2020年12月26日

20130601 【書籍】 ジブリの教科書1 風の谷のナウシカ



20130601記
 
「教科書」という名乗り方に少し反発を覚えますが、

とても印象深いところがありました。


カレンバックとの対談のなかで宮崎駿が、
死の海になった水俣湾で漁が出来なくなり、数年たったら、
魚の群れがやってきて、岩にはカキがいっぱいついた、
というエピソードに感動したといい、
それは食べられないという指摘にも、
「食べなくていいと思ったんです。
 彼らは、人間がバラまいた罪悪を一身に引き受けて生きている。」

また、

家の庭の枯れた丸太に
羽蟻がいっぱい出てきて飛び立とうとしているのが発見されたとき、
宮崎駿は、燃やすなと言ったが、
近所や自分の家へ害をなす可能性から、
奥さんはきっぱり「燃やしたわよ」

ナウシカで描かれていることは、
架空の話、誇張された話でなく、
この世そのもののお話なのだなあと思いました。

食べられない魚で豊かな水俣湾は、
風の谷であり、
岩カキは、
ナウシカであり、

そんなことに関係なく、
想像のつかないところの論理から、
神の鉄槌により、世界が抹殺されることもある。

神とは、崇高な存在でも公平な存在でもない。  
  

ジブリの教科書1 風の谷のナウシカ (文春ジブリ文庫)
スタジオジブリ

ジブリの教科書1 風の谷のナウシカ (文春ジブリ文庫)
ジブリの教科書2 天空の城ラピュタ (文春ジブリ文庫) シネマ・コミック1 風の谷のナウシカ (文春ジブリ文庫) ジブリの教科書3 となりのトトロ (文春ジブリ文庫) 作画汗まみれ 改訂最新版 (文春ジブリ文庫) シネマ・コミック2 天空の城ラピュタ (文春ジブリ文庫)
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20201225記

日本テレビ、金曜ロードショーは、

コロナ禍の年、2020年最後の放送の演目に、

「風の谷のナウシカ」を選び、

「マスクをしないと生きられない世界で1人の少女が未曽有の危機に立ち向かう!!」

と宣伝しました。

なるほど、と思うところと、

なんか違う、と思うところがありました。

ナウシカで語ろうとしていたことと、

人間と病原菌との関係は、

また違う話のような気もしています。




ラベル:#宮崎駿
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2020年11月18日

20201112 【TV】 アナザーストーリーズ 「名人がAIに負けた日」



NHKBSプレミアムの番組、

2001年宇宙の旅」などの昔から、
人間が人口知能に(AI)に得体のしれない不安を感じることが示されてきましたが、
棋士と将棋ソフトとの関係は、それを実地に経験する出来事として、
かねてから強い興味を持って見てきました。


当番組中、

AIと棋士との対戦について、

「それは図らずも人間のあせりや恐怖、一時の感情に左右され、失敗を犯す弱さを浮き彫りにしました。」

という発言がありましたが、


それは対局そのものだけではなく、

将棋ソフト不正使用疑惑騒動
こそ、

得体の知れない不安に人間が右往左往した実例、

「将棋界がAIソフトを恐れて自滅しそうになった日」として、

無かったことのように風化されるべきでない出来事と
私は考えています。

2017年5月20日 第2期電王戦第2局(現役名人の敗北)
2017年5月24日 三浦弘行九段と日本将棋連盟の間で和解成立のご報告
2017年6月26日 藤井聡太29連勝(AI評価と比較できる指し手の登場)


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2020年11月11日

【小説】 恋するラジオ スージー鈴木 2020年




ラジカセエアチェックの時代から始まって、
訃報を親戚LINEグループで知らせる時代まで。

そして、
2039年にも
千駄ヶ谷のナガオカのオーディオルームは存在しているのだろうか。


■電子化

 同じような物語は過去にもあると思うが、
 以前と異なるのは、
 出てくる曲名をすぐさま検索して実際に耳にできるので、
 今は、同時代を知らない人でも物語を楽しめる。


■自分の記憶とクロスしたことの覚書

・ラジカセ
 1980を型番に名乗ったラジカセが未来的なかっこいい響きをもっていたこと。

ヤンタン

・ザベストテンに初登場したサザンオールスターズ

レンタルレコード

・大学祭のライブ

 レベッカの早稲田ライブ
 
 一瞬映る、
 最前列の客が飛び出さないよう、
 柵を一所懸命に押さえている、
 伝説のライブのその場にいるも、
 それを背にして音だけ聴いていたスタッフの人。

 熱狂していた観客も、
 ライブが終わると皆あっさり背を向けて
 その場から去っていくのも
 大学祭ライブっぽい。

 これが「伝説」になるとも知らずに。


・休日出勤








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2020年11月07日

【書籍】 大林宣彦、全自作を語る (書きかけ)



聞き手は、馬飼野元宏、秋場新太郎



自分のための索引を作るためにエントリーを作成しました。

自作の打ち明け話よりも、
映画業界の話、しきたりや外部プロデューサーの行状などを気楽に披露しているので、
そういうことに詳しくない私は興味深く読んでいます。

私は、監督のことを
映像の魔術師ではなく、言葉の魔術師と考えているのですが、
本著に収められている、
「私の好きな大林映画」の文を寄せた方々からの質問への回答も、

「目くらましのお題をください」みたいに感じました。


・p151 「転校生」の音楽

・p190 「ウソから出たマコト」の監督の説明






大林宣彦監督映画の感想

 http://inatt.tokyo/article/462052806.html


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2020年08月28日

【書籍】 エンピツ戦記 - 誰も知らなかったスタジオジブリ 舘野仁美 平林享子 2015年



この書籍の感想を書き記したいと長年思っていましたが、
果たしていません。

鈴木敏夫、宮崎駿が怪物であること、

(いろんなことをお見通しである)

それらに自分の器で対峙すること、

など。


(高畑勲はあまり登場しない)


まだうまく書けませんが、
あるツイート群の覚書をするために
エントリーを作りました。








(手書きの線には、デジタルに取り込まれたら、消えてしまうものがあるということ?)












私は、アニメのことやアニメを作ることに詳しくありませんが、

アニメーション制作に携わった多くの人がいること、

( この本の作者は、日本アニメーションの歴史に名が残る人でしょうけれど、 )

200年前に、浮世絵業界にも、そんな無数の無名な職人たちがいたんだろうな、

と思うことなど。

あるいは、重版出来17巻に登場する、
顔も明らかにされない、苗字も名前の漢字もわからない、
伝説のアシスタント、キヨミさんを覚書。





「終わらない人 宮崎駿」業の深い人、悪魔的な人
  http://inatt.tokyo/article/444355001.html



ラベル:#宮崎駿
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2020年07月19日

【演劇】 大地 三谷幸喜作 2020年








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2020年07月05日

「なぜ戦争なんか始めたんですか」「いつのまにか、そんな雰囲気になっていたのです」


 
20190811記

「なぜ戦争なんか始めたんですか」
「いつのまにか、そんな雰囲気になっていたのです」


そんなやりとりをドラマなどで何度か観た記憶がありますが、
いつのまにか、ってどういうこと?
雰囲気って、曖昧すぎる、と
今まで、腹に落ちた思いをしたことがありませんでした。


ですが、
ある書物の主張から、
「ああ、そういうこともあるかもしれないんだ」と
納得することがありました。




【お寿司の数え方 お寿司の一貫とは】

2018年7月にふとしたことから、
2013年に発行された、
「ホリイのずんずん調査 かつて誰も調べなかった100の謎」
を入手して読んでいたところ、
とある項目が目に留まりました。

今の私は、
鮨は1貫と数えるものだと思っているし、
昔からそう数えられていたのだろうと考えていました。
バラエティ番組などで、
1貫が2個なのか1個なのか、
という話題がとりあげられるということも知っています。


ところが、
「寿司を「1カン」と数えだしたのは平成に入ってからである」
というのです。


これが正しいとすれば、
物心がついた以後にできた常識なのに、
私は知らぬ間に自分の常識を塗り替えていた
ということになるのですが、
私にはそんな自覚は一切ないのです。


( 1貫は2個か1個か、とテレビに言われて、
  そうだなあ、両方あるなあ、
  と感心した記憶はあります・笑 )

( 物心ついてから、
  ナイフ・フォークでライスを食べるときは、
  フォークの背にのせるって見聞きしたけど、
  のちに、それは違うという言説も読んだ、
  というような、
  最初に教わったことが後で訂正されたという
  記憶はいくつかあるのですけど )


「ホリイのずんずん調査〜」では、調査の結果を
・かつて寿司は「カン」とは呼ばれていなかった。
・1983年から2009年までの雑誌で、「寿司」とタイトルに張っている記事を調べると、
 80年代後期に散見するもののごく一部
 1991年から増えだし90年代を通して広まり、
 2000年代に定着した。
 2003年にすべての雑誌でカン表記。
と示しています。


なぜ、そうなったかについて、筆者は、
・90年代の半ばに通っていた寿司屋の大将に
 「ホリイちゃん、寿司の数え方なんだけど、
  なんか、かっこいい呼び方ないかな、
  1つ2つ、とか、1個2個じゃなくて、
  最近、カンなんてことも言われてるんだけど、どうだろう」
 と相談されたことがあった。
・店舗も客も、寿司を何か特別な呼び方をしたい、という欲求があったからだ。
・寿司屋が広く開かれたから、
 せめてどこかに特別な部分を残したいという意志によって、
 不思議な助数詞が導入されたのだ。
・「寿司のカン呼ばわり」は、うさんくさくて受け入れがたい。
 自然の流れで出てきた呼び方ではなく、極めて意図的で、人為的だからだ。
と主張しています。


雑誌表記の調査に基づいた意見であり、説得力を感じました。
そういう経緯であれば、
1貫は、2個なのか1個なのか、
カンの漢字表記「貫」の由来は何か、
いろいろはっきりしないことも納得できる。


特定の誰かが意図して始めたことではないが、
複数の人が同じことを広め、
世の中の人が多くそれを受け入れると、
大昔からそうであったことのように、
なることがあること、


特定の政治家やメディアが、
特定の思想に基づいて広めた、
というような分かりやすい経緯でないこと、


何か潜在的な世の中の欲求のようなものが、
広める人、受け入れる人に共有されているらしいこと、


また、人がなんとなく当たり前に思っていることが、
当たり前ではないことを示すには、
事実に基づく実証的な作業が必要であるということも分かりました。


また、
世の中でなんとなく当たり前と思っていることに
実証的に疑念を呈した主張が
メジャーなところから出版されているのに、
それが広まらないこともあることを知りました。



「なぜ戦争なんか始めたんですか」
「いつのまにか、そんなことになっていたのです」









20200705追記

また、世の中が変わるには、
そんなに多くの賛同は必要でなく、
一部の人の同意と、
一部の人の黙認・追認があればよく、
自分が望まない結果を
知らないうちに招かないためには、
普段の行動や意思表明も
重要だと思うようになりました。



・「投票しない」という行動は自分の望まない未来を作り出すことに加担することになる可能性がある。





20200807追記
【何故戦争を止めることができなかったの】

・国民のうち、何割がアベノマスクを望んだの?



私たちが国の運営を任せた人たちがやったこと。











岩波書店・世界・202302号・p23・阪田雅裕・憲法九条の死
国家安全保障戦略において「反撃能力」を自衛隊に保有させるとしていることについて、
憲法九条が「その歴史的な使命を終えていま、その姿を消そうとしている。」と述べられている。





20240101追記

■関係あるようなないような紅白歌合戦の話

NHK紅白歌合戦って、

有吉の毒がすべて漂白される、とか、
YOASOBIの「アイドル」を、
あの歌詞なのに、たくさんのアイドルを集めてパフォーマンスさせる、とか、
ギネス認定員がついミスを見逃してしまう、とか、
( 前の話ですが、 )
誰も強要していないのに、
見えない圧力から、
やりたくないのに、
寄ってくるカメラにあわせて、恋ダンスをすることになる、新垣結衣、
とか、

特別な雰囲気が発生して、
現実化してしまう、ことの実例として、

このエントリーに覚書しました。





20240218追記

ドラマ「不適切にもほどがある!」で、
1980年半ばと2024年の比較が表現されていますが、
最近のコンプラ重視とかZ世代の云々とは、
この5年10年の話で、
やはり、それくらいで世の中の雰囲気って変わるものなのだ、
という思いをもっています。


■関係あるようなないようなコロナの話(20240616)

コロナ前、私は息苦しいのが苦手で、
強制されない限り、マスクをすることはありませんでしたし、
手洗いもそんなに熱心にしていませんでした。

コロナの世になり、
2020年の半ば頃、ようやっと、
マスクをして外出するのに慣れたような記憶があります。

しかし、2020年4月以降、
私は、外出するとき、電車のなか、2024年6月の今も、
ずっとマスクをしています。

家から150歩先にある、コンビニに行くときも、
必ずマスクをしていましたが、
2023年くらいからは、
普段使いのマスクを消費するほどとは考えなくなって、
布マスクで行くようになり、
2024年4月頃からは、マスクをしなくなりました。

この変遷には、
科学的な根拠も、
主観的にも理屈はなく、
マスクをするもしないも、
なんとなく、経緯的、習慣的、個人的感覚のもと、
行われていると感じます。

また、それでも、4年間ものあいだ、
コンビニにちょっと行くにもマスクをしていた、
という習慣も、
なんとなく、しなくなり、
時が経てば忘れらるような出来事になる。

しかし、後の世からみると、
4年もの長きのあいだ、
マスクをしていた、
ということを不思議がられることがあるのかも
しれない。







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2020年04月24日

【TVゲーム】 FINAL FANTASY VII REMAKE をやらない理由(わけ) (私とRPGゲーム) ( 書きかけ )



20200424記
 
私は、ファイナルファンタジー7 何々の海外の反応関連の動画を観るのが好きで、
いつも、ちょっとした感動を味わうのですが、

初めて観た映像なのに、
皆、すぐに判るんですよね、
ミッドガルだ!
と。

tin tin tin..., come on!
とかいって、
何の劇伴(効果音)か皆分かっている・笑。

そして、
自分とは異なる言語を話す人たちが、
なぜ自分の知っている単語を口走りながら、
自分と同じところで同じように感動しているのだろう、
なぜそれを自分は分かるのだろう。
字幕がなくても、ちゃんと分かる。
とても不思議な、稀有な体験です。


これらの動画に出てくる人たちとの共通点は、
ただひとつ、
同じTVゲームをしたことがあるということだけ・笑


FF7は、雰囲気づくりがよくできていて、
( 背景・美術・演出(カメラワーク)が好い )
ミッドガルの閉そく感(空がない街)
ミッドガルから出たときの平原の広さ、
コレル山の夕陽、
とか、
頭のなかにイメージがいつまでも残っている。





チロン、と一音鳴っただけで、I know that sound!




でも、ファイナルファンタジー7リメイクは、やらないと思っています。

とても誘惑にかられていますが、大丈夫、PS4持ってないし・笑

2020年4月24日時点で、プレイし終わった感想や、
YouTubeに上げられたコンテンツを観ていますが、
ゲームとしての評価も高いようですね。

でもやらない・笑。


私がファミコンとかでRPGなどTVゲームをやるようになったのは、社会人になってからです。
実家は、ファミコンのような高価なおもちゃを買う風習?がありませんでした。
社会人になって数年経ち、少しお金も余裕ができて、大人買いの一種ですね。

最初は、ドラゴンクエストというものを一度やってみたくて、
同じ独身寮にいる会社の2年下の後輩から、
ファミコンとドラクエ3を借りました。

ドラクエ3は、1をやっておかないといけないので・笑
その面白さを十二分に堪能したとは言えず、

本格的にはまったのは、
ドラクエ4の
章立てになっていて、登場人物が変わっていく展開に
面白みを感じてからです。

それ以降は、
コーエーの信長やバイオハザードなど、
アクションは苦手でやらないのですが、
多くのタイトルを遊んできました。

( いいゲーム、
  記憶に残っているゲームの特徴

  音楽が好い、カメラワークが好い )

各タイトルの発売日を調べていけば、
いつ、私が、そのゲームを楽しんでいたか、
リストを作ることができる。

1992年(平成4年) 12月  ファイナルファンタジーV
1995年(平成7年) 3月  クロノ・トリガー
1996年(平成8年) バイオハザード (PS)
 冒頭の演出。荒い絵、カメラワーク、「音」。
1997年(平成9年) 1月  ファイナルファンタジー7 ( PS )
1999年(平成11年)3月 ウンジャマ・ラミー ( PS )



1999年(平成11年)12月 シェンムー ( ドリームキャスト)
 2022年のメタバースより、シェンムーのほうが没入感があったし、
 20年経っても、仮想空間は拡がりをもててない。
2000年(平成12年)8月 ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち
 石板をうまくはめることができず脱落・笑
2001年(平成13年)7月  ファイナルファンタジー10 ( PS2 )
2003年(平成15年)3月 ファイナルファンタジー10-2 ( PS2 )
2005年(平成17年)11月 ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君
 終わらせたのは20050104
 http://inatt.tokyo/article/398821062.html


TVゲームから遠ざかったのは、

(書きかけ)




20210311記

「FFVII リメイク インターグレード(FINAL FANTASY VII REMAKE INTERGRADE)

やりませんよ…









ゲーム音楽の記憶
 http://inatt.tokyo/article/479417809.html








・ホントは、程よい難易度の「達成感」
・私もどこかで気づいたのだ。
 「程よい難易度の「お勉強」を毎日やる」ほうが人生にためになるのではないかと。
 今までゲームに費やした時間の十分の一でもそれに充てていれば...
 それでも、
 ゲームの思い出は人生のなかでも大切なもののひとつと確かに言える。




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2019年11月16日

夢路いとし・喜味こいし 仙人の漫才 「わたしの好物/ジンギスカン」


 
「生きてる間は、いのしし、死んだら戒名が、ぼたん」

  ( ぼたん鍋、別名戒名鍋・笑)

 
大阪の漫才に親しんで育ちました。

若い頃は、やすしきよしが一番と思っていましたが、
今は、夢路いとし・喜味こいしの、このマンザイが一番好きです。




いとしこいし「わたしの好物」または「ジンギスカン」

動画のコメントによると、

2003年1月12日の放送で、
夢路いとし77歳
喜味こいし75歳
だそうです。

このとき芸歴は漫才だけで62年か63年。

「好きなものは鍋」
「君は鍋を食うんか、歯が丈夫やな」
みたいなネタを
「好きなものは鍋」というセリフのあとの
間と表情だけで笑わせる。
他の人が同じことをやってもこんなに受けないはず。
これが芸なんだな。

この漫才の何が好いのかというと、
「力がまったくどこにも入っていないスイング」なのに、
球がぽんぽん遠くへ飛んでいく、みたいな・笑

漫才の名人を超えて、仙人の域なんですな・笑

60年以上続けて、
このような素晴らしい芸に到達する、
それを動画でいつまでも観ることができる、
幸せなことです。


( いまさらやけど、君、

  ジンギスカンを食べるための鉄板は、

  ジンギスカン鍋いうけど、

  料理自体は鍋料理やないなあ )


( いとし師匠はこの動画と同じ年の2003年9月に亡くなりはりました )





鉄板に油を塗る油引きをぼんぼらさんと言うらしい。

wikipediaにも引用されてるからね・笑
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B9%E5%BC%95%E3%81%8D





昔のものも何でも動画で観ることができる時代になりましたが、
もう一度、観たいと思って、できていないのが、
がっちり買いまショウの
「10万円、7万円、5万円、運命の分かれ道!」
という口上・笑

日曜日のお昼に、
お昼ごはんがたこ焼きとかお好み焼きだったりして、笑
たこ焼き焼きながら、観てたよ・笑

何十年も前に見聞きしたことでいつまでも覚えていること。






ラベル:#これで育った
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2019年07月21日

【小説】 ぼくの大好きな青髭 庄司薫 1977年



「そう。たとえば、
 われわれはただ解釈するだけで自己完結してしまう
 チャチなコマネズミであろうか?」


「ほんとうに彼らはみな、一体どこで生まれ、どんな夢を抱き、今何をしていて、
 そしてこれからどうなるのだろうか。」





20190721記


1969年7月20日 日曜日は、アポロ11号 が月面に降り立った日。
(日本時間では21日)
2019年はそれから50年ということで、
このことを題材にしたテレビ番組をいくつか観て、


この小説を思い出しました。


新宿を舞台に、
1969年7月20日の10時頃から20時間足らずの物語です。


いまさらに気づいたのは、
明瞭には示していませんが、
このお話は、
月着陸船イーグル号が月面に降りた時間とほぼ同じ頃、
幕を閉じているということです。


何かの「終わり」を語っているのかもしれないこの物語、
それが発表されてから40年以上も経ちました。
世の中は変わったのか、変わっていないのか。


また、アポロ11号に関わった、
数多くの人たちに加えて、


麦わら帽子を被り、虫取り網を抱えて、
1日新宿を歩き回った付け髭の男のことも
覚えておきたいと思いました。





■新宿御苑

私が初めて新宿御苑に足を踏み入れたのは、
だいぶ歳をとってからなんですが、

もったいないことですが、
しばらく、この作品のことが頭にない状態で歩いていました。

いつか、「青髭」に会うことができるだろうか。







■日比谷高校

坂本龍一が新宿高校一年のとき、
おそらくそのとき東京芸術大学に在籍していた
先輩の池辺晋一郎に、
「このままの実力でも(東京芸大に)十分受かる」と言われた、
とかいうエピソードを見聞きすると、

本シリーズにおける日比谷高校の描写は、
相当な程度で現実に近いものであったのだろうと思いました。

1960年代の都内の雰囲気。


■本シリーズに関する覚書

母親は出てくるが父親の影が薄い?

父親を描くと話が変わってくる面が?


庄司薫の中の人

自分と自分の10年若い世代の人たちへの

近親憎悪的な視線が作品には含まれていると感じるが、

本シリーズが映画化されるなど話題を集めていたころは、

自分か、他の人か、

誰かプロデュースしていたのか気になったりするし、

ヤフオクで、

婦人倶楽部1975年2月号「中村紘子、章二さんとの愛の城」みたいな記事があったことを知ると

作中の女性週刊誌が登場するシーンでその記事を見たりするような情景を思い浮かべ、

妙な気持ちになる・笑


■思春期の自分を思い出し、ときどき、「ギャッ」となるもの。

庄司薫
秋田麦
あと一人、誰だっけ
山本太郎(太郎物語)だ。

作品や登場人物が悪いのではなく、自分の問題なのですけど。


庄司薫逝去

20260627記

中村紘子 Official Siteの発表文には、

「故人は満開の桜に見守られながら、穏やかにその生涯を閉じました。」

と記されていました。


「白鳥の歌なんか聞えない」を読みかえそう。


彼の撤退や退却は、
思っていることをもう口に出さない、ということだ。

あとは自分で考えて行動するしかない。


庄司薫の書いた小説では、

自分がいつか死ぬことを考えてもいない「若さ」が描かれているが。


あの人が亡くなった、ということを知るたびに、

人って、死ぬんだな、と思う近頃。


「そんなこたあ分ってるさ。」と、今度はぼくの方が苛立ちの出ないように注意して言った。
「だけど、そう言っちまったらミもフタもないじゃないか。」
「ミもフタもなくったって、現実は現実なんだから仕方ないだろう?」
と、小林は明らかになだめるように言った。



















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