

( 本能寺 ョ山陽 )

土俵一俵を銭百文、米一升つけて。
堤防づくりの総額、銭63万5千40貫文、米6万3500石
米はほとんど帳付け

姫路には、銀子で750貫、金子800枚、米は8万5千石

安土のセミナリオの鐘


■第二十九話 起死回生


「因果でございました」


(大島 雲八(おおしま うんぱち)大島光義


■第三十話 大坂築城


「何かが始まろうとしていた。この安土から、信長公のもとから」

石垣の1個、
運賃を含めて銀20匁としましても
40万個なら、銀で8000貫、
米に直せば、1石の米の値を20匁として、40万石。
石垣だけでこの費用にございます。

「堺がなくなったら、ぬしはどうするつもりだ」

子供の頃、美緒は面白みがなく思い、
魅力を感じなかった記憶があるのですが、
それは表面的な部分だけしかわからなかったからなのかも。


■第三十一話 竜虎相撃つ


「加賀の国では、鉄砲は誰に習うた」

堺にはみなしごが多い。

やんぬるかな(已んぬる哉)」
三英傑のうち、このような感慨を持つのは家康。
秀吉は現実(今)を、信長は将来(先)を見ている。





( 子供の頃、一瞬で理解したことを今でも覚えている )



不破万作(ふわばんさく))


■第三十二話 納屋襲名


堺を捨てるときは、商人(あきんど)の道も捨てる時だと心に決めていたのでな。


鶴田浩二、その人だけにしかできない演技。

二代目松本白鸚の走り姿がきれいだなと思いました。



■第三十三話 海賊船

いえ、他人様と承知の上でございます。

( ばはんせん(八幡船) )


上下こもごも利をとれば国危うし
「全く」
その父、羊を盗みて、子、これを証せり
「私なら訴えでません」


船も財も部下も失ったが、バージョンアップの学びはあったのか、どうか。


■第三十四話 大洪水


ポルトガルの宣教師 ベルシオール・デ・フィゲレイド (ベルシオール・デ・フィゲイレド


「形見で、父親の」孟子を五百文で。


大村 由己(おおむら ゆうこ)
関白任官記


五十貫文あれば船が買える

米俵 土嚢 石田三成


■第三十五話 陰謀



■第三十六話 伴天連追放


同じ堺の男の行長に向けてだから、特に強い気持ちを表明したことになったと思いました。


(胴ノ間(胴の間))

(ガスパル・コエリユ(ガスパール・コエリョ))

(弥次郎・舵取り・二見忠男

(吾助・水夫・うえだ峻

(プエルト デル ハポン Puerto de Japón デル(del=of the)
 リンガエン湾
 アゴー
   https://proto.harisen.jp/minato-ex/ago.html )

(長崎屋原田喜右衛門・唐十郎)

(孫七・常田富士男原田孫七郎

(フスタ船 https://kotobank.jp/word/%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%BF-618474



■第三十七話 反逆

世を治めるものに認められていない海賊に身を落としても
五右衛門と合流、
彼らは明るく輝いている

天正十五年六月十九日(1587年7月24日)キリシタン禁令

銀二千貫目、ポルトガルの金貨20万クルザード
九万斤の生糸(1匁3.75g、1斤160匁、600g)は54t?

地子銀5530両 地子米八百石

イエズス会の伴天連どもが生糸交易に投資をしている

曲尺6尺3寸(1.9089メートル)の竿、6尺3寸四方を1坪、300坪で1反

松島、三日月の葉茶壷、紹鷗茄子(じょうおうのなすび) 四十石

鍋島加賀守信生(のぶお・のぶなり)・鍋島直茂


■第三十八話 大勝負

助左衛門が持ち帰った壺は、
美緒から秀吉まで価値が認められないものだった。
大名たちは、
秀吉の所有物についた値から、
秀吉の権力に靡いたのだと思った。
秀吉は、
自分の権勢に他人から値段をつけられたような思いがしたのかもしれない。


鶴田利休に以前の迫力や重みを感じないのはそのように演じているということか。


この回は恵瓊が凄い。

「一万貫はな、壺にではのうて、おぬしに投じたのだ」

今までで最もまっとうなお金の使い方・笑。



目明き(めあき)をお願いいたしとうございます。

曲事(くせごと)

武野紹鴎

逆賊の壺

大徳人

50万貫は、450億円くらいでしょうか。

聚楽第金賦り(かねくばり・金配り) 黄金六千枚、銀二万五千枚(天正17年5月20日) 
鶴松誕生は5月27日


■第三十九話 偽国使


栗原小巻(美緒)と近藤正臣(石田三成)の見応えのあるシーンが印象的な回でした。

侍医の全宋

宗義智 

朝鮮国書状官・許筬・きょせい・ホソン・佐々木孝丸

黄允吉(こういんきつ) 

金誠一(きんせいいち)

大波戸(おおはと) 

(第39回は、1978年10月1日放送。
 同日は、「西遊記」の放送開始日です。
 当時の私はこちらを観るようになっていきました・笑)


■第四十話 利休切腹


「皆それぞれに、譲れないものを持って、生きているという事だ」

「要するに、利休には死んでもらわねばならんのじゃ」

「百姓の子せがれがたちまち関白にまでのし上がった時代、
 かくのごとき時代は終わりだ。終わりにせねばならん」


利休に鶴田浩二という素晴らしいキャスティング。


物語の妙だと思うのは、
五右衛門の不在はこの回に必要なことなのですね。


ヴァリニヤーノ(アレッサンドロ・ヴァリニャーノ

原マルティノ

与一郎(細川忠興)


■第四十三話 朱印船襲撃


( 多久島・たくしま・度島

( ファン・コーボ  (フォン・コボ) )

( 木下半介・木下吉隆

( ノビスパニア )

( 毛利 秀元 )は、

( ちんいけい・沈惟敬・しんいけい )


■第四十四話 呂宋遠征計画


・文禄二年(1593年)

ペドロ・バプチスタ

・ペドロ・ゴンザーレス (ペドロ・ゴンサレス・ロペス

バシー海峡

スペイン領フィリピンの総督(wiki)

・ゴメス・マリーニヤス(ゴメス ペレス ダスマリニャス

ルイス・ペレス・ダス・マリーニャス

・1番目の船は39日で平戸についた

日本とフィリピンの関係(Wiki)

青巌寺

宣教師ジェロニモ 


■第四十五話 天変地異


第一話からしばしば登場している、短い筒の銃。

いったい何に役立ったのか。

銃の扱いを知らず、銃を持っていなかったならば、どうなったのか。


( 助左衛門はかつてあのような意味も含めて単筒を美緒に渡したことがある )


( サン・フェリーペ号・サン=フェリペ号事件 )


( 京都醍醐寺の座主、三宝院義演 )

( 義演准后日記 )

( 慶長伏見地震 )

( 日本二十六聖人 )

( オルガンチノ グネッキ・ソルディ・オルガンティノ )

( マニラ ディラオ )


■第四十六話 五右衛門刑死


( 赤間関 )
https://www.google.com/search?q=%E8%B5%A4%E9%96%93%E9%96%A2&oq=%E8%B5%A4%E9%96%93%E9%96%A2&aqs=chrome..69i57j0i512l9.10087j0j7&sourceid=chrome&ie=UTF-8

・我らは海賊だ、戦わなければ

・慶長二年七月二十七日


■第四十七話 助左衛門追放


「天が殿下を裁く、余人の手出しは無用だ」

「一夏で現世(うつせみ)より消え去っていく」

「恩讐を超えて、いとま乞いをする気持ちにはなれぬものか」


五右衛門が捕まった部屋の助左衛門


( 自分の意のままにならぬものを、
  三成を上手に操り、
  自分が世を去る前に片を付けておく、
  稀代の英雄 )


銀五貫の懸賞首


日本人か、タガログ人か
わしはフィリピン人だ

( 自分たちで自分の名を付ける )

ーー

( 嘉祥の日 )

( パシグ川・パシッグ川 )

( ディラオ )

( 遥明台 )




■第四十八話 暗黒航路


( イルマン )


( あかいとすがけおどしのはらあて・赤糸素懸威腹当 )


■第四十九話 激流


宗薫の後ろからの立ち姿が宗久と似ていました。


水と掛けた題名に趣を感じます。


堺の鉄砲を徳川にも渡さぬことで三成は納得したのか、

危うい均衡のうえに成立した「堀(自治)」


武家であることの虚しさを表現する、近藤三成。


( 初見のとき、まさか弥次郎が襲われるのでは?と身構えていたので、

  そのあとの、あの人の現れかたに、大河視聴で一番、ビビった・笑 )



( 石田正澄 )


( 納屋衆 )


■最終回 堺炎上


十念


堺とは何か
我らが死んでも守ろうとしている堺とは何か
それは、単なる土地ではありません
堺とは、
我ら堺衆と、
どこへでも行ける船と、
誰の指図も受けず、自由な商いのできる場所、
その3つがそろえば、そこが堺だ

橋を渡っていくか
呂宋への船へ乗り込むか
これは、各人の生き方次第だ。





・爆発コントは大切な思い出・笑
 



【呟きの記録】

■オープニング・テーマ音楽









黄金の日日 - 尾高忠明
[iTunes]黄金の日日 - 尾高忠明

(豊臣秀吉の晩年を描いていない)大河ドラマ「秀吉」のオープニングは、
トランペットの主旋律が、
金色の広間や実る稲穂とむすびつき、
あぜ道の泥水でさえ輝き、
煌びやかに奏でられる。

秀吉 - 大友直人
[iTunes]秀吉 - 大友直人


黄金の日日は、黄金、炎、夕陽
秀吉は、黄金の広間、稲穂、流れ星

( 黄金の日日 オープニング で動画検索 )

( 大河ドラマ 秀吉 オープニング で動画検索 )



N響の演奏がいつでも聴くことができる。素晴らしいことです。

ただ、オリジナルは洗練されていないかもしれないが、
その荒々しいところがよい、とも気づきました。


■フロイス





麒麟がくる との比較



「麒麟がくる」で松永久秀は古天明平蜘蛛の茶釜について
「それを持つ者は誇りを失わぬ者、志高き者、心美しき者」と
光秀に言い残した。
信長は一万貫で売ると言った。

利休と助左はそれをなんと見る?


「手前は、
このただ同然の代物を大名たちに高値で売り付け、
その金でおのれの商い船を手に入れました。
これが手前のいくさでございます。
この呂宋助左衛門、
あらゆる弱き者たちの守り神でござる」
(「真田丸」第28回)

善住坊の死を経た助左衛門が
処刑されるかもしれない人の逃亡を援けるのは
必然だと三谷幸喜は考えている。

















(飯島商店)



・四天王







秀吉も大坂城も。(堺も呂宋も)











40年以上ぶりに、画面も綺麗になって。





初見のとき、文字通り固唾を飲んで観たこのシーンですが、
2回目以降、このエピソードを知るまで、
根津さんの後頭部が大丈夫か気になって、
物語に集中できない期間が何十年か・笑・ありました。









原嶋邦明















( wiki )



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2022年03月06日

私の、朝ドラ「ちりとてちん」が嫌いなところ ( 書きかけ )



朝ドラ「ちりとてちん」の感想

 http://inatt.tokyo/article/398822366.html





2021年頃からでしょうか。

朝ドラ「ちりとてちん」が再放送されること

それを恐れる気持ちが

私のなかで生まれていることに気づきました。


放送中の朝ドラ作品、脚本、演出担当、ヒロインや子役等などに、

容赦なく投げかけられる批判。ときには中傷。


Twitterのタイムラインの呟きに、

「その批判が成立するなら、

「ちりとてちん」のあの部分も同じ批判があてはまるな」

という思いがしばしば頭をよぎるようになりました。


( 「ちりとてちん」の最終回放送日は、2008年3月29日、
  Twitter日本語版は、2008年4月23日利用開始だそうです・笑 )


本放送ではなく、再放送であれば、

そのようなことを温度高く続ける人も多くはないのですけれども、

放送がなければ、目にすることもないものを、

再放送がなされると必ず目にするのだろうと、

憂鬱な気持ちになってしまうのです・笑。


それでも、NHKの人、(またはBS12の人・笑)が、
私のところにやってきて、

「あなたが決めることができます。
 ちりとてちんを再放送しますか?どうしますか?」

と聞かれることが、もし、あるとすれば・笑

「是非、お願いします。
 加えて、「平清盛」もお願いします」・笑

と言うでしょう。


その時に備えて・笑、

私は、

人が言いそうな、
または、かつて私自身が感じたことのある、

「ちりとてちん」の「悪口」を

あらかじめ自分で表明して、

人が同じようなことを言っても、

( そうだよ、知っているよ、もう自分でも書いてるもんね )

と思えるようにしておこうと、

大変、

ひねくれたような、

人に隠した心の片隅に、どこか薄暗いようなところがあるような、

まるでちりとてちんの登場人物たちのような・笑

行動をとることにしたのです。


ここまで書いたら、

目的の半ば以上は達成できているような、

心持ちになりました・笑。


(書きかけ)





■ヘタレな主人公

朝ドラファンの私ですが、
男なので、
ヒロインに感情移入することはもともと少ないのですが、

本作ヒロインのヘタレぶりには、
その後ろ向きは、
物語の都合上、極端に走っているとしか思えない、
と感じるところがしばしばある。

貫地谷しほりの演技も、
本作でしか見せないものがあり、
それはつまり、
他の作品では見ることのない性格ともいえる。

しかし、
誰しも、表に出さないにしても、
ときには、
そういう黒い気持ちを持つことがある、
と自分事に捉えると、
本当に痛く感じるところのある人物造形ではある。

それでも、
「家の手伝いもしないで母が作る弁当を批判するな」
と言い出す人のことを想像するだけで、
暗い気持ちになる・笑。


それは大月ひなたという人物でも感じるのだが、
子供の頃、
一向に母の手伝いをしなかった
わが身を思い出させるからでもあろう。


( 他には、

  「梅丈岳(かわらけ投げ)は小浜から歩いていけるようなところじゃない」
  「糸子さんもしょっちゅう家事をほったらかして、大阪に行ってるな」
  「あんな短時間に赤ちゃんが生まれて、爽やかな顔して」

  など・笑 )



■草若は名人か

子供の頃から今まで、
一番好きな上方落語家は桂枝雀です。
東京の落語家で特に好きな人はいません。
あえて言えば、林屋亭小猫あたりですか。

さて、
徒然亭草若が、
上方の四天王と呼ばれていたと言われると、
あんな、カッコつけて色気に乏しい落語が、
人気だったり、名人扱いされていたとはとても思えません。

( 古今亭志ん朝のような落語と脳内変換 )

残りの3人は、
いかにもそれっぽい逸話を持ってそうな上方落語家感がありますが・笑

それでも、
5人もの弟子がそれぞれに惹かれる魅力を持つ男、
という説得力を持つ人物は
誰にでも演じられるものではありません。



■都合よすぎる物語展開


主人公が草若邸にたどりつくところなど、

そんなわけない、と思う。

しかし、

これは「リアル」ではなく「物語」なのだから、


「こうでなければならない」ことが起きるのだ。


( あくまでも、喜代美の語る、お噺 )



■話の決着に納得がいかない


(都合よすぎる物語展開の果ての、話の決着に納得がいかないとはどういうことか・笑)

( 最終回のひとつ前の回の重要な台詞は、
  企画段階からアイデアがあったようなので、)

最終盤の展開をNHKのお偉いさんやヒロイン役の俳優に
いつどのように説明したのか、

( 「〇〇〇になる話ちゃうんかい!」 )

大変に興味深いのはいったん横に置いて、

お話の着地が見えたのが、最終回の1回前。

このときにTwitterがあったら、
朝ドラクラスタのタイムラインは大荒れになったのではないか・笑
( 「反省会」がすぐさま組織されるに違いない・笑 )


私自身は、自分なりに腹落ちするのに、何年もかかったように思います・笑



■伏線回収


朝ドラのいろんなことの起源とも言われることの多い本作。

( 朝ドラ受け、スピンオフ、ファンブック、など )

「伏線回収」という言葉がよく使われるようになったのも、

本作からなのかもしれません。

( 「おしん」などでもそういう仕掛けはいくつかありますが、
  そのこと自体が話題になることはあまりない )


カムカムエヴリバディ」で、

因果が綿々と繋がっていくところで、

ときに「伏線回収」という言葉で感想を述べると、

「そういうことは「伏線回収」とは言わない」と
つっこみがはいることを度々目にしました。

今、「ちりとてちん」が再放送されたら、
やはり同じようなやりとりが起こりそうな気がします。


しかし、
物語の展開の妙や
時を経て登場人物たちの行動・発言が響きあうことに感動して、

その気持ちを伝えたくて、共有したくて、

いったん「伏線」「回収」という言葉を選択したことを

非難しなくてもいいのではないかと思うのです。


大事なところは、

感動の共有や共感・共振なのではないかと思っています。


( 作り手の皆さんが打ち合わせのなかで、
  そのような作りこみを検討するなかで、
  どんな言葉・用語を使って、
  コミュニケーションしているのかは、
  大変に興味があります )


( 書きかけ )


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2022年02月08日

【ドラマ】今ここにある危機とぼくの好感度について 2021年



2021年の春に放送されたドラマ。

勝手に想像していたよりは、ドラマの反響があまり聞こえず、そのことが今ここにある危機





「『半径5メートル』『ここぼく』勝田夏子CPに聞く “いま”を切り取る2作が生まれた背景」
 https://realsound.jp/movie/2021/05/post-764490_2.html

・(2020年)10月期の放送予定で、(2020年)4月頃に撮影する予定だったんですが、コロナ禍の関係で撮れなくなり、リスケジュールした

・渡辺あやさんと前々から「最近、言葉が破壊されているよね」「日本語が壊れていっているよね」という話をしていたんです。つまり、何か言っているようで何も言っていないような言葉や、はぐらかして何も答えないみたいなことが世の中で罷り通っていると。20年くらい前だったら許されない振る舞いだったことが、今は政治や行政の世界でも企業社会でもたくさんあって、それで逃げ切ったもん勝ちみたいな世の中になってしまっている現状に、私も渡辺あやさんも非常に強い危機感を持っていたんです。そういった状況をテーマにドラマを作れないかというところから始まりました。

・当初、大学の施設からウイルスが漏れるという展開を予定していたんですが、こういう事態になってしまったので、アレンジした



















・「問題には正しい名を付けなければ、それを克服することはできない」
・物語で起こっていることは現実でも起こっていること
・主人公の成長物語ではない
・勧善懲悪ものではない
・現実にあるやばいことに気づくためのお話




・「エルピス」との関連





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2021年12月31日

【ドラマ】 青天を衝け 2021年



作者の大森美香がドラマ「おしん」について語った言葉、

「一生懸命生きるということが、
一生懸命生きるという生き方ということが、
あったことを思い出させてくれる作品のような気がしていて、
あしたが今日より良くなる、
なってほしいと願って、
とりあえず前に一歩進んで頑張ってみるみたいな気持ちになれる、
今、なりにくくて、
明日が今日より良いのかどうかわからない感じがあると
私は思っているんですね。
 〜
それぐらいの覚悟を持って、
やっぱり、書きたい、
作りたいなという気持ちはすごくあるから。」

(ETV特集 「橋田壽賀子のラストメッセージ」)





今、日の本(ひのもと)はどうなってる。

それが、恥ずかしくてとても言えません。

ははは、何言ってんだい。まだまだ励むべえ。





この世を去るときに、

「快なり」と言えたら、好いなあ









子どもの頃、大河ドラマに親しみ始めた頃から、
学校で勉強として日本史を習ったときを経て、
今に至るまで、
幕末の歴史について、
腹に落ちた思いをしたことがないのですが、
この大河ドラマは、
いろんなことを改めて考えさせてくれるところがあります。

・尊王攘夷という呪い
・侍以外から兵を集める
・幕府用人や志士たちの忠義
・幕府官僚組織の老朽化
・志士の熱狂と幕府内、各藩内での権力闘争
・平九郎の死に様と同時に、
 ぱたぱたと死んでいく、
 幕府軍、薩長軍の無名兵士にも
 ひとりひとり同じような物語があることを思う。

また、
幕末とは、動きの激しい、
たくさんの人々の運命を翻弄しながら、
進んでいく時代だと
どの幕末大河でも感じることですが、

渋沢栄一とその周りの人たちの
生活や働きぶりを思うと、

たとえば、
現在のコロナ禍に翻弄され、
ハードワークする人たち、
仕事に急ブレーキがかかる人たち、
環境が変わりながらも粛々と前からの仕事をする人たち

そんなに違いはないのかもとも思い始めてきました。

幕末のお役人と
今の国や東京都や大阪府の公務員と
一所懸命な人も自分なりな人も
働くということは変わらないのかも。


つまり、歴史の転換点に立っていても、
リアルタイムではそんなことを
感じるとることがない点、
幕末も今も同じなのではないか。

今を生きる自分のことを考えました。





また、
(物語には登場していませんが、)薩摩琉球国勲章とか、
錦の御旗
あらかじめ準備して製作する、
知識や知恵を持ち実行できる人材と経済力を保有し、
そして、
それらを行使する強い動機をもつものが
最終的に勝利したと
なんとなく感じています。

現代の状況に照らすと、
日本はITが弱いなどと言われることがあることも、
あながち、的外れともいえないとも感じ、

−幕府があわててデジタル庁みたいなものを作っても、
 そこに大変有能な人材がいくらか集まっても
 もはや手遅れ、とか。

また、
じゃあ、何が足りないのか、どうやって補い育てればよいのか、
背景となる様々な要素にも思いを馳せます。











この一見、センスのなさは、先々心配・笑。


■第14回 栄一と運命の主君

物語として大変爽快でした。

ただ、
為政者や経営者が近視眼的に
「快なり」とやるのは正しくはないのかも。

また、
幕末は、
大名や君主でなく、
大久保、西郷、平岡たちの
権謀術数と裏の荒事(テロや暗殺)での争い
であるように思えました。


■第18回 一橋の懐

篤太夫が、
自分のやり方がかつての岡部藩の代官と同じことになっていることに、
自分で気が付くところ、
爽快感がありました。

また、
伝蔵(須永虎之助)という役柄も脚本として重要なのだなと感心しました。
( しかし、もう少し和久井映見に寄せて喋ったらよかったに・笑 )


■第24回 パリの御一新

篤太夫が、千代からの手紙を読むところ、
大森美香さんらしいと思う、感じ入るシーンでした。

長い道程を経て、
物理的にも思想的にもあまりにも遠くへ来てしまっている。
その顛末に悔いは一切ない。
しかし、
遠い異国で待ちわびた愛する妻からの文で、
「あまりにあさましく、見るのもつらきこと」
とまで言われてしまうことで、
自分が今、立っているところの
とてつもない孤独を深く感じさせられる。


( 一方、後に、
  千代が、実の弟、平九郎に幕臣としての忠義を語ったことを
  深く悔やむことになる、
  時代の激しさの恐ろしさ )





大隈重信「フランスで4万両の利ば蓄えたァ!?」

1万石の藩の年収が4000両、
河井継之助が買ったガトリング砲2砲は計6000両

とすると、4万両を稼ぐ能力がある男が注目されるのは自然。

( 幕末の1両は1万円くらい? 円安的な効果もあった?のかどうか。 )





■第25回 篤太夫、帰国する

渋沢栄一の生涯を描く幕末のドラマに、
徳川家康を登場させ、
あのような背景であのように語らせることを思いつくことに感嘆します。

平九郎を手当した老農民に字幕では役名がありました。
ここも史実なのでしょうか。
( 山口常左衛門 、 山口たへ )

前回から、
パリでも、江戸でも、函館でも、
誰もが運命の荒波に揉まれている時節なのですが、
そんな中でも、
「まことの戦はこれからざんすよ」
と手ぐすね引いている人も確かにいた。


( その人も、
  時流と自分の年齢のタイミングから
  史実ではそれほど長くは活動していない )


栄一も、具体的な台詞は一切ないけれども、
ずっと何かを考えているようにも見えます。

当たり前のことですが、
同じ作家(大森美香)が同じ幕末を舞台にして、
朝ドラ(あさが来た)と大河ドラマでは、
こんなにも描きざまが違うとは。
(土方歳三のカッコ良さは同じ・笑)
(五代友厚の美しさは同じ・笑)


それでも、
根っこには同じものがあるということでしょうか。



■第26回 篤太夫、再会する


銃や剣を手に戦をするんじゃねえ
畑を耕し、藍を売り、歌を詠み
皆で働いて励むことこそが
俺の戦い方だったんだぃ

この恥を胸に刻んで
いま一度、前に進みたい
生きている限り


■第39回 栄一と戦争





posted by inatt at 23:02| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月03日

【ドラマ】 おかえりモネ 2021年 (全体の感想)



「綺麗事」は、間違ったことでも、意味のないことでもない

「正しいけど冷たい」
「きれいごとにしか聞こえない」
と言われようとも、

「こんな言葉、きれいごとで、
 何の役にもたたないかもしれない。
 でも、言う。
 みーちゃんが思い出すたんびに、
 私が言う。」






宇田川さんという登場人物の創造、


宇田川さんが何にどう傷ついたのか、
具体的に描かれないからこそ、

宇田川さんと彼に寄り添う菜津さんは「私たち」なのだ。






「生きてきて、何もなかった人なんて、いないでしょ。何かしらの痛みはあるでしょ」


主要登場人物のほぼ全員が内面に「何かしらの痛み」を持っていることが描かれたが、

内田衛(まもる)という登場人物の心の傷が具体的に描かれなかったのは、

この台詞を語るためではないかと思った。





気象に関する仕事を真ん中に置きながらも、
林業、漁業、
報道、
医療、
教育、
公務員、宗教、アパレル、
多彩に「仕事」を語るドラマでもあった。





各話の感想
 http://inatt.tokyo/article/484193751.html

その他諸々の感想
 http://inatt.tokyo/article/484134681.html






2021年上期の朝ドラ


■この物語が主張していること


・一度口に出した言葉は、相手の胸に刺さり続ける

 ( だから、逆に「綺麗事」を口にし続ける意味がある )


・「大団円」を避けている

 耕治は亮の船を見にいかない
 
 「解決しない問題」を取り扱っているからではないか。

 だからこそ、

 時間を経ても、何度も、観ることができる作品になっているようにも思う。




■当事者と非当事者


「当事者」「非当事者」と言う言葉が
私も含めて感想で多く使われましたが、

(作り手の皆さんが直接使ったかどうか、
 私は確認していませんが、)

このように人々をふたつに分ける表現は、
この物語の言いたいこととは離れているのかもしれません。



■百音の妹愛


物語では明確には示されていませんが、

百音は他の誰よりも(菅波先生よりも)

未知を大事に思い、その幸せに執着している、

ということを前提にすると、

百音の心情に納得できるところがありました。


( 未知が百音の幼馴染たちと親しいのも、
  同じ歳の友だちができないからではなく・笑、
  小さい頃から百音にくっついて育ってきたからだと
  想像しています。 )


「でも、これは違う」「これで救われる?」と言ったのは、

未知のことも頭にあってのものだと、

(当方の勝手な解釈ですが、)

考えます。


( なのに、「お姉ちゃんは、正しいけど、冷たいよ」と言われてしまう )



■ありきたりにも見える台詞の積み重ね


決め台詞でなく、
ありきたりでも大事なことを語る台詞がさりげなく積み重ねられる


綿密に設計されたヒロインと相手役との距離の変化


凄く考えぬかれたシナリオだなと思います。


この物語は、いつまでも人の心をかき乱す、
恐ろしいお話になっているのかもしれませんが、


2周目に観たら、
ここにも、あそこにも、あの主張に触れられていた、
あの人とあの人との会話が、
のちに
この人とこの人の対話でも繰り返されていた、
とか、
変奏曲のように何度も同じモチーフが奏でられていることに
たくさん気づくように思います。

5年後、10年後でないとわかりませんが、

観るたびに、異なる登場人物の発言に心が留まるような
深いドラマになっているような気もします。

( おかえりモネ・台詞データベースを作って、
  あとで、「傷」とか「痛」とか「信用」とか「水」で抽出して、味わう試み・笑 )


( 朝ドラでは、主人公と主要登場人物たちが
  複数の土地をいったりきたりしなければならないのが、
  作劇上大変で、
  つっこみどころもよく発生しますが、
  本作では、
  東京と気仙沼での別々の対話を同時に描くなど、
  非常に巧緻にできていると思います。

  第78回・第79回、
  ・被災経験についての若者たちの会話
  ・ウェザーニュースでの人の痛みについての会話
  ・白紙の死亡届を前にした気仙沼の大人たち

  
  東京から登米へ1週間おきにやってくるという医者は、
  両方に登場させることが容易で、
  ひとつの発明だと思いました・笑。 )  


( 情報、予測の正しい取り扱いが幸せを導くと語っているが、
  誤解釈やフェイクもこのあと出てくるだろうか。20210820

  仕事の失敗や情報の誤った使い方は、
  このドラマではあえて取り扱っていないようだ。

  意外なことに、
  このドラマは社会のネガティブなことは取り扱わず、
  自然と人間の内面に焦点を当てているようです。 20211103 )


( あるいは、民放ドラマだとありそうな、
  全国ネット気象キャスターとお医者さんの恋愛に
  マスコミがからむ、とか、
  取扱わないと決めたものは
  無視を決め込んでいる脚本だと思いました。20210914)






150回として設計した物語を120回に縮めようとして、
いろいろご苦労されているのかな、

と勝手に思うところがありました。


菅モネの描写にはあまり不足を感じないものの・笑、

震災や気仙沼の人たちや仕事ものとしての描写は、
描こうとおもっていたところを少しずつ削っているところが
あるのかもしれません。


30回の短縮は6週分ですから、
登米と気仙沼と東京それぞれに
2週分のストーリーを加えることのできるほどの分量です。


作り手のみなさんが
見直しを迫られたことは
大小たくさんあったのではないでしょうか。


■ナレーションの設定


どういう考え、経緯があったのか、

あまりうまくいってないと思うのですが、

第119回での語りのために、

絶対に必要な人物として設定されているのだと思います。


「忘れないって大事だけど、苦しい。だからときどき忘れて、笑ってね」

( 2022年になっても、
  植樹できていないのではと
  気になっています。 20220711)





■永浦百音の人物造形と清原果耶の演技


主人公ではなく周りの人物が重要な台詞を語り、
ヒロインの受けの芝居がとても多い本作。

清原果耶の瞳の動きのみで見せたりするような演技が

無表情と評価されていることがある。

・動揺して瞳が揺れる

・瞳の動きだけで、菅波先生に視線を一度は送り、そして、はずす

・下唇だけが微かに震える


しかし、永浦百音という役柄はとても変わっている、

ヘンだ、といってもいい。

内面が想像しづらいから、共感しにくい人物造形、

幼いのか老生しているのか、
純粋無垢か潜在的にあざとい猫かぶりなのか



清原果耶は、

そのどれとも言えないという、

微妙な綱渡りな演技を続けているようにも見え、


加えて、

地元に貢献したいという気持ちを持ち続けながら、

何もできないからいったん土地を離れたいとか、

東京でもっといろんな仕事を続けたいとか、

相反する思いを同時に抱えていることも表現し、


「そんな人はいるわけない、見たことない」

と感じてしまいそうな人物像を成立させている。


それでなくとも、根が内省的で理性が強いという、

どこにもいそうにないキャラクターに共感は得られにくいのか、

苛々する人も多くいるようだ。


しかし、

大災害が頻発する国で産まれ、生きながら、
自分自身は大災害を直接経験していない、
という、
私も含まれる、
大多数の人々のひとりとして
創り出された登場人物かもしれないと
思った。(20210902)


また、
物語の主人公は、百音だけど、
特別な狂言回しで、

ほんの僅かだけど前に進もうとする、菜津さん、宇田川さん、
何か地元に貢献しようとする、三生、悠人を
大事に描こうと思っているのかもしれない、
とも思うこともあります。



ーーーー








■音楽と絵画


人が音楽や絵画を必要とすることについて、

描きたかったことがいくつか、

放送回数の関係で省略されたのかもしれません。



■仕事についての多面的な描写

・登場人物が皆、職業を持ち、
 公務員、銀行員から僧侶まで、
 すべての仕事について、
 丁寧に描写されていることがこのドラマのひとつの特徴だと思います。

 ( スーちゃんのところは、少し残念ですが、
   そのスキルは内田キャスターを育てることに貢献している・笑)


・朝岡はチーム鮫島の仕事は「個人的なリベンジ」だと。

・全国放送に出続けている信用

・高村さんのハイヒール



■登場人物の名づけ

登場人物の姓名には作者の思いが含められているものがあるのかも。



あとは、
朝岡覚(あさおか さとる)
とか
鮫島祐希(さめじま ゆうき)
とか。

後藤三生(みつお)

三生(さんしょう) 仏語。前生・今生・後生の三つ。三世 (さんぜ) 。
https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E4%B8%89%E7%94%9F/


神野マリアンナ莉子(じんの まりあんな りこ)
というのも、
登場人物のキャラクターの説明として、
面白い名づけだと思った。

ところが、
神野さんが「利己」から覚醒すると、
「神野マリアンナ」の印象がまた変わることに感嘆した。(第85回)



■「やじろべえみたいな正しさ」

私たちが仕事をするのは、
自分の大切な人のためか、
それとも
顔の見えない不特定多数の人たちのためか、
私たちは日々その葛藤を抱えながら闘っているんです。
(第50回)

人の役に立ちたいとかって、結局、自分のためなんじゃん
(第57回)

災害は繰り返される、いつかきっと命が危うくなる
そんなことばかり伝えていれば人は疲れ果てて動けなくなってしまう
大事にしてきたことは大事なんです
それを失うような忠告では誰も行動しない
(第70回)

何で地元で頑張っているのが偉いみたいになるの?
(第77回)








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【ドラマ】 おかえりモネ 2021年 (各話の感想)



全体の感想
 http://inatt.tokyo/article/481549003.html

その他諸々の感想
 http://inatt.tokyo/article/484134681.html





【各回の感想】


■第1回

物語は、2014年(平成26年)5月から始まる

父以外の携帯がみなスマホだったので、
現代を描く朝ドラなんだなと印象に残りました。

ナレーターが
「カキに生まれかわっております」というから、
TLがざわついていますが、

牡蠣の養殖の震災前後の様子や、
竹下景子さん演じる祖母がどのように亡くなられたのか、
お話の進展を待つしかありません・笑

( 今わの際に夫に言った言葉か、
  惚けて口にした言葉なのかもと思いました。第19回 20210610 )

( 特に説明なく、更に、木の芽に転生してしまった・笑。第70回
  最後、もう一回、カキに戻るのでは? 20210820 )


■第5回

北上川の移流霧(いりゅうぎり)、気仙沼のけあらし。

「でも、あの日、私…何もできなかった」


「私はここにいます」のメールの意味がよくわかってなかった・笑



■第7回



■第10回

「あなたのおかげで助かりました、っていうあの言葉は麻薬です」


・圭輔君(阿久津慶人)は「いだてん」では播磨屋の小僧さん、
 黒坂辛作の息子、勝蔵でした。


・本作は、
「(ヒロイン)は、〜と思ったのです」と説明しないほうの朝ドラ。

伏線となるような台詞もかなり細かく配置されているが、
わかりやすくはない。

穿ち過ぎになりますが、
主役の表情を追うカットが多く、長くて、
わかりやすく説明するための台詞やカットが犠牲になっているかも・笑

また、
第2週を終えても、
未だ説明されていない事情が残っているようであるのは、

( 週のお題は「いのちを守る仕事です」で、
  気象予報士が命を守る仕事であるとモネが知ったことは描かれたが、
  百音が、いのちを守る仕事に惹かれることにつながる過去の経緯は
  まだ明らかにされていない )
  
朝ドラとしては、
進行がゆっくりなほうで、
じっくりとお話を大きな流れを楽しみたいと思います。


■第11回

社会人になって初めての帰省の道程、
1分間でも説明できるけど、
まるまる1回分使ってきめ細やかに描く。


■第20回



笛を吹くことしかできないことをひとり悲しんでいる主人公。



■第25回






ここまでのお話で、感じるのは、
気仙沼と登米で、脚本家もスタッフも別々に作っているのかと思うほど、
雰囲気が違うところです。

・気仙沼の人々には、過去の出来事や震災の体験が背後に感じられるが、
 登米の人々にはそのような描写がない。
 登米では、仮面ライダーグッズを夢中に買う人が登場したが、
 気仙沼ではそういうおちゃらけは場違いな感じ。

・気仙沼では、稼業を立て直すために借金まみれになっていたが、
 登米では、補助金も活用して、入札を勝ち取っていた。

・登米の職場やサヤカの家は、
 (実際そうなのかもしれないけど)
 お洒落すぎて、豊かで悩み少ない感じがしてしまう
 サヤカが温室で植物を育てているのも
 物語の要素としてはピンとこない。


ーーー


気仙沼では、非常に重たい話題を取り扱うので、
登米のお話を明るくして、
作り手がバランスを意識している、と思うようになりました。(20210917)


放送期間の長い朝ドラでときどきあるのですが、

その時はとても気になったことが、

物語全体を観終わったあと、あまり気にならなくなることもあります・笑(20211103)



■第29回

菅波から
「僕が挫折したことないって言いましたよね」と言われ、

動揺していることを
瞳が左右に揺れることで表現し、

カメラが映している側の眼から涙を一筋こぼす
朝ドラヒロイン。

菅波、モネ双方を
手持ちカメラで撮っており、
ふたりの心の揺れも表現しているようなシーンでした。

後に、菅波先生の専門が呼吸器外科と承知して、
手術しても意味がないと診断されている肺がん患者の治療拒否に対する
菅波先生の気持ちがより理解できました。


■第33回

「何もできなかったと思っているのは、あなただけではありません」


ヒロインの表情の演技が多く見どころになっており、
それは受け芝居なので、

相手となる脇の人物たちの演技が重要で、

西島秀俊(朝岡)、内野聖陽(耕治)の「きのう何食べた?」コンビは
流石だと思います。


■第7週「サヤカさんの木」

土曜日のまとめで、1週間の流れがわかりやすかったです。

サヤカさんは次の世代の木を残そうと思った
百音は資格に頼らずとも自信をもってできることが見つかった
が百音は資格をとってからのビジョンが明確ではない
次はきっと何かできるようになりたいと強く思うでしょ
今なら一番近くでサヤカさんを支えることもできるかもしれない
でも出会ってしまって、ものすごく心引かれるものに
だったら覚悟を決めるべきです
いいじゃないの、また一人でも
( まだ一人でも か また一人でも か )

こうしてみると、
骨折や運転免許などは、
もっと簡単に済ましても問題ない枝葉で、
シンプルな会話劇が合っているのかもしれません。


■第39回

「5年て、長いですか」
「話す相手がいないんだ」
「俺は立ぢ直らねえよ、絶対に立ぢ直らねえ」


第4週などで、父母や祖父は過去の出来事を抱えながらも、
現実を処理していっている大人であり、
百音やみーちゃんはまだ子供であることが描写されました。

今回も、主人公や未知は、
お前たちの出る幕ではない立場で、
別のテーブルから大人たちのやりとりを見ている。

朝ドラ主人公はテーブルの一番いいとこに座っていることが多いので、
この扱いは新鮮に感じています。

(第4週はまとめると笛を吹いただけだった主人公、
今週もまとめると縄跳びだけになる恐れ?笑)


■第40回

「今は、色白の、可愛い男の子のほうが好きですー」
と言いながらも、
「都会が似合うよ」と返されちゃうと寂しい表情になる。

「俺らは親たちとは違うからさ。
 俺は、親父とは違うから。
 過去の縛られたままで何になるよ。」

( それでも、彼にも縛られているものがあることが後に描かれた。)


( 結局、成人式の写真は姉妹とも撮ってない気がする、
  やっぱりちょっと平凡でないふたり )

( オステオカルシン )



■第41回

右脳(左手)は身体感覚、左脳(右手)は論理的思考

■第43回

伸ばしかけた左手を右手で抑えた。

■第44回

「手が動くようにならないといけない」



「ふたりとも、親が思ったのとはちょっと違ったけど」

トランペットを吹いていたけど、銀行員になった父と
小学校の先生だった母親。

ふたりは、長女は音楽家で次女は学者とか研究者とか、想像していたかもしれない。


■第45回

サヤカさんの、
このドラマのなかでももっとも印象に残るシーン


■第47回



■第54回

民放ドラマなら、神野マリアンナ莉子(今田美桜)がヒロインなのかもしれませんね。
NHK朝ドラとの違いが興味深い。

また、
今田美桜や恒松祐里(明日美)の演技はとても好いですが、
既視感もあるのに比べて、
清原果耶の演技は他にない独特なものだと感じます。

それよりも、

社会人3年目、気象予報士1年目の若者が、
「誰かが事故に遭ってからじゃ遅い」と
天気予報の中継コーナーのネタを
毎日一所懸命作っている。
尊いと思いませんか。
また、一途さが痛々しくもあって、
朝岡も高村デスクも様子をみている。



(「すれちがい みゆき通り」青空こころ)
ロマンティックに表現すると、本当に必要なタイミングになるまで、
すれ違っていた、百音と菅波先生。


■第55回(宇田川さん台詞回)

「ついでに聞きますよ」
「私、先生にずっと会いたかっ(ピッピー)」(第85回へ)



仮名・宇田川さんとは。謎を1週間を超えて引っ張るのが本作の特徴です。

( NHK放送センターの住所は渋谷区神南、
  宇田川町はその隣、
  NHK関連のオフィスなどが多い。 )

( 書にピンクを多用する宇田川さん。
  実は、女性なのではないかと密かに思っている時期がありました。
  20210813追記 )



宇田川ヒロ=歌川広重 説は、自分では思いもつかないことでした。(20210917)



歌川広重 汐見阪


■第56回



■第59回

「「風の神」朝岡に神風吹かず」

「実に個人的な理由から生まれたものです」



■第64回



■第76回



宇田川さんのお話も、後にちゃんとあると期待しているので、
現実味があまりにもなくなると気になる。


■第77回



新宿南口とか東京駅八重洲口とか、

私が持っている印象は、

ひとりで「東京の自分」「地元の自分」に思いを致す場所ということ。


「りょーちんは頑張ってきたよ、ずっと」

(「りょーちん、ずっと頑張ってきたじゃん」とは
  元は、
  未知が百音に言った言葉だったが、
  百音が亮に直接言うことになった。
  未知は次の回で別のことを言う。)

「周りの期待に応えるってさ、案外楽なんだよ、最初はね。
 でも、だんだん、苦しくなる」

百音と菅波先生との電話、
菅波先生の「あなた」呼びがなくなっている、
そんな微妙な距離感の変化に「ぞわぞわ」する。


■第78回






( これから、未知のターンだけでなく、
  雅代おばあちゃんや、亜哉子お母さんのターンもあるのでは )



■第77回


菅波「いや、とにかく、まだ」(1回、蕎麦屋でお昼食べただけ)


「生きてきて、何もなかった人なんて、いないでしょ。何かしらの痛みはあるでしょ」

 自分の痛みがある人が、他人の痛みに対して何ができるのか。 


■第79回



このツイートのリプライにありましたが、照明の違いも素晴らしい仕事なのかもしれません。


■第80回

「正しいけど、冷たいよ」
じゃあどうすればいいのか。

コインランドリーのシーンの前半、
菅波からの発言(菅波が百音に会いにきた本来の目的)は、
百音にしっかり伝わったとは思えず、
百音の表情は少しぼんやりしたものでした。

しかし、
大学病院を辞めると聞いて、
思わず菅波先生に手を伸ばし、
悲しげな表情から、
微かに首を振り「違う」と呟く。

( 強い「理性」が百音の特徴なんですね )

そこから先は、

「どうしたの」
「あなたの痛みは僕には分かりません」
「でも、分かりたいと思っています」

それらは、
菅波が自ら起こした発言と行動であり、

百音との交流により「自分が少し変わった」から
百音にもたらされたもの。

「正しいけど、冷たいよ」
じゃあどうすればいいのか。

今までの物語にその糸口があることを示す美しいシーンでした。

( 「分かりたいと思っています」とは、
  アンチやヘイトとは逆の位置の
  大事な心持ちなのかもしれません )


(りょーちんとみーちゃんはどうなる)





第16週の特に亮と未知の顛末の描き方は、被災者の気持ちに寄り添えていないのではないかという指摘。


■第81回

冒頭のコインランドリーは、2016年11月28日月曜日で、
登米にいたのは、2016年12月24日土曜日。
25日の日曜日は気仙沼にいたことになるのだが、
気仙沼の状況には一切触れずに、
2017年3月まで時間が飛ぶ。

・「説得力」

・「(足りないもの)そんなものがあるんだったら、みつけましょう」と良いアドバイスはするが、若さやキャラを数値(視聴率、いいね)で評価される恐ろしさや悔しさは中継キャスターである自分にも近しい問題なのだが、神野さんに共感はしていない感じが、モネの特性なのかも。


■第82回

野坂さんのプレゼンについて、
安西社長の評価力、コメント力からみて、
( ・前よりデータがリアルになっている
  ・良いことだとしても、気象のビジネスと植樹との関連のなさ )
過去3回のプレゼンから、
何がポイントになるか(「うちでやる理由」)予想できると思うので、
野坂さんが立ち往生するのが、
ちょっと不満でした。

「説得力(実感を持って説明する)」を強化するために、
あらかじめ、百音に話を振ることを頼んでおいた、なら
野坂さんにも見せ場になったように思いました。

発揮されたのは「説得力」だけでなく「クソ度胸」・笑

「世界の全ての根源は水である」といったタレスのことを
百音に教えたのは、菅波先生ですが。(第56回)

百音が正社員になったのか否か、また思い出しちゃった・笑。

(安西社長の評価は、
 気象との関係はわかったが実行する具体論に欠ける、でした。
 自治体のお金を防災で節約する、というのは、
 コストをかけることの「説得力」をあげるためのヒントを与えている。)

内田さんのプレゼン
 資料じゃなく実物
  社長の好きな傘イルカを取り込んでおく・笑
 採算はとれるの、という質問に答えを用意してある→「仕事が早い」という評価

「若いのに、妙な説得力」「なんか話聞いちゃう」


■第83回

宇田川ヒロ君の絵。




■第85回

「ずるいです」
「分かんないんですか」
「会いたかったんです」

勝鬨橋のシーン、
普段の強い理性を超えて、
百音の心に、
今までにない、知らず湧いてきた強い感情が溢れるように表現されて、
つい、
鍵をなげつけたり、
駆け寄ったりするところが、
もっとあったらよかったのに、と感じました。

( 菅波先生のキャッチ能力の変遷
   スイカ受け取れず(第11話)
   柚子つかめず(第41話) )

おかえりモネ・第85話・勝鬨橋・スクリーンショット 2021-09-13 142734.jpg

(第85話が放送された20210910の勝鬨橋)



■第87回


民宿再開についての耕治の意見が、

「正しいけど、冷たい」

ものになっているというつぶやきをみて、なるほどと思いました。


菜津さんのスケッチだけでなく、

宇田川さんの絵も後々出てきてほしいですね。


台風12号のお話は、2019年9月11日(水)から。

( 令和元年東日本台風(台風19号)が上陸したのは2019年10月12日(土) )


■第88回


( 「光太朗さん」呼びするお母さん、
  リアルなサメの写真をLINEのアイコンにする三十男、
  ちょっとやばい感じがしますし、
  登米の診療所に専念すると聞いて、
  お母さまは、
  医師のキャリアも私生活も大変心配されていると思うのですが、
  この物語では、
  そのあたりまるごとスルーされると思います・笑 )


■第90回


ハイヒールの足元のスローモーションカットに、
目が熱くなるのは、
だいぶ前の何気ないシーンがあるから。
朝ドラの醍醐味。


「助けることに成果を求めてはいけませんよ」と言われて、

即座に「そうですね」と答える主人公の心のうちがすぐに想像できる、

これまでの物語の積み重ね。


■第91回


・記憶に残る仕事
・プロポーズ
・実家の厄災

が同じ日に続けざまに起こるのですが、

お話を盛り上げていこうとそうなるのか、
これも意味のあることなのか、

それにしても、相変わらず主人公はその割に淡々としている、
と思う人もいるのかも。

視聴者が、これを自分事として捉えることを示しているのか。

自分が幸せな状況にあるそのときに、
辛い状況にいる人たちがいる、ということを
どうとらえるのか。

「あなたが抱えてきた痛みを想像することで、自分が見えてる世界が二倍に」なる、

とはそういうことなのか、どうか。


■第92回


私ならどうしただろうか。

仕事を休みタクシーを長距離使ってまでも実家に戻ろうとはしない

宮田さんだと気付いたが声はかけない

予想していなかった楽しそうな地元の人たちに気後れして、顔を出さずに踵を返す

かもしれない。


百音と菅波先生は「橋を渡った」


■第97回

宇田川さんは、
文字通り「顔のない」登場人物なのかもしれないが、
百音やスーちゃんの3年半と同じく、
何か前向きな変化があってもいいと思う。

それを願う。

だから、
菜津さんが「私たちは」と言ったところが好かった。


「これが精一杯、これでも、私たちは、前に、進んでいると思う」


菜津さんや宇田川さんこそ「私たち」なのだから。


■第98回





■第99回


前回、最後のカットは百音でなく未知で、

今回も百音とお母さんを離れてみている未知のカットがありました。

未知の抱えているものはなにか。


■第100回


空と山と海が混然と描かれたような
宇田川さんの絵に、
百音、三生、悠人が何を感じ取ったのか、
私にはしかとはわからなかったけれど、

絵をみつめる百音の回想から、

ボランティアの水野さんの話が挟まって、

3人の顔に戻ると、

3人の考えていることがわかるような気がして、

ドラマ演出の妙を感じました。


■第109回


「西がらの風に、舳先を向けでくれ
「多分、あど6時間したら、波は収まる
「それまでパラアンカー打って、耐えでくれ

伝説の漁師の的確なアドバイスも凄いですが、


それに匹敵する内容だった、
若き気象予報士たちの「チーム戦」が好かったです。


■第119回


( コロナがあったから、
  植樹祭できてないだろうな... )



■第120回

(20220615記)



(20220711)
第7波がきているようだ。現実は厳しい(涙)

(20220729記)
20220728の東京都の新規陽性者数は40,406人、
菅波先生は、
第7波の本格化前に、ちょっと気仙沼に顔を出した、
あるいは、作り手のミスで、
本当はラストシーンは、2023年だった、ということか・笑



posted by inatt at 10:56| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月30日

【ドラマ】 おかえりモネ 2021年 (諸々)



全体の感想
 http://inatt.tokyo/article/481549003.html

各回の感想
 http://inatt.tokyo/article/484193751.html





畠山重篤



■約束の家、約束の船

このドラマを観た人全員にお勧めしたいドキュメンタリー



亮は「約束の船」を求め、願っていたのだと教わりました。

震災による人々の心のうちについて、

本作ではあくまでも「朝ドラ」の範疇で描いていることを思い知らされた。


私が知らない、数えきれない多くの、新次、亮、未知がいらっしゃる。


この先、もっともっとシリアスに人の奥底を描写するドラマが作られるのかもしれない。


■在宅医療



・田上佑輔医師は、菅波先生というより、中村医師(平山祐介)のモデルなんだと思いました。


■自分の呟きの記録

・20210505



・20210812



・20210913



2021年(現在)を飛ばし、
2022年(以降)の将来を見せるという、

マスクは登場しないのに、

(2020年2月?に気仙沼を訪問したサヤカさんがマスクをしているところだけ。
 冬だからか、感染症を警戒しているのか、明らかでない。)

2020年と2021年の私たちと同じ世界であることを
感じさせる終わり方になっていました。

(2022年7月)



・2022年6月には、マスクのない2022年7月はあるような気がしていましたが、
 現実には、第7波がきているようです(残念)


・20211031



■宇田川さんについて



NHK放送センターの住所は渋谷区神南、
宇田川町はその隣、
NHK関連のオフィスなどが多い。




宇田川さんは書にピンクを多用するけど、このことには意味があるのかしらん。(20210813)

宇田川ヒロ=歌川広重 説は、自分では思いもつかないことでした。(20210917)



歌川広重 汐見阪 (「汐見湯」の名はここから?)




■いろんな方の呟きの記録

・震災の経験





・未知の告白


・作り手の皆さんの素晴らしさ



私自身は音声技術の進歩の内容はよくわからないのですが、
素晴らしいドラマは、
照明、音声、その他のスタッフの皆さんの素晴らしい仕事があってのことだということは、
覚えておきたいと思います。

・作り手のみなさんの発言








■百音の雇用形態問題 20210815



金曜日に、観る人に基本的情報の提示がなく、疑問を残させることが多い本作の特徴。

( 例 上京時の住処や就職活動状況
    百音の雇用形態 )

コサメちゃんと傘イルカくんを毎日の全国ネットに乗せることに貢献した百音は、
社員昇格どころか、すでに年間社長賞表彰ものだと思いますけれども
・笑。

おそらく収益的にもスポーツ気象より貢献している・笑

気仙沼での2〜3年間の基本給支給など大した問題ではない・笑


結果:
月曜日に中継キャスターになれば社員になるかもしれないと説明があり、
金曜日に中継キャスターになると宣言したが社員になるかどうかは説明がなかった。

 ( 画面の外で傘イルカくんを操作していた人が、
   新中継キャスターとして画面に登場、
   こんな可愛い女の子でした、
   というネットニュースを想像した・笑 )
   
社員になったかどうかは次の週に説明されるのだろうと思ったら、
第65回終了後に発生した当問題は、
第80回終了後になっても確定せず・笑
第86回に至っても明言されていないが
新事業プレゼンをしているので、当然のように社員になっているのだろう・笑


本作に特徴的な話の進め方だと思う。

作家は、
一部の視聴者が気にしている、バイトか正社員か、のような
いくつかの論点は
それは重要なことじゃないと、
わざと後順位に置きながら、
話を進めているのかも。

一部の方たちがとても不満に思っている、
説明の順番やお話の整合性よりも、
「伝えたいこと」を語ることを優先している?

「伝えたいこと」は「ヒロインの成長譚」ではないのかもしれませんね。







■取るに足らない、どうでもいい、気になるところを書き留めておくコーナー
(または、三生と悠人は高速バスではなく新幹線で東京に向かったことについて)


・第1回の冒頭で、百音が自転車でサヤカの家から森林組合まで通勤していて、
 それなりに距離があるんだなと認識してしまったので、
 その後の物語で、サヤカの家と森林組合との間で場面が飛ぶたんびに、
 〇〇は、何を使って移動したのか、といちいち気になってしまった。
 ( 実際の地理はともかく、サヤカの家と森林組合は近距離の設定にすればいいだけのような )
 ( 百音が高校生のうちに自動車免許取得済みにしておけばいいだけのような )


・菅波先生(東成大学卒)の年齢

 百音との年の差問題がよく言及されます。
 個人的には10以上離れていてもそんなに気にならないのですが、
 物語の開始(2014年)時点で外科専門医まで進んでいたのかどうかについては、
 設定の正確性につっこみがはいっているようです。



・第75回
 母からの電話は深夜2時3分。(第74回)
 島の家からかけている。
 亮は船頭に連絡のうえ、船に戻らなかった。
 (土曜日午後には銚子にもどらなければならなかった)
 土曜日お昼に警察から永浦家に新次が暴れていると連絡が入る
 それから耕治と亜哉子が島から気仙沼の仮設住宅に移動するには、
 相応の時間がかかると思うが、
 ふたりが到着しても、新次は暴れており、
 警察官(二人)は彼を抑えることができない。
 その後、夜まで耕治と亜哉子は気仙沼の警察に。
 (ただ、暴れるだけでは警察に留め置かれないような気もするが)
 (亮が警察から連絡を受けたのは土曜日の何時ごろか?)
 そこで亮が船に戻っていない(正確には戻らないと船頭に連絡した?)ことを知る。

 百音からの電話に出た亮は、海の近くらしきところにいる?
 ( 銚子? 東京? 深夜2時、そこから新宿の喫茶店にどのように移動した? )

・第76回

 未知が百音に服をなげつけたのは深夜2時半頃?
 百音が明日美に事情を説明する。
 明日美は、三生と悠人に連絡。

 朝になってから、亜哉子から百音へ電話
  亮は朝になってあちこち連絡した
   「これから新宿行って高速バスでこっちへ戻るって」

 亮が明日美に「親方こええからソッコー帰る」と返信したのは7時30分。

 ( 深夜2時から朝7時半まで、5時間超、
   ひとり頭の中がぐるぐるし続けたみーちゃん・哀 )

 ( 明日美は、百音が新宿に向かったあと、
   百音が亮を連れ帰ることや
   未知の精神状態を念頭に、
   あらためて、
   三生と悠人ときめ細かく連携したのではないか?
   東京に来れないか、と頼んだ?(「何?ホントに来たの?」(第77回))
   三生と悠人は、亮が行方知らずのままでは
   仙台に留まるか東京へ移動するかという判断ができない。 )

 耕治と亜哉子の服が前日とは異なるので、
 二人は早朝、島から気仙沼の警察へ新次を迎えに行った? 

 喫茶アバンドーネ
  ( abbandone 意味は「自由に」「拘束されずに」 ?  )
  「昔ながらの味、ナポリタン700円」が看板メニュー

  ( 新宿南口近辺で日曜日の朝やっているチェーン店じゃない喫茶店といえば、
    珈琲西武 新宿本店とか )   

・第77回、菅波先生は、10時約束のところ、
 何時に汐見湯(最寄り駅築地と想定・笑)に現れたのか。

 百音は8時20分までにはバスタ新宿・笑に着くつもりなので、
(この日は2016年11月27日、日曜日。バスタ新宿の開業は2016年4月4日)
 7時半過ぎには出発したと思います。
 百音と亮が新宿の喫茶店にいたのは、
 ( 百音が電話か何かで亮がバスに乗るのを止めさせ、
   喫茶店で待ち合わせることにした? )
 8時20分のバス出発後、次の10時台のバスの出発前であると考えられます。

 百音と亮が新宿の喫茶店から築地へ移動し、

 ( 百音は、
   新宿から築地へ地下鉄に乗っているあたりで、
   気持ちが落ち着き、
   菅波先生との約束を思い出すのではないか・笑)

 百音と亮、そして三生(みつお)と悠人が相次いで汐見湯に到着したのは、

 ( 30秒差くらいなので、彼らは汐見湯の前でお互いが見えていたのではないのか?・笑)

 10時から10時半くらいではないでしょうか。

 三生と悠人は、
 7時半過ぎに明日美と話してから、
 高速バスで10時半に築地に到着するのは難しいと思います・笑
 彼らは、明日美と情報連携しながら、
 口ではお金を使わず高速バスと言いながら、
 ( 高速バスなら片道4〜5千円で、新幹線なら1万2千円くらい? )
 亮のために、強い気持ちで、新幹線で急いだのでしょう。
 それなら、仙台駅を8時に出発し10時半に築地に着くことは可能。
 キオスクでずんだ餅も買える?・笑。

 ということで、
 菅波先生の到着は、8時〜10時の間、
 9時というところでしょうか。
 背負ったリュックを下ろすことなく・笑、明日美の事情説明を受けた。

 ( それから未知は帰り支度 )

 菅波先生は、家に戻り、
 10時5分には、資料を持って、ウェザーエキスパーツへ。
 ( 百音との電話のとき、ウェザーエキスパーツ社の時計が10時5分)
 ( データのメール送信では駄目なのか?・笑)


( 汐見湯の外観は、雪谷にある「明神湯」とのこと )


・第80回 サヤカさんのFAX送付

龍己さん宛のFAXの差出人名から、
「サヤカ」の漢字は「清花」みたいです。

ちょっと変なFAX送付状、
現実でFAXを使ったことがない人が作った感じがある・笑

でも、物語では、2016年11月で、ついこの間だから。


・第80回 残っていたずんだ餅

第77回の最後で、
悠人が持ってきた定禅寺亭ずんだ餅(ずんだ餅饅頭?)は10個入り。
月曜日には3個残っていて、
そのひとつを菅波先生に渡した。
日曜日に「若きものたち」6人と菜津さんで1個ずつ食べたとすると、
残りを菜津さんのおじいさんおばあさんと宇田川さんに配ると
計10個なんだけどな・笑
百音は残り3個をコインランドリーで全部食べるつもりだったのか・笑

( 座った対話から、百音が立ち上がるきっかけの小道具です・笑)


・第83回 スーちゃんの仕事

百音、内田氏は、平日朝の番組担当なので、
内田さんが服を買いにでかけたのは、
土曜日か日曜日の朝と思われますが、
明日美は仕事ではないのでしょうか。

アパレルショップ勤めという設定は破綻していると思う・笑。


ーーー

実際に書きつけてみると、
こういうことは、
作品を味わうことの役には立たない・笑。

証拠はないけど、画面に出てないけど、
すーちゃんの見えないところでの働きと、
三生と悠人は亮のために
必死で急いで新幹線に乗って東京へ向かったと想像できるようになった

ぐらいかな・笑





■#モネ文学倶楽部

このようなタグが第6週あたりに生まれたのは、

・物語の核となるテーマが未だ不明
・主役のモネの性格に特筆すべき特徴がみえない
・百音、菅波のクラシックな関係

など、余白が多いところが、文学調の創作を促しているのかも。
(この作品を揶揄したい人たちにこういう気取った人が多いという特徴、という点も・失礼)





第29回の、百音を泣かせて反省する菅波先生です・笑

菅波先生の造形は庄司薫を思い出させるくらい古典的なところもあるわけですが、

庄司薫くんは、18〜19才なので、
アラサーの菅波先生に対して、ちょっと気持ち悪いという意見がでてきてしまうのも
多少、いたしかたないところです・笑

「小学校までの幼馴染のガールフレンド由美は「舌かんで死んじゃいたい」が口癖である」(wikiより)



モネ文学倶楽部 Togetter まとめ
 https://togetter.com/li/1736952





【気象の話】

森田正光さんは、第1週の時点で、
百音の誕生日を平成7年、1995年9月17日と特定し、
「災害は繰り返す」というメッセージを感じたことから、
1995年台風12号と同じ台風特異日に襲来し、
進路が似ている、
カスリーン台風をとりあげ、
新田サヤカの誕生は、カスリーン台風の襲来時で、
昭和22年、1947年9月17日ではないかと述べています。
新田サヤカの誕生日が明らかにされたのは、
第33回、流石。

 https://news.yahoo.co.jp/byline/moritamasamitsu/20210521-00238873/






【林業の話】

林野庁 「おかえりモネ」解説ページ

https://www.rinya.maff.go.jp/j/kouhou/kouhousitu/okaeri_mone.html

(第35回) 国づくりは樹木で山を埋めること


江戸時代には全ての建築物が木造でしたので、木造家屋が密集する江戸等の大都市では大火が頻発し、これに伴い建築用の木材需要も増大しました。木材を運び出すため、森林伐採が全国的規模で拡大し、その結果山地災害が多発することになりました。
この頃から、森林を有効に利用しつつも同時に保全することが必要であるとの認識が広まり、17世紀後半頃には森林資源の維持を目的に特定の地域の森林の伐採を禁じる留山(とめやま)制度や「木曽の五木(ごぼく)」のように特定の樹種の伐採を禁止又は制限する留木(とめき)制度が各地で定められました。
 また、産業としての造林活動が本格的に開始されるようになったのもこの時期です。河川に沿って植林し、その氾濫に備えるためのものや上流の土砂流出の防止のための植林、強風や砂がもたらす害を抑える海岸防砂林の造成等が各地で行われました。


人間は大昔から、

自然を使い、そのことにより自然のバランスを壊し、それに気づいて修復しようとする、

ということを、

ずっと繰り返しているのですね。










posted by inatt at 14:50| Comment(0) | ・感想など・TVドラマ・NHK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする